見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

自己拡大する近代/ミュージアムの思想(松宮秀治)

2009-04-30 23:55:15 | 読んだもの(書籍)
○松宮秀治『ミュージアムの思想』 白水社 2009.3(新装版)

 著者によれば、西欧語の「ミュージアム」は、日本語の美術館、博物館に対応するだけでなく、図書館、文書館、植物園、動物園、水族館、プラネタリウム、史跡、考古学遺跡までを包括する概念であるという。だとすれば、私は、ミュージアムなしには始まらない生活をしている。

 けれども、ミュージアムとは、西欧近代が創り出した「思想」である。全世界を自己(西欧的価値)の裡に取り込もうという、危険性、暴力性を内包し、その行きつく先を誰も想定できないような動力学を秘めている、と著者はいう。こうした側面は、うすうす感じていたことでもあった。

 本書は、ミュージアムの前史として、まず、ルネサンス以降の宮廷コレクション、古代遺物と古写本蒐集の流行、絶対主義王政期(16~17世紀)のクンストカンマー(人工物蒐集)、ヴンダーカンマー(驚異物蒐集)について述べる。このあたりは、私の西欧史に関する知識が不足していて、十分に理解できたと言い難い。ただ、「美術」中心のルネサンス観を改め、この時代の図書蒐集と学芸保護にもっと眼を注ぐべきだ、という指摘は興味深いと思った。「宮廷画家」は、理髪師などの職人と同様の使用人に過ぎず、美術作品と注文者の関係は私的領域に閉じ込められていたが、図書の蒐集は、より公的な事業だった。公共図書館の設立も、ミュージアムの公開性も、そのへんに淵源を持つらしいのである。これには、「戦う王」から「考える王(叡智の守護者)」という表象の変化も関わっているらしい。

 クンストカンマー、ヴンダーカンマーの「祝祭空間」は、フランシス・ベーコン(1561-1626)流の合理的思考によって否定され、ミュージアムの思想が誕生する。この具体的な出現がブリティッシュ・ミュージアムである。けれども、絶対主義末期の諸宮廷は「芸術」という新たな祝祭性によって、自己のコレクションを再整備し始めた。その結果、科学主義、技術主義に基づくイギリス型自然誌ミュージアムと同時並行的に、芸術主義、文化主義、歴史主義に基づくフランス型ミュージアムが出発することになった。

 ユネスコの国際ミュージアム評議会の規約によれば、今日のミュージアムの一般的定義は「公衆の啓蒙とレクリエーションのためにコレクションを展示し保管し管理する施設(機関)」である。この「啓蒙」と「レクリエーション」は、中世キリスト教の「聖遺物」がそうであったように、近代国家の「教義解説」と「祝祭」に対応しているのではないかと思われる。

 以上、荒っぽくまとめてみたが、本書が難しく感じられるのは、「西欧近代」の多面性(互いに相反する観念が同時並行的に生まれ、絡み合いながら育つ)を丁寧に記述しているためだと思う。この「西欧近代」由来の思想に立ち向かう思想が、非西欧人であるわれわれの文化の側に果たしてあるのか。考えてみたい。
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若冲、それとも蕭白/山水に遊ぶ(府中市美術館)

2009-04-29 21:53:13 | 行ったもの(美術館・見仏)
府中市美術館 企画展『山水に遊ぶ-江戸絵画の風景250年』(2009年3月20日~5月10日)

 日曜日(4/26)に行ったら、小学校低学年くらいの女の子を連れたお父さんが「あ、若冲の展示は終わっちゃったんですか」と受付で残念そうにしていた。若冲を見せたかったのかー。いいお父さんだなあ、と妙に感心。

 本展は、江戸時代のさまざまな画家が描いた風景の絵を紹介する企画だが、呼びものは、伊藤若冲の『石灯籠図屏風』(前期展示)と曾我蕭白『月夜山水図屏風』(後期展示)であるらしい。どちらも関西方面の美術館では、地味に常設展に出ていたりするが、東都にお目見えは珍しい。さて、前期と後期、若冲と蕭白のどちらを選ぶか。私は、画家としては若冲びいきだが、この2作品に限って言えば、断然後者である。

