なんという大胆で驚くべき国際的エンターティメント小説なのだろう。
舞台は、米国ブッシュ大統領が”ならずもの”と怒りをあらわにした北朝鮮。しかし作家が帚木逢生氏とくれば、同じ作家の逢坂剛氏が、「登場人物の口を通じて語られる民衆の惨状は、凡百の北朝鮮レポートをはるかに超える、針で刺されるような現実感がある」と脱帽しているように、最高指導者への激しい怒りと同時に、民衆への深い情が伝わってくる。”ならずもの”というのが、この場合国家をさしてはいるのだが、父親である前指導者の金日成さえも自分の権力を維持するために毒殺したと言われている将軍様、たったひとりの人物の”ならず者”としてのパーソナリティが、この国の国際的評価を貶めたのは衆智の事実だろう。しかし、国の指導者の政治的能力の欠如と救いがたい独裁ぶりがどれほど悲劇なのか、この国の民衆を知れば明らかである。それでも命があるだけまし、というものなのだろうか。
日系ブラジル人の津村リカルド民男は、国際的な生殖医療の学会で「朝鮮民主主義人民共和国」の平壌産院の医師である許日好から声をかけられる。その席で臨床能力を自分の勤務する病院で活かして欲しいと客員として正式に招かれる。そして津村の友人である北園舞子も勤務先の在日朝鮮人の成功者であり祖国に多額な献金を続ける平山昌浩と懇意になり、万景峰号に乗船して北朝鮮に向かう。さらに舞子の親しい友人で、津村とも交流のある韓国に住む寛順とその義弟である金東源は、ある理由から脱北者の焼肉チェーン店の社長の父親に手紙を届けるために、命の危険を犯してまで密入国する。この3組の消息とお互いの安否をまとめて中国からラジオを通じてメッセージを送りつづけるのは、脱北者を支援する車世奉だった。
彼は言う。
「韓国人は、北朝鮮のことを本気で考えると夜も眠れない。怒らせれば国土は火の海、崩壊すれば難民の大群を引き受けねばならない。考えないのが一番の安眠方法。太陽政策はその口実に過ぎない。」
その慧眼に、これまで私が鑑賞してきた南北分断をテーマにした素晴らしい韓国映画の数々の深い哀調は諦観へと沈んでいく。
物語の展開におけるこのような奇跡のような偶然はありえない、という疑問をねじふせて読者を物語にのめりこませるのは、ひとえに作者の力量と言わざるをえない。平壌の地下鉄の長いエスカレーターに驚く地方から選抜して修学旅行にやってきたこどもたちの表情、この国が誇る大規模な平壌産院で津村がとる食堂での意外なほど美味しい食事や高級軍人家庭での豊富な食材や酒、その一方で地方のからっぽの薬品棚やあまりにも貧しい手術設備。密告や盗聴。こどもも含めて制裁と粛清目的の現代のアウシュビッツとのいえる収容所。なんと彼らを移送する時は、脱走を防ぐために樽に収容者を入れて蓋をするという。そして電気が乏しい街で、そこだけ明るく照らされた金日成と現最高指導者の肖像画。将軍様の権力を象徴する主体思想塔や平壌学生少年宮殿、彼のこれまでの生き方を称えるための朝鮮美術博物館。そのひとつひとつの抑えた描写が、読者に既視感を与えるほどの文章力は、『薔薇窓』でもおなじみである。
そして平壌、百源、文徳と分散していた津村、舞子、寛順ら3つのグループは、最後に彼らの想像を超えた目的のために日本海に面した元山での宴に集結していく。津村は、何故この目的に協力したのか。それは医師としての良心、この国の現実を見たひとりの人間としての怒りだった。その彼をおしたのは、「先生、これは天の命令です。天命を受けるのが受命です」と語る招聘した許日好の言葉。その天命を授け多くの人々の願いを集約したのは、60歳になる彼らのすでに亡くなった小学校時代のひとりの教師だった。「行くに径に由らず」と諭したその教師の意志は、長い歳月を経て静かに実行される。
本書の真の読者たるべき人は、この国の人々であろう。タイでクーデターが勃発したが、この国でも必要だ。それが叶わぬことがわかっているだけに、「受命」はその日まで日本で読み継がれるべきだろう。
「人は資源。その資源と開発と活用をおろそかにして、地中の資源ばかり探したところで、国は隆盛しない」
■今読みたい帚木逢生氏の「受命」
■李英和さんの「北朝鮮 秘密集会の夜」も一読の価値あり
