足摺岬の先端は、自殺の名所として知られている断崖絶壁である。群生する椿の小道を通って、そこに至るのだけれども、文字通り風光明媚の景勝地で、現実の足摺岬はとても明るい。むしろ対をなすように土佐湾の東にある室戸岬のほうが重く陰鬱な印象を与えるのではないかと、私などは思うが、ひとは陽光きらめく明るい場所で、いっそ死にたくなるのかもしれない。
作者の田宮虎彦は、この作品を書いたとき、実際の足摺岬を知らなかった(つまり行ったことがなかった)と、直接ご本人から聞いたことがある。ともかく、小説『足摺岬』は暗く、切ない。
自殺をはかろうとして、足摺近くの遍路宿に泊まった東京から来た学生がいる。この学生、肋膜を病んでいたから、梅雨の時期に雨に濡れて、高熱を発して寝込んでしまう。
長雨に居つづけている老いた遍路や常連の薬売りに看護される。なにより宿の女将や17歳ばかりの宿の娘にも世話になる。八重という娘は、この学生に、ほのかな慕情、いや、あるいはもっと強い感情を抱いている。
遍路宿の者たちはみんな学生が自殺志望者であることを感づいていた。薬売りが言う。「治ってよかったのう、生命(いのち)は粗末にせられんぜよ」と。
幾日かたって体が動くようになると、学生は足摺岬に行く。しかし、もはや死にそびれて、帰ってくる。
宿近くの電柱のかげから、彼の名を呼びながら、八重が走り寄ってくる。目に涙をいっぱいためてである。暗くじめじめしたこの作品の中で、突如ぱっと日ざしが明るくなったような、いい場面である。
三年後、八重は男と結婚し、東京で暮らすようになる。しかし八重は死ぬ。路地奥の家に住んで、貧しさと、男から感染した胸の病で死ぬのである。「つややかな若さにみなぎりあふれていた陽灼けした肌」の、あの八重が死ぬのである。かって、男を死の底から救い上げたあの八重が男より先に死ぬのである。
心やさしい八重は仕合せになる権利があるのではなかったのか。
作者の田宮虎彦は、この作品を書いたとき、実際の足摺岬を知らなかった(つまり行ったことがなかった)と、直接ご本人から聞いたことがある。ともかく、小説『足摺岬』は暗く、切ない。
自殺をはかろうとして、足摺近くの遍路宿に泊まった東京から来た学生がいる。この学生、肋膜を病んでいたから、梅雨の時期に雨に濡れて、高熱を発して寝込んでしまう。
長雨に居つづけている老いた遍路や常連の薬売りに看護される。なにより宿の女将や17歳ばかりの宿の娘にも世話になる。八重という娘は、この学生に、ほのかな慕情、いや、あるいはもっと強い感情を抱いている。
遍路宿の者たちはみんな学生が自殺志望者であることを感づいていた。薬売りが言う。「治ってよかったのう、生命(いのち)は粗末にせられんぜよ」と。
幾日かたって体が動くようになると、学生は足摺岬に行く。しかし、もはや死にそびれて、帰ってくる。
宿近くの電柱のかげから、彼の名を呼びながら、八重が走り寄ってくる。目に涙をいっぱいためてである。暗くじめじめしたこの作品の中で、突如ぱっと日ざしが明るくなったような、いい場面である。
三年後、八重は男と結婚し、東京で暮らすようになる。しかし八重は死ぬ。路地奥の家に住んで、貧しさと、男から感染した胸の病で死ぬのである。「つややかな若さにみなぎりあふれていた陽灼けした肌」の、あの八重が死ぬのである。かって、男を死の底から救い上げたあの八重が男より先に死ぬのである。
心やさしい八重は仕合せになる権利があるのではなかったのか。
足摺岬 (講談社文芸文庫) | |
田宮 虎彦 | |
講談社 |