見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2018年11-12月@東京近郊展覧会拾遺

2018-12-30 22:07:24 | 行ったもの(美術館・見仏)
思い出せる範囲で、今年最後のまとめ。

日本民藝館 特別展『白磁』(2018年9月11日~11月23日)

 朝鮮陶磁を代表し、民族独自の美意識や造形感覚を映し出すという白磁の特集展示。無地の白磁壺を中心に、辰砂文や鉄砂文、可憐な薄色の染付なども取り交ぜる。朝鮮時代の諸工芸や石工品、絵画等もあわせて展示。久しぶりに『花下狗子図』や『架鷹図』も見た。

印刷博物館 企画展示『天文学と印刷 新たな世界像を求めて』(2018年10月20日~2019年1月20日)

 学問の発展に果たした印刷者の活躍を、天文学を中心に紹介。というか、ケプラーやティコ・ブラーエは天文学者であると同時に印刷者(出版者)でもあった。ティコ・ブラーエときたら、デンマーク王の支援を受けて、観測所に加えて、印刷所と製紙所も持っており、膨大な観測データを残した。ケプラーの法則はティコ・ブラーエの観測記録から生まれたのだという。いま流行りのオープンサイエンス、オープンデータの意義を考えさせられる挿話。西洋だけでなく、中国・日本の天文学書も多数展示。国立天文台所蔵の『ラランデ暦書』等、久しぶりに見て懐かしかった。

江戸東京博物館 企画展『玉-古代を彩る至宝-』(2018年10月23日(火)~12月9日)

 「玉(ぎょく)」かと思ったら「玉(たま)」の特集だった。日本各地から選りすぐった出土玉類で構成されている。旧石器時代末には動物の牙や骨を素材にした玉が用いられ、縄文時代末頃にはヒスイを加工した美しい石製の玉が作られるようになる。弥生時代になると、ガラスをはじめ多彩な材料の玉が現れ、有力者の墓に収める風習が始まった。要するに、ヒスイなど玉(ぎょく)よりも少し広い概念を扱うので、このタイトルになっている。

山種美術館 特別展『皇室ゆかりの美術-宮殿を彩った日本画家-』(2018年11月17日~2019年1月20日)

 近代の作品に混じって、後陽成天皇の書跡や、土佐光信筆『うたたね草紙絵巻』(室町時代)、伝・海北友雪筆『太平記絵巻』(江戸時代)など、古い作品も出陳されている。東山魁夷の『満ち来る潮』は何度見てもよい。山種美術館が、黒田清輝や和田英作、梅原龍三郎など洋画(油彩画)も所蔵していることを初めて認識した。

■丸善・丸の内本店ギャラリー 『美しい畸形-画強 天明屋尚 版画展』(2018年12月26日~12月31日)

 昨日、見てきたもの。「ネオ日本画」を標榜する天明屋尚(てんみょうやひさし、1966-)のはじめての本格的な版画展。来年の大河ドラマ『いだてん』のオープニングに山口晃さんの絵が使われると聞いたばかりだが、天明屋尚さんの絵は危険すぎるか。でもカッコイイ。もっとメジャーになってほしい。
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台湾旅行2018【おまけ】風景、食べたもの

2018-12-25 20:59:40 | ■中国・台湾旅行
 台北に到着した初日(12/22)MRT中山駅からホテルに向かって、南京東路の商店街を歩いていくと、どの店の前にも、線香やお供物を載せたテーブルが出ているのが目についた。昔ながらのお店だけでなく、しゃれたブティックやカフェの前にもあって、道端で紙銭を燃やしている人たちもいた。なかなか理由が分からなかったが、調べてみるとこの日は冬至で、道教の最高神「三清」のひとり元始天尊の聖誕をお祝いする日であったらしい。



 台湾ひとり旅の場合、食事はショッピングセンターや駅のフードコートを利用することが多い。お気に入りは台北駅前の新光三越の地下のフードコート。手軽に栄養バランスのいい食事がとれる。



 しかし観光優先なので、時間がないとこうなってしまう。故宮博物館帰りのランチ。士林のバス停前の「洪記上海生煎包」で購入。美味しかった~。



 ホテル近くのセブンイレブンで見つけた「鳳梨酥もなか(アイスクリーム)」。味は名前のとおりで、パイナップルケーキとバニラアイスを同時に食べるような幸福感! 美味しくないわけがない。あらためてネットで調べたら、福岡県のセリア・ロイルという会社がつくっているらしい。しかし同社のホームページを見に行っても商品紹介には情報がない。日本では販売していないのかなあ。絶対売れると思うのに。



 今回のホテル、国王大飯店は、こじんまりして清潔で日本人好みの仕様。また泊まってもいいと思っている。



 最後に今回のおみやげ。客家花布の巾着袋2つ(迪化街・永楽市場で)と同じようなテイストの茶杯2つ(鶯歌で)。自分用だが、機会があれば誰かにあげるかもしれない。



(12/30記)
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台湾旅行2018【3日目/最終日】鶯歌、国史館、迪化街

