見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

台湾旅行2019-20【初日】羽田→台北

2019-12-31 17:48:06 | ■中国・台湾旅行

 2017年、2018年と連続して12月に台湾旅行に出かけていた。ちょうど仕事が一段落して、休暇が取りやすい時期なのである。今年もそのつもりで考えていたのだが、ちょっと趣向を変えて、大晦日から1月3日まで日本を離れることにした。

 大晦日の昼過ぎに羽田を発ち、台北松山空港着。忠孝新生駅近くのホテルにチェックイン。東京よりかなり暖かいが、風が強く、傘をさそうか迷う程度の小雨がパラついている。初日は移動だけのつもりだったが、まだ時間が早かったので、いつもの龍山寺にお参りに行く。たくさんの善男善女が集まっていた。

 地下鉄の出口付近には、古めかしい風景に似合わない看板。「台北超動漫(台北スーパーアニメーション)」というイベントが12/15まで開催されていたようだ。見たかった。

 龍山寺ではいつもおみくじを引くのを楽しみにしているのだが、この日は、いちばん奥の関帝廟でもおみくじが授与されていることに初めて気づく。引いてみたら「馬伏波征蛮」の「中平」が出た。「君是山中萬戸侯/信知騎馬勝騎牛/今朝馬上看山色/争似騎牛得自由」。解に「要作惺惺成懞憧/誰知懞憧作惺惺/多生巧計須成拙/守己方纔事稱心」という。ネットで調べると、多様な典拠に基づく解説ページ(中国語)がいろいろヒットするが、今ひとつ意味が分からなかった。「馬伏波」は、伏波将軍と呼ばれた馬援のことでよいのかな。中国神籤の世界は奥が深い。

 夕食は新光三越のフードコートで。天気があやしいので早めにホテルへ戻る。テレビをつけたら「延禧攻略」やら「軍師聯盟」やら、古いバージョンの「天龍八部」やら、私の好きな古装ドラマがたくさん放映されていて、時間を忘れて見続けてしまった。深夜0時、ホテルの裏のマンションから、控えめな花火(?)の音と「新年快楽~」という子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきて、年を跨ぐ。

(1/5記)

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2019大晦日雑感

2019-12-31 08:15:34 | 日常生活

このところ、2年周期で職場を変わることを4回繰り返してきた。毎回、新しい職場の1年目は、いろいろ悔いの残る歳末になって元気が出ない。でも2年目はもう少しよくなると分かっているので、なんとか年が越せる。

今年は訃報を聞くことが多い年だった。直接知っている、自分より若い友人の訃報もあった。

有名人の中にも、むかしからよく知っていた作家や俳優さん・声優さんの訃報もあった。

10月に亡くなられた漫画家・吾妻ひでおさんのファン葬が、11月30日(土)築地本願寺でおこなわれた。家から近かったので、参列して献花してきた。まさかこんな日が来るとは、吾妻さんのマンガを読んでいた10代の頃は思わなかったなあ。

いただいたメッセージカードの写真を今年最後に掲げておく。

これから三が日は台湾旅行なので、お正月はずっとこの記事はトップに来るわかだが、まあいいや。

新しい年、平和で穏やかな年になりますように。

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氷上の光源氏/氷艶 hyoen2019 ディレイ・ビューイング

2019-12-29 23:29:22 | 行ったもの(美術館・見仏)

〇『氷艶 hyoen2019-月光かりの如く-ディレイ・ビューイング』

 この夏、開催されたストーリー仕立てのアイスショー。主演は高橋大輔。その他にも、荒川静香、織田信成、ステファン・ランビエルなど、トップクラスのスケーターが顔を揃える。しかし、出演者の中には、フィギュアスケートと特に関係のなさそうな歌手、俳優の方々もいて、一体どんな舞台なんだろうと気になっていた。結局、公演は見られずに終わったのだが、年末、映画館で「ディレイ・ビューイング」をやるというので見てきた。最近、歌舞伎やオペラの映画館上映が増えているのはとてもよいことだと思う。今日は400席超の会場がほぼ満員だった。

