曜日のない暮らし

日々の暮らしにあるささやかで素晴らしい瞬間
暮らしと心を癒してくれる生き物たち
山本弘三の写真を中心にした日記帳

「今日の音楽」 特集

2016年09月30日 | 日記

今日の花

昨年の12月にいただいた薔薇の花を挿し木していたらこの1本だけ活着しました。 7月に一度咲いてこの花は二度目の花です。

 


 私のブログはその日の出来事を写真で綴ったものですから、上から下までスクロールしていただきサラサラと眺めていただいたら私としては本望なのです。

視覚に訴える形を取っていますが時にはBGMも欲しいなと思うことがあり、最初は自分でYou Tubeから音楽を拾ってきて時々ブログに張り付けてみました。でも音楽に素人な私にとって曲を探すのはなかなかの苦労でしたし、写真の編集に時間を取られ音楽にまで手の回らないことが多くて困ったことがよくありました。そんな時に、私のブログの読者さんから曲を募集してみようと思いたちそれを実行してみました。すると何人かの方が音楽を送ってくださるようになりました。私のブログ造りに協力してくださる方がいることが分かりうれしくなりました。そうしているうちに度々音楽を送ってくださった方にずうずうしくも私のブログの音楽担当をお願いしてみました。私の願いを快く受けて下さり音楽を送っていただくようになってもう5年近くになりますがありがたいことです。いろんな分野の音楽に精通された方で私にとって今ではどんな音楽が届くかを楽しみにしているところです。そこでこのブログを訪ねてくださる方にも音楽がお嫌いでなかったら一緒に楽しんでいただけたらと思っています。初めての試みですが「今日の音楽」特集をやってみようと思います。写真だと上から下へ眺めて終わりにすることができますが、音楽だとじっくり聴くためには時間がいります。そのせいか私のブログの中で写真は眺めても音楽までは聞かないという友達が多いようです。無理に聞いてくれとは言えませんが音楽が貼り付けてあることに気づかなかった人もいらっしゃいました。そこで、今日の音楽特集として今年の正月以降の「今日の音楽」を五つほど載せてみます。その中にお好きな音楽があれば一つでも聴いてみて下さい。音楽を聴く方法は曲を示す画像の真ん中にある三角形をクリックしてください。音楽が始まります。曲が始まると下の方にバーが現れます。そのアンダーバーの右端の四角マークをクリックすると全画面表示になります。一度聴いてみて下さい。



今年1月からの 「今日の音楽」

1月1日の 今日の音楽 (らんらんさんより)

Lang Lang  plays < Chopin : Andante Spianato >

 

 らんらんさんに参加していただいてもう4年にもなりますか、すごいことですね。よくもまあ長いことお付き合い下さいましてありがとうございます。懐かしい音楽、大好きな音楽、知らない曲 いろいろやって来ました。何時かまとめてみたいと思っているのですがいまだに手が付かぬままです。
送られた曲と一緒にショパンをいっぱい聴きました。Andanteって心地よいリズムですよね。

 

1月22日の 今日の音楽 (らんらんさんより)

 J.S. Bach: Violin Sonata No.1, BWV 1001: I. Adagio (Johnny Gandelsman, violin)

 

ここの所音楽を聴く余裕もなく、久しぶりで耳に届くヴァイオリンの響きです。

 

2月18日の 今日の音楽 (らんらんさんより) 

オカリナのアンサンブルグループ G.O,B
   Gruppo Ocarinistico Budriese(ブードリオのオカリナ合奏団)

 

オカリナのアンサンブルなんて初めて聴きました。オカリナって学生時代に少しだけ吹いてみたことがあります。楽器としては比較的易しいもので音はすぐに出せるし穴の位置を覚えれば音階も作ることができてやさしい曲ならすぐに吹けます。熱しやすく冷めやすい性格なのでオカリナもじきに止めてしまいました。当時のオカリナはいつの間にか無くなってしまいました。

オカリナ(Ocarina)はイタリア語で小さなガチョウというのだそうです。単純な楽器ですからずいぶん昔から世界各地に似たものがあったようですが今のようなオカリナはイタリアのジュセッペ ドナティが1860年ごろに改良して作ったそうです。楽器の分類としてはリコーダーやフルートなどの木管楽器に入るようですが音のできる様子としては管楽器ではなく空洞に共鳴するギターやヴァイオリンなどの仲間に入るようです。音ができる時はフルートやリコーダーと同じで息をパイプの中と外とに分ける尖ったところに吹き付けて空気の振動を作ります。それだけでは楽器にならないので振動を共鳴させて大きな音にしなければなりません。そして音階を作らねばならないのですが、管楽器は管の長さによって音程を調節しますが空洞に共鳴させる楽器は空洞の容積を変えなければなりません。オカリナは穴の面積を変えることにより有効な空洞の容積を変えています。縦笛や横笛のように穴の位置が問題になることはありません。また管楽器などは倍音を使って音域を広げますがオカリナは倍音が出にくいので一つの楽器としては音域が狭いのです。この演奏のように低音用の大きなオカリナから手の中に隠れるような小さなオカリナまでいろんなサイズの楽器が集まると幅広い演奏ができるのですね。勉強になりました。らんらんさん有難うございました。

