見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

三月尽(さんがつじん)

2007-03-31 23:55:51 | 日常生活
ずっと更新をお休みしている。3月末で職場を変わることになり(たぶん追って引越しも敢行の予定)、この2週間、本も読めず、どこへも遊びに行けない状態。まあ、2年に1回は、こんな生活なのだが。

今年はとりわけ「三月尽」の感慨が身に沁みる。

はかなくて過ぎにしかたを数ふれば 花に物思ふ春ぞ経にける(新古今101・式子内親王)

誰がためか明日は残さむ山ざくら こぼれて匂へ今日の形見に(新古今150・元輔)

この春は君に別れの惜しきかな 花のゆくへを思ひ忘れて(西行)

とどむべきものとはなしにはかなくも 散る花ごとにたぐふ心か(古今132・躬恒)

けふのみと春をおもはぬ時だにも 立つことやすき花のかげかは (古今134・躬恒)

サヨナラ。明日から4月。

コメント (1)

花を貰う

2007-03-23 23:24:33 | なごみ写真帖
職場の送別会から一夜明けて。
昨日貰った花束。安物のガラスの花瓶に、ざっくり突っ込んである。

花を貰うことは、実は好きではないのです。

月末まで、めぼしい記事は書けそうにない。
それでも、毎日そこそこのアクセスがあるので、不思議だけど、ありがたいと思っている。

コメント (2)

春近づく

2007-03-17 22:27:24 | なごみ写真帖
身のまわりが慌しいことになってきたので
ブログの更新が怠り気味になるかもしれません。悪しからず。

部屋に春の花を置いてみた。まだ蕾。


コメント

大学の本屋さん/東大生協・駒場書籍部

2007-03-15 22:57:35 | 街の本屋さん
○東大生協・駒場書籍部

http://www.utcoop.or.jp/CB/topindex.html

 先週、久しぶりに東大の駒場キャンパスに行った。そうしたら、数年前にできた図書館のまわりが、すっかりきれいになっていた。まず、正門から図書館に向かうと、イタリアントマトCafe Jr.と生協食堂(こっちも明るいカフェテリア風)の間を抜けて、図書館の入口に到達する。

 芝生を挟んで、図書館の向かい側に建った新しい建物を見ると、1階のウィンドウ越しに書架の列が見える。あれっ? 図書館はこっちのはずだが...早くも増築したのかしら。キツネにつままれた思いで近づいてみると、向かいは生協書籍部の店舗だった。図書館の向かいが書籍部って、本好きには夢のようなシチュエーションである。

 しかも、この書籍部、広くて、見晴らしが利いて、気持ちがいい。文庫や新書の品揃えも一般書店並みに充実している一方、ちょっと硬めの教養書や、東大の教員の著書、東大の歴史や大学教育に関する本が豊富なのは、さすが大学生協である。普通の書店では見つからないような本が、堂々と平積みになっているのが嬉しい。生協組合員でないと割引は受けられないが、誰でも買い物はできる。

 惜しむらくは、営業時間がAM11:00~PM6:00と短いこと(4月10日以降はAM10:00~PM7:00)。駒場キャンパスには美術博物館もあって、もうすぐ『創造の広場(ピアッツァ)イタリア』と題した特別展が始まるはずである。そのとき、もう一度、書籍部を探検しつくしてみたいと思っている。
コメント

多様な模索/世界の大学危機(潮木守一)

2007-03-14 23:01:34 | 読んだもの(書籍)
○潮木守一『世界の大学危機:新しい大学像を求めて』(中公新書) 中央公論新社 2004.9

 1960年から2000年までの40年間に、イギリスの大学生数は16倍、フランスで7倍、ドイツ、アメリカ、日本では4倍に拡大したそうだ。1960年当時、大学就学率は、アメリカ35パーセント、日本12パーセント、フランス7パーセント、イギリスとドイツは4パーセント(!)に過ぎなかった。それが今では、どの国でも、同一年齢層の3分の1から半分が大学に通っているという。

 考えてみると、ものすごい大変貌である。これだけ内実が変わってしまったものを「大学」とか「大学生」とか、過去と同じことばで呼び続けるから、いろいろ問題が起こるのではないかとさえ思われる。