舞台は、米国ブッシュ大統領が”ならずもの”と怒りをあらわにした北朝鮮。しかし作家が帚木逢生氏とくれば、同じ作家の逢坂剛氏が、「登場人物の口を通じて語られる民衆の惨状は、凡百の北朝鮮レポートをはるかに超える、針で刺されるような現実感がある」と脱帽しているように、最高指導者への激しい怒りと同時に、民衆への深い情が伝わってくる。”ならずもの”というのが、この場合国家をさしてはいるのだが、父親である前指導者の金日成さえも自分の権力を維持するために毒殺したと言われている将軍様、たったひとりの人物の”ならず者”としてのパーソナリティが、この国の国際的評価を貶めたのは衆智の事実だろう。しかし、国の指導者の政治的能力の欠如と救いがたい独裁ぶりがどれほど悲劇なのか、この国の民衆を知れば明らかである。それでも命があるだけまし、というものなのだろうか。
日系ブラジル人の津村リカルド民男は、国際的な生殖医療の学会で「朝鮮民主主義人民共和国」の平壌産院の医師である許日好から声をかけられる。その席で臨床能力を自分の勤務する病院で活かして欲しいと客員として正式に招かれる。そして津村の友人である北園舞子も勤務先の在日朝鮮人の成功者であり祖国に多額な献金を続ける平山昌浩と懇意になり、万景峰号に乗船して北朝鮮に向かう。さらに舞子の親しい友人で、津村とも交流のある韓国に住む寛順とその義弟である金東源は、ある理由から脱北者の焼肉チェーン店の社長の父親に手紙を届けるために、命の危険を犯してまで密入国する。この3組の消息とお互いの安否をまとめて中国からラジオを通じてメッセージを送りつづけるのは、脱北者を支援する車世奉だった。
彼は言う。
「韓国人は、北朝鮮のことを本気で考えると夜も眠れない。怒らせれば国土は火の海、崩壊すれば難民の大群を引き受けねばならない。考えないのが一番の安眠方法。太陽政策はその口実に過ぎない。」
その慧眼に、これまで私が鑑賞してきた南北分断をテーマにした素晴らしい韓国映画の数々の深い哀調は諦観へと沈んでいく。
物語の展開におけるこのような奇跡のような偶然はありえない、という疑問をねじふせて読者を物語にのめりこませるのは、ひとえに作者の力量と言わざるをえない。平壌の地下鉄の長いエスカレーターに驚く地方から選抜して修学旅行にやってきたこどもたちの表情、この国が誇る大規模な平壌産院で津村がとる食堂での意外なほど美味しい食事や高級軍人家庭での豊富な食材や酒、その一方で地方のからっぽの薬品棚やあまりにも貧しい手術設備。密告や盗聴。こどもも含めて制裁と粛清目的の現代のアウシュビッツとのいえる収容所。なんと彼らを移送する時は、脱走を防ぐために樽に収容者を入れて蓋をするという。そして電気が乏しい街で、そこだけ明るく照らされた金日成と現最高指導者の肖像画。将軍様の権力を象徴する主体思想塔や平壌学生少年宮殿、彼のこれまでの生き方を称えるための朝鮮美術博物館。そのひとつひとつの抑えた描写が、読者に既視感を与えるほどの文章力は、『薔薇窓』でもおなじみである。
そして平壌、百源、文徳と分散していた津村、舞子、寛順ら3つのグループは、最後に彼らの想像を超えた目的のために日本海に面した元山での宴に集結していく。津村は、何故この目的に協力したのか。それは医師としての良心、この国の現実を見たひとりの人間としての怒りだった。その彼をおしたのは、「先生、これは天の命令です。天命を受けるのが受命です」と語る招聘した許日好の言葉。その天命を授け多くの人々の願いを集約したのは、60歳になる彼らのすでに亡くなった小学校時代のひとりの教師だった。「行くに径に由らず」と諭したその教師の意志は、長い歳月を経て静かに実行される。
本書の真の読者たるべき人は、この国の人々であろう。タイでクーデターが勃発したが、この国でも必要だ。それが叶わぬことがわかっているだけに、「受命」はその日まで日本で読み継がれるべきだろう。
「人は資源。その資源と開発と活用をおろそかにして、地中の資源ばかり探したところで、国は隆盛しない」
■今読みたい帚木逢生氏の「受命」
■李英和さんの「北朝鮮 秘密集会の夜」も一読の価値あり
「受命」を読むと、北朝鮮問題の本質がよくわかります。尚且つ、ペトロニウスさまがこだわる”物語”性も失わず、エンターティメントととしても成功している優れた小説です。精神科の医師であり作家の品格と力量ですね。しかもタイムリーですよ。
本屋さん、図書館には読むべく素晴らしい本が待っています。
でも、内容を明かしすぎてしまったかも。
>時間が、、、
その続きは、私も同様です。^^
一日せめて25時間あったら、と毎日思いますね。でも機会があったら是非。同じ北朝鮮もののエンターティメント小説で手嶋龍一さんの「ウルトラ・ダラー」も読みましたが、この「受命」の方が私は気に入りました。
北朝鮮は、安泰になりますかね。(この辺は、A型人間の小作様流の皮肉だと思いますが。)それ以前に、すでに国家として滅びる寸前まできていると思います。
時間が、、、