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見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

法螺侍と天上の神/祝祭大狂言会2025

2025-04-29 22:40:17 | 行ったもの2(講演・公演)

大阪フェスティバルホール 祝祭大狂言会2025(4月26日、15:00~)

 野村万作、萬斎、裕基の三代が出演する異色の舞台「祝祭大狂言会」を見てきた。私の場合、亡き母が狂言好きだったので、小学校の高学年から高校生くらいまでは、母にもらったチケットで、よく狂言を見に行った。母(あるいは母の友人)が和泉流の後援会に入っていたらしく、水道橋の宝生能楽堂で行われる、和泉流の公演が多かった。

 その後、なんとなく狂言を見る習慣が途絶えて40年くらいになるのに、突然、この公演を見ようと思い立ったのは、3月に仙台で開催されたアイスショー「羽生結弦 notte stellata 2025」で羽生くんと野村萬斎さんの共演を目撃したためである。私は、萬斎さんの狂言の舞台をたぶん一度も見たことがなかったので(万作さんはある)、このまま人生を終えるのはあまりにも大きな損失だと気づいて、アイスショーの直後に検索して、この公演情報を見つけて、チケットを取った。

 というわけで、昨今の狂言鑑賞の勝手が分からないまま、来てしまった会場。キャパは2700人という大ホールで、ステージには能舞台(背景の鏡板あり、屋根はなし)がしつらえられており、奥に向けて八の字型に開いた通路(橋掛かり)が左右に付けられていた。開演時間になると、下手側に萬斎さんが登場。今日の見どころなどを軽いトークで解説してくれた。

 はじめに『小舞 景清』(野村太一郎)。景清自身が、屋島の合戦での錣引きの様子を語る趣向。次に『見物左衛門』(野村万作)。見物好きの風流な侍が、清水寺の地主神社、西山など、京の桜を見物して歩く。野村家だけに伝わる演目で、まもなく94歳になる万作さん(萬斎さんの表現ではフェアリー万作)が一人で演じる「老木(おいき)の花」が見どころ。ここで休憩。

 続いては『法螺侍』。舞台からは左右の橋掛かりが消え、鏡板も吊り幕に置き換えられて、抽象性の増した装置に。本作は、シェイクスピアの「ウィンザーの陽気な女房たち」を原作とし、太っちょで酒好き女好きのファルスタッフ=洞田助右衛門を萬斎さんが演じる。つくりものでお腹を膨らませ、頭は蓬髪、鼻から下には長い黒髭を垂らす。金繰りに困った洞田助右衛門は、太郎冠者と次郎冠者に命じて、お松とお竹という二人の女房に恋文を遣わす。この所業に怒ったお松とお竹、夫の焼兵衛、さらに主人に愛想を尽かした太郎冠者と次郎冠者は、共謀して洞田を洗濯籠に誘い込み、川に投げ入れるなど、さんざんな目に合わせる。けれども洞田は悔い改めず、「人生は全て狂言じゃないかね?」などとうそぶいてみせる。

 文楽にも『不破留寿之太夫(ふぁるすのたいふ)』 という翻案ものがあったことを思い出し、シェイクスピアと日本の古典芸能は相性がいいのかな、と思った。萬斎さんの「笑われる」役作りが絶妙で、洞田助右衛門には腹が立つんだけど、憎み切れない。二人の女房に恋文を書くときの「コピー、アンド、ペースト」で噴き出してしまった。また、洗濯籠に隠れた洞田を、太郎冠者と次郎冠者が駕籠かきふうに担いで運ぶシーンは完全な「エアー」(籠がない)で、身体能力と表現力に目を見張った。再び休憩。

 最後は「MANSAIボレロ」。notteで感銘を受けた演目なので、これを楽しみに来たのだが、直前の脂ぎった法螺侍の印象が予想外に強烈で、大丈夫だろうかと(自分を)案じてしまった。しかし20分休憩のあと、幕が上がると、全く別の世界が待っていた。絶対の暗闇の中で水滴の音が響く。明るくなったステージには四角い能舞台と、その上に注連縄(?)。せせらぎ、虫の音、雨音、雷鳴など、自然の音を交えて、舞が展開する。この演目、萬斎さんの装束には、いくつかのバリエーションがあるのだが、今回は、Youtubeに公開されている「世田谷パブリックシアター」公演と同じで、白の装束に白い長髪の鬘を付け、金色の烏帽子(なのか?)を付けていらした。notteの萬斎さんは、かなり人間界に寄っていたが、この日は完全に人ならぬ、神そのものを演じていらっしゃるように見えた。

 途中で広いステージにスモークが立ち込め、照明で紫や赤に染められると、いよいよ雲の上にしか思えなくなった。しかし日本では、天上界の神も苦悩するのである。地上の人間の、災害や戦争による苦しみに呼応して、ともに苦しみ、悲しみ、再生を希求する姿に見えた。クライマックス、まるで天の岩戸のように背景が割れて光が差し込み、そこに向かってジャンプする姿で暗転。

 明るくなった舞台で深々と一礼する萬斎さん。下手に退場のあと、拍手は止まず、もう一回だけ出てきて礼をしてくれた。そして退場のとき、ちょっとだけ舞台に手を振って、素の目線をくれたのが嬉しかった。

 本当に素晴らしい体験をさせていただき、大満足。ちなみに、この日は、萬斎さん演出・出演の新作能狂言『日出処の天子』(8月、東京)の先行販売の抽選日で、私は1公演だけだがチケットをゲットできた。楽しみ! しかし、それはそれとして、新作でない普通の狂言も見たくなってきたところである。

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すしやの段を初鑑賞/文楽・義経千本桜

2025-04-28 22:59:11 | 行ったもの2(講演・公演)

国立文楽劇場 令和7年4月文楽公演 第2部(2025年4月27日、15:00~)

