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見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

厦門(アモイ)2018【初日】成田→厦門

2018-04-30 22:46:42 | ■中国・台湾旅行
 いまの職場に異動して1年が過ぎた。最初の1年で分かったのは、夏に休みを取れる可能性が極めて低いということで、今年は何とかゴールデンウィークに休みを取って、どこかへ出かけようと考えてきた。最終的に選んだのは、中国・福建省の厦門(アモイ)に滞在する3泊4日のパッケージツアーである。

 初日は早起きして、成田から出発。搭乗員のつかないツアーなので、ひとりで厦門行きの便に搭乗する。まわりは大きなお土産バッグを持った中国人ばかり。厦門空港で、現地ガイドの王さんと、私以外の5人のツアー参加者に合流した。まだ日の高い昼下がりなので、ミニバンの専用車で初日の観光に出かける。

 空港のある厦門島から厦門大橋を渡り、大陸の入口にあるのが「集美学村」。来てみて初めて知ったのだが、華僑の陳嘉庚氏の寄付によってつくられた広大な学園都市である。自然と調和した環境、古典的な西洋風の建築も見どころで、観光スポットになっている。↓大きな湖を前にした建物は中学校。



 再び橋を渡り、厦門島の南部にある南普陀寺(なんふだじ)へ。労働節(5月1日)前日で、すでに街中が休日モードのため、人も車も多い。途中から大渋滞で、車が全く動かなくなってしまった。南普陀寺は、唐末五代の頃に禅僧が庵を結んだことから始まるという古刹だが、建物はピカピカに新しかった。



 禅寺といえば、やっぱりこれ。開梆(かいぱん)。



 島の西部に移動して、海の見えるレストランで夕食。砂浜の向こうに「台湾が見える」とガイドさんが言うので、え?と思ったが、むろん台湾本島ではなく、台湾に属する金門島のことだった。これは…想像以上に近い。



 おまけ。南普陀寺に近い道路にあった「24時間自動図書館」。向かいが厦門大学だったので、大学図書館の一部?と思ったが、公共図書館が運営しているらしい。2013年には既にニュースになっていた。参考:ライブドアニュース「24時間自動図書館」の設置進む=中国福建省の思明区」(2013/7/3)



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日本美術史のアップデート/雑誌・芸術新潮「最強の日本絵画100」

2018-04-28 23:55:10 | 読んだもの(書籍)
○雑誌『芸術新潮』2018年5月号「これだけは見ておきたい/最強の日本絵画100」 新潮社 2018.5

 絵画に限らず、この手の企画が大好きである。『芸術新潮』には「神社100選」があったし、文学畑では丸谷才一さんに『近代日本の百冊を選ぶ』や『千年紀のベスト100作品を選ぶ』があった。どんな分野でも最高級品が100も並ぶと、その圧倒的な祝祭性に目くらましされて、1つや2つ、自分の推しが入っていなくてもどうでもよくなってしまう。とにかく目出度く、もったいない1冊である。

 時代は古代から現代まで。チーフナビゲーターを山下裕二先生がつとめ、古代から鎌倉時代まで(26作品)は泉武夫さん、室町時代から江戸時代まで(43作品)は狩野博幸さん、明治時代以降(31作品)は野地耕一郎さんとの対談形式で進む。時代区分ごとに山下先生と対談者の「偏愛ベスト3+α」のコラムがあるのも楽しく、今回は1点ものの肉筆絵画から選んでいるため、別枠で「最強の浮世絵8選」が建てられている。また100作品は物故者に限られているため、最後に現役作家4人の作品が番外編として紹介されている。実に手厚い目配りである。

 「これだけは見ておきたい」100作品は、だいたい見たことのある、少なくとも存在を知っている絵画だった。知らなかった作品を挙げていくと、まず東寺の『西院曼荼羅』(両界曼荼羅)。何度も見ているのだが、絵画的な鑑賞をしたことがなかった。金剛峯寺の『仏涅槃図』(応徳涅槃図)も記憶にない。和様の仏画の誕生を感じさせる、優雅な色合い。選外だが泉先生が「個人的に好きな作品」という『親鸞聖人絵伝』(西本願寺蔵)も興味深い。画巻ではなく縦型の掛物なのだな。箱根山の雪景色が美しい。

 中世後期~近世では土佐光起の『秋草鶉図屏風』(名古屋市博物館)を知らなかった。『八千代太夫図』(角屋保存会)も。池大雅『漁楽図』(京博)、浦上玉堂『凍雲篩雪図』(川端康成記念会)は見ているかもしれないが記憶にない。近代絵画では、菊池容斎『呂后斬戚夫人図』(静嘉堂)に驚く。これは…残酷すぎて、なかなか展示できないだろうなあ。不染鉄の『山海図絵』(木下美術館)は見ていない。よく知らない画家で、昨年、東京ステーションギャラリーでやっていた展覧会を見逃してしまった。田中一村『アダンの海辺』(岡田美術館)も気になりながら、見ていない。

