仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

川本喜八郎『蓮如とその母』

2006-03-18 18:15:23 | 劇場の虎韜
閑話休題。17日(金)は1日かけて、博物館展示2つと映画1本を観てまわりました。

まずは昼過ぎ、横浜市歴史博物館の特別展『「諸岡五十戸」木簡と横浜―大宝律令以前の支配システムを探る―』から。「諸岡」とは、後の武蔵国久良郡諸岡郷、現在の横浜市港北区師岡町・鶴見区駒岡町に当たる地域。「五十戸」とは、浄御原令制下で「里」に編成される行政単位で、近年各地からその存在を裏づける資料が発見されています。飛鳥の石神遺跡から出土したこの小さな木簡によって、古代の横浜にも、「五十戸」のシステムが機能していたことが確認されたわけです。小規模な展示ながら、国造制・屯倉制から評―五十戸制、評―里制、そして郡―里制に至る地方行政機構の変遷が具体的に説明されていました。私の住む栄区の笠間中央公園遺跡も、五十戸・里制の導入に伴う実態的な集落の変化を示す、貴重な遺構であるとか。言葉/現実の関係、制度/実態の関係を考えさせるいい企画でした(でも、かなり学界に近い興味を持っている人じゃないと、面白がってみてくれないんじゃないでしょうか。少なくとも、子供は興味を持てないでしょうね)。私の恩師は戸籍や郷里制の研究をしていたのですが、第一論文の執筆に際し、「郷里制の導入に伴う集落の動揺と、行基の活動とを関連づけて考えてみたら」というアドバイスをいただいたことを想い出しました。

次は、神奈川県歴史博物館の『神々と逢う―神奈川の神道美術―』。同県神社庁の設立60周年記念特別展だそうです。5月までは開催しているとのこと、今回は時間もなかったのでざっと拝見するにとどめましたが、なかなかどうして堂々たる神像群が来臨しています。とくに、箱根神社の万巻上人像(初期神仏習合の担い手です!)は、何度みても圧倒的な雰囲気がありますね。高来神社の男・女・僧形の三神像、走湯権現の男神像なども荘厳ですばらしい出来でした。今度は〈鑑賞〉するのではなく、ちゃんと〈考察〉するために来たいと思います。

さて、最後は本日のメイン・イベント。渋谷のユーロスペースで開催されていた〈RESPECT 川本喜八郎〉の最終日、特別プログラム『蓮如とその母』を観てきました。
原作は、同和問題から蓮如のあり方を捉えた平井清隆の小説。脚本は新藤兼人、音楽は武満徹。大門正明、渡辺美佐子、池上季実子、泉ピン子、高松英郎、黒柳徹子、岸田今日子、小沢昭一、三国連太郎らが声をあてた堂々たる大作です。しかしながら、権利関係の問題からかソフト化されていないいわば〈幻の名作〉で、今回もレイトショーのみの2日間限定上映。川本ファンとしても、真宗の僧侶としても、ぜひ観ておかなくてはならない作品だったのです。
物語は、6才のときに生き別れた母との再会、妻蓮祐との深い絆を縦軸に、大谷本願寺焼き討ちから吉崎御坊成立に至る蓮如の壮年期を、堅田の民衆との交流のなかに描いたもの。同和問題に関する切り込みはあまり鋭くはないものの、笑いと涙に溢れたエンターテイメントとして一級の出来です。1981年公開といいますから今から四半世紀前、川本監督の年齢を反映してか人形たちの動きも若々しく、ライブの動きかと見まごうほどリアルさが追求されていました。母おれんや蓮祐の憂いを帯びた目線の美しさ、堅田法住の豪快な笑顔。数十体の人形が入り乱れる、堅田大攻めの合戦シーンも圧巻です。僧侶としては、蓮如の説教に魅力を感じない憾みも残りましたが、充分満足できました。それどころか、さらなる僥倖。最終日とあって期待はしていたのですが、川本監督自らが劇場に来られていたのでした。
早速、写真の本を購入してサインをお願い。もはやいかなる学会報告でも緊張しなくなってしまったのに、このときばかりは心臓がバクバク。メモ帳に(監督に書いてもらう)自分の名前を書くのですが、手が強ばってしまってうまく動かない始末でした。これがファン心理というものでしょう。それでも二言三言お話をさせていただき、「『死者の書』と『蓮如』では、同じ宗教を扱っていてもまったく違うでしょう。でも、『蓮如』をやっていたからこそ『死者の書』を作れたんですよ」とのコメントをいただきました。私自身、真宗の寺に生まれたからこそ、宗教史を研究するいまの視点があるわけです。勝手ながら、自らの沈思すべき言葉として聞かせていただきました。
サインは家宝、いや私宝といたします!
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1 Comments

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ありがとうございます (ほうじょう)
2006-09-22 19:41:49
ご丁寧なコメントをいただき、恐縮しております。上の記事は、川本さんに対する極めてミーハーな感情から勢いで書いてしまったもので、解釈や評論とは程遠くお恥ずかしい限りです。専門の安東先生にはご不快の点も多々ございましたでしょう、お詫び申し上げます。

お名乗りいただいた以上、こちらも本名を申し上げます(仕事と関連するURLにリンクを張ってありますので、この仮名性はもはやまやかしなのです)。現在、東京の大学で教員をしております北條勝貴と申します。専門は日本古代史で、普段はアートとはかけ離れた仕事をしておりますが、学生時代には自主映画の製作に熱中していました。立体アニメーションにはかなり以前から関心を持っており(小学校の卒業文集に、3Dアニメのアニメーターになりたいと書いていたくらいです)、幼い頃に心躍らせたハリーハウゼンから、シュワンクマイエル、クエイ兄弟、バルタなどをよく観ました。ノルシュテインなども大好きです。川本さんの作品に出会ったのはNHKの『三国志』を通じてでしたが、古代史の研究をするようになって、映像作品に込められた日本的心性への深い洞察にも感銘を受けました。安東先生も、『長谷雄草子』の研究をされているのでしたね。高畑勲さんが『信貴山縁起絵巻』を大々的に紹介されるずっと以前から、川本作品には絵巻の技法が利用されていました。あの美しく深遠な世界が結実するには、安東先生をはじめとする方々のご協力があったのでしょう。ぜひ学生にも薦め、日本文化に対する感受性、思考力を身につけてもらいたいと思っております。

もし機会がありましたら、こちらこそお会いしてご教導いただきたいと存じます。今後ともよろしくお願い申し上げます。

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