またちょっとだけ吹いてみたくなりました。アマゾンへ注文しようかな。でもまたすぐに飽きるだろうな。

 

3月1日の 今日の音楽 (らんらんさんより)

Gabriel's Oboe (from The Mission) Ennio Morricone

 

 

オーボエの音色は好きですね。でも一度も吹いたことがありません。音を出すのが難しそうですがどうなんでしょう。クラリネットは学生時代に友達からもらって下宿で周りに遠慮しながら吹いていました。

 


3月7日の 今日の音楽 (らんらんさんより)

Mozart-Symphony No. 40 in g minor(K. 550) I. Molto allegro 
  The Chamber Orchestra of Europe
  conducted by Nikolaus Harnoncourt

 

 指揮者ニコラウス・アーノンクールさんが3月5日、死去されたそうです。(86歳)

 

リフレッシュ タイム

2016年09月28日 | 日記

 感動の島 祝島はまだ続きがあるのですが、ここらで少し休息をしましょう。何も考えない時間を作り、頭脳を休ませ、心をリフレッシュさせるには好きな音楽を聴くとか、好きなものを見る・読むとか、ひたすら走るとか、それとも寝てしまうなど人にはいろいろな方法があると思います。今の私は蝶が舞うのを眺めるのが大好きです。そんなもの見ても何も感じないよと言われる方も多いかと思いますが、今日アップするのはこの数日の間に家の周りで私の撮った蝶の写真です、お付き合い下さい。大した意味はないので画像はシャッフルしてあります。名前も説明もなしです。

 


今日の音楽 (らんらんさんより)

 ラヴェル「亡き王女のためのパバーヌ 」(オーケストラ版)


ゆったりとくつろぐ時に相応しい曲ですね。曲の速度指示がLentだそうで、急いじゃいけません。ゆっくり、ゆっくり・・・・・

この曲はメロディーの美しさで昔から大好きでした。そしてずっと題名に惑わされて王女様の追悼の音楽かと思っていました。でもラベルさんがこの曲を作曲した時のイメージは違うのですね。ラベルさんがルーブル美術館を訪れた時に見たベラスケスの画いたマルガリータ王女の絵に触発されて作った曲なんだそうです。マルガリータ王女は17世紀の人ですからラベルから見れば亡き王女に間違いはありませんが、ベラスケスの絵では子供のマルガリータ王女です。そして子供のマルガリータをパバーヌという舞踏曲の形式をとって表現しているので追悼の意味は無いのではないでしょうか。宮廷画家のベラスケスの画いたマルガリータ王女の絵はたくさんありますが学生の頃美術の教科書の中で見た覚えがあります。すごく凝ったドレスを着てすまし顔の肖像画は印象的ですが、あの当時あのような肖像画は見合い写真だったと聞いて驚きました。マルガリータ王女は後に神聖ローマ帝国の皇帝の所へ嫁ぎます。見合い写真としてスペインから送られた肖像画は3枚今でもウィーンの美術館にあるそうです。嫁ぎ先のウィーンでマルガリータ王女は幸せだったようです。この曲のことを調べていてプラド美術館でベラスケスの有名なマルガリータの絵を見たことを思い出しました。

ずっと前にこの曲を聞いた時にカミさんに「亡き王女って誰だろうね。」と聞いたことがありましたがその時にはわかりませんでした。パバーヌと言う音楽形式のことも知りませんでした。今回調べてみていろんなことが分かりました。あの時代の音楽家にはスペインへの憧れがあったのですね。ドビッシーやアルベニスにも共通のスペイン風ノスタルジアが感じられると書いてありましたがそれは私も感じます。


9月の蝶

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしはほとんど毎日蝶の写真を撮っていますので、膨大な量の写真がハードディスクを埋めています。昔のように写真に焼いてアルバムを作っていたら私の部屋はアルバムであふれていることでしょう。


