見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

江南2019【おまけ】ツアーあれこれ

2019-05-09 22:04:37 | ■中国・台湾旅行

 今回のツアー旅行、参加者は14名で、半数はリタイア世代(60歳超)と思われた。70代後半くらいの元気なおばあさんは、中国語教室に通っているとのこと。中国語教室では「フーリンモー」を見ていると聞いて、一瞬、何のことかわからなかったが、ドラマポータルの「楓林網」のことだった。いま『重耳傳奇』と『封神演義』を見ているという。本国でも配信中の最新作ではないか、と驚く。

 もうひとり、70歳前後のおじいさんが古典園林の写真を撮りながら、盛んに「DVDを思い出すなあ」というので、「何のDVDですか?」と聞いたら、『月に咲く花の如く』というドラマを見ているという。『那年花開月正圓』のことだ。思わず、私も見ました、好きですよ、と応じたら、「おれ、2周目なんだよ」と大喜びされた。日本の高齢世代の中国への接し方もずいぶん変わってきている様子。

 中国の生活ぶりで、一番驚いたのは漢服の流行。噂には聞いていたが、ほんとに流行っていた。満洲族の旗袍に由来するチャイナドレスではなくて「漢民族の伝統的な民族服」だという。正確にどの時代のものかよく分からないが、日本人から見ると、七夕の織姫や竜宮城の乙姫のイメージに近い。ゆったりしているので、普通のワンピースやセーターの上から羽織ってもサマになるのがいいと思う。

  丫頭スタイルの小さな女の子。かわいい。

 ためしに楽天サイトで「漢服」を検索したら、5,000円以下で購入できるものが多数。ちょっと本気で欲しい。私が着ると、滅絕師太みたいになるだろうけど。

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江南2019【7日目/最終日】杭州→上海→羽田

2019-05-04 23:26:22 | ■中国・台湾旅行

 最終日は予定を早めて朝7時に杭州のホテルを出発し、3時間弱で上海・浦東空港に到着した。ガイドの陸さんとドライバーの施さんにお別れする。なお、かつては省を超えるたびに車を交換していた時代もあったが、近年は「省際包車」の表示でOKになったみたい。

 帰国便に搭乗し、指定の席に座って出発を待っていると、CAさんが近づいてきて「Today is your birthday?」と聞く。Yesと答えると、東方航空の封筒を渡された。機長とパーサーのサイン入りHappy Birthdayカード。飛行機のかたちをしているのが可愛い。こんなの初めてで嬉しかった。

(5/8記)

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江南2019【6日目】杭州→烏鎮→杭州

2019-05-03 22:53:17 | ■中国・台湾旅行

 中国は4連休の3日目。我々は杭州を出て、江南六大水郷古鎮のひとつ、鳥鎮へ日帰り観光に向かう。ちなみに江南六大水郷とは、周荘、甪直、同里、南潯、西塘、烏鎮を言うそうだ。2004年の江南旅行では同里を訪ね、楽しかった記憶があるので期待していた。

 同里のときと同様、まず烏鎮景区(烏鎮西柵景区だと思う)に入るのに入場券が要る。そのあとは、ぶらぶらするのもよし、遊覧船に乗るのもよし、民俗博物館など、いくつかの有料施設を見学するのもよし、ということになっている。

 しかし古民家群の間の細道はラッシュアワー並みの混雑で、ガイドさんと添乗員さんからは「団体行動します。絶対離れないでください」という厳しい注意の繰り返し。美味しそうなお菓子も見かけたが、気軽に買い物することもできなかった。あと、何も予習していなかったので、茅盾記念館があって驚いた。小説家・茅盾(1896-1981)は、烏鎮の富家の生まれなのだそうだ。

 観光用の藍染工房。展示室、商店もある。

 なお、烏鎮という名前に引っかかるものがあって、あとで調べたら、烏鎮には、その名の由来となった烏将軍廟があるらしい。この烏将軍は実在した人物らしいが、小浜の博物館で烏の顔をした「烏将軍像」を見たときに、いろいろ調べて烏鎮の地名に行き当たったことがあるのだった。今回、烏将軍廟は訪ねなかった。