2018-12-24 23:08:10 | ■中国・台湾旅行
鶯歌陶瓷博物館、鶯歌陶瓷老街

 台湾旅行最終日。今年は18:25松山空港発の帰国便にしたので、ほぼ1日観光できる。しかし月曜日で、市内の博物館や美術館は休みは多い。そこで台北駅から電車(台鉄)で30分ほどの鶯歌へ遠征することにした。台鉄は「EasyCard」では乗れないようなので券売機で昔なつかしい感じの切符を買う。



 鶯歌は陶磁器の街。台鉄の駅から、まず陶瓷博物館に向かう。今日も小雨がパラつき、薄手のコートを羽織っていてちょうどいいくらい。この日はクリスマスイブだったので、受付や館内の職員のみなさんは、サンタの帽子やトナカイの角をつけて、雰囲気を盛り上げていた。展示は陶磁器の歴史(考古から近代まで)や製作工程を紹介する常設展のほか、新作の芸術陶芸作品もあり。歴史民俗博物館的な常設展がけっこう面白かった。



 陶芸職人のパレット。佐賀県の伊万里でも似たようなものを見た。



 博物館を出て、陶器屋さんが軒を連ねる陶瓷老街へ。街の案内板が陶器製なのも伊万里を思わせる。 



 鶯歌の本来の特産は、黒や茶色の地味なやきもののようだが、色柄入りの華やかな器もたくさん売っている。私は南国風の花柄の茶杯を色違いで2つ購入。本当は背の高い聞香杯とセットで揃えるのが中国茶器のルールだが、たぶんお茶でなくワインやお酒をいただくのに使うつもり。



国史館

 お昼過ぎに台北駅に戻り、今回初めて行こうと思っていた国史館へ。ここは総統府の直属機関として国史編纂、史料整理、史料文物の収集と保存、総統及び副総統の文物管理を行っている。日本でいえば、国立公文書館が近い(でも日本の国立公文書館は国史編纂はしていないなあ)。建物は日本統治時代の逓信部で、戦後は中華民国の交通部となり、2010年に「国史館」の看板が掲げられた。交通部さらに逓信部時代の看板の字体を踏襲しているのが興味深い。



 展示は「曲折70年-国史館現蔵国宝と憲政史料展」が面白かった。1936年5月5日に公布された「中華民国憲法草案(五五憲草)」を基礎に、1946年に「中華民国憲法」が制定されるが、戒厳令によって国民の権利は大きく制限を受けた。80年代以降、それを再び取り戻していく民主化の進展が分かりやすく紹介されていた。金庸の『射雕英雄伝』が「部分禁書」の扱いを受けていたことも初めて知った。



■迪化街、永楽市場

 まだ少し時間があったので、大好きな迪化街を歩きに行く。どっしりした構えの商業ビル「永楽市場」は、何度か前を通ったことはあるが、中に入ったことはなかった。最近、観光ガイドで取り上げられているのを読んだので、初めて中に入ってみた。1階は食べもの屋や生鮮食料品屋が主だが、昼過ぎなので閉めている店が多かった。2階と3階は小さな間口の布屋さんがみっしり並ぶ。多くの店がミシンを持っていて、店先で縫製もしている。



 ハワイのアロハシャツを思い出すような、色鮮やかで大きな花柄の布は、客家花布と呼ばれる。このお店の前でうっとり眺めていたら、呼び込まれて、ポーチ(巾着袋)を2つ買ってしまった。うれしい~。人に見せて歩きたい。

 今回は、そのまま迪化街を北へ進んで、初めて民権西路まで歩いてみた。時が止まったような古いお店と観光客向けに前のめりに商売をしている明るいお店、さらにおしゃれなカフェや雑貨店がモザイクのように並ぶ。最近の京都の錦市場が近いかもしれない。仏具屋ならぬ寺廟の祭祀具のお店、ちょうちん屋も見つけた。民権西路であやしい骨董品屋も。また時間のあるときにゆっくり歩いてみたい。

 台北駅で荷物をピックアップし、松山空港へ。18:25の中華航空便に乗り、羽田空港は22:05着。夜景がきれいだった。翌日の出勤にも問題なし。充実した年末の3日間が過ごせた。

(12/30)
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台湾旅行2018【2日目】故宮博物院、淡水

2018-12-23 11:47:15 | ■中国・台湾旅行
■故宮博物院

 2日目は朝から故宮博物院へ向かう。士林駅でMRTを下り、バスに乗る頃から雨が降り始めた。気温は前日より低いがコートなしで問題なし。リュックをロッカーに預けて館内に入る。朝の空いているうちにお目当ての「国宝再現」を見てしまおうかどうしようか迷ったが、1階から見ていくことにした。そして、昨年と変わってなさそうな部屋は飛ばしながら進む。