感動の島 祝島その3

2016年09月27日 | 日記

 「今日の花」はお休みします。


今日は「平 萬次さんの棚田」について写真で紹介させていただきます。

まったく予備知識なしで祝島を訪れたのですから見る物すべて驚きの連続です。島の南斜面を横に横に続いてゆく農道を2時間くらい歩きました。農道の入り口に「平さんの棚田へ3㎞と書いてあったのは覚えています。私たちの第一の目的は祝島に生息している蝶の調査ですから3キロ歩くのも2時間かかりました。そして開けた所に出て驚いたのです。一般的に棚田と言うと狭い田圃が地図の等高線のようにカーブを描いて何段も続いている光景を思い浮かべます。平さんの棚田というのもそのような姿を想像していたのですが全く違っていました。目の前にそびえる石垣は田んぼと言うには立派過ぎる石垣で古い城か砦の跡かと思いました。でも確かに地図の上では平さんの棚田と書いてあります。信じられない気持ちで近づくと先に行った仲間の人がおじいさんと楽しげに話をしているのが見えてきてまた驚きました。もしかしたらここの地主さんだろうかと思いながら私も仲間に入り挨拶をしました。とても気持ちの良い方ですぐに話に引き込まれました。挨拶は交わしたもののその方がどなたかまだ分かりません。思い切ってお名前を訪ねました。「平萬次」ですと答えられましたが私にはその方がどのような方かまだ分かっていません。ここが「平さんの棚田」と呼ばれているからにはここの地主さんであることは間違いないなと思いましたがこの立派な石垣のことなどまだ何もわかっていません。ただその立派さに驚いているばかりでした。小屋を案内してくださると言うので平さんについて二階に上がりました。そして小屋の中に案内してくださり部屋の中のものを一つ一つ説明してくださいました。その話を聞いているうちにこのおじいさんは只者ではないなと感じるようになりましたが、さらに上の田んぼに案内されたのでみんなで付いて行きました。小屋の上の田んぼの石垣は高さが10メートル近くあるように見えました。石垣のわきを滑らないように気を付けながら登って行きました。そこは広い一面の草原でした。平さんの説明では昨年までこの田圃で米を作っていたそうです。その名残で雑草の中に穂を出した稲が混ざっているのです。高い石垣の端まで出るとまさに絶景です。曇り空だったのが残念でしたが目の前は瀬戸内海が広がりその向こうに愛媛県の佐田岬が細く伸びています。海を絶えることなく行き交う貨物船が眺められ、佐田岬の先端から大分県との間は太平洋に向かって開いています。瀬戸内海の中でこんなに雄大な眺めの所は他にあるでしょうか。それはそれは素晴らしい眺めでした。私たちはまだお弁当を食べていなかったので平さんにお断りしてこの棚田で食べさせて位抱くことになりました。その間、平さんがおじいさんの代から三代に渡ってこの地を切り開きこの素晴らしい石垣の棚田を作ってこられたことを話してくださいました。何の予備知識も持たずやって来た私にとっては平さんの身の上話はまさに感動の連続でした。大正時代の末ごろここに入植して原野を切り開き、重機もない時代に自然の大きな石を使って一から石垣を積んで行きこの見上げるような石垣の田んぼを作り上げたお話は本当に驚きです。昔の城の石垣を築くように何百人何千人が集まって作るのではなくおじいさんを中心に家族だけでこのような城の石垣にも負けないような石垣を築いたことは驚嘆に値します。実は私もみかん農家ですから時には畑の修理などで石垣を築くこともあります。今年も七月に梅雨の雨で崩れた石垣を修理しました。高さ1.5メートルで幅が3メートルくらいですから手作業でやってもできる規模ですがすぐに重機を借りてきました。重機があると手作業に比べて何倍も何十倍も楽です。多少ですが石垣を組んだこともあるわたしですのでこの石垣を作った苦労はすごくよく分ります。そんな苦労を苦労とも思わず何十年も続けられる精神を持つことに更に強い感動を覚えました。私が安下庄の住民であることを話すと平さんは安下庄には従妹がいるから「平は元気でいる。」と伝えてくれと言われました。今年83歳になる平さんは今年で全ての田んぼで米を作るのをやめられたそうですがもっと早くに来てここが美しい水田であった時の光景が見たかったです。下の道まで下りて私たちを見送ってくださいました。そして平さんの笑顔はとても素敵でした。この棚田が草木に覆われて原野に帰るまでに何度かまた来てみたいと思いました。

 

(写真の数が多いのですが、私の感動を察して御覧になってください。)

突然に表れたそびえたつ石垣

初めての対面ですが、出会った時から素敵な笑顔だと感じました。

 

生活の一部を垣間見ることができました。

 


 小屋に案内していただきました。

 

手入れの行き届いていたころの写真です。

平さんのおじいさんは平 亀次郎さんと言います。おじいさんはすごい方だったようです。

窓からの眺めは素晴らしいに尽きます。

今でもお茶を沸かしているそうです。ランプが見えますがここには電気は来ていません。大きな鋸がありますがあの鋸で原野の大木を切り開いたのでしょう。

おじいさんの写真でしょうか。

 


小屋の上の田んぼに行きました。素晴らしい眺めです。

 

昨年までお米を作ったという田んぼには稲穂が見えました。

赤い矢印のあたりが佐田岬の先端です。青い矢印の所に伊方原発があります。

矢印の下に白いドームが見えます。

 

高い石垣の上で海を眺めながら、平さんのお話を聞きながらお弁当をつまんでいます。

 

