見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

八大童子、院政文化の名残り/高野山の名宝(高野山霊宝館)

2013-09-30 00:02:09 | 行ったもの(美術館・見仏)
高野山霊宝館 第34回高野山大宝蔵展『高野山の名宝-八大童子像に会いにきませんか』(2013年7月13日~9月23日)

 22日(日)午前中に県立博物館の展示を見たあと、和歌山市内を後にすると、遅くとも16:00前には高野山の山上に着いて、霊宝館(5月~10月は17:30まで)を、じゅうぶん参観可能だと確かめられたのが今回の収穫。短い日程では、どちらか断念せざるを得ないだろうなあ、と最後まで迷っていたのだ。仏友のひとりが一週間早くこの展示を見に行くと聞いて、やっぱり私も行きたくなってしまった。うん、行ってよかった。

 霊宝館は二回目である(※前回の記事)。最初の展示室では、快慶作の四天王像にシビれる。むかしは東大寺戒壇院とか当麻寺金堂とか、抑制された表現の天王像が好きだったのだが、趣味が一巡りして、こういう堂々と「武張った」四天王像に魅力を感じるようになってきた。

 次室は絵画中心で、蓮花三昧院の『阿弥陀三尊像』が魅力的だった。左右の観音、勢至菩薩の「あら!」「まあ!」的なポーズが微笑ましい。中尊の阿弥陀如来の前に朱の盆があって、そこに小鳥が止まっているのに驚いているのかも。(葉や茎の色が黒ずんで見えなくってしまったため)浪間に取り残されて、ゆらゆら浮いているような蓮の花と蕾が面白い。寂しいような、華やいでいるような、不思議な魅力を感じさせる。なお、調べたら蓮花三昧院は明遍上人ゆかりの 寺院で、明遍上人とは、藤原通憲(信西入道)の子であることを知ったので、ここに書きとめておく。

 その次の室、お待ちかねの八大童子像が登場。今回は、阿耨達(あのくた)童子と指徳(しとく)童子を除く六体の展示である。私は勝手に八体勢ぞろいするものと思い込んでいたので、あれ六体なのか、と思う。龍に乗った阿耨達童子がいないのが少し残念。いずれも参観者(展示ケース)に正対せず、やや斜めのアングルが、玉眼から絶妙の表情を引き出していて、分かってるな!と思う。写真等では、制多迦(せいたか)童子・矜羯羅(こんがら)童子が取り上げられることが多いけれど、ほかの童子も、負けず劣らずいいなあ。恵光(えこう)童子の鋭い眼光。恵喜(えき)童子はナイトキャップのようなツバなし帽が面白い。

 八大童子像は不動堂に伝わった。不動堂は、八条女院(鳥羽院と美福門院の間に生まれた子内親王)の御願寺、一心院の本堂だったと考えられている。でも八大童子は鎌倉時代の作だから、八条女院自身は見ていないのだろうか。さらに解説パネルを読んでいたら、八大童子がもともと不動堂に安置されていたものか、不動堂が本当に「不動堂」だったのかは疑問である、という記述にぶつかった(→不動堂Q&A)。まだまだ分かっていないことが多いんだな。

 本館に入り、大きな両界曼荼羅図(清盛の血曼荼羅)を懐かしく見上げる。ただしこれは複製。各幅の裏側には、これも巨大な(縦3メートルを超える)竜王吼菩薩像と雷電吼菩薩像が掛かっていた。白描画だが、眼と口にのみ朱を入れてある。虫取り網みたいなもの(千宝羅網)を持った雷電吼菩薩が珍しい。今回の宿泊先に選んだ普賢院の所蔵。

 文書資料の『白河上皇高野御幸記』(鎌倉時代の写し)や『後白河院庁下文・文治二年五月』(複製)にも、つい反応してしまった。後者は、後白河法皇が、争乱にやぶれた平氏の追善供養を高野山に命じ、その供養料所として備後太田庄を寄進したことそ示すもの。別当左大臣藤原○○、大納言源○○などの文字があるのだが、花押が読めないのが悔しい…。あと近世(戦国時代~)には、寺院(師僧)と武将・大名が檀家関係を結ぶ動きが進んだことや、近代に入って、女性の滞在が解禁される(日露戦争による男性不足の影響)前後のエピソードなど、高野山の歴史が面白かった。

