見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2013歳末旅行・中尊寺(平泉)

2013-12-31 23:52:18 | 行ったもの(美術館・見仏)
28日(土)夜、寝台急行「はまなす」で雪の札幌を離れ、29日(日)未明に青森着。ちゃんと横になれる寝台を取ったのだが、よく眠れず、結局、翌日が使い物にならないことを認識。

新青森から「はやて」で一ノ関→平泉へ。年末なので、もう美術館や博物館は開いていないだろうと思ったが、神社仏閣なら参詣できるだろうと思った。

ところが、誤算だったのは、平泉町の観光名所をめぐる巡回バス「るんるん」が年末年始の運休期間に入っていたこと。え!平泉観光協会のホームページにもそんなこと書いてなかったぞ!

しかも、青森→八戸あたりで、いったん少なくなった雪が、北上あたりからまた多くなって、想定外の大雪。まあ、札幌から冬靴で来ているので、足もとは心配ないけど。

せっかくなので、タクシーで、中尊寺だけでも寄っていくことにする。運転手さんの話では、平泉周辺では、めずらしい大雪だそうだ。

広い境内では、お寺の皆さんが、男性も女性も総出で雪かきに追われていた。

まず2000年に新築された讃衡蔵という宝物館で、大きな三尊仏や経典などの文化財を拝観。

↓金色堂(の覆堂)。ここもタクシーの運転手さんが、最近、LED照明になって見やすくなったと言っていらした。金色堂って、屋根だけは板葺きだったんだなあ(でも屋根の反りの形がとても美しい)。


覆堂の屋根から雪がなだれて落ちてくるのが怖かった。

↓経蔵。中尊寺経の底本になったのが宋版一切経(当時の最新版)であることに何気に感激。


↓石灯籠のかたち通りに積もった雪。


↓弁慶堂。弁慶と義経の木像を祀る。どこに行っても弁慶は愛されてるなあ、日本人に。小柄な弁慶みたいなお兄ちゃんが、力強くお堂の前を雪かきしていた。


この日は仙台に一泊。仙台には積雪なし。

30日は、震災以来はじめて、宮城県・福島県を通過して帰京した。新幹線の車窓からは、のどかな田園と地方都市の風景しか見ることができなかった。

2013年の大晦日の夜も更けつつある。みなさま、よいお年を。
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2013クリスマスケーキ

2013-12-28 20:52:06 | 北海道生活
札幌で迎える初めてのクリスマス。

24日も25日も仕事で、デパ地下の閉店間際に慌てて駆け込んだが、どこも混雑してて、ケーキが買えなかった。

結局、1日遅れの26日に買って帰った「きのとや」のケーキ。ショートケーキもベークチーズ(正式商品名)も294円。東京の有名スイーツに比べると、かなり良心的。





今日は12月28日。これから寝台急行で帰省の旅に出ます。列車が動いていることを祈りつつ…。

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愛すべき出版人/岩波茂雄(中島岳志)

2013-12-27 00:16:30 | 読んだもの(書籍)
○中島岳志『岩波茂雄:リベラル・ナショナリストの肖像』 岩波書店 2013.9

 岩波書店の創業者である岩波茂雄(1881-1946)の評伝。冒頭に短い「はじめに」があって、著者が岩波茂雄に出会ったきっかけ、関心を持った理由が示されている。岩波書店は、日本右翼の源流『頭山満翁正伝』や筧克彦『神ながらの道』を出版する一方で、マルクスを翻訳出版し、講座派マルキストの潮流を形成した。岩波茂雄はリベラリストであると同時に熱心な愛国者でもあり、率直な人柄を多くの人々に愛された。「それでは、岩波茂雄という愛すべき出版人の生涯を追いたいと思う」という著者の晴れやかな宣言とともに、本書の幕が開く。