お話を聞くほどに石垣の素晴らしさが増してきます。上の石垣の右端が未完成のままになっています。私がもう少し若かったら手伝いに来ますと言えたかもしれません。今でも石一つくらいなら継ぎ足して帰ることもできますが、ここに来る人が一つづつ石を組んで行けばいつか完成するかもしれません。あと150年かかると言われたガウディのサグラダ・ファミリア教会はみんなの力でもうじき完成するそうです。この石垣も完成させたい気持ちが湧きました。

昔全ての田んぼで米を作っていた時には石垣の草や木はなかったそうです。その頃の石垣の全景を見たかったです。

こんなに広い田圃が下から上まで5~6面あったそうです。今は全て草に覆われていました。

山の急な斜面を見てください。

 

帰りの渡船の時間が気になるので、暇を告げました。

この大きな石がよく人力で動かせたものです。

 

最後にまた従妹によろしく伝えてくださいと言われました。

やがてこの地も荒れ果てて行くでしょうが、この石垣の遺構は何百年も形をとどめるかもしれません。

平さん家族の作り上げた棚田は原野に戻っても末長く残って行くと思います。何時かすべて忘れ去られたとしても。

 

 平さんについて詳しく知りたい方はネットで検索してください。たくさんのお話が出てきます。

 

 

 


感動の島 祝島その2

2016年09月25日 | 日記

今日の花

白萩 祝島の山道を歩いていると道の側にこの白萩をたくさん植えた畑がありました。

 


 祝島を訪れた第一の目的は島に生息している蝶の調査です。一日で島全部を調査することはできません。今回は南側斜面沿いの農道を歩いてみることになりました。祝島に来るのが初めての私にとってはどこを歩こうとも風景は珍しくてとても楽しい一日でした。中でも、農道を歩きながらその道の上側と下側にある畑を見て驚きました。島の南側は山頂から海岸まで平たんな所は全くなくてかなり急な斜面が続いています。斜面の角度は45度を超えている所も多いのではと感じられました。島の南側ですから日当たりはよく畑を作るには適したところであるのは分かりますが何とこの急な斜面に畑を作ったものだと感心しました。一段ごとに石垣を築き段々畑が作ってあるのですが一段の畑の幅より石垣の方が高いところも多いのです。段幅が1.5メートルに高さが2m以上ある段々畑が下の方へ向かって続いているのが普通のような所です。その狭い畑に島特産の琵琶の木やみかんの木が植えてあるのですが収穫などどうやってするのか想像もつかないようなすごい畑です。私は大島でみかんを作っているので急傾斜地の作業がどんなに大変かよく分ります。そんな条件の厳しい段々畑を今もなお守っている島の農家の皆さんのことに同じ農家として感動を覚えたのです。平坦な農地でする農作業ですら結構きつい仕事なのにこんな急傾斜地で上がったり下りたり、重い肥料や収穫物を上げたり降ろしたりの労働のきつさは考えただけでもすごいに尽きます。一緒に歩いていた仲間の人は農家ではありませんがこの急な段々畑を見て「祝島のビワを食べる時はおろそかにはできないね。」と言われました。まさにその通りです。南向きの日当たりの良い、しかも水はけの良い畑で出来た果物はとても美味しいのです。でもその美味しさの影には厳しい農作業があってこそ生まれたものだと多くの人にも知っていただきたいと感じました。私の拙い写真では崖を見下ろすような急斜面の畑や見上げるような石垣の続く畑を上手く表現できませんがどんなすごいところかは想像してみて下さい。荷物を上げたり降ろしたりするための策動やモノラックなどがいまだに使われているらしいのですが懐かしく眺めました。ミカン農家の我が家でも昭和40年代までは使っていましたが今は跡形もありません。策動と言う言葉が分からない方もいるかもしれませんが、スキー場のリフトかロープウェイを想像してみてください。段々畑の上と下にワイヤーロープを張り渡し小さな荷物を載せるゴンドラのようなものをロープからぶら下げて荷物の上げ下げをするための設備です。モノラックとはモノレールを畑に設置してエンジン付きの台車が上がり下がりする設備ですが急傾斜でも滑らないようレールの下に波状のラックが付けてあるものです。傾斜がきつすぎると積んだ運搬用コンテナからみかんがこぼれ出たりします。
結局、島で農業をしようと思えばこんな厳しい畑しかないのですからそれに耐えてゆくしかないのだと感じその忍耐力に感動したのです。

 


 歩いた島の南側斜面の農道

地図で見てください。南側斜面は等高線がすごく混んでいます。

点線が農道ですが私たちは一番下の農道を歩きました。

石垣が見えるので元畑だったところですがもう山になっています。 

廃園になっているビワ畑です。運搬用コンテナが畑に投げ捨てられていますので最近やめた畑なのでしょう。

ビワ畑から遠く海を見下ろすとのどかな風景が見られます。

自動車を運搬する巨大な貨物船です。まさに現代の風景ですね。

 