 17:00少し前に見終わって、まだ外が明るかったので、奥の院にも参拝。翌朝、金剛峯寺と壇上伽藍の見どころを駆け足で拝観した。金堂では法会が開かれていて、しばらくナマの声明を聴くことができた。先日の国立劇場『天野社の舞楽曼荼羅供』に出演されていた方々だろうか。違うのかしら。
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相次ぐ新発見/黄河と泰山(和歌山県立博物館)

2013-09-29 03:08:47 | 行ったもの(美術館・見仏)
○和歌山県立博物館 特別展『黄河と泰山-中華文明の源と世界遺産-』(2013年9月14日~10月20日)

 東京に住んでいると、毎年1回くらい中国の博物館が出陳協力する考古文物展が開かれるのは、当たり前のように思っていた。和歌山でこんな企画があるのは珍しいと思ったが、和歌山県と山東省は友好協定を締結しており、1998年にも同館は特別展『中国・山東省の至宝』を開催している。和歌山県と山東省って、徐福の縁なのかな。秦の始皇帝の命を受けて、不老不死の霊薬を求めて船出した徐福の廟(徐福公園)が新宮市にあるのだ。

 山東省は、広い中国の中でも私の好きな地域のひとつだ。古代から日本や朝鮮半島との関係が深く、文化的な親近性を強く感じる地域である。泰山や曲阜の孔子廟を含むツアーで山東省に行ったのは、もう15年くらい前になるだろう。泰山のふもとの泰安市から、きれいな泰山が見えていたことを思い出すが、町の風景はずいぶん変わっただろうなあ…。夜道の暗い、まだまだ田舎町だった。

 展示は、山東博物館、山東省文物考古研究所等が所蔵する文物、約80件による。小規模な展示だが、新石器時代の土偶(?)から明清の工芸品まで、つまみ食い的に一気に通覧できるのは効率的だ。最近の中国の博物館は、非常に設備がよくなったが、複製なのか現品なのか、よく分からないことがある。その点、日本の博物館のほうが安心して見られる。非常に心惹かれていたのは、青州市の龍興寺址から出土した仏立像。ポスターなどに写真が使われているものだが、思ったよりも「寸足らず」で小さかった。でも無駄な装飾がなく、穏やかで静謐な表情は日本人好みと言えるだろう。

 青州香山漢墓から出土した人物俑、馬俑も面白かった。人物俑は小型だが、服装、髪型、ポーズなどが多様。馬俑は脇腹に描かれた房のような装飾品が、後ろになびくように表現されており、動きを感じさせる。脚が失われているのが惜しい。プリプリした筋肉質の馬の尻がリアルだと思った。調べてみたら、2006年に発掘されたものらしい。以下に中国語のニュースサイトへのリンクを貼っておく。後者に写真あり。

新華網(2006/8/8):山東青州香山漢墓大型陪葬坑出土千余件彩繪陶俑

文化中国(2010/5/10):青州香山漢墓出土大量文物 彩色俑尤為珍貴(圖)

 中国は、21世紀になっても、まだまだ考古学的に何が出てくるか分からない国だ。済南市の祝甸遺跡から出土した胡人俑(かなり写実的と思ったら元代のもの)、八里窪北朝墓から出土した人物武人俑なども面白かった。会場で借りた音声ガイドでは「XX年の道路工事の際に発見されました」みたいな説明も一部にあったが、できれば図録に全て出土年を記載してほしかった。

 泰山石刻の拓本は、正統派の漢字の美しさが感じられて満足。民国時代の泰山娘娘の版画、それから泰山天街のお店の看板だったという鸚鵡(仲良く並んだ二羽)の木製の置物も面白かった。

