見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2019年9月関西旅行:文化財よ、永遠に(泉屋博古館)ほか

2019-09-28 23:35:26 | 行ったもの(美術館・見仏)

真言宗御室派総本山仁和寺(右京区御室)観音堂修復落慶 秋季特別内拝(2019年9月7日〜11月24日)

 三連休2日目は京都へ。保存修理事業が完了した観音堂を拝観する。2018年の東博の特別展『仁和寺と御室派のみほとけ』でも、この観音堂の再現コーナーが設けられていたが、やはり現地で見ると感慨深い。もともと修行の場だったので、あまり公開されてこなかったのだそうだ。仁和寺は明治に至るまで門跡寺院として重んじられてきたが、応仁の乱で衰退し、徳川幕府によって寛政年間に多くの建物が再建された。ところが、一気に再建したので、一気に建て替えの時期が来てしまったとのこと。「ぼちぼちやっていれば」と嘆くお坊さんの語り口に味があった。

■蜂岡山広隆寺(右京区太秦)

 思い立って、ついでに広隆寺に寄った。この夏、大宰府の観世音寺で巨大な不空羂索観音立像を参拝してきたので、広隆寺の不空羂索観音立像にもお会いしたくなったのだ。山門を入ると、ほかの京都のお寺では一般的になった、カラフルな幟や立て看板が一切なくて、森閑として愛想のない雰囲気。それでもパラパラと参拝客の姿はある。御朱印が手書きでなくスタンプなのも、30年くらい前から変わっていない。霊宝殿の主役は木造弥勒菩薩半跏像だろうが、私はその向かいにいらっしゃる三躯の巨像、不空羂索観音立像、木造千手観音坐像、木造千手観音立像が好き。まわりを囲む、木造十二神将立像や複数の吉祥天立像、秦河勝と秦河勝夫人像と呼ばれる男神・女神像も好きで、この空間には何時間でもいられる。

泉屋博古館 住友財団修復助成30周年記念特別展『文化財よ、永遠に』(2019年9月6日~10月14日)

 住友財団による、美術工芸品や歴史資料の修復助成事業30周年を記念する特別展。この秋、泉屋博古館(京都・東京)、東博、九博の4箇所で開催される。助成対象は2017年度まで1063件(国内745件、海外318件)に達するという。この会場は、特に京都ゆかりの展示となっており、仏像(彫刻)が多くて、いつもと雰囲気が違うことに少し驚いた。

 浄瑠璃寺の大日如来坐像(慶派らしい若々しさ)、元慶寺の伝・梵天立像と帝釈天立像(京博寄託、実はどちらも帝釈天像か)、八瀬・妙傳寺の毘沙門天立像など、どれもよい。京都・大覚寺の大威徳明王像は、納入品しか展示されていなかったが、これも住友財団の修復助成を受けているのだな。同館の『水月観音像』は以前にも特集展示があったが、正伝寺の『猛虎図』(若冲が模写した原画)や神護寺の『山水屏風』もここで見られるとは思わなかった。修復前後の比較や修復方法の解説も添えられていて興味深かった。同館の『是害坊絵巻』は、汚れ除去の結果。天狗たちの肌色が健康的になったとあって微笑ましかった。

京都文化博物館 ICOM京都大会開催記念・東京富士美術館所蔵『百花繚乱 ニッポン×ビジュツ展』(2019年8月25日〜9月29日)

 東京富士美術館(八王子市)が所蔵する日本美術の名品を展観。東京富士美術館は遠くてなかなか行く機会がないので、京都で見ておくのもいいだろうと思った。冒頭の伊藤若冲筆『象図』など、見たことのある作品もいくつかあった。ICOM(国際博物館会議)京都大会記念を意識してか、海外のお客さんにも分かりやすい日本美術のイメージが選ばれており、そのことが、日本人のライトな客層にも受けている感じがした。確かほぼ全て撮影OK。VRは混んでいて体験できなかった。

 総合展示『京の歴史をつなぐ』(2019年8月29日〜9月29日)は、羅生門をめぐる探求が面白かった。『祇園祭-長刀鉾の名宝-』(2019年8月10日〜10月20日)は、やはりこのシリーズでも群を抜く豪華さ。「天井囲板 星板鍍金二十八宿図」は今でも使われているのだろうか。見たいけど、女性は乗れない鉾なんだなあ。

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マニ教絵画5件を見る/東アジアの宗教絵画(奈良国立博物館)

2019-09-26 22:45:17 | 行ったもの(美術館・見仏)

奈良国立博物館 名品展『珠玉の仏教美術』「東アジアの宗教絵画」(2019年8月20日~9月23日)

 先週末で夏季の特集陳列が終わって、東新館は閉鎖、西新館も第1室が閉まっていて、いつもは出口のスロープから2階に入る不思議な状態だった。しかし私は、どうしてもこの名品展が見たくて関西に来てしまった。ざっと30点ほどの展示だが、とにかくその内容が濃いのだ(※展示品リスト)。

