見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

生きるに値する世のために/笑う大英帝国(富山太佳夫)

2006-05-31 23:03:14 | 読んだもの(書籍)
○富山太佳夫『笑う大英帝国:文化としてのユーモア』(岩波新書) 岩波書店 2006.5

 20年以上も前、私は大学でパンキョウの英語を著者に習った。まだ富山センセイには、ほとんど著作もなかった頃だが、ときどき、妙に心に残る警句みたいなことをおっしゃる。失礼ながら、専門違いの学生にとっては、海のものとも山のものとも知れない教員だった。その後、『シャーロック・ホームズの世紀末』(青土社 1993)や『ダーウィンの世紀末』(青土社 1995)などの活躍ぶりを拝見し、今ではひそかな自慢に思っている。

 さて、本書は18世紀から現代までのイギリスの文学とカリカチュアに現れた「笑い」を論じたものである。ただし、正直者の著者は、引用の前で、たびたび途方に暮れ、苦笑いして撤退を宣言する。

 そのくらい、大英帝国の「笑い」はすさまじいのだ。王様も政治家も神様もおかまいなし。いや、強者だけではない。弱者に対しても、一切の遠慮会釈がない。女性、子ども、貧乏人、デブ、ヤセ、民族的・宗教的マイノリティなど。「これを笑ったら”差別”ではなかろうか?」とたじろぐような感性は、イギリス人とは無縁のものだ。フランス人の批評家が「別の国の人間にとっては、イギリスのユーモアは不愉快なもの、われわれの神経にとってはキツすぎる」と述べたというのもうなずける。

 しかし、本書に引用されたユーモア小説のいくつかを読んでいて、私は通勤電車の中で、涙が止まらなくなってしまった。ひとつは、スー・タウンゼントの『女王様と私』。選挙の結果、イギリスは共和制に移行し、エリザベス女王一家は町の公営旧宅に引っ越すことになる。しかし、年金の支給は始まらず、電話は止められるし、夫は精神病院に入ってしまうし、娘はカーペット職人といちゃいちゃし始める。皇太后は昇天してしまう。

 もうひとつは、『ドン・カミッロの小さな世界』。イタリアの小さな村に住む大男の神父が、教会の十字架上のキリストと、掛け合い万歳を繰り広げる。

 どちらも、途方もなく不謹慎かつ荒唐無稽な小説である。にもかかわらず、哄笑と同時に、不思議な涙が湧き上がってくる(敢えて詳しいことは書かない。本文を読まれたし)。これらの「すてきな場面」を教えてくれた著者の評言を聞こう、「センチメンタリズム?――それの何処が悪いというのだろうか。もともとセンティメントとは人間に内在するすぐれた精神的な資質のことであった」。

 イギリスのユーモア小説やカリカチュアでは、笑いの「毒」がセンチメンタリズムを堕落から救っている。まあ、塩味のきいたヨウカンみたいなものだ。そして、戦争の悲惨とか、不条理な差別とか、ほとんど生きるに値しないこの世を、もしかしたら、生きるに値するかもしれない、という錯覚を生み出してくれるものが、イギリスのユーモアにはあると思う。
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近代青年の原点/当世書生気質(坪内逍遥)

2006-05-30 22:01:28 | 読んだもの(書籍)
○坪内逍遥『当世書生気質』(岩波文庫) 岩波書店 1937.3

 さて、近代文学史のはじまり、はじまり。何の説明も要らない作品である。学生時代、国文学専攻だった私は、これも教養のうちと思って、本書を読んだ。しかし、ほとんど何も印象に残っていない(ちなみに本作と並び称される二葉亭四迷の『浮雲』は、一読以来、今でも私の「好きな小説」である)。

