千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

「灰色の北壁」真保裕一著

2005-08-03 23:19:42 | Book
頬を切るような冷たい風が、耳のそばを威嚇するかのように通り過ぎる。一歩一歩雪を踏みしめる音が、時間の流れを伝える。そして吐く息の白さと呼吸、それ以外の何ものも聞こえない、張り詰めた空気。目の前にいる男の背中か、後から追い返る男の視線か、ひとりの愛する女性をはさんだ緊張をはらんだ人間関係。そして残るのは栄光か死か。
山岳小説には、いくつものドラマチックな要素がある。生と死の分岐嶺、厳しくも美しく、神々しい自然と山男。だからたとえ山に登らないものでも、したり顔で登場人物に気持ちを簡単に同化させる。

多くのファンを獲得してはいたが、「ホワイト・アウト」で一気にメジャーな作家、それもハード・ボイルド系エンターティメント作家として踊り出た真保裕一氏の意外な?一面を知る作品3篇である。近頃、年齢も近い東野圭吾氏の人間の原罪、罪を犯した者はどこまで赦されるのかというテーマーに、添うかののような「ボーダーライン」という小説もあった。しかしここにきて、作風が全く異なるレトロな山岳小説である。

山岳小説は、心理小説である。1本のザイルで結ばれた友情と裏切り、名誉と栄光、野心と功名心、羨望と嫉妬、人のグロテスクな感情からアルピニストとして浄化されたこころまで、多くの感情がまるで山の天気のように晴れたり荒れたり、錯綜する。
おさえた筆致で登る文章は平易で読みやすく、幅広い層に歓迎されるだろう。・・・が、然し、少々人の感情描写が説明調で乾いた感じがすることに、ものたりない印象を受けたのは、贅沢というものか。

「黒部の羆」「灰色の北壁」「雪の慰霊碑」
どれも標準以上のミステリー小説にしあがってはいるが、過酷な自然に対峙している描写のなかに、さかまく感情が上品なのは、やはり「山男」という理想系に男を見る。娘さん、山男にゃ惚れるなよ。そんな歌を思い出した。これほど自画自賛の歌もないかもしれないが、やっぱり山男はかっこよすぎる。。。

連日の猛暑。けれども空想の翼をひろげてページをくれば、一瞬にして冬山の頂上。夏の暑い寝苦しい夜におすすめの一冊である。