「私は売れる当てもない作品を書いた。もし、タビーがそれを時間の無駄と言ったなら、私はほとんど気持が萎えていただろう。しかし、タビーはただの一度も懐疑を口にせず、ひたすら私を励ましてくれた」
こう書いているのは、スティーヴン・キングである。タビーというのは、彼のいわば糟糠の妻である。巨匠も最初から巨匠であったわけではない。次に続くキングの言葉は、およそ物書きを志すものならば、胸にしみるに違いない。「物書きは孤独な仕事である。信じてくれる誰かがいるといないではわけが違う」
引用はキングの自伝「生い立ち」(『小説作法』所収)からであるが、はじめて彼の小説のペーパーバック権が売れたときの述懐がいい。家賃90ドルのアパートに電話がかかってきて、40万ドルで売れたと聞き、キングはその場にしゃがみこむ。たまたま留守だった妻のタビーが帰宅したとき、キングは朗報をつたえるが、タビーは一度では呑み込めない。キングが説明を繰り返す。「彼女は私の肩越しに四室のせせこましいアパートを見回した。最前の私と同じだった。感極まって。タビーは泣いた」
ここを読んで、私も泣いた。
キングの苦節時代を引き合いに出して、私は何を言いたいのか。キングに朗報をもたらしたのは、彼が一度しか会ったことのない出版エージェントだった。米国では著者に代わって出版社との交渉を行うエージェントがいる。著者は持ち込み原稿を抱え、出版社をはしごしたりする労力を必要とせず、余計な神経をすりへらすことからも開放されるのである。このエージェント制がうらやましい。わが出版界にも、そうしたシステムが成り立たないのか、そのことが言いたかったのだ。
こう書いているのは、スティーヴン・キングである。タビーというのは、彼のいわば糟糠の妻である。巨匠も最初から巨匠であったわけではない。次に続くキングの言葉は、およそ物書きを志すものならば、胸にしみるに違いない。「物書きは孤独な仕事である。信じてくれる誰かがいるといないではわけが違う」
引用はキングの自伝「生い立ち」(『小説作法』所収)からであるが、はじめて彼の小説のペーパーバック権が売れたときの述懐がいい。家賃90ドルのアパートに電話がかかってきて、40万ドルで売れたと聞き、キングはその場にしゃがみこむ。たまたま留守だった妻のタビーが帰宅したとき、キングは朗報をつたえるが、タビーは一度では呑み込めない。キングが説明を繰り返す。「彼女は私の肩越しに四室のせせこましいアパートを見回した。最前の私と同じだった。感極まって。タビーは泣いた」
ここを読んで、私も泣いた。
キングの苦節時代を引き合いに出して、私は何を言いたいのか。キングに朗報をもたらしたのは、彼が一度しか会ったことのない出版エージェントだった。米国では著者に代わって出版社との交渉を行うエージェントがいる。著者は持ち込み原稿を抱え、出版社をはしごしたりする労力を必要とせず、余計な神経をすりへらすことからも開放されるのである。このエージェント制がうらやましい。わが出版界にも、そうしたシステムが成り立たないのか、そのことが言いたかったのだ。