 今回は、およそ20年ぶりの再読だった。読み終えて、なるほど、これは記憶に残らなくても仕方ないな、と思った。ストーリーの中心は、書生(大学生)小町田粲爾と、芸妓・田の次(たのじ)のロマンスである。しかし、両人とも主体的には大した行動もしない。運命のまま、邂逅し、別離し、再会して、めでたく結ばれる。天涯孤独と思われた田の次が「実は」小町田の学友の妹だったり、子どもの取り違えがからんだりするところは、まあ、近代小説というより、浄瑠璃本の筋立てである。

 味わうべきは、明治10年代の東京の「世態風俗」なのだろう。主人公のまわりには、本筋と無関係に、さまざまな学友が入り乱れて登場する。豪傑気取りから、弱気なナンパ学生まで。ある者は主人公より印象的だし、ある者は主人公より出番が多いくらいだ。

 彼らは、明治初年の東京に、突如として現れた集団(マス)――「書生」という風俗を代表しているのである。巻末の解説(宗像和重)は、「近代のまぶしい、しかしきわめて危うい青年像を描き得た点において」本書は近代小説の原点としての意味をもつ、と述べている。確かにそのとおりだ。

 しかし、私はふと思う。ここには、まだ「近代の女性像」は登場しない。悩める近代青年=書生の相手役に配されているのは、芸妓である。文中では「娼妓」と書いて「シンガー」とルビを振る。「芸は売っても体は売らぬ」といわれた芸妓には、自立した女性の一面もあったようだが、本書に登場する田の次や顔鳥は、基本的に、草双紙の住人である(と思える)。紙の上では魅力的だが、面と向かって話が通じるとは思えない。一部の男性には、いつの時代もこの差異が分からないかも知れないが。

 これが漱石の『三四郎』の美彌子やよし子になると、いま、私の隣にいてもおかしくないと感じられる。学生の頃は、乱暴なもので「明治」は全て「明治」だと思っていた。しかし、『当世書生気質』は明治18年刊、『三四郎』は明治41年発表、20余年の時差がある。明治というのは、全てが猛スピードで移り変わった時代であるから、我々の想像以上に、その懸隔は大きいのかもしれない。とすると、この小説の「書生」たちが、長じて広田先生あたりになるのかなあ。
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文学者たちの戦争/日露戦争(長山靖生)

2006-05-29 19:26:51 | 読んだもの(書籍)
○長山靖生『日露戦争:もうひとつの「物語」』(新潮新書) 新潮社 2004.5

 一昨年来、日露戦争(1904~1905)の関連書籍がずいぶん出ていたが、百周年を過ぎて、少し下火になった様子である。本書は、日露戦争の「実体」ではなく、当時の新聞・小説・報道・世論などを手がかりに、いわば日露戦争が日本の社会に投げかけた「影」を論じている点に、興味を感じて読んでみた。

 まず驚くのは、文学者と戦争の密接なかかわりである。漱石の『趣味の遺伝』の冒頭「陽気の所為で神も気違になる」は有名な一文だが、これが日露戦争の勃発を指していることなど、私はすっかり忘れていた。『趣味の遺伝』は戦後の作品だが、開戦当時、帝大の英文科講師だった漱石は、雑誌「帝国文学」に「従軍行」と題した新体詩を発表している。これが通俗講談調で、信じられないほどの駄作! 何やってるんだ、漱石は。

 日露戦争従軍記者の中には、岡本綺堂、半井桃水、田山花袋らの名前がある。矢野龍渓の興した近時画報社は、戦争情報誌「戦時画報」を発行した。編集人は国木田独歩。二葉亭四迷は「大阪朝日」でロシア社会に関する解説記事を書いた。軍医部長として従軍した森鴎外は、出陣前の広島で新体詩を読んだ。この詩は、格調高く、内容も備わっていて、見事である。

 現実の日露戦争と前後して、東海散士こと柴四朗は『日露戦争:羽川六郎』という架空戦記を刊行した。主人公・六郎の祖父は、文化年間にカラフト経営に尽力したという設定になっている。ここには、欲望する土地を「約束の地」として正当化しようとする心情(国民的な無意識)が見て取れる。一方、反戦文学の書き手も決して誠実ではなかった。木下尚江の『火の柱』は、大倉財閥の総帥・喜八郎を悪役に仕立て、虚実まじえて面白おかしく糾弾した。

