見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

王朝伝奇小説/道長の冒険

2004-06-30 23:05:11 | 読んだもの(書籍)
○平岩弓枝『道長の冒険:平安妖異伝』新潮社 2004.6

 ついさっき、街のカフェで最後の10ページほどを読み切ったところである。

 本書は、2000年に刊行された「王朝妖異伝」(これは短編の連作らしい)の後に続く物語である。前編のことは知らないが、本編に限っていえば、舞台設定が平安京であり、主人公が藤原道長である必然性はほとんどない。その点はかなり期待はずれだった。

 京が異常な寒波に襲われたある冬の夜、道長は、根の国の無明王に捕われた友人、真比呂を救出するために、猫の化身、寅麿の導きで、異世界へ旅立つ。雷の兄弟が暮らす天上の国、モグラに案内される地下の国、水龍、火龍、毘沙門天、雪女、梅の精など、善悪さまざまな異世界の住人たちと交流し、ついに目的を果たすというストーリーである。

 だから、平安朝の風俗や史実が描かれたところはほとんどない。ところどころ、雅楽の曲名や楽器・衣装が使われているのが、多少の雰囲気づくりになっている程度か。

 主人公が若き道長であるという設定もどうか。私は道長って好きなんだけどね。この造型はちょっと...はっきり言えば、作者の描きたい人物に、名前だけ借りてきたという感じがする。

 たとえば夢枕獏の、もしくは岡野玲子の「陰陽師」のほうが、作品の出来は数百倍も上。

 ひとことでいえば子供だましみたいな小説だ。だが、告白しておこう。私は子供だましに弱い。純真無垢な道長青年と、従者の寅麿が、絶体絶命の危機を脱した大団円に至って、ほの暗いカフェの片隅で、私はうるうる泣いてしまった。まあ、小説を読む愉楽なんて、こんなものかな。

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7人の社会科学者/<帝国>を考える

2004-06-29 22:06:04 | 読んだもの(書籍)
○的場昭弘編著『<帝国>を考える』双風舎 2004.10

 7人の社会科学者が「<帝国>を考える」と題して行った連続講演の記録。7人とは、編者の的場昭弘のほか、宇波彰、藤原帰一、中村政則、鳴瀬成洋、尹健次、後藤晃である。

 このうち、私が(著書もお人柄も)存じ上げているのは藤原先生だけである。なので、藤原先生の名前に惹かれて本書を購入したわけだが、初めて触れた6人の著者は、それぞれ個性的で面白かった。

 的場昭弘さんの「ネグりとハートの<帝国>とは何か」では、大著「帝国」の内容と、その登場が持っている意味を概観できる。さまざまな論者がこの本を引用しているのを聞いたけれど、最後に聖フランチェスコが出てくるなんて初めて知った。

 宇波彰さんは、本書の執筆陣の中では比較的年長だと思われるが、「メディア・カルチャーに抗して」と題し、国家とマスメディアという、古くて新しい問題を扱っている。

 尹健次さんの「朝鮮半島と<日本>」は、本書の中ではやや異色である。他の論者にとって<帝国>は第一義的にアメリカのことであるが、尹さんはむしろ、朝鮮半島に対して日本人が持っている<帝国>意識を問題の主眼としている。

 (北朝鮮の日本人拉致について)「どうしてそうなったのか、そうされたのか、ということを考える回路を、一応は持ったほうがいい」という発言は、多くの日本人の反発を買うだろうが、私は聞くべき意見だと思う。

 それは、9.11がテロリストの許されない犯罪であるとしても、同時に、なぜ彼らはそこまでアメリカを憎むのか?という疑問を忘れないことと同じである。

 なお、本書は、2003年秋に神奈川大学が実施した神奈川区民大学連続講座の記録だという。大学の公開講座にもピンからキリまであるものだが、本書の論考は、いずれも、平易な語りかけの中に著者の真摯な姿勢が感じられ、読み応えがある。おそらく、よい聴衆と、よいコーディネーターにめぐまれたのだろう。

 大学の「知」が、このように市民と交わる場を持つのはたいへん重要なことだと思う。その成功例の1冊としても本書を推奨したい。
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早すぎた?実験小説/十三妹

