見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

ジャスコ化する空間/東京から考える(東浩紀、北田暁大)

2007-01-31 23:56:50 | 読んだもの(書籍)
○東浩紀、北田暁大『東京から考える:格差・郊外・ナショナリズム』(NHK Books) 日本放送協会 2007.1

 ともに1971年生まれ、東京郊外に育ち、東京近郊で暮らし続けているふたりの若手研究者の対談。私は、年齢こそ彼らよりひとまわり上だが、やはり東京近郊を出たことがない。東側の下町で育ち、大学生のとき、家族と共に23区の西側に引越した。だから、北田さんの言う「荒川区と足立区の差異」もよく分かるし、中央線沿線を「サブカルと全共闘の夢にまどろんでいるテーマパーク」という東さんの分析にも、実感を持ってうなずける。私も中学受験の経験者なので、狭い「地元」とのつながりが希薄で、通学先の都心を「ヴァーチャルな地元」と感じる気持ちにも共感できる。そのほか、「柏」も「横浜」も「青葉台」「下北沢」「池袋」も、いちいち実感できるところが多くて面白かった。

 東京を語るには、古典的な「山の手/下町」から、森川嘉一郎が『趣都の誕生』で示した「渋谷/秋葉原」まで、さまざまな対立軸が想定されてきた。本書の対談が進むうち、次第に明らかになってきたのは、「ジャスコ化」もしくは「国道16号線化」というキーワードである。

 国道16号線とは、関東近県を結ぶ環状道路である。地図で示せば、こんな具合だ。ファミレス、コンビニ、ファーストフード、ジャスコなどの大型スーパーが軒を連ね、どこまで行っても均質な消費空間が展開する。それは、60~70年代のニュータウンが、アメリカのアッパーミドルクラスの居住地を手本に作り上げた「古典的郊外」とは異なり、80年代以降、大都市の周辺に出現した「新しい郊外」の風景である。

 「ジャスコ的空間」は、歴史や共同幻想を必要としないという意味では「動物的」である。しかし、リアルな生活者にとっては、安全で清潔で、適度にバリアフリーで、住みやすい空間でもある。人間工学の観点から、安全や快適さを求めれば、街は多様性を失い、「ジャスコ化」せざるを得ない。いまや、渋谷や恵比寿、六本木においても「ジャスコ化」は着実に進行しつつある。

 これに対して、たとえば下北沢のような、個性ある街を存続させたいと煩悶するのが北田暁大氏である。一方、東浩紀氏は、この現象を、わりあい肯定的に受け止めている。この対照には、同じ時代、同じ場所に育った両者の、社会観の違いが見て取れて興味深い。子どもを育て、世代の継続性を受け入れようとしている東さんと、そうでない(のかな?)北田さんのライフスタイルの差にも対応しているように思われる。

 やや本筋を外れるが、ベストセラー『下流社会』(三浦展)に対する、東さんの批判はスルドイ。六本木の億ションに住む高額所得者たちは、見かけもライフスタイルも「アメリカ的=ジャスコ的」文化と親和性が高く、ほとんど識別できない。『下流社会』では、たとえば街頭で寝ている若者の写真に、「希望を失った若者が倒れこんでいる」云々というキャプションが付いている。だが、「その被写体の若者を起こしたら、実は資産1億の若手IT起業家かもしれない」。確かに(笑)。「文化資本」の有意性が成立していない社会で、「格差」「階級」とは何を意味するのか。「収入」だけを意味するのだとしたら、実に身もフタもないなあ。

 余談であるが、「人間工学的な正しさ」という規範強制力の増大は、社会のさまざまな局面で観察されるように思う。私は、大学という空間の「ジャスコ化」についても考えてしまった。安全、快適、効率と引き換えの画一化。こういう流れでいいのかなあ。著者のおふたりは、どうお考えだろう?
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漢籍からたどる中国の伝統文化/慶応義塾図書館展示会

2007-01-29 21:54:41 | 行ったもの2(講演・公演)
○『義塾図書館を読む』講演会~井上進「漢籍からたどる中国の伝統文化」

http://www.maruzen.co.jp/home/tenpo/keio/keio_index.html

 丸善・丸の内本店ギャラリーで開かれている、慶応義塾図書館貴重書展示会に連動した講演会シリーズ。この貴重書展示会は、毎年開かれており、今年が第20回に当たる。しかし、会期が短いので、行き逃してしまうことのほうが多い。