 大型連休スタートの土日に有休を1日付け足して、関西方面で遊んできた。順不同になるが、まずは文楽公演から。今月は通し狂言『義経千本桜』が掛かっている。私は二段目「渡海屋・大物浦の段」と、四段目「道行初音旅」が大好きなので、どうしてもこの両者を選びがちで、実は文楽ファン歴40年になるのに三段目を見たことがなかった。一度は見ておくほうがいいかもしれない、と思って、いろいろ予定を調整して、今回は第2部を見ることにした。

・第2部『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)・椎の木の段/小金吾討死の段/すしやの段』

 第2部の主人公は、高野山に落ち延びた平維盛。その妻子である若葉の内侍と六代の君は、家臣の主馬小金吾だけを連れて、維盛を探す旅路を続けていたが、吉野下市の茶店で、土地のならず者である、いがみの権太に絡まれる。なんとか窮地を脱したものの、鎌倉方の追手に見つかり、小金吾は討ち死に。そこに通りかかった鮨屋の弥左衛門は、小金吾の首を持ち帰る。

 弥左衛門は、さきごろ熊野で出会った若い男を連れ帰り、弥助と名乗らせ、娘のお里の婿に取ろうとしていた。この弥助こそ維盛。弥左衛門は、かつて維盛の父・小松大臣重盛に恩を受けていたのである。

 そこに訪ねてきた若葉の内侍と六代。弥助の正体を知り、身分違いの恋に絶望するお里。さらに頼朝家臣・梶原景時が詮議のために到着。お里の兄である権太は、維盛の首を差し出し、若葉の内侍と六代に縄をかけて差し出す。梶原が去った後、怒り心頭の父・弥左衛門は権太の腹を刺す。

 瀕死の権太の述懐によれば、維盛と偽ったのは小金吾の首。内侍母子と見せかけたのは、権太自身の妻と息子だった。弥左衛門が考えた偽首計画を、金目当てのならず者の自分が演じることで、謀略家の梶原を欺いたという。しかし梶原が褒美として残していった頼朝所用の陣羽織には、袈裟衣と数珠が縫い込められていた。かつて池禅尼と重盛に命を救われた頼朝が、維盛に出家を促し、その命を救おうとしたのである。自らの計略が見抜かれていたことを悔しがりながら息絶える権太。維盛は髻を切り、僧として権太を回向して高野山へ向かう。

 そんな無茶な、あり得ん、みたいな展開なのが、文楽らしくて面白かった。私は源平の物語が好きなので、弥左衛門が「慈悲深い小松大臣に恩を受けたから」とか、頼朝が「池禅尼と重盛に命を救われたから」という動機には、そうだろう、あるある、と納得してしまう。ちなみに弥左衛門は船頭だった頃、重盛が唐の育王山に寄進しようとした三千両を盗んだ罪を赦されたという設定になっている。おお、相国寺承天閣美術館で見た「金渡(かねわたし)の墨蹟」の逸話だ!と思い出した。

 「椎の木」の冒頭を語った咲寿太夫さん(本公演から豊竹改め竹本へ)巧くなったなあ。登場人物の語り分けに、幅と余裕が出てきた。そのあとの三輪太夫さんも聞きやすかった。「すしや」は前が安定の呂勢太夫、清治さん。切が若太夫、清介さん。クライマックスの三味線のドラマチックで華やかなこと!人形は、いがみの権太の玉助さんが生き生きと楽しそうだった。お里役の豊松清十郎さんは、いま、女性を遣わせたら一番ではないかと思って注目している。

 維盛の最期って、結局はっきりしていないんだなあ、ということを、あたらめて調べて納得した。本作ではひとまず生き延びた六代は、やがて捕えられて鎌倉に送られ、処刑されてしまう。私は逗子に住んでいたことがあるので、六代御前の墓を何度か訪ねている。それなので「六代」の名前を聞くたびに、なんとも胸がうずいた。

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アイスショー”notte stellata 2025”2日目リハ見学、千秋楽ライビュ

2025-03-12 23:20:09 | 行ったもの2(講演・公演)

羽生結弦 notte stellata 2025リハーサル見学(3月8日、14:10~);ライブビューイング(3月9日、16:00~、TOHOシネマズ日比谷)

 アイスショー”notte stellata 2025"の話を続ける。2日目は、初体験の「リハーサル見学」に出かけ、早めのシャトルバスで会場に行って、物販や飲食ブースをまわって楽しんだ。予定どおり13:30開場で中に入ると、シェイリーン、理華ちゃん、知子ちゃんがリンク上にいた。そこでアナウンスがあって、見学時間は14:10から1時間くらいと聞いていたのだが、14:10~14:55ジェイソン、無良くん、刑事くん、15:10~16:00明子ちゃん、ハビ、羽生くんに変更になったと知る。予定より長く見学できるのは願ってもない幸せだった。無良くん、刑事くんが登場すると、前の組だった知子ちゃんと一緒に、ボレロの演技の確認が始まった。音楽に合わせた確認のあと、リンクサイドのシェイリーン(振りつけ担当)と話し込んでいる様子が見られたのも貴重だった。

 次いで黒の練習着姿の羽生くんが登場。ジャンプを黙々と跳び続ける。その中には4Lo(4回転ループ)も混じっていたというが、正直、私には見分けがつかなかった。曲のかかる練習時間の後半は、なかなかジャンプが決まらなくて、観客もハラハラした。そしてタイムアップ。リンクを去る羽生くんが、何を思ったか、初日の成功に気をよくしたであろうスタッフに向けて「まさか祝杯をあげたりしていないと思いますが」「野村萬斎という存在を受け入れる覚悟を持って仕事してください」と、背筋が凍るような喝を入れていた。「僕らボロボロなんで、お願いします」とも。座長、自分にも周囲にも厳しいなあ。でもこの厳しさがあってこそのクオリティなのだろう。土曜はこれで帰京。SNSで、2日目は初日公演からさらに進歩していたという声を見て納得した。