2004-06-28 23:59:39 | 読んだもの(書籍)
○武田泰淳『十三妹(シイサンメイ)』(中公文庫) 2002.5

 たまには息抜きになる小説でも読もう。と思っていたら、たまたま書店で本書を見つけた。カバーには、ごつい弾弓と剣を腰に下げた凛々しい美少女が、ファンタジーマンガのタッチで描かれている。中高生をターゲットにするコバルト文庫の雰囲気だ。

 しかし実は中公文庫。しかも著者は大御所、武田泰淳...私はこのアンバランスに惹かれて、つい本書を買ってしまった。

 田中芳樹が解説に書いているとおり、本編は「日本人によって書かれた中国武侠小説の先駆」である。十三妹の登場する「児女英雄伝」のほか、「三侠五義」「儒林外史」の登場人物やエピソードを、原典の時代背景を無視して好きなように混ぜ合わせ、新しいストーリーを作っている。

 1960年代に朝日新聞に連載されたそうで、「私は小学生であったが、毎日ワクワクしながら読みすすみ、つづきを楽しみにしつつ切りぬいてはたいせつに箱にしまった」と田中芳樹は語っている。

 しかし、一般にはあまり好評を得なかったらしく、雄大な構想(だったらしい)は尻切れトンボで終わっている。著者も書いていて、だんだんつまらなくなってしまったのか、ヒロイン、ヒーローも精彩があるとは言い難い。

 1960年代半ばといえば、まだ日中国交回復の前のことだ。日本人の教養から、講談や歌舞伎、江戸の読み本などを通じての中国の大衆文藝の記憶が消え、新たな中国ブームには遠かった時代である。惜しまれる実験小説である。

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板橋区はエライ/板橋区立美術館

2004-06-27 19:14:46 | 行ったもの(美術館・見仏)
○板橋区立美術館 館蔵品展「これであなたも狩野派通!!~正信から暁斎まで~」

http://www.city.itabashi.tokyo.jp/art/

 板橋区立美術館に行くのは7、8年ぶりではないか。ときどき、面白そうな企画展をやっているなあと思いながら、私の生活圏と縁のない美術館なので、つい見逃していた。今回は、最近気になる狩野派がテーマということで、休日出勤の足で出かけてきた。

 感想はイイ!のひとこと。まず、入場無料であることに驚く。全て館蔵品のお蔵出しだから、安上がりに済んでいるのだろうけど、それにしても...である。

 「写真OK!」の貼り紙にも驚く。これも館蔵品だからできる措置である。そうと分かっていたら、デジカメ持ってくるんだった~!

 しかたないので携帯で撮った、お気に入りの一品。狩野元信の「ロバに乗る蘇東坡」である。丸々とした正面向きのロバと、やはり雪だるまみたいに丸々した蘇東坡がかわいい。カメラ持って、また行っちゃおうかな。どうせ無料なんだし。

 この作品の美術史的なタイトルは「東坡騎驢図(とうばきろず)」だが、今回の展覧会は「ロバに乗る蘇東坡」で紹介している。同様に「酔李白図」は「李白さん、しっかり」、「浮世美人風俗図」は「奥様、手紙を書く」といった具合に、誰にでも分かる展示題をつけている(記憶による)。ちょっとしたことだけど、こういう工夫、また説明も簡潔でよい。

 しかし、何よりすばらしいのは展示品の、すなわち所蔵品のセレクションである。国宝や重要文化財はないけれど、素人の我々が見ても本当におもしろい作品が選ばれている。

 たとえば、狩野内膳「山水人物花鳥貼交屏風」の、形態を抽象化した人物像。伝・狩野探幽「風神雷神図」の、劇画にもマンガにもアニメーションにも通じる溌剌とした動きの妙、など。

地下鉄や鉄道の駅から離れていて、いい立地条件ではないのだけれど、来ている人たちはみんな楽しそうだった。展示品の楽しみを邪魔しないよう、別コーナーに作られた「狩野派Q&A」もよく出来ていて、熱心に見ている人が多かった。

