小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

『白川淑詩集』のこと

2011-03-25 10:47:59 | 読書
 地震で本棚が崩れ、やむなく散乱した本を整理していたら、探しあぐねていた一冊の本が出てきた。『白川淑詩集』(日本現代詩文庫第二期・土曜美術出版販売)である。
 京都弁、というより女性特有の京ことばで綴られた詩が多く収録されている。その艶めかしさは、ことばで表現された春画とでも評したくなる官能的な詩があるほどだが、詩を彩っているのは、むろん京ことばという絵具なのである。
 小説『月琴を弾く女』で、ヒロインのお龍や寺田屋おとせのしゃべる京都弁の語彙やニュアンスを、私はこの詩集から学ばせてもらったのであった。そのお世話になった本の所在を見失っていたのだが、ひょいと眼前に姿をあらわしてくれたのである。しばらく整理を中断して、立ち読み状態になった。
 年譜によると、白川淑は昭和9年に京都市東山区祇園下河原で代々ハイヤー業を営む家に生まれているが、高校生の頃に大坂に転居、その後も奈良、神戸、福岡と転居している。だから10代後半からは日常では京ことばを封印して生活していたはずである。その抑圧の深さが、詩という表現世界でかえって京ことばをはじけさせたのではないだろうか。
 巻末に「詩が欲しくなる時」という短いエッセイが付されている。
「あたりまえに結婚をし子供を産み育ててきた女は、繁雑な日常に押し流されて、自己を振り返るいとまもなく、半生を費やしてしまう。子離れをするころになって、はじめて、人間類女科に属する動物であったこと、檻の中を全宇宙だと錯覚していたことに気づく」
「そういう時だ。詩が欲しくなるのは、夢と現がよじれあう、毒と薬がせめぎあう、詩的世界に踏み迷いたくなるのは」
「書くという表現は、根気の要る大変な仕事だと思う。男と女の愛を全うさせるほどに」
 以上の引用は省略箇所と匹敵するぐらいだが、白川淑の立ち位置を明確にあらわしている。
 そういえば詩集には阪神淡路大震災に遭遇した経験をうたったものもあった。妙なところで地震とつながっていた。