 日曜は別の趣味に専念しようかと考えていたのだが、初日公演を見て、これは絶対に大画面で見なければダメだ!と考えを改め、慌ててライブビューイングのチケットを取った(TOHOシネマズ日比谷は最後の1席、最前列の隅だった)。現地には現地のよさがあるのだが、ライビュはまたライビュのよさがある。今回の「MANSAIボレロ」、アイスリンクの広さと天井の高さに比べた能舞台の小ささ、氷から立ち上る冷気、それらを全て突き破るような萬斎さんの熱量を感じられたのは現場の幸せ。しかし冒頭、降り注ぐ雪を仰ぐ萬斎さんの哀しみに満ちた表情を記憶に留めることができたのはライビュのおかげ。現地ステージにも大型スクリーン2面が用意されていて、ちゃんと萬斎さんと羽生くんを追っていたのだが、私は舞台上の萬斎さんに釘付けで、全くスクリーンを振り返っていられなかった。ショートサイド側の羽生くんもよく見えていなかったので、二人の動きが徐々に一体化していくクライマックスの感動を味わえたのもライビュのおかげである。ライビュのカメラは、群舞スケーターの姿も適度に見せてくれて、ありがたかった。しかし絶対カメラが足りないなあ。この演目、あらゆる角度から何度でも見たい。

 SEIMEIは、晴明衣装の萬斎さんが皮製のブーツみたいな沓を履いているのに気づくことができた。あと、最後に晴明に降り注ぐ紙吹雪は花びらかと思ったら、大量の人形(ひとがた)だったみたい。

 千秋楽のお楽しみは、やっぱり出演者たちのはっちゃけぶりだろう。フィナーレ周回のあと、ショートサイドから舞台の萬斎さんに駆け寄る羽生くんの姿は初日も目撃していたが、千秋楽の猛スピードには笑ってしまった。お互いに手を差し伸べて何度も固い握手。それで、萬斎さんが舞台から降りていらしたんだったかしら(やや記憶が曖昧)? 何の挨拶もなくて、みんないったん黒テントに引っ込んでしまったので、会場中(ライビュ会場も)再登場を求める拍手が止まなかったのである。

 そうしたら羽生くんの悪戯っぽい声で「みなさん、拍手が足りないんじゃないですか?」「萬斎さんをお迎えする準備はできてますか?」というアナウンスが流れて、テントの幕が左右に開かれ、晴明衣装の萬斎さん登場。それが、腰をかがめて両手を前後に大きく振り、スケートの所作で登場したのである(さすが狂言師!)。みんな大喜び。そしてマイクを渡された萬斎さん、MANSAIボレロを初めて東北で、この会場で、観客の生命力を感じながら演じられたことに感謝し、いきなり観客に向かって「いま生きているっていう実感ありますかー!」「生きていてよかったかー!」ってコールを送ってくれたのには、びっくりするやら嬉しいやら。泣き笑いでくしゃくしゃの羽生くんを、狩衣の大袖で包み込むような優しいハグも見ることができて幸せだった。最後は萬斎さんも含めて、出演者全員で「ありがとうございました!」で締め。

 その後も私は、SNSに流れてくる写真や感想を眺めて、幸せに浸っている。同時に鎮魂と芸能について、ずっと考えてもいる。利府のセキスイハウススーパーアリーナは震災当時、ご遺体の安置場だったので、そんな会場でのアイスショー開催には非難の声もあったことを記憶している。でも、そういう場所だからこそ「芸能」は演じられなければならない。死者の声を聞き、迷える魂を鎮め、同時に生きる者の魂に活力を呼び覚ますことが芸能の本義なのではないか。そういう点では、萬斎さんも羽生くんも伝統にのっとった「芸能者」なのだと思う。

 私は2001年の映画『陰陽師』の配役発表の頃には、萬斎さん、ピッタリだね!と大喜びする程度には萬斎さんを知っていたのだが、考えてみると、ちゃんと狂言の舞台を見たことがないかもしれない。同じ時代に生きているのに、なんという損失!と気づいて、近々見ることのできる公演を探し始めた。そうしたら、4月に大阪で『祝祭大狂言』という公演があることが分かり(なんとMANSAIボレロも上演される)、勢いでチケットを取ってしまった。狂言の生舞台を見るのは何十年ぶりだろう。実は今年の夏に控えている、能狂言『日出処の天子』(萬斎さん演出・出演)も楽しみなのだ。新しい視野の広がる一年になるかもしれない。

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アイスショー”notte stellata 2025”初日公演

2025-03-10 23:29:33 | 行ったもの2(講演・公演)

羽生結弦 notte stellata 2025(2025年3月7日、16:00~)

 昨年に続いて、羽生くんが座長をつとめるアイスショーnotte stellataを見て来た。今年のスペシャルゲストは野村萬斎さんと聞いて、絶対チケットを取るぞと意気込んだが、結局、倍率の低い金曜しか取れなかった。しかし、なんとか有休を活用して見に行くことができた。そして事前情報の少ない初日の特権で、衝撃に次ぐ衝撃を味わうことができた。

 出演スケーターは、ハビエル・フェルナンデス、ジェイソン・ブラウン、シェイリーン・ボーン・トゥロック、宮原知子、鈴木明子、田中刑事、無良崇人、本郷理華、フラフープのビオレッタ・アファナシバで、昨年と変わらず。座長の羽生くんにとって、最も信頼できる仲間たちなのだろう。ハビとジェイソン、それにフラフープのビオレッタは2プロで、あとの皆さんは1プロ(ただし群舞に登場)だった。