 土曜日の朝、たまたまネットで「『華厳経』全60巻、唯一不明の巻14を発見」というニュースを見て、今年の展示会が始まっていたことを知った。そう言えば、昨年、『論語の世界』を見に行ったのもこの時期だったと思い出した。しかも、この日(1/27)は、最近読んだ『中国出版文化史』と『書林の眺望』の著者である井上進先生の講演があるらしい。急遽、講演会の時間に合わせて、出かけることに決めた。

 講演の内容は、著書に重なるところが多かったが、平易な語り口で、ときどき自由に脱線するところが面白かった。たとえば、唐代の典型的な書物は、上質な料紙に堂々とした楷書で筆写(1行17字が規範)された巻子本だった。時代が下っても、我々(東アジアの人間)にとって、書物の原初的な「聖性」は、巻子本という形態に結びついている。「だから、忍者が咥えるのは巻子本でしょ」というのは可笑しかった。なるほど。富の象徴として、銭や宝玉と一緒に描かれるのも巻子本だなあ。

 巻子本は、検索ができないし、途中から開くことができない。それは、元来、書物とは(学問とは)「読んで記憶するもの」であったためである。この伝統は、日本では急激に潰えてしまったが、中国では根強く残った。その実例として、講師は、留学当時、中国の大学生が、マルクスの大部な著作を「覚えてしまえばいいのさ」とこともなげに言っていたことを思い出すという。

 「日本の天平写経の質のいいものは、唐代の写経と見分けがつかない」とか「朝鮮版は明初の印本の雰囲気によく似ている(肥字、黒々とした版面)」とか、実物に即した話も面白かった。宋末~元~明初の刊本は正確な識別が難しいと聞いたときは、そんなものか、と思った。出版印刷史の教科書では、とりあえず分けているのに。内藤湖南は、宋末~元~明初を「ひとつの時代」と捉えているそうである。

 明末の商業出版の隆盛は、清代において途絶し、衰退してしまった。これは「必ずしも一般的見解ではない」が、前掲の著書で繰り返し述べられている講師の立場である。講演では、さらに興味深い指摘があった。すなわち、本国において衰退した明末の出版文化を、順調に発展させたのが日本だったのではないか。そのことが、近代以降の両国の運命を分けたのではないか――たぶん講師の胸の内でも、まだ整理し切れていない直感の断片を語ってくれたのではないかと思う。いつか、日中の出版文化史を俯瞰する著作を書いてほしいなあ、と思った。

 ふらりと出かけた会場だったが、偶然、知人に会って、講師の井上先生にお引き合わせいただけたのは望外の喜びだったことを付記しておく。なお、今年の展示品は、和書・洋書・漢籍が取り揃えられている。普通には、墨一色の和書や漢籍よりも、洋書の彩色写本の美しさに目を奪われるだろう。
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驚愕の「お蔵出し」、日本美術が笑う/森美術館

2007-01-28 23:23:22 | 行ったもの(美術館・見仏)
○森美術館 『日本美術が笑う:縄文から20世紀初頭まで-若冲、白隠、円空、劉生-』

http://www.mori.art.museum/jp/index.html

 久しぶりの森美術館。会場に入ると、無防備な笑いを顔いっぱいに浮かべた3人の楯持人埴輪に迎えられて、いきなり脱力する。最初のセクションは「土の中から~笑いのアーケオロジー」と題して、円形の舞台に、土偶(縄文時代、紀元前3000~1000年)と埴輪(古墳時代、5~7世紀)が並べられている。土偶も埴輪も、もちろん「笑い」をたたえた造型ばかりではないはずだが、無数のバリエーションの中から、よくぞ選び出したなあと思われるくらい、見事な笑顔が並んでいる。ヒトだけではない。埴輪のイヌってかわいいなあ! ちゃんと日本犬の特徴を備えている(ピンとした耳、クルリと巻いた尾)。