 よくぞこれを選んでくれた!と大喜びしたのは、平安仏画の『五大力菩薩像』(和歌山・有志八幡講十八箇院)。本物のサイズ感を思い出すと身震いするやつ。『花園上皇像』(長福寺)が入っていたのは笑ってしまった。『かるかや』(サントリー美術館)もうれしい。南画は苦手という山下先生が、例外的に選んでくれた林十江の『蜻蛉図』(茨城県立歴史館)と選外に挙げた霊彩『寒山図』(大東急文庫)は私も好き。五姓田義松『老母図』と山本芳翠『浦島図』は、ほんとによくぞ選んでくれたなあ。地味に福田平八郎『雨』も好き。

 逆に、これが外された!と悲憤慷慨したものは、実はあまりないのだが、園城寺(三井寺)の『黄金不動明王画像』(黄不動の原本)は秘仏で写真を載せられないということで選外になっている。残念。鏑木清方は山下先生が『一葉女史の墓』に固執しているが、私は野地先生の推す『妖魚』がよかった。そういえば、片岡球子が入っていないのかあ。黒田清輝は『智・感・情』でなく別の作品がよかったなあ、など、近代絵画は、見ているとだんだんいろいろなことが言いたくなる。

 あと、中国絵画(日本にある)が対象外とされているのは当然のようだけど、昨年の「国宝展」では、中国伝来の絵画も茶器も来日中国僧の墨蹟も日本の「国宝」のうちだった。本書は、わりと注意深く「日本的なもの」を選り分けようという意識が感じられる(高松塚古墳壁画とか、藤田嗣治の絵に関する言及)。日本美術史にはいろいろな視点があることを考えておきたい。

 対談形式で進む、選者たちの作品評は読みごたえがある。気楽な言葉で、本質をついた批評、気になる発言を多々されている。これは、編集さんがよい仕事をしているのだと思う。狩野先生の「二曲屏風を絵画として成立させたのが宗達です」は考えたことがなかった。「近世絵画は国宝少なすぎ」は本当にそうだと思う。ちなみに本書の100作品のうち、平成30年度の新指定で若冲の『果蔬涅槃図』が重文になり(ゆるい重文w)、表紙を飾っている金剛寺の『日月山水図屏風』は国宝になった。おめでとうございます。
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地味にスゴイ国宝茶碗3件/大名茶人・松平不昧(三井記念美術館)

2018-04-26 21:32:59 | 行ったもの(美術館・見仏)
三井記念美術館 没後200年 特別展『大名茶人・松平不昧-お殿さまの審美眼-』(2018年4月21日~6月17日)

 不昧(ふまい)こと松江藩第七代藩主・松平治郷(はるさと、1751-1818)の没後200年を記念する特別展。不昧が愛蔵した名品の数々、さらに自筆の書画や好んで作らせた器などを紹介する。近世の茶の湯は、あまり得意分野ではないなあと思いながら行ってみた。

 冒頭にはキラキラした『油滴天目』。きゅっと締まった小ぶりの茶碗で、金の覆輪が輝きを添えている。古田織部、松平不昧の旧蔵品で、現在は九博の所蔵品(国宝)であるが、九州へ行っても、いつも見られるわけではない。これは思わぬ眼福だった。茶道具がいろいろ並ぶ中に『玳玻盞 梅花天目』(相国寺・国宝)は地味に埋もれていた。不昧は朝鮮の茶碗を好んだようで、井戸茶碗、斗々屋茶碗は目立って多かった。これらは朝鮮の日用雑器として作られたもので、素朴で侘びたたたずまいが魅力だというが、私はどうもよく分からない。最大の注目は大井戸茶碗『銘:喜左衛門井戸』(大徳寺孤蓬庵・国宝、5/22まで)だろう。え?国宝の茶碗は8件しか存在しないのに、そのうち3件がここに来ているということ?と気づいて驚く。

 『喜左衛門井戸』は、比較的大ぶりで、茫洋とした雰囲気を持つ。口輪は水平でなく適当に歪んでいて、高台まわりの梅華皮(かいらぎ)釉が目立ち、決して「きれい」な姿ではない。裏側には、魚形あるいは木の葉形?の釉薬の抜け(火間)がある。ネットで検索すると、不穏な「呪い」の伝説まで持つようだ。好きな人にはたまらないのだろうなあと思って、ぼんやり眺める。

 個人的には、長次郎の赤楽茶碗『銘:無一物』(潁川美術館)を見ることができて嬉しかった。赤というよりピンクに近い薄い色で、半透明の白い釉薬が掛かっている。本阿弥光甫の『信楽芋頭水指』(湯木美術館)は斬新な造形感覚に驚いた。ほぼ球形で、椰子の実の上下を切って立たせたようなかたちをしている。包帯を巻いたように立ち上がっていく表面の切れ味も鋭い。本阿弥光甫は光悦の孫で、空中斎と号し、信楽焼を得意としたという。いいものを見せてもらった。