 幸か不幸か、私は「はじめに」を見落として、第1章から読み始めてしまった。著者の中島さんが岩波茂雄に対して、共感的なのか批判的なのか、全く手探りで読み始めた。岩波茂雄は、明治14年(1881)長野県諏訪盆地に生まれた。中学一年生のとき、父が急死し、進学をあきらめかけたが、尊敬する杉浦重剛に「請願書」を送り、日本中学に入れてもらう(こういう若者の行動力と、責任ある大人の義侠心がなくなってしまったなあ、日本は)。

 やがて一高に入学するが、二年生になった頃から、失恋、信仰、立身出世への懐疑、憂国の情などに煩悶し、しばらく野尻湖に浮かぶ小島で過ごしたりする。なんか面倒くさい男だなあ、と思いながら読む。むかし、丸谷才一さんのエッセイで、この時期の岩波茂雄に触れたものを読んだ記憶がある。最終的に一高を除名になるも、かろうじて勉強を続け、帝大の哲学科に入学。学生結婚。31歳のとき(1913年)女学校教員の職を辞して、岩波書店を創業し、「新刊図書雑誌及古書の売買」を始める。開店の翌年、台湾総督府図書館創設のための図書購入プロジェクト(総額一万円)が舞い込んできて、ようやく商売が軌道に乗った。へえー。岩波が集めた本は、今も国立台湾図書館にあるのだろうか。

 そして、当時の国民的人気作家・夏目漱石『こころ』の出版。のちに漱石の葬儀の日、岩波茂雄が便所に落ちて、みんなで泣き笑いするエピソードは、確か内田百間のエッセイにもあったと思う。以下、堰を切ったように、有名作家・評論家・学者・科学者が続々と評伝中に現れる。正岡子規、倉田百三、田辺元、三木清、芥川龍之介、河上肇。岩波が見出して抜擢した者もあれば、岩波を慕って寄って来た者もある。

 第3章では、1930年代、戦時体制に傾斜する時局を背景に、「リベラル・ナショナリスト」岩波茂雄の思想を深く探る。岩波は、明治維新→自由民権運動→政教社と続く「明治ナショナリズム」の喚起によって、自由な批評精神を圧迫し、権力による国民動員のイデオロギーへと転化しつつあった「昭和のナショナリズム」に対抗していく。要するに『坂の上の雲』ってこと?という感想が聞こえてきそうだ。うまく言えないけど、ちょっと違う気がする。岩波にとって「明治ナショナリズム」と「昭和ナショナリズム」の相克は、史観の問題ではなく、彼の人生を賭しての闘いとなる。

 1934年には『吉田松陰全集』を刊行し、少年時代から尊敬していた「リベラル・ナショナリスト」松陰を、偏狭な国粋主義者から「奪い返そうとする」。この表現を読んで、坂野潤治先生が『西郷隆盛と明治維新』を書くことで、西郷隆盛を「(右翼から)取り戻した」という表現を思い出した(※この本、今年の4月頃に読んだのだが、感想をまとめる機会を逸したまま)。なお、岩波の『松陰全集』刊行に噛みつき、言論攻撃を繰り返すのが蓑田胸喜である。このひとのことも、私のブログでは何度か取り上げている。岩波と蓑田は相容れないまま終わるが、戦後、蓑田が故郷で自殺したと聞き、岩波が「それでは蓑田は本物であったか」と言い、遺族に金一封を贈ったというのは、私のとても好きなエピソードである。また、公権力の側から、岩波の言論・出版活動に厳しい規制を加えた「内閣情報部」には、佐藤卓己さんの『言論統制』に登場した鈴木庫三がいたんだろうな、たぶん。

 岩波の、アジア諸国への真情にも打たれるものがある。単なる意見表明ではなく、中国人・朝鮮人学生に対する資金援助だけでもなく、商売の中で「岩波新書」という企画を実現してしまった点がすごい。「岩波新書は、日中戦争へのリアクションとして創刊された」のである。「この叢書には、中国を理解するに役立つものをたくさん入れよう」というのが、岩波とその周辺の企画者の意図だった。で、岩波新書の創刊第一冊はクリスティーの『奉天三十年』(上・下)なのか。これ、読みたい。「新書」に先立つ「岩波文庫」や「岩波全書」の創刊など、岩波書店って、新たな「メディア」の開発と実験に積極的な書店だったんだな、ということも本書によって再認識した。