 本書を通じて、あらためて感じるのは、日露戦争とは、兵士や政治家にとっての事件だっただけでなく、当時の日本人全て(戦争から一番遠い位置にいるはずの文学者たちまで)が巻き込まれた「国民的体験」だったということである。

 付け加えれば、出版界では、開戦と同時にロシア語の独習書やロシア文学の翻訳が増えたという。また、この戦争が「正しい戦争」であるかどうかに関心が高まり、国際公法の解説書が人気商品となった。この点、嫌いなものは見たくも聞きたくもない、という態度が主流の方今の日本人より、当時のほうが品性上等だったような気がする。
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岡崎のあんまき

2006-05-28 11:27:30 | なごみ写真帖
昨日、記事を書いた岡崎市美術博物館へは、名鉄・東岡崎の駅からバスに乗る。

東岡崎には、何度か来ている。
駅前にある「岡崎共同研究機構」(今は名前が変わった)に出張で2、3度。それから、滝山寺、真福寺などの寺めぐりに1度。

駅構内の売店で売っているのが、名物の「あんまき」。
これまで気になりながら素通りしていたが、今回はじめて豊橋駅で買うことができた。



「カスタード黒あん」と「チーズ黒あん」。一晩おいたら、しっとりして旨い。
でもボリュームあるなあ~。
ほんとは知立(ちりゅう)市の名物である。
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語りと書誌学のアラビアンナイト/岡崎市美術博物館

2006-05-27 22:43:47 | 行ったもの(美術館・見仏)
○岡崎市美術博物館 『アラビアンナイト大博覧会』

http://www.city.okazaki.aichi.jp/museum/ka111.htm

 土曜にしては朝早く目が覚めた。時計を見て、よし、これなら、岡崎まで日帰りで行ってこられると決意し、とび起きて、東京駅に向かった。

 目的は『アラビアンナイト大博覧会』である。この展覧会、最初は2004年秋に大阪のみんぱく(国立民族学博物館)で行われた。みんぱくに勤める知人から、「関西にいらっしゃるようでしたら、ぜひ」と、招待券まで送ってもらったのに、仕事が忙しくて行けなかった。その後、岡山、東京の巡回展も行き逃して、もうダメかと思っていたら、先月から愛知県岡崎市で巡回展が始まったのを知り、これが最後のチャンス、と思っていたのだ。

 いや~面白かった。さらに詳しいことが知りたくなって、さっき、Wikipediaの「千夜一夜物語」の項目を覗いてみたが、これは残念なことに、全然、情報不足である。

 まず会場に入ると、中東の街角で撮影された講釈師や吟遊詩人のビデオが流されている。アラビアンナイトは、中東では、専門の講釈師によって伝えられた「語り物芸」だったと考えられている。そうか、アラビアンナイトって、説教節や浄瑠璃の仲間だったんだ! ただし、19世紀のカイロでは、庶民に最も人気があったのは英雄の武勇伝で、アラビアンナイトは忘れられた語り物だったらしい。

 中東イスラム世界とヨーロッパは、緊張と衝突を繰り返してきたが、18世紀に至ってヨーロッパの優越が確実になると、ヨーロッパで東方趣味(オリエンタリズム)の流行が興る。フランスの東洋学者ガランが、シリア系写本から翻訳したアラビアンナイトは、大ベストセラーとなった。その人気に目をつけて、さまざまな「偽」アラビアンナイトも現れたという。

 かくてアラビアンナイトは「ヨーロッパのフォークロア」となり、廉価なチャップブック(チャップマン chapman と呼ばれた行商人が売り歩いた)に取り入れられて、大衆に広まった。18世紀中葉、イギリスでは中産市民階級の成立とともに、児童文学が発達する。18世紀末には、クリスマスに子供に本を贈る習慣が確立し、プレゼント用の豪華本が数多く作られた。19世紀に入ると、さらに手の込んだ仕掛け絵本や豆本が登場する。

