千の天使がバスケットボールする

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『ディアハンター』

2011-04-19 22:24:01 | Movie
1968年のペンシルベニア州クレアトン。町の製鉄所の煙突から吐き出された煙がただようくすんだ空の下、マイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サヴェージ)、スタン(J・カザール)、アクセル(チャック・アスペグラン)の5人の若者が、ふざけあいながら勤務をおえた工場からふざけあいなからなじみのバーに向かっていく。今夜は、スティーヴンの結婚式が開かれるだけでなく、ベトナムに徴兵されるマイケル、ニック、そして花婿のスティーヴンの歓送会もかねていた。教会では白い花を飾り、ウエディングケーキが用意され、ピンクのドレスを着たブライズメイドたちが華やかなはじけるような笑い声を挙げて式場にかけつけていく。(以下、内容にふれています。)

そして、結婚式から若者たちが鹿狩に行く場面が、延々と1時間も続くのである。この1時間、物語らしい展開は何ひとつないので退屈だという意見もある。
けれどももう何回か観ている『ディアハンター』を久しぶりに再鑑賞したのだが、私にとってはこの熱気溢れる結婚式のシーンは毎回魅せられ、忘れられない殿堂入りの名場面である。しかし、今回、改めて考えたのが、結婚式場が玉ねぎ型のロシア正教会、人々が『カチューシャ』を歌いながらダンスをしている場面、そしてスティーヴンの母親が、息子の花嫁がよその人間であることと、すでに妊娠していてお腹がめだつことを牧師に訴えて嘆く場面から、彼らがロシア系移民であることの意味だった。彼らの暮らしぶりは、現代の日本のワーキングプアの若者とさほど変わらないくらい貧しい。彼らにとって、最高の女性リンダ(若くてきれいだったメリル・ストリープ!)も、アルコール中毒の父親を抱えてスーパーに勤める店員。ロシア系移民は、18世紀末から19世紀にかけて故国を追われるように米国に渡ってきながら、農地をもつこともできず、炭鉱や映画の舞台になったペンシルベニアの製鉄所などの肉体労働に従事していった。戦場で負傷して放心状態のニックが「It's Russian.」と言われて、「No, It's American.」と即座に答えている場面は、実は最後の場面につながっていく。

悲劇的なニックの死を迎えて、葬儀の後、彼らはなじみのバーに集う。誰もが涙を堪え、お互いをいたわりあい、ニックのために乾杯をする。そして彼らが歌うのが、"God bless America”だった。実は、これまで、私はこの作品をベトナム戦争を題材にした戦争映画というくくりで観ていたのだが、少し違うように感じ始めている。ロシアから新大陸アメリカに渡って来た彼らだったのだが、ここでも貧しく生活は苦しかった。しかし、彼らが住む町は同じロシア系移民たちで独自の文化を継承し、地域のコミュニティがお互いに助け合い支えあうぬくもりのある暮らし。スティーブンの結婚式で必要な手作りのウェディングケーキを運ぶ、分厚い眼鏡をかけた老女たちの笑顔から、そんなこの町のあり方と住民たちのかかわり方が想像される。そんな彼らにとって、もう帰る故郷は、帰る家は、結局このアメリカという国以外にはないのだ。戦場に向かうニックが、森の木が好きだ、家に帰ってきたいという想いに友が歌う”God bless America, ・・・My home sweet home”が重なっていく。戦争というよりも、ベトナム戦争で傷つき、若く希望の光を失っていくアメリカという国を描いている映画なのだ。

映画が公開されてから、30年以上の歳月がたち、ロバート・D・パットナム著「孤独なボーリング」によるとアメリカでもコミュニティが衰退しているようだ。彼らのなじみのバーでは、今でもお互いに顔見知りの客同士が談笑し、ビリヤードに興じているのだろうか。映画のような町ぐるみのお祭りのような披露宴が続いているのだろうか。不図、そんなことも考えた。

次に、米国映画で音楽の入れ方がうまいと思う作品は殆どないのだが、ここでつかわれた3曲はそれぞれにこれ以上ない選択だった。まず、 “Can't Take My Eyes of You”という当時の流行歌を入れることで、アメリカ人の心に時代性と雰囲気がナイーヴにしかもわかりやすくフィットしているのではないだろうか。また、テーマー曲のジョン・ウィリアムズが演奏するスタンリー・マイヤーズ作曲”Cavatina”のギターの音色が主人公たちに寄り添うようで素晴らしい。(ギターの音がこんなに素敵だなんて、知らなかった・・・。)そして最後の”God bless America”が胸にせまるようだ。
これまではニックを演じたクルストファー・ウォーケンの繊細で美しい顔とスタイルに心を奪われっぱなしだったが、この作品に関しては演技力はロバート・デ・ニーロ以上に素晴らしいと感動した。他にも名もないすべての出演者たちの自然体のたたずまいは、私にきっといつかまたこの映画の扉を開けさせるだろう。

原題:The Deer Hunter
監督:マイケル・チミノ
1978年米国製作


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