 そして敗戦。脳溢血の発作。岩波は病床で総合誌『世界』を構想し、創刊する。1946年4月、死去。出版人・岩波茂雄の膨大な仕事の足跡を振り返り、最後に著者は「そんな岩波が、私はどうしても好きだ」と記す。たぶん「本」が好きな人間なら、この言葉に文句なく同意するだろう。「本」が好きということは、活字なら何でもいいというわけではない。やっぱり、時局に対する果敢な挑戦とか、伝統文化に対する敬意があってこその「本」なのだ。別に、紙の本がなくなってもよいが、出版媒体がどのように変わっても、岩波が頑固に守り続けた理想主義と批評精神は失ってほしくないと思う。
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未来が複数形だった頃/グローバル化の遠近法(姜尚中、吉見俊哉)

2013-12-26 00:39:29 | 読んだもの(書籍)
○姜尚中、吉見俊哉『グローバル化の遠近法:新しい公共空間を求めて』(岩波人文書セレクション) 岩波書店 2013.10

 おや、姜先生と吉見先生が新しい本を出されたのか、と思った。奥付には「2013年10月」発行とあるし、その隣りの吉見俊哉氏のあとがきにも「2013年9月」とある。以前にも似たようなタイトルの共著を出されたことがある筈だから、その続編と思って読めばいいのかな、と思った。

 ところが、読み始めたら、どうもおかしい。正確にいうと、最初の1章は、全く違和感なく読んでしまった。「政治経済」「文化政治」という二つの局面から「グローバル化」を捉えた問題意識は明晰で、ゆらぎや衒いがなく、水が浸みとおるように気持ちよく頭に入ってくる。だが、注意してみると、具体的な参照事例が「インターネット」「石原都政」「ハンチントン」など90年代末のキーワードで止まっている。それより新しい現象が全く出てこない。

 え?これは、と思って、巻末をめくってみたら「岩波人文書セレクションに寄せて」という二人の著者の短文の前に「2001年2月」付けの共著の「あとがき」があるのを発見し、本書の内容が雑誌『世界』に1999年から2000年にかけて連載されたものであることを確認した。なんだー。2001年、岩波書店刊行の旧著かよーと思って、一瞬、がっかりした。

 しかし、1章が面白かったので、そのまま読み進んだ。あらゆる面の変化が加速し、昨日の規範(スタンダード)が今日は打ち棄てられるような現代なのに、12年前の本が、なぜ今でも感銘を与えるのか。ひとつは、本書が、ある程度の「歴史の幅」を視野に入れて、目の前の現象を見ているからだと思う。大きくは、第一次大戦後に誕生し、冷戦期に完成する「20世紀システム」の視点。現在、われわれが目撃しつつあるグローバル化と「ナショナリズムの逆流」は、決して冷戦の終わりとともに突如として浮上してきたものではなく、両大戦の戦間期までさかのぼる、と本書はいう。特に、消費文化の広がり、階級やジェンダー、エスニシティのハイブリッドな状況について、そう言える。

 日本について考えるときは、1979年が重要になる。当時の大平政権は、戦後体制に幕を引き、「ポスト戦後」の国家思想を、官民協同ブレーンによる9つの『報告書』に残した。80年代以降の「改革」「変革」ラッシュは、この『報告書』に基づくものだという。ううむ、そうだったのか…。たとえば、今日の福祉政策の矮小化=政府の「公的扶助」は、民間の相互扶助に対して補助的役割を負うにすぎないという「日本型福祉社会」も、この『報告書』に示されたヴィジョンである。

