小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

龍馬は誰に殺されたのか 5 〈うろんなり近江屋〉

2005-11-10 22:49:42 | 小説
 鶏肉を大皿に盛って近江屋に戻ってきた峰吉は、土佐藩邸出入りの書店菊屋の息子で当時17才だった。峰吉は近江屋の表口で抜刀している土佐藩士島田庄作と出くわす。島田は「いま坂本と中岡がやられた」と峰吉に告げた。
 峰吉は台所から(注:まず鶏肉を置いたのであろう)裏口に出ると、物置に人の気配。物置の戸を開けると、近江屋主人夫婦がひそんでいた。ガタガタふるえながら「峰吉さん悪る者が這入って、二階は大騒ぎ」だという。
 これが菊屋峰吉が述べた事件直後の近江屋主人の姿だ。ところが近江屋新助の口述(倅の新之助筆記)では、こうなる。
「然れども同氏(龍馬)は刺客が帰るが否や、家の主人(自分)を呼び医師を命ぜられたりしが、是に応じて二階に昇りしに既に絶命せられたり」(原文はカタカナ表記)
 龍馬が階下の新助に「医者を呼べ」と大声を上げた?まさか。しかも新助は「坂本君は常に真綿の胴着を着し居られたれば、体部に負傷はなし。唯だ脳傷の為めに接○(文字不明)の後倒れられたる処を、二刺咽を刺したり」というのが前段の口述である。咽を二刺しされた人間が、階下に届くほどの声を発するわけはなく、このあたりの矛盾にはおかまいなし。さらに龍馬は小刀で20分ばかり敵と渡り合ったなど見ていたような嘘も平気だ。体部に負傷がないなどというのもでたらめな話(実際は後ろから袈裟に切られている)で、いったいなにゆえの作為話であろうか。
  その夜、現場に駆けつけた谷干城はこう回顧している。
「土佐の屋敷と坂本の宿とは僅かに一丁ばかりしか隔て居らぬから、直ぐに知れる筈なれども、宿屋の者等は二階でどさくさやるものだから、驚いて何処へ逃げたか知れぬ。暫くして山内の屋敷へ言って来たものも、余程後れ私が行った時も最早とうの後になって居る」
 谷らが異変を聞いて駆けつけたとき、近江屋の主人はもちろん、女中も書生も小僧も誰もいなかった。いささか、不人情な話、というより不自然すぎる状況ではあるまいか。
 

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1 コメント

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Unknown (浜かもめ)
2015-03-21 19:05:30
谷干城の言葉は絶対の信ぴょう性があります。この人が嘘をついたり詭弁を弄する筈は無いので……
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