 しかしまた、本書に取り上げられたイギリス、ドイツ、フランス、アメリカの事例は、それぞれ異なる歴史と特徴を備えている。たとえば、評価に基づく補助金の傾斜配分を通じて、納税者へのアカウンタビリティを果たしながら、なお古典的な(全人的な)高等教育の維持に固執するイギリス。平等主義(誰でも希望する大学に入れる。ゆえに卒業した大学の名前はブランドにならない)からの脱却を模索するドイツ。高等教育の大衆化は大学に担わせ、少数のエリート育成は別の機関(グランゼコール)に二分したフランス。そして、ドイツのフンボルト理念(研究する学生)を発展的に受け継ぎ、研究を通じて教育を行う機関「大学院」を発明したアメリカ。

 イギリスとアメリカの大学は訪ねたこともあり、その前後に少し勉強もしたのだが、ドイツ、フランスのシステムは全く知らなかったので、非常に興味深かった。フランスのグランゼコールって面白いなあ。超難関。学生は全て公務員に準じ、給料を貰いながら勉強するのだそうだ。むかしの名前を頑固に守っているので、「鉱山技師学校」(カルロス・ゴーンの母校)なんて、今では鉱山学と何の関係もないというのも面白い。

 (実態はともかく、理念としては)日本でも定着している「研究する学生」というのが、ドイツで生まれた新来の概念であるというのも興味深かった。しかし、過度の研究重視は、研究の細分化、断片化を呼び、知的バランスを欠いた怪物を育てることしかできない、という批判も、アメリカでは、20世紀初めに提出されている。そして、研究中心主義のアンチテーゼとして、もっと対人的な社会訓練を施し、「教養あるジェントルマン」「幅広い知的関心」を育てるべきだ、という主張もある。

 イギリスやアメリカの大学は、大学(あるいはカレッジ)が豊富な自己資産を持ち、その運用で資金を調達できるというのは、日本人から見ると「なぜ?」と問いたくなるのだが、何故もなにも「大学とはそういうもの」だった、ということが納得できる。でも、安定した財政基盤を持ちながら、それが(かつてのイギリスのように)停滞の原因にならない(不断の競争原理が働いている)ところが、アメリカの大学の類を絶したすごさなんだろうな。

 日本は、近代化の開始とともに、英米から、表層の教育システムだけは移植できたけど、その財政基盤は、全く別のかたち(国家予算への依存)を採らざるを得なかった。「国営大学」ベルリン大学の創設とともに幕を開けたドイツの近代もこれに近い。韓国、中国、ベトナム、タイなど、アジア諸国の大学システムも、やっぱり近代化の後発国という点で、日本以上に国家の関与が大きいのだろうか。よく知らないので、知りたい。
コメント

写真・夜明けまえ/東京都写真美術館

2007-03-13 23:07:09 | 行ったもの(美術館・見仏)
○東京都写真美術館 『夜明けまえ-知られざる日本写真開拓史I.関東編』

http://www.syabi.com/

 近代史に興味を持つようになって、近代独特の歴史資料「古写真」が気になるようになった。上記サイトの宣言によれば、東京都写真美術館は「日本全国にある博物館、文書館、郷土資料館等の機関が所蔵する幕末・明治期の写真資料を調査し、体系化する『日本写真開拓史』シリーズを」開催するという。これは、何年かかるか分からないけど、ぜひ完遂してほしい、壮大な計画だと思う。

 第1弾「関東編」の展覧会は、関東圏に点在する1500ヵ所の関係機関(美術館、博物館、図書館、大学史料室など)の調査をもとに、選りすぐった300点余りが展示されている。

 冒頭を飾るのは、文久2年(1862)、第2回遣欧使節一行がパリのナダールの写真館で撮影したもの。鶏卵紙のオリジナルプリントには、エンボスで「Nadar」のサインが押されている。赤み(茶色)がった色味は古風だが、被写体の聡明そうな目の輝きは、はっきり伝わってくる。昭和63年に複製されたゼラチン・シルバー・プリントの無機質だが、どこかぼやけた感じと比べてみると、写真は「新しければいい」ものではないことが、よく分かる。

 「鎧姿の河津伊豆守」いいなあ。パリまで、こんな装束を持っていったのか。鎧兜姿で、照れたように微笑んでいる表情が、とても人間的でいい。

 明治期に入ると、小型判(名刺大)とはいえ、たくさんの個人写真が残っている。無名の人々、さらにその老母や妻の肖像も多い。おもしろいのは、これらの写真が表からも裏からも見えるように展示されていること。裏側には、写真館の広告が入り、さらに持ち主や被写体に関する、様々な書き入れが残されている。