 次の「意味深な笑み」のセクションに進もうとして、ちょっと戸惑う。この展覧会、会場の作りが非常に面白いのだ。各セクションの中に、ところどころ、さらに仕切られたブースが設けられている。たとえば「寒山拾得」のブース。狭いブース内に入っていくと、作者不詳の寒山拾得の巨大なアップ(室町時代)と、長沢蘆雪が酔って即興で描いた「寒山拾得図」(これも胸から上のみ)という2作品の迫力に圧倒される。ほかに雪村と若冲。ああ~いいセレクションだなあ、と嬉しくなる。

 驚愕の「お蔵出し」セレクションは続く。長い廊下のような順路で、ふと覗き込んだ作品に、私は釘付けになってしまった。作者不詳「桜狩遊楽図屏風」(江戸時代)。女性と若衆(あまり区別がつかない)10数人が遊び戯れている図を描いたもの。江戸初期らしく、長い髪を垂らし、細い帯を腰のあたりで締めているが、そのファッションのエゲツないまでのダラシなさ(帯がほとんど解けかかっている)。煙管を手に緋もうせんの上に寝そべり、頬杖をつき、傍目も気にせずくっつきあっている様子は、いまどきの女子高生みたいだ。うわーこんな遊楽図があったのか、とびっくりした。解説に「岸田劉生がその卑近美を熱愛した風俗画」とあり、納得。個人蔵らしい。

 それから、とりわけ照明を落とした展示室で、細長い展示ケースに近寄って(たぶん絵巻だな、と思いつつ)息を呑む。これは「つきしま物語絵巻」ではないか!! 慌てて解説プレートを見て、作品名を確認する。この展覧会のアドバイザー、山下裕二さんのファンなら、既におなじみのことと思う。赤瀬川原平氏との共著『日本美術観光団』で紹介され、その後、紀伊国屋セミナー『日本美術の愉しみ』(2005年10月)でもスライドで盛り上がった。私は、見たくて見たくてたまらなかった作品である。いや、すごい! ちなみに会場では、赤瀬川さんが注目した”妙にこだわりをもって描かれた馬の脚”の部分が開いているので、お見逃しなく。

 稚拙さの魅力で負けていないのは、長谷川巴龍筆「洛中洛外絵巻」。新発見の洛中洛外屏風だそうだ。デジタル画面が用意されているので、ぜひ「壬生狂言」の部分を拡大して見てほしい。お堂を舞台に、演技してるんだかしてないんだか、よく分からない、脱力系のサル数匹が愛らしい。

 「いきものへの視線」のセクションも、楽しい名品揃いである。若冲の白象、蘆雪の黒牛、神坂雪佳の「金魚玉」!! 私が最も愛するのは、宗達の犬図。どの子も、ころころしていて愛らしい。(応挙の犬みたいに)人間に媚びたところがなくて、ちょっとブサイクで(歌舞伎の隈取りみたいな顔の犬とか)、しかし、ブサイクであることを全く気にかけない、自由な表情をしている。図録の解説にいうように、宗達は「犬が好きだったんじゃないか」と思う。それから、あまり注目したことがなかったが、狩野山雪の「虎図」もいいなあ。上目づかいがお茶目。ごく最近、ロンドンで見出され、里帰りした作品だそうだ。

 ところで、買ってきた図録を見ていると、会場で見た記憶のない作品が含まれていることに気がついた。あれっ。展示替えがあるのか? それならいいのだけれど、もしや見落としたのではあるまいか。この展覧会、会場の作りが複雑なので、ときどき順路が分からなくなるのだ。

 公式サイトによれば、「建築家・千葉学氏による展示ケースデザイン」とわざわざ断っているくらいだから、会場デザインにこだわりがあることは分かる。実際、配置は面白いし、一般の展覧会に比べて、ケースの奥行きが薄く、ぎりぎりまで作品に接近できることも好ましい。しかし、たとえば、英一蝶の「舞楽図屏風」は、裏絵の「唐獅子図」も見られるのだが、裏に回ってみようとする観客は少なかった。宗達の「狗子図」は、若冲「白象図」のケースの裏に嵌め込まれているのだけれど、運よく振り返らないと気づかないと思う。本展にお出かけの方は、時間と気持ちに余裕を持って、見落としのないよう、ご注意ねがいたい。
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ジャーナリズムの迷宮/下山事件(森達也)