 映像コーナーでは、山東省の紹介ビデオが流れていたが、ちらっと映った山東博物館のゴージャス感に圧倒された。記憶にないと思ったら、2010年11月にオープンした新館だった。行ってみたい。それと、野外劇場で行われているという「封禅大典ショー」の映像には笑ってしまった。中国人、こういうの好きだよなあ。私も嫌いじゃない。見てみたい。

おまけ:午前中で展示を見終わり、JR和歌山→橋本乗換→南海電鉄で、高野山に移動。

乗りたかった「天空」に乗車。全席事前予約制と聞いていたけど、空席があれば当日券も販売するそうだ。




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お彼岸旅行2013:高野山宿坊の食事

2013-09-29 00:22:27 | 食べたもの(銘菓・名産)
お彼岸旅行は、京都・東寺→大阪・四天王寺を経て、高野山を目指す。2010年お盆の旅行以来、二度目の高野山。前回は、高野山宿坊協会・高野山観光協会のホームページにメールを送って、宿坊を紹介してもらったが、今回は楽天トラベルから予約できる宿坊を自分で決めた。

アクセスがよかったのと、精進料理の写真が美味しそうだったので、選んだのは普賢院さん(※音が出ます)↓


前回泊まった別の宿坊に比べると、量は控えめだったが、このくらいがちょうどいい。ごま豆腐が美味。白いごはんも美味で、お漬物まで完食。夕食膳には腕輪(ミサンガ)プレゼント付き。


おまけ。前日泊は和歌山市内のシティホテル。朝食は、スーパーで買った地元ベーカリーの菓子パン。


和歌山でパンといえば「ナカタのパン」なのだそうだ。→ナカタのパン ファンのページ

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極楽へのいざない(龍谷ミュージアム)+極楽浄土へつづく道(四天王寺宝物館)

2013-09-28 00:21:04 | 行ったもの(美術館・見仏)
龍谷ミュージアム 特別展『極楽へのいざない-練り供養をめぐる美術-』(2013年9月7日~10月20日)

 人がこの世を離れるとき、極楽浄土から阿弥陀如来とその一行が迎えにくる様子を描いた仏像・仏画、それらのイメージを背景に生まれた宗教行事「練り供養」をめぐる美術品、絵画・仮面など150件を展示。

 私は、残念ながら「練り供養」の本物は見たことがない。ただ、今年5月に奈良博の特別展『當麻寺(たいまでら)』を見て、当麻寺には「人が中に入れる阿弥陀如来像」があると知って驚いたことは記憶に新しい。今回は、実際に「練り供養(迎講)」に使われている岡山・弘法寺の阿弥陀如来立像が来ていて、ビデオや写真で、その使用法が詳しく紹介されている。もう一体、同様に「人が中に入れる」タイプの阿弥陀如来像があって、当麻寺のものだと思ったけど、図録を見たら「参考図版」だった。私の記憶違いか?

 それより私が面白く思ったのは、練り供養で、阿弥陀如来に救済される往生者の像。人間が仮装した菩薩たちにそっと持ち上げられ、運ばれるものだから、小さい。僧形だったり、俗人夫婦だったり、いろいろだが、いずれも小さな蓮華座の上で、殊勝に手を合わせている。これが我々人間の等身大だとしたら、阿弥陀如来って、ずいぶん巨大な存在と観念されていたんだな、とあらためて思う。ほとんど怪獣か超人だ。子どもの頃、ウルトラマンとかマグマ大使などの。強くて優しい超人ヒーローの巨大な手のひらに救い上げられることを夢見た感覚と、極楽往生の願いは、どこかでつながっていたのではないか。

 ただ、来迎図の如来、菩薩像は、格別に女性的(母性的)な感じがする。斜め横顔のせいか、赤い唇の色っぽさが目立つ。一般的な阿弥陀如来のほかにも、釈迦来迎図や十一面観音来迎図、地蔵菩薩来迎図など、さまざまな来迎図があることも分かった。弥勒菩薩も来ちゃうのか。子年の私の守り本尊は千手観音だが、山越え阿弥陀如来サイズで現れたら、すごいことになるだろうな、などと、本気で想像してみる。