【101室】「慈悲と知恵-宗教彫塑芸術」
【106室】「集瓊藻-故宮博物院所蔵珍玩精華展」
【108室】「貴族の栄華-清代家具展」

【105,107室】「アジア探検記-17世紀東西交流物語」(2018年12月20日~2019年3月10日)
始まったばかりの特集展示。17世紀の東アジアを訪れた西洋の商人や宣教師たちがもたらした珍宝、アジアとヨーロッパの交流の影響下に生まれた芸術と文化を紹介する。実は直前までこの展示に気づかず、今期は、図書文献館で開催の「プーシキン美術館展」が「国宝再現」に続く目玉かと思っていた。それならいつもより早めに見終わるかと思っていたら、とんでもなかった。面白すぎて、この特集だけで1時間以上を要した。



展示はもちろん館蔵品が主だが、海外からの出陳も多かった。見覚えのある出島商館図(彩色絵巻)は、長崎のものかと思ったらオランダ国家美術館(アムステルダム国立美術館)の所蔵品だった。オランダ人は17世紀東アジア海域の覇者として東西交流を促進し、清朝皇帝にも謁見を果たした。オランダで出版された銅版画に描かれた「中国」の風景は、かなり正確なものもあれば、トルコやインドと混じったようなものもある。



やきものの図像をめぐる東西交流は、いつも面白いと思う。この日傘をさした女性二人が佇む構図は、オランダにも例があり、日本の伊万里にも類例がある。



オランダに残るこの色タイルには、中国風の楼閣に黒人が配されていて、どこでもないパラダイスの趣き。



東西交流の時代における「東方の風情」の例として、沈士充(明人、1602-1633)の『画郊園十二景』という画帖が展示されていて素敵だった。調べたら東博が『山水図冊』を所蔵する画家であるらしい。覚えておきたい。



展示品の説明板を見ていると「故善〇〇〇…」のような漢字二文字と数字の所蔵品番号が付いていることに気づいた。「故善」は故宮伝来の善本書籍。「購善」は購入善本、「贈善」は受贈善本ということらしい。「故画」とか「故漆」「贈瓷」などもあり、この由来を見分けるのも面白かった。

【103,104室】「古人の掌中書—本院所蔵巾箱本特別展」(2018年12月23日~2019年3月10日)
ちょうどこの日から始まった展示。小さくて精緻な「掌中書」(袖珍本)の特集である。そもそも戦乱の時代には、鍾愛の古典籍を持ち運べるようにしておく意味は大きかったんだろうなあ。写真の『周礼』は、楊守敬先生が日本で購入したものだという。何故か『日本書記』『日本三代実録』の袖珍本があったり、清末の識字教科書があったりした。『乾隆南巡紀程図』は各日の行程を1冊にまとめた折帖で、江南の風景を描いた彩色の挿絵が美しかった。



【102室】オリエンテーション・ギャラリー
中国語で「古画動漫」と名づけた古画の複製品+アニメーション展示をやっている。作品は横長の長軸物が選ばれており、今期は、明・文徴明の『仿趙伯驌後赤壁図』。風景の見どころをアップにしたり、画中の人物に寝返りを打たせてみたり、けっこう面白い。日本の博物館等でもこういうコーナーが常設であればいいのに、と思う。

【204,206室】「筆墨は語る-中国歴代法書選」
2階は「国宝再現」を避けて一般展示室からと思ったら、ここもすごかった。蔡襄、蘇軾、黄庭堅、蔡京の書が並んでいて、しかも撮影自由なんて、正気の沙汰と思えない。写真は、もったいなくも蘇軾の書尺牘。私の後にいた中国人の男子二人組が、やっぱり「おお、蘇軾(su shi)!」と驚いて写真を撮っていたのが可笑しかった。



【210室】「国宝を再び─書画の精華 特別展」(2018年10月4日~12月25日)
そしてお目当ての「国宝再現」の部屋。ここだけは室内撮影禁止である。いきなり巨大な画軸『宋太祖坐像』があって驚いた。今、たまたま宋太祖(趙匡胤)についての本を読んでいて、旅行にも持って来ていたのだが、その冒頭にもカラー図版で取り上げられていた肖像である。「宋太祖」と書かれた小さな紙(肉眼で確認困難なほど小さい)が貼り付けられているが後考を待つと解説にあった。入口の看板に使われているのは『宋仁宗后坐像』(北宋4代皇帝仁宗の曹皇后)で、これは展示替えのため出ていなかったが、よく似た『宋寧宗后坐像』(南宋4代皇帝寧宗の楊皇后)が出ていた。宝冠・衣装はほぼ同じで、青い衣に一面に配された番いの鳥の文様が愛らしかった。



他に絵画は、金・武元直の『赤壁図』や宋・易元吉の『猴猫図』(サルに抱かれた猫)が印象に残った。宋人『富貴花狸』も可愛かったなあ。中文の解説には「牡丹」の下にうずくまる「花狸」と書いてあったけど、ジャコウネコだろうか。書は、唐・玄宗『鶺鴒頌』が出ており、たぶん初めて玄宗の書跡を見たと思う。癖が強くてあまり巧いと思わないのだが、墨色が黒々して意外と力強い字。