 私がどうしても見たかったマニ教絵画から紹介を始めよう。壁に沿って端から順番に見ていくと、中央あたりで『マニ教宇宙図』に出会った。縦長の大画面。最上段は阿弥陀浄土みたいな神々のいる天上界。その下にパイ生地を重ねたような10層の天。間々に楼閣や神々、船(?)や法輪(?)が小さく描かれる。その下に、背中が赤い蛇と背中が緑の蛇が、リボンのように絡み合い、まわりを瑞雲に乗ったマニが飛来する。水路のような海に周囲を囲まれた大地があり、枝を広げた樹のような山岳(須弥山)が立ち上がっている。これが人間界。最下層は地獄らしい。

 同図のイメージは記憶にあったが、写真で見たのか、本物を見たのかは不確かだった。調べたら、2011年の大和文華館『信仰と絵画』展で本物を見ているようだ。この前年、2010年には、京大・吉田豊教授によって同図が発見されたことが、さまざまな新聞で報じられている(日経新聞2010/9/26)。

 隣りが『マニ教聖者伝図』(縦長)だったと思うが、人物と建物をふわふわと描いたもので、マニ僧らしき人物がいたとは思うが記憶が曖昧。もう1件の『マニ教聖者伝図』は小型・横長で平置きの展示ケースに入っていた。緑の大地、白い川が描かれ、左右に2つの建物(神殿?)がある。左の神殿では蓮華座にマニ僧が坐す。画面手前にもマニ僧の姿。

 平置きケースには『マニ教天界図』2件も発見した。やかり小型・横長で軸装。緑の大地に群青色の空。赤・白・金で描かれた楼閣や霊山の間をリボンのような瑞雲が結んでいる。赤い縁どりの白衣のマニ僧の姿あり。マニ僧と従者が、さまざまな神格を訪ねるところを繰り返し描くものだという。別の1件の図像もほぼ同様。

※大和文華館 美のたより(2011 春 No.174)「信仰と絵画展によせて マニ教絵画をめぐって」(古川攝一)(PDFファイル):たぶん、この図1~図5が今回の展示品に当たる。

 マニ教絵画以外にも見どころは多かった。まず陸信忠筆『仏涅槃図』(クリスマスツリーみたいな沙羅双樹)が出ていたし、京都・大徳寺の『五百羅漢図』が10幅出ていた(私の好きな「浴室」も)、滋賀・宝厳寺の『北斗九星像』は、女神2人に先導される白衣の星の精7人、官服姿の輔星2人。最近の中国製ファンタジードラマみたいな趣きである。高麗仏画の『水月観音像』は個人蔵と談山神社蔵の2件が出ていて、後者が美しかった。

 兵庫・薬仙寺所蔵の高麗仏画『施餓鬼図』は、頭頂部の禿げた餓鬼が、山盛りの供物台の前で火を噴いている。取り囲む供養者と僧侶。2017年の龍谷ミュージアム『地獄絵ワンダーランド』で見ているようだが、インパクトの強い仏画である。以上、台風を押して関西に来た甲斐があって、十二分に満足した。

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2019年9月関西旅行:新薬師寺~春日大社~興福寺

2019-09-25 22:31:19 | 行ったもの(美術館・見仏)

■華厳宗 日輪山 新薬師寺(奈良市高畑町)

 近鉄奈良駅に到着し、少し時間に余裕があったので、思い立って新薬師寺に行ってみることにした。破石町でバスを下りて、スマホの地図を頼りに歩く。考えてみると、もう10年以上も来ていない。記憶を掘り起こしながら歩いていくと、観光地らしくない静かな家並みに埋もれた入江泰吉記念奈良市写真美術館が現れ、隣の鏡神社の境内を通り抜けたら、新薬師寺の正面に出た。石灯籠を正面に据えた白壁の本堂。先月訪ねた大宰府の観世音寺を思い出す、古い造りである。境内に実忠和尚ゆかりの御歯塔が立つのも古都のお寺らしい。

 向かって左側から本堂の中に入るに当たる。本尊・薬師如来坐像は、子供のように見開いた大きな目が特徴だが、横から見ると鼻筋が通っていて、目元もシャープだ。その周りをゆるやかに囲むのは、塑像の十二神将像。十二支が割り当てられているが、十二支の並びと一致していないのが不思議だった。無駄な装飾がなくて、甲冑がリアルに感じられる。弓を構えた神将がいたが、弩のほうがいいなあと思った。

 新薬師寺を出て北へ向かうと、不空院というお寺があった。むかし(2010年だ)特別ご開帳の際に拝観したことのあるお寺。「巡る奈良 祈りの回廊」の立て看板が出ていたので、開いているかと思ったが境内に人の姿はなかった。予約拝観は受け付けているらしいので今度来てみよう。そういえば、新薬師寺のそばの路傍に、子どもをおんぶした母子埴輪が立っていたはずだが、見当たらなかった。撤去されたのだろうか?と心配になったが、ネットで検索したら、2018年の画像が出てきた。私が見落としただけかもしれない。

 白い漆喰が剥げ落ちて、黄色い土が現れつつある民家の塀。奈良らしくてエモい。

春日大社国宝殿 特別展『神獣-かわいい、神の使いたち』(2019年9月7日〜12月13日)

 「中の禰宜道」という小径をたどって春日大社国宝殿へ。森の中を歩きながら、直前に大和文華館で見た樹木モチーフの絵画が、ときどき頭に浮かぶ。国宝殿では、さまざまな「神獣」を紹介する特別展を開催中で、意外に楽しめた。流鏑馬木像(平安時代)は初めて見たなあ。古代中国の副葬品みたいだった。小さな土馬は、最近、別のところでも見たような気がした。奈良博『いのりの世界のどうぶつえん』かもしれない。

