千の天使がバスケットボールする

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『25年目の弦楽四重奏』

2013-07-11 22:47:18 | Movie
その卓抜したテクニックと優美な音楽性で世界最高峰の弦楽四重奏団として人々を魅了してきた「東京クヮルテット」Tokyo String Quartetが、今年7月で44年間の輝かしい活動に終止符をうつことになった。

きっかけは、第2ヴァイオリンの池田菊衛さんとヴィオラの磯村和英さんが身を引くことになったことからはじまった。第1ヴァイオリンのマーティン・ビーヴァー氏とチェロ奏者のクライヴ・グリーンスミス氏は、引き続き活動をするために、後任としてカルテットの名前に適した日本人もしくは日本のバックグラウンドをもつ演奏者たちを探していたそうだが、そこがカルテットの難しさで、卒業されるおふたりもアメリカ生活が長く純日本人とは感覚が少し違っていることもあり、そんなおふたりの空席をうめる人材発掘はそもそも至極困難で、最終的に潔く解散することになったそうだ。たったひとりがぬけても、音楽性が大きく変わるカルテット。至宝のようなカルテットの解散については、長年のファンとしてはとても寂しい限りだが、それもやむなしと思える。カルテットを長く続けるのは、なにかと大変なのだ。

さて、プレリュードが長くなったが、結成25周年を迎える「フーガ弦楽四重奏団」もチェロ奏者のピーター(クリストファー・ウォーケン)の突然の引退宣言から存亡の危機に陥る。完璧主義者で極限まで音楽を追求する第1ヴァイオリンのダニエル(マーク・イヴァニール)、色彩豊かに奏でる人間味ある第2ヴァイオリンのロバート(フィリップ・シーモア・ホフマン)、彼の妻でもあり、深みを与えるヴィオラ奏者のジュリエット(キャサリン・キーナー)、そして威厳と愛情で父親のような存在のピーター。素晴らしいカルテットを奏でてていた彼らは、ピーターの病に動揺し、それまで抑えていた不協和音が一気に鳴りはじまる。

嫉妬、疑い、ライバル意識、家庭問題、母と娘の関係。誰もがもっている感情、誰にもありそうで、誰もが体験するようなことが次々と喧騒曲となってアレグロで奏でられる。この四重奏曲は、実にスリリングだ!

ところで、驚いたのは脚本も監督のヤーロン・ジルバーマンが書いているのだが、ベートーベンの弦楽四重奏第14番にインスパイアされてこの作品を製作したことだ。なんと着想が豊かなのだろう。一般的にベートーベンの四重奏曲は、後期に入ると哲学的になると言われている。なかでも14番は、定番の4楽章構成ではなく7楽章から成り、しかもアタッカ(休みなく演奏)で演奏される。(評論家の吉田秀和さんも生前大好きな曲だと書いている。)楽章の切れ目で調弦をしないまま長く演奏を続けていくと、音程が狂っていく可能性がある。梅雨時の日本など特にそうだ。長い人生も、時々調弦しながら人間関係を軌道修正していった方がよいのではないだろうか、というのが監督からの投げかけだ。

映画を観ながら感じたのは、監督はカルテット事情を熟知していることだ。映画の監督業に学歴は関係ないが、ヤーロン・ジルバーマン監督がMITで物理学で学士号を取得していたことを知った時は、思わず心の中で、”Einsatz”とつぶやていてしまった。弓の毛を自分で張り替える独身の第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのキャラクターの違い、ヴィオラの役目やどっしりとしたチェロ奏者と楽器にあわせた実に適格な役回りとキャスティングだと思う。東京クヮルテットの第2を務める池田氏も厳しさのなかにも社交的であかるい印象の方である。NYという格好の舞台上でくりひろげられる知的な映画を最後まで存分に鑑賞できた。個人的にかなり好みの映画だ。

そして、「東京クヮルテット」が最後の演奏会に選んだ曲も、彼らのこだわりの「ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調 作品131」。単なる偶然ではない。この曲のもつ深遠さであろう。

原題:A Late Quartet
監督:ヤーロン・ジルバーマン
2012年米国製作

■アンコール劇場
「東京クヮルテットの室内楽」
「東京クヮルテットの室内楽vol.3」
「東京クヮルテット」リクエスト・プログラム発表
「東京クヮルテット」創立40周年記念コンサート
「東京クヮルテットの室内楽vol.6」


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