2007-01-27 23:57:01 | 読んだもの(書籍)
○森達也『下山事件(シモヤマ・ケース)』 新潮社 2004.2

 森達也さんの読者として、本書の存在は、発売当初からずっと気になっていた。しかし、なかなか読んでみようという決断がつかなかった。

 下山事件とは、1949年7月、国鉄総裁の下山定則が出勤途中に失踪し、北千住-綾瀬駅間で轢死体となって発見された事件である(詳細→Wikipedia)。その程度のことは知っていた。しかし、私が生まれる10年以上も前のことだ。そして、こういう「事件」は、往々にして教科書的な「歴史」の記述からは抜け落ちてしまう。正直なところ、下山事件の何が今もって「謎」であるのか、私は何も知らなかった。

 先日、小林英夫著『満州と自民党』を読んで(この本自体にはあまり感銘を受けなかったが)、下山事件(および三鷹事件、松川事件という国鉄の戦後3大ミステリー)の起きた1949年が、戦前の満州人脈が表舞台に復帰を始める、戦後日本の転機の年であったことが分かってきた。あらためて、その時代に何があったのかを知りたいと思い、続けて本書を読むことにした。

 事件の詳細を何も知らなかった私は、東京大学法医学教室の死後轢断(他殺)説に対して慶応大学法医学部が生体轢断(自殺)説で対立しただけでなく、警視庁内では捜査一課が自殺、捜査二課が他殺説、マスコミは朝日と読売が他殺、毎日が自殺説を主張したという紛糾ぶりに、まず驚愕した。近年は、何か大きな事件が起きると、世論もマスコミも、あっという間に一方向に偏ってしまうケースばかり見ているので、当時のほうが健全と言えば言えるのかも知れない。本書を読む限りでは、他殺説に歩があると感じられる。自殺説を補強する証言に、多くの粉飾が行われていたことが、後年、明らかになっているからである。しかし、首謀者が誰であったかについては、諸説あって定まらない。

 本書は、1994年、著者が、ライターの『彼』を紹介されるところから始まる。『彼』は、自分の身内が下山事件に関わっていたことを知り、調査を始めたところだった。こうして、著者は50年前の事件に関わることになる。かつて同事件を取材した経験のある老ジャーナリスト、斎藤茂男の協力を得て(1999年に死去)取材を進め、さまざまな出会いと紆余曲折の末、のちの総理大臣、佐藤栄作の関与の疑いが炙り出されるに至る。

 さて、本書の主題は、下山事件の「真相」であると同時に、真相究明の「過程」そのものでもある。斎藤茂男は、著者と出会った当初、下山事件に関わると、みんな下山病に感染するんだ、と語る。あまりにも謎の多いこの事件が、ジャーナリストの使命感や功名心を無性に掻き立てる、ということだろう。そして、その予言のとおりになった――のではないかと思う。

 個人で調査を続けることに限界を感じた著者は、はじめ、TBSの「報道特集」を頼るが支援を打ち切られ、「週刊朝日」に接触する。しかし、「週刊朝日」は、なかなか記事にならない取材に業を煮やし、編集部の記者による執筆を強行しようとする。苦渋の末、署名記事を入稿した著者。それによって、当初の情報提供者であった『彼』との間に亀裂が走る。

 結局、「週刊朝日」の記事は、記者の諸永裕司名義で『葬られた夏:追跡下山事件』(朝日新聞社, 2002)としてまとめられ、『彼』こと柴田哲孝は『下山事件:最後の証言』(祥伝社, 2005)を上梓する。一連の調査の末、本書を含め、3つの著作が世に出たわけであるが、真相解明が成ったとは言いがたい。事件から50年の間、多くのジャーナリストを呑み込んだ闇は、いよいよ深くなるばかりである。読み終えて、私は久しぶりに底冷えのするような恐怖を感じている。

■参考:極東ブログ:下山事件的なものの懸念
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/08/post_9635.html
やっぱり、岸信介と満州史なんだよなあ、キーワードは。
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戦後の原点/満州と自民党(小林英夫)