 再び杭州へ帰着。まだ見ていなかった西湖の風景をようやく目にする。遊覧船で西湖遊覧。水面を渡る風がひんやりして気持ちよい。夏ではないので、蓮の花がないのが残念だが、柳の緑の美しさは最高である。

 名勝・三潭印月。

 ツアー最後の夕食は、西湖の眺めも楽しめる杭州随一の名店・楼外楼。2004年もここに来ているはず。

 昨日に続いて、再び乞食鶏(叫化鶏)をいただく。東坡肉も美味しかった。日本人ツアーに慣れたガイドさんで、一皿の量を少なめにし、料理の種類を多めにしてくれているのがありがたかった。なお、ツアーを通じてビールは1本30元。むかしはレストランで20元、街で買えば3元ということもあったので、物価の上昇ぶりがよく分かる。

 楼外楼の隣りは篆刻専門の学術団体西泠印社。前回はここで朱肉を買ったなあ。

  これで観光終了。ホテルに戻ったあと、「前の道を10分くらい歩くと西湖です」というので、買い物がてら散歩してみた。銀座か渋谷かというような繁華街で、高級ブランドショップばかり目立って、私の行きたいスーパーマーケットはなかった。10分ほどで、確かに西湖の岸辺に到着したが、水芸とイルミネーションを組み合わせたショーが行われていて、全く岸辺に近づけない大混雑である。10分ほどすると、ショーが終わって人々が散り始めた。日本の花火大会の後のようだった。杭州にも地下鉄がつくられ、高速鉄道と結ばれていることが分かった。これは杭州も個人旅行が可能かもしれない。中国の変化を目の当りにした今回の旅行だった。

(5/8記)

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江南2019【5日目】無錫→蘇州→杭州

2019-05-02 23:32:08 | ■中国・台湾旅行

 5月2日。ガイドさんの話では、昨日の中国は4連休の初日で、まだ家でのんびり休む人が多かったが、今日から本格的に出かける人が増えるのではないかという。朝は太湖の内湖である蠡湖(れいこ)のほとりの公園を散策。そのあと、無錫名産・淡水真珠と真珠クリームの専門店に立ち寄る。海水真珠は1つのアコヤ貝に1粒しかできないが、淡水真珠は1つのカラス貝からたくさんの粒が採取できる、という説明をしながらカラス貝を割ってくれる女社長。

 たぶん2004年にもこの店に来ていると思う。前回は何も買わなかったが、今回は真珠クリーム10個(昼用・夜用5セット)1万円をツアーの仲間たちと分け合って購入し、私は2セット持ち帰った。

 昨日に比べると、確かに車と人の数が目に見えて多い。高速道路はスムーズに流れていたが、高速の入口や一般道はかなり渋滞していた。蘇州では、古典園林のひとつ耦園(ぐうえん)を観光。ここは掘割に囲まれた蘇州古城の東の端にあり、混雑している(であろう)城内に入らなくてもアクセス可能で、大型バスでも立ち寄りやすい立地。蘇州園林としては比較的新しく、清代末期の官僚・沈秉成(1823-1895)の私邸。園内の混雑は写真のとおり。

 園内には蘇州の伝統芸能が楽しめる舞台もある。リクエストは1曲50元から80元くらい。ガイドさんの選曲で3曲演奏してもらった。ガイドさんは「評弾(ひょうだん)」と呼んでいたけれど、語りはなく、琵琶を演奏する女性が歌ってくれた。

 耦園の外周を歩いているとき、水の都・蘇州らしい風景に一瞬だけ出会えた。

 そして耦園から徒歩数分の距離にある京杭大運河蘇州段を観光。蘇州旧城のすぐそばにあり、外城河とも呼ばれている。

 昼食は名店・蘭莉園大酒店へ。旧城の北西、虎丘山風景区のあたり。本来なら耦園から車で20分程度の距離だが、大渋滞で1時間以上かかってしまった。途中、高速鉄道の蘇州駅前を通り、さらに地下鉄があることを発見した。調べてみると、蘇州駅を通る南北ラインは旧城の外側を通っているが、これと交差して旧城を貫く東西ラインもある。うまく使えば、上海を起点に蘇州個人旅行ができそうである。

