小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

剣を持つヒロイン

2004-10-07 21:23:24 | 小説
日本国号成立の謎、草薙の剣の謎、どれを取っても、いずれも一冊の単行本になしうるテーマである。ノンフィクション系の本にまとめようかな、という気がしなかったわけではない。しかし、日下部佐保というヒロインを創り上げてしまうと、彼女と彼女の先祖にまつわる謎として、彼女の恋人となる青年に解き明かせたかった。「あたし、浦島の子孫よ」という美女に出会って、最初は困惑しながら、しだいに古代史にのめりこんでゆく青年を通じて、かって私がはまってしまった泥沼のような古代史の世界に訣別を告げたかった。
 実はヒロインにとんでもないものを持たせた。草薙の剣である。えっ、それは名古屋の熱田神宮の神宝じゃないか、小説とはいえ、なんでそんなものが一般人の手に入るのか、という声が聞こえそうだ。いえいえ、きちんと整合性のある仕掛けにしたつもりだ。
 ところで、草薙の剣は熱田神宮の神官でさえ、見ることを許されぬ秘宝である。だから学術的な対象になったことはなく、銅剣なのか鉄剣なのか、長剣なのか短剣なのか、わかっていなかった。昭和20年8月、敗戦直後に、神剣が米軍に没収されることをおそれて、熱田から岐阜は飛騨山中の水無神社に移したという秘話がある。運ぶために封印をといて、二人の人物がこの剣を見ている。(白絹でぐるぐる巻き状態であったらしい)50センチほどの短剣であった。考古学者たちは、この実見録に気づいていない。
 ヒロインはなぜ、この剣を持っているのか。それを語ると長くなる。殺人事件も起きるミステリなので、もうこれ以上、小説『浦島の秘密』について語るのはよそう。ヒロインは現代によみがえった乙姫で、彼女に恋する青年の方が、浦島太郎といえるかもしれない。

日本という国号のいわれ その2

2004-10-06 22:13:05 | 小説
 魏志倭人伝で、最初にあげられている倭人の国は「狗邪韓国」であった。ふつう、クヤと読まれているから、うっかりと見過ごしていたのであった。狗邪はクサなのだ。ところで、邪馬台国の「邪」はヤであり、狗邪の場合はサと解釈するのは少々勝手すぎると思われるに違いない。しかし、古代においては、ヤとサは通音した証拠がある。「矢」の上代語はサなのである。万葉集の長歌の中に「投ぐるサの遠ざかりいて思うそら・・・」というのがある。このサは矢のことである。ヤとサは古代では同じだったのだ。だから、クヤとクサの違いは、たとえばメキシコとメヒコの違いより、もっと近い。
 狗邪韓国は朝鮮半島南部にあって、のちに金官国となり、さらにはカヤあるいは任那などと呼ばれた。新羅と百済にはさまれて、両国からの圧力をたえず受けていた国だ。5世紀前葉にこの地の支配者集団は墳墓の築造を突然中断して、行方不明になったと韓国の考古学者はいう。いったい、彼らはどこへ行ったのか。日本列島に来たのである。
『日本書紀』の欽明紀に2回目の任那復興会議に参加したカヤ連合諸国の国々の名が書かれている。次の順である。
 アラ、カラ、ソチマ、シニキ、サンハンゲ、タラ、シタ、そしてクサ。はっきりとクサという国があった。狗邪にゆかりの国名とみて間違いはない。
 そして、日本という国号は、本は狗邪という意味だと私は確信したけれど、ではなぜ、クサに「日」という字を当てたのか。これは難問であって、論証不能だとほとんど諦めかけたとき、ふと思いついて諸橋轍次の「大漢和辞典」で「辰」という文字に当たってみた。答はそこにあった。
 朝鮮半島には三つの韓があった。馬韓、弁韓、辰韓である。馬韓はのちに百済となり、辰韓からは新羅が巨大化するが、弁韓のみはカヤ小国家群のまま、統一の動きがなかった。『後漢書』韓伝によれば、三つの韓はいにしえの辰国で、辰王が三韓を支配していたとある。その辰国の「辰」という字に狙いをつけたのである。辰は十二支でタツ、方位では東東南。ほかに意味はないのか。辞典には「辰光」という熟語があった。意味は日光だった。すると辰は日と同義ではないか。クサに日を当てたのは辰王朝の系列をひくという意味が隠されていたのだ。
 日本、本はクサ(日)は辰の血統の狗邪が原郷ということなのだ。この結論には私自身が驚いた。あまり賛成でなかった江上波夫の騎馬民族征服王朝説に、部分的にせよぴったり重なったからである。「流移の人」辰王が半島から押し出されるようにして筑紫(九州)に来て崇神天皇になったというのが、思えば江上説のハイライトであった。

日本という国号のいわれ その1

2004-10-05 22:03:52 | 小説
 さて、話をはしょって日本という国号のいわれに移ろう。わが国が日本と呼ばれるようになってのはいつか、そして「日本」という呼称にどんな意味があるのか、こんな大切なことに実は定説がない。7世紀後半に遣唐使が「日本国使」を名のっているから、その頃には倭から日本にかわっていることはたしかだ。ところで、なぜ日本になったのか、平安時代の宮中で議論された記録が残っている。結論は「義理明らかならず」だ。この頃、この問題はすでにお手上げである。
 日本を「日の本」つまり東の国と考えるのは俗説である。本居宣長も「ひのもと」とは解釈しなかった。自称の国名に、「中国からみて東の国」という意味をもたせるほど、中国を意識する必要はなかった。自国が観測地点である。日出づるところは、自分の観測地点より、いつも東である。
 さて、熊本県は明治の廃藩置県で出来た県名だが、本はクマ地方という意味だ。韓国から帰化された人で岸本姓を名のる方がある。本は木子(きし)つまり李姓という意味がこめられている。張さんが張本姓とするのと同じだ。であるならば、日本は、本は日と解釈し、「日」一文字で意味を探って見るべきではないか。
 日下と書いてクサカと読むのだから、「日」は「クサ」という場所(地名か国名)のことに違いない。それはどこだろう、私はおよそ半年ばかり探しあぐねたが、なんのことはない、その国名は、あの魏志倭人伝の中にあった。