 もうひとつ、私が喜んだのは茶掛けの書画の数々である。東博や京博から集められてきた墨蹟がすごい。虚堂智愚の『与照禅者偈頌』は一字一字が個性的で、魅入られてしばらく前を動けなかった。いや、今さら何を言っているかという話である。国宝だし。これは、京の豪商が所蔵していたとき、丁稚が倉に立て籠もり、主人の愛蔵の茶器を壊し、本作を切り破って自殺した事件があって、以来「破れ虚堂」と呼ばれているという。くわばらくわばら。無準師範(国宝)、兀庵普寧(重文)もあり。さらに中国絵画は梁楷筆『李白吟行図』が東博からおでまし(-5/4まで)。そういえば、これが松平不昧の旧蔵品だということは、どこかで見たなと思い出した。2017年の東博『茶の湯』展だったようである。牧谿筆『遠浦帰帆図』(京博、-5/11まで)が見られたのもうれしい。題名どおり、画面の右半分の靄の中を二艘の舟が、大きく帆をふくらませて走っている。

 不昧自身の書画や著書もいろいろ出ており、不昧が隷書を好んだ(得意とした?)という解説が面白かった。古い書体であることは承知しているが、日本の茶人や文化人の間ではいつ頃から流行するのだろう? 書籍は、出光美術館所蔵の『雲州蔵帳 貴重品目録』や島根大学附属図書館所蔵の『古今名物類聚』が出ていた(島根大のものは版本?)。関係の深い芸術家として、原羊遊斎の蒔絵(棗など)がたくさん出ていたのと、谷文晁筆『雲州侯大崎別業真景図巻』が印象的だった。不昧が隠居した、松江藩の江戸下屋敷が大崎にあったことを初めて知った。「茶室テーマパーク」みたいな巨大な庭園を有していたらしい。うらやましい。あと不昧公については『豆腐自画賛』が好き。豆腐の絵に「世の中はまめで四角でやわらかで豆腐のようにあきられもせず」という和歌を添える。民間の口碑らしいが、洒脱でやわらかな人となりが想像できる。

 余談だが、三井記念美術館を出て、中央通りを渡って日本橋方面に歩くと「にほんばし島根館」がある。「不昧公好み」の松江の和菓子が食べたくなったので寄ってみた。松江三大銘菓といわれる「若草」「山川」「菜種の里」のお得なセット(島根館限定)もあったが、彩雲堂の「若草」3個入(※不昧公二百年祭記念パッケージ)にした。特別展の期間中だけでも三井記念美術館のカフェやミュージアムショップとコラボしてくれればいいのに、惜しまれる。
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最強の芸術家兄弟/光琳と乾山(根津美術館)

2018-04-24 22:53:51 | 行ったもの(美術館・見仏)
根津美術館 特別展『光琳と乾山:芸術家兄弟・響き合う美意識』(2018年4月14日~5月13日)

 光琳か。『燕子花図屏風』の季節だものな、くらいの気持ちで行ったら、とてもいい展覧会だった。尾形光琳(1658-1716)と尾形乾山(1663-1743)は、5つ違いの芸術家兄弟。ときに相反し、ときに響き合う美の世界と美意識の交流を探り、それぞれの魅力を見つめ直す企画である。同様のテーマを掲げた、2007年の出光美術館の展覧会『乾山の芸術と光琳』も面白かったことを記しておこう。

 はじめに光琳の屏風作品5件から。展示室に入ったとたん『燕子花図屏風』が目に入るが、冒頭は『秋草図屏風』(サントリー美術館)である。全く存在を意識したことのない屏風だったけど、とてもいい。細部に注目すると、気になるのは菊。普通に描かれたもの、エンボス加工みたいに立体的なもの、黄色やピンクをただ丸く塗って「花」を示したものもある。茎や葉も、緑色で描いたものと、墨の濃淡で描いたものがある。一方、ススキの茎と葉を金泥だけで描いたものも。とにかく発想が自由だ。

 『燕子花図屏風』は何度も見ているが、少しずつ印象が違う。パターン模様みたいな作品だと思っていたのに、今回、右隻を近くでまじまじ眺めたら、花の傾きや葉のゆらぎが、リアルな自然風景のように思えてきた。あと、右隻のほうが明るい青が多く、左隻は紺が強い。『夏草図屏風』は、金屏風の右上から左下へ、流れ落ちるような夏草の列が贅沢で豪奢。『太公望図屏風』(京博)と『白楽天図屏風』は、造形感覚がとんがりすぎてて奇妙、でもほのぼのして大好き。アクセントの金色が効いている。光琳屏風の名作をこんなに一度に見せてもらって感謝しかない。