 物語の始まりは、源氏物語を意識している。ミカドは身分の低い桐壺更衣を愛して男子を設けるが、弘徽殿女御は陰陽師に桐壺を呪い殺させる。母を失った少年は光源氏と名づけられ、弘徽殿女御の息子である朱雀と兄弟のように仲良く育つ。成人した光源氏は、母そっくりの藤壺宮を愛し、藤壺は若宮を出産する。ミカドは真実を知りながら、次の帝に朱雀、その皇太子に若宮を指名する。このへんまでは、多少脚色があっても「フィギュアスケート×源氏物語」のキャッチコピーの範囲かと思っていた。

 ところが、我が子・朱雀を溺愛する弘徽殿女御は、光源氏の抹殺をたくらみ、光源氏は海に逃れ、遭難して海賊に助けられる(女海賊の名が「松浦」なのは松浦党を踏まえたか)。帝位についた朱雀は、光源氏の愛妻・紫の上に横恋慕するなど、だんだん不思議な展開になってくる。圧政に苦しみ、光源氏さまを懐かしむ民衆たち。ついに光源氏は海賊とともに立ち上がり、人々の平和な暮らしを取り戻すが、争乱の中で凶刃に倒れる。

 うーん。いろいろ詰め込み過ぎて感心しない脚本だった。「源氏物語」は、男女の愛の諸相から個人の内面というか実存に迫る物語なのだが、そこの深みが全くなくて、圧政に苦しむ民衆を救うとか、真逆な方向と接続するのは無理があり過ぎる。まあ、キレイな衣装、華麗なパフォーマンスを目と耳で楽しめば、それでよいのかもしれないが。

 衣装は、狩衣や烏帽子など「平安っぽさ」を匂わせながら、舞台映えする色のメリハリ、華やかさを重視していて、結果的に中国っぽくなっているのが面白かった。弘徽殿女御役の荒川静香さん、朱雀帝役のランビエルが、長い袖と裾をひらめかせながら舞う(踊るというより)姿は美しかった。和歌の詠み比べを氷上の演技で表現するところは大変よかった。弘徽殿女御役はかなり怖い悪役で(後宮ドラマ『延禧攻略』を思い出していた)、はじめ荒川さんとは分からなかったくらい。織田信成くんの陰陽師も悪役だが楽しそうだったなあ。

 スケーター以外の出演者は、スケート靴を履いている人と履いていない人がいた。桐壺/藤壺役の平原綾香さんは美しい歌声を聴かせてくれるのだが、場面によってはスケート靴を履いてリンクに立っていた。あと、弘徽殿女御の腹心の従者・長道(もしかして道長を逆にした?)役は、もしやと思ったら波岡一喜さん。好きな俳優さんなので嬉しい。よく喋り、演技し、そして滑りながら殺陣も演じていた。逆にスケーターのみなさんもよく喋り、演技し、歌ってもいた。特に高橋大輔さん、歌もセリフも上手かったなあ。ふつうに舞台もいけるのではないか。紫の上役のリプニツカヤと、朧月夜役の鈴木明子さんがいまいち活かされていなかったのは、脚本が悪い。

 海外では、こうしたストーリー仕立てのアイスショーがけっこうあると聞いている。本作にいろいろ不満はあるが、また新しい作品がつくられることを期待する。

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さまざまな造形/神、人、自然(東京国立博物館)ほか

2019-12-26 22:53:03 | 行ったもの(美術館・見仏)

今年最後だなあと思いながら、東京国立博物館を見てきた。まずは東洋館(アジアギャラリー)から。

■東洋館8室 特集陳列『中国書画精華-日本における愛好の歴史』(2019年10月29日~12月25日)

 印象的だったのは、元代の『四睡図軸』。松の下で眠る豊干禅師と虎、寒山、拾得の四者を描いたもの。全体が針のように細い線の細密描写で占められていて、墨塗り部分が全くない。遠目には何が描いてあるのか分からないほど白っぽい画面。アンリ・ルソーみたいな不思議な静謐さを感じる。西洋の魔法使いみたいな『寿星図』、伝・顔輝筆『寒山拾得図軸』、伝・石恪筆『二祖調心図』(クッションみたいな虎~)など好きな作品がじっくり見られてよかった。

■東洋館3室 特別展『人、神、自然-ザ・アール・サーニ・コレクションの名品が語る古代世界-』(2019年11月6日~2月9日)

