千の天使がバスケットボールする

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「孤独なボウリング」ロバート・D・パットナム著

2006-09-10 22:54:14 | Book
明治の文豪、夏目漱石は「情けはひとのためならず」と説いた。
誰かのために手助けをすること、”情け”という贈与は、トム・ウルフが小説「虚栄のかがり火」で”親切銀行”と呼んだような社会関係資本となり、めぐりめぐっていつかは何らかの形で返されてきた。そこに私たちは、社会性というルールを身につけ、多くの困難をのりこえてきたはずだった。ところが、近年こうした社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)が衰退しているのではないか。
コミュニティの崩壊とともに社会関係資本を失った米国における現状と、その再生を訴えたロバート・D・パットナムの本書は、600ページにも渡りずしりと重い大冊にも関わらず、米国ではベストセラーになり、クリントン大統領の一般教書演説にも影響を与えた話題の書である。

「あなたがそれをやってくれたら、私もこれをしてあげる」という特定的互酬性は、物々交換である。しかし、物々交換よりも貨幣の方が効果的で効率がよいように、「あなたからの見返りを期待せずに、これをしてあげる、きっと誰かがいつか私のために何かしてくれるという確信があるから」という黄金律を、著者は一般的互酬性と定義している。この一般的互酬性によって特徴づけられた社会は、不信渦巻く社会よりも確かに効率がよい。
しかし、その一般的互酬性を育て有効にしていくべき、PTA活動、宗教活動、選挙への参加や友人を招いての食事会、題名に使われた地域でのリーグボウリング(チーム対抗試合)は、次々と衰退の一途をたどる。共同体を支えてきた人づきあいという糧、すなわち公私ともに「社会関係資本」(ソーシャル・キャピタル)の蓄積がやせてきた社会は、社会全体の衰退に向かっていくという危険信号でもある。

それでは、何故米国では20世紀の後半まで活発化していたコミュニティが、70年代から急速に衰退したのだろうか。
退社時間が遅くなり、自宅の郊外化に伴う会社までの通勤時間の延長、働く女性の増大、テレビの普及、宗教参加の機会減少、コミュニティを構成していた人々の高齢化や世代の変化、などを膨大な時系列データで検証している。これはなにも米国のことだけではない、と誰もが気がつくだろう。我が国でも、多くの事件で近隣共同体の衰退を実感するではないか。

「草枕」で「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかく人の世は住みにくい。」 と人付き合いの難しさを訴えたのも夏目漱石だった。
また「人生の80%は単なる顔みせだ」と皮肉るのは、映画監督のウッディ・アレンらしい。加入する結社の数をそこそこに誇る”社交”がステイタスになる米国の背景もうっとうしい感じもする。今でも平均的な米国中流家庭の8割が、アレン監督の映画「メリンダとメリンダ」で観られるように、毎週のように友人夫婦を自宅に招いたり、招かれたりして過していると言う。確かに濃密な人間関係は窮屈なものがあるが、この映画でも社会関係資本(信頼に基づく互酬性)が、離婚したばかりでノイローゼ気味のメリンダを慰め、次の男を提供(紹介)するというセーフティ・ネットの役割を果たしている。
そればかりではない。社会関係資本は生理学的トリガー機構として働き、人間の免疫システムを刺激して病気に抵抗し、またストレスから守っている可能性もある。社会的なつながりのない人々は、それに対応させた人々で家族、友人、そしてコミュニティと密接なつながりのあるものと比べ時に、あらゆる原因について2~5倍の確率で死亡しやすい。この研究報告には、つくづく驚いた。

それでは、失われたコミュニティの共感を呼び戻すにはどうしたらよいのだろうか。
最終章で著者は、さまざまな提案をしている。それは、即効性よりも漢方のようにオーソドックスでじわりじわりと丁寧に積み上げていく処方箋である。それをそのまま日本でもたちまち応用できるというわけではないが、こうした共同体の衰退は国家衰退にもつながることから社会全体で考えて、とりくんでいく課題だと実感する。なにしろ我が国では最小単位の共同体主義の「結婚」ですら、衰退していっているのだから。

本書は、週刊「東洋経済」の推薦書17位にランクされているが、新聞等多くの学者が書評にとりあげている。1995年に論文という形で発表された内容が、大反響をよんだために5年後に著作にまとめられて出版された。その話題の本の完全翻訳本である。噂以上に、優れていて本の厚みと重さと同じくらいの示唆に富んだ内容だった。著者に敬意を表したいくらいだ。6800円は、決して高くない。米国社会、共同体に興味ある方には、必読のバイブルとも言えるだろう。読んでね。
★★★★★


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