 そして普通の書画に続くのだが、『李白観瀑図』(ブリヂストン)『黄山谷愛蘭図』(MOA)『兼好法師図』(MOA)と、よくぞ見つけてきてくれた!と心ときめく作品が並ぶ。このおじさんトリオ、座り方がそれぞれ可愛い。李白は表情もいい。次に光琳画・乾山作の『銹絵寒山拾得図角皿』(京博)が登場する。巻物を広げた寒山と箒を持った拾得。寒山は光琳、拾得は乾山になぞらえられるという(この説、『乾山の芸術と光琳』でも言及されていた)。第1室は、乾山のやきものは数点しかないのだが、『銹絵牡丹図角皿』(MIHO)や『銹絵楼閣山水図四方火入』(大和文華館)など、きわめつきの名品が並んでいて嬉しかった。

 第2室は乾山の書画を特集。『定家詠十二ヶ月和歌花鳥図』のように、乾山のやきものと結びつく書画もあれば、そうでないものもあった。伝統に倣った破墨山水図もあれば、巧拙を超越したような墨画もある。「個人蔵」の表記が目立ったが、乾山の書画のコレクターがいらっしゃるのだろうか。『滝図』には「七十歳」、『波図』には「八十一老翁」の書き入れがあった。『波図』の「招き猫の手」のような波頭(この表現、うまい)は『武蔵野隅田川図乱箱』(大和文華館)の内箱の絵とよく似ている。

 これで終わりかー。もう少し乾山のやきものがあってもよかったな、と思いながら上の階に上がったら、特別展がまだ続いていて、第5室が乾山のやきもの(絵のあるうつわ)の特集になっていた。お見それしました。銹絵もいいし、色絵もいい。注目の品のひとつが『銹絵蘭図角皿』で、表書は「画師渡辺素信」に書いてもらったという乾山自筆の注記が裏面にある。表の画賛は素信=渡辺始興の筆であるということだ。

 私がいちばん気に入った作品は『色絵菊流水図角皿』。縦横が30センチ近くある最大級の角皿で、右上から左下に下る流水文を藍色で描き、左上半分に籬の菊の絵が添えられている。この菊が、黄色い丸と墨色(何故?)の丸の集まりなのだ。でも菊だと分かるのが面白い。そして、角皿の右側面と左側面は流水文なのに対して、左側面には菊花が描かれている。(上側は見えず)。片身替わりの着物みたいで、とってもお洒落。イセ文化財団所蔵の文字を見て、ああ、イセコレクションか…(さすが)と思った。

 湯木美術館の名前もいくつか見た。『銹絵染付絵替筒向付』10客は、なるほど日本料理店「吉兆」の創業者・湯木貞一のコレクションにふさわしい。でもこれ、どんな料理を盛り付けるのだろう。向付や蓋物は、どうしても料理の取り合わせを考えてみたくなる。

 第6室は、全体にさわやかな「初風炉の茶」。庭園の燕子花(なのか?)は咲き始めというところだった。
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出土文献のインパクト/中国古代史研究の最前線(佐藤信弥)

2018-04-23 23:54:48 | 読んだもの(書籍)
〇佐藤信弥『中国古代史研究の最前線』(星海社新書) 星海社 2018.3

 近年、中国大陸では、金文・竹簡・帛書などの文字資料(出土文献)が陸続と発見され、古代史の研究状況が劇的に進展している。にもかかわらず、日本の教科書などは、十分なアップデートができていないという。本当なら残念なことだ。本書が扱う年代は、前21世紀頃から前1世紀頃まで。「夏、殷」「西周」「春秋」「戦国、秦、前漢の武帝の頃まで」を各章で取り上げ、中国古代史研究の進展を総合的に概観するとともに、各時代特有の問題がよく分かる構成になっている。

 第1章は、殷王朝の話題から始まる。私も高校時代に「甲骨文字は漢方薬から」というエピソードを聞いたくちだが、甲骨文の発見にはいくつか異説があるそうだ。王国維は伝世文献と出土文献を照らし合わせる手法によって、殷王の系譜研究に取り組んだ。ただし、伝世文献と出土文献の立場は対等ではなく、後者は前者を検証するための材料であったことに注意が必要である。この背景には、伝世文献に対する「疑古」の風潮への批判があった。確かに伝世文献への安直な信頼(信古)は問題だが、疑えばいいというものでもない。

 殷墟の発掘の進展によって、殷王朝の実在は考古学的に認められた。私は、安陽の殷墟博物館には2005年に行ったことがある。「軍隊を率いた王妃」である婦好の墓と埋葬品を見たことは記憶していたが、彼女が「出土文献にしか名前が見られない人物」だというのが興味深いと思った。あと、甲骨文と殷墟に関して、日本の学者(特に東京帝大系)に懐疑論が強かったということも初めて知った。

 殷の1つ前の王朝は夏である。中国では20世紀末に「夏商周断代工程」(断代=年代の確定)というプロジェクトが実施されて研究が進み、21世紀に入ると、日本の研究者も、二里頭遺跡(河南省偃師市)を拠点とする勢力が殷以前の王朝であると認めるようになった。ただし、伝世文献に見える夏の諸王の実在を証明する出土文献が見つかっているわけではない。「殷以前の王朝の実在」を「夏王朝の実在」と同一視してよいのかといえば、大いに問題がある。この論点はよく分かった。なお、四川省の三星堆遺跡についても、『華陽国志』『蜀王本紀』に見える「古蜀王国」との関係が指摘されている。「中国考古学の文献史学指向」は、研究者的には自戒ポイントらしいけれど、素人には魅力的に見える。