 常設展エリアで開催されている特別展。カタール国の王族であるシェイク・ハマド・ビン・アブドラ・アール・サーニ氏が収集したコレクションから、世界各地の古代文化が生み出した工芸品117件を「人」「神」「自然」の3つの展示テーマに沿って紹介する。なお、この部屋が定位置になっているエジプトの大きな神像とミイラはそのまま展示されていた。

 特別展の展示品は、古代ギリシア・ローマ、エジプト、西アジア、中央アジア、メキシコ、南米、中国まで広範囲に及ぶ。一目見て、どこの地域のどの文明か、だいたい見当がつくものもあれば、全く思いもよらないものもあった。知らなかったさまざまな文明の、さまざまな造形に出会うことができて面白かった。

 アナトリア半島西部の、薄くて小さい大理石の女性像は「スターゲイザー(星を見つめるもの)」という洒落た名前がついていた。中央アジアの、金の薄板にメノウを嵌め、一つ目小僧が寄り添うようなデザイン(それとも一人の顔なのか)の飾り板は「抱き合うふたり」というキャプションが添えてあった。「動物」には、大きな角の生えた鹿の仲間をモチーフにしたものが多かったのは、コレクターの趣味かもしれない。

■本館・特別2室 特集陳列『近世日本と外国文化』(2019年11月19日~12月25日)

 スペイン、ポルトガル、オランダゆかりの文物、さらに清の乾隆帝がフランスから技術を導入して作らせた銅版画など、いわゆる「鎖国」体制の下、日本にもたらされた西洋の情報や技術を紹介する。慶長5年(1600)豊後国臼杵に漂着したオランダ船のデ・リーフデ号ゆかりの「エラスムス立像」(栃木・龍江院所蔵)が出ていたが、これ、やっぱり人文学者のエラスムスでよいのか。むかしから疑問に思っていたのだが。

 安土桃山時代に日本で描かれた油彩画ふうの『泰西騎士像』、 支倉常長が持ち帰った『ローマ法王パウロ5世像』の摸本(明治時代の模写)など、絵画はどれも興味深かった。 『乾隆平定両金川得勝図』は東博も所蔵しているのだな。私は大和文華館でよく見ていたけど。『地球図』は大型の壁掛け地図で、オランダ東インド会社の公認地図製作者ブラウ家の2代目ヨアンが作成したもの。新井白石が宣教師シドッティ(シドチ)を尋問した際に見せた世界図に当たり、画面に貼られた付箋は白石の真筆である可能性が指摘されているという。旧大陸(ユーラシア、アフリカ)のかたちはかなり正確だが、新大陸(南北アメリカ)のかたちがぼんやりしているのは仕方のないところか。

 特別公開『高御座と御帳台』(2019年12月22日~2020年1月19日)は長蛇の列に恐れをなして参観せず。まあ平城宮跡の大極殿で見たからいいかな。

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茶会記と茶菓子/国宝 雪松図と明治天皇への献茶(三井記念美術館)

2019-12-24 22:05:40 | 行ったもの(美術館・見仏)

三井記念美術館 『国宝 雪松図と明治天皇への献茶』(2019年12月14日~2020年1月30日)

 年末年始の展覧会は、恒例『雪松図屏風』を中心に。応挙作品としては唯一の国宝指定だが、正直、そんなに好きではないので、どうしようかなと思いながら出かけた。そうしたら、最初の展示室から、なんだか珍しい茶道具が出ていて面白かった。江戸後期から明治にかけての新しい道具が多い。

 『青磁二見香炉』は、青磁の香炉自体は明時代(16世紀)のものだが、その上を覆う銀製の蓋に、二見ヶ浦の夫婦岩のミニチュアをあしらい、ご丁寧に金の注連縄で結んでいる。かわいい。『桐木地菊置上茶箱』は北三井家旧蔵の茶箱。木目そのままのシンプルな木箱に、丸い白菊を散らしたデザインが新鮮。永楽和全とか大西浄玄などの作者名を見て、ああ、千家十職の仕事って面白いなあと思いながら進む。

 展示室4に入ると、正面に応挙の『雪松図屏風』が見えたが、まずは明治元年の明治天皇御東幸(京都から東京への行幸)を描いた浮世絵が数点。さらに『東京汐留鉄道蒸気車往返之図』(三代歌川広重、明治6年)があり、明治5年の鉄道開業式に明治天皇が臨席されたこと、その際、御休所で使用された椅子が三井文庫に伝来していると説明に書かれていた。え?ほんと?と思って目を上げたら、本当に『明治天皇御召椅子』が展示されていてびっくりした(初公開)。仮の休憩用なのか、背もたれは低く(飾りの房がついている)ひじ掛けもない、小さい椅子だった。

