仮 定 さ れ た 有 機 交 流 電 燈

歴史・文化・環境をめぐる学術的話題から、映画やゲームについての無節操な評論まで、心象スケッチを連ねてゆきます。

かたまりつつあるもの:東アジア的歴史叙述の核心へ

2008-01-14 09:58:28 | 議論の豹韜
『歴史家の散歩道(続・歴史家の工房)』の校正を終えたところで、冬休みが明けた。やり残したことばかりが目立つが、少しも進展がなかったわけではない。近年課題の原稿としては、古代文学会叢書への寄稿論文が最大のもので、要旨は5年ほど前から各所で報告しているものの、なかなか脱稿できていない。むしろ、後から依頼を受けた文章を先に仕上げてしまっていて、編者や出版社、すでに投稿された方には申し訳ない気持ちでいっぱいである。しかし、それが行き詰まって書けない、あるいは興味を失ってしまって書けないというわけでは決してなく、むしろその逆で、関心はますます深く広くなり、自分のライフワークの一角を占めるものとして肥大化を続けているのである。
当初は、『書紀』や『古事記』、『風土記』に現れる祟り神の物語が、亀卜との関係でどのように構築されるのかを考えるのが主な目的だった。それが中国の事例を渉猟・分析してゆくうち、過去を理由づけ、未来を方向づける卜占が、東アジアにおける歴史叙述の誕生と展開に中核的な役割を果たしていることが分かってきたのである。その文脈は、古代日本まで確実に繋がっている。甲骨文から種々の史書に至る史官の役割、戦国楚簡における卜筮のありようなどへののめり込みは、古代日本の中臣氏や卜部氏に対する根本的な再考を促した。結果、テクストに現れる「祟」の、典拠による質的相違に注目した「『日本書紀』崇仏論争と『法苑珠林』」(『王権と信仰の古代史』)・「『日本書紀』と祟咎」(『アリーナ』)、中臣・藤原氏の歴史叙述と易との関係を明らかにした「〈積善藤家〉の歴史叙述」(『歴史家の散歩道』)などを書き上げるに至った。この作業は、自分のなかでは、言語論的転回以後の歴史学をどのように模索するか、という方法論的課題とも結びついている。3月の物語研究会ミニ・シンポジウムにも関わってくる内容である。周縁で輪郭形成を進めている思考の中心部分に、早く明確な形を与えたいものである。

11日(金)の特講終了後、プレゼミ生のI君が、以前に提案した研究会の件で相談に来た。史学科学生の有志を対象に、物語り論的なセンスを身に付けてもらおうと計画している会である。歴史哲学の分野では、10年ほど前から議論の中心を占めている物語り論も、当の歴史学分野ではほとんど真面目に考えられていない。とりくみやすい映画、小説、まんがなどから始めて、楽しみながら抽象的思考の訓練を重ねていってほしいのだ。最近、デーヴィスの『歴史叙述としての映画』も刊行されたが、将来的に、史学科のカリキュラムのなかへフィルム・スタディーズを位置づけてゆきたいという野望もある。この会が小規模ながらも着実に歩みを進め、その布石になってくれることを期待するばかりだ。I君にはそのとりまとめ役をお願いしているのだが、ぜひがんばってほしい。

12日(土)は、上智で北村直昭氏の博論口頭試問に顔を出した後、歴史学研究会古代支部会の例会へ。ふだん歴研と関わりを持つことは少ないのだが、今回は、いつも多大なる学恩を受けている大江篤さんが祟りについて論じ、親しくしている山口えりさんがコメントをするというので、2年ぶりくらいに出席した。やはり、中国史との対照が充分なされていない点、諸資料に現れる「祟」を言説形式から切り離して概念として一面化し、その変遷を論じてゆく方法には疑問を持った。しかし、以前の國學院シンポでも指摘したことだし、歴研の目論見と合致する討論になるとは思えなかったので、今回は発言を控えた。懇親会では、方法論懇話会の同志池田敏宏さんと久しぶりに会い、またふだん顔を合わせることの少ない服部一隆氏、長谷部将司氏らと話ができてよかった。山口さんともコアな部分で意見交換し、大変刺激になった。彼女は、災害を説明する論理の変遷を「積層的」と表現し、説明に苦慮していたが、中国から波状的に伝わる知・技術と日本的ローカライズを扱っている人間には、そのヴィジョンが感覚的には理解できたはずだ。以前に成立したものが最新のものへ影響を与え続けるという説明方式は、丸山真男の古層論、ブローデルの三層構造(これは議論に出なかったな)など数多いが、個人的には「層」という言葉では表現できないのではないか、それこそが実体論的な誤解を与える元凶ではないかと感じる(「層」といって、それが社会のどこに蓄積され積み上がっているというのか)。構造はやはり関係の網の目として認識すべきで、その繋がり方によって発現する表象が変わる。他の繋がり方は、潜在的可能性(可能態)として同次元に常にある。発現する頻度の相違が歴史的変化となって表れるわけだが、その発現を促す契機が何なのかを解明することが重要なのだろう。
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2 Comments

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今年もよろしく (しゅいえほん)
2008-01-14 19:35:08
相変わらず忙しそうですね。
山口さんがお世話になりました。ありがとう。
彼女には杭州でも「占い」シンポで報告してもらいましたが、着実に力を付けているようで、先輩としても嬉しい限りです。

過日の「占い」シンポは、ほうじょうくんが期待する・指向する方向への議論は進みませんでしたが、中国において日本・中国の若手中堅研究者が集まって、中国では「迷信」の扱いを受ける「占い」をテーマに議論ができたことは、それなりに画期的だと思うので、満足しています。
私が密かに狙っていた「参加者全員が居心地の悪い場所を作る」という目的も果たせたような気がしましたし。

まあ、そんなこんなは帰国してから話しましょう。
近々帰りますので、是非食事でも。
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そうですね (ほうじょう)
2008-01-15 00:52:50
小正月のお休みですね。前回は機会を逸したので、今回はぜひ。

山口さんは本当に力を付けてきましたね。話のスジを聞いていると、やはり新川さんの弟子、しゅいえほん君の後輩だなあと関心します。学的系統が、明らかに他とは違うもんなあ。

そちらのシンポの様子も多少は伺いました。たとえ議論の方向性がぼく好みでなくても、新しいことを知ることができればそれはそれで楽しいので、やはり参加したかったなあと悔やんでいます。今年はもしかすると雲南の調査に名を連ねるかも分からないので、足を伸ばして杭州へも行ってみましょうかね。
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