■四天王寺宝物館 秋季名宝展『極楽浄土へつづく道-四天王寺の浄土信仰-』(2013年9月19日~11月10日)

 京都→大阪に出て、久しぶりに四天王寺に寄ってみる。四天王寺は、戦前までは天台宗だったが、現在は「和宗」を名乗っている。毎月21日は(弘法)大師会を行っており、この日も境内に露店が並んでいた。納経所で御朱印帖を出すと、おばさんに「「東寺さん行ってきたん?」と声をかけられた。

 宝物館では、浄土曼荼羅や行道面よりも、十王図や六道絵のほうが印象に残った。極楽あれば地獄あり。面白かった。あと宮田雅之氏による切り絵の聖徳太子図がカッコよくてほれぼれした。
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東寺の密教図像(東寺宝物館)+弘法市

2013-09-25 23:38:31 | 行ったもの(美術館・見仏)
金曜日の夜、札幌→中部国際空港に飛んで、名古屋駅前で1泊。土曜の朝に京都入りした。半年ぶりの新幹線(自由席)は満席で座れなかったけど、車窓風景に癒される。やっぱり私は鉄道旅が好き!

折しも土曜日(9月21日)は弘法市の日なので、まず東寺に赴く。7月か8月の弘法市に来合わせたことがあるが、こんなにお店は多くなかった。9月はお彼岸のせいか、特別なのだろう。

骨董あり、


仏具・線香あり、


食品あり。こんな生ものまで売っていて、びっくりした。


■秋期特別公開・観智院(2013年9月20日~11月25日)

東寺の塔頭寺院。宮本武蔵が描いた襖絵と五大虚空蔵菩薩像と石庭が見どころ。だが、唐渡りと伝える五大虚空蔵菩薩像は、日本人の美意識からすると奇ッ怪だし、昭和の石庭「五大の庭」も子どもだまし。…と思っていたのだが、先だって、森浩一先生の『京都の歴史を足元からさぐる・北野・紫野・洛中の巻』を読んで、もう一回見たくなり、行ってきた。



■東寺宝物館 『東寺の密教図像』(2013年9月20日~11月25日)

地味だが、文書好き・図像好きには楽しい展示。『蘇悉地儀軌契印図(そしつじぎきげいいんず)』は、唐の天水郡で記されたものという説明を読み、シルクロードの入口、天水市と麦積山石窟のことを思う。『覚禅抄・聖天法』には、さまざまな形の歓喜天(聖天)像が載っていて、三頭三身四手(?)なんてのもある。『六大黒天像』には、俵を持ち上げる大黒天や、文官形、武官形、少年形も。『大元帥明王像』に描き込まれた後ろ向きの供養人像もめずらしい。『仁王経五方諸尊図』(2幅展示)は、紙の端に「治承五年五月二十八日」の記載があるのを確認できるが、図像の筆法から見て、中世の転写本らしいという。難しいなあ、文書の年代判定は。文献以外では、木造彩色の九曜像12体。大きさは20センチほどで、フィギュアっぽい。ほとんど類例のないものだそうで、研究が俟たれる。

最後に、

新し物好きのチャレンジ精神はよろしいが、「見れる!」はいかがなものなのか。
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国宝 興福寺仏頭展・ロータスクッション

2013-09-24 21:40:00 | なごみ写真帖
国宝 興福寺仏頭展』のミュージアムショップで販売中の「仏頭大使監修」記念グッズ。

丸くて厚みのあるクッション。中の詰め物がしっかりしているので、体重のある人が座ってもつぶれない。可愛いだけの雑貨とは一線を画す、実質本位のすぐれもの。





擦り切れるまで、ガンガン使わせていただきます。


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関西旅行・行ったものメモ(2013年9月)

2013-09-24 21:13:15 | 行ったもの(美術館・見仏)
9月後半の三連休は関西へ。

土曜日
・龍谷ミュージアム 特別展『極楽へのいざない-練り供養をめぐる美術-』(2013年9月7日~10月20日)
・東寺宝物館 『東寺の密教図像』(2013年9月20日~11月25日)
・四天王寺宝物館 秋季名宝展『極楽浄土へつづく道-四天王寺の浄土信仰-』(2013年9月19日~11月10日)
和歌山泊