 ハコばかり立派で経営難に喘いでいる東京都の美術館や博物館より、よほどエライと思う。展示は7月4日(日)まで。



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紙と墨/金沢文庫

2004-06-26 21:25:25 | 行ったもの(美術館・見仏)
○神奈川県立金沢文庫 企画展「十五代執権 金沢貞顕の手紙」

http://www.planet.pref.kanagawa.jp/city/kanazawa.htm

 休日はあまり混んでない電車に乗って、本を読みながら、少し遠くに出かけるのが好き。というわけで、今日はこの展覧会を見てきた。

 金沢文庫にはたびたび出かけているので、金沢貞顕と聞けば多少の覚えはあるが、地味な展覧会だなあと思った。だが、手紙の内容やその歴史的背景を云々するよりも、ブツとしての手紙、使われている墨や紙について詳しい解説を施している点はちょっと興味深かった。

 油墨(普通の墨)と青墨(松の煤からつくる墨)の違いなど、初めて知った。日本の墨は古来油墨だったが、宋代以前の中国では青墨がよく使われていたので、中国趣味の日本人も真似してこれを使うことがあったとか。

 面白いので、「墨」に関するサイトをいくつか読んでみた。みんな詳しくておもしろい。

 http://www.geocities.jp/shingyo_o/chishiki-03.htm

 http://www.tamaq.net/zatuwa15.html

 本当は、金沢文庫は「宝樹院阿弥陀三尊像」の特別公開を待って見に行こうと思っていたのだが、こちらは来週からだったのね。まあいいか、そのうちまた行ってみることにしよう
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今年の夏は江南へ/西湖案内

2004-06-21 23:44:04 | 読んだもの(書籍)
○大室幹雄『西湖案内:中国庭園論序説』(旅とトポスの精神史)岩波書店 1985.11

 今年の夏は江南に行くことになりそうだ。そこで、古い本棚から引っ張り出して読み始めた1冊。

 私は江南の景勝地にほとんど行ったことがない。20年前、初めての中国旅行では蘇州が予定に入っていたのだが、「中国旅行は現地に行くまで分かりません」と釘をさされ、着いてみたら、案の定、蘇州はスケジュールから外されていた。そんな時代だった。

 杭州は旅の計画に入ったこともない。ただ、本書を読んで以来、この地名は深く記憶に留まっている。

 大室幹雄は、私にとって、中国史の澁澤龍彦みたいな存在だった。1981年の『劇場都市』に始まり、『桃源の夢想』(1984年)、『園林都市』(1985年)『干潟幻想』(1992年)『檻獄都市』(1994年)と続く中国”都市”シリーズを、私は少し遅れて90年代の半ばから読み始めた。老人と道徳家が幅を効かすアカデミックな中国史とは全く別物の、エキセントリックで艶治な、いわば極彩色の古代中国に魅惑されたものだ。

 最近の著者は、志賀重昂や江戸の漢詩文など、主に日本の風景論に関心を移しているようである。また中国のことを書いてほしいのにな...

 本書は、書物の中に遺された西湖ゆかりの読書人たちの事跡と、著者が実地に見聞した1980年代の中国旅行の風景とが、ゆるやかに共鳴し合って1つの作品世界を作っている。

 むかしは白楽天、蘇東坡、さらに後代へと続く「読書人パーセプション」の華麗な変遷と継続に眼を奪われつつ読んだ。

 今はかえって80年代の中国の実風景がいちいち懐かしい。日本と中国の圧倒的な経済格差。著者の年収を聞いて黙ってしまう若者。外国人旅行客を「外賓」と呼んで、慇懃にしかし徹底的的に隔離し監視する観光政策。そんな時代だった。

 日本がもはや「戦争」と「戦後」を過去にしてしまったように、中国も「文革」と「文革以後」を過去にしようとしている。

 それにしても、私が記憶している80年代の北京や洛陽、西安など北方の住民に比べて、ここに描かれた江南のひとびとは、当地の住人も旅人も、のびやかで晴れやかな感じがする。長い休暇を貰って新婚旅行に来ていた上海人のカップル。新疆ウイグル自治区から1人旅でやって来た王さんなど。江南というトポスがなせるわざなのかもしれない。
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300円の至福/鎌倉国宝館