 80年代の中曽根政権が牽引した「国際化されたナショナリズム」(日本文化とその国民性は世界に向けて発信されなければならないという、アクティブなナショナリズム)も同様である。その末流に石原慎太郎の東京都政が誕生する。

 本書は、「国際化/国粋化」の同時進行に危惧の念を示しながら、一方で「グローバル化」がもたらすかもしれない、新しい公共空間を、希望を込めて描き出してもいる。「反基地」「反開発」を掲げる沖縄のボーダーレスなネットワークを象徴として。

 21世紀初めの「グローバル化」には、天国にも地獄にも通じる、両義的な可能性がまだ残っていた。今の閉塞した状況を見ると、私たちは、どこかで最悪の選択をしてしまったのだろうか。2013年9月付けのあとがきで、姜尚中氏は、同様のことを語りながら「それでも、世界はひとつではなく、それだけが現実でないことを知ってもらうために、本書は今でも一読の価値があると信じている」と結んでいる。

 かつて、私が子供だった頃、「世界はひとつ」というのは、明るい未来を信じる合言葉だった。グローバル化の進行が人々を追いつめる現在、「世界はひとつではない」ことに希望を託さなければならないのが、なんとも皮肉である。
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弘前・プチ旅行(買ったもの)+クリスマスリース2013

2013-12-25 00:09:39 | 行ったもの(美術館・見仏)
2日目は、弘前に住んで8年になる友人の案内で、地元民に愛されるギャラリーや民芸屋さん、観光ガイドに載らない小さな神社やお寺、市場などを回った。

買ったものいろいろ。竹かごは「三上幸男竹製品販売センター」にて。


郷土玩具の「弘前馬コ」を模したらしい布製の馬は、葦毛っぽい生地が気に入って買った。

『平家物語』で葦毛(灰色)の馬といえば?と思って調べたら、木曾義仲に最期まで連れ添う愛馬が「鬼葦毛」だった。また、美少年敦盛が乗っていたのも「連銭蘆毛」(灰色の斑〔ブチ〕なのかな)とある。しかし、この子↑の呑気な表情は、平宗盛の愛馬「南鐐」(白葦毛)が似合いかも。源三位頼政の家人渡辺競が、三井寺に馳せ参じるに当たって、宗盛からだまし取っていく馬だ。

藤田記念庭園の大正浪漫喫茶店で半額セールになっていた、小さなクリスマスリース。


今年は札幌で、いいリースが見つからなくて諦めていたが、500円なら損にもならないから、まあいいか、と思って、昨日から玄関のドアに飾っている。写真ほど安っぽく見えない。

「肉の富田」のカツサンド。弘前っ子のソウルフードのひとつである由。遅い昼食にした。


↓以下、恐怖画像(?)のため、閲覧注意。


道の駅で売っていたサメの頭。2個で50円。


友人の話では、市内のスーパーでも普通に売っているそうだ。怖い…。
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弘前・プチ旅行(食べたもの)

2013-12-24 23:11:38 | 行ったもの(美術館・見仏)
嶽温泉・山のホテルの夕食。

林檎クリーム焼き。茶碗蒸しにもリンゴが入っていてびっくりした。


名物のマタギ飯。立ち寄りでも食べることができる。


お酒は斎藤酒造の「松緑」。これ、かなり好きな味だわ~。

お風呂は硫黄の匂いの濃い濁り湯で、温泉らしさを満喫した。

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弘前・プチ旅行

2013-12-24 23:10:59 | 行ったもの(美術館・見仏)
むかしの友人が弘前で暮らしていることが分かって、札幌から遊びに行った。

ケンカ別れしたわけでも何でもないのだが、仕事や住まいが3~4年ごとに変わるので、連絡を怠っているうち、音信が取れなくなって、気がついたら13年も経っていた。それでも彼女が私を探し出してくれた。