 蘭莉園の松鼠桂魚(桂魚の丸揚げ甘酢あんかけ)は美味しかった。また食べたい。

 

 蘭莉園併設のシルク店でもショッピングの予定だったが、時間が押してしまったので、ショッピングは中止。遅い昼食が終わると、杭州を目指す。杭州までも高速はスムーズだったが、高速を下りてから、西湖風景区にある百合花飯店にたどりつくまでが一苦労。最後はガイドさんの判断で、侵入禁止路を使って近道したらしい。公安に見つかったら、運転手さんではなくガイドさんが罰金を払うという約束で。中国らしくてよい。

 メインディッシュは杭州らしく、蓮の葉でくるんで蒸し焼きにした乞食鶏(叫化鶏)。最後に添乗員さんが「サプライズで~す」とケーキを持ってきてくれた。実はツアー最終日が私の誕生日で、最終日だから何もないだろうと思っていたら、2日早いバースディケーキを用意してくれたのだ。ちょっと生クリーム多めで辟易したが、そんなに変な味ではなかった。フルーツたっぷり。中国のケーキも進化したものだ。

 食後は2度目のオプショナルツアー「宋城千古情ショー」を見に行く。会場である宋城景区(テーマパーク)には複数の劇場施設があって、「麗江千古情」「三亜千古情」など各地の歴史と民俗を題材にしたショーが掛けられている。我々の見た「宋城千古情」は超満員。映像、アクション、歌舞音曲を組み合わせた豪華なショーで見応えがあった。中東ふうのダンスやアリランも混じっていたが、世界帝国だから違和感なし。

 

 宋城景区には、むかしの街並みを模したレストランや商店もあって、そぞろ歩くだけでも楽しい。古装(漢服)の貸出もしていて、レンタル着物で京都を歩く女子高生みたいな気分か。

 充実した長い1日がようやく幕。

(5/8記)

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江南2019【4日目】揚州→無錫

2019-05-01 23:28:49 | ■中国・台湾旅行

 2019年5月1日。令和元年の初日であるが、何も変わりなく旅行は続く。今日から中国も4連休が始まるため、添乗員さんとガイドさんは、観光地の混み具合を気にしてピリピリ。揚州観光は早めにスタートし、朝8時半から痩西湖の遊覧船に乗船した。水際の柳はやわらかな緑を風にそよがせ、ふわふわと柳絮(綿毛のような種)が舞う。あとポプラの綿毛も舞っていた。「煙火三月揚州に下る」には少し遅いが、江南らしい風景。写真は五亭橋。

 揚州市の市花でもある瓊花(けいか)は、少し盛りを過ぎていたが、まだポツポツと咲いていた。ガクアジサイに似ている。五弁の花のかたちのまま、草むらに点々と落ちているのがきれいだった。奈良・唐招提寺の鑑真和上の墳墓のそばにも瓊花が植えられていたことを思い出す。年々見る故里の花は、何よりも嬉しいことだろう。

 その鑑真が住職をしていた古刹・大明寺。鑑真記念堂は唐招提寺を模して造られたとのこと。

 この角度から見るほうが、唐招提寺らしさを感じさせる。堂内には、鑑真和上像の複製(御身代わり像)が安置されている。

 復元された栖霊塔には、希望者のみ追加料金を払って登頂した。9層までエレベーターがあるが、9層は立入不可、8層は仏殿になっており、拝礼の儀式に参加しなければならないので時間がかかる、と言われたので、7層で眺望を楽しむ。そのとき、ふと記憶がよみがえってきたのは、2004年の江南旅行で、まだ製作途中の仏像が安置された高い塔に登った記憶がある。もしやここではなかったか。