日曜日
・和歌山県立博物館 特別展『黄河と泰山-中華文明の源と世界遺産-』(2013年9月14日~10月20日)
・高野山霊宝館 第34回高野山大宝蔵展『高野山の名宝-八大童子像に会いにきませんか』(2013年7月13日~9月23日)
高野山泊

月曜日
・国立文楽劇場 第18回特別企画公演『田楽と猿楽-中世芸能をひもとく』(2013年9月23日、13:00~)

以上。早くから決めていたのは国立文楽劇場の公演だけで、次に高野山の名宝展を入れることにして宿泊先を決め、あとは出発してから、全体の行程を考える。結果的には、久しぶりに巡礼っぽい、しかも弘法大師にゆかりの深い週末になった。

こんなに飛び回っていて大丈夫かといえば、そうでもない。休み明けの今日は溜まった宿題に責められていて、週末まで綱渡り状態。経済的には、東京生活の家賃と現在の宿舎暮らしの差額を考えると、ひと月二回の旅行代くらい出せないこともないが、浪費癖がつかないよう自戒している。

何より記憶の新しいうちにレポートを書く時間が取れないのがつらい。(9月東京編も書き終わってないのに…)
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試み続ける日本画/竹内栖鳳展(国立近代美術館)

2013-09-20 00:12:44 | 行ったもの(美術館・見仏)
国立近代美術館 『竹内栖鳳展 近代日本画の巨人』(2013年9月3日~10月14日)

 9月15日(日)少し早めに着いたので、ピロティの椅子に座って、強くなったり弱くなったりする雨を眺めながら、しばらく開館を待った。

 竹内栖鳳は、京都画壇で活躍した近代日本画の先駆者。1864年生まれ-1942年没と西暦でいうよりも、元治元年生まれ-昭和17年没というほうが、幕末から昭和に及ぶ激動の時代が思い浮かぶ。そんなに「好き」な画家ではないのだが、NHK日曜美術館の特集が面白かったので、やっぱり見に行こうと決めた。

 展覧会の構成は、だいたい時代順。「第1章 画家としての出発 1882-1891」では、達者な模写に舌を巻く。鳥獣人物戯画図あり、相阿弥あり、雪舟あり。こうやって様々な筆法を体得していくのか。「第2章 京都から世界へ 1892-1908」では、早くも本領発揮。見まわす限り、栖鳳が得意とした「どうぶつ」図で埋め尽くされていた。四方の壁がこんな感じ→「スズメと犬+ライオン」「象+象」「ライオン+虎」「ライオン」。さらに小さなスケッチブックに描かれたサルとウサギが超絶かわいい。次の部屋も、くま!うさぎ!サル!と、私は動物園に来た子どものように興奮してしまった。栖鳳の描く動物たちは、視線のありかに細心の注意が払われているように思う。特に小動物たちは、見てないような何気ないポーズで、画家を(つまり絵の外にいる私たちを)じっと盗み見ていることが多い。

 そして「第3章 新たなる試みの時代 1909-1926」には、日本画の手法でローマ時代の遺跡を描いた『羅馬之図』が登場。テレビでも取り上げられていた意欲的な作品だ。向かいの展示ケースの照明が反射して見にくかったのは残念。所蔵館は「海の見える美術館」(広島県廿日市)なんだな。日の光を受けて、風に舞い散る木の葉なのだろうか、胡粉の白が効果的に散らされているのが面白いと思った。『千山万壑之図』は、伝統的な水墨画の筆法を用いているのに、のびやかな画面構成は全く近代的で、見たこともない風景が広がっている。所蔵先の昌徳寺ってどこだろう? 中国の南方の風景を明るい色彩で描いた作品群も、愛らしくて好きだ。