 私の席は東側スタンド。スケーターたちの入退場口となるテントが近い。そして舞台(正方形の能舞台)が近いのも嬉しいね、と隣になったお客さんと話していた。

 冒頭に登場して、notte stellata(白鳥)を舞う羽生くん。何度も見ているプログラムだが、優雅さと強靭さに磨きがかかったように感じた。そして、しっとりしたナンバー中心に5~6曲が終わったあと、突然、暗闇の中で能舞台が動き始めた。よく見ると数人の黒子のスタッフが能舞台を持ち上げ、移動させていく。能舞台はリンクに乗り上げ、その中央あたりに落ち着いた。後ろから付いて来たスタッフが絨毯(?)のロールを転がして、リンク上に花道をつくる。スタッフたちが引き上げたあと、リンクサイドに現れた能装束の萬斎さんが、静かに花道を歩み始める。背後のスクリーンには水面に落ちる水滴のアップ映像。ぴちょーんという音とともに黒い布を被ったスケーターが滑り出て、萬斎さんを追い越し、能舞台の先で、隣で、リンク上に横たわる。水滴の音とともに、またひとり、またひとり(シェイリーン、無良くん、刑事くん、明子さん、知子さん)。あたかも死者のように。

 能舞台に上がった萬斎さんが座って姿勢を整えると、スクリーンに「MANSAIボレロ」の文字が表示された。期待はしていたけど、夢がかなう喜びと、これから目の前でとんでもないものが始まるという興奮と緊張で頭の中がぐちゃぐちゃになり、しかし目だけは必死で開いていた。曲の始まり、上空から舞い散る雪を見上げる萬斎さん。大袖を頭上に被せ、雨雪を避けるように弱々しく歩み始める。万物を育む雨の音。やがて、本当に音もなく、金色のオーガンジーをまとった羽生くんが滑り出る。彼は稲妻なのかな。黒い影のようだった死者たちはよみがえり、手を取り合って、それぞれの命を讃える。クライマックスに向けて、舞台上の萬斎さんが高らかに踏み鳴らす板音、羽生くんも氷上でそれに合わせたステップを踏んでいた(千秋楽のライビュで確認)。最後は二人が背中合わせにジャンプしたところで暗転。萬斎さんは舞台下のマットに飛び降りていた。場内は大歓声。いや凄かった。こんなもの、見たことがない。

 休憩時間は隣の席のお客さんと、ずっと喋っていた。とりあえず他愛もないことでも喋っていないと変になりそうなくらい、実は深い衝撃を受けていた。

 そろそろ休憩が終わる頃合い、黒いテントの中から、上半身白ジャージの羽生くんがプーさんを抱えて登場。リンクサイドにプーさんを残して、氷の状態を確かめるようにゆっくり滑り始める。ショートサイド東隅で4S、ステージ西隅で4T-1Eu-3S(ジャンプの種類はあとで調べた)。何これ?サービス?なんて、お気楽に見ていたのだが、この後、これがSEIMEIの最重要パートの練習だったことを理解する。礼儀正しく一礼して羽生くんが退場したあと、会場は暗転。

 暗闇の中から、人語とも何とも知れない低い呟きが伝わってくる。「…ソワカ」という語尾だけが聞き取れて、あ、陀羅尼だ、と思ったとき、ステージのかなり高い位置に萬斎さん、いや高烏帽子に白い狩衣姿の晴明が現れた。もうそのビジュアルだけで問答無用なんだけど、ここからの演出が細かい。晴明は懐から紙の人形(ひとがた)を取り出し、「出現、羽生結弦、急々如律令」と唱えて、人形をリンクに投げ入れる。それに呼応して、SEIMEI衣装で滑り出る羽生くん。つまり氷上の羽生くんは、晴明が召喚した式神という見立てなのである。

 続いて晴明が「青龍避万兵」と唱えると青いスモークが上がり、氷上には小さな青い五芒星が浮かび出る。聞き慣れた音楽とともに、羽生くんのSEIMEIが始まり、これで萬斎さんが退場かと思うじゃないですか。ところが、羽生くんの演技を横目に、ステージから下りて来た萬斎さんは、リンクサイドを歩き始めるのである。そして東リンクサイドの中央(畳半畳ほどの小さな特設台が用意されている)で、羽生くんを氷上に膝まづかせ「白虎避不祥」の呪、白い五芒星が生まれる。ショ-トサイドでは「朱雀避口舌」、西リンクサイドでは「玄武避万鬼」、最後は正面の能舞台上で「黄龍伏魔、急々如律令」。呪を唱えながら袖を翻し、印を結ぶたびに上がる五色のスモーク、五色の五芒星。氷上の演技もクライマックスを迎え、ついにリンク上に巨大な五芒星が出現! 最初のジャンプが少しぐらつくも着地を耐えた羽生くん、試合並みに素晴らしかった。クライマックスは萬斎さんもノリノリで、羽生くんの演技に合わせて、ちょっとイナバウアーをしてみたり、くるくる回ってみたりする姿が微笑ましかった。ちなみに「青龍避万兵/白虎避不祥/朱雀避口舌/玄武避万鬼/黄龍伏魔」は、あとで調べて分かったのだが、映画にも、それからマンガにも登場しているのだな。

 これで腑抜けになりかかった会場を立て直してくれたのは、フラフープのビオレッタさんとシェイリーン。どのプログラムも最後まで楽しむことができ、最後は羽生くんの万感の思いを込めた「春よ、来い」を噛みしめた。フィナーレの周回は楽しそうだったけれど、ライビュ観戦した千秋楽と比較すると、まだまだ緊張が続いていたんだなあと思う。

 2日日のリハーサル見学、千秋楽のライブビューイング観戦は別稿に続く。

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東京長浜観音堂フィナーレイベント(東博)

2025-02-23 23:25:24 | 行ったもの2(講演・公演)

〇東京国立博物館・平成館大講堂 東京長浜観音堂フィナーレイベント『びわ湖・長浜の観音文化~これからもまもりつづけるために~』(2025年2月22日、13:00~16:00)

 長浜市内の観音像の展示を行ってきた「東京長浜観音堂」の閉館(2024年12月1日)に伴うフィナーレイベントに行ってきた。収容人数約400名の大講堂はほぼ満員。大講堂専用トイレが長蛇の列になっていて、開会にちょっとだけ間に合わなかったが、開会挨拶をされていたのは「観音の里・祈りとくらしの文化伝承会議」の座長・大塚敬一郎氏(長浜商工会議所会頭)だと思われる。