2004-06-20 21:45:44 | 行ったもの(美術館・見仏)
○鎌倉国宝館「常設展」

http://www.city.kamakura.kanagawa.jp/lives/map/kokuho.htm

 この週末は持ち越した仕事で手一杯だったのに、日曜の午後からまた鎌倉に出かけてしまった。特にお目当てがあるわけではない。春の特別展が終わって、常設展に戻った鎌倉国宝館を覗いてきた。

 逗子に住んでいたときは、買い物帰りや散歩のついでに、月に一度くらいのペースで通っていたと思う。常設展の間は、人も少ないし、料金も特別展の半額(300円)だから、コーヒー1杯のつもりで気安く入れる。

 今日も彫刻はほとんどがおなじみの品だった。ここに通い始めた頃は、円応寺の初江王坐像とその従者像に魅了されていたが、最近は寿福寺の地蔵菩薩が好きだ。今日気が付いたのだが、衣の裾から覗くふっくらした素足が色っぽい。地蔵菩薩って、美男子の一典型(であるべき)と考えられていたんだなあ、と思う。

 辻の薬師堂にあったという十二神将立像は、誇張されたポーズと言い、黒光りする体躯に目立つ玉眼と言い、劇画やフィギュアのカッコよさに通じるものがある。最近、展示体数が増えたようでうれしい。今日は西洋人の男性が、熱心にスケッチをしていた。

 常設展と言っても、書画や手工芸品のコーナーは、けっこう展示品が入れ替わるので楽しみである。神武寺の大威明王像(画幅)はあまり見た記憶のないもので興味深かった。この大威は、蔵王権現みたいに片足をあげて牛の背中に立ち上がっている。すごい。

 それから、光触寺の阿弥陀三尊像(画幅)も出ていた。あと、小品の仏像がガラスケースの中に並んでいた。うれしかったのは、円覚寺の阿弥陀三尊像(いわゆる善光寺式の)。宝物風入れのときでないと、なかなか見られないもの。

 いちばん最後に「巨福呂坂町内会所蔵」の歓喜天立像が出ていた。昨年か一昨年、初めて見たときはびっくりしたが、相変わらず何の説明書きも付けてもらえないのは、なんだか邪慳に扱われているようで、ちょっとかわいそうである。
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また朝鮮半島/アメリカ・北朝鮮抗争史

2004-06-19 23:59:32 | 読んだもの(書籍)
○島田洋一『アメリカ・北朝鮮抗争史』(文春新書)文藝春秋社 2003.3.20

 最近、気がつくと朝鮮半島に関する本を手に取っている。

 著者の立場は本書の最後の一文に集約される。「北朝鮮政権を、何よりも、長期共存不可能な安全保障上の脅威と捉え、その崩壊を歓迎、促進するという発足以来のブッシュ政権の姿勢は、きわめて合理的かつ健全なものであったといえよう」。

 読んでいて、ちょっと舌を巻いたのは、著者の「書きぶり」である。意識的な戦略なのか、単なる性癖なのか分からないが、この著者はほとんど「論評」や「分析」をしないのだ。いや、実際はしているのだが、「私は~と思う」という括りを絶対に付けないのだ。

 ×年×月×日に~があった。アメリカ政府は~と発表した。ワシントンポストは~と伝えた。という「事実」の羅列の中に、著者の意見が放り込まれている。そもそも「事実」だって、著者は明白に「1つの立場」から選択を加えているはずだ。同じ時代を別の著者が扱ったら、全く別の読みものができあがるだろう。賢い読者としては、いつも眉に唾をつけていたい。

 さて、ブッシュ政権の姿勢はそんなに合理的で健全か?

 金大中政権が、南北の早期統一に積極的でなかったことに関して、著者は「ここに見られるのは、北が突然崩壊し、南が吸収する事態になるのは困る、端的に言えば、多少外部から差入れはするから、北の住民は、牢獄から出ようなどと思わず、中で我慢してもらいたいという、きわめて没倫理的でドライな、かつ『非民族的』な発想である」と述べている(これは著者の個人的見解である)。

 金大中の(韓国の)立場としたら「北が突然崩壊し、南が吸収する事態になるのは困る」って、そりゃあそうだろう、と私は思う。

 2002年、ニューヨーク・タイムズ(社説?投稿?)は、在韓米軍の撤退論について「撤退を開始すべきである」「なぜなら、アメリカは帝国主義勢力ではない。アメリカは必要ない、と民主国家が決めたところに、居続けることはしない」と報じている。