 東京奠都以後の京都の発展を期して、三井高福(たかよし、1808-1885)と息子たちは、京都博覧会の開催に尽力した。明治5年の第1回から数えて第16回となる明治20年(1887)の京都博覧会では、明治天皇皇后両陛下を京都御所御苑内の博覧会場に迎えて、三井高朗と高棟による献茶が行われた。会場では国宝『雪松図屏風』が囲い屏風に使われたという。へえ!

 それだけでなく「献茶会記」によって、どのような茶道具や掛物が用いられたかも分かるので、実際に使われた『赤地金襴手鳳凰文天目』(永楽和全作)や『色絵鶏香合』(仁清作)、日の丸釜(辻与次郎作、桃山時代)、小倉色紙「うかりける」などが展示されていた。「献茶会記」は「献茶」と「真台子」の小見出しのもとにそれぞれ茶道具等が記載されている。「献茶」のほうが赤地金襴手の天目茶碗など華やかなのに比べて、「真台子」には、御所丸茶碗(黒っぽい)や黒楽茶碗「メントリ」(長次郎、ただしあまり長次郎らしくない)など落ち着いた選択。どちらにも「菓子」が記載されていて、「献茶」は「紅餢飳、雪餅」、「真台子」は「紅餢飳」だったと思う。「餢飳」が読めなくて、しばし眺めてから、奈良・萬々堂通則の銘菓「ぶと饅頭」の「ぶと」だと気づいた。

 また、高朗と高棟は、明治23年(1890)には京都府高等女学校で皇后への献茶もおこなっている。このときは『白地金襴手鳳凰文天目』(永楽和全作)が使われ、応挙の『福禄寿・天保九如図』や沈南蘋の作品が飾られたようだ。気になる菓子は、「献茶」は「井手里、山路餅、花衣、木賊饅頭、春の空」など「黒川製」(虎屋か?)、「御席」は「良則製」(亀屋良則?)とあった。甘いもの好きは、菓子に注目しながら茶会記を読むのも面白いかもしれない。

 このほか、主に三井家旧蔵の明治の絵画、工芸が多数。「帝室技芸員の作品」では、安田靫彦の『九郎義経』がよかった。「ラスト・ウキヨエ」で見てきたばかりの水野年方の「三井好(このみ)都のにしき」シリーズも複数出ていた。三井呉服店(三越)の宣伝用の摺りもの、ただし宣伝臭をあまり強く出さず、女性や子どものファッションを美しく描いた作品になっている。

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明治の浮世絵師たち/ラスト・ウキヨエ(太田記念美術館)

2019-12-23 21:41:06 | 行ったもの(美術館・見仏)

太田記念美術館 『ラスト・ウキヨエ 浮世絵を継ぐ者たち-悳俊彦コレクション』(2019年11月2日~12月22日)

 ずっと行きたいと思っていた展覧会だが最後の週末に間に合った。浮世絵は一般に江戸時代の文化と考えられているが、実際は明治の終わり、20世紀の初頭まで制作され続けていた。本展は、明治の浮世絵約220点を掘り起こして紹介する。前後期の展示替えがあって、半分くらいしか見られなかったのは残念(図録は買った)。

 確かに浮世絵といえば、江戸時代の代表的な文化として教科書で習う。でも私は、文明開化の風俗を描いた開化絵や横浜絵、新聞錦絵や戦争錦絵など、明治の浮世絵にも以前から興味があった。本展が紹介する絵師のうち、知っていたのは、歌川芳藤、尾形月耕、梶田半古、河鍋暁斎、河鍋暁翠、川端玉章、小林永濯、小林清親、月岡芳年、豊原国周、水野年方、宮川春汀、揚州周延。というか、「日本画家」だと思っていた梶田半古や川端玉章を浮世絵師に入れてもよいことに驚く。川端玉章は、七福神の引札のようものを描いていた。