【202,208,212室】「百卉清供─瓶花と盆景画 特別展」
【203室】「心に適う-明永楽帝の磁器」
【201,205室】「土の百変化-中国歴代陶磁器展」
【207室】「紫砂風潮-伝世品及びその他器物」

 2階には小さなミュージアムショップが並ぶ。どうせ最後に地下のお店に寄るからいいや、と思っていたのだが、「月刊故宮」のバックナンバーなど、地下のお店にはないものもあるので、次回はここで買い物をしようと思う。

【301室】「鐘・鼎の銘文-漢字の源流展」
【300,303室】「うつつとまぼろしの間で-故宮所蔵戦国時代から漢代の玉器 特別展」
【304室】「天香茄楠─香玩文化 特別展」
【305,307室】「古代青銅器の輝き-中国歴代銅器展」
【306,308室】「敬天格物-中国歴代玉器展」

【302室】「南北故宮 国宝薈萃」
私が行ったときは『肉形石』と白玉の『玉園蔬図筆筒』が出ていた。『翠玉白菜』は台中フローラ世界博覧会で展示中とのこと。また1/7から『肉形石』もオーストラリアでの『故宮博物院珍宝展』に出品されるそうである。

 見ていない部屋もあったのだが、だいたいひとまわりできたのが午後2時。お腹がすいて集中力が落ちてきたので、そろそろ切り上げることにした。一時退出して食事をすることはできるのだが、1階のカフェはすごく混んでいるのである(私が退出したときも並んでいた)。次回は軽食を用意しておいて、ロビーか庭でそっと食べるのがいいかもしれない。

 雨は止んでいたが、いつまた降り出してもおかしくない空模様。とりあえずバスで士林駅に出る。バス停の前に美味しそうな上海風包子屋さんがあったので、我慢できずに2個購入。駅前のベンチで昼食にする。

■淡水老街、紅毛城

 士林からMRTで40分くらいの淡水に向かう。淡水は台北市北部の港町。私は15年くらい前に初めてひとりで台湾に来たときも淡水に足を延ばしたことがあり、それ以来になる。 大きなターミナル駅で下り、淡水老街と呼ばれる道を歩き始めた。小雨がパラつき、海風も強い生憎の天気だが、観光客の姿は多い。食べ歩きのお店に混じって木工芸品のお土産店が多いことは、かすかな記憶に一致する。海鳥も雨を避けてに休んでいた。



 前回も来た紅毛城を見学。1628年、スペイン人により建設され、オランダ人が再建し、イギリス領事館としても使われた。実は台湾に現存する最古の建築でもある。イギリス領事館部分は当時の内装や家具も残っており(復元?)クリスマスの飾りつけがされていた。



 再びMRTで台北市内へ。士林夜市に寄るつもりだったが、雨が強くなってきたので、台北駅のフードコートで夕食にした。

(12/29記)
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台湾旅行2018【初日】中研歴史文物陳列館、龍山寺

2018-12-22 23:54:20 | ■中国・台湾旅行
 年末3連休を利用して台湾旅行に行ってきた。昨年に続き、目的は故宮博物院の特別展だが、他に何か面白いものはないかと探していたら、中央研究院の歴史文物陳列館が面白いと書いている人がいた。一般の観光ガイドブックには全く載っていないのだが、少ない情報をつなぎ合わせて、これは行ってみる価値ありと判断した。探してみると、全然ちがう分野の研究者が「中央研究院への行き方」を日本語PDFでアップしていたりして、助けられた。

 今回は成田空港を9:20に出発し、12:30に桃園空港に到着する中華航空便。混雑する桃園空港で両替し、「EasyCard」にチャージ、MRTで台北市内へ向かう。昨年はこのMRT車内で職場から電話を受けてしまったのだが、今年は週末旅行なのでその心配なし。中山駅から少し歩いてホテル(国王大飯店)にチェックイン。昨年もこの時期に25度を超す夏日を経験しているので、コートの下は秋物で来たのだが、やっぱり暑い。半袖でもよかった。

中央研究院 歴史語言研究所 歴史文物陳列館

 台北中心部からの行き方はMRT板南線で終点の南港展覧館駅へ。出口5を出て横断歩道を渡り、向かいのバス乗り場で待つ。バスはどんどん来る。系統ごとの路線図が掲示されており、接近しつつあるバスの番号が電光掲示板に表示されるので問題なし。「中研」まで行くバスは多いが、できればその1つ先の停留所「胡適公園」が近い。

 なお、バスは前方ドアから乗るが基本(のような気がする)。車内に「上車収費(先払い)」「下車収費(後払い)」が表示されているというけれど、乗る時に運転手に促されたらカードをタッチする。何も言われなければ降車時にタッチ。だいたい1回(均一料金)で済む。「EasyCard」は実に便利。

