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さて、ご自慢の審美眼で美人画を収集したのはルードヴィヒ1世だけではない。天賦の鑑定目をもち美術品の鑑定士であるヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)は、端整で高級なスーツを完璧に着こなし、歯切れのよい美しい言葉で、今日も紳士淑女の集うオークション会場を鮮やかに支配している。美術業界では誰もがその手腕に敬服される彼だが、人を寄せ付けず愛するのは芸術品だけ。そんな彼は、密かに隠された部屋で美しい女性の肖像画をコレクションしていた。富を築き、瀟洒な邸宅に帰宅した彼を待っているのは、絵画の中の沈黙した女性たちだけ。彼女達に囲まれている時が、ヴァージルにとって最も幸福な時間だった。
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老いらくの恋。勤勉実直な孤独な老教師が、酒場の踊り子に恋をして人生を踏み外していく老いらくの恋を描いた名作『嘆きの天使』を、私は思い出した。美術品にしか興味がなかった孤独な老人が、生まれて初めて女性に興味をもち、とりこになっていく。まさしく、彼にとってすべての芸術品に勝るのが、クレアだった。しかし、そのミューズをこれまでのように所有したいという願いは、やがて、彼女を、そして自らを理解していこうという人間らしいめざめに変節していった。愛情の反対は、無関心と言ったのはマザー・テレサだった。髪の白髪を丁寧に染めて、すきなくスーツを着こなし、他者を拒絶するように手袋をはめていたヴァージルが、少しずつ滑稽さを交えて変わっていく。ネクタイの締め方、髪型、身のこなし方、表情・・・。ヴァージル役は、まさに名人芸のジェフリー・フラッシュのためにあるかのようにはまり役である。彼の演技が、作品の完成度を高めたと言っても過言ではないだろう。
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ヴァージルのクローゼットにずらりと等間隔で並ぶスーツは、どうやらアルマーニらしい。ジェフリー・ラッシュを見て、こんなに美しくネクタイを締めてスーツを着こなす紳士を見たことがない、と感嘆した。どうやら年齢がいくと、顔だちよりも品格がものをいうらしい。主人公の職業柄?、スーツ、手袋、室内装飾品、インテリアと、どのショットも芸術的である。最後のプラハでの場面でも息をのむような硬質の美しさがある。芸術的なミステリー映画のつもりで鑑賞したが、確かにこの映画は2つの顔を持つ。少なくとも入場前にリピーター割引のチラシをいただいた謎だけは、解けた。なるほど、鑑賞後にもう一度観たくなってしまう映画だった。
ところで、ニンフェンブルク城の美人画ギャラリーだが、36枚の絵の中で最も有名なのは、ルートヴィッヒ1世を退位に追い込んだローラ・モンテス嬢を描いた絵である。たとえどのように”歯車”を狂わせられても、愛を経験した者にとってはそれも本望であり間違いなく人生を生きたと言える。
原題:La migliore offerta(The Best Offer)
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
2013年イタリア製作
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