 小林永濯は、ヘンな絵を描く日本画家だと思っていたが、新聞錦絵も描いているのだな。小林清親もあやしげで好き。展示替えで見られなかったが、沈む戦艦を真横から描いた『我艦隊於黄海清艦撃沈之図』は発想がユニーク。何か元ネタがあったのだろうか。

 おそらく初めて聞く名前だったのは、安達吟光、池田輝方、市川甘斎、歌川豊宣、二代歌川芳宗、大倉耕濤、尾形月山、尾竹国一、熊耳耕年、笹井耕窓、山井耕耘、高橋松亭、竹内柳蛙、月岡耕漁、東洲勝月、中澤年章、右田年英、水野秀方、安田樵堂、山田敬中、山村耕花、山本昇雲、楊斎延一。この中では、山田敬中がとても気に入った。憲法発布の祝祭や吾妻橋の鉄橋など、典型的な明治の名所風俗絵を描いているが、南画ふうの『高士観瀑図』や『賢人護鶏図』などは独特の味わいがあって好き。一種の「素朴絵」だと思う。

 二代歌川芳宗は大胆な構図がおもしろい。右田年英の『羽衣』は本展のポスターなどに用いられていたもの。品があって、そこはかとないおかしみがある作品を描く。加藤清正といたずらなサルを描いた『論語』は、解説を読んで噴き出してしまった。

 いつの時代も美しい女性は好まれる題材。揚州周延は洋装の開化美人を描いた絵師というイメージだったが、本展に出ていた作品を見る限り、女性の顔立ちは伝統的な浮世絵のままだった。むしろ水野年方とか池田輝方などの、目鼻立ちの小さい女性のほうに、新しい時代を感じた。尾形月耕、宮川春汀も。目鼻立ちが小さくて表情が分かりにくいが、全身のポーズが自然で、手先や首の傾げ方が、ちゃんと女性の内面の表現になっていると思う。右田年英が明治38年に描いた『新橋元禄舞』には、二重まぶたの女性が描かれているという解説があって、現場ではよく見えなかったのだが、図録で確認した。

 子供を描いた作品もいくつかあったが、宮川春汀の『子供風俗』に出てくる少年たちは、現代の基準でいうとあまり子供らしくない。動物園のゾウを見つめる少年たち、変に大人びていて、ゾウも居心地悪そうな顔をしている。

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不白好みのきれい色/江戸の茶の湯 (根津美術館)

2019-12-22 23:24:07 | 行ったもの(美術館・見仏)

根津美術館 特別展『江戸の茶の湯 川上不白生誕三百年』(2019年11月16日~12月23日)

 気が付けば今年もあと10日。美術館や博物館が年末休館に入る前の最後の週末だったので、慌てていくつかの展覧会をハシゴしてきた。本展は川上不白(1719-1807)の生誕三百年を記念するもの。不白は、紀州藩の江戸詰家老・水野家の家臣の次男として生まれ、京都で表千家七代如心斎に入門し、江戸に移って千家流の茶を広め、不白流の茶家の祖となった。

 不白好みと言われる、あるいは不白が制作した茶道具がいろいろ出ていたが、全体にきれいで洗練された感じがした。たとえば不白作の楽茶碗『赤黒一双茶碗』。やや横広の黒楽茶碗にはカメ、やや縦長の赤楽茶碗にはツルが、抽象画すれすれの略筆で白く描かれている。茶碗の口縁はデコボコしているし、赤楽茶碗の内側には、螺旋のようなヘラ目が残っている。確かに楽茶碗なのだ。しかし桃山の赤楽茶碗みたいな野性味は全然ない。まず「赤」の色が違う。やわらかなピンクである。ほかにも不白の周辺で使われた赤楽茶碗をいくつか見たが、みんなこの色だった。枇杷色と言われる萩茶碗と同系統の感じがした。

 不白は多数の門人を持った。大名家では、盛岡藩南部家、忍藩阿部家、岡山藩池田家、長州藩毛利家、土佐藩山内家などがその例で、それぞれゆかりの茶道具が、各地の博物館や歴史館から出品されているのは珍しかった。その一方、会場の解説によれば、能楽師や商人、魚河岸の若衆も弟子にしていたらしい。文化の大衆化の時代だったことが分かる。

 修行中の不白が「見た」記録の残る名品として、清拙正澄墨蹟(遺偈・毘嵐巻空)が出ていたのはびっくりしたけどうれしかった。江戸好みのきれいな楽茶碗が目立つ中、会場の隅にひっそりと長次郎作「紙屋黒」があったことも。不白は書画もよくし、中村芳中の画に賛をしたものが多いというのは初めて知った。

 展示室5は館蔵の「平家物語画帖」。各場面の解説と照らし合わせることで、小さな画面に豊富な情報が描き込まれていることが確認できる。解説は英語つきの労作。素晴らしい!

