小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

吉本隆明語る「思想を生きる」

2009-07-04 16:02:09 | 読書
 京都精華大学の創立40周年記念事業のひとつとして、同大学の名誉教授笠原芳光氏が吉本隆明氏にインタビューしたDVDが限定5000部で無償配布された。『吉本隆明語る 思想を生きる』である。申し込んでいたそのDVDが本日届いて、さっそく視聴した。
 吉本さんの自宅で採録されているので、本郷のご自宅の玄関や書斎の様子が映されている。書棚に漱石の写真が飾られていて、あっと思った。その写真は、かって鉛筆画で模写し、私も同じように書棚に飾ってあったからだ。さらに思わずにやりとしたのは書棚の横にブロンドのピンナップガールのヌード写真が無造作に貼られてあったことだ。80歳を過ぎてエロスはなおお忘れではないらしい。かなりの茶目っ気ぶりというべきか。
 最初のお話で、60年安保闘争時の吉本さんの行動に平野謙が好意的であったことが語られた。あの当時、吉本さんは全学連と一緒に抗議デモに参加されたが、あくまでも学生と同じ一兵卒として行動したのであり、全学連主流派のブレーンでもなく、組織的なアジテーターでもなかったと明らかにされた。思えば第9回『群像』新人文学賞に「吉本隆明」論で応募したとき、私は吉本さんを全学連のブレーンとみなすことに異を唱え、もっぱら文学者としての吉本さんをとらえた。そのことは間違っていなかったと、うれしい思いで吉本さんの言葉に耳を傾けていた。
『群像』新人文学賞の当時の選者には平野謙がいた。平野謙には私の吉本論は違和感があったのか、誉めてはもらえなかった。ついでに書けば、選者は伊藤整、中村光夫、大岡昇平、それに平野謙の4人で、大岡昇平は小説部門の作品より、評論部門の私の吉本論のほうがよいと言って下さった。小説部門はのちに芥川賞作家となった畑山博の作品だったが、ふたりとも最優秀作として雑誌には掲載されたが、第9回新人文学賞は該当作なしとなっている。いや、吉本さんのことを語るべきだった。
『群像』の編集者から、吉本さんが雑誌の対談などで見せる様子をうかがったことがあった。シャイで、相手の目をあまり見ず、右手をテーブルに曲げて載せたまま、顔を伏せて、そのくせ過激な言葉を吐くというものだった。しかしDVDに映る吉本さんは、笠原氏の目をまっすぐ見て、昔日の過激さはない。ただ右手はしきりに動き、ときおり白髪の頭にのせられる。やはり老いの語り口になっていて、どこかもどかしい印象を与えるけれども、結語の部分はさすがに迫力があり、思わず襟を正したくなった。
 ひとは資質や宿命を自分で選んだわけではないが、それでもそれは自分に固有のものであるから、自分の考えで固有の人生を歩めれば、もって瞑すべしではないかと同席した大学のスタッフに力強く語るのである。
 DVDの最後に吉本さんの詩「苦しくても己れの歌を唱へ」が引用されている。その詩は、インタビューの結語によく似合っている。

   苦しくても己れの歌を唱へ
   己れのほかに悲しきものはない
   つられて視てきた
   もろもろの風景よ
   わが友ら知り人らに
   すべてを返済し
   わが空しさを購はう


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