 次に西周については、青銅器の銘文(金文)が重要である。しかし金文紀年による西周王年の復原には、さまざまな異説があり、「夏商周断代工程」の年表は、新発見があるたびに修正を迫られているという。また、青銅器には、非発掘器をどう扱うかという問題がある。出土の経緯が分からない骨董品の場合、偽器偽銘の疑いがつきまとうためである。これについては、もちろん注意は必要だが、むげに排除する必要はないのではないかと思う。近年、中国の博物館が、積極的に青銅器を購入しているという話も面白かった。

 春秋史の研究は、他の時代とは異なり『春秋左氏伝』(左伝)の読解に尽きる状況だという。竹簡、盟書(玉製あるいは石製)、金文など、数少ない新史料が紹介されていて興味深いが、伝世文献の解釈に大きな影響を与えるような出土文献は出現していない。

 最後に戦国秦漢期については、1970年代以降、貴重な考古学的発見が相次いだ。秦始皇帝陵の兵馬俑も、曾侯乙墓も、馬王堆漢墓も70年代の発見である。もし自分が百年前に生まれていたら、これらの存在を知ることもなかったのだなと思い、感慨を深くする。正直にいうと、私は出土文献より出土文物に興味があるので、陵墓の構造とか副葬品とか、そこに表された死生観の話は非常に面白かった。兵馬俑は秦の一般の軍隊ではなく、儀仗的な役割を持つ近衛兵をモデルにしていたのではないかとか、始皇帝陵では鎮墓獣が見つかっていないことから、兵馬俑は鎮墓獣の類に相当し、辟邪の役割を担うこと、しかも始皇帝が滅ぼした東方六国の人々の霊魂を恐れたので、東を向いている(曾布川寛氏の説)とか、後学のためここにメモしておく。また、この時代の出土文物からは「死者は地下の墓室で生前と同様の生活を営む」という発想と「死者の魂は天上世界へ昇天する」という発想が共存していたことが窺える。複数の死生観が混在するというのは、近世までの日本にも言えるので、そう珍しいことではないと思っていたけど、実は注意すべきことなのかもしれない。

 戦国秦漢期の出土品で最も注目を集めているのは竹簡である。ということで、竹簡(および帛書)の発見の歴史を前近代からおさらいする。主たる内容は、むかし読んだ湯浅邦弘氏の『諸子百家』を思い出すところが多かったので省略するが、終章では、2011年に発見された劉賀(前漢の第9代皇帝、廃帝)の墓とその出土文献(儒家の書が多い)など、最新の研究成果も紹介されている。中国古代史は、素人の抱く印象とは裏腹に、アクティブに変化し続けている研究領域であることを感じた。
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運慶仏お戻り開帳(横須賀・浄楽寺)その後

2018-04-20 21:17:17 | 行ったもの(美術館・見仏)
 神奈川県(横須賀市芦名)の浄楽寺は、昨年、収蔵庫の免震・補修工事を実施するにあたり、その費用をクラウドファンディングで調達した(※「重要文化財の運慶仏を未来へ伝えたい! 浄楽寺・収蔵庫改修プロジェクト」)。私も些少ながら寄附をさせていただき、今年3月の「お戻り開帳」に行ってきたことは、すでに記事にしたとおり。

 今日、浄楽寺さんから寄附の「リターン」が届いた。クリアファイル、感謝状、支援者限定浄楽寺オリジナル朱印帳、阿弥陀仏開運守など。うれしい。



 ちなみに御朱印帳は「支援者限定朱印」入り。収蔵庫を表す屋根の下に五分割された円があって、五つの梵字がデザインされている。阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩・不動明王・毘沙門天を表すものだ。墨書は「奉拝 収蔵庫」なのが面白い。「勧進記念」のハンコもあり。なお、御朱印の写真をネットに上げることはいたしません。

 このようなかたちで秘仏に結縁できて、とても嬉しい。20年や30年に一度ご開帳と聞くと、もう二度と拝観の機会がないのではないかと思うけれど、年に一回くらい開けてくれる秘仏だと、また会いに行ける期待が持てて、親しみが湧く。

 この御朱印帳は東国限定で埋めてみようかな。東京や神奈川では、あまり熱心に御朱印を集めていないのである。
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そして新緑に向かう/桜 さくら SAKURA 2018(山種美術館)

2018-04-18 23:52:27 | 行ったもの(美術館・見仏)
山種美術館 企画展『桜 さくら SAKURA 2018-美術館でお花見!-』(2018年3月10日~5月6日)