 というわけで、日曜日。会場に入ると「山水に暮らす」と題して、農耕図や漁舟図、庭園図などが並んでいる。あ、なるほど。この展覧会では「山水」という概念をずいぶん広く取っているんだな、ということに気づく。小泉斐の『富岳写真』(弘化3年=1846刊)は、富士山頂の地形の科学的・実証的な踏査記録である。これを、岸駒や探幽の審美的な富岳図の横において眺めるのは、なかなか面白い。司馬江漢、小田野直武らの洋風山水画も多数。「手前の景物を大きく、遠いものを小さく描く」というのが、洋風画のセオリー(今日では当たり前だが、伝統的な山水画はこれと逆)なんだな、ということが分かった。

 さて、「奇のかたち」のセクションで、お目当ての『月夜山水図屏風』に対面。あ~うれしい。2008年3月、琵琶湖文化館の『収蔵品特別公開』以来だが、何度見ても、鳥肌が立つほどいい。右隻に施された淡彩、とりわけ月下の白梅は蒔絵のようだし、左隻の墨の濃淡の変幻自在な使い分けは、夢幻能を見るようだ。一応、右隻は西湖、左隻は径山寺(きんざんじ)の風景と目されていることをメモしておこう。後期には、さらに蕭白が1点。『比叡山図』は、ゴツゴツともぬめぬめともつかない、蝦蟇の怪物みたいな山肌が地中から湧き上ってくるようで、面白かった(展示リストを見たら、おーこれも琵琶湖文化館の所蔵品ではないか、拍手々々)。初めて知る画家、墨江武禅の『月下山水図』は、アイシングしたケーキを思わせるモノクロームの月光の表現が印象的(展示リストには「前期」とあるが、なぜか後期の会場にあり)。

 蕭白の『月夜山水図屏風』の隣りには、一見野暮な彩色の山水画屏風が並んでいた。なんでこんなのを並べるかなあ、蕭白の名品が台無しじゃん、と思って、眺めるうち、あれ?と思った。実は、この倉屠龍の『山水図屏風』は、蕭白の『月夜山水図屏風』と「ほぼ同じ図様」なのである。図録の解説には「蕭白の傑作をもとに屠龍がこれを描いたとみるのが自然と思われるが(中略)断定は避けておきたい」とある。ただし、全く同一ではないので、よ~く比べて見ると、いろいろな差異を発見できる。山の重なりかたとか、あずまやの柱の太さとか、ロバの数とか…間違い探し(!)のようで楽しい。なお、右隻(前期展示)には、江戸時代の絵画には珍しく虹が描かれているそうだ(これも蕭白筆にはない景物)。

 最後に、蘆雪の人の好さが表れたような『赤壁図』『蓬莱山図』も見られて、満足して外に出た。ロビーのソファに置かれていた展示図録の見本を開いて、愕然。目に入ったのは、若冲の『石峰寺図』。石峰寺の五百羅漢の構想図らしいが、江戸時代の絵画だとは絶対に信じられない。あまりにもマンガちっく。ほかにも前期だけの名品がいろいろあったのねえ、とため息をつく。まあ見逃したものは、仕方ない。せめて図録を買って帰ろう。
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力強い脇役/仁王(一坂太郎)

2009-04-28 23:13:44 | 読んだもの(書籍)
○一坂太郎『仁王:知られざる仏像の魅力』(中公新書) 中央公論新社 2009.4

 思わず「そう来たか」とつぶやきたくなる仏像本である。昨年の『国宝 薬師寺展』に続き、今春の『国宝 阿修羅展』も大盛況である。書店にも、数々の関連本が並んでいる。そんな中で異彩を放つ本書は、北海道から沖縄まで、134件の仁王像を紹介した「日本ではじめての仁王ガイド」なのだ。

 全て著者が実際に踏査したもので、「○○駅から1日数本しかないバスに乗る」「タクシーを利用するしかない」「徒歩だと駅から1時間」などの、さりげないアクセス情報が泣かせる。ほとんど全てに写真が付いているのが嬉しい。仁王像は、寺門で風雨に晒され、朽ちやすいため、古い作例はあまり残っていないそうだ。そして、「どうせまた作り直さなければならない」と思うためだろうか、手の込んだ彫刻の優品は少ないように思う。中には、マンガから抜け出してきたような稚拙な造形もある。一方で、庶民に親しまれ、撫でられたり、お札を貼られたり、田植えをしたり、相撲を取ったり、さまざまな信仰・伝説を背負った仁王も多い。