 展示室6は「口切の茶事」。口切とは11月にその年の新茶を詰めてある茶壺の封を切ること。冒頭にあった浮田一蕙の『夜神楽図』を見ながら、春から秋まで作物を育て収穫するための労働が続く社会では、冬は休息と祝祭の時間だったんじゃないかと思った。

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清朝宮廷の理想の夫婦/中華ドラマ『延禧攻略』

2019-12-20 23:16:53 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『延禧攻略』全70集(2018年、東陽歓娯影視文化有限公司他、制作人:于正)

 2018年の中国ドラマは「後宮もの」がブームの様相を呈したが、最も高い人気を博したのが本作である。日本では、2019年2月からCS衛星劇場において『瓔珞(エイラク)~紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃~』のタイトルで放映され、じわじわ話題になっているようだ。私は食わず嫌いで後宮ものは敬遠していたのだが、試しに1本視聴してみた。

 舞台は清の盛期、乾隆帝の宮廷。魏瓔珞は下級の宮女として出仕し、繍坊(刺繍の御用をつとめる)で働くことになる。才気煥発で独立心の強い瓔珞は、やられたらやり返して同輩のいじめをはねのける。やがて皇后富茶氏の目に留まり、長春宮に出仕。皇后は深い愛情で瓔珞を導き、教育を施す。しかし瓔珞には胸に秘めた野望があった。それは宮女だった姉の死の真相を突き止めること。はじめ瓔珞は、皇后の弟で御前侍衛の傅恒を疑うが、和親王(弘昼)が姉を凌辱し、死に至らしめた犯人であることを突き止める。皇帝は弟の不品行を叱責するが、たかが宮女の命の代償に重罰を課すことはなく、瓔珞の復讐は遂げられない。

 かえって瓔珞は宮中を騒がせた罪により、最下層の雑用を担当する辛者庫に送られて、袁春望という謎の太監と知り合う。瓔珞に惹かれていた傅恒は、彼女との結婚を願い出るが、皇帝は承諾せず、皇后の侍女・爾晴との結婚を命ずる。傅恒は瓔珞の罪が許されることの代償として、望まない結婚に同意する。しかしそれは、爾晴にも傅恒にも不幸の始まりだった。

 長春宮に戻ってきた瓔珞の奔走によって、皇后は皇帝の寵愛を受け、皇子を出産するが、出火によって皇子を失い、絶望して自ら命を絶つ。瓔珞は事件の背後に陰謀の匂いを嗅ぎ取り、復讐の決意を固める。皇太后に取り入り、ついに皇帝の寵愛を受け、令貴人ついで令妃(延禧宮)となって、後宮の妃嬪たちの嫉妬を、長春宮時代の同輩・明玉とともに乗り越えていく。最大の強敵は新たな皇后となった輝発那拉氏(嫻妃、承乾宮)だったが、瓔珞は皇子たちの平和な成長を願って、しばらく休戦を申し入れる。

 月日が流れ、乾隆30年。皇帝と令妃瓔珞の仲は相変わらず睦まじく、皇后は年齢による容貌の衰えを気にしていた。今は皇后に使える太監の袁春望は、皇后、そして皇后を慕う和親王の不安を煽り、ついに和親王は、南巡の御船に暴徒を引き入れる。しかし危険を察知して避難していた皇帝、皇太后らは事なきを得、瓔珞はかねて調べておいた袁春望の正体を暴いて一件落着する。

 以上はかなり省略した粗筋。実際は、もっと次々に事件が起こり、ひとり悪役が退場すると新たな悪役が現れて、70集という長丁場を飽きさせない展開になっている。というか、善良で平凡な脇役だと思っていた登場人物が次々に悪の道に踏み込むのでびっくりした。変貌ぶりにちょっと無理を感じたキャラもいないではないが、見方を変えれば、完全な悪人はいなくて、自分より恵まれた者への嫉妬、不確かな地位への不安、そして家族愛などから闇落ちしていく弱い人間ばかりなのである。序盤は聡明だったはずの皇后輝発那拉氏もそのひとり。皇帝の恩情で、命は長らえることができてよかった。