 「このたび、山種コレクションの中から、桜が描かれた作品を厳選し、一堂に公開する展覧会を6年ぶりに開催いたします」という開催趣旨を読んで、おやそんなに久しぶりだったか、と軽く驚く。奥村土牛の『醍醐』をはじめ、山種コレクションには好きな桜の絵がたくさんあって、だいたいこの時期に見せてもらっている気になっていた。調べたら、昨年は『花*Flower*華』で、その前はズバリ『奥村土牛』展だったのだな。

 はじめのテーマは「名所の桜」。東山魁夷の『鷹ヶ峰』は京都・鷹ヶ峰だという。緑一色の常緑樹の山を背景に一本だけ白い桜の木が立っている。小林古径の『入相桜』は和歌山・道成寺の桜だ。小林古径の『弥勒』は奈良・室生(大野寺)の摩崖仏の前に咲く桜。石田武『千鳥ヶ淵』は、目を凝らすと桜の枝の背景に水面がにじんでいる。奈良・吉野山は、レースのような花の集まりを一輪ずつ丁寧に描いた石田武の『吉野』も好きだし、刷毛で引いたような、桜色の霞がたなびく奥村土牛の『吉野』も好きだ。橋本明治の『朝陽桜』は花の向きと大きさを揃えて、工芸的にデザインされているが、福島・三春の滝桜を描いたものだと初めて知った(ちなみに「滝」はの名前だということも)。そして土牛の『醍醐』は何度見てもいいが、今年は醍醐寺の桜を見てきたので、感慨ひとしおだった。

 展示室の奥に進んでハッとした。いちばん奥の壁面に掛かっていたのは、奥田元宋の大作『奥入瀬(春)』で、したたるような新緑が、まわりの空気まで緑色に染めている。え、桜?と思ったが、よく見ると、新芽の出かかった花の枝が、緑の中に混じっている。それにしても全体を印象づけるのは、泡立つ急流の白と若葉の緑。よく見ると、緑陰の隙間に金色がサッと塗られていて、木洩れ日の輝きを感じさせる。左隣りの土田麦僊『大原女』も緑が印象的な作品で、これなら五月になっても大丈夫(?)だと思った。

 続いて、歴史や文学上の人物に配した桜の絵が並ぶ。私はこのエリアの作品が大好き、守屋多々志の『聴花(式子内親王)』は、満開の墨染桜の下に御所車と女房装束の女性の姿。白い衣から袖口の紅がこぼれる。伊東深水の『吉野太夫』、森田曠平の『百萬』、羽石光志の『吉野山の西行』も好き。松岡映丘の『春光春衣』は、源氏絵や紫式部日記、扇面法華経絵など複数の古典作品を参考にして、藤原時代(平安時代)の貴女を描いたものだというが、私はすぐに平家納経を思い出してしまい、諸行無常の声を聞く平家の女人たちとしか思えなかった。

 人の姿のない、小茂田青樹『春庭』も好き。小野竹喬の『春野』は、竹喬にしては写実的だが色のメリハリが美しい。第2室は夜桜特集で、部屋の暗さが効果的だった。月がいくつも出ていて、夜桜を描くと月を添えたくなるのだな、と思った。

 このあと、国学院博物館に寄って、企画展『吉田家:神道と典籍を伝えた家~國學院大學図書館所蔵吉田家旧蔵資料~』(2018年3月3日~4月15日)の最終日に滑り込む。吉田神道って、仏教や儒教の影響が強く、あやしいものであることだけは分かった。
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北から南へ駆け抜ける/百花繚乱列島(千葉市美術館)

2018-04-16 22:25:40 | 行ったもの(美術館・見仏)

千葉市美術館 『百花繚乱列島-江戸諸国絵師(うまいもん)めぐり-』(2018年4月6日~5月20日)

 江戸時代中後期、日本各地に現れた実力派絵師達の作品によって、江戸絵画の豊穣を体感する展覧会。出展作品約190点ということだが、むしろ絵師の人数が気になる。ざっと数えたところ80余人。私は江戸絵画には関心を持っているほうだが、全く初めて聞く名前もずいぶんいた。前日に府中市美術館の『リアル:最大の奇抜』を見てきたところで、重なる名前がけっこう目についた。

 千葉市美術館は、中央区役所と同じビルの7-8階にあるのだが、8階展示室の出口と入口が、いつもと逆になっているのが変な感じだった。日本画の展覧会なのに、巡路が左→右になってしまうのがなんとなく気持ち悪かった。第1室には「松前」という札が下がっていて、なるほど北から南へ向かうのだな、と理解する。「北海道」でも「蝦夷」でもなく「松前」にしたのは正解。『夷酋列像』で有名な蠣崎波響の作品が5件あったが、いずれも知らないものばかり。うち4件は個人蔵だった。『雪郊双鹿図』は、体を寄せ合う鹿の小さな後ろ姿がかわいい。『カスベ図』は高橋由一の鮭みたいに、ぶら下げされたカスベ(エイ)の図。美味そう。