 気になったものをいくつか挙げれば、漱石の『夢十夜』に登場する護国寺(東京)の仁王は「運慶」の作ではなくて、元禄期の作だそうだ。池上本門寺(東京)の仁王は、アントニオ猪木の肉体をモデルにしている。如来や菩薩像では許されない実験的な試みも、仁王や天王像だと許容されるのかもしれない。もっとすごいのは一心寺(大阪)で、普通の男性の裸像にしか見えない、現代彫刻の仁王像が立っている。

 古いものでは、財賀寺(愛知)の仁王像は平安時代の作で、奈良博に寄託されかけたところを、「カムバック仁王様」という市民運動で呼び戻された。東大寺・法華堂(三月堂)の仁王像=金剛力士像1対は、戦争末期、空襲を避けるために、奈良刑務所の囚人たちの手で円成寺に運ばれた。等々、こんな感じで興味深い話が続く。古寺巡礼の折々、時には「脇役」の仁王にも目を向けてみたいと思う。
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水墨の名品、何でもあり/筆墨の美(静嘉堂文庫美術館)

2009-04-27 23:01:37 | 行ったもの(美術館・見仏)
静嘉堂文庫美術館 『筆墨の美-水墨画展〔第1部〕中国と日本の名品』(2009年4月4日~5月17日)

 水墨画三昧のその2。日本の水墨画を特集している出光美術館から移動し、さて今度は中国の水墨画だ、と思ったら、途中から日本人の作が並んでいたので、あれ?と思ってしまった。これは全く私の早とちり。ポスターになっているのが牧谿の『羅漢図』だったり、中国絵画史の小川裕充先生の講演会が組まれていたので、こっちは中国絵画特集、と思い込んでいたのだ。よく見ると、ポスターのタイトルには、小さな字で「第1部 中国と日本の名品」と付記されている。

 とは言え、やはり静嘉堂といえば中国絵画である。展示室の入口に掲げられたのは、とびきり可愛い『栗鼠図』。リス描きの名手、葛叔英(別名・松田)の筆で、これは1匹だけのリスを描いたもの。雪庵『羅漢図冊』は、色紙ほどの羅漢図の貼り込み帖だが、中国絵画らしからぬ、洒脱で即興的な面白さがある。ちょっと宗達や光琳みたいだ。解説に「黄檗僧の逸然が(強く望んで?)請来した」とあったので、調べてみたら、逸然性融(いつねんしょうゆう)(1601-1667)は明末の人で、ずいぶん時代が下る。自らも絵に秀で「長崎漢画の祖」といわれるそうだが、鑑賞眼も大したものだ。また、作者不詳の『寒山図』も元代の作で、ひらっと翻る上衣の裾に動きがあって面白い。ふと、直前に出光美術館で見た宗達の『鐘離権図』が頭を過ぎった。国宝の『禅機図断簡・智常禅師図』を含め、元代(13~14世紀)の水墨画が4点。すごいなあ、さすがだなあ。

 しかし、見ものはポスターになっている、牧谿筆『羅漢図』(南宋時代)だろうか。岩場で端座瞑目する一人の僧。高邁な禅の哲学を表した図かと思ったら、三白眼の大蛇が膝頭に迫っている。危うし!?お坊さん。何だかマンガみたいな絵だ。牧谿の作品って、実は意外と分かりやすい。

 明清の作品は、けっこう見覚えがあった。いちばん好きなのは、袁江筆『梁園飛雪図』である。昨年、大和文華館の『崇高なる山水』でも見たし、その前に、ここ静嘉堂文庫でも見ている。アルプスみたいな厳粛で壮麗な雪嶺を、遠景と近景で描き分けており、ねっとりとからみつくような木の枝の上の雪、水蒸気に曇る湖面など、自然の質感(温度・湿度)が見事に表現されている。「梁園」ってどこにあるのかと思ったら、河南省らしい。後梁の孝王が建てた園林の由。では、あの雪山は嵩山(すうざん)だろうか?