 さて中央研究院は、自然科学から人文社会学までに跨る台湾の最高学術研究機関(国立アカデミー)。台北市南東部の広大な敷地を占める。バス通りの片側に広いキャンパスが延々と続いていて、ちょっと日本の筑波大学の風景を思い出した。「胡適公園」で下車。歴史文物陳列館の建物に着いたのは15時くらいだったと思う。ロビーに小学生か中学生の団体がいて賑やかだったので、受付で簡単なリーフレット(日本語版あり)を貰って、まず2階「歴史空間」から見ることにする。入場は無料。

【201】居延漢簡 中国の居延地方 (内モンゴル自治区) で発見された漢代の木簡を展示。2室あって、手前の部屋は複製品や関連文献などの展示だったので、まあそうだよなと思いながら、奥の部屋に入ったら、本物(たぶん)が展示されていた。全て釈文つきなのがありがたい。「皇帝詔書」「財税収支記録」「私人通信」「薬法」などに分類されており、顔を描いた護符のようなもの(桃符)もあった。田卒や騎士の名簿も面白く、「請喪暇」(休暇願)もあった。どれも割りばしくらいで日本の木簡より細い気がする。



【202】珍蔵図書 傅斯年図書館が収蔵する善本のうち、鄧邦述(1868-1939)の旧蔵コレクション「群碧楼蔵書」を展示。

【203】内閣文庫档案 同研究所が所蔵する清朝内閣文庫の档案(公文書)は、民間に流出していたところを傅斯年(1896-1950)先生が奔走して購入したもの。明代4000点、清代30万点を所蔵している。今期は宮廷の大礼・大婚等に関係する文書を展示。中国の公文書はとにかくデカい。科挙の答案や合格者発表の文書もあった。



【204】中国西南民族 台湾でも原住民文化に関心が高まっていることと関連するのか。民族衣装、漆器工芸、刀、楽器などの原物資料と写真・動画も。「人と天」と題して、各民族の宗教観を紹介するコーナーも面白かった。ナシ族のトンパ文字資料は雲南旅行を思い出してなつかしい。



【205】豊碑拓本 漢代の画像石、洛陽・龍門石窟の石仏、唐宋の墓誌などの拓本。

【206】台湾考古 この部屋のみ撮影禁止。土器や動物の骨が主で何故?と思ったが、人骨があるためか。

【207】特展区 祭祀や戦争に関係する天気、自然災害等の占いに用いられた甲骨文を特集。

 以上、2階を見ているだけで1時間が経過。閉館時間は16時半。まずい、時間が足りないとあせりながら、1階「考古空間」に移動する。大きくは【龍山文化】【殷墟文化】(甲骨文字展示を含む)【西周文化】【東周文化】の4つのエリアに分かれており、特に殷墟の発掘資料がものすごく豊富。安陽の殷墟博物館の展示(よく覚えていない)に勝る面もあるのじゃないだろうか。とにかく展示品の「量」に圧倒される。



 銅製の仮面。中国古代を舞台にした時代劇で、こんな仮面が登場することがあって、絵空事も甚だしいと笑っていたのだが、あってもおかしくないのだなあ。



 こういうヘンな奴もいる。中型犬くらいのサイズ。デカすぎる。



 閉館時間の10分前に放送が流れ、私と、もうひとり最後まで残っていた男性も追い立てられてしまった。私たちが建物を出ると、そさくさと扉を閉める係員。こういうところは大陸も台湾もあまり変わらない。1階は駆け足になってしまったので、ぜひ来年にでも再訪したいと思う。なお、開館は水、土、日のみ。12/23(日)は設備点検の臨時休館だったので、今回はこの日しか行くことができなかった。



■龍山寺

 台北市中心部に戻り、あたりが暗くなり始めた頃、ごひいきの龍山寺へ。今年もおみくじを引きにやってきた。「来年の運勢を教えてください」とお願いして引いたのは、第九十首「上上」の「劉先主如魚得水」だった。え、劉先主って誰?と一瞬考えてから、三国志の劉備か!と納得した。昨年が「周郎(周瑜)赤壁敗曹兵」だったから、かなり出世したものだ。本当は曹操か司馬懿を引きたかったんだけどなあ。写真は、門前の「観音仏祖」の提灯を裏側(門内)から。



※おまけ:中研バス停付近で見かけた『新・神鵰俠侶』2019年版のラッピングバス。これはちょっと見たいドラマ。



(12/25記)
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新しい中華麺@東京

2018-12-21 22:06:18 | 食べたもの(銘菓・名産)
2018年もあと10日。今年の出来事として記憶しておきたいのは、これまで日本になかった、中国人好みの麺料理のお店が、続々東京にオープンしたこと。

先陣を切った「馬子禄」のオープンは昨年8月だったが、はじめは連日、長蛇の列でなかなか入れなかった。今年になって、ようやく落ち着いたので、月1回くらいランチに利用している。

先日、御徒町の「国壱麺」にも行ってみた。ここの蘭州牛肉ラーメンもなかなかよい。



水天宮の「西北拉麺(シーベイラーメン)」は厦門の麺料理だそうだ。あっさり味の牛肉拌麺はかきまぜて食べる。



もうひとつの看板料理、牛骨薬膳拉麺は湯麵。寒くなってきたし、食べにいかなくちゃ。

などと言いつつ、明日から2泊3日台湾旅行。行ってきます。
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麒麟と『黄山八勝画冊』を見に行く/石井波響(千葉市美術館)

