〇五島美術館 春の優品展『王朝文化へのあこがれ』(2024年4月6日~5月6日)
同館の春の優品展は、だいたい古筆や歌仙絵が中心で、大型連休に合わせて国宝『源氏物語絵巻』が展示される。近年、混雑は嫌で『源氏』原本の展示期間を避けていたのだが、今年は久しぶりに展示期間に訪ねてみた。今日は朝からお茶会もあって、第1展示室に入ろうとしたら、びっくりするほど混んでいた。
幸い、第2展示室はまだ人が少なかったので、順番を変えて、こちらから見ることにした。同館が所蔵する『源氏物語絵巻』全点に復元模写も添えられて展示されていた。原本と復元模写を並べて見たのは久しぶりで、おもしろかった。柱や梁・縁側など家屋の描写が意外としっかりしていて狂いがないと感じた。「鈴虫」「夕霧」に描かれた男子は冠を被っているが、復元模写では額の部分が透けている。原本もそうなのだが、これは作者の工夫(額を描いたあとで上から冠を描く)に経年劣化で冠の絵具が剥げたのか、よく分からない。「御法」の光源氏は烏帽子を被っているが、これは透けていない。大河ドラマでは透ける烏帽子の使用が多いので気になるのだ。
第2展示室には、藤原道長筆『金峯山埋経』(紺紙金字、上半分のみ=地下水に浸かって破損したんだっけ?)や、伝・大弐三位(紫式部の娘、賢子)筆の家集断簡『端白切』なども出ていた。『銅製経筒』(12世紀)は、道長の埋経をイメージさせるための展示だと思うが「平治元年己卯九月廿日庚子」という銘文について「年と日の両方に干支を入れる例はあまりない」ので後世の偽銘だろう、と片付けられていて苦笑してしまった。
第1展示室へ戻ると、鴻池家旧蔵の『手鑑』など名品が目白押しである。そんな中で、ん?これは記憶にないと思ったのは、藤原定信筆『石山切(貫之集下)』で、料紙は石山切らしい継紙ではなく、全体にキラキラした銀泥(?)の模様が散らされている。令和5年度(2023)に書家・高木聖雨氏から寄贈を受けたものだそうだ。本展には、同資料を含め、高木氏から寄贈された書跡6点が展示されている。
古筆は、はじめに古今和歌集、次に和漢朗詠集がまとめて並べてあった。古今集の伝承筆者は紀貫之が多く、和漢朗詠集は公成と公任に仮託されたものが多い。私が好きな作品は『継色紙(めづらしき)』で伝・小野道風筆。これは軸物にするとき、左右の高さをズラして貼ったセンスが抜群によい。『今城切』の書跡も好きだなあと思ったら、絵巻でおなじみ、藤原教長と見られていた。伝・藤原定頼筆『下絵古今集切』の、おおらかでさっぱりした書風も好き。そういえば本展は、全ての古筆に全文翻刻が添えられていたように思う。鑑賞の助けになって、とてもありがたかった。
後半には『源氏物語図屏風』(江戸時代)や『山水屏風』(室町時代)に加え、いつもの歌仙絵、歌合絵、白描絵巻断簡、『沙門地獄草紙断簡・火象地獄図』や『駿牛図断簡』など、盛りだくさん。王朝文化へのあこがれを受け継いだ宗達や光琳、冷泉為恭、松岡映丘『祭の使』(これは頼道かな)も展示されていた。
中央列の展示ケースでは『白描絵料紙梵字陀羅尼経断簡』(鎌倉時代・13世紀)が目を引いた。陀羅尼経の下に『伊勢物語』65段「笛を吹く男」が描かれており、伊勢物語絵として最も古いものと考えられているという。また「王朝文化へのあこがれ」の中に堂々と漢籍写本が並んでいたのも、当然とはいえ、おもしろかった。『史記』(大江家国筆、1073年)の「孝景本紀」(漢・景帝)は天文の記事が目立った。『白氏文集』(金沢文庫本)は「琵琶引」(琵琶行)の箇所が開いており、冒頭の「潯陽江頭夜客を送る」が読めた。
同館にしてはめずらしく、係員がお客さんに「少しずつお進みください」と声をかけるような人の入り方だったが、いつまでも展示室で遊んでいたいような展覧会だった。
高木さんの古筆コレクションは、聖雨さんの御尊父聖鶴(1923-2017 文化勲章受章の書家)さんのコレクションで、一部を東京国立博物館、九州国立博物館、岡山県立美術館等へ寄贈されました。今回は、五島美術館へも寄贈されたもののようで、石山切、関戸古今などとても良いものが含まれており、私立美術館としては大変良かったと思います。聖鶴さんは、たしか三色紙(継色紙・寸松庵色紙・升色紙)すべてをお持ちだったそうで、個人ではなかなかできないことです。東博へ寄贈になったものは、かなり前にお披露目がありましたが、今回も拝見することができてとても良かったです。