土曜日の昼に札幌を出て、特急「スーパー北斗」と「スーパー白鳥」を乗り継いだ。鉄道の長旅は、ゆっくり本が読めて嬉しい。函館で乗った「スーパー北斗」は、初めての青函トンネル(意外と短かった)を経て、本州側に渡った。青森駅から普通列車に乗り継ぎ、すっかり暗くなった頃、弘前に到着。駅前のホテルで1泊。

翌日、目が覚めると外は雪景色。友人の運転する車で、市内を観光した。

雪の弘前城公園。


一瞬だけ山頂が見えた岩木山。このあと、また、ふぶき始めた。


弘前には、趣きある洋風建築が多い。弘前市立観光館の隣りにある旧弘前市立図書館は、明治39年(1906)竣工。設計・施工は堀江佐吉。


泊まりは嶽温泉。
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餅と煎餅の国/地元菓子(若菜晃子)

2013-12-18 22:31:55 | 読んだもの(書籍)
○若菜晃子『地元菓子』(とんぼの本) 新潮社 2013.5

 橋本麻里さんの『変わり兜』を買おうと思って、隣りを見たら、この本が置いてあった。表紙は、水に浸かったカエルの卵みたいな、白いお椀(杯)に入った葛まんじゅうの群れ。あ、小浜の葛まんじゅうだ、と思って、中を見たら、懐かしいお菓子の写真が並んでいる。見たことがある、ない、に関わらず、とにかく「なつかしい」小さなお菓子ばかり。

 そして、若菜晃子さんの名前には見覚えがあった。暮らしの手帖別冊『徒歩旅行』の文章を書かれていたライターさんだ。気負わず、気取らず、控えめだけど芯のある、清々しい文章を書かれる方だと記憶していたので、本書も買ってしまった。

 巻末の「お店一覧」に並んでいる名前掲は、ざっと120店ばかり。でも、おそらくもっとずっと多いお店の店頭や商品の写真が掲載されていると思う。私が訪ねたことのある街は少なく、知っているお店や商品はさらに少ない。だって、観光ガイドに載ったり、都会のデパートの物産店に招かれるような銘菓でない、その地域の住人にだけ愛される「地元菓子」の写真を、著者は大切に撮り集めているのだ。まさに一期一会のお菓子ばかり。

 途中に挟まれた1頁エッセイ「ドロップ」や「お汁粉」になると、どの街のどのお店の話なのかさえ、曖昧模糊として分からない。それなのに、不思議と共通体験を掘り起こされる気がする。

 上品な干菓子、「擬似洋風」の昭和な洋菓子もいいけれど、いちばん食べたいと思ったのは、伝統的な餅菓子だ。やっぱり巡礼街道の神社や仏閣の門前で売られているものがおいしそう。丸めたり、延ばしたり、焼いたり。葉っぱに載せたり、くるんだり。中は小豆餡が最高。

 久しぶりに、ああ、この国に生まれてよかった、という素直な感慨を持った。
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全部載せの美学/変わり兜(橋本麻里)

2013-12-17 23:47:45 | 読んだもの(書籍)
○橋本麻里『変わり兜:戦後のCOOL DESIGN』(とんぼの本) 新潮社 2013.9

 「変わり兜」を中心に、鎧、陣羽織など戦国武士のファッション約65点(数えてみた)を紹介。写真中心で、解説や読み物ページは最低限に抑えている。写真の背景も白かグレーの単色とし、徹底して「モノ」に視線を集中した構成がすがすがしい。

 私が「変わり兜」の存在を知ったのは、たぶん橋本治氏の『ひらがな日本美術史』が最初ではないかと思う。いま検索したら、安土桃山時代を扱う第3巻に「変わり兜」の章があるらしい。1999年刊行だから、私はもう30代も終わりの頃だ。それまで、こんな斬新で珍妙な造形が日本の美術史(ファッション史)に存在するなんて、考えたこともなく40年近くを生きて来たので、はっきり言って、度肝を抜かれた。日本美術は「わび」「さび」「いき」だけではないぞ、と思い始めたのは、この頃だ。本書の著者の言葉を借りれば、「日本の美の『B面』」の発見ということになるだろう。