2018-12-20 23:52:48 | 行ったもの(美術館・見仏)
千葉市美術館 生誕135年『石井林響展-千葉に出づる風雲児-』(2018年11月23日~2019年1月14日)

 石井林響という名前を聞いてもピンとこなかったが、ポスターになっている『童女の姿となりて』にはなんとなく見覚えがあった。クマソタケルを騙し討ちするため、女装したヤマトタケルを描いた作品である。ニニギノミコトとの出会いの場面を描く『木華開耶姫』(この表記は珍しい)も。私は、日本神話をモチーフにした明治・大正の絵画の、どこかぎこちない感じが好きなので、そういう特集の展覧会で見たのだと思う。

 石井林響(1884-1930)は千葉県山辺郡(現在の千葉市!)に生まれ、下村観山のすすめで橋本画邦に入門し、「天風」の号でデビューして歴史画を中心に高い評価を得たという。初期の作品には、日本神話のほかに、中国の仙人・仙女、弘法大師や布袋や観音を描いたものもある。確かに巧いが単調だなあと思っていたら、光琳や抱一を思わせるやまと絵ふうの『歌仙』が出てきたり、幻想的な高峰を背景に一羽の鶴を描く『蓬嶋孤鶴』(極端で大胆な構図は芦雪を思わせる)があったり、だんだん面白味が出てきた。

 大正初期の大作『桃源』『漁樵』は洋画のような色遣いで、冒険的な作品だと思うが、あまり好きではない。こっちの方向に行っちゃうのかなあと思ったら、大正中期には、水墨とわずかな色彩で、にじみや点描など効果的に使った作品が目立つ。華やかなのに知的でストイック。『巌礁之鶴図』について解説が、同時代の横山大観や今村紫紅の作との類似を感じさせる、と書いてあるのは分かる。でも私はこの構図にも芦雪を感じる。

 などと和んでいるところにガツンと衝撃を与えられるのが『王者の瑞』。金屏風の右端に黄色い中国風の衣を着た、灰色の長い顎鬚を垂らした老人。聖人(孔子)なのだろうか。左端には麒麟。長い首を垂れ、細い顔の両目は正面をにらんでいる。実在のキリンをモデルにしたというが、白い体に青い斑点(網目ではない)に置き換えることで、地獄の門番のような風情になっている。赤いたてがみと尻尾は、焔を纏っているようだ。この作品、本展の二つ折りチラシにもちゃんと掲載されているのだが、まさか2メートルを超す屏風だとは。しかし「千葉市美術館所蔵」とあるのに、どうして一度も見た記憶がないのだろう。いや、遅ればせながら見られてよかった。

 その後も林響の作品は変化していく。クレパスのようにふわりと包み込む色彩。変幻自在な点描の美しさ。表情豊かな動物たち。ここで閑話休題、「林響の愛したものたち」というコーナーが設けられている。浦上玉堂、久隅守景の墨画や墨画淡彩など。しかし、なんといっても驚きなのは、泉屋博古館所蔵の名品、石濤の『黄山八勝画冊』が一時、林響のコレクションにあったということだ。正直、私はこの作品が見たくて本展を見にきた。ついでに、この作品の図版が大きく載っていたので図録も購入した。この日、開いていたのは第1図で、山道を辿る男性が、立ち止まって杖を横たえ、眺望を楽しんでいる。一瞬、弁髪っぽく見えたのだが、垂らしているのは頭巾の紐なのかな。暖色と寒色をバランスよく配した淡彩の美しさよ…。

 たいへん興味深かったのは、林響が金策のため、この図冊を手放した際の書簡が、今も図冊と一緒に伝わっていることだ。林響は杖田春雷宛ての書簡で、画冊への愛着を縷々述べたあと「せめて壱萬円位を投げ出していただきたい」と率直に訴えている。画冊は杖田の仲介で、住友寛一のコレクションに入り、今に至る。住友家がこの書簡を後世に残してくれたことに感謝したい。林響は、円熟した宋画より意気旺盛なる明清の文人画の方が面白い、という発言をしていたそうだ。すごく共感できる。

 また、図冊の内箱(木箱)の蓋裏には、林響と親交のあった中国の篆刻家・銭痩鉄の揮毫があって、林響は八大山人と謂う可く、鉄斎は石濤に連なるという文言がある。うーん、ちょっと受け難いところもあるが、このように日本の画家と中国それも明清の画家が近かったというのは嬉しい。

 林響の晩年の作品は、色数をしぼった墨画淡彩が多いが、おそろしいほどの濃彩の金屏風も描いている。『野趣二題』は日本画でも洋画でもない、新しい表現を追求しているように思える。最後まで変化に継ぐ変化で、冒頭に見たのが日本神話を題材にした歴史画であったことなど、忘れてしまいそうだった。
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ひらく、流す/扇の国、日本(サントリー美術館)