軽トラックがかろうじて一台通れる道幅です。

赤いカラスウリが目立ちましたので写真に撮りましたが最近捨てられたみかん畑です。みかんの木は蔓に覆われていました。

見事に管理されたビワ畑ですがこの傾斜での作業はすごく大変でしょうね。

みかんの貯蔵庫でしょうか。

今でも使っている様子の策動です。この竹藪の下の方に畑があるのでしょう。

モノラックがありました。エンジンにカバーが掛けてありますので今も使っているのでしょう。

道の側の大木

傾斜が60度くらいありそうなみかん畑です。

この策動も現役で使っているようです。

この急な角度が海まで続いています。

みかん畑は一段ごとにきれいな石垣が築いてありました。人の力はすごいですね。

海に向かうと谷底を見下ろすようです。

 

 

向こうが上関と本州です。島にいるのだなあと感じました。(私も島に住んでいるものですが)

もっとも人口の多かった時には2000人も住んでいたという祝島の集落です。この小さな島でみんな頑張って生きてきたのですね。

 

 


感動の島 祝島

2016年09月21日 | 日記

今日の花

庭に咲く黄花彼岸花 

 


 今日は蝶の師匠からのお誘いで祝島へ行くことになりました。祝島は大島と近いところにありながら今まで一度も訪れたことが無く長年の間行ってみたいと思っていました。一昨日お誘いの電話をいただいた時にはもう二つ返事で「行きます。」と答えていました。台風16号も無事に通過して穏やかな天気に戻っていました。連絡船の心配もないようです。祝島への連絡船は一日に行は4便帰りは3便しかありません。室津港から10時の便に乗って渡りました。


祝島は長年の原発建設反対運動でよく知られています。その他では周囲が良い漁場に恵まれていて漁業の盛んな所・美味しい魚のあるところとして知られています。また、農作物としては美味しい琵琶のできる島として有名です。今はネットなどで簡単に島のことを事前調査することができますが地図だけ頭に入れておいて今回はできるだけ先入観なしで行きました。初めて触れるということで多くの感動がありました。その感動を何回かに分けてアップするつもりです。今日は一回目として渡船で渡って祝島に着いたところで町の様子と生活の一部を写真でお伝えします。

 


今日の音楽 (らんらんさんより)

 羽田健太郎(pianoも)「交響曲 宇宙戦艦ヤマト」 第4楽章

昭和59年 NHK交響楽団 
指揮:大友直人
violin:徳永二男
羽健も大友さんも徳永さんも、お若い!
John Williams も凄いですが、羽健も負けていません。
このシンフォニーは本当にとても良くできてると思います。
全楽章聴いて頂きたいですが1時間弱かかりますので
ここでは4楽章だけ。


昭和59年ですか、みんな若いはずですね。私もその頃若かったけど。映画も音楽も感動ものでした。


いざ 祝島へ

出発地の室津港

途中船窓から見た八島 八島へも一度わたってみたいと思っています。

 

祝島港へ着きました

島に帰って来た人、出迎えの人などなど・・・青い服の駐在さんが立っているのは何故でしょう。船が付く度に来られるのでしょうか?

初めてみる祝島の町です。本当に平坦地が無いのですね。いきなり山の斜面です。

連絡船の「いわい」 双胴船です。

私たちを含めた多少の観光客もいました。

 

狭いところに家がひしめき路地はほんとに狭いです。

カフェがあります。帰りに時間があったらコーヒーを飲みたいですね。

この風景は何度かテレビで見たような気がします。週に一度のデモ行進は今も行っているのでしょうか。30数年も続けられたそうですがこれも感動の一つです。

目的の山道へ向かいます

郵便局は新しいきれいな建物です

路地は縦道と横道がありきっと碁盤目になっているのかもしれません。これは横道です。

この辺りはまだ緩い上り坂です。石積みの練り塀が見えてきました。

一番高いところに中学校の校舎が見えます。2005年に生徒がいなくなって休校になっています。

この島独特の石を積んだ練り塀です。

学校の敷地を作る石垣はすごく高くてまるで城の石垣を思わせます。

学校の庭からの眺めです。

学校のわきを通りさらに高いところまで来ました。正面の島は多分牛島だと思います。

北側の光市の方を向いていますが右端に見えるのが上関町長島です。

だいぶ高く登ってきました。左端あたりが下松でしょうか。

山の農道を東に向かって進みます。立派な港ですが漁船の数は少ないですね。漁師さんも高齢になりだんだん少なくなっているのでしょう。

 

 