 むかし、京都市美術館の所蔵品展『画室の栖鳳』(2009年)や同『親鸞展』(2011年)で見た天女図にも再会。東本願寺の御影堂門楼の天井画を構想した際の下絵群である。『アレ夕立に』や『絵になる最初』など、栖鳳は代表作品の下絵が残っているのが面白い。

 「第4章 新天地を求めて 1927-1942」は、還暦以後。「昭和に入ると栖鳳はしばしば体調を崩し」という説明と関係するのか分からないが、大作は少ないように思った。しかし、どの作品も闊達で、色彩に透明感があって、対象をやわらかに包み込むような愛情を感じる。風景も静物もいいけど、やっぱりアヒルやウサギなど、小動物がいい。若い頃、古典の模写に学んだ栖鳳が、この時期には、おびただしい写真を撮っているというのも興味深く感じた。

 晩年の大作『渓流』には、写実とも抽象ともつかない、色と形の面白さにあふれた光景が描かれている。落款がないため「未完」と注記されていたが、これ以上描くことがなくなって筆を措いたのでないかと思われた。
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10年に1度の贅沢/ミラノ・スカラ座『リゴレット』

2013-09-18 22:29:34 | 行ったもの2(講演・公演)
○NHKホール ミラノ・スカラ座日本公演2013『リゴレット』(2013年9月15日、13:00~)

 9月三連休の東京行きは、国立劇場の声明公演『天野社の舞楽曼荼羅供』を目的に、早くから決めていた。今月に入って、ほかに何かイベントはないか探していたら、ミラノ・スカラ座の日本公演があることを見つけた。私はオペラ好きでもあるのだが、「ナマ」のオペラを劇場で聴いたのは、10年以上前が最後だと思う。もうチケットはないだろうな、と思って、期待せずに探してみたら、15日(日)『リゴレット』のB席がわずかに残っていた。大好きなヴェルディ。大好物のリゴレット。NHKホールの3階席で、48,000円。たぶん札幌-東京の往復飛行機代より高い。でも、行っちゃえ!と思って、買ってしまった。

 当日は台風18号の接近で、朝から強い雨が降っており、まさか中止にならないよね?とドキドキしたが、昼には小降りになった。曲は2回の休憩を挟んで、約4時間。ぜんぜん飽きない。何度も何度も聴いているので、音楽の構成もドラマの構成も分かり切っているのに、楽しくてたまらない。金色を基調とした舞台美術は、豪華でかつ残酷な宮廷文化の雰囲気を盛り上げていた。衣装も華やか。やっぱり、現代的な演出より、時代性に忠実な舞台のほうが好きだ。

 指揮はグスターボ・ドゥダメル。音楽のことは、よく分からないので、あまり語ることはない。出演者の中で、私が知っていたのは、主役のリゴレットを演じたレオ・ヌッチくらいだ。私がもっと熱心にオペラを聴いていた学生時代(30年前)には第一線だったはずだから、ずいぶん長く現役を続けているなあと思ったが、公演のあとで、1942年生まれの71歳と知って、本気で驚いた。あり得ない~。でも、リゴレットは劇中で「老いぼれ」と揶揄され、自嘲する役だから、このくらいの年齢で演じてこそ味が出るのかもしれない。

 マントヴァ公爵のジョルジョ・ベッルージは、天に突き抜けるような朗らかな声質で、とっても良かった。この役は、むしろ薄っぺらいくらいの能天気な美声でないと、ドラマが成立しない。ジルダはマリア・アレハンドレス。この役は、解釈のしようがいろいろあって、私はもう少し落ち着きのある(内省的な)ジルダのほうが好きだが、「老いた父親」を演ずるヌッチとの対比では、こういう「若い娘」らしいジルダもいいのかもしれない。スパラフチーレのアレクサンドル・ツィムバリュク、マッダレーナのケテワン・ケモクリーゼもよかったと思う。でも、歌手がどうこうでなく、やっぱり旋律がいいのかなあ、この曲は。