2018-12-17 23:48:41 | 行ったもの(美術館・見仏)
サントリー美術館 『扇の国、日本』(2018年11月28日~2019年1月20日)

 タイトルを聞いても、よく趣旨が分からない展覧会だと思ったが、見に行ったら面白かった。「扇」は、日本で生まれ発展したものだという。10世紀末には中国や朝鮮半島に特産品としてもたらされ、中国では、それまで一般的だった団扇と区別して「倭扇」とも呼ばれた。本展は、宗教祭祀や日常生活の用具として、贈答品として、工芸品として、日本人が愛した「扇」をめぐる美の世界を幅広い時代と視点から紹介する。

 冒頭には、明治11年(1878)明治政府がパリ万国博覧会に出品した百本の「扇」から3点、狩野探幽画『山水図扇面』、長沢芦雪画『雀図扇面』、歌川豊国画『遊女図扇面』が出ていた。知らなかったけれど、それぞれ絵柄の異なる百本の扇を出すという明治政府の文化的センスが心憎い。今の日本政府とはまるで比較にならない。そして百本全てが東京国立博物館に現存しているというのも素晴らしい。

 ここから一気に時代をさかのぼり、しばらく美術品というより歴史資料的な逸品が並ぶ。島根・佐太神社の『彩絵檜扇』は12世紀の作。表と裏にやわらかな色使いで素朴な花鳥を描く。扇を開いた状態で収納する箱も伝来。MIHOミュージアム所蔵の檜扇(南北朝時代)は熊野速玉大社から流出した可能性があるという。伊勢国朝熊山経ケ峯経塚から出土した檜扇残欠(12世紀頃)は、形の揃った橋(ほね)の断片が動物の遺骸のようにも見える。たいへん興味深いものを見ることができた。次に扇の使用法について、和歌を記して贈答に用いた例、メモ帳代わりに使われた例、勝機を招く呪術的な意味も込めて用いられた軍扇などを紹介する。「扇の骨の間から見る」の紹介がないなあと思ったが、図録巻頭の文章には取り上げられていた。

 続いて「流れゆく扇」。中世から近世初期の絵画や文献資料には、水面に扇を投じて「扇流し」を楽しむ人々の姿を見ることができるという。この源流として紹介されているのが『長谷寺験記』に載る高光少将の「扇流し」の伝説。同じ話が室町期の御伽草子にもあるというが、この話、平安・鎌倉期の説話にもあっただろうか? ここで『後撰和歌集』の離別羇旅歌が紹介されているが、平安文学的に「扇」は「あふ」「かぜ」「そら」「くもゐ」につながっていくのは自然だが、「水」「流れ」に関わるのは唐突な気がする。そんな縁語あったっけ?という疑問を残しつつ、確かに絵画作品には「流れゆく扇」をモチーフにしたものが多数あることを確認した。

 見慣れない作品が多くて驚き続けた中でも、大作『大織冠図屛風』(個人蔵、17世紀前半)には感嘆した。初見だと思う。金雲の占める比率が高いが、描かれた空間の密度がおそろしく高い。ちなみに金雲の中にエンボス加工ふうに扇流し文が組み込まれている。図録の写真が小さすぎるのが許せない~。大好きな『舞踊図』も出ていたが、前後期3面ずつってセコくないだろうか。

 次に扇の流通についてあたらめて考える。明国に渡って、扇と交換で漢籍を購入した話など面白いなあ。『扇屋軒先図』(大阪市立美術館)も艶やかで楽しい。中世から近世にかけて、さらに多様な扇絵と扇面貼交屏風が登場する。『京名所図扇面』(元秀印)のような定番はもとより、知らない作品をたくさん見せてもらえて嬉しかった。川面を飛ぶ千鳥?雀の大群を背景にした『京洛月次風俗図扇面流屏風』は沈んだ金色を基調にした色味がおしゃれ。扇面に板摺りの『阿弥陀聖衆来迎図』(日本民藝館)は他にほとんど例のない珍しいもの。和泉市久保惣記念美術館の『源氏物語「朝顔」図扇面』もいいなあ。扇形の空間をかなり意識的に使っている。『酒呑童子絵扇面』(個人蔵)も、扇に仕立てたら、あまり趣味がよくないと思うが、この図形に構図を収めることが面白いのだろうな。

 扇モチーフを取り入れた漆器・磁器・染織もいろいろ。特に大胆な着物の柄として扇は外せない。終盤の展示室で海北友雪の『一の谷合戦図屏風』を(右隻・左隻同時に!)見ることができたのは嬉しかった。六曲屏風いちめんに巨大な扇絵が出現した趣き。最後は扇型をした長崎出島の地図で終わる。扇にさまざまな楽しみ方を見出した過去の日本人に負けないくらい、機知に富んだ構成で楽しい展覧会だった。
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いのちを見せる/動物園巡礼(木下直之)