 コレクションとして興味深いまとまりは、明治24年(1891)の濃尾大震災を写した写真の数々。いずれも、おめでたい記念写真のように、麗々しい枠付きの台紙に貼られていることに最初は戸惑った。枠外には「尾張名古屋”早取写真師”中村牧陽写」とある。「早取」と言っても、今日のスナップのようなわけにはいかなかっただろうが、よく撮ったなあ、呆然自失の被災者の中に入っていって。この頃から、写真が「報道」のツールとして機能し始めていたことが分かる。20枚に及ぶこのコレクション、所蔵先は「日本赤十字看護大学史料室」とあった。よく考えてみれば納得だが、意外なところに意外な記録があるものである。

 近代初期の日本人写真家のディレクトリーがついた『研究報告』が500円。何かに使えそうな気がしたので、買ってきてしまった。名前の判明している写真家は、けっこう事蹟や系譜の調べが付いていることが分かった。
コメント

紫式部日記絵巻(重文)ほか/東京国立博物館・平常展より

2007-03-11 21:49:32 | 行ったもの(美術館・見仏)
■18室:近代美術

 むかし、1階の「近代美術」は素通りと決めていたのだが、最近は足を止めてしまうことが多い。この日も、川村清雄『形見の直垂(虫干図)』の大画面に、つい吸い寄せられてしまった。無造作に古物が並んだ広い空間。無邪気な少女が、死者の着る白い直垂に袖を通している。画面の隅に描かれた洋装の胸像は勝海舟のもので、画家のパトロンであった故人を偲んで描かれた作品だという。黒田清輝の『マンドリンを持てる女』は、胸をはだけ、枕に凭れる女性を描く。色っぽい。『読書』と並んで、滞欧時代の代表作だそうだが、私はこっちのほうが好きだ。

 前田青邨『お水取』は、季節に合わせた展示なのだろう。見ていると、心が奈良に飛んでいくような気持ちがした。ああ、昨年に続き、今年も修二会は行き逃してしまったか。2004年と2005年には行ったんだけどね。

 『黄石公張良』を見て、おやと思った。先日、国立近代美術館の『揺らぐ近代-日本画と洋画のはざまに』で、強烈な印象を残した小林永濯の作品である。その隣りの今尾景年『鷲猿』も、負けず劣らずアクの強い画風でおもしろいと思った。


■3室:宮廷の美術-平安~室町

 2階に上がったら、『紫式部日記絵巻』が出ているのに気づいて、胸が躍った。見慣れた場面が、詞書を挟みながら4~5枚に渡って展開する。こんなに気前よく開けてしまっていいのかしら、と思ったが、よく見たら「重要文化財」とある。そうか、藤田美術館本や五島美術館本(ともに国宝)とは違うのだな。でも、東博本も13世紀成立というから、そんなに時代が下るわけではない。面白いのは、人物に比して家屋が小さいように思われること。女君たちの十二単のボリュームがあり過ぎて、几帳の後ろに隠れ切れていない。あれじゃ狭い縁先を歩く男君たちは一苦労だろう、と思われる。

 色彩は剥落が激しいが、女君の衣装に使われた截金(きりがね)はよく残っている。仏画だけでなく、こういう世俗の絵巻でも、日本人は截金好きなんだなあ。
コメント (3)   トラックバック (1)

巨船の夢、太平の夢/東京国立博物館

2007-03-10 19:42:23 | 行ったもの(美術館・見仏)
○東京国立博物館・本館16室 特集陳列『船の世界』

http://www.tnm.jp/

 毎度おなじみ、歴史資料による「日本の博物学シリーズ」。今期は船をテーマに、誰が見ても面白い史料が揃っている。たとえば下の写真は「舟印かるた」。同じ舟印を見つけて組み合わせる遊びらしい。



 すぐに目をひいたのは、有名な『北野天神縁起絵巻』(承久本)の道真配流の場面。明治大正期の画家、小堀鞆音による摸本だが、たぶん京都の北野天神社が持っている模写より出来がいいと思う。古い絵巻で、リアルな船が描かれたものといえば、やっぱりこの作品なのかな。13世紀に成立したこの絵巻には、当時の最大級の海船が描かれている。隣の『松崎天神縁起絵巻』(これも展示は摸本)の原本は14世紀初頭の成立だが、船のかたちが少し違う。やはり、原本成立時の海船を描いたものであるそうだ。