 成人向けには、19世紀初頭、古式ゆかしいレイン版のあと、19世紀半ばに好色本として名高いバートン版が登場する。バートン卿の死後、妻イザベラは、夫の翻訳から猥褻な箇所を削除した改訂版を新たに刊行した。これをバートン夫人版と呼ぶ。ここまでは微笑ましい夫婦愛のエピソードだが、敬虔なカトリック信者であった彼女は、夫の原稿や私信を処分してしまったともいうから、カタブツの妻を持つと怖い。

 アメリカでは、イギリスから伝わった印刷本が読まれたが、道徳的内容を強調したものが好まれたそうだ。ええ~本家イギリスでは好色文学扱いなのに!? 「東洋の道徳家」と題されたアンソロジーはリンカーンの愛読書であったとか。そして中東では、欧米のアラビアンナイト熱を受けるかたちで、19世紀から、ようやく再評価と出版が始まる。

 なお、フランス国立図書館には、ガランが翻訳に使用した写本が伝わっている。しかし、途中でネタ切れになったガランは、別系統の写本や、口頭の聞き書きも利用したらしい。そのため、アラジンとアリババの物語については、アラビア語の原典の存在が確認されていないのだそうだ。

 というわけで、アラビアンナイトは、波乱万丈の書誌学的ストーリーを孕んだ世界文学なのである。展示会場には、上記のストーリーを彩る書物の数々(もちろん本物!)が並んでいた。ほとんどがみんぱく(国立民族学博物館)の蔵書である。すごいなあ~。みんぱくって、比較的歴史の浅い機関なのに、どうやって集めたんだよ、これ。

 それだけではない。後半には、ラッカム、デュラック、レオン・カレなどのロマンチックな挿絵絵本から、懐かしい日本の児童絵本、さらには映画ポスターも並んでいる。雑誌「プレイボーイ」の画家ヴァルガスの描くグラマラスなシェヘラザードのポスターも。中東の王様と侍女に扮したバービーとケンの人形セットもある!!(全て、みんぱくの所蔵品)

 このほか、会場には、ラクダの装飾品、ベリーダンスの衣装、楽器、アラビア語書道など、アラビアンナイトの世界を多角的に伝えるさまざまな資料が展示されていた。楽しかった。
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柳生十兵衛七番勝負~島原の乱・最終回

2006-05-26 23:49:42 | 見たもの(Webサイト・TV)
○NHK木曜時代劇『柳生十兵衛七番勝負~島原の乱』

 とうとう、昨日が最終回。思えば昨年4月、前シリーズの第1回を見て「面白いじゃないか」と思いながら、その後は結局、見逃して1年。今年の2~3月の再放送にハマリ、4~5月の第2シリーズ「島原の乱」も、とっぷり楽しませてもらった。金曜9時15分から木曜8時に番組枠が移動したため、最初の2話は前半を見損ねた(無念!)が、ほかは録画の助けも借りて、何とか見ることができた。

 視聴率は10パーセントぎりぎりで推移していたから、人気沸騰とは言い難いけれど、見た人の満足度は高かったように思う。昨日も、ネットでは大盛り上がりでしたね! 嬉しい。第1シリーズでは敵役(最終話で死んでしまう)の戸田勘解由が人気で、第2シリーズが始まってしばらくは「かげゆん、出ないの~」の声が、しばしば上がっていたのに、第2シリーズの敵役・麿こと円条寺業平(杉本哲太が怪演)にも熱狂的なファンが付いて、昨日も「次のシリーズにも亡霊でいいから出て!」とまで言われていた。ちょっと珍しいんじゃないかな、これ。

 各話のゲストの剣士たちの魅力はさりながら、柳生但馬守の夏八木勲は文句の付けようがなく、単なる脇役だと思っていた松平伊豆守の西郷輝彦も最後にぐっと存在感を増した。いやー。ひとりひとり語り出したら、切りがないわ。