 それから、長浜市学芸員秀平文忠氏による「長浜の観音文化振興事業の10年」と題した報告があった。長浜市が独自に「観音文化」という用語の定義づけを行ったのは2011年であるとのこと。そして地域ブランド戦略、シティプロモーションとして「観音文化振興事業」が始まった。2012年に長浜城歴史博物館で開催されたのが『湖北の観音』展。東京のお客さんに遠慮したのか、ちらっとしか触れなかったけれど、私はこの展覧会を見に行った。私は、もともと近江(滋賀県)の仏教文化が全般的に大好きだったのである。2014年と2016年に東京藝大美術館で開催された『観音の里の祈りとくらし展』ももちろん見ているので、大盛況の会場写真が懐かしかった。秀平さん、あのときギャラリートークをされていたのか。

 この事業は、長浜市の外に向かっての「発信」だけでなく、こうした展覧会の成果報告会を地元で開催したり、コーディネーターやコンシェルジュを雇用して仏像所有者の負担軽減につとめたり、所有者支援の補助金(防火・防犯設備)を未指定文化財にも出したりしているところが素晴らしい。

 続いて、彫刻史研究者の山本勉氏による講演「地域と仏像史-知るために、まもりつづけるために-」。山本先生のお名前はもちろん存じ上げているし、短い文章もいくつか読んでいるけれど、お話を聞くのは初めてだった。マンガ家になりたくて藝大に入ったら、2年生の調査旅行で奈良・円成寺の大日如来に「出会って」しまい、仏像の研究を一生の仕事にしたいと思うようになった。先生や先輩の活動を見ながら、自分もどこか教育委員会などに就職して「フィールドがほしい」と思っていた。1970年代は、伝統的な優品調査ではなく、地域あるいは寺院の「悉皆調査」が本格化した時代だった。それから、縁あって青梅の塩船観音寺にかかわることになり、40年かけて徐々に造像年代を明らかにした結果、2020年には本尊・千手観音と二十八部衆が国の重要文化財に指定された。だから、いま「未指定」の仏像も、研究が進めば指定文化財になる可能性はいくらでもあるのだ。

 美術史研究の方法(研究データである調査ノートのコピーは調査参加者だけが共有)や、県や市の教育委員会や博物館の重要性がよく分かって、とても興味深かった。『日本彫刻史基礎資料集成』という基本資料があることも初めて知った。あと、造像年代がよく分からないと「南北朝~室町時代」と言いがち、というのには笑った(この時代の特徴が確定していないため)。

 第2部は、秀平学芸員をコーディネーターに、仏像インフルエンサーのみなさん(田中ひろみ氏、みほとけ氏、久保沙里菜氏、宮澤やすみ氏)が「地域の仏像の魅力-若い世代に引き継ぐために-」を語る。ええ、最近はこんなに多種多様な「仏像インフルエンサー」がいらっしゃるのか、と驚く。フリーアナウンサーの久保沙里菜さんが紹介していた、浜松市美術館『みほとけのキセキII』展の試み(小学生が仏像の魅力を紹介)、上原美術館『きれいな仏像、愉快な江戸仏』展の試み(ひらがな多めの自由な感想の図録)はとても面白かった。どちらもまだ行ったことのない美術館だ。山本勉さんがかかわったという函南町の「かんなみ仏の里美術館」も、久保さんの話に出て来た「河津平安の仏像展示館」も行ったことがない。全て静岡県。長浜へも行きたいけれど、静岡仏像巡りもいいかもしれない。

 最後は長浜市長より挨拶。東京で常設の観音展示が終わってしまうのは本当に残念だけど、また新たな研究成果を携えて、いつか大きな展覧会をやってほしい。

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初春は不思議のキツネ/文楽・本朝二十四孝

2025-01-13 22:07:08 | 行ったもの2(講演・公演)

国立文楽劇場 令和7年初春文楽公演 第3部(2025年1月11日、17:30~)

 今年も大阪の国立文楽劇場で初春文楽公演を見て来た。恒例のお供えとにらみ鯛、と思ったら、「黒門市場様からのにらみ鯛の贈呈は、5年ぶり」と書いてあった。2020(令和2)年以来ということか。この年の正月明けから新型コロナが猛威を振るったのである。コロナ禍の間も、初春文楽公演にはにらみ鯛が飾られていたようだが、黒門市場のサイトによれば、2021年のにらみ鯛は2020年末に奉納したものだったり、2022年は奉納がなかったり(劇場は別ルートで入手?)したらしい。

 「大凧」に干支の「巳」文字を揮毫したのは、赤穂大石神社の飯尾義明宮司。国立文楽劇場は、開場40周年を記念して、昨年11月の公演とこの初春公演第2部で、大作『仮名手本忠臣蔵』の大序から九段目までを通し上演している。

 しかし私は、武士の忠義より伝奇スペクタクルが好物なので、やっぱり第三部の『本朝廿四孝(本朝二十四孝)』を選んでしまった。2階ロビーでは毛色の異なる三匹のキツネちゃんがお出迎え。彼らは昭和の新作文楽『雪狐々姿湖(ゆきはこんこんすがたのみずうみ)』に登場する白蘭尼、コン蔵、右コンとのこと。揃ってもふもふである。

・第3部『本朝二十四孝(ほんちょうにじゅうしこう)・道行似合の女夫丸/景勝上使の段/鉄砲渡しの段/十種香の段/奥庭狐火の段』

 「道行似合の女夫丸」はあまり記憶になかったのだが、自分の記録を調べたら、2020年に見ていた。「景勝上使の段」以下は何度も見ており、直近では2022年に国立劇場で見ている。八重垣姫は、今回と同じ吉田蓑二郎。むかし「十種香」を蓑助さんで見たり、「奥庭狐火」を勘十郎さんで見た記憶がどうしてもよみがえって、それに比べると蓑二郎の八重垣姫は、悪くないけどふつうの娘さんだなあと、ぼんやり思っていた。しかし「奥庭」のクライマックス、白地に狐火文の衣に早変わりしてからの激しい動きには目を見張った。この演目、歌舞伎(日本舞踊)にもあるが、そこで演じられる所作のスピードと、飛び上がり跳ねまわり、身体を左右にスイングして舞い狂う文楽人形のスピードは全く別次元である。もちろん乱暴に人形を振り回せばいいわけではなく、高貴な姫君の品格を忘れてはいけない。生身の人間らしさと、人間を超えたものになろうとする不可思議さのブレンドが絶妙だった。眼福。