 揚州ではもう1カ所、清代の両淮総督にして塩商人だった黄応泰の邸宅「个園(個園)」を観光。竹を目と耳(葉擦れの音)で楽しむ庭園である。中国の竹は日本の竹より華奢で女性的な美しさがある。「竹」を字を半分に割ると「」なのでその名前があるそうだ。

 敷地内に、中国の古楽器・琴を扱う小さなお店が軒を連ねているのも風情があって、いい感じだった。もっと人の少ないときに来て、ゆっくりしたいところだ。

 昼食後は揚州を後に無錫へ移動。明日の予定だった南禅寺を観光する。南朝・梁武帝の創建というが、古い建造物は残っていない様子。浅草みたいに賑やかだった。

 そして無錫泊。無錫は江蘇省ナンバー1の豊かな大都市という話だったが、ホテルはやや中心部を外れていて、まわりに何もなかったので出歩けず。

(5/7記)

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江南2019【3日目】揚州→南京→揚州

2019-04-30 22:22:09 | ■中国・台湾旅行

 3日目は晩めの出発だったので、朝食後、ホテルの隣りの公園やその向かいの大きなスーパーマーケット(朝8時開店)をぶらつく。公園には、目つきの鋭い男の先生を囲んで太極拳をする女性グループ。スーパーは食品も日用品も豊富で楽しかった。

 面白かったのは、出勤・登校する人々の姿。まだ肌寒い季節、8~9割の人が、バイクや電動自転車の前面に「掻い巻き」のような防寒具を取り付けている。あまりカッコいいとは言えないが実に合理的。

 今日の予定は南京へ日帰り観光。揚州から南京は車で1時間半。ガイドさんの話では、江蘇省の「南京は大阪、揚州は京都、鎮江は奈良」みたいな関係で、この3都市をまとめて観光することは多いそうだ。途中、龍池のサービスエリアでトイレ休憩。個室の壁に「来也匆匆、去也冲冲」というステッカーが貼ってあるのを見て噴き出してしまった。「来也匆匆、去也匆匆」のもじりなんだけど巧い。そして頭の中では当然のように「刀剣如夢」の軽快なメロディが再生される。

 と思ったら、トイレを出て立ち寄ったコンビニでは、ちょうど「刀剣如夢」(ドラマ『倚天屠龍記』のOP曲)が流れていて、ひそかにテンションが上がった。なお、「来也匆匆、去也冲冲」(入るときは素早く、出るときは流す)という標語は、中国のあちこちのトイレで使われていることに、今回、初めて気づいた。

 南京ではまず中山陵を観光。とにかく人が多い。

 

 次に明王朝の初代皇帝朱元璋の陵墓である明孝陵。朱元璋は、ドラマ『大明帝国 朱元璋』を見て以来、胡軍の顔でしか思い浮かべられなくなった。いま見ている『倚天屠龍記』にも登場するんだよなあ、とにやにやする。ここも何度か来ているが、石積みの土台の上の建物は近年の増築だというから、前回はなかったかもしれない。

 明孝陵の印象は、むしろ人や動物の石像の立ち並ぶ「神道」のほうが強い。しかし、今回は電動カートに乗せられて、全長600メートルほどの神道と並行する道を一直線。揺れるカートの上から撮れた写真は獅子(?)のお尻のみ。疲れないし、時間の節約になるのだろうけど残念だった。

 最後に宋美齢ゆかりの美齢宮を観光して、揚州のホテルに戻った。

(5/7記)

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江南2019【2日目】上海→鎮江→揚州

2019-04-29 00:19:05 | ■中国・台湾旅行

 2日目は半日かけて上海から鎮江まで一気に移動。専用車(大型バス)の運転手の施さんは年配客に親切な若者だった。上海からスルーガイドの陸さん(男性)が同行。なお、江蘇省の鎮江、揚州、南京では、それぞれローカルガイドさんが加わった。鎮江までの中間地点、常州のサービスエリアでトイレ休憩。ここは近くに「中華恐竜園」というテーマパークがあるので、サービスエリアも全体にジュラシックパーク仕様。