 春日大社本殿の第一殿から第四殿までの獅子・狛犬(2匹×4組、鎌倉~室町時代)が並んでいたのも壮観だった。第一殿は、巻毛で正面を見据え、いちばん獅子らしい。第二殿は顔を上に向けて、あう~と遠吠えしている雰囲気。第三殿は巻毛が溶けて平面化しており、特に吽形の狛犬(室町時代)はのっぺりしてウーパールーパーみたいな顔。第四殿はそっぽを向き合っているのが面白かった。

 国宝『赤糸威大鎧(あかいとおどしおおよろい)』は左右の大袖に竹虎の飾り。卵形の顔で愛嬌のある虎だ。『沃懸地獅子文毛抜形太刀(いかけじししもんけぬきがたたち)』の鞘には、猫か犬のような獅子が3匹いて、裏側には、ちゃんとそれぞれを反対側から見たポーズが刻まれている(正面向きの獅子の反対側は後ろ姿)。

 『春日権現験記』(春日本・江戸時代)は12巻と18巻、どちらも鹿の群れが現れる場面が展示されていた。鹿にまたがった春日明神像(江戸時代)は初めて見た。2018年春に、創建にまつわる秘宝「鹿島立御鉾(かしまだちおんほこ)」とともに春日大社桂昌殿で特別公開されていたらしいが(産経新聞記事2018/4/20)見逃しているようだ。

 今回の展示、「スタッフのおすすめ:かわいいポイント」というカードが、ところどころに添えられていて、素直なコメントが楽しかった。よい試み!

 最後に興福寺国宝館にも駆け込みで寄り道。そろそろ夕方だが、夜間開館の奈良博に向かう。

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2019年9月関西旅行:樹のちから(大和文華館)

2019-09-23 21:44:33 | 行ったもの(美術館・見仏)

大和文華館 『樹のちから-東洋美術における樹木の表現-』(2019年8月27日~9月29日)

 三連休は関西旅行を計画していたところ、大型台風接近のニュースが流れてきた。迷ったが、どうしても見たい展覧会があったので決行することにした。土曜日は、まず大和文華館へ。樹木のモチーフに着目し、中国、朝鮮半島、日本における多彩な樹木表現を展観する。展示品は画軸・画冊など37件で、全て同館の所蔵品。華やかさや物珍しさはないが、好きな作品ばかりで癒された。

 入口には、日本・中国・朝鮮を代表して、浦上玉堂筆『 澗泉松声図』、程𨗉筆『山水図』、鄭敾筆『冠岳夕嵐図』が並ぶ。どれも小画面だが魅力的。玉堂は擦筆の墨色がきれいで奥行のある風景。程𨗉は画面いっぱいにふわふわと浮かぶ白っぽい山水。鄭敾は青と緑の淡彩を用いて、近代のスケッチ画みたい。

 前半は墨画ないし淡彩の山水画の名品が並ぶ。まず嬉しかったのは張宏筆『越中真景図冊』が8図全部開いてる! 私は第4図の画面を斜めに横切る長い橋の図と、第8図の大河を下る帆船の図が好き。どちらも上方から対象に肉薄していて、ドローンみたいな視点だ。楊晋筆『山水図冊』も12図全部開いていた。青と緑の淡彩がきれい。五代・北宋から清に至る12人の画家の画風に倣って描いたもので、全て「倣〇〇」という題がついている。私は、きれいな色を丁寧に塗った第9図が好きで「倣趙松雪」って誰だろう?と思ったら、趙松雪=趙孟頫(もうふ)だった。方士庶筆『山水図冊』も全12図。贅沢だな~。この不思議なモノクロームの山水図は本当に好き。ほとんどの画面は、家や橋など人工物があっても人の姿がないのだが、「一線天」という雲の上に浮かぶ一本道では、空に駆け上がっていくような人々の姿が描かれる。どこまでも幻想的。

 伝・周文筆『山水図屏風』六曲一双(室町時代)は、え?こんなの持っていたっけ?とあらためて驚く。展示ケースが浅いせいか、細部をしみじみ眺めることができて面白かった。

 後半には明代の著色画。「場面を彩る樹」という着眼点だが、まあそう言えば、たいがいの風俗図には樹の表現があるだろうな。『文姫帰漢図巻』は第1~6図、『仕女図巻』は全図開いていた。やっぱり図巻や図冊は(時々は)1つの作品を隅から隅まで見せてもらえると嬉しい。『仕女図』(伝・仇英筆)は、仇英没後に流行した「仇英美人」で、瓜実顔に細い目が特徴。先日、上原究一先生が指摘していた万暦後半の通俗本の挿絵の特徴と一致するのではないかしら。

 高其佩の指頭画『閑屋秋思図』も好き。ネットで調べると面白い画像がたくさん出てくるのだが、日本にはあまり所蔵されていないのかなあ。もっと見たい。意外に(?)よかったのが近世日本の画家たちの作品で、呉春筆『春林書屋図』、山本梅逸筆『高士観瀑図』、岡田半江筆『秋渓訪友図』どれもよかった。