 狐火(火の玉)はゆらゆらと流れ、諏訪法性の兜は、白いヤクの毛をひるがえし、意志あるもののように宙に浮かぶ。「奥庭」はキツネちゃんの印象が強いのだけど、四匹勢ぞろいするのは、本当に最後の最後なのだな。今回、私は最前列の席(上手寄り)だったので、キツネちゃんたちの表情も、それを操る人形遣い(出遣いだがプログラムに名前の記載はない)の皆さんの顔もよく見えて楽しかった。

 八重垣姫は深窓育ちのお姫様のはずだが、勝頼=箕作に恋したあとの、恥じらいつつも強引な迫り方には、この子、ギャルだな、と思ってしまった。しかし、この向こう見ずさがなければ、諏訪明神も憑依しないのだろう。一方で、ある意味、八重垣姫の一途な恋心を利用して諏訪法性の兜を武田方に取り返そうとした腰元・濡衣は、冷静沈着な仕事のデキる女性で好き。

 「十種香」で久しぶりに錣太夫と宗助を聴けたのもうれしかった。「奥庭」は芳穂太夫と錦糸で安定感あり。残念なのは、こんなに面白い舞台なのに空席が目立っていたこと。そして東京の国立劇場が閉場して1年以上になるが、やっぱり常設の劇場があるのはいいなあと思った。

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ICE STORY 3rd “Echoes of Life” TOURディレイビューイング

2024-12-31 21:16:49 | 行ったもの2(講演・公演)

〇「Yuzuru Hanyu ICE STORY 3rd “Echoes of Life” TOUR」埼玉公演ディレイビューイング(2024年12月14日13:00~、TOHOシネマズ日比谷)

 遅くなったけど書いておく。羽生結弦くんの単独公演「Echoes of Life」は、いま埼玉→広島→千葉を巡回中だが、埼玉公演の初日をディレイビューイングで見てきた。単独公演シリーズを見ることにはちょっと躊躇があったのだが、今年4月にやはりディレイビューイングで見た「RE_PRAY」が文句なく素晴らしかったので、また見に行ってしまった。

 ストーリーの概要は、どこかで誰かが詳しく書いてると思うが、「人間」と「作られしもの」の戦争によって、生命体が死に絶えた世界。人間なのか非人間なのかよく分からない「NOVA(VGH-257)」という個体が目を覚ます。生命について、存在について、運命について、多くの疑問を抱くNOVAが出会った「案内人」は、その答えを見つけるための扉を指し示す。扉をくぐった先で、氷上の演技で示されるNOVAの思考、というような設定。

 最初の数曲はゲームやアニメに関係の深い楽曲だったらしく、私の知らないものばかりだったが「Utai IV ~Reawakening」が印象的だった。和風というかエスニックというか。その後、なつかしいショパンの「バラード第1番」の衣裳で登場した羽生くんは、ブラームス(たぶん)やバッハ(たぶん)のピアノ曲で次々に舞う。フィギュアスケーターには、バイオリンが似合うタイプとピアノが似合うタイプがいると思うのだが、彼の精緻で正確な音の捉え方は、ピアノ曲でこそ生きる気がする。多様なピアノ曲のハイライトを5曲滑ったあと、6曲目が「バラード第1番」だったのには息を呑み込んでしまった。初演日は1回、ジャンプの失敗があったが、その後の公演では完璧な演技が見られたそうだ。前半の最後はカッコよく「Goliath」で締め。

 後半に「Danny Boy」を滑ってくれたのも嬉しかった。羽生くんには、人間を超えた存在に祈りを捧げるようなプログラムがいくつかあるけれど、これもその1つで、新定番と言っていいだろう。呼応するように、ストーリーの中のNOVAくんも、自分に「愛してる」というメッセージを残してくれたVGH-127の存在を思い出し、荒れ果てた大地を癒し、草花を再生していくことに、自分の命の役割を見つける。壮大で美しいファンタジー。

 終演後、半袖の白Tシャツに黒ズボンというラフなスタイルで現れた羽生くんは、ニコニコ顔で喋りっ放し。この日(12月7日)は羽生くんの30歳の誕生日で、みんなでハッピーバスディを歌ってお祝いしたあと、「Let Me Entertain You」「阿修羅ちゃん」「SEIMEI」のアンコールも大盛り上がりだった。

 年明けの千葉公演、チケット取りに参戦しようかとも思ったのだが、3月の「notte stellata2025」がまた見逃せないことになりそう。彼と同じ時代に生きていることに感謝して、来年も追いかけていくだろう。

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昭和の新作を楽しむ/文楽・瓜子姫とあまんじゃく、金壺親父恋達引など

2024-12-08 21:14:54 | 行ったもの2(講演・公演)

江東区文化センタ- 令和6年12月文楽公演第1部(2024年12月8日、11:00~)

 国立劇場が休館になって以来、さまざまな劇場を代替に継続している東京の文楽公演。今季は、地元の江東区文化センタ-で開催されるというので、喜んで見て来た。私の江東区民歴はもうすぐ8年になるが、江東区役所の裏にある文化センタ-には初訪問である。

・『日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)・渡し場の段』

 いわゆる道成寺もの。船頭から安珍の不実を聞かされた清姫は、怒りのあまり、蛇身となって川を泳ぎ渡る。人形ならではの大胆な変身ぶりが見もの。舞踊『京鹿子娘道成寺』の衣裳は赤い着物に黒い帯だが、本作の清姫は黒い着物(下に緋色の襦袢?)に赤い帯。蛇身のときは白一色で長い尾のような布を後ろに翻す。これ、筋書によると、山伏・安珍の正体は桜木親王で、清姫にいい顔をしながら、別の恋人・おだ巻姫のもとに走ったという設定なので、道成寺説話よりも救われない気がする。