 鎮江では小雨のパラつく中、金山寺へ。小高い丘(金山)の上に立つ慈寿塔に向かって、黄色い壁に囲まれた巡路を登っていくと、前回来訪の記憶がよみがえる。私は2004年にも、今回とだいたい同じ江南の各都市を訪ねているのだ。なお2004年の江南旅行の記録は、最近まで別のサイトに公開していたが、今年4月にそのサイト(geocities)が終了になったので、このブログ内に取り込んである。

 金山寺が「白蛇伝」の舞台であることは、鎮江のローカルガイドさんが何度も強調していた。むかしから物語の梗概は知っていたけど、2016年に見た京劇公演を思い出して、感慨深かった。それから、前回の記憶にない発見もいろいろあった。これは境内の堂宇内にあった読書室(読経室)。静かに書物を開いているおばあさんがいた。

 昼食後は古西津渡街(宋街)を散策。長江に面した、むかしの港(渡し場)の跡で、平地から小高い丘の中腹に向かって石造りの街並みがきれいに整備されている。レストランやホテルが並ぶ平地一帯は、ガイドさんによれば「もとは工場の敷地でした」とのこと。当地の開発については「鎮江市西津渡街における観光開発に関する一考察」(張彗娟)という論文(日本語)をネット上で読むことができ、興味深い。左右の観光商店をのぞきながら石段をしばらく上がると、T字型に交差した細道が、丘の中腹に張り付くようにうねうねと続いている。突然、視界に入ったのは、石積みのアーチの上の白塔。「昭関」の文字が見える。

 これ!2004年にも確実に見た白塔である。↓下は2004年の写真。あまり変わっていない。もっとも上の写真は、観光客のいない一瞬の隙をねらって撮ったもので、実際は、ひっきりなしに観光客の波に襲われていた。

  さらに進むと、鎮江博物館の商店があり、鎮江名産の黒酢に加え、こじゃれたミュージアムグッズなどを置いていた。道の突き当りの右側には鎮江博物館の本体が。2004年には大々的な改修工事中だった建物である。懐かしい。

  そして、2004年にはこの細道「小碼頭街」をずっと歩いたことを思い出した。来た方向に戻っていくと、うねうねと続いている。かつてはもっと生活感にあふれた通りだったと思う意が、現在は観光客相手の商店が左右に軒を連ね、古い外観にもかかわらず、バッグや洋服など、現代的な高級品を置いている店もあった。

 中にはこんな店も。「江南一絶 洪七公叫花鶏」。それは杭州名物だろ!なんて、かたいことは言わない。

 さらに三国志ゆかりの北固山へ。孫権の妹・尚香と劉備の婚儀にちなむ古甘露寺がある。また孫権と劉備が刀で切ったとされる試剣石が入口にあったと記憶していたが、今回は立ち寄らず。山上の楼閣から焦山(今回は観光に含まれず)とその塔を遠望する。またいつか来られるといいなあ。

 これで鎮江の観光を終え、揚子江を北岸へ渡って、今夜の宿泊地である揚州へ。夕食後、オプショナルツアーである「春江花月夜ショー」鑑賞に参加する。このツアーには揚州と杭州で2回のオプショナルツアーが用意されていて、どちらか1回は行ってみようと思っていたのだが、参加者の中に中国のエンターテイメント大好きなおじさんがいて「それは両方行くべきだ!」と強く勧められ、2つとも行くことにしてしまった。今夜のショーは痩西湖公園の野外劇場で行われる。専用車で劇場へ向かう途中、いくつか気になる建造物を車窓から眺めた。いずれも2004年の旅行で見た記憶のあるもの。

 道路の中央分離帯にある石塔。確か唐代のもの。

 文昌閣。これは別の日の写真。

 たぶん四望亭。前回はオーダーメイドツアーだったが、今回は旅行社企画ツアーなので、ちょっと寄り道して!というような気楽な注文はできない。史跡の存在を車窓から確認できただけでも幸運とする。