 後半は日本の水墨画。式部輝忠『四季山水図屏風』は大作だが、よくも悪くも日本人には親しみやすい風景だと思う。淡彩が美しい。左隅に「雪中帰牧図のバリエーション」が描かれているのをお見逃しなく。作者不詳の『三益斎図』(重文・室町時代)が、出光美術館で見た伝・周文筆『待花軒図』によく似ていたのも発見だった。窓辺に書籍を積んだ無人の庵、庭を掃く童子、それだけだけどね。

 最後に、そっとひとこと書いておくが、美術ファンは受付カウンター付近の案内掲示にご注意を。私は、思わぬおみやげを大量に貰って帰りました。

 また、この水墨画展「第2部」は、秋冬に予定されているようだが、まだ公式サイトでは詳細が分からない。中国と日本、元から明清、室町から大正までを第1部で総ざらいに扱ってしまって、次はどういう切り口で来るんだろう?と、不安でもあり楽しみでもある。
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情愛を描く/水墨画の輝き(出光美術館)

2009-04-26 23:25:44 | 行ったもの(美術館・見仏)
出光美術館 日本の美・発見I『水墨画の輝き-雪舟・等伯から鉄斎まで-』(2009年4月25日~5月31日)

 先週の茶の湯三昧に続き、今週末は水墨画三昧。まずは、日本で水墨山水画が本格的に描かれ始めた応永年間(1394~1428)から、室町・桃山・江戸を経て近代まで、日本水墨画の多彩な世界を展観するこの展覧会。と言っても、会場内の説明は最小限に抑制されている。作品を楽しみながら、ぐるり一周することで、なんとなく日本水墨画の展開が体感できる仕組みである。

 「第1章 水墨山水画の幕開け」で紹介されているのは、周文・雪舟・岳翁蔵丘。雪舟の登場って早いんだなー。「第2章 阿弥派の作画と東山御物」では、中世文化人に愛された牧谿・玉澗の作品とともに、室町将軍の同朋衆として唐物・唐絵の管理鑑定にも当たった能阿弥・相阿弥の作品を紹介。いま、いちばん私の関心が高いのは、この人たちである。相阿弥の『腹さすり布袋図』には一目で惚れてしまった。実はこれ、牧谿筆の伝承を持つ『布袋図』(九博所蔵)を模写したものだという。しかし、伝牧谿筆と相阿弥筆の布袋図は、よく似ているけれど微妙に違う。短い首の傾け方とか、口の開け方とか。相阿弥筆の方が、豪放で愛嬌があって私は好きだ。私が相阿弥という画家の名前を覚えたのは、2006年、この出光美術館の名品展だった。そのとき印象深かった『瀟湘八景図』に久々の再会。このふわーんとした雰囲気、やっぱり好き。ありんこみたいに極小の人やロバの姿も楽しい。ぐりとぐらの絵本のような、明るい童心に満ちている。

 能阿弥の『四季花鳥図屏風』も好きだ。丸々太った叭叭鳥をはじめ、描かれた鳥たちの人間くさい表情に引き込まれる。隣りにいた二十歳くらいの女の子が「か、かわいい」と思わず声に出してしまった気持ち、分かる分かる。真ん中あたりに、とびきり愛らしい蓮の花が一輪描かれているのを見て、あ、と思った。東京美術倶楽部の正木美術館記念展で見た能阿弥筆『蓮図』を思い出したのだ。あれも老境(75歳)の作だったが、この屏風にも「七十有三歳」とあった。

 「第3章 初期狩野派と長谷川等伯」は、本展最大の見どころ。解説も特別に詳しい。等伯の『竹虎図屏風』は二頭のトラを描いたもので、上記の公式サイトで左隻の画像(後ろ足で頭を掻くトラ)を見て、あまりの愛らしさに飛びあがってしまったが、右隻もかわいい。比較的リアルでマッチョな体躯なのに、妙に腰が引けていて微笑を誘われる。以下、解説にいう。これは求愛する雄と雌を描いたものではないか。その隣りの『竹鶴図屏風』も、巣ごもりする母ツルと、それを見守る父ツルを思わせる。この「動物の情愛を描く」というのは、等伯の感性がもたらした、日本水墨画の新しさである。なるほど、『竹鶴図屏風』は、どことなく清冽で崇高な雰囲気が漂っていて、このように解説されると得心がいく。

 後半は委細を省略するが、伝宗達筆『龍虎図』のドラえもんみたいなトラ、最近気になる玉堂をはじめ、個性的な作品が多数。仙の『狗子画賛』(→画像あり「きゃんきゃん」)は、イヌ年の年賀状の図案に使ったこともある、私のお気に入り作品だが、「子犬の背中から尻尾にかけて引かれた一本の線」が、梁楷の『李白吟行図』(東博所蔵)に似ている、という解説には、苦笑しながら、おそれいってしまった。
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通勤途中のモッコウバラ