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隋唐の緩さと柔らかさ/絢爛たる世界帝国(氣賀澤保規)

2019-09-20 22:27:58 | 読んだもの(書籍)

〇氣賀澤保規『絢爛たる世界帝国:隋唐時代』(中国の歴史) 講談社 2005.6

 ずいぶん書店を回ったが見つけることができず、ついに諦めて図書館で借りて読んだ。このシリーズは非常に評判がよくて、中国語版が発売されたことも聞いている。Wikiによれば、中国では発売された2014年だけで10万セットを突破する人気だったとか(近代史の2巻は未刊行)。それなのに原本が、もう日本で入手不能なのは少し残念である(Amazonで中古品を探せばよかったかな)。

 ドラマ『長安十二時辰』視聴以来、唐代に興味が湧いて関連書を読んでいるのだが、本書は「隋唐」を一つながりの歴史展開として辿る。隋には南北朝時代の最後を締めくくる一面と、唐の先駆けとしての一面があるという。後者について見ると、隋文帝は三省六部制を実施し、新律令(開皇律令)を定め、地方行政の人事権を中央に回収し、科挙を試みた。次の煬帝は、文帝の「関中本位」路線を改め、さまざまな改革を一気に行おうとして大きな反発を招いた(しかし著者は煬帝の積極政策にわりと好意的)。その後、唐を興した李淵は煬帝を全否定し、隋文帝の「開皇の旧制」に戻ることを宣言する。しかし太宗によって新律令と国家体制が整えられると、かなり煬帝の路線に似たものになっていく。この関係、とても面白い。

 本書はまず時代を追って隋唐の歴史を概観したあと、「人々の暮らし」「女性」「軍事と兵制」など、多様な側面からこの時代を記述する。前半では、安史の乱後の記述があらためて面白かった。唐は乱後の財政逼迫を江南からの上供米と塩税でしのぎ、徳宗は租庸調制に代わる両税法(人でなく土地に税金をかける)を施行する。これによって、9世紀初めの憲宗の治世には、唐盛期の天宝期に比べて租税戸が半分以下に減少しているのに国家収入は60~70パーセントを確保し、徳宗初期より2.7倍に回復しているという。まさしく財政は国家の要。しかし、そんな中興の英主・憲宗もやがて政治に飽きて不老不死の仙薬に手を出し、狂暴になって宦官に暗殺されたと聞くと、唐皇家ってダメだなあと溜め息が出る。

 本書は実にさまざまな側面から、この時代の社会・政治・文化を記述しており、写真や図版の多さも、たいへん参考になった。洛陽城や長安城の坊城図、都護府や辺境節度使の所在図など、地図は見ていて飽きない。ラサに残る「唐蕃会盟碑」の写真もあった。カラーで紹介されていた西安碑林博物館所蔵の断臂菩薩像(トルソー)の美しさよ!これ、生きているうちに一度は見たい!

 隋唐王朝を取り巻く異国人の世界にも詳しく、ソグド人をはじめとする西域人だけでなく、広州に根を下ろしていた海のシルクロードの人々、朝鮮三国など東アジア諸国の動向にも言及する。円仁の『入唐求法巡礼行記』に依って、山東半島の新羅人社会について詳述しているのも興味深い。円仁ゆかりの赤山禅院に久しぶりに行ってみたくなった。

 著者は隋唐時代の印象を「緩やかさ、ルーズさ、やわらかさ」という言葉で説明し、この時代を覆う貴族性(制)と関係づける。魏晋南北朝の貴族制に対し、隋唐国家は律令制(官僚制)に立脚した強固な体制を築いたように考えられてきたが、やはり社会や文化の各所には貴族制的な特質がうかがえる。それは、権力の不徹底、弱さにつながるように見えて、唐が300年近い命脈を保つ柔構造をつくっていたのではないか、という。なるほど、名君・英主のように見えて続かない皇帝たちのふるまいも、貴族的な「ルーズさ」のゆえかもしれない。

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大阪テイストの世話物/文楽・嬢景清八嶋日記と艶容女舞衣

2019-09-18 20:48:22 | 行ったもの2(講演・公演)

国立劇場 令和元年9月文楽公演 第2部(2019年9月15日、14:00~)

・『嬢景清八嶋日記(むすめかげきよやしまにっき)・花菱屋の段/日向嶋の段』

 9月文楽公演、第1部の『心中天網島』は気づいたときには国立劇場のサイトでチケット完売になっていた。最近、いろいろ別の探し方を覚えたので、チケットぴあや転売サイトを覗いてみると、まだ入手可能なことが分かったが、同じ演目のある11月の大阪公演に遠征することにして、今回は第2部だけにした。

 『嬢景清八嶋日記』は初見。悪七兵衛と呼ばれた平家の侍大将・景清は、壇ノ浦で平家が滅亡した後、大仏開眼供養の際に源頼朝の暗殺を企てて捕えられる。源氏全盛の世を見ることを潔しとせず、両目をえぐり取り、盲目となって日向国をさすらうことになった。上演の段はここから。駿河国の手越宿に暮らす景清の娘・糸滝は、幼い時に父と別れ、母も亡くして頼る者のない身の上だったが、自らの身を売って金をつくり、父に会いに行くことを決意する。糸滝の孝心に感じ入った遊女屋の人々に見送られ、佐治太夫に連れられて日向へ赴く。