 初めて実見したのは、栃木県の龍江院が所蔵する木造エラスムス立像(重要文化財)。文化財一覧だか仏像(?)一覧だかで、資料名を見て、なんでそんなものが日本に?!と長らく怪しんでいたのだ。やっと真相が分かった。これは、慶長5年(1600)九州臼杵に漂着したオランダ船の船首の飾りだったのだ。この漂着船に乗っていたのが、航海士でイギリス人のウイリアム・アダムス、のちの三浦按針である。聖エラスムス(聖エルモ)は、ローマ帝国時代の司教で、船乗りの守護聖人。人文主義者のエラスムスとは別人ね。言わずもがなだけど。

 最も興味深く思ったのは、江戸時代、将軍の御座船として使われた巨船、天地丸と安宅(あたけ)丸。天地丸は、寛永7年(1630)、3代将軍家光の時代に建造され、幕末の文久2年(1862)まで、233年にわたって将軍の御座船の地位にあったという。それだけでもびっくりなのに、廃船以後もしばらくは隅田川に係留されており、明治期の古写真に姿を留めているのだ。いやー寛永の御座船の「写真」が残っているのかあ。それって、宮本武蔵の写真がある、と言われるくらい、アナクロニックで、頭がくらくらする。天地丸は全長30メートル、幅20メートル(かなり小太り?!)だが、安宅丸は全長40メートルとも50メートル以上とも言う。寛永12年(1635)に建造された。4系統に分かれる古絵図が10数点あるのみで、正確な図面が残っていないため、実態がよく分からないそうだ。

 帰ってから調べてみたら、ますます面白いことが分かってきた。まず、天地丸の古写真がネットに載っているのを見つけた(→船の科学館 もの知りシート)。それから、安宅丸の”想像図”を見つけた(→企画展「世界のロイヤルヨット今昔物語」報告書)。これ、すごいなー。子どもの頃に読んだ古典SFもかくや、と思うくらい想像力を刺激される。ジュール・ベルヌか。いや、むしろ矢野龍渓「浮城物語」だな!(読んでないけど)

 また、Wikipediaによれば、安宅丸は巨体のために航行に困難が伴い、隅田川の河口にほとんど係留されたまま留め置かれた末、天和2年(1682)に解体されたそうだ。どうして日本人って、性懲りもなく巨大な船を作りたがるかなあ。実朝以来の悪癖であるとも言える。

 さらに意外なものもヒットしてしまった。日文研の小松和彦先生が監修している「怪異・妖怪伝承データベース」で、「安宅丸」で検索すると、『嬉遊笑覧』に3件言及があることが分かる。ほとんど活躍の場を与えられないまま廃船になった安宅丸は、妖怪になったらしい。怖いような、哀しいような。

 
コメント

模写のメディア機能/千秋文庫

2007-03-08 23:48:48 | 行ったもの(美術館・見仏)
○千秋文庫 『佐竹家 狩野派絵師たち』

http://www.senshu-bunko.or.jp/

 千秋文庫には、旧秋田藩主佐竹家から受け継いだ模写絵488点が収蔵されている。今回は、その中から、唐~明時代の中国絵画の模写約70点が展示されている。

 そもそも狩野派の(というか、近代以前の)絵画修行とは、ひたすら模写をすることだった。一定の力量に到達した絵師は、名画の模写を携えて、故国に下った。こうして日本全国に、さまざまな「模写」がもたらされたのである(というような説明が会場にあったと思う)。また、佐竹家には、お抱えの狩野派がおり、藩主の命に応じて模写を行うこともあった。

 というわけで壁いっぱいに並べられた作品は、牧谿だったり、李安忠だったり、梁楷だったりする...しかし、何かヘンだ。真面目に見ようとすると、吹き出したくなる。牧谿じゃないだろ~この虎~このサル~という感じで、あまりにも、つっこみどころ満載なのである。狩野派の模写って、この程度でよかったのか!? なんか、ナンシー関の(なつかしい)記憶スケッチアカデミーみたいである。

 楽しいのは、あっ元絵を知ってる!という作品があることだ。因陀羅「禅機図断簡」(畠山美術館)の模写は、雰囲気を捉えていて上手いが、同じ因陀羅の「普化禅師」は、子どものいたずらがきみたいで、笑いを抑えるのに苦しむ。李迪の「雪中帰牧図」(大和文華館蔵)は、元絵と全くサイズの異なる小品だが、筆は達者だと思う。左幅に「寛■■庚申十二月松平下総守殿ヨリ借写」とあるって興味深かった。読めなかったところは寛政十二年か? このとびきりの中国名画を伝えた松平下総守って誰?

