〇国立文楽劇場 令和7年5月特別企画公演・第29回特別企画公演『悠久なる雅楽-天王寺楽所の楽統』(2025年5月31日、14:00~)
先週末、関西旅行2日目の続き。土曜の午後は、奈良から大阪に移動して、雅楽公演を見た。開場してすぐ2階に上がると、ロビーに長い列ができていた。なんだろう?と思って「最後尾」の札を持っているお姉さんに聞いたら、ステージ見学の列だという。「申し込んでいないんですけど…」と躊躇していたら「どうぞ、どうぞ」と並ばせてくれた。しかし私から数人後ろのお客さんで「終了」になってしまったので、運がよかったというべきかもしれない。
ステージ上には、朱塗の高欄で囲われた四角い舞台がしつらえてあり、舞台上には鞨鼓や鼓、琵琶や筝などの楽器が展示されていた。また舞台後方には、楽人・舞人の衣装も並んでいた(写真撮影は禁止)。見学者は下手に設置された階段でステージに上がり、ぐるりと一周して上手寄りの階段を下りる。見学の時間が済むと、階段は取り外され、幕が下りて、開演を待つ体制になった。
開演の幕が上がると、上手寄りに登場したのは、天王寺楽所雅亮会の理事長・小野真龍さん。水色の袴に茶色の狩衣、烏帽子を被る。雅楽の歴史と特質について述べたあと、主要な楽器について、奏者を舞台に呼び入れて、実演とともに解説してくれた。篳篥は音域が狭いが、演奏の技術で微妙に音高を変えることができ、奏者の音感次第、という話が面白かった。龍笛は音域が広く、細かい旋律をつくるのに向いている。笙は息を吸っても吐いても音が出るので、ずっと鳴らし続けることができるのだそうだ。へえ~。
琵琶(四弦)の演奏法は難しかった。譜面には第1弦とあっても、第1弦から第4弦までを連続して掻き鳴らしたりする。あとで合奏を聞いていると、琵琶と筝が組み合わさることで、初めてメロディらしきものが生まれるように思った。打楽器の太鼓と鉦鼓も同じである。
お話が終わり、いったん下りた幕が上がると、舞台上に楽人たちが座っていた。第1部は管弦「平調音取(ひょうじょうのねとり)」「慶徳(けいとく)」「陪臚(ばいろ)」、催馬楽「更衣(ころもがえ)」。催馬楽は、楽器を持たない歌い手が数人で声を合わせて歌っているらしかった。
休憩を挟んで第2部。「春庭花(しゅんていか)」は左方の四人舞。茶色っぽい地の蛮絵装束、巻纓緌(けんえいおいかけ)の冠に花を挿した、優雅な武官装束の舞人が、ゆったりと平和に舞い遊ぶ。
続いて「蘇利古(そりこ)」、右方高麗楽。舞人は『千と千尋の神隠し』ですっかり有名になってしまった紙製の雑面(ぞうめん)を付ける。通常は四人舞だが、五人で舞う演出は天王寺楽所独特のものだという(実は、私は天王寺楽所=五人舞しか見たことがない)。ぴょこぴょこ跳ねるような動きが可愛かった。
次に「還城楽(げんじょうらく)」。直前まで睡魔と戦っていたのだが、この演目には目が覚めた。プログラム冊子(参観者に無料配布)によれば「左方と右方の別種の二曲があるが、天王寺舞楽では一般にいう右方還城楽の構成を持つ舞のみを伝承し、聖霊会等では左方舞として扱われる」とのこと。衣装はオレンジ系だから左方である。パッチワークみたいな色使いの裲襠(りょうとう、エプロンみたいな貫頭衣)は黄色いフサフサで縁取られている。朱色の肌に金目の奇っ怪なお面と三角形に尖った頭巾で完全に人間の気配を消している。これは蛇を好んで食べる胡人の風体で、とぐろを巻いた蛇(耳がある!)を見つけると欣喜雀躍、最後は蛇を捕えて、意気揚々と引き上げていく。所作がユーモラスで、太鼓と鉦鼓を連続して打ち鳴らす、トン・カッカッというリズムの連続が気持ちよかった。
いまYoutubeで「還城楽」の動画をいくつか見てみたのだが、やっぱり宮内庁楽部の公演だと、もう少し鷹揚な動きをしている。天王寺楽所の舞楽は動きが大きく、きびきびしていて庶民向きかもしれない。そしてプログラム冊子を確認したら、一人舞の「還城楽」を演じていたのは、はじめにお話をしてくれた理事長の小野真龍さんだったみたい。全く気付かなかった。
最後は「長慶子(ちょうけいし)」の演奏で幕。初日に京博で見た『美のるつぼ』に続いて、日本の芸術・芸能が、実は「日本的でないもの」を脈々と伝えていることをこの日も実感した。