 糸滝は日向の海岸で変わり果てた父と対面するが、現在の境遇を隠して、田地持ちの大百姓に嫁入りし、不自由なく暮らしていると告げる。なぜ百姓の女房になった、と怒りをあらわにする景清。悲しみながら立ち去る糸滝。糸滝が残した書置を村人に読んでもらった景清は、娘が自分に会うために身を売ったことを知る。己れの浅はかさを知って悲憤慷慨する景清。二人の里人(実は頼朝が遣わした隠し目付)が「なぜ頼朝に仕えぬか」と迫り、景清は源氏に仕えることを承諾する。この突然の展開、ポカンとしてしまった。

 あとですじがきを読んだら、心の広い頼朝は(笑)暗殺に失敗した景清に情けをかけ、自分の家来になれと勧めたのに、景清はそれをかたくなに拒んでいたのだった。しかし平家への忠義はどうなる。オカシイだろ?と思って、千歳太夫の熱演にもかかわらず、共感できなかった。平(藤原)景清って、伊藤(藤原)忠清の七男なのだな。後半、日向嶋の段の糸滝は蓑助さん。眼福だったが、嫋々と美しすぎて、父と娘のシーンであることを忘れてしまう。

・『艶容女舞衣(はですがたおんなまいぎぬ)・酒屋の段/道行霜夜の千日』

 この演目は一度見たことがあるはずだが、ブログを検索しても記録が出てこない。かなり前の観劇かもしれない。あまり好きな演目ではなく、今回も期待していなかったのだが、すごく気持ちが入ってしまった。芸者の三勝と深い馴染みになり、子どもまでなした茜屋の半七。その両親、名ばかりの妻であるお園とその兄、口では厳しいことを言いながら、互いの身の上を心配しあう温かい家族。その家族の輪の中から、そっと身を引いて死出の旅路に赴く半七と三勝。津駒太夫と藤蔵がとにかくよい! 津駒さんの語る世話物は、これぞ大阪の芸能、という感じがする。

 三味線の藤蔵さんには、私は大阪で当たることが多い気がしていたのだが、公演記録を調べたら、そんなことはなくて、東京でも大阪でも登場していらっしゃる(当たり前か)。でも、今回の津駒さんとの組み合わせは、格別に大阪っぽい感じがしてよかった。

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奈良大和四寺トークショー(みうらじゅん、いとうせいこう)

2019-09-16 23:33:27 | 行ったもの2(講演・公演)

東京国立博物館 『仏像大使 みうらじゅんさん・いとうせいこうさん トークショー』(2019年9月14日、18:30~)

 特別企画『奈良大和四寺のみほとけ』(2019年6月18日~9月23日)の連携企画。気になってはいたが、ぐずぐずしていたら370名(全席指定)のチケットが完売になってしまった。それが、数日前に友人から「チケットを取ったのに行けなくなってしまった」という連絡があり、定価で買い取らせてもらうことにした。

 私は『見仏記』を単行本第1巻の頃から読んでいるが、ビデオやテレビ放送は見たことがない。まして生でおふたりのトークを聴くのは初めてかもしれない。でも東博の『櫟野寺』展や『インドの仏』展の音声ガイドでおふたりのかけあい式解説を聴いたり、高知の竹林寺ご開帳ライブをネット配信で見たりしていたので、初めての感じがしなかった。

 ふたりとも、白い紙製のちゃんちゃんこ(袖なし羽織)を着て登場。「受けないなあ~」と苦笑していたが、後ろを向いたら、背中に四寺の御朱印が。奈良大和四寺巡礼のための特別な巡礼衣(おいづる)で、東博の特設ミュージアムショップで販売中の品だった。登場したときから、いとうさんはテンションが高く、みうらさんは自由。話題のおもむくまま、餃子の王将とかポケトークについて熱弁をふるう。このトークショーの直前に、東博の会場を見てきたそうで、その感想も折々はさんでくれた。

 おもむろにスライドショーが始まる。安倍文殊院、長谷寺、岡寺、室生寺の写真を見ながらのトーク。お寺の全景写真を見ながら「こっちに〇〇堂があって、このへんに〇〇仏がいて」と記憶で喋れるのはさすが。私はこの四寺では、安倍文殊院だけ行ったことがない。「ものすごく行きにくいお寺だが、ぜひ行った方がいい」とおふたり(特にいとうさん)が力説するのを聞いて、この秋、本気で参拝を考えている。なお、安倍文殊院は、東博に文殊菩薩像の像内納入品(文書)しか来ていなくて「これを見て、ぜひ現地に行こう!と思うかねえ」とツッ込んでいたのには笑った。

 スライドショーは、お寺の風景、仏像のほか、『見仏記』の関連イラストも投影されて「これは第1巻だよ~」とか、けっこう古いものが多かった。当時は校正が付いていなかったので、誤字も直されず、好きなことを書いていたとか。安倍文殊院は、文殊菩薩が獅子から下りたときをみうらさんが描いていた。

 長谷寺の難陀龍王と雨宝童子は、現地では暗くて見えないことを強調。そうだなあ、私も見た記憶がない。岡寺の寝釈迦(釈迦涅槃像)は「蓮の枕が来てないけど、どうなの?」という話が面白かった。巨大な本尊・如意輪観音の像内から発見された銅造菩薩半跏像の愛らしさ。トークショーの後、確かめに行ったが、高い台座に座っているのでスタイルがよく見える。