 私は人生四十余年で、初めてニッポンの時代劇にハマった。ハマったあげく、柳生の里まで行ってきてしまったほどだ。まあ、近年、中国の古装劇および武侠ドラマには、ハマった経験があるので、『柳生十兵衛』を見ながら、「まるで中国の武侠片みたいに面白い!」という、ちょっと倒錯した感想を抱いていた。

 なので、私は、この『柳生十兵衛』をアジア市場に輸出してくれないかな~と思っている。中華圏の武侠片は、功夫(カンフー)アクションが主流で、本格的なソード(剣)アクションは、ないことはないが、少ない。この作品、他国の古装劇ファンにも見せたいなあ。たぶん私が『射雕英雄伝』や『天龍八部』にハマったように、本作品に夢中になる中国人や韓国人は絶対にいると思うのだ。

 第2シリーズ最終話は「十兵衛、修行の旅は続く」で幕を閉じた。さて、第3シリーズはあるのだろうか。このところ、明治維新マイブームで、幕末にはだいぶ詳しくなったが、このドラマのおかげで、江戸の初期にも興味が湧いてきた。よく勉強して、1年後を待ちたいと思う。
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職業としての兵士/幕府歩兵隊(野口武彦)

2006-05-25 11:15:27 | 読んだもの(書籍)
○野口武彦『幕府歩兵隊:幕末を駆けぬけた兵士集団 』(中公新書) 中央公論新社 2002.11

 野口武彦さんの本、4冊目。近著の『長州戦争』でも活躍する幕府歩兵隊の誕生(文久2年=1862)から崩壊(明治元年=1868)まで、7年間を追ったルポルタージュである。百年以上も前の事件をルポルタージュ(現地報告)と呼ぶのはおかしいけれど、敢えてそう呼びたいくらい、迫真の描写で綴られている。

 歩兵隊は、幕末の軍事制度の大改革によって作られた。はじめ、幕府は旗本・御家人のための武術講習所を開き、軍備の近代化を図ろうと考えたが、なかなか埒が開かない。そこで文久2年、徴集された農民と、江戸で直接雇い入れた無頼の徒によって、歩兵組が編成された。長州戦争や鳥羽伏見の戦いに駆り出されたが、戦果はゼロに等しかった。しかし、慶応4年(明治元年)、江戸開城にともない、多くの歩兵が脱走。ここから彼らは実戦経験を積むにつれて、どんどん強くなる。北関東・奥羽・箱館で官軍と戦い、敵を苦しめたが、最後は五稜郭の落城とともに、歴史の表舞台から姿を消した。

 いろいろ面白い点があるのだが、私は、当時の歩兵の銃の撃ち方に目を見張った。これは薩摩兵の例であるけれど、4列縦隊の密集隊形では、第1列は初弾を発射した後、膝打ちの構えで銃剣の槍ぶすまを作る。射撃するのは第2列だけ。第3列は空銃を左手で受け取って第4列に渡し、装填済みの銃を右手で前に渡す。第4列が弾込めをする。すごい。茶道のお作法も真っ青ではないか。これだけのことが、脱落者なく整然とできなければ「近代歩兵隊」には、なれないのだ! 映画(あまり見ないが)の戦闘シーンでは、ただ喊声をあげて突撃する兵士しか記憶にないけれど。

 また、長州戦争の見聞録で、朝から翌朝まで30発も撃って銃身が熱してしまうと、前線を交代して岩陰でぐうぐう眠り、また銃が冷めると撃ち続けたというのも、ウソのようだが本当なのだろう。

 北越戦争では、弾薬が欠乏してくると、休戦して補充と休養の時間を取る。すると両軍兵士は塹壕の上に出てきて、互いの給与の状態(!)などを語り合ったという。そう、歩兵は「職業」なのだ。