 人々の弱さを狡猾に操り、宮廷すなわち愛新覚羅家に決定的な破滅をもたらそうとしたのは袁春望。彼の正体は、先帝が太行山を流浪した際、農家の女に生ませた落し胤だった。皇太后は猛烈な勢いでそれを否定するが、なぜか皇帝に袁春望の助命を嘆願し、真実は視聴者の想像に委ねられる。袁春望を演じた王茂蕾さん、執念深くて虚無的な演技がとてもよかった。『軍師聯盟』で漢の献帝を演じた方なんだな。彼の存在が、ピリッと舌に刺さるドラマの味付けになっていた。

 瓔珞と惹かれ合いながら一緒になれない傅恒の純愛。最終回の最後の言葉まで純愛ひとすじで泣けた。一方で、自由で鼻っ柱の強い瓔珞(呉謹言)と、文句は言いながら寛容に見守る乾隆帝(聶遠)みたいな仲良し夫婦像は、いまの中国人の理想かもしれないなあと思った。私の乾隆帝イメージは、ずっと『鉄歯銅牙紀暁嵐』の張鉄林だったが、約20年ぶりにバージョンアップされた。

 本作には、その紀暁嵐(紀昀)先生の『閲微草堂筆記』が出てきたり、絵画『富春山居図』が出てきたり、乾隆帝漢人説(※参考。母は銭氏?)など、清朝の歴史文化を踏まえたエピソードが豊富で、本筋とは別なところでも楽しませてもらった。久しぶりに北京の故宮(紫禁城)に行きたくなった。

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令和元年大嘗宮一般参観の記

2019-12-17 23:52:33 | 行ったもの(美術館・見仏)

大嘗宮一般参観(2019年11月21日~12月8日)

 週末、国学院大学博物館の企画展『大嘗祭』を見て来て、大嘗宮一般参観のレポートを書いていなかったことを思い出した。本年11月14日と15日に大嘗宮の儀が行われた大嘗宮を一般に公開するもの。報道を聞いたときはびっくりした。

 平成のときは、生まれて初めて経験する「天皇の代替わり」に興味を持って、いろいろ調べた。大嘗祭については、折口信夫の「真床覆衾(まどこおぶすま)論」に惹かれていたので、たいへん神聖な秘儀というイメージを持った。それが、儀式後とはいえ、一般公開されるというのだから、これは見ておかなければ、と思って出かけた。

 当日(11月30日)は、皇居乾通りの一般公開も始まった日で大賑わい。手荷物検査を経て、坂下門から中に入る。人の流れに従って進んでいくと、だんだん人が密集し、動かなくなった。大嘗宮は葭簀のような塀で囲われており、人の流れを見ながら、少しずつ中に入れているらしい。正面に鳥居。白っぽく見えるが、皮つきの丸太(ヤチダモという木)で「黒木作り」なのだそうだ。向かって左が主基殿、右が悠紀殿である。

 左の主基殿。千木は外剥ぎ。ネットの写真を確認したら、右の悠紀殿の千木は内剥ぎだった。鰹木は1棟5本かと思ったら、 中央の3つは2本並べて1組にしているので、計8本らしい。

 大嘗宮の右手後方に見えるのは、実は今年3月までの私の職場。後任の話では、部屋の窓からこの大嘗宮がよく見えるそうだ。

 「同じ場所で写真は1枚まで!前へお進みください!」という誘導をみんな全く無視して好き勝手に行動するので、警察の方(たぶん)は苦労していた。まあ平和な光景である。

 しかし阿鼻叫喚なのは正面だけで、横にまわる頃にはみんな飽きて、離れていく。

 大嘗宮の裏側(楽部庁舎のあたり)は静かなものだった。

 このひときわ大きい建物は廻立殿(かいりゅうでん)で、大嘗宮の最も北側(正面から見て最も奥)にあり、天皇が沐浴と更衣をするところ。お湯を使うのだろうか? 水だったら寒いだろうなあと余計な心配をする。神がおいでになる建物でないので、屋根に千木・鰹木は乗っていない。