 さて「春江花月夜ショー」は、揚州の歴史や文学を題材にしたもので、まあまあ面白かったが、この日は小雨のパラつく肌寒い日で、野外劇場はお客も少なく寂しかった。苦笑したのは、大運河を開削した隋の煬帝がずいぶん晴れがましくカッコよく描かれていたこと。いいのかそれは。

 あと「揚州十日」で清軍の非道ぶりを糾弾するのに、そのあと臆面もなく清代の揚州の繁栄を描くのも、歴史に忠実で面白かった。

(5/6記)

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江南2019【初日】羽田→上海

2019-04-28 21:57:12 | ■中国・台湾旅行

 平成から令和にかけての改元10連休。年始めの時点では、自分がどこの職場に配属されているか未定だったのだが、カレンダー通り休めることに賭けて、海外旅行に出かける計画を立てた。1週間以上の中国・アジアツアーを探した結果、クラブツーリズム社の「揚子江が潤す美しき奥江南のゆったり旅7日間」に参加することにした。

 参加者は14名。日本から添乗員も同行する、私にとっては久しぶりの本格的なツアー旅行である。やはりリタイア世代が目立つが、母娘ペアも2組いて、平均年齢は思ったより若かった。昼過ぎに羽田空港を発ち、上海・虹橋空港着。夕食後は黄浦江のナイトクルーズを楽しむ。緑の屋根は和平飯店。

 幸い、雨は落ちてこなかったが、灰色の雲が重たく垂れこめ、東方明珠タワーは先端が雲の中に隠れていた。真っ赤にライトアップされた姿は、敵意ある宇宙人のロケットのようで禍々しかった。

  水上を行き交う船の中には、隋の煬帝や清の乾隆帝が江南巡行に使用した「龍舟」を思わせるものも。

  このドギツさ、中国に来たなあという感じで嫌いじゃない。

(5/6記)

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台湾旅行2018【おまけ】風景、食べたもの

2018-12-25 20:59:40 | ■中国・台湾旅行
 台北に到着した初日(12/22)MRT中山駅からホテルに向かって、南京東路の商店街を歩いていくと、どの店の前にも、線香やお供物を載せたテーブルが出ているのが目についた。昔ながらのお店だけでなく、しゃれたブティックやカフェの前にもあって、道端で紙銭を燃やしている人たちもいた。なかなか理由が分からなかったが、調べてみるとこの日は冬至で、道教の最高神「三清」のひとり元始天尊の聖誕をお祝いする日であったらしい。



 台湾ひとり旅の場合、食事はショッピングセンターや駅のフードコートを利用することが多い。お気に入りは台北駅前の新光三越の地下のフードコート。手軽に栄養バランスのいい食事がとれる。



 しかし観光優先なので、時間がないとこうなってしまう。故宮博物館帰りのランチ。士林のバス停前の「洪記上海生煎包」で購入。美味しかった~。



 ホテル近くのセブンイレブンで見つけた「鳳梨酥もなか(アイスクリーム)」。味は名前のとおりで、パイナップルケーキとバニラアイスを同時に食べるような幸福感! 美味しくないわけがない。あらためてネットで調べたら、福岡県のセリア・ロイルという会社がつくっているらしい。しかし同社のホームページを見に行っても商品紹介には情報がない。日本では販売していないのかなあ。絶対売れると思うのに。



 今回のホテル、国王大飯店は、こじんまりして清潔で日本人好みの仕様。また泊まってもいいと思っている。



 最後に今回のおみやげ。客家花布の巾着袋2つ(迪化街・永楽市場で)と同じようなテイストの茶杯2つ(鶯歌で)。自分用だが、機会があれば誰かにあげるかもしれない。



(12/30記)
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台湾旅行2018【3日目/最終日】鶯歌、国史館、迪化街