 以来、気をつけていると、東博の常設展とか名古屋の徳川美術館とか、細川家ゆかりの永青文庫などで、ときどき「変わり兜」に出会うようになった。本書にも、それらは収録されている。でも、見たことのない兜の写真がずいぶんあった。やっぱり大名家→地方の博物館に所蔵されているものが多いんだな。林原美術館(岡山)とか、秋田市立佐竹史料館とか、彦根城博物館とか。神社や寺の所有となっているものも多い。

 「戦後時代」や「戦国武士」については、2~4ページほどの4つの読み物が用意されている。洛中洛外図や合戦図屏風などのビジュアル作品をもとに語っているので、歴史が苦手でも大丈夫。途中に『後三年合戦絵詞』の、馬に乗った大鎧姿の武士の後ろ姿をアップにした挿絵があり、しばし見入ってしまった。私は、ぶっ飛んだ変わり兜も好きだが、大鎧の優美でスタイリッシュな造形も好きなのである。

 本題に戻ろう。私好みの変わり兜を挙げるなら、カッコイイと思うのは、戦国流行の「双角」デザイン。黒田長政所用『黒漆塗桃形水牛脇立兜』。大河ドラマ『風林火山』で山本勘助が被っていたのも双角兜だった。しかし伝・天海所用『麒麟前立付兜』になると、違う世界に行っちゃっている気がする…。黄金のムカデをつけた『鉄一枚張南蛮鎖兜』や蝶をつけた『鉄六枚張桃形前付臥蝶兜』も好き。どちらも民博所蔵。

 色はやっぱり黒が決まる。モノトーンという「引き算の美学」と造形の冒険が激しくぶつかりあっているところがよい。池田光政の『黒漆塗雁金形兜』『黒漆塗鯖尾形兜』は、どちらも「マジンガー系」。この用語の自由さも、本書の楽しみ。「丸ごとウサギ載せ」とか「黄金のサザエでございまーす」というキャッチコピー、実物を見てみたいでしょ?

 じわじわ笑えたのは、黒田如水(官兵衛)所用の『銀白檀塗合子形兜』という、要するに「お椀を伏せて、そのまま頭にかぶっているように」見える兜。来年の大河ドラマ『軍師官兵衛』のタイトルバックにも使われているが、主演の岡田准一に似合うのだろうか。

 陣羽織は3点だけだったが、これはこれで面白いはず。もっと見たい。
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江戸と中国の視座から/史論の復権(與那覇潤対論集)

2013-12-16 23:55:00 | 読んだもの(書籍)
○與那覇潤対論集『史論の復権』(新潮新書) 新潮社 2013.11

 與那覇潤氏が7人の論客とおこなった対論(対談)集。ホストの與那覇氏が著書『中国化する日本』で話題の歴史学者であることは承知している。だが『中国化する日本』は、手に取ってパラパラめくってみたものの、あまり気持ちが動かなくて、読んでいない。ゲストの7人(中野剛志、中谷巌、原武史、大塚英志、片山杜秀、春日太一、屋敷陽太郎)のほうに、ファンだったり、好きじゃないけど気になるメンツが入っていたので、読んでみることにした。

 幸い、與那覇氏は、中野剛氏との対談の冒頭で「中国化」の意味するところを概説してくれている。與那覇氏のいう「中国化」とは、約一千年前に宋朝の中国で始まった「元祖グローバル化」であり、その特徴は「経済のみの自由化と政治の不自由化」である。こうした宋の特徴(←詳細略)は、以降の(中国の)王朝にも原則として受け継がれており、それは現代のグローバル社会と驚くほど似ている、という。