 室生寺については、2014年に仙台で開催された東日本大震災復興祈念特別展に、寺宝のほぼ全ての仏像を出陳したお寺の心意気を強くリスペクト。二人が室生寺を訪ねたときは、ちょうど搬出の準備中で、経費節約のため(特別な美術搬送ではなく)クロネコヤマトに搬送を頼み、クロネコの段ボール箱が並んでいたとか、お寺の方が仏像の埃を払って掃除していたとか、貴重な話を聞くことができた。東博に来ている地蔵菩薩の前のめり姿勢は、気づいていなかったので、これもあとで確認した。室生寺の金堂では、地蔵菩薩も十一面観音も、だいたい拝観者の視線と同じ位置に顔があるのだが、東博では位置が高いせいか、少し小さく感じたという。私もそう思った。

 ここで若干話題がズレて、みうらさんが小学生の頃、クリスマスに買ってもらったという日本の仏像の写真集がスライドに映った。書名をメモし忘れたが、複数の写真家が撮影を分担しているという話だったから、『日本の彫刻』(美術評論社、全6巻、合本版あり)ではないかと思う。その平安時代を土門拳が担当しており、有名な仏像の写真が多数ある中で「これよ」とみうらさんが見せたのは、いわゆる翻波式衣文のアップ。「これはどの仏像か?」というクイズ大会になって、答えた人はいたが当たらなかった。その他にも、仏像の全身像ではなく、気になる部分だけを切り取った土門拳の作品をいくつかと、その姿勢に影響を受けたみうら少年の作品も見せてもらった。土門拳の時代には、今では考えられないような仏像の写真の撮り方が許されていたという話も面白かった。なお、『奈良大和四寺のみほとけ』オリジナルグッズに、室生寺の釈迦如来坐像の横顔をみうらさんがスケッチした絵を表紙にしたノートがあるが、あれは土門拳の写真をスケッチしたものである由。

 最後に「あと10日くらいしか会期がないのに」と言いながら、テープカットセレモニーもしてくれた。楽しかった。

 

 なお、同じ日に立ち寄った東洋館8室(中国の絵画)『扇面画の魅力』(2019年8月6日~9月16日)が意外に魅力的だったことを記録しておく。全て明清もので、個人蔵多し。

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西遊記と明の挿絵本/東洋学への誘い(金沢文庫)

2019-09-15 23:51:51 | 行ったもの2(講演・公演)

神奈川県立金沢文庫 特別展『東京大学東洋文化研究所×金沢文庫 東洋学への誘い』(2019年7月20日~9月16日)+連続講座「東洋学への誘い」第5回「明代における『西遊記』の出版と流伝」(9月15日)

 東京大学東洋文化研究所(東文研)が所蔵する漢籍善本、敦煌遺書、キジル壁画、東方文化学院東京研究所旧蔵資料など約100点と、金沢文庫が保管する国宝『文選集注』や漢籍の利用を伝える鎌倉時代の古文書などをあわせて公開する。 7月から行こう行こうと思っていたのだが、結局、会期最後の週末になってしまった。

 展示の大半は漢籍(仏典を含む)だった。というか、仏典多いなあという印象を持った。宋版くらいでは驚かないが、南北朝以前(5世紀)の『大般涅槃経』には驚いた。字のかたちが唐の写経とは明らかに違った。いわゆる漢籍としては、論語の版本各種、『文選』(令和の元ネタである「帰田賦」の箇所を開けてあった)、宋刊本『咸淳臨安志』など。書籍の専門家がかかわっているだけあって、刊行者、伝来、旧蔵者、版面の見どころなど、展示キャプションが素晴らしく的確だった。分冊ものは、旧蔵者印のある巻頭と、刊行者情報のある巻末を開いて展示するなど、配慮が行き届いていた。

 また漢籍の通俗文学本も多数。有名な『西遊記』や『三国志』に混じって、知らないタイトルもあって、気になった。中国関係は、ほかに貨幣、瓦当、古写真など。『清朝東陵全図』は懐かしかった。キジル、ホータン、トルファンなど西域関係の壁画片や立体の人物像もあった。あとは西アジア関係の写本が少々で、現在の東文研の研究領域からすると、ちょっと展示品が偏っている気がしたが、やっぱり歴史的には中国学の比重が高いのだろうか。

 この日は展示を見たあと、連続講座の第5回(最終回)「明代における『西遊記』の出版と流伝」(東文研・上原究一先生)を聞いた。せっかくなので、私が聴き取ったことをメモしておく。『西遊記』は作者不詳の物語で、明代に百回本という形態が成立した。『西遊記』の明刊本は8版15本が現存する。(A)世徳堂本系:(1)世徳堂本(2)熊雲浜補修本(3)楊致和本?(簡本)(4)楊閩斎梓行。(B)李卓吾本系:(5)丙本(6)丁本(7)閩斎堂本(8)甲本。なお(9)番目として李卓吾乙本を含める説もあるが、講師は乙本は清初刊と考える。