・『瓜子姫とあまんじゃく』

 木下順二が執筆した作品を義太夫に移したもの。プログラムの解説にあるとおり、大阪の国立文楽劇場ではたびたび上演されてきた(夏休み公演が多い)が、首都圏で上演されるのは初めてとのこと。私も初見だったので、「瓜子姫は今日も楽しく機を織っていた」「瓜子姫は機織りが何より好きであった」という現代文口語体に若干とまどったが、すぐに気にならなくなった。この文体でも、ちゃんと三味線に乗って、浄瑠璃の体を為しているのだ。ただ、床から離れた席だったこともあって、千歳太夫さんの語りは、ちょっと聞きづらかった。瓜子姫の回想シーンに登場する山父は、一つ目一本足の怪物で、闇の中で一つ目が光る。不気味な演出がたいへんよい。あまんじゃくには長い尻尾が生えていたが、タヌキの類なのかな?

・井上ひさし生誕90年記念『金壺親父恋達引(かなつぼおやじこいのたてひき)』

 モリエールの戯曲『守銭奴』を井上ひさしが1972年に翻案した作品。私はこの作品が見たくて、今季は第1部のチケットを取ったのだが、芝居が始まったら、ん?これは見たことがあるかも?と記憶がよみがえってきた。調べたら、2016年の国立文楽劇場での初演をちゃんと見ていた。それにしても珍しい作品なので、第1部を選んだことは後悔していない。

 朝の段→昼の段→夜の段の3段構成で、文体は近世浄瑠璃ふう、というか、時々パロディも入る。金が命の金仲屋金左衛門は、持参金付きの町娘・お舟を後妻にもらうことになり上機嫌。ところがお舟は金左衛門の息子・万七と相思相愛の仲だった。金左衛門は娘のお高も呉服問屋の京屋徳右衛門に縁づけようとしていたが、お高は番頭の行平と相思相愛。この込み入った三角関係×2が、実は、京屋徳右衛門とお舟、行平が生き別れの親子だったというアクロバティックな展開で、無事に解決してしまうのである。このご都合主義も、古典演劇の「ありがち展開」のパロディなのだろう。そして、娘も息子も幸せに浮かれて出ていったあと、とりあえず手元に残った金壺を抱いてほっとする金左衛門。滑稽だけど、まあ年寄りが頼れるものはお金だからねえ、という侘しい共感がうずいた。

 藤太夫、靖太夫、亘太夫、碩太夫は、それぞれ二役以上を演じ分けて、聞きやすかった。碩太夫さん、まだ声が少し幼いのがかわいい。三味線は燕三さんが文句なし。『瓜子姫』の富助さんの演奏もそうだったけど、新作は聞きなれない旋律が多いので、新鮮で、とても楽しかった。

 満員の客席は、国立劇場の公演に比べるとカジュアルな雰囲気で、若者も多かった印象。こうやって地域の劇場に出張っていくことにもメリットがあるのかな、と思った。ただ、東京公演は12月も次の1月も一等席のチケット代が9,000円。大阪の1月公演が6,000円であることを思うと、劇場を借りる経費をチケット代に上乗せしているのではないかと思われる。入札の不調で再開場の目途が立たない国立劇場、早くなんとかしてほしい。

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2024フィギュアスケートNHK杯 in 東京

2024-11-11 22:41:09 | 行ったもの2(講演・公演)

2024NHK杯国際フィギュアスケート競技大会(11月8-10日、国立代々木競技場第一体育館)

 今年のNHK杯は東京と聞いて、現地で観戦したい気持ちが湧いていたが、ぼんやりしているうちにチケット発売日を逃して、気がついたら2日目/土曜日は完売になっていた。しかしグランプリシリーズの第1戦スケアメでの日本選手の演技、特にりくりゅうのSPの動画を見て、どうしても現地に行きたくなってしまい、初日/金曜日のチケットを取った(無事に年休が取れることを祈りながら)。

 そして初日、北側SS席の最後列(後ろは通路)だったが、現地に来られただけで満足。アイスダンス(リズムダンス)の冒頭から観戦した。日本選手のあずしん(田中梓沙&西山真瑚)、うたまさ(吉田唄菜&森田真沙也)、得点は伸びなかったけれど、堂々とした演技で楽しかった。しかし最後に登場したチョクベイは別格。赤いドレスのマディソン・チョックと、ネクタイにスーツ姿のエヴァン・ベイツは、古典的なミュージカル映画スターのようで、これはいいMAGA(Make America Great Again)とつぶやいてしまった。

 ペアはりくりゅう(三浦璃来&木原龍一)の「Paint it Black」が思った以上にカッコよく、大きな取りこぼしのない演技だったので大満足。他の皆さんもよかった。フィギュアスケートのカップル競技、シングルには出せないエモさがあって、その魅力にどんどんハマっていく。

 次いで男子シングル。ジェイソン・ブラウンが今ひとつだったけれど、あとはどの選手も全体的に好調だったのではないかと思う。それぞれが完璧に仕上げた演技での戦いは見ていて楽しい。そんな中でも会場を驚かせたのは壷井達也くん。鍵山優真くんは超絶的に完璧だった。1人おいて最後に登場した三浦佳生くんが初の100点超えだったのに歓喜。

 ここで群舞やエライおじさんの挨拶など1時間ほどのオープニングセレモニー。席でぼんやり見ていたけど、夕食タイムにすればよかったな。今年は場内で選手コラボメニューのドリンクやスイーツ(カオリのスコーンなど)販売があったのだけど、事前に情報収集していなかったので、全然気づかなかった。