2018-12-24 23:08:10 | ■中国・台湾旅行
鶯歌陶瓷博物館、鶯歌陶瓷老街

 台湾旅行最終日。今年は18:25松山空港発の帰国便にしたので、ほぼ1日観光できる。しかし月曜日で、市内の博物館や美術館は休みは多い。そこで台北駅から電車(台鉄)で30分ほどの鶯歌へ遠征することにした。台鉄は「EasyCard」では乗れないようなので券売機で昔なつかしい感じの切符を買う。



 鶯歌は陶磁器の街。台鉄の駅から、まず陶瓷博物館に向かう。今日も小雨がパラつき、薄手のコートを羽織っていてちょうどいいくらい。この日はクリスマスイブだったので、受付や館内の職員のみなさんは、サンタの帽子やトナカイの角をつけて、雰囲気を盛り上げていた。展示は陶磁器の歴史(考古から近代まで)や製作工程を紹介する常設展のほか、新作の芸術陶芸作品もあり。歴史民俗博物館的な常設展がけっこう面白かった。



 陶芸職人のパレット。佐賀県の伊万里でも似たようなものを見た。



 博物館を出て、陶器屋さんが軒を連ねる陶瓷老街へ。街の案内板が陶器製なのも伊万里を思わせる。 



 鶯歌の本来の特産は、黒や茶色の地味なやきもののようだが、色柄入りの華やかな器もたくさん売っている。私は南国風の花柄の茶杯を色違いで2つ購入。本当は背の高い聞香杯とセットで揃えるのが中国茶器のルールだが、たぶんお茶でなくワインやお酒をいただくのに使うつもり。



国史館

 お昼過ぎに台北駅に戻り、今回初めて行こうと思っていた国史館へ。ここは総統府の直属機関として国史編纂、史料整理、史料文物の収集と保存、総統及び副総統の文物管理を行っている。日本でいえば、国立公文書館が近い(でも日本の国立公文書館は国史編纂はしていないなあ)。建物は日本統治時代の逓信部で、戦後は中華民国の交通部となり、2010年に「国史館」の看板が掲げられた。交通部さらに逓信部時代の看板の字体を踏襲しているのが興味深い。



 展示は「曲折70年-国史館現蔵国宝と憲政史料展」が面白かった。1936年5月5日に公布された「中華民国憲法草案(五五憲草)」を基礎に、1946年に「中華民国憲法」が制定されるが、戒厳令によって国民の権利は大きく制限を受けた。80年代以降、それを再び取り戻していく民主化の進展が分かりやすく紹介されていた。金庸の『射雕英雄伝』が「部分禁書」の扱いを受けていたことも初めて知った。



■迪化街、永楽市場

 まだ少し時間があったので、大好きな迪化街を歩きに行く。どっしりした構えの商業ビル「永楽市場」は、何度か前を通ったことはあるが、中に入ったことはなかった。最近、観光ガイドで取り上げられているのを読んだので、初めて中に入ってみた。1階は食べもの屋や生鮮食料品屋が主だが、昼過ぎなので閉めている店が多かった。2階と3階は小さな間口の布屋さんがみっしり並ぶ。多くの店がミシンを持っていて、店先で縫製もしている。



 ハワイのアロハシャツを思い出すような、色鮮やかで大きな花柄の布は、客家花布と呼ばれる。このお店の前でうっとり眺めていたら、呼び込まれて、ポーチ(巾着袋)を2つ買ってしまった。うれしい~。人に見せて歩きたい。

 今回は、そのまま迪化街を北へ進んで、初めて民権西路まで歩いてみた。時が止まったような古いお店と観光客向けに前のめりに商売をしている明るいお店、さらにおしゃれなカフェや雑貨店がモザイクのように並ぶ。最近の京都の錦市場が近いかもしれない。仏具屋ならぬ寺廟の祭祀具のお店、ちょうちん屋も見つけた。民権西路であやしい骨董品屋も。また時間のあるときにゆっくり歩いてみたい。

 台北駅で荷物をピックアップし、松山空港へ。18:25の中華航空便に乗り、羽田空港は22:05着。夜景がきれいだった。翌日の出勤にも問題なし。充実した年末の3日間が過ごせた。

(12/30)
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