クサナギの剣の意味

2004-10-04 22:24:05 | 小説
最初に、おこがましくも、こう書いた。草薙の剣の謎、そして日本という国号成立の謎にぶつかって、その謎を解いた、と。
 謎解きのキーワードは日下部という姓そのものである。その謎解きは、いわば小説のサブテーマであり、その検証のために延々、原稿用紙のます目を埋めてきたのだから、結論だけ述べても致し方ないが、まず、クサナギの剣についての私の推論はこうだ。
 クサナギの剣はスサノオが八俣の大蛇(オロチ)を退治したときに、その尾の中から出てきたという不思議な伝承を持っている。神話はこの剣が皇祖自らが作らせたものでなく、他から入手したという事実は伝えているのだ。この剣は源平争乱の折、壇ノ浦の海に没した。『源平盛衰記』に奇妙な記述がある。剣を探すために海女が海にもぐると、竜宮らしきところがあって、そこに剣をくわえた大蛇がいて、「この剣は日本帝の宝にあらず」というのである。私もそう思う。この剣はたえず天皇にたたるのである。〈王権〉を奪われたものの怨念がまつわりついているからだ。
 この剣のもとの名はアメノムラクモの剣という。アメノムラクモという人物の剣だったのではないか。そんな人物は記紀には登場しない。しかし、丹後一の宮の籠神社に伝わる国宝指定の系図の中には、いる。またしても丹波だ。日下というのは、クサ族の居場所という意味で、本来の族名はクサである。クサナギとは、クサを和ぐ(平定した)の意味ではないのか。後のヤマトタケルの伝承にこじつけた草薙は本来の意味を隠しているののではないのか。

丹波王朝と絡む伝説

2004-10-03 13:22:47 | 小説
 もうお気づきになられたのではないだろうか。浦島のルーツを探ってゆくと、天皇の反逆者がいたり、天皇家となんらかの確執のある人物ばかりに出会うのである。(如意尼にしても、宮中から逃げ出した)
 浦島伝説の発祥地とされる丹波は、いわゆる大和朝廷とは別の領域だったと、私は思っている。古代史学界ではひとり門脇禎二氏が丹波王朝説を唱えているが、この門脇説を見直すべきである。雄略天皇に父を殺害された後の顕宗、仁賢両天皇は一時身を隠すのだが、その場所は丹波余佐郡。避難させたのは日下部の使主(おみ)。またしても、日下部氏が体制側にさからう。武烈天皇がなくなり、直系の天皇後継者が途絶えてしまったとき、皇位継承者の第一候補に挙がった人物は、なぜか丹波にいた。倭彦王だ。ところが倭彦王は迎えに来た兵士の軍団を、自分を撃ちに来たものと誤解し、遁走して行方不明となった。消息は謎に包まれたまま歴史から消えたのである。結局、越前から第二候補者の継体天皇を迎え、今の天皇家につながっているのだが、この時期、丹波王朝は完全に滅びたと思う。倭彦王の遁走話がその象徴だ。
 浦島伝説には、その底流に丹波王朝の滅亡史がある。
 
 

日下部佐保というヒロイン

2004-10-02 21:44:25 | 小説
 系図は男系のみの羅列であるから、浦島の母の名はもとよりわからない。私は雄略天皇の采女で、絶世の美女であったとされる山辺の小嶋子こそ、浦島の母だと思っている。その根拠をここで詳述するいとまはないが、彼女は天皇を裏切って、別の男性と通じた。別の男性とは、浦島の父である。そんなわけありの父だから、各系図はそれぞれ実態像のない人物を浦島の父に仕立てて、その本名を隠している。
 さて、浦島を自分たちの先祖だとする日下部族は、一族の始祖としてサホビコの名を上げている。サホビコは垂仁天皇の妃のサホヒメの兄であって、妹をそそのかして天皇を暗殺しようとした人物だ。その、いわば反逆者を始祖とする日下部族とは、容易ならざる一族ではないか。
 サホヒメは兄と、夫である天皇の板ばさみになって、結局は兄と共に死ぬ。死の間際に、天皇に自分にかわる妃の候補として丹波の女二人の名をあげるのだが、やはり、サホビコ、サホヒメは丹波ゆかりの人物であるのだ。
 こんな事情で、わが小説のヒロインの名は日下部佐保と名づけられた。
 
 

浦島の系図

2004-10-01 07:21:19 | 小説
 私は小説『浦島の秘密』で、この現代に浦島の子孫を登場させ、彼女が出会った一人の青年とその協力者によって、自身のルーツ探しをすると同時にある事件を惹起するスタイルをとった。このヒロインの姓は日下部でなくてはならなかった。なぜなら、古代氏族の日下部族こそ、浦島を先祖と仰ぎ、浦島伝説を担ってきた氏族であったからだ。
 ところで、『水鏡』の浦島は特定できても、その前の雄略天皇の時代に消えた浦島がどんな人物だったか、知ることはできるだろうか。『日本書紀』を丹念に読み込んでいたら、私は浦島の母の名を見つけた。もとより、そんなことがあからさまに書かれているわけではない。状況証拠の世界である。実は浦島の系図がある。東大の史料編纂所にもあるし、なぜか兵庫県の朝来にある粟鹿神社にもあり、もうひとつとあわせて三つの系図を見た。