 何、このカッコよさげなうそぶきかた。そうさ、アメリカは撤退できる。でも韓国や日本や中国はこの地理的条件から撤退はできない。北朝鮮が崩壊すれば、大量の難民を隣国として引き受けなければならない。もちろん最も「打撃」を受けるのは韓国である。人口4,500万人の韓国が2,000万人の北朝鮮を一挙統合して、本当に食わせていけるのか。当然、治安の悪化や経済力の低下は避けられない。まあ、韓国の国際競争力の低下は、アメリカには(日本にも)好都合なのかもしれないが。
 
 著者は、「統一コスト」と、北朝鮮の現体制のもとで我々が支払い続ける「金正日コスト」--北朝鮮住民の負担、拉致や離散家族の悲劇、環境破壊、史跡や観光資源の損壊、そして周辺諸国の軍事・警察コストなど--を比較した場合、「統一コスト」に拘泥して事を先延ばしするのは不合理だという。

 本当にそうか? そもそも、南北統一/金正日体制という2つの選択肢しかないのかが疑問だし、「コスト」という観点で比較するレトリックにも無理があると思う。統一って、金成日体制の打破(軍事的脅威の排除)には力を貸すけど、後始末は朝鮮民族だけでやってくれと言っているようにも聞こえる。いつ、どのように統一を実現するかは、朝鮮半島に住むひとびとが主体的に選ぶ権利があると思うのだけど。

 昨年、ブッシュの「悪の枢軸」発言のあと、立教大学の李鐘元さんの講演を聞く機会があった。「イラク、イラン、シリア...と来ると、ムスリムに対する攻撃が鮮明になり過ぎるから、ちょっと北朝鮮も入れてみたんですよ」的なことを、笑顔でさらりとおっしゃったのが印象に残っている。

 ブッシュの北朝鮮政策なんて、実はそんなものなんじゃないの?

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ある追悼サイト/人民網

2004-06-16 01:13:30 | 見たもの(Webサイト・TV)
○人民網「人民的好衛士、任長霞」

http://www1.people.com.cn/BIG5/shizheng/8198/34064/34067/index.html

 最近、中国のニュースサイトで、たびたび見かける人名がある。最初に気づいたのは、人民網のトップページを見に行ったときだ。画面の上方に「人民的好衛士、任長霞」というキャプションと、こわもての制服を着て、眉根をひそめたおばさんの写真が貼られている。なんだこれ?映画の宣伝か?と思ってクリックしたら、このページに移動した。

 中国語を拾い読みしてみて、任長霞という女性警察官の「追悼サイト」であることが分かった。任長霞女史は、1983年に公安(警察)の一員となり、数々の難事件を解決。「多次深入虎穴、化装偵察」というから、たびたび危険をかえりみず、変装して捜査に赴いたらしい。「警界女神警」と呼ばれ、数々の栄誉に輝く。

 2001年、河南省登封市の公安局長に就任、1千人の警察官を率いて活躍を続けた。しかし、今年4月14日、捜査中に高速道路で交通事故に巻き込まれ、死去。享年40歳。葬儀の当日は14万人の市民が沿道で任長霞局長を見送ったという。確かに、掲載されている写真を見ると、ものすごい群集だ。

 なんなんだ、これは。

 いろんなことを考えた。まず、中国は、ほんとにこんな大騒ぎになっているのか? 何かの「やらせ」ではないのか? 実はGoogleで日本語サイトに限って「任長霞」を検索すると何もヒットしないので、心もとない。しかし、中国中央電視台も特集を組んでいるところを見ると、あながち嘘ではないようだ。

 日本で、どこかの県警本部長が殉職しても、これほどの騒ぎにはならないだろう。その違いはどこにあるのか。中国という国家体制が、警察権力に対する市民の畏敬の念を必要としているから、政府主導で、このようなプロパガンダ政策が行われていると見ることもできる。

 私は、死者が国家の手によって、英雄に祀り上げられる事態は好きではない。いつぞや、日本の外務省職員がイラクで殺害されたときも、彼らの棺に日の丸がかけられ、麗々しく担がれて帰ってきたときは、げっと思って反射的に引いてしまった。だから、この任長霞さん追悼サイトも、あんまり気持ちのいいものと思っていない。

 しかし、にもかかわらず、私は書いておきたい。日本で、普通の仕事をまじめに続け、責任ある地位を獲得し、このように多くの人に愛惜され得る40歳の女性が果たして何人いるだろう?