上関町四代を眺める

ここに立ってみると、この祝島の人たちにとって正面の3.5㎞沖に建設が予定されている原子力発電所の建設計画はすごく重大なことだとわかります。

長島西端の田ノ浦の山林を切り開いて14万平方メートルの海面を埋め立て、改良型沸騰水型軽水炉2基の建設が計画されています。稼働後に発電される電力は、50万ボルト送電線で同県周南市まで引かれ、既存の高圧線を経て主に広島・関西方面に供給されるものと見られていて、定格出力:137.3万キロワットの原発2基が計画されているそうです。中電としては既存の発電施設で十分に必要電力をまかなえる状態にあるらしいのにまだ原発を作りたいのでしょうか。町で使われる電力をここで作り何かあった時には祝島の人たちが一番の被害をこうむるのです。

私は上の写真の田の浦海岸へは昨年5回行きました。この辺りでは珍しいスナビキソウが砂浜一帯に生えていて5月には北上途中のアサギマダラの群れが乱舞するところが観られます。山を削り海を埋め立てる行為は人間の生活にとってどうしても必要なことであれば許されるでしょうがどこかの企業の利益のためとか利権を持つ人たちのためだけならやめてほしいです。ましてや危険極まりない原発をそこに作るなど、祝島の人たちより少し離れた所に住む私もいやです。遠く離れた所に住んでいる危険度の低い人たちも一緒に原発建設に反対しましょう。祝島に来て切実に感じました。一つ目の感動です。



栗 に付いて

2016年09月19日 | 日記

今日の花

庭のノカンゾウ 夏の初めから咲き続けていますがよく花が続くものです。

 


 明日は台風16号が西日本に接近するとのことです。こちらではずっと雨ですが今日も栗拾いに行かねばならないのです。私が栗拾いを休むとイノシシが喜びます。昼間に落ちた分と夜の分とで二倍の栗が食べられるからです。そうはさせじと合羽を着て拾いに行きました。雨と風とで普段より多めに落ちていました。雨でぬれた栗は早く処理して乾かしておかねばなりません。そんなことをしていると栗のことが気になっていろいろ調べてみました。

 

(コメントに答えて: 20日雨なので昼間書いています。夜中ばかりではありません。お昼寝もします。) 


本日のクリの収穫

 

イガを取りのぞいた所

扇風機で風を当て乾かします。

栗の一粒ってどれくらい重さがあるのか計ってみたことがありません。

大きいものから小さいものまで並べてみました。

計ってみると一粒は意外に軽いものです

みかんは中玉で1個100gです。晩白柚は1個2㎏以上にもなります。

大きいものを手に乗せると

普通サイズでこれくらいでしょうか

栗の実には虫がよく入ります。虫にとっても美味しいのでしょうね

 

 

栗の実は未熟な間はイガに包まれ守られています。

一人っ子 のびのびと丸く大きく育っています。

二人兄弟  まだ少し余裕

三兄弟・三姉妹  次男、次女は狭いところで少しきつそう。

 

我が家の栗は何種類かあるのですがどの実が何かは判りません。大きくても小さくても栗は栗。熟期は9月半ばから10月初めごろまでです。

このごろは中の渋川の剥きやすい品種で「ぽろたん」というのがあります。

 

まだしばらくはいやいやながら栗拾いの毎日です。


今日の ツマグロキチョウ

 

蝶々小屋の中で夜はどうしているのでしょう

みんな寝ているのか飛び立つことはありません。

 

 


ツマグロキチョウはまだ夏型か ?

2016年09月18日 | 日記

今日の花

庭のシュウメイギク  

 


 昨夜寝る前に飼育室を見たら明日の朝羽化しそうなツマグロキチョウの蛹が6個ありました。6個もあればツマグロキチョウが羽化する所を動画で撮影するのは楽勝だと朝を楽しみに床に着きました。蝶の種類によっては早朝羽化するものとか夕方羽化するものそして時間が決まっていなくていつ羽化するかわからないものなどがあります。ツマグロキチョウを飼育するのは今年初めてですが今までに羽化したものはほとんど早朝だったので今朝は5時に起きて撮影の準備をすれば十分だろうと思って今朝は5時少し過ぎた時間に起きました。飼育室へ行ってびっくり6個のうち5個の蛹がすでに羽化していたのです。残念でした。それでも一つだけ残っていたので撮影準備をして側に付いて待ちました。20分くらい待ったところで羽化が始まり何とか撮影はできました。ただ蛹の位置が良くなかったので満足できる撮影にはなりませんでした。

今日は6頭のツマグロキチョウが生まれたのですが、どれも秋型とは言い難くまだ夏型か中間型と言ってもいい様な個体ばかりです。

 

今日は飼育室にまた新しい仲間が増えました。ヤクシマルリシジミです。近所の生け垣をみていたらイスノキの新芽にヤクシマルリシジミの大きな幼虫を見つけました。イスノキの垣根の新芽にいくらでも幼虫が付いているのです。とりあえず4匹くらい持ち帰ってみました。ヤクシマルリシジミと言う蝶は10数年前に山口県では初めて大島で発見された蝶で昔は迷蝶扱いでした。その後温暖化のせいか県内のあちこちで見られるようになり今は完全に定着しています。