 著者は本書を「幕府歩兵隊へのファン・レター」であると言ってはばからないが、その「ファン心理」は、以下の一文に尽きると思う。「天皇」とか「将軍」とかパーソナルな忠誠対象がなくても、兵士はけっこういい戦争をする――「いい戦争をする」ね。物騒な言い方だが、著者の言いたいことはよく分かる。ここに描き出されているのは、その後の日本軍が目指した「天皇の軍隊」とは全く対極の、「職業としての兵士」なのである。

 ところで、幕府歩兵隊は「日の丸」を掲げ、官軍は「菊の紋章」を染め抜いた旗を掲げた。戊辰戦争とは「日の丸」と「菊花旗」が交戦した戦争であったという。「この一事だけでも後世に語り残しておかなければ」と著者は言うけれど、実にさまざまなことが考えられて、面白いと思う。
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阿羅漢・異形の人々/金沢文庫

2006-05-24 23:02:21 | 行ったもの(美術館・見仏)
○神奈川県立金沢文庫 特別展『阿羅漢』

http://www.planet.pref.kanagawa.jp/city/kanazawa.htm

 ちょっと損をしている展示会ではないかと思う。見ものは、宮内庁三の丸尚蔵館の『十六羅漢像』と称名寺(金沢文庫)蔵『十六羅漢像』の比較展示。よく似ている。どちらも、中国・元時代の逸品である。

 しかし、お世辞にも「きれい」な画題ではない。東洋美術を見るようになって、仏画は抵抗なく受け入れた。孔雀明王とか、如意輪観音とか、うっとりするほど美しいものもある。頂相(名僧の肖像)も、個性豊かで面白いと思う。しかし、羅漢図というのは、どうして、こんなキチャない爺さんたちを(しかも集団で)描くのか、今もって分からないところがある。

 とりわけ、今回の展示品は「禅月様」と呼ばれる、奇怪な風体が売りである。黒ずみ、干からびて皺のよった身体。長く伸びた眉。ぎょろぎょろした目。ポスター(上記に画像あり)を見ても、ぜひ「会いたい!」という気持ちにはならない。しかし、これも悪食(あくじき)というものか、実際の作品を前にすると、E.T.みたいな羅漢たちが、意外と魅力的だったりする。

 余談だが、私はこの羅漢図を見ていると、金庸の武侠小説を思い出した。中でも、いま展示中の1枚は、2002年CCTV版『射雕英雄伝』に出てくる一灯大師(段皇帝)にそっくりである。中国の娯楽映画に登場する仏僧は、日本人から見ると、どうもあやしげだが、実は伝統的な羅漢のイメージを引いているのだと思う。
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年に一度の名宝展/鎌倉国宝館

2006-05-23 08:49:00 | 行ったもの(美術館・見仏)
○鎌倉国宝館 特別展『鎌倉の至宝-国宝・重要文化財-』

http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kokuhoukan/index.htm

 昨年からこの季節の恒例となった名宝展である。彫刻・工芸は、おなじみの作品が多かったが、絵画は、珍しいものを見ることができた。

 『長谷寺縁起絵巻』(弘治3年=室町時代)は、鎌倉の長谷寺の寺宝だが、中身は大和国(奈良県)の長谷寺の縁起である。先日、出光美術館の『名品展』にも同じ題名の絵巻を見た。出光本は、色彩が明るく、絵本のように可愛らしかった。当日のレビューには書けなかったが、実は大ファンになって帰ってきた。それに比べると、この長谷寺本は、ずっと穏やかで「常識的」である。でも、基本的には同じ絵を筆写した異本なのだと思う。二つ比べて見たいなあ。

 光明寺蔵の『浄土五祖絵伝・善導巻』(南北朝時代)を久しぶりに見た。「仏説比喩経」に語られている人間の実相(白と黒のネズミが旅人の命綱である藤づるを齧っている)を絵にしたものだ。仏典は、動物の出てくる比喩が多くて楽しい。