2009-04-23 21:56:34 | なごみ写真帖
 個人的には、五月(初夏)の訪れを強く感じる花のひとつ。3年目にして、現在の通勤経路で見つけた。1年目、2年目には余裕のなかったことの現われ(というか、ほとんど明るい時間帯に帰れなかったものな…)。



 5年ぶり?に新しいデジカメに買い替えた。小さくて賢くて、快適。

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モノとしての書物/中国明末のメディア革命(大木康)

2009-04-22 20:58:56 | 読んだもの(書籍)
○大木康『中国明末のメディア革命:庶民が本を読む』(世界史の鏡. 情報4) 刀水書房 2009.2

 中国の書物史を平易に語った楽しい1冊。年代順の格式ばった解説ではなく、東大文学部の「漢籍コーナー」で、本に囲まれて過ごした学生時代の思い出から始まる。なぜ、文学部に「漢籍コーナー」が必要か。それは、中国学では、儒学者・歴史家・文学者といった区別が不可能だからだ。ドイツ文学を学ぶ学生がドイツ哲学の本を参照したり、フランス史の学生がフランス文学の本を必要とすることは少ない。けれども中国の伝統的な学問にとって、ヨーロッパ流の学問の区分(哲学、史学、文学)は「身の丈に合わない」のである。

 漢籍コーナーでは、明代嘉靖元年(1522)以降に出版されたものは、自由に手に取ることができる。冷静に考えてみるとすごい話だ。日本で言えば大永2年、柴田勝家が生まれた年だという。西洋ではインキュナブラ(15世紀本)のほんのちょっと後だ。けれども東大に限らず、一般に中国書に関しては、嘉靖元年をもって貴重書かどうかの判断基準とする図書館が多いのだそうだ。もしも基準を引き下げて、たとえば明王朝の終わり(1644年=寛永21年/正保元年)としたら「貴重書庫はあふれかえってしまうだろう」という。

 私たちは、世界中の情報を一律に扱うことに慣れすぎてしまって、近代以前、世界の各地域には、それぞれ固有の「メディア革命」があったことを忘れてしまっている。加えて、何でも西欧が先陣を切って進んできたような思い込みも根強い。だが、「出版」に関しては、間違いなく中国こそが先進地域だった。

 著者は、『中国版刻綜録』(中国の主要な図書館が所蔵する漢籍の総合目録)を母集合として、刊行年代ごとの点数を数えてみた。すると、宋元から明末(960~1644)の700年間のうち、嘉靖期以降のおよそ100年間に、刊行点数の65%が集中しているという。明末以降、科挙受験生、中規模商人などの「中間層」が書物を購読するようになり、新刊書、通俗書、大規模な叢書など、出版物の種類も多様化した。

 「多・大・速」の出版ニーズに合わせて、書物の形態も変化した。宋版は、手間のかかる胡蝶装(粘葉装)が一般的だったが、明代半ばから、印刷面を外側にして折る「線装」が登場し(え、そんなに遅いのか)、版彫刻を効率化するため、「縦画を彫るものと横画ばかりを彫るものとを別人が行って、専門的に分業化する」体制がとられた。つくづく中国人って徹底している。そして、原稿用紙のマス目を埋めるような、没個性的な書体「明朝体」が誕生したのである。さらに、氾濫する図像、長編小説の誕生、士君子(知識人)の関与、評点の意味、歴史を遡って、出版と仏教の親近性など、漢籍の実物を目にしたことのある人間なら、膝を打つような面白い指摘が続く。いや、具体的な図版を多数収録しているので、実物を見たことがなくてもわかりやすいと思う。

 橋口侯之介さんの『和本入門』と『続・和本入門』と、あわせておすすめ。一生に何度出会うか分からない稀覯本のウンチクよりも、こういう大衆化した古書について知っておくほうが、何かと有用だと思う。日本の「メディア革命」(やっぱり化政期かな)との差異と類似点は、考えれば考えるほど面白い。中国の絵入り本は、挿絵と本文が隔絶している(分業?)のに対して、日本は一体化している、とか、中国では、日本の瓦版・錦絵のような摺りもの(1枚もの)はあまり発達しなかったのかなあ、とか。もっと知りたいこと多数。

 
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乗りテツの友/日本の鉄道 車窓絶景100選(今尾恵介他)