ムラサキシジミは数が多くなったので毎日餌のアラカシの新芽を取りに行かねばなりません。こんなことになろうとは・・・・・。

 


次々と生まれるツマグロキチョウ

 

 

1.から6.までのツマグロキチョウを見比べてみて下さい。

ただ1頭の雌

オスにはかすかに秋型の波模様が見られますがメスには模様は全くありません。

続いて9月19日羽化

 

 


新入りのヤクシマルリシジミの幼虫

イスノキには新芽がたくさんありました。

シジミチョウの幼虫はどれもよく似ていて草履見たいです。

 

 

ムラサキシジミの箱にはエサが無くなっていました

蛹になるまでもう一息ですね。 

 


飼育のツマグロキチョウが羽化し始めました

2016年09月17日 | 日記

今日の出来事

今夜は長尾八幡宮の秋の大祭(9月18日)の前夜祭でした。詳しくは昨年のページを見てください。

 


 秋の訪れを虫たちも感じるのか我が家で飼育中の幼虫たちは急ぐようにどんどん変化して行きます。二度目の発生をしているツマグロキチョウが羽化し始めました。今日は1頭だけでしたが明日は沢山羽化すると思います。羽化するところを動画に撮るチャンスです。早起きしなければなりません。ツマグロキチョウは早朝に羽化するものが多いようです。クロマダラソテツシジミは蛹になり始めました。そして、ムラサキシジミを飼育するためアラカシの新芽を持って帰るとその新芽に蛾の幼虫もついています。その蛾の幼虫も繭を作り始めました。2個卵を持ち帰ったクロヒカゲは1匹だけ成長しています。

 


ツマグロキチョウ

最後の前蛹

 

羽の模様からすると秋型と夏型の中間くらいでしょうか。

この蛹は明日の朝羽化します。

 

竹の葉を食べるクロヒカゲの幼虫

 

蛹になり始めたクロマダラソテツシジミ

 

大きくなったムラサキシジミの幼虫

 

ムラサキシジミを飼育していたら、こんな蛾が出てきました。

蛾の幼虫は繭を作ります

 

命の標本箱みたいでしょう。生き物はいろんな形を取りながら生命をつないでゆきます。

 


本日の栗  夜落ちた栗の実はイノシシのもの昼間に落ちた栗の実は私のもの。一年間の手入れはわたしがしているのに半分分けとは分が悪いですね。

 

 


ムラサキシジミ ほか

2016年09月16日 | 日記

今日の花

白花の彼岸花

 

赤色の彼岸花

 


今沢山の蝶を飼っています。午前中エサの確保に走り回りました。

 


今日の音楽 (らんらんさんより)

Star Wars Main Theme

 

 

私もこの映画は見たことないのですがこのテーマ曲はよく聴きます。


ムラサキシジミの飼育

ムラサキシジミは食草がアラカシなのでエサを手に入れるのは楽だろうと思っていました。ところが春と違って今の時期に新芽を探すのはとても大変なことが分かりました。山に行けばアラカシの大木はいたるところにありごく普通の樹なので新芽を取って来るのはたやすいことと考えていましたが今の時期には新芽の出ている木はとても少ないことが分かりました。たまに見つかる新芽を取ってみるとどの新芽にもムラサキシジミの卵や幼虫が必ず付いているのです。結局エサの新芽を持ち帰ると飼育の幼虫がまた増えるのでさらにエサが足りなくなります。ムラサキシジミを飼育しようと思い立った時には こんなになろうとは思いもしませんでした。

先日のリュウキュウムラサキの紫もきれいでしたが、この小さな蝶が紫色をちらちら光らせながら飛ぶのもまたきれいです。

 

ムラサキシジミの卵

アラカシの新芽に産み付けます

アラカシの若芽を食べて幼虫は成長します

 

飼育中のムラサキシジミ アラカシの若葉

 

飼育室のクロマダラソテツシジミ ソテツの若葉

 

飼育室のツマグロキチョウ カワラケツメイにて

みんな蛹になりました

 

山の合歓の樹で キタキチョウ

 

山のアサギマダラの幼虫

キジョランにて

ホウライカモメヅルにて

 

 もう一つクロヒカゲの幼虫も飼っています。


ジャム用青蜜柑の収穫

2016年09月15日 | 日記

今日の花

カンナ  カンナの花は真夏に咲きますね。じりじり照りつける太陽のもとで赤やオレンジや黄色の花を咲かせます。子供の頃からカンナの花を見ると暑さのイメージしかわかないのであまり好きではありません。でもこのカンナはとても小さな花をつけます。そして秋の遅い時期まで咲きつづけます。暑苦しい感じの薄いカンナです。

 