2007-01-25 21:40:23 | 読んだもの(書籍)
○小林英夫『満州と自民党』(新潮選書) 新潮社 2005.11

 「現代思想」2007年1月号「特集・岸信介」で、巻頭インタビュー(聞き手・成田龍一)を受けていた小林英夫さんの旧著。満州国および満鉄に関する著作の多い方であることは以前から知っていた。

 この1冊から読み始めたのは、私の選択ミスだったかもしれない。満州国について何も知らない人、かつての満州国と戦後の自民党政権に関係があるなんて考えられない人にとっては、手ごろな入門編かもしれないが、ある程度、事情を知ったうえで読むには、内容が薄すぎて、知識の補強にならない。時間の無駄づかいをしてしまったようで、がっかりだった。

 多少、収穫があったとすれば、「2キ3スケ」と呼ばれた5人(東条英機、星野直樹、松岡洋右、岸信介、鮎川義介)のうち、星野直樹と鮎川義介の後半生が分かったこと。どちらも1960~70年代まで存命したが、戦後は影の薄い存在に終わっている。

 それから、日中戦争が膠着状態に陥ったさなか、満鉄調査部は「支那抗戦力調査」を実施している。これは、日中戦争をどう終結させるかという難問に回答したもので、今日の「東アジア共同体」構想の先駆とも言える。
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都路華香展/東京国立近代美術館

2007-01-23 23:42:08 | 行ったもの(美術館・見仏)
○東京国立近代美術館 『都路華香(つじ・かこう)展』

http://www.momat.go.jp/

 年末に近美の『揺らぐ近代-日本画と洋画のはざまに』を見に行ったとき、京都の近代美術館で開かれていた『都路華香展』のポスターを見た。いま、近美のサイトに上がっている、ぽわ~とした達磨大師の図である。全く知らない名前だったので、かえって印象に残った。そのあと、立ち読みした『芸術新潮』に「京都画壇の隠しダマ」(?)と評されていて、なるほど、と思った。

 近美のサイトによれば、都路華香(つじ・かこう、1871-1931)は京都画壇を代表する作家でありながら、「今や知る人ぞ知る存在」だという。理由の1つには、「主要な作品が散逸し各所に秘蔵されていたという事情」があるそうだ。でも、なぜ散逸したり、秘蔵されるものが多かったのかについては説明がない。ただ、海外で愛され、アメリカに多くの作品が所蔵されているというのは、実物を見ると、分かる気がする。

 華香には、ひろびろした空間を描いた作品が多い。有名な「緑波」「良夜」など。「吉野の桜」や「松の月」も、桜や松を描いているように見せて、実は作者と景物の間にひろがる、すがすがしい空間が画題なのではないかと思う。「良夜」2幅は手前に広い川面を、遠景に長い石橋を描いた作品。はじめ、近代の鉄橋かと思ったら、そうではなくて、衣冠を整えた官人が馬に乗って渡っていく姿があった。古代中国の光景らしい。

 「春雪図」「雪中水禽図」の水鳥の愛らしさ、「祇園祭礼図」の大胆な構図などは、すぐに京都琳派の神坂雪佳を思い出させる。昭和の「水牛図」は、はっきりした色合いがステンシル絵本みたいだ。

 朝鮮旅行に取材した「萬年台の夕」「東莱里の朝」「金剛門」、それから「閑庭春興図」は私のお気に入りになった。高い精神性と平易な装飾性が融合した姿は、同時代のイギリス絵画に通じるように思う。いや、もっと卑近な表現をすると、古さと新しさの同居を、私は「大正っぽいなあ」と感ずるのである。

 会場で興味深かったのは、完成作品のほかに、多数の写生帖が展示されていたこと。引き出し式の展示ケースでは、20冊余りの写生帖を見ることができ、その中の1つに長沢蘆雪の(落款の)模写を見つけたときは、ちょっと嬉しかった。
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総力戦の時代~モード・オブ・ザ・ウォー/印刷博物館

2007-01-22 00:19:45 | 行ったもの(美術館・見仏)
○印刷博物館 企画展示『石版印刷の表現力~モード・オブ・ザ・ウォー』

http://www.printing-museum.org/index.html

 東京大学情報学環(という名称の研究科がある)が所蔵する、第1次世界大戦期プロパガンダ・ポスターコレクションの展示会である。2006年4月にデジタル・アーカイブが公開され、同年6月には『ポスターの時代、戦争の表象』というシンポジウムが行われた。そして、いよいよ、待ちに待った展示会が始まったわけである。