2018-12-15 23:41:53 | 読んだもの(書籍)
〇木下直之『動物園巡礼』 東京大学出版会 2018.11

 何の前情報もなく書店でめぐり合ったので、ええー木下先生、今度は動物園か、と目を白黒させながら購入して大事に持ち帰った。そもそも巡礼の発端をさかのぼると、2004年に文学部で開講した「上野細見」という講義で、学生たちを上野動物園に連れていったことがあるそうだ。その後、2009年には大学院人文社会系研究科で講義「近代日本の文化政策-動物園とは何か」を開催し、東大出版会の『UP』誌に2011年から2017年まで連載していた「動物園巡礼」が本書のもとになっている。

 本書に登場する「巡礼先」は、日本動物園水族館協会(JAZA)加盟の動物園だけでなく、協会に加盟していない小さな動物園や歴史の彼方に消えてしまった動物園の跡も数多く含まれる。本書に教えられたことはたくさんあるが、ひとつは動物園の動物は意外と移動しているということだ。オラウータンのミミは、密輸入されて神戸・北野異人館街で保護されたあと、神戸、豊橋、福岡、再び神戸、天王寺、再び福岡の動物園を転々とした。沖縄生まれのカバの楽平は、別府、丸亀、大牟田の遊園地を移り歩き、その後の行方は杳として知れない。古い話では、戦後、インドのネール首相から贈られたゾウのインディラは札幌、旭川、函館まで巡回した。さらに遡れば、明治22年の憲法発布式には、大阪の興行師が所有するゾウのキー坊が参加したが、大阪に戻る途中、東海道横田川(野洲川のことか?)に架かる橋を踏み抜き、怪我が悪化して死んでしまったそうだ。

 動物園の動物といえば、狭い檻の中で一生を終わるイメージで、本書は、それを簡単に不幸と言えるのかという問題提起がされているが、人間の都合であちこち連れまわされる動物たちは、やっぱり可哀想だと思う。井の頭動物園のゾウのはな子はストレスで人間を二人殺してしまい、鎖につながれてゾウ舎に閉じ込められた。飼育員との間に信頼関係を築き、完全に体を回復するまで八年を要したという。東山動物園の飼育員浅井力三は、三頭の若いゴリラの飼育に奮闘するが、神経質なゴリラは、飛行機の爆音、バキュームカーの振動、落雷、人間の侵入等、怯えるとすぐに下痢をし、食欲を失った。やっぱり、動物園暮らしは、動物にとって苦痛が大きいんじゃないかなあと思う。

 動物のストレスを緩和する努力は続けられてきた。本書には上野動物園の「おサル電車」に関する章があって、私にはなつかしかった。は1948年に開通したおサル電車は大人気を博し、1972年には不忍池畔の西園に移動して、車両も大型化する。しかし、翌年秋に「動物の保護及び管理に関する法律」が制定されたことから1974年に廃止される。本書には、開通当初の小さな電車(幼児しか乗れない)と、サルの訓練に努力した飼育員の松尾清一の写真が載っている。私は大型化したおサル電車の記憶しかないのだが、松尾は、人間の都合で車両が大型化し、サルは運転席につながれるだけになってしまったこと、それを虐待と名指されたことに怒りを表明している。

 私が子どもだった頃は、このほかにも動物園や遊園地に動物のショーはつきものだったが、今ではすっかり影をひそめ、代わって動物の本来の姿を見せる「行動展示」が主流となっている。しかし水族館では、相変わらずイルカやアシカのショーが行われているというのは興味深い指摘である。

 それから、同じ展示施設である博物館や美術館と、動物園は何が違うのかという問題も興味深かった。明治政府は博物館の付属施設として、動物園(動物学園 Zoological Garden)の導入を進めた。しかし戦後、戦争で疲弊した市民を楽しませる娯楽施設の役割を期待されたことに加え、動物園は公園管理部局の所管になることが多く、教育施設からは遠ざかってしまった。しかし、昨年行われた京都国立博物館と京都水族館の連携企画『京博すいぞくかん』を思い出してみると、今後、博物館・美術館と動物園・水族館の連携には大きな可能性がある。

 また、最終章には「日本一地味、されど最先端」をうたい文句にし、地元の動物を中心に展示する富山市ファミリーパークが紹介されている。近年、テレビやネットを通じて、珍しい動物の生態を映像レベルで見ることが容易になった反面、身近な動物に触れる機会が極端に減ってしまったことを考えると、こうした取組みには確かに先進性があると思う。
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クリスマスリース2018

2018-12-11 22:03:50 | なごみ写真帖
今年もこの季節になったので、いつもの花屋さんで購入したクリスマスリースをドアに飾る。

あまりクリスマスらしくないピンクのリース。よく見ると唐辛子が混じっているのだ。



引っ越していないのに、昨年とドアの色が違うのは、昨年末、アパートの大家さんが塗り直しをしてくれたため。

そして昨年のリースは捨てる機会を逸して、まだ取ってあるので、ドアの内側に飾ってある。

少しずつ、年末気分。
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