2009-04-21 21:27:12 | 読んだもの(書籍)
○今尾恵介、杉崎行恭、原武史、矢野直美著『日本の鉄道 車窓絶景100選』(新潮新書) 新潮社 2008.6

 新潮社『日本鉄道旅行地図帳』編集部が企画し、日本屈指の「乗りテツ」4人が集まって、「車窓絶景区間」を選び出した「車窓絶景100選座談会」(2007年12月)。6時間を超える長丁場だったというから、それなりに編集は加わっているのだろうけど、ムダな会話もそのまま収録されており、「ゆるい」編集の新書である。連休の旅行計画を立てながら、通勤電車でだらだら読むにはちょうどいいかもしれない。

 私も鉄道旅行は好きなほうだが、本書に挙げられた100選で、ああ、あそこかと分かるのは2割程度。この路線、乗ったはずだが?というのを足しても3割に満たない。本書を参考に、もっと日本中をまわってみたいと思う。

 4人の好みがバラバラで、今尾さんは眺望の良い区間、杉崎さんが風景の変化の激しい場所、原さんが歴史的・文化的意味のある路線区間、矢野さんが田園などのやさしい箇所、と分かれるのは、対談を面白く(しかしまとめるのを難しく)している。私は、どーんと山が迫ってきたり、ばーんと海が開ける、迫力ある光景が好きだ。町家すれすれを通るスリリングな路線も。その点では、杉崎さんの好みにいちばん共感を持つ。

 近いうちに乗ってみよう、と思ったのは、東京では東武線の「浅草~業平橋」、100選には漏れたが「押上~曳舟」も。関西では、謎の神戸電鉄「鵯越~鈴蘭台」、近鉄奈良線から見る大阪平野「石切~枚岡」。六甲山に体当たりするようなポートライナー「ポートアイランド南~神戸空港」も体験してみたい。
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週末は茶の湯三昧/名品展(畠山記念館)

2009-04-20 23:28:23 | 行ったもの(美術館・見仏)
畠山記念館 春季展 開館45周年記念『畠山記念館名品展-季節の書画と茶道具』(2009年4月11日~6月21日)

 畠山記念館は、最近とみにお気に入りの美術館である。今回初めてお抹茶(干菓子付き、400円)を所望してみた。展示室のベンチに座って、極め付きの書画の名品を眺めながらの一服。ああ、なんという贅沢!

 茶碗を置いて、畳にあがってみると、向き合っていた墨蹟が宗峰妙超のものであると分かった。豪放で癖の強い書である。その隣りに『清滝権現像』。不思議な作品だ。山水画の襖をからりと開けて、今しも女人が姿をあらわしたところ。表着(うわぎ)は白地に丸紋、袿(うちき)はグレー。片手に緑色の宝珠を捧げ持ち、白い肌にうっすらと引かれた頬紅、赤い唇が映える。この世ならぬ女神(空海が長安の青龍寺から勧請した)を描いているのに、板戸の厚みとか、引手の金具に結ばれた紐とか、舞台装置の描写が妙に写実的で、そのギャップが面白い。画像を探したら、MIHOミュージアムのサイトに行き当たったが、これは、ニューヨーク・バーク・コレクションの作品らしい。一見したところ、判別がつかないが、畠山記念館の蔵品のほうが、ひそめた眉にかすかな険(霊威)が感じられるかな。

 ひとつ置いて右端は、伝・藤原佐理筆『賀歌切』。これ、佐理の筆かなあ。ちょっと微妙。意外だったのは、一音一字の万葉仮名で書かれていたことだ。解説によれば、「やましなのやまのいはねにまつをうゑて/ときはかきはにい(の)りをぞする」(拾遺集273、平兼盛)は康保2年(965)の作として知られ、「10世紀後半の草仮名として貴重」なのだという。草仮名とは、平仮名の前段階である、草体化した万葉仮名のこと。既に9世紀後半から、歌文の表記には平仮名が用いられていたというから、これは、わざと「復古的」に書いたものということだろう。私は、10世紀後半、「梨壺の五人」による万葉集の訓読作業がもたらした、万葉ブームが背景にあるんじゃないかと思ったが、どうだろうか。