 8版15本のうち7版13本までが、中国ではなく日本に伝来している。通俗文学の中でも、明刊本の中国伝来の比率がこれだけ低い作品は異例であるそうだ。明刊本なんて軽く見ていたが、ずいぶん大事な伝本もあるのだと再認識した。あと世徳本は南京(金陵)で刊行されたが、その後(2)(3)(4)は福建省の武夷山南麓にある建陽で出版されている。建陽は、南京・杭州と並ぶ明代の三大刊行中心だったのだそうだ。版木(木材)や水が豊富だったことが幸いしているという。今は全く面影はないのかしら。行ってみたい。

 それから通俗文学本の挿絵について。明初は双面連式(見開き2ページを連結)で力強く画面の黒っぽいものが多いが、万暦後半(1590年代後半~)の版面は白っぽく、卵型の顔で体形のスリムな人物が多くなる。鳥居清信から鈴木晴信みたいだなあと一人で納得していた。さらに天啓以降(1620年代~)になると、風景描写に力が入り、人物は小さく描くようになる。また手間のかからない短面式が増える。一方、上図下文方式は、元代から建陽の出版物に多い。なお、挿絵の芸術性は明末がピークで、清刊本の挿絵はショボいのだそうだ。

 また、王少淮など、名前の判明している画工もおり、上元王氏という出版の職人集団がいたらしい。講師は、上元王氏の中で、たとえば「馬に乗って逃げる」などの図像が共有され、異なる作品にも使いまわしされていることを指摘していたが、前近代の絵画職人としては当たり前のような気がする。しかし、中国絵画を見るといえば、やはり肉筆画が中心になるので、挿絵や版画の流行や技術革新についての知識も頭に入ると、面白いだろうと思う。

※参考:wikipedia「西遊記の成立史」

※東京大学人文社会科学研究科・文学部:博士論文データベース『「百回本『西遊記』の成立と展開 ―書坊間の関係を視野に―』(上原究一)

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桃山の美意識/黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部(サントリー美術館)

2019-09-14 23:56:39 | 行ったもの(美術館・見仏)

サントリー美術館 サントリー芸術財団50周年『黄瀬戸・瀬戸黒・志野・織部-美濃の茶陶』(2019年9月4日~11月10日)

 近来まれに見るくらいストレートな展覧会タイトルである。入口のバナーには「しびれるぜ、桃山」というキャッチコピーが躍っていて、こっちが展覧会のタイトルかと思ったが違った。

 黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部は、それぞれ桃山時代に美濃で想像された「茶陶」のジャンル。しかし、これらが美濃(岐阜県)で焼かれたと分かるのは昭和初期で、それ以前は瀬戸(愛知)の産と考えられていたそうだ。実は中部地方の地理は苦手なので、会場の地図パネルを見なら、あらためて「美濃」(土岐市、多治見市、可児市など)の位置を頭に入れようとつとめた。

 第1章「美濃における茶陶創造」では「姿を借りる」「描く」「歪む」などのキーワードで桃山の古陶を紹介。「描く」は志野を中心に黄瀬戸もあり。「歪む」は当然、織部や瀬戸黒が多くなる。私は「描く」に分類されたものに魅了された。『志野織部傘鷺文向付』は温もりある薄茶色の雲形の皿に、鉄釉(?)で傘と鷺と柳を描いたもの。とぼけた顔の鷺がかわいい。手前の外縁の縦縞が橋桁に見えることから、「傘・鷺・橋」で「かささぎのはし」を表したものではないかという解説に笑ってしまった。「志野織部のうつわに時折みられる謎めいたデザインの中に、他にも同じ要領で判じ絵風に読み解けるものがあるかもしれない」という指摘には、目からウロコが落ちる思いだった。『志野織部箕笠文向付』は「みかさのやま」ではないかという。楽しい。

 志野のうつわに描かれた絵はどれもいい。果樹や草花が多かったが、私は『志野山水文鉢』の切り立った山と手前の空間(たぶん水面)に浮かぶ釣舟の図が好き。雑誌『芸術新潮』の「ゆるかわアート」特集でうたわれた「われわれは偉そうではない」「われわれはゴージャスでもない」「テクニックのうまいへたは問わない」に通じるものがある。かわいくはないかもしれないが、ゆるい。おおらかにゆるい。

 それに比べると織部はアクが強すぎてあまり好きではないのだが、緑釉と淡紅の片身替わりの「鳴海織部」という一群の作品が、単に表面の装飾を変えるだけでなく、全く違う土で成形したものを接ぎ合わせてできていると知って、感心してしまった。『織部州浜形手鉢』は、かなり大ぶりの鳴海織部で、山の字のような州浜形をし、半円を描く太い帯状の把手がついている。赤土部分には子どもの悪戯書のような花とゆるい幾何学模様。白土部分には、今流れたばかりのよう緑釉がかかる。これは360度全方向から鑑賞できる展示ケースに入っていて、見る角度によってどんどん表情が変わるのが贅沢で楽しい。織部には珍しい花入(寸づまりの徳利みたいに口が細い)や『織部南蛮人燭台』も見た。