 青摘みかんでマーマレードを作り始めたのはもう10年くらい前からです。マーマレードの原料となる柑橘はどちらかと言うと酸っぱいものが良いのです。砂糖をかなり加えますので甘さはそれほどなくともしっかりした酸味と青蜜柑独特の香りがいい感じのマーマレードになります。しかし、青蜜柑と言えば9月に収穫しなければなりません普通の秋に熟れてから食べるみかんの栽培形態では残留農薬の問題が引っかかって9月に収穫することができません。それで青摘み蜜柑は完全な無農薬栽培かそれに近い形で栽培しなければなりません。加工用としての青蜜柑は単価的に生食用のみかんほど高く売ることはできませんが栽培コストを低く抑えて連年結実させることができるのであれば採算が合うかもしれません。と言うことで大島内のジャムヤさんと提携して青摘み蜜柑を少し作っています。摘果したみかんを捨てるのはもったいないと言ってジュースを搾ったり加工品にしたりする人がありますが普通に農薬散布したものは原料として使うことができませんので注意が必要です。

今日はこの秋初めて栗園に行ってみました。下草刈りを兼ねて様子を見に行ったのです。今年は季節の移り変わりが早いのかもう栗の実はかなり落ちていました。もちろんほとんどはイノシシさんに食べられていました。今朝から落ちたもののみ残っているのですがそれでもかなりの収穫がありました。初めての栗ご飯が食べられます。

一昨日私の町安下庄で見つけた迷蝶のクロマダラソテツシジミについて隣町の久賀で調査したところあるお寺のソテツでは羽化したばかりのきれいな成虫が沢山飛び回っていました。この時期ですとクロマダラソテツシジミは20日間くらいで成長しますので大島に初めてクロマダラソテツシジミがやって来たのは8月25日前後と言うことになります。愛媛県で初めて見つかったのが8月の10日頃と聞いていますのでその2週間後には大島にもやって来ていたようです。経路や時期を推測するのも楽しいです。

 


青摘みみかんの収穫

ジャム屋さんから「先日の青蜜柑で作ったマーマレードはなかなか良い感じにできました」との知らせがありました。

青いみかんは柑橘特有の強い香りを持っています。強い香りは害虫から身を守るためでしょう。熟してくるとそのような香りは薄くなってきます。さあ動物の皆さん食べてくださいと言わんばかりに。

 


栗園の手入れと収穫

この栗園はわたしが30代の時植えたものでもう40年近く収穫し続けています。

比較的大粒の栗で毎年友達の所へ少しづつ送るのですがみんな喜んでくれます。栗って秋を感じさせますよね。我が家はこれからしばらく毎日のように栗ご飯です。きれいな実を選って人に差し上げ我が家では毎日虫栗の始末です。私の祖母の時代に歌人の与謝野さんとこへ栗を送ったらしいのですが栗から虫が出てきたことを俳句に読んで礼状を送ってきたことがあったそうです。子供の頃その鉄幹さんの礼状のはがきを見たことがあります。

 


クロマダラソテツシジミは既に1回目の発生があったようです。

 

ソテツの若芽を食べている幼虫

クロマダラソテツシジミ ♂

背中から甘い蜜を出すので蟻が集まります。蟻を寄せ集めるのは何か意味があるのでしょう。蜘蛛から身を守るのでしょうか。蜘蛛に食べられているのはよく見ます。

クロマダラソテツシジミ ♀

産卵中の♀

羽化するとすぐに交尾をして数日で卵を産み始めます。またメスは遠くまで飛んで行って産卵し生息域をどんどん広げてゆきます。

 


 今日の出来事はこれでお終いです。

みかん産業の問題について続きを少し書いてみましょう。

日本では果物は嗜好品として捉えられていることが多いようです。お菓子を食べたりするのと同列の感覚ですね。世界の各地を見てみると果物は野菜と同列で食事のたびに体を維持して行くために摂取するべきものと考える所が多くあるようです。その違いからか日本では果物の摂取量は多くありません。世界の国々の中で一人あたりの果物を食べる量で見るとかなり順位が低いのです。

 

 

次に、近年の果物の摂取量と国内生産量と果物輸入量の変化をグラフで見てみましょう。

国内で消費される果物の量は約800万トンでずっと大きな変化はありません。最近少し下がり気味です。一人あたりの消費量も大体同じような変化をしています。最近やや少なくなってきました。 

800万トンの果物はどこで生産されているのかと言うと1980年ごろには80%が国内生産で輸入は2割程度でした。ところが農業が廃れてゆき現在の果物自給率は4割を切ろうとしています。食料自給率も30パーセント台ですからこれから先どうなるのでしょう。農村の現状を見ると高齢化が進み国内生産量のグラフはさらに下がって行くことでしょう。

 

 

 

少ない果物の消費ですが、年代別にみるとどうでしょう。

若い働く世代の人の果物摂取量が少ないですね。我が家のみかんのお客様もお年寄りの方が多いようです。

 

 

若い人たちの果物離れはかなり昔から言われてきましたが、改善される様子はなくさらに進んでいるようです。