 展示会は、昨年のシンポジウムの意図を受け継ぎ、ポスターの「内容(アメリカ文化の深層)」と「形式(印刷技術)」の両面に着目する。展示品には、デジタル・アーカイブに入力されているデータ(タイトル、内容分類、制作者など)が表示されているが、残念なのは、タイトルとその和訳が十分でないことだ。「タイトル」は、ポスターに書かれた語句(コピー)を採録しているのだが、他の収蔵資料から識別できればいいと考えたらしく、長いコピーは、冒頭の数語に留めている。その結果、たとえば「GOOD BYE, DAD. I'M OFF TO FIGHT FOR OLD GLORY(さようなら、お父様。私は米国国旗のために戦いにいってまいります)」は、その後に赤字で強調されている「YOU BUY GOV'T BONDS(お父さんは政府債権を買って下さい)」が抜け落ちている。

 壁を埋め尽くしたポスターはどれも美麗で、絵だけを眺めていても楽しい。有名イラストレーターの作品も確認できる。だが、できれば、1枚ずつ自分でコピーを読みながら眺めてほしい。そうすると、いろんなことに気づくはずである。入隊や債権購入を勧めるポスターに混じって、市民の日常生活にかかわるものも多いこと。「小麦を節約してオート麦やライ麦を食べよう」とか「日曜のドライブを止めてガソリンを節約しよう」とか。余計なお世話!と言いたくなるが、これが総力戦というものだ。

 「BOOKS FOR SOLDIERS(兵士たちのための本)」は、兵士たちに本を贈るための寄付を募るポスター。クライアント(制作依頼者)は The War Library Council となっているが、American Library Association (ALA:米国図書館協会)の協力が明示されている。「どの公共図書館でも募金を受け付けます」なんてね。20世紀の戦争は軍隊だけが戦ったのではない。これが総力戦というものだ。

 「HUNS(フン族=ドイツ人のこと)が女性と子どもを殺している!」という新聞記事を見て、怒りに立ち上がる男性。あるいは、鉄兜のドイツ兵に拉致される女性のシルエット。女性表象の使われ方は、現代と共通するところが多いように思う。

 へえ、と思ったのは、American Committee for Relief in The Near East という組織が発注した、募金キャンペーン・ポスターが各種見られたこと(近東救済委員会、とでも訳すのだろうか?)。”Near East ”には、ギリシャ、シリア、ペルシャ(現在のイラン)が含まれる。2007年現在、険悪化するアメリカとこの地域(シリア、イラン)の関係に、長い歴史があることを初めて知った。ポスターの1枚では、白い肌のリバティ(自由の女神)が、黒髪・黒い目・浅黒い肌の怯える少女を抱きかかえている。護るアメリカと、護られる近東諸国。アメリカ人の理想とする両者の関係は、こういうものであったということだ。
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新春の寿ぎ/三井記念美術館

2007-01-21 21:41:18 | 行ったもの(美術館・見仏)
○三井記念美術館 企画展『新春の寿ぎ-国宝 雪松図・卯花墻を中心に-』

http://www.mitsui-museum.jp/index2.html

 三井家旧蔵の名品で寿ぐお正月。本展の「見もの」国宝2点は、2005年10月の開館記念特別展にも出品されていたはずだが、そのときは見逃してしまったので、今回が初見になる。

 第1展示室は、例によって茶道具から。私はこの美術館の茶道具コレクションがわりと好きだ。素人にも分かりやすいものが多いように思う。今回、気に入ったのは「織部分銅香合」。つややかな深緑がいいなあ。それから「十二支腰霰平丸釜」。たっぷり餡のつまった大福みたいな茶釜である。光悦作の黒楽茶碗「雨雲」を見るのは3度目。黒茶碗と言いながら、周囲は釉薬を無造作に刷いた程度で、灰色の素地が広く覗いている。特に口のまわりはゴツゴツした岩肌のようだ。垂直に近い側面、スパッと切り落としたような口が魅力的である。

