今日は、10年以上振りに、吉野に来た。
桜のピークに行けたので、もう行くこともないかと思っていたが、蔵王大権現様のご開帳の時期に行けたことがなかったので。
ピーク・シーズンではないので、人出は、そう多くなかったが、なんと言っても、ほとんどが新たに世界遺産に指定され、誇らしげに表示してある。
従来から、日本人は、多く訪れているので、外国人が、戻って来たら、効果を表すか。
最初は、吉野神宮へ。
ここは、初めて。
吉野駅の一つ前の、吉野神宮駅で、降りて行く。
明治維新の際、後醍醐天皇の、南朝を見直す動きがあり、本神社も、立派になったらしい。
駅からの上り坂は、結構きつい。
また。そこから、奥千本へのバスが出てるはずだったのだが、バス停が見つからず、結局、吉野神宮駅まで戻って、吉野駅まで行ってから、いつものルートで登ることになった。
後から、調べたら、やはり、吉野神宮から、バスは、出ていたので、もうちょっと、表示をしっかりして欲しかった。
たぶん、この辺は、マイカーで訪れる人が多いのだろうか。
日本一古い?ロープウェイで、下千本まで、登ってから、まずは、蔵王堂に向かった。
仁王門は、こんな状況で、仁王様は、昨日ご報告の通り、奈良国立博物館に、避難中。
蔵王堂も、足場で完全に覆われているが、中には、入れて、蔵王権現様が、ご開帳中。
値段が高くて、どうかと思ったが、かなりの人気で、お守りいただけたり、プライベートスペースでお祈りできたりと、お寺側も、一所懸命だ。
この三体の仏像は、まさに独特。
その巨大さもさることながら、青を基調とした派手な色、極端な憤怒の表情。
裏にも、仏像など多くの展示があるが、そこにある権現様は、南北朝時代のもので、少し小さめで、色もない。
時代を経るにつれ、派手さが増したのだろうか。
いずれにしても、一度は、拝みたい仏様だ。
蔵王堂から、本来吉野神宮から乗る予定だったバスの次のバス(1時間毎)で、一気に、奥千本口へ。
かなりの細い山道を、巧みに登って行く。
たぶん、前も使ったのだろうが、かなりの運転技術を要する。
そして、金峯神社へ。
一般の人が通る大峯奥駈道の、ほぼ頂点にあり、坂もきつい。
坂の登口にある鳥居には、修行門との扁額があった。
簡素な神社だが、ここも世界遺産!
すぐ近くに義経隠れ塔があり、じっさ、義経が隠れていて、追っ手が迫り、やっとのとこで、逃げたという。
お付きの坂本氏は、近くで命を落としている。
その塚もある。
元は、修験者がこもって修行する建物らしい。
ここから、だらだらと坂を下りながらの観光になるが、最初は、高城山展望台。
前回訪れたかは、忘れたが、見事な眺めが楽しめる。
紅葉も見事。
さくらの葉は、ほぼ散ってしまっていたが、紅葉は、ピークのものから、まだ青いものまで、さまざま。
奈良方向? 大阪方向? 金剛山や、二上山など、歴史の舞台になった場所が一望にできる。
桜のシーズンは、なおさら、素晴らしいはずだ。
吉野水分神社は、静かだが、歴史を感じさせる神社。
吉野山は、飛鳥時代から、歴史の舞台になって来た聖地で、由緒ある寺社ばかりだ。
ただ、廃仏毀釈時に、廃寺になったお寺も多い。
珍しい三社並ぶ本殿だが、落ち付きのある作りだ。
如意輪寺は、今回も?パス。
ちょっと寄るには厳しすぎる?
竹林院は、今回、初めて入った。
豊臣秀吉のために、千利休が、直したという庭が丁寧に手入れされている。
確かに、奈良っぽくない?
勝手神社。
社殿は、まくなったまま。
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仮社殿は、吉水神社にあった。
こちらが、吉水神社。
吉野の、歴史を一番感じさせる神社だ。
義経や、弁慶が隠れていて、静御前と義経が、最後に会えたのも、ここだったという。
日本一古い、書院作りの部屋が、残されている。
もっとも重要なのは、後醍醐天皇が、ここに南朝を置いた事実。
必ずしや、正義は勝つと信じていたはず。
豊臣秀吉に関するお宝も多い。
ここを訪れると、いかに吉野が、古代から、中世まで、重要な場所であったかがわかる。
御朱印をいただいたが、勝手神社と、吉水神社と、セットになっている。
最後は、くず切り。
元祖やお店とのこと。
注文してから作るので、新鮮さが、全然違う。
景色ととも、いただいた。
ということで、ここだけで味わえる幸せを満喫。