 歌手や女優、タレント学者、起業家などの個人業種ならあり得るかもしれない。しかし、警察官、中学や高校の教員、医師、一般事務職、工場の技術労働者など、組織の中で、男性と同等に働き、成果を示していかなければいけない職業の場合、40歳の女性が1千人の部下を率いる地位につくことなど、日本では、ほとんど奇跡のようなものではないか?

 中国の社会には、まだまだ非民主的な制度や慣習が、たくさんあることは承知している。しかし、こうしたサイトを見ていると、女性が生きる社会として、日本と中国と、どちらがより抑圧的であるのか、もう一度考え直してみたくなる。
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唐三彩の夢/サントリー美術館

2004-06-15 22:03:36 | 行ったもの(美術館・見仏)
○サントリー美術館『唐三彩展-洛陽の夢』

 さきにこの展覧会を見てみた友人から「唐三彩というのは発見されてから、まだ100年らしい」と聞いて、えっ?と思った。買ってきた図録冒頭の「ごあいさつ」によれば、「約100年前、洛陽市郊外の鉄道工事現場で、緑や黄、藍などの彩り鮮やかな焼き物が大量に見つかり、世界に衝撃を与えました」とある。うわ~。初めて知った。

 唐三彩といえば、洛陽・西安あたりに旅行に行けば、お土産の定番であろう。東京のちょっと高級な中華飯店なら、唐三彩(もどき)の大きな馬や駱駝が飾ってあって、雰囲気を盛り上げていることも多い。しかし、今の我々が感じる「中国趣味」というのは、実はそれほど長い伝統を持つものではないのだ。たとえば兵馬俑で知られる秦の始皇帝陵の発見だって1974年である。

 だから、明治や大正の頃の日本人の「支那趣味」というのは、今とはずいぶん違った感覚のものだったろうなあ、と思う。たぶん、隋唐なんて古代のことは曖昧糢糊としていて、明清の文化や風俗が基準になっていたんじゃないかなあと思う...想像だけど。

 さて、この展示会は小規模だが逸品が多い。また、製作年代と発掘場所を整理して、長文の解説パネルとともに展示してあるので、ちょっとした美術史ガイドを読むように勉強になる。ただ、今回の展示品は、一個の純粋な美術品として色や形を愛でるだけでも十分楽しめる逸品が多かっただけに「解説多すぎ」の感もあった。

 サントリー美術館は、最近、ちょっと説明が饒舌すぎるように思う。現地の写真や説明パネルだけでなく、子供にも分かる「Q&A」とか、クイズつきパンフレット(和歌と美術の回)とか。音声ガイドも始めちゃったし...

 私は美術館では見ることに集中したい。勝手気ままに見て歩くうちに、1点くらい「あっ」と印象に残る作品があって、あれは何だったんだろう、誰がなんのために作った(作らせた)んだろう、と気になり始めたら、はじめて図録や解説書を読み始める。本当は、美術と長いつきあいをするには、そのほうが理想的だと思うんだけどね。

 私は唐三彩を美しいと思う。この美しさは緻密に計算されたものではなくて、けっこう、いい加減に施された釉薬が、垂れたり、にじんだり、はみ出したりした偶然に拠るところが大きい(ように見える)。こういう感覚って、美術史や文化史では、日本人の専売特許なんじゃなかったっけ? 中国人って、むしろどこまでも計算され尽くした人工的・構造的な作品を尊ぶんじゃなかったっけ? その点がとても不思議だ。

 最後に、この展覧会で私がいちばん気に入ったのは、十数点の三彩陶片を並べたコーナーである。いずれも10センチ四方程度の小片だが、鮮やかな釉薬が作るリズミカルな文様は、見る者の想像を無限のかなた、天堂(天国)へと誘い出す。何枚かには線刻で連弁の文様が浮き出している。何か、そのまま「夢のかけら」と名づけたい作品のようだった。

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