 国宝の志野茶碗「銘・卯花墻(うのはながき)」は、別室にこの1件だけ、特別待遇で飾られていた。ぽってりした厚手の地。ゆがみが大きいので、展示ケースのまわりを一回りしてみると、いろいろに姿を変える(ホントは手の中で回して鑑賞するのだろうけど)。全体に白砂糖のような釉が掛けられていて、焦げ目のような濃茶の線がアクセントになっている。なんだか、”美味しそう”な茶碗だと思った。

 応挙の「雪松図」には、あまり感心しなかった。昨年『応挙と蘆雪』展で、たくさん彼の傑作を見てしまったせいかもしれない。それから、明治大正の工芸を楽しみ(アールヌーボーふうの薩摩焼「色絵瓜形鉢」とか)、新収資料の「放屁合戦絵巻」(室町時代)に驚く。「鳥獣戯画」にもこんな場面があったし、「福富草紙」の例もあるし、日本人ってよほど放屁譚が好きだったんだなあ。本村町三井家からの寄贈だそうだ。

 最後に、2003~2005年に制作された、楽吉左衛門氏と永楽善五郎氏の作品が、つつましやかに並んでいた。かたや2006年秋の『赤と黒の芸術-楽茶碗』で取り上げられた楽家の御当代、かたや同年春の『京焼の名工~永楽保全・和全~』で取り上げられた永楽家の御当代である。私は、永楽善五郎氏の「交趾竹水指」が気に入った。鮮やかな緑と群青の竹を配した円筒型の水指である。三井家って、過去の「豪商」「財閥」時代だけでなく、今なお、こうした芸術家や工芸家のパトロン(いい意味で)なんだなあ、と思い、感心してしまった。金を稼ぐだけの企業が増えても、社会は豊かになりませんね。
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名筆の新たな世界・書のデザイン/出光美術館

2007-01-20 22:11:38 | 行ったもの(美術館・見仏)
○出光美術館 書の名筆III 『書のデザイン』

http://www.idemitsu.co.jp/museum/index.html

 2002年の『高野切と蘭亭序』、2005年の『平安の仮名、鎌倉の仮名』に続く、「書の名筆」シリーズだそうだ。私は、2002年当時はまだ書に興味がなくて、第1弾は見逃している。第2弾の『平安の仮名、鎌倉の仮名』は、私が、本格的に書の魅力に目覚めるきっかけとなったものだ。

 さて、第3弾。古美術の展覧会にはいろいろ行っているが、「書」には馴染みが浅いので、なんとなく敷居の高さを感じて緊張する。だが、今回は、そんな緊張を無にしてくれるような、楽しい展覧会だった。

 最初のセクションは「書はデザイン?!」と題し、さまざまな字体のバリエーションを持つ、中国古代の石碑の拓本を並べ、よく似た印刷活字体を取り合わせる。たとえば後漢時代の「礼器碑」は隷書体、褚遂良の「雁塔聖教序」は楷書体。教科書体やゴチック体もあって、なるほど!と微笑ませる。

 さらに楽しいのは「動中の工夫」と題して、白隠、雪村など禅僧たちの、創意と遊び心に満ちた書を並べたところ。順に眺めていくと、自然と、近現代書家の作品に導かれる。青木香流の「ゆき」(昭和47年)は草野心平の詩(しんしんしんしん ゆきふりつもる)を大きな画面いっぱいに描いたもの。白い紙の上で蛇行する墨字の列が、風に舞う粉雪のように見える。

 向かい側には、本阿弥光悦の「新古今和歌集散書屏風」。無地の屏風に数首の和歌を書いたものだが、「散らし書き」というほどの派手な動きはない。文字の大小も均一で、ポツポツと縦に連なるばかりなので、雨の染みが浮き出たようだ。そのぶっきらぼうな感じが、時代を超越した新しさを感じさせる。隣は森田安次の「風の又三郎」(昭和24年)。「どっどど どどうど どどうど どどう 青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせ」という詩を書いたもの。これもいい。光悦の屏風と昭和の書が、実に気持ちよく調和しているので、眺めていると芯からうれしくなってくる。