 第2章「昭和の美濃焼復興」では、まず美濃古陶の研究に取り組んだ陶芸家、荒川豊蔵と加藤唐九郎の作品を展示する。荒川豊蔵は美濃焼の発見者でもあり、そのきっかけとなった『志野竹の子文筒茶碗』(これも素朴で好き)が展示されていた。この茶碗の高台内に付着していた土を見て、瀬戸のものではないようだ、と疑問を持ち、その後、岐阜県で本作の同手の陶片を発見して、志野が美濃で焼かれたことが実証された。その後、黄瀬戸や瀬戸黒の陶片も見つかるようになった。これを契機に、一種の美濃焼ブームが起こる。特に中京の茶人・森川如春庵は美濃焼の研究に熱中した。

 最後のセクションでは、近代数寄者が所蔵した美濃焼の名品が大集合。すぐ分かったのは、五島慶太の『鼠志野茶碗(銘:峯紅葉)』(五島美術館)。『志野茶碗(銘:夜明)』(MIHO MUSEUM)はわずかに焼け焦げたような色合いが絶妙。松永耳庵が懇願して在世中だけ手に入れていたものだそうだ。『黄瀬戸大根文輪花鉢』は、名前のとおり洗面器みたいな大ぶりの鉢で、底面に元気よく葉を広げた大根が描かれている。なぜか現蔵は相国寺だが、益田鈍翁旧蔵だそうだ。

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風刺とファンタジー/折りたたみ北京(ケン・リュウ)

2019-09-11 22:50:16 | 読んだもの(書籍)

〇ケン・リュウ編;中原尚哉他訳『折りたたみ北京:現代中国SFアンソロジー』(新ハヤカワSFシリーズ) 早川書房 2018.2

 ほとんど小説を読まない私だが、「現代中国SF」というジャンルが話題らしいと聞いて、おそるおそる本書を買ってみた。アンソロジーなので、面白い作品が1つでもあれば御の字と思いつつ読み始めたら、あっという間に全部読んでしまった。

 本書は、現代中国を代表する7名の作家の13編の作品を、中国系アメリカ人作家ケン・リュウが英語に翻訳したアンソロジー「Invisible Planets」をさらに日本語に翻訳したもの。第50回星雲賞の海外短編部門(日本SF大会参加登録者の投票で選ばれる)を受賞したことで話題になっている。7人の作家とは、陳楸帆(チェン・チウファン)、夏笳(シア・ジア)、馬伯庸(マー・ボーヨン)、郝景芳(ハオ・ジンファン)、糖匪(タン・フェイ)、程婧波(チョン・ジンポー)、劉慈欣(リウ・ツーシン)。知っていたのは、ドラマ『三国機密』『長安十二時辰』の原作者・馬伯庸だけだった。

 馬伯庸の『沈黙都市』は、極度の検閲が敷かれた近未来の物語。全ての市民は、身分証明書カード番号=ウェブアクセス場号で管理されている。BBSフォーラムでも日常生活でも、市民の使える言葉は「健全語」に限られていて、健全語リストは少しずつ減っていく。あるとき主人公は、非合法の「会話クラブ」に誘われ、率直な交流の楽しみを覚えるが、突如、クラブは関係当局に潰されてしまう。愛と自由を失った主人公の胸の奥には、反政府の過激派に身を投ずる決意が芽生える。訳者は解説で、この物語を中国政府へのあからさまな風刺として読まずにいられないかもしれないが「その誘惑には耐えることをおすすめする」と書いている。理解が皮相になるからかしら。でも、政治風刺として読んでも、もっと哲学的に読んでも、どちらも面白いと思う。行動する主人公であるのが馬伯庸らしいと思った。巻末の解説で、作家・立原透耶氏が「日本でもかなり人気の出そうな作家」と評していたのも嬉しい。もっと作品が読みたい。

 陳楸帆の『鼠年』も現代中国への風刺として読みたくなる作品。就職難に悩むモラトリアム大学生の主人公は鼠駆除隊に志願する。鼠、いや遺伝子改造されたネオラットは、富裕層のペットとして工場で生産されていたが、逃げ出して大量繁殖してしまったのだ。「民を守り、鼠を殺そう」のスローガンの下、厳しい教官に統率されて、鼠との戦いに臨む学生たち。悪夢のようにシニカルで好きだ。

 夏笳の『百鬼夜行街』『童童の夏』『龍馬夜行』は、優しさと哀しさが沁みわたるファンタジー。かつて萩尾望都のマンガを読んだときの感じを思い出した。作者も女性である。『童童の夏』では、童童(トントン)のおじいちゃんは、自分の介護のために派遣されたロボット阿福(アーフー)の遠隔操作方法を覚えて、離れて暮らす老人友だちの介護や看病をすることになる。これ、実現したら嬉しいな!同じロボット活用でも、若者が高齢者を介護するためのロボットから発想を大転換するのだ。

 劉慈欣の『円』は話題の長編『三体』の一部を抜粋し改変したものだそうだ。舞台は古代中国で、秦の政王と蕭何が登場する。この発想はなかった!と思って大いに笑ったが、ネタバレはなしにしておく。

 全体として、こんなふうに多様で質の高いSF文学が次々に生まれているのは、やっぱり今の中国が豊かで力(勢い)があるからなんだろうなと思った。収録作家たちが、作家であると同時に、IT企業のプロダクトマーケティング部門のマネージャー(陳楸帆)とか、大学教員(夏笳)とか、シンクタンク(郝景芳)とか、華麗な別の職業を持っているのも今の中国っぽい。

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