見もの・読みもの日記

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鄭成功の物語/旋風に告げよ

2005-01-09 23:33:30 | 読んだもの(書籍)
○陳瞬臣『旋風に告げよ(上・下)』(講談社文庫)講談社 1982.9

 年末年始に実家に帰ると、することもないので、なんとなく、むかしの本棚の本を読み始める。学生時代は、本の最後に読了年月日を書き入れておくことを習慣にしていた。日付によれば、1983年3月に読んだものだ。当時は、個人的に「第一次中国ブーム」だったが、何しろ知らないことがたくさんあったので、陳瞬臣の小説で、乏しい知識を補おうとしていたのだ。

 この小説は、明末、福建を本拠とする海賊の頭目・鄭芝龍を父に、日本人女性を母に、長崎の平戸で生まれた鄭成功が、明を滅ぼした清朝に抗戦を挑む物語である。物語の細部はほとんど覚えていなかったので、初めて読むように楽しめた。それでも読み始めてすぐ、ああ、そうそう、陳瞬臣ってこんな書きぶりだったなあ、と懐かしく思い出した。鄭成功を見守り続ける幼馴染みの林統太郎(統雲)は、画家ということになっているけれど、特に取り得もなく、行動力もない普通の人間である。陳瞬臣って、こういう普通の人物の視点を物語中に置いておくのが好きな作家じゃなかったっけな。あと、色っぽい場面が少ない。

 もう細部は忘れてしまっていたけれど、私は初読の際、この小説に不満だったことを覚えている。どうにも中途半端なのだ。英雄物語と言えば、徳川家康でも豊臣秀吉でもいいけれど、最後は天下人になることを期待するではないか。または失敗すれば、新撰組みたいに、いさぎよく散るのでもいい。ところが、この鄭成功の物語は、南京攻略に失敗したあと、戦略を切り替え、オランダ人から台湾島を奪取しました、とりあえず、めでたしめでたし、で終わるのだ。なんだかなあ。史実では、このあと結局、明の国土を回復することはなく、鄭成功は病気に倒れている。

 でも、20年ぶりに読み返してみると、この点について、あまり不満は感じなかった。まあ、多くの人生はこんなものかも知れない、と思ったのだ。「天下人になること」と「華々しく散ること」の間に(英雄と呼ばれる人生も含めて)無数の人生が転がっているのさ、なんてね。

 鄭成功が南京を目指して攻め上った経路は、まさに昨年、私が旅行で訪ねた町々である。鎮江、揚州などの地名を目にしながら、掌を指すような思いだった(そのあと、昨年は台湾にも行き、平戸にも行ったのだから、かなり鄭成功とは縁の深い年だったわけだ)。しかし、南京ひとつ攻めるのもこれだけ大変なのだから、北から南まで中国全土を掌握するというのが、どんなにすごいことなのか、考えると、溜息が出るばかりである。
コメント
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