 秋田蘭画の佐竹曙山、佐竹義躬、小田野直武は納得。仙台は省略して、陸奥国須賀川(現在の福島県)生まれの亜欧堂田善。『三囲雪景図』いいなあ。私は自分が川沿いで生まれ育ったせいか、このひとの描く土手堤の絵になつかしさを感じる。京都のイメージの強い岸駒が、生国(異説あり)の金沢で出てきて意表を突かれた。本展では「出身地」と「活躍地」が異なる絵師が他にも何人かいた。

 水戸生まれの林十江も好き。『木の葉天狗図』の可笑しさともの哀しさ。栃木の小泉斐は大作『黒羽城鳥瞰図』を見ることができた。河岸段丘とか宿場町の形成とか、自然地理と人文地理の両方の興味を刺激される。江戸生まれの椿椿山が栃木に分類されているのは、下野の豪商の支援を受けていたら? 交友のあった高久霞厓の肖像画が面白くて(あまりにも素直にオッサンぽくて)笑ってしまった。

 さて江戸は、宋紫石、司馬江漢、谷文晁、酒井抱一などビッグネームが多数。それから東海道を西へ向かう。尾張の丹羽嘉言、中林竹洞は知らなかったが、清明な山水画がとても気に入った。明清の中国絵画みたい。山本梅逸の花卉図の繊細なこと。近江の紀楳亭は、大津絵みたいな抜けた絵で面白かった。

 京は円山応挙、曽我蕭白、中村芳中。鶴亭はもうちょっと鶴亭らしい作品がよかったな。大坂の浮世絵師・北尾雪坑斎の作品は、単純化した造形が面白かった。京都の銅版画、大坂の浮世絵にも目配り。中国・四国は、美作の廣瀬臺山、飯塚竹斎を知らなかった。やっぱり明清絵画との親近性を感じる。鳥取は土方稲嶺、黒田稲皐(鯉の)など、個性的な画家がいるのだな。長崎生まれの片山楊谷は鳥取に分類。モフモフの虎3匹(彩色、墨画、白虎)を3幅対に描いた『虎図』など、とにかくアクが強い。但馬温泉で入浴中に死んでしまったのか。

 長崎は熊斐だけ?と思ったが、後期には川原慶賀も展示されるらしい。最後に、青い花瓶(色ガラス?)に活けた牡丹一輪のさっぱりした絵があって、誰?と思ったら、薩摩の島津斉彬だった。ちょっとオチをつけたような感じ。沖縄はないのかあ、と残念に思ったが、やっぱり江戸時代の琉球は違う世界なのだろう。

 それにしても、本展に出品されている絵師たちのうち、私が学校教育で名前を教わったのは、葛飾北斎と歌川広重くらいだろうか。いろいろな美術館のおかげで、この豊饒な世界を知ることができてよかった。まだまだ私の知らない魅力ある絵師がたくさんいるにちがいないと思うと、人生は本当に楽しい。

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自由で豊かな挑戦/リアル:最大の奇抜(府中市美術館)

2018-04-15 23:39:11 | 行ったもの(美術館・見仏)

府中市美術館 企画展『リアル:最大の奇抜』(2018年3月10日~5月6日)

 恒例「春の江戸絵画まつり」に行ってきた。今年のテーマは「リアル」。江戸時代中期以降、円山応挙や司馬江漢ら、さまざまな画家たちが「本物のように描く」ことを試みた。ともすれば近代の先駆けとみなされることの多い江戸時代の「リアル」だが、本展はむしろそれを疑いつつ、自由で豊かな、江戸絵画の「リアル」に向き合いたい、と開催趣旨にうたわれている。

 入口には森狙山の『群獣図巻』。伝統的な日本絵画に比べれば、陰影を強調したリアルな表現なんだけど、後ろ足を跳ね上げて、走りながら振り返るキツネのポーズは稲荷明神のそれだし、黒牛の座り方が芦雪の絵っぽかったり、種本の存在を感じさせる。はじめは身近な動物や植物を「本物のように」描いた作品が並ぶが、その中に呉春の『雨中鹿図』みたいに、白描に少し色をのせただけの簡潔でとぼけた作品が混じる。この鹿、抜群に好きだわ。植物は、リアルに描こうとした結果、非現実的な味わいを醸し出す場合がある。原在中の『岩鶏頭花図』はそんな趣きの作品。ちなみにケイトウではなく、異国渡来の珍しい植物を太湖石に添えて描いたらしい。

 次に風景。亜欧堂田善の『花下遊楽図』(この伝統的な画題!)(立花家史料館)は記憶にない作品だった。海が見える丘の緑地、巨大な(巨大すぎる)木々の下で、敷物を敷き、ピクニックを楽しむ男女たち。これがリアルか? ボッシュの快楽の園みたいだと思った。その隣に司馬長瑛子の『従武州芝水田町浜望東南図』。こちらも横長の画面に海を描く。砂浜に打ち寄せる静かな波のふくらみ方、崩れ方がリアル。司馬江漢の門人だった可能性もある、と図録の解説にいう。