 第二幕、公爵への復讐を誓うリゴレットと、公爵の身を案じて苦悩するジルダの二重唱で幕が下りたあと、カーテンコールで、ヌッチが再びその二重唱を歌い出したときはびっくりした。思わぬ大サービス(だよね?)に、観客大喜び。第三幕の大詰めでは、客席に本気の緊張がはりつめていた。そして、終幕後、劇団員一同が顔を揃えて「SAYONARA」のカーテンコール。ああ、そうか、日本公演の千秋楽だったのね。鳴りやまない拍手に答えて、出演者たちは何度も何度も挨拶に出てきてくれた。

 かくして至福の午後は終了。10年に一度の贅沢と思っていたが、2014年には、リッカルド・ムーティとローマ歌劇場来日公演があると知ってしまった。さすがヴェルディ・イヤー(2013年=ヴェルディ生誕200年)。歌舞伎や人形浄瑠璃で育った日本人にとって、「世話物」の構造に類似するヴェルディ作品は親しみやすいと思う。それにしても、来年、どうしよう。
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神と仏の盛儀/天野社の舞楽曼荼羅供(国立劇場)

2013-09-18 00:18:10 | 行ったもの2(講演・公演)
国立劇場 平成25年9月声明公演『天野社の舞楽曼荼羅供』(2013年9月14日、14:00~)

 この公演の開催を知ったのは6月頃だったろうか。あぜくら会向けの前売開始日に速攻で予約した。

 天野(あまの)社とは、和歌山県伊都郡かつらぎ町にある丹生都比売神社のこと。まだ訪ねたことはないが、2012年の和歌山県博の特別展『高野山麓 祈りのかたち』で、この神社の名前を覚えたあと、翌日、粉河寺から橋本に向かう途中の駅のホームに「丹生都比売神社(天野社)」への案内を見つけて、ハッとした記憶がある。その天野社では、20年に一度遷宮の後、華やかな舞楽を伴う法要が、鎌倉時代から江戸時代まで盛大に行われてきたが、天保10年(1839)の執行を最後に百七十年間、途絶えていた。本公演は、平成26年(2014)に本殿修復が完成し、遷宮が行われるに当たり、舞楽曼荼羅供を「芸能公演としてまず復興」したものである。…というのは、公演が終わってから、プログラムの解説を読んで把握したこと。声明好き・舞楽好きの私は、当日、とりあえずワクワクしながら席についた。

 無人の舞台は、すでに幕が上がっている。開演前なら写真を撮ってもいいことを係員に確認して(二階席から)撮影した。


 
 手前中央が舞楽のステージ。左右に楽人の座がある。一段高い奥のステージは法要を行うところで、プログラムには「道場」とある。中央に大阿闍梨の座(公演では客席側を向いて着座)。その左右に十数人ずつの僧侶が着座した。舞台の最奥には、金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅が掲げられている。

 プログラムに掲載されている「次第」をなるべく忠実に写しておくと、こんな感じ。

・集会之鐘(しゅうえのかね)
・出仕之鐘(しゅっしのかね)
・集会乱声(しゅうえらんじょう)
・【舞楽】振鉾(えんぶ)一節二節

 開演時刻の数分前、どこからともなく鐘(銅鑼?)が響き、薄明の舞台に、左右から楽人が入場。やがて客席が暗くなり、舞台が明るくなると、演奏が始まる。はじめに左方(南都楽所)の舞人が「振鉾」一節を舞い、次に右方(天王寺楽所雅亮会)が舞う。

・【管弦】鳥向楽(ちょうこうらく)=迎楽
・庭讃(ていさん)、四智梵語(しちぼんご)、反音(へんのん)
・大阿闍梨登礼盤(だいあじゃりとうらいばん)
・【管弦】白柱(はくちゅう)
・惣礼(そうらい)
・供花(くけ)

 左右の楽人とは別に、烏帽子・直垂姿の六人(鳳笙・篳篥・龍笛 各2)が登場し、行道の楽を奏でる。花道を30人ほどの僧侶の集団が進んでくる。先頭には、法螺貝・銅鑼・銅拍子(?)を奏でる僧侶(各2)。単純な旋律を繰り返すだけなのだが、法螺貝の音がものすごく気持ちいい。大好きだ。僧侶の集団は、力強く真言を唱え、沓音高く舞楽舞台を縦断して、檀上に上がる。赤い傘を差し掛けられていた大阿闍梨が着座。花が供えられる。大阿闍梨は本格的に諸仏の供養を始める。僧侶たちの読誦、斉唱、合唱が繰り返される。

