小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

光田和伸『芭蕉めざめる』を読む

2008-12-15 10:46:09 | 読書
 芭蕉隠密説を「芭蕉の専門家」で信じているひとはいない、と述べているのは『芭蕉めざめる』(青草書房)の著者光田和伸氏である。光田氏はこう書いている。
「私は芭蕉の専門家である。自分で名のるのも気恥ずかしいが、しかし、公的な研究機関に籍を置いて、専門の学会誌に芭蕉についての研究論文を何篇も発表してきたのだから、まあ、そう自称してもいいだろう。そして『芭蕉は幕府隠密だった』なんてヨタ話だ、とかたく信じている人間だった」
 その光田氏が、ある日突然、、芭蕉隠密説にめざめたらしい。「その結果、『芭蕉は幕府隠密だった』と考える、たぶんまちがいなく日本で最初の、芭蕉専門家になってしまった」という。
 私などは、芭蕉の専門家がなぜ芭蕉隠密説から目をそらしているのか以前からいぶかしく思っていた人間だから、光田氏のような研究者の登場は大歓迎である。
 芭蕉が隠密、もっと具体的にいえば、幕府の諜報活動にたずさわった人間であることは、かの文豪ヘミングウエイがCIAのスパイであったという説よりも確かな事実であると思っている。
 そういうわけで、光田氏の近著『芭蕉めざめる』を、たいへんに興味深く読んだ。
 光田氏は伊奈代官家(関東の治安を守るための隠密の養成という仕事を抱えていた家)と芭蕉の深いつながり、あるいは大垣藩士との奇妙な関係に着目して、芭蕉隠密説にたどりついている。
 教えられることが多かったが、とりわけ新鮮なのは芭蕉の母の出自に関する新説を打ち出していることだ。
 芭蕉の母は忍者、それも上忍三家のひとつ百地氏の娘と私なども単純に思い込んでいたが、光田氏は百地家の養女になる前の、ほんとうの出自に迫っている。
 なんと伊予宇和島に赴任したことのある藤堂良勝と現地の女との間に生まれたのが芭蕉の母だったというのだ。芭蕉が若い頃に藤堂新七郎家に出仕し、終世、藤堂家と親密な関係にあったことはよく知られている。その藤堂家と芭蕉は血縁関係にあったのだ。ちなみに光田氏は愛媛のご出身である。
 ともあれ、この論考は、芭蕉がなぜ隠密になったかということを考える上で、いろんな示唆を含んでいる。いささか興奮気味に、私は光田氏の本を読み終えた。

追記:私もこのブログで芭蕉隠密説については断片的に書いています。右欄の下方にある「検索」の「このブログ内で」というボックスに「芭蕉」と入力していただければ、過去の芭蕉に関するブログをお読みいただけます。

松浦玲『坂本龍馬』を読む

2008-12-04 21:05:24 | 読書
 松浦玲氏の近著『坂本龍馬』(岩波新書)を一気呵成に読んだ。一気呵成に読ませる文章なのである。
 勝海舟の研究家であるから、海舟と龍馬の関りあいが微に入り細にわたって詳述されるけれども、たたみかけるような文章のせいで、史料駆使の煩雑さが背後に遠のく。
 龍馬の海軍構想を論ずるくだりでは、松浦氏はこう書いている。
「…このとき龍馬は麟太郎よりも一歩か数歩、先に出たのである」
 最終章においても海舟がらみであって、「(海舟は)西郷との江戸開城談判までそれで押し通し、西郷に引かせた。龍馬が生きていれば、王政復古のクーデタの前に西郷に引かせたのではないか」と結語している。
 さらに「あとがき」には、次のような文章が書きつけられている。
「…あれほどまでも京都の政局に全力を傾注した龍馬が生きていれば、慶喜の運命は変わったに違いない。鳥羽・伏見戦争で『朝敵』という追いこまれかたはしなかっただろう」
 まさしく、私もそう思うもののひとりである。その思いが胸にくすぶり続けるから、仇討のような気持で、龍馬暗殺事件にこだわってきた。
 さて、この本、巻末の「参考文献」に付記された松浦氏のコメントが面白い。それぞれの文献にダメ押しを書きつけていて、啓蒙的なのである。そこで先生のひそみにならって、同意しがたい記述を二点だけ記しておきたい。
ひとつめ。
「近藤勇が流山で捕縛されたとき、新選組が犯人だと信じる土佐の谷干城が厳罰を主張した」とある。松浦氏は同じ岩波新書で『新選組』を書いておられるが、その著書でも、谷に関しては子母澤寛の説を安易に踏襲しているのではと懸念した。俗説を上書き保存するような真似を松浦氏にやってほしくはない。(私のブログ「谷干城は誤解されていないか」参照)
ふたつめ。
「『八義』の『○○○自ラ盟主ト為リ』の盟主は慶喜が最善である。断然征討すべき『強抗非礼公議ニ違フ者』の第一は幕府内の反対派である」
と書いておられる。
 そうだろうか。これに続く「八義」の文言は「権門貴族モ云々」である。幕府内の反対派に「貴族」などいない。私は龍馬のこの文書はいわば身内に配布されたものだと考えるべきだと思う。先行き、新政府を構成する要員たる公卿や公議政体派に見せてこそ意味のある文書ではないのか。