 光明寺には、『浄土五祖絵』(一巻、鎌倉時代)というのもある。よく混乱していたのだが、今回、両者は全く別物だと分かった。舞い散る蓮の花びらを受けようとして右往左往する人々の姿態が、軽妙に描かれている。色鉛筆で塗ったような淡い色彩に対して、黒々した輪郭線が目立つ。人物は「いずれも丸顔で、目を強調した独特の表情」が特徴で、これを「鎌倉派(関東派)」というそうだ。なるほど、「平治物語」系統の絵巻に描かれる武士は、もっと馬面である。

 このほか、昨年も見たが、巨大な『被帽地蔵菩薩像』など。これは従者の温雅な面相が好き。
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ベストセラー読まざるの記/国家の品格(藤原正彦)

2006-05-22 00:07:08 | 読んだもの(書籍)
○藤原正彦『国家の品格』(新潮新書) 新潮社 2005.11

 ベストセラーは読まないことにしている。とは言え、これだけ(200万部?)売れていると聞くと、それなりに読む価値があるのではいか、という疑念が湧いてきて、本屋の店頭で、ちょっと中を覘いてみた。そうしたら、何だかスカスカした文言が並んでいるばかりだった。狐につままれたように感じて、そのまま棚に戻してしまった。

 そうしたら、先週、紀伊國屋のセミナー『書物復権』で、進行役の佐藤学氏が、教養の喪失を象徴する「嘆かわしいベストセラー」として、さかんに槍玉にあげていたのがこの本だった。天邪鬼の私は、これだけ批判される本なら、やっぱり読んでみようかという気になった。

 直後に、長谷川一さんの書評ブログで記事を見つけた。この書評は面白かった。同氏の要約によれば、本書の内容は、毒にも薬にもならない程度の日本論であるようだ。しかし、問題は「本文組みのゆるさ」にある。私はうなづいた。そうなのだ。このスカスカした版面の印象が、私から読書意欲を奪うのだ。そして、長谷川さんの書評を味読するために、私は、勇気をふるって『国家の品格』を読んでみることにした。

 しかし、結論を言ってしまうと、私は本書を読み通せなかった。なんかこう、つらいのだ。うーむ。私は食生活においてはジャンク・フード好きである。読書生活においても、ジャンクな書籍を排除しない。マンガも、タレント本も、小林よしのりも読む。しかし、本書は著者にジャンクの自覚が全くない点で、ジャンクよりなお始末が悪い。

 佐藤学氏は「最近のベストセラーの条件は、何か過激なことを言ってみること」とおっしゃっていたけれど、これは本書には当てはまらない。国際人を育てるには英語よりも国語教育とか、民主主義よりも惻隠の情とか、ナショナリズム(愛国心)は危険だから、それよりも郷土を愛するパトリオティズム(祖国愛)を教えよ、とか。本書には、むしろ気味の悪いほど、ソフトで当たり障りのない発言が並んでいる。どうもマスコミは、話題づくりで過激な異論に飛びつきたがるけれど、出版メディアで万人に受けるのは、「カロリー控えめ、とってもヘルシー」路線が一番のようだ。その実態は、得体の知れない人工甘味料だったりするのだが。

 本書の胡散臭さは、たとえば「もののあはれ」と「武士道」という、全く恣意的な組み合わせで日本を語ることに、著者が、何の「学問的反省」も抱いていないことだ。そもそも数学者に、そんな反省を求めてはいけないだろうか。いや、酒席のヨタ話ならいざ知らず、知識人なら、たとえ専門分野以外のトピックであっても、出版を通じて公にされる発言には、常に一定の責任が伴っていたはずだ。そして、その「責任」を核に、読者たる国民の「教養」と「品格」が形づくられてきたはずである。本書の体たらくが表しているものは、長谷川一氏の書評に拠るならば、「かつて新書というメディアになんらかの意味で『品格』とよべるものがあったとしたら、今日ではそれが決定的に失われてしまっているという現実なのである」。

 本書を読むことに何か意味があるとしたら、この皮肉をひりひりと肌身に実感することだけかもしれない。
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