・表白(ひょうひゃく)、諷誦文(ふじゅぶみ)、発願(ほつがん)、四弘(しぐ)、仏名(ぶつみょう)、教化(きょうげ)、神分(じんぶん)、云何唄(うんがばい)、散華(さんげ)、対揚(ついよう)
・【管弦】慶雲楽(きょううんらく)=散華行道楽

 このへんの順序は定かでない。会場内の電光掲示板の解説もあまり詳しくなかったし、プログラムも「次第」と「曲目解説」と「(声明の)本文」とに、少しずつ異動がある。

 休憩後、後半に移る。

・唱礼(しょうれい):五悔(ごかい)、発菩提心真言(はつぼだいしんしんごん)、三昧耶戒真言(さんまいやかいしんごん)、勧請(かんじょう)、五大観(ごだいかん)
・普供養・三力(ふくよう・さんりき)
・理趣経 中曲(りしゅきょう ちゅうきょく)
・【舞楽】陵王(りょうおう)

 電光掲示板に「唱礼」と表示されて、僧侶たちが真言を唱え始めた。と思ったら、左方の楽人が、どこかで聞いたような曲を奏で始めた(打楽器だけ?)。そして、燃えるようなオレンジ色の装束をまとい、黄金の仮面を被った陵王が、威風堂々、舞台に登場。聞き馴れた出だしの旋律とは、似て非なる登場だったので、え?ええ?!とうろたえる。僧侶たちの念誦のメロディに乗って、陵王は平然と(いつもの?)曲を舞い始めた。びっくりした。昨年、『四天王寺の聖霊会』公演を見たが、あくまで舞楽は舞楽、法要は法要の別パートだった。こんなふうに僧侶の念誦(声明)と同時進行で舞楽が行われるなんて、考えてもいなかったので、頭の中が真っ白になるくらい驚く。

 奏楽は、僧侶の念誦のメロディに遠慮しているようで、はじめ管楽器が加わっていなかったように思う。途中で篳篥と龍笛が加わったが、笙は最後の最後まで加わらなかった。

・唱礼(しょうれい):三十七遍合殺(さんじゅうしちへんかっさつ)
・【管弦】裹頭楽(かとうらく)=合殺行道楽
・後讃(ごさん):四智漢語(しちかんご)、心略漢語(しんりゃくかんご)、供養讃(くようさん)
・後唱礼(ごしょうれい):普供養・三力(ふくよう・さんりき)、小祈願(しょうきがん)、礼仏(らいぶつ)、廻向(えこう)
・廻向方便(えこうほうべん)
・【舞楽】狛桙(こまぼこ)

 ということは、次の「狛桙」も…と思っていたら、予想どおり。「三十七遍合殺」(ひたすら「毘盧遮那仏」と唱える)を挟み、「後讃」の念誦とともに、右方の舞人が登場して舞う(四人舞)。遠慮がちな奏楽を伴うが、カラフルで長いバーを携えて、ぴょこぴょこ屈伸する「狛桙」の所作は、体操みたいでかわいい。

・還列讃(四智梵語)(かんれつさん しちぼんご)
・反音(へんのん)
・【管弦】長慶子(ちょうけいし)

 僧侶たちは、再び隊列を組んで、花道より退場。楽人は、おなじみ「長慶子」を奏して、静かに退場する。

 ううむ、どのへんまでが記録に基づく復元なのか、公演用に整えられたのか、定かでないが、面白かった。耳で声明の旋律を愉しみながら、目で舞楽を愉しむというのは、ほかではできない経験だったと思う(電光掲示板で声明の本文を追っていたので、さらにあわただしかった)。できるものなら現地で行われる法要も参観してみたいものだ。
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