 逆に、元絵を見たい、と思ったものもある。牧谿の「羅漢」は、白衣の羅漢が膝に蛇を載せて座した図。元絵は静嘉堂文庫所蔵だそうだが、見た記憶がない。姜隠の「仙女」は、画面いっぱいに羽根をひろげた鳳凰に美女を配した華やかな作品。顔輝の「仙人」は、腰蓑をつけ、蓬髪の仙人と、うやうやしく拱手する男の対面を描く。元代絵画特有の生々しい魅力が、模写からも伝わってくる。

 仇英の「官女」もいい。皇帝(?)の前で琵琶を弾く官女を描いたもので、日本の肉筆浮世絵みたいな、溌剌とした色気を感じさせる。井上進先生が説かれる明代出版文化の魅力を思い合わせ、なるほど、明代文化の魅力ってこういうものか...と、俄然、分かったような気持ちがした。

 なんて書いてしまったが、私が見ているのは、「狩野派の模写」であって「中国絵画」ではない。でも、今日だって、模写をたよりに、原画の魅力をあれこれ語りたくなってしまうのだから、当時、模写の情報伝達(メディア)機能って、唯一無二のものだったんだろうなあ、と思う。作品の芸術性はともかく、当時の絵師の社会的な役割について考えるには面白い展覧会である。

コメント

ここらでそっと、読んでおく/ハリー・ポッター第6巻

2007-03-06 23:37:02 | 読んだもの(書籍)
○J.K.ローリング『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(上)(下) 静山社 2006.5

 映画『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』の、この夏、日本公開が決まり、ニュースや予告編が流れ始めた。それを見ていて、ああ、そういえば、最新作の『謎のプリンス』は、まだ読んでいなかったなあ、と思い出した。

 私は、他人より遅れてこのシリーズを読み始めたが、初めは熱くハマってしまった。しかし、5作目『不死鳥の騎士団』の読後感は、どうもイマイチだったのである。うーむ。神童もハタチ過ぎれば只の人。登場と同時に、世界中の子供たちとファンタジー・ファンをとりこにしたハリー・ポッターも、凡庸なオカルト冒険譚に堕して行くのか、と思うと、じんわりとほろ苦かった。

 最新作を、発売後すぐに読んだ知人からは「面白かった。悪くないですよ」という感想を聞かされていたのだが、正直、あそこまで堕ちた作品が、再び魅力を取り戻すとは、信じていなかったのである。

 それでも、ここまで付き合ったシリーズとお別れするのも忍びなくて、結局、今頃になって読み始めた。そうしたら、上巻の半分くらい読んだところで、あれっ意外といけるんじゃないか!?という手応えを感じた。今回のストーリーは、冒頭に執務室の首相(イギリスの!?)を登場させているほかは、ウィズリー家、ダイアゴン横丁、ホグワーツ魔法魔術学校、ホグズミード村など、なじみの舞台から踏み出さない。新しいキャラクターが次々に投入されて落ち着かなかった前作、前々作と異なり、登場人物も古なじみが大半である。なので、非常に落ち着いて、筋を追うことができる。

 下巻に入ってもまだ半信半疑で、そろそろ話が魔法省のオフィスか何かに飛んで、目もあてられないドタバタ劇になってしまうのではないか、と疑っていた。しかし、幸い、物語は最後まで品位を保ち続けた。クィディッチの勝敗をめぐる不安と昂揚も、幼い恋の鞘当ても、大きくて高貴な物語の中にきちんと収まっている。

 そして、ハリーは最後の闘いに向けて、ホグワーツを旅立つつもりであること、ロンとハーマイオニーはこれに同行するつもりであることが、本巻の最後に暗示されている。この、家庭→寮生活→自立という成長プロセス、イギリスでは、今も実際にも機能しているのかなあ。日本と違って。

 原作の最終巻『Harry Potter and the Deathly Hallows』(ハリー・ポッターと死の秘宝)は2007年7月21日発売だそうだ。私の保守的な(物語に関しては)嗜好からは、「あっと驚く展開」は期待しない。堅実で品位ある結末を添えて、21世紀児童文学の最初の(?)古典になってほしいと思う。
コメント