 う~ん。ここでちょっと首をかしげた。私は宋代の政治社会史には、そんなに詳しくない。諸説あって、明確な像が結べないのだ。しかし、以後、元・明・清と続く諸王朝を「(宋の国体が)原則として受け継がれ」というのは、ずいぶん大雑把なつかみだなあと思った。「経済のみの自由化と政治の不自由化」というのは、逆にいまの中国の特徴を前提にして、中国史を見るから、あたかもそこに連続する「国体」があるように見えるんじゃないかと思う。

 中谷巌氏との対論では、グローバル化を「アメリカ化」と呼んでしまうと「アメリカは先進国だし、日本の同盟国だし、自由と民主主義の国なんだから、そでいいじゃないかとなってしまう」。「むしろ、『グローバル化の正体は、実はアメリカ化ではなく中国化です』と言われた方が、グローバル化の孕む問題に気づくかもしれない、そういう趣旨での命名ですから」とも語っているが、トリッキーすぎないかなあ。私はむしろこの命名は、今日のグローバリゼーションの本質を糊塗する結果につながるように思う。

 今日のアメリカの政治的、文化的、軍事的影響力は「帝国」とも呼ばれるほどだ。われわれの生活を脅かすグローバル企業は、この帝国の庇護のもとで成長してきた。一方の宋は、いちおう統一王朝に数えられているとはいえ、領土の北半分を異民族に奪われ、南方に逼塞してなんとか延命した王朝である。契丹・金・西夏・大理・モンゴルなどの諸国が並び立ち、唯一無二の存在である「中華皇帝」という虚構が綻びた時代ではないかと思っている(このイメージは主に中国の武侠ドラマに学んだので、根本的に間違っていたらすみません)。

 與那覇氏は「中国化」の対比概念に「江戸化」(地産地消、安定した生活基盤)を措くのだが、宋代って、中国史の中では、比較的日本の江戸時代に近いのではないだろうか。

 「中国化」の話が長くなってしまったが、本書では、後半のメディア文化に関連する対論が面白かった。片山杜秀氏との小津安二郎論。「小津=日本的」という見方をひっくり返して、小津の「作為」「ブルジョア趣味」「モダニズム」を論ずる。

 映画史研究家の春日太一氏とは時代劇を語る。與那覇氏は、東宝は「江戸的」で、東映は「中国的」という見立てを提示するが、春日氏は「おっしゃる意味は分かります」と受け流しつつ、人と人のつながりが濃厚な東映のほうが「江戸的」で、合理的・個人主義的な東宝は「アメリカ的」という、全く異なる見解を示す。これって要するに「江戸的/中国的」という見立て理論の浅さを露呈しているのではないかな。春日氏が、文化庁の映画政策を批判して、補助金は「個人」に与えるのではなく、撮影所など「場」や「集団」にこそ出すべき、と提言しているのは、たいへん興味深かった。「安定をなくさないとチャレンジする人が出てこない」というのは嘘で、最低限の生活の保障があってこそ、スタッフは新しいことを先輩から学び、冒険することができる。映画に限らず、ものづくりの現場を見て来た人なら、たぶん同じことを言うだろうと思った。

 最後は、NHKの屋敷陽太郎氏と大河ドラマを語る。このひとは『篤姫』『江』など、私の好みと相容れない作品を作っている方なので、どこが合わないんだろう?と興味津々だったが、結局、よく分からなくて、何も残らない対論だった。むしろ、前述の春日太一氏が、エンターテインメントには「絶対悪」が必要だ、と書いているのは、同意できないけど、面白かった。大河ドラマ『平清盛』が失敗した理由の一つもこれで、「登場人物を数多く出して、そのほとんど全てに内面のドラマを用意」したことにより、「視聴者は何を、誰を見たらいいのか分からなく」なってしまったという。確かに納得。でも2時間ドラマや1クールドラマならともかく、1年間の大河ドラマに「絶対悪」の存在って、どうなのかなあ、という疑問も感ずる。少年期から、「悪」にも理由があるというアニメやマンガで育った世代としては。
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