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2019年10-12月@東京:展覧会拾遺

2019-12-15 23:13:37 | 行ったもの(美術館・見仏)

 今年の10月後半から先週まで、私用と仕事で出歩く週末が多かったので、実は書いていない展覧会レポートが溜まっている。とりあえず、思い出せるものだけ書いておく。

山種美術館 広尾開館10周年記念特別展『東山魁夷の青・奥田元宋の赤-色で読み解く日本画-』(2019年11月2日~12月22日)

 東山魁夷と奥田元宋か、そんなに好きではないしな…と行き渋っていたのだが、実は「色で読み解く日本画」が主題で、このほかにも「黄」「緑」「黒」「白」など色で分類された、多様な画家の作品が並ぶ。「緑」を基調とした近藤弘明(こうめい)『清夜』がよかった。初めて知る画家。「金」の森田曠平『出雲阿国』はとてつもなく華やかで好きな作品。

国学院大学博物館 企画展『大嘗祭』(2019年11月1日~12月22日)

 当初の会期を延長して12月22日まで開催中。主に江戸時代の関係資料を展示する。年表パネルで確認したが、大嘗祭は、応仁の乱以降、約220年は行われず、江戸時代中期に再興され、元文3年(1738)桜町天皇からは現在まで途切れることなく行われている。だから古代のままの祭祀儀礼でないことは言うまでもない。江戸中期の『宮中節会図巻』という資料だったと思うが、拝舞(はいぶ、はいむ)の様子が描かれていて面白かった。岡田荘司先生が大嘗祭を解説するビデオがロビーで流れていて、たくさんの人が熱心に見ていた。岡田先生によれば、大嘗祭の核心は天皇が神に食物を供することで、寝床は使わない、特に意味がない、と強調していたのがひっかかった。

五島美術館 特別展『美意識のトランジション-十六から十七世紀にかけての東アジア書画工芸』(2019年19月26日~12月8日)

 はじめ、タイトルの意味がよく分からなかったが、揺れ動く東アジアの盛んな交易と移り行く社会構造を背景に、爛熟する造形と清新な美意識が交錯する16~17世紀に焦点をあて、文化的に見ても過渡期(トランジション)にあった時代の姿を描く展覧会。他館からの出陳も多く、珍しいものが見られて面白かった。ちょっと昨年末の台湾の故宮博物院で見た企画展『アジア探検記-17世紀東西交流物語』を思い出した。たまたま行った日に大木康先生の講演会「明末の文人趣味と出版文化」が開催されていたので聴講した。

大倉集古館 リニューアル記念特別展『桃源郷展-蕪村・呉春が夢みたもの』(2019年9月12日~11月17日)

 2014年4月から5年に及ぶ増改築工事のため休館していた同館がついにリニューアルオープンした。伊東忠太設計による特徴的な外観を保存しつつ、内部はずいぶん現代的で居心地のよい空間に生まれ変わった。地下のミュージアムショップとトイレもきれい。エレベータ(以前はあったかしら?)が使いやすくなったが、古い階段も保存されていてよかった! 特集は蕪村と呉春だが、同館が彼らの作品を意識的に収集していた記憶がないので、やや意外だった。大好きな『随身庭騎絵巻』も久しぶりに見ることができた。

江戸東京博物館 企画展『18世紀ソウルの日常-ユマンジュ日記の世界』(2019年10月22日~12月1日)

 18世紀、朝鮮の文臣・ユハンジュン(兪漢雋)の息子として産まれたユマンジュ(兪晩柱、1755-1787)は、21歳になった1775年1月1日から死没する直前の1787年12月14日までの間、およそ13年間にわたって日記を書き続けた。本を愛し、病気に悩み、科挙受験に失敗して打ちひしがれたり、家長として奮闘したりするユマンジュの姿と、漢陽(現在のソウル)の風景やそこに暮らす人々の日常生活を日記から読み解く。会場をめぐるうち、全く知らなかったユマンジュという人物に惹かれていく。最後に早世した息子を悼む父の言葉があって、静かに共感する。もとはソウル歴史博物館で開催された展覧会であるらしい。ソウル歴史博物館でつくられたらしい、ハングル入りのイメージ映像も美しかった。こういう試みはもっと増えるとよいと思う。

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