 女子シングルも男子と似た展開で、青木祐奈さんが素晴らしい演技を見せる(祐奈ちゃん、今年のFaOIが最高に魅力的だったのでまた応援できて嬉しい)。これを軽やかに超えたのが千葉百音ちゃん。そして坂本花織さん、無駄にドキドキしてしまったけれど、揺るぎない安定感でトップに立った。シングルは男女とも1~3位を日本選手が独占という、歴史に残りそうな初日を見ることができた。

 2日目はテレビとネットで観戦。佳生くんの不調が残念だったなあ…。でもその不安定で未完成なところが彼の魅力でもある。女子は総合でもメダル独占。いまの日本女子の個性豊かなスケートは、私の見たかったものではあるけれど、ふと「ロシアっ娘たちの時代」をなつかしく思い出す。私が初めて観戦したNHK杯は2019年、コストルナヤやザギトワの出場した大会だったので。

 3日目のエキシビジョンはネット(NHKプラス)で観戦。これでこそ受信料の支払い甲斐があるというもの。しかしプロ転向の田中刑事くんや宮原知子ちゃんの演技を組み入れるよりも、海外選手の出場枠を増やすべきではないか、という批判が湧いていたのには完全同意。運営には再考を求めたい。2025年は大阪だそうだ。

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アイスショー"Fantasy on Ice 2024 静岡千秋楽"ライブビューイング

2024-06-26 22:15:45 | 行ったもの2(講演・公演)

Fantasy on Ice 2024ライブビューイング(静岡:2024年6月23日、13:00~、新宿ピカデリー)

 アイスショーFaOI(ファンタジー・オン・アイス)、今年はBツアーに羽生結弦くんが出演しなかったので、Aツアーに比べるとSNS上は格段に静かだった。それでも神戸、静岡の6公演(土曜2公演+日曜1公演)は、しっかり客席が埋まっていてよかった。お子さんや年配の方が多くて、いつものFaOIと雰囲気が違うという声や、地元向けの招待枠があったのではないか、という推測も流れていたが、それもいいと思う。私が初めてFaOIを見たのは2010年の新潟で、トップスケーターのクールな演技を、おじいちゃんおばあちゃんが、家族と一緒にニコニコしながら見ていたのを覚えている。なるほど、地方開催のアイスショーって、こういう「ゆるい」イベントなんだ、というのを知った瞬間だった。

 近年、羽生くんの出演するショーは、全国どこでもチケット争奪戦になっているが、今年のBツアーは、むしろ原点回帰でよかったのではないかと思う。地元招待で親に連れて来られたちびっ子から、未来のスケート選手やスケートファンが生まれないとも限らない。

 私は現地に行きたい気持ちもあったのだが、節約志向でライビュ観戦にしてしまった。スケーターはAツアーから、羽生結弦、山本草太、中田璃士、青木祐奈、上薗恋奈、パイポ―がOUT。織田信成、友野一希、チャ・ジュンファン、坂本花織、三原舞依、ライラ・フィア―&ルイス・ギブソンがIN。アーティストは石井竜也、一青窈、家入レオ。

 Bツアーのほうがイケメン度が上がった気がしたのは、チャ・ジュンファンくんに影響されすぎかな。家入レオさんとのコラボ「ワルツ」(ドラマ主題曲なのね)も「Golden hour」も眼福だった。ライラ/ルイス組は、家入レオさん「Silly」でしっとりコラボしたあと、後半は「ロッキー」で楽しませてもらった。フィギュアスケートのカップル競技、すっかり定番になった感じ。一青窈さんは織田くんとのコラボ「もらい泣き」もよかったけど、友野くんとのコラボ「他人の関係」に悶絶。私は金井克子を知っている世代だが、一青窈さん、ドラマ用にカバーしていたのだな。赤いキンキラジャケットでキレッキレに踊りまくる友野くんも、ルンバに寝転んで、自由に歌う一青窈さんも最高。ライビュ会場も手拍子で盛り上がった。

 いつもかわいい三原舞依ちゃんがイメージチェンジした「Survivor」も、髪の色を変えた坂本花織ちゃんの「poison」もカッコよかった。花織ちゃんは、オープニングの主役ポジションも頑張っていた。

 Bツアー最大の見ものは、ステファン・ランビエールとギヨーム・シゼロンの共演。その前にガブリエラ・パパダキスとアンサンブル・ダンサーズのコラボもあったんだけど、ガブリエラさん、あなたは女子スケーターじゃないなあ、という感じがした。技術力や存在感が、女子スケーターの枠を完全に踏み越えていて、唯一無二なのである。

 続いて、上半身には紫の薄手の衣裳をまとったステファンとギヨームが登場。曲は Henryk Mikołaj Górecki(ヘンリク・グレツキ)というポーランドの現代音楽家による「Symphony No.3」だったらしい。私は2018年のFaOI静岡で、ステファンとデニス・バシリエフスのデュエットプロを見たことがある。あれは、両者が師弟でもあったし、適度な距離を保って滑る「デュエット」だった。ところが今回は、大人の男性どうしが、変な意味でなく、濃厚に「絡む」のである。まあパパシゼのアイスダンスの本領であるとも言える。濃厚に絡みながら、お互いに自立しているという、不思議な肉体関係。再演はないだろうなあと思うと、一期一会の宝物を見せてもらった。

 しかしライビュだと、二人の表情や細かい動作がよく分かるのはいいのだが、一人の演技にスポットが当たるとき、もう一人はどうしているのか、光の当たるリンクにいるのか、陰に退いているのか、よく分からないのがもどかしかった。やっぱり現地に行くべきだったかなあとちょっと悔いを感じた。

 群舞の衣裳は花柄のシャツやワンピース。オープニングはやや地味色、フィナーレは明るいリゾートカラー。米米クラブ、石井竜也さんの「君がいるだけで」「浪漫飛行」も懐かしかった。最後はステファンが4Tチャレンジも見せてくれてありがとう。Bツアーは「ありがとうございました」無しの退場だったけど、楽しかった。また来年!

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