 茶道具に行こう。うーむと唸ったのは、明代の赤地金襴手の汲出(煎茶茶碗)、桃山の織部の耳付振出(醤油差しみたいな菓子入れ)、昭和の藤組茶托を、江戸時代の栗丸盆に載せた展示ケース。つくられた時代も場所も、意匠も全く異なる品々が、驚くほど調和的に収まっている。茶の湯って、取り合わせ=編集の美学なんだなあ、としみじみ思う。一方、ひとりで「取り合わせ」の美学を体現しているようなのが、尾形乾山の色絵絵替わり土器皿5客。楽しいなあ、これ欲しいなあ。

 最後に、渡辺始興筆『四季花木図屏風』。前日、Web上でこの作品を見て、堪らずに飛んできてしまった。紅葉とか桜花とか「琳派」的な愛らしさを守っている部分と、おそろしく乱暴な写実が同居している感じだ。私は、こういう「不調和」の美学も大好きなのである。会場では、ガラスケースが反射して、ちょっと見にくいのが残念。
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三色紙並ぶ!/三井家伝来 茶の湯の名品(三井記念美術館)

2009-04-19 23:37:25 | 行ったもの(美術館・見仏)
三井記念美術館 『三井家伝来 茶の湯の名品』(2009年4月15日~6月28日)

 三井記念美術館の「得意技」とも言うべき、茶の湯の名品展である。2005年の開館記念展以来、何度も足を運んでいるので、出品リストを見なくても、国宝・志野茶碗『銘・卯花墻(うのはながき)』とか、黒楽茶碗『銘・俊寛』とか、当然あれは出てるよね、これは見られるよね?という名品の数々が頭に浮かぶ。

 新しい発見もあった。道入の赤楽茶碗『銘・鵺(ぬえ)』。赤釉に囲まれた黒釉のカタマリの"景色"(見どころ)を鵺に見立てている。見込みの内側の、赤釉に茶の斑が散ったような色合いもいい。ノンコウ(道入)七種と呼ばれる名品のひとつだそうだ。あと、青磁らしからぬ青磁の碗が2点あって、ひとつはグレーに近い色合いの珠光茶碗『銘・波瀾』(南宋~元時代)。福建の産。もうひとつは黄土色に近い『人形手茶碗』(明代)。よく見ると浅い見込みの内側に、ひっかいたような素朴なタッチで、4つの人面が表されている。西洋絵画に出てくる顔だけの天使みたいで、かわいい。今回の展示で、私がいちばん「欲しい」と思ったお道具である。茶碗にするには小ぶりで浅めなので、わらび餅とか盛ってみたい(怒られるかな)。

 茶碗以外では『備前火襷水指』(桃山時代)の斬新さに唸った。むかしは全然違いの分からなかった茶入にもひとつずつ興奮するようになってしまった。備前肩衝茶入『銘・塩竃』は、小さくても"備前"の迫力を備えているし、薩摩耳付茶入は小さくても"薩摩(黒もん)"の気品に溢れている。余談だが、観客は意外と男性が多くて、私の前でおじさん二人が「すごいな」「すごいやろ~」と熱くささやきあっていた。

 もっとすごいのは茶掛けの書画。「三色紙」と呼ばれる『継色紙』『寸松庵色紙』『升色紙』が並んだ壁は、天下の絶景である。この展示室は、書画の説明を全て展示ケースの床(視野の外)に置いているので、無心で作品に正対することができる。この心遣いは、とてもありがたい。作品とともに見逃せないのは、表具の素晴らしさ。私のいちばんのお気に入りは『継色紙』である。書かれているのが「くるるかとみればあけぬるなつのよを/あかずとやなく山ほととぎす」(古今157・壬生忠岑)というホトトギスの歌で、これを、初夏の奥山を思わせる深緑の裂地でぐるりと囲んでいるのだ(一般的な三段表装でなく、丸表装)。あ、色紙と深緑の裂地の間に挟まれた、白っぽい紗(しゃ)の筋廻し(?)が、夏歌らしく涼を添えている(→軸装の名称)。それにしても「~あかずとや」までを折目の左に、「なく山/ほととぎ/す」を3行に切って右に散らし書きする『継色紙』の美学(バランス感覚)は、ほんとに面白いなあ…。「三色紙」の展示は前期(~5/17)まで。

 展示室の「仕掛け」としては、いつも茶道具フルバージョンの取り合わせが楽しめる茶室・如庵の復元展示室に、今回は、一山一寧の一行書と志野茶碗『卯花墻』だけを配した試みも面白かった。実際に人も入れるほどの空間に志野茶碗ひとつという、簡素で贅沢な展示法は、茶の湯の精神の粋のように感じられた。
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