 古筆のセクションは、「継色紙」「升色紙」など名品揃い。しかし、いちばん印象に残ったのは、五島美術館蔵の「戸隠切」。初見だと思う。薄墨色の料紙に経文を書いたものだが、写経に多い、カッチリした字体ではなく、妙に字間を空けて、癖のある神経質な文字が並んでいる。信仰の深さよりも、永遠の不安と煩悶が滲み出ているように思えた。

 「葦手」(絵の中に文字を隠す遊び)の例として、白描絵巻の名品「隆房卿艶詞絵巻」が見られたのは、思わぬ幸運だった。描線の優しいこと! 描かれた女性の(男性も)美しいこと~!! 野村コレクションの小袖屏風も面白かった。以上は、国立歴史民族博物館蔵。

 最後に、微笑ましかったのは「謡本『遊屋』題簽」という展示品。大きな単独ケースを覗くと、紫の袱紗の上に、白無地(よく見ると雲母ひき)の薄い本が1冊置かれている。正確には、展示品はその本の表紙に貼られた題簽なのだ。下絵は宗達、文字は光悦という。明るい緑の地に濃緑で葦の葉を描き、金粉を散らしたもの。わずか2文字の題字も、味があっていい。小さいけれど(12.1cm×3.2cm)実に美しい作品である。
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日本を語る西洋史学者/近代化と世間(阿部謹也)

2007-01-19 23:34:11 | 読んだもの(書籍)
○阿部謹也『近代化と世間:私が見たヨーロッパと日本』(朝日新書) 朝日新聞社 2006.12

 阿部謹也さんの本は、『ハーメルンの笛吹き男』(平凡社, 1974)『中世の窓から』(朝日新聞社, 1981)など、70~80年代の著作を学生時代に読んだきりで、ずっとご無沙汰していた。本書を見て、そうだ、著者は昨年秋に亡くなられたのだったな、と思い出した。本書は、亡くなる日の朝まで朱を入れていたという、最後の書き下ろしだそうだ。

 第1章のキーワードは「聖なるものへの憧憬」で、大宇宙(自然の脅威)と小宇宙(村落共同体)の狭間に、アジールや賤民が成立したことを説く。しかし、そうした説明よりも、するすると読者を中世ヨーロッパにいざなうような著者の文体に、私は感銘を受けた。

 四旬節の木曜日に通り過ぎる凶暴な軍勢。ある者は馬の上に仁王立ちになり、ある者は回転する車輪に縛り付けられ、ある者は片足を頭の上に載せて走っている。あるいは、狼が大挙して現れるという十二夜。クリスマスの夜にうろつきまわる剛毛の豚。怖い。怖いけれど、私は、こういうわけの分からない民族伝承に、問答無用のエロティシズムを感じて惹きつけられる。明るく合理的な近代市民社会よりも、無知蒙昧で、それゆえ聖なるものに近かった中世ヨーロッパのほうが好きだ。

 第2章は、いきなり方向転換をして、日本の社会を論ずる。西欧的な「個人」が成立せず、したがって「歴史」もなく、ただ循環的な時間の中で、互いに自己主張をせず、同質な共同体を維持することに努めているのが日本の「世間」であるという。これは、90年代以降、日本についての発言が多くなった著者のキーワードらしいが、中世ドイツ史家としての阿部謹也しか知らない私には、読んでいて、戸惑いが強かった。

 素人判断ではあるけれど、著者の日本論には、どこか眉唾なところがある。少なくとも、同じ著者のヨーロッパ論と同じように安心して聴くことはできない。たとえば、日本には「公的な暦」と「民間暦」があると言い、正月、七草、節分、お盆、月見、冬至などは「世間」の暦である、と言うけれど、そうなのか? 節分とか月見って、公儀から頒布される「暦」によって知るものじゃなかったの? 日本人の時間は「円環的」であり、西欧のクリスマスや復活祭が「遠い過去から現在まで繰り返し祝われてきてはいても、直線的時間の表現であるのと根本的に異なって」いるというのも、先に結論ありきという感じがする。

 日本研究が専門ではないのに、中老年以降、日本について語り始める学者は多いが、私はあまり好きではない。やっぱり、最後まで誇りを持って専門分野に留まるのが真の学者であると思う。厳しいかしら。
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