 一方、着実に「リアル」な風景を作品に残した画家たちもいる。小泉斐(あやる)の『黒羽城周辺景観図』の風景は、現代人が見ても全く破綻がなく違和感もない。黒羽は栃木県北東部の地名で、見事な河岸段丘がはっきり描かれている。熊本藩の御用絵師、矢野良勝が描いた『全国名所図巻』もすごかった。リアルを越えた迫真性がある。日光の華厳の滝と裏見の滝の箇所が開いていた。熊本と聞いて、もしやと思ったらやっぱり、永青文庫コレクション展で強く印象に残った御用絵師だった。

 それから人物。亜欧堂田善の『少女愛犬図』は西洋の小さな銅版画を、大きく引き伸ばして描いたもの。銅版画の風合いを水墨で写し取ろうと格闘している。原画の愛らしさとは似ても似つかぬ奇妙な作品になっているが、作者の真摯な姿勢のせいか、不思議と惹かれるものがある。大久保一丘の『伝大久保一岳像』は、かなりこなれた西洋風の肖像画。太田洞玉の『神農図』はアニメのキャラクター風で目が大きく、かわいかった。

 気になった作品をランダムに紹介。片山楊谷の『蜃気楼図』(渡辺美術館)は、巨大なハマグリが空中楼閣を吐き出す図で、楼閣が細部まできちんと写実的に描かれている分だけ幻想性が増す。白虎を描いた『虎図』もかなりヘン。原在中の『夏雲多奇峰図』は龍雲っぽかった。鯉の絵を得意とした黒田稲皐(とうこう)は、最近どこかで見たと思ったら、中之島香雪美術館で見たのだった。

 さて後半へ。再び風景図をいくつか。渕上旭江の『真景図帖』は日本各地の名所風景を描いたもので、好奇心旺盛な近世文化の成熟を感じる。ただし、中国絵画の「青緑山水」スタイルに捉われていて、十分にリアルな風景とは言い難い。熊本藩の武士・米田松洞が描いた『西山秋景』は、住まいのまわりの風景を心のままに書き連ねたもの。てらいのない文人画で、絵本を見るように楽しい。

 最後に「リアル」江戸絵画の真打ちとして、司馬江漢と円山応挙が登場する。司馬江漢の作品をこんなにまとめて見たのは初めてで、非常に面白かった。ガリガリの洋風画『異国戦闘図』や『オランダ馬図』だけでなく、宋紫石に学んだ中国風の花鳥画とか、もう少し淡泊な和風の花鳥画とか。すごく好きなのは、かすかに色をつけた墨画『相州江之島児淵図』2幅。左幅に遠景の富士山をぼんやり霞ませ、右幅に近景の大きな岩山と、小さな人々の姿を描く。伝統的な山水墨画のようで、この広々した奥行のある空間はたぶん司馬江漢ならではのもの。応挙の巧さには何も申しません。『虎皮写生図』を久しぶりに見れて嬉しかった。小さな『鼬図』がまた、イタチの表情が憎々しい。

 実は、まだ前期のつもりで行ったら先週から後期に入っていた。墨江武禅とか安田雷洲とか、好きな絵師を幾人か見逃してしまったのはちょっと残念。来年のテーマは「へそまがり日本美術」だそうで、すでに来年の宣伝が始まっていた。美術館とファンの間に、しっかり絆ができているようで嬉しい。来年は桜の時期に来られるといいな。

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神保町ブックセンター開店

2018-04-14 20:52:38 | 街の本屋さん
 かつて神保町交差点近くにあった「岩波ブックセンター信山社」は、人文社会学系に強い専門書店で、岩波以外の本も揃えていたが、岩波の本を探すときは、ここに来るようにしていた。2016年11月に閉店のニュースを聞いたときは、専門書店には厳しい時代だなあと思った。

 その跡地に、このたび「神保町ブックセンター」がオープンした。果たして、書店の範疇に入れていいものか…。ホームページには「書店・喫茶店・コワーキングスペースの複合施設」とうたわれている。さっそく行ってみると、1階の主要部分を占めるのはカフェスペースである。「食べログ」情報に「42席」とあるから、かなり席数は多い。まわりは岩波書店の本(だけ?)を収めた書棚に囲まれている。カレーのランチセットを注文。



 ひとりだったので、書棚と向き合うかたちの席に座った。書棚を物色するお客さんが前を行き交うので、ちょっと落ち着かない。しかし、ぎっしり棚に詰まった本の背表紙を見ながら食事をするのはいいものだ。自分の本棚ではなくて、読んだものと読んでいないものが適当に混じった風景なのがとても楽しかった。結局、気になった岩波新書を1冊、購入してしまった。

 カフェの奥は会員制スペースになっていて、専用デスクが並んでいた。個室オフィスもあるそうだ。カフェはアルコールも出るというのが素敵。実は職場から近いのだけど、夜8時までじゃ平日は来られそうにないなあ。
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