見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

丸の内でランチとお茶

2022-05-19 22:26:07 | 食べたもの(銘菓・名産)

連休明けの週末、友人を東京駅の近くでランチに誘った。

炭焼・寿し処「くし路」KITTE丸の内店の華かご御膳。「くし路」は、札幌に住んでいた頃、駅前のお店に何度か連れていってもらったことがある、なつかしいお店。

KITTE丸の内の6階には、屋上庭園があって、東京駅を見下ろせることを初めて知った。これは地方や海外から東京観光に来た人には、絶対おすすめのビューポイント。

2-3階の「インターメディアテク」は、東京大学の学術資源や学術成果を発信する博物館施設。特別公開『音のかたち-東京大学蓄音機コレクション』(2022年4月16日~)が始まっており、米国、英国、日本等で生産された各種蓄音機が並んでいた。怪物みたいに巨大なラッパ(ホーン)に目を見張る。ラッパは木製と金属製があるのだな。好きな人にはたまらないだろうなあ。

有楽町方面に少し歩いて、たまたま空いていた喫茶店「Le Beurre Noisette(ル ブール ノワゼット)」でお茶。おすすめと言われたババオラムは、固めのスポンジケーキにラム酒をたっぷりかけた、大人のスイーツ。

ごちそうさまでした。

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李(すもも)が倒れるとき/中華ドラマ『風起隴西』

2022-05-17 21:18:32 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『風起隴西』全24集(新麗伝媒、愛奇藝等)

 三国時代の諜報戦を描くドラマ。間違いなく後世に残る傑作だと思うのだが、登場人物の正邪が二転三転するスリルが醍醐味なので、ネタバレ抜きに紹介するのがとても難しい。

 物語の主たる舞台は蜀の国で、西暦228年の街亭の戦いに始まり、231年、李厳の失脚までを描く。隴西(甘粛省東南部)は、魏と蜀の勢力圏がぶつかる最前線だった。蜀の丞相・諸葛孔明を補佐する楊儀は、「司聞曹」という諜報機関を創設し、統括人に馮膺をあてた。司聞曹には、司聞司(敵国での諜報活動)・軍謀司(情報分析)・靖安司(国内の治安維持)の三部門が置かれており、主人公の陳恭は司聞司に属していた。

 街亭の戦いで蜀軍は魏軍に大敗を喫し、第一次北伐は失敗に終わった。孔明は責任を取って降格を願い出、蜀の宮廷では、孔明のライバルである李厳が存在感を増した。ところが、街亭の戦いの敗因は、魏軍の進軍ルートが誤って伝えられたためと判明する。この誤情報をもたらしたのは、コードネーム「白帝」として、魏の天水郡に潜入中の陳恭だった。司聞曹では、陳恭がわざと誤情報を流したのではないかという疑惑がささやかれる。

 馮膺は、陳恭の義兄弟である荀詡を派遣し、もし裏切りが事実なら陳恭を殺すように命じる。陳恭は、正しい情報を送ったにもかかわらず、どこかですりかえられたと主張する。「燭龍」と呼ばれる魏のスパイが、すでに司聞曹の内部に入り込んでいるものと思われた。陳恭と荀詡は、燭龍の正体を突き止めるため、行動を開始する。

 陳恭は、魏国と結託している武装宗教集団・五仙道に潜入する。祭主・黄預の側近く仕える聖姑は、早くから五仙道に潜入していた陳恭の妻・翟悦だった。人目を忍ぶ再会も束の間、翟悦は正体を気づかれ、黄預に殺されてしまう。一方、蜀国では、勢いづく李厳が、司聞曹から孔明の息のかかった人々を追い出そうと画策していた。馮膺は李厳に忠誠を誓って司聞曹に留まる。

 五仙道は蜀軍の新兵器・連弩の設計図の奪取を計画しており、陳恭はこれを指揮するフリをして、「燭龍」をおびき出すことに成功する。この件で、ひそかに陳恭と共謀した荀詡は、司聞曹で拷問を受け、瀕死の重傷を負うが、口を割ることはなかった。やがて陳恭の帰還により、二人は名誉を回復する。しかし、ここまでの全ては、魏国の諜報機関「間軍司」を統括する郭淮の計画の内で、このとき、より深く司聞曹の中枢に食い込んだ、新たな「燭龍」が誕生していたのである。

 以下、詳細は避けるが、諜報機関は、あらゆる手を尽くして敵国の諜報員の「内通」を誘う。老練な諜報員は「内通者」を演じることで、かえって敵国の機密情報を得て、祖国に貢献しようとするのだ。どこまでが真実の姿かは、本人にしか分からない。信じる大義のために、裏切者という罵声を浴び、末代までの不名誉を甘受しても、黙って刑場に赴く覚悟を決めている。本作には、そのようなクールな諜報員たちが描かれる。

 一方、そうでない者もいる。荀詡は、信義を重んじる、まっすぐな気性の持ち主。そのため、駆け引きに長けた陳恭への疑惑を深め、次第に両者は対立の溝に落ち込んでいく。陳恭は、智謀にも武術にも優れたスーパー諜報員として登場するが、最愛の妻を失って以降、自分が誰かの棋盤のコマに過ぎないことを悟り、コマであることを積極的に受け入れた上司・先輩たちにも心から同調はできず、死に場所を求めるような、遠い目を見せるようになる。陳恭を演じた陳坤は、実年齢は40代半ばだというが、この青年らしい繊細さ、瑞々しさがとてもよかった。誠実で、融通の利かない荀詡を演じた白宇も役柄に合っていた。

 演員は、馮膺(聶遠)、黄預(張曉晨)、郭淮(郭京飛)、いずれも代表作になるレベル。郭淮の甥の郭剛(董子健)は、苦い失敗を通して諜報戦の怖さを学んでいく。諸葛孔明(李光潔)は純粋さを失わずに大人になった稀有なタイプで、楊儀(俞灝明)が李厳を失脚させたことを全く喜ばず、逆に叱責する。

 本作は、視聴率的には成功しなかったようだが、重厚で複雑な物語を親しみやすいものにするため、いろいろ苦心の跡が見えた。馮膺の義理の弟・孫令という、原作には登場しないキャラを追加し(演じた常遠は伝統芸能・相声の演員でもある)、各回の最後に講談ふうに内容のまとめをさせたのも、その一つ。むかしの日本の大河ドラマを真似たのだろうか。なお、断片的な情報だが。このほかにも原作をかなり改編し、成功しているドラマである。

 各回のタイトルが、孫子の「兵法三十六計」から取られているのも面白かった。最終回の「李代桃僵」は、調べたら、桃(もも=価値が高い果実)の木を守るために、李(すもも=価値が低い果実)の木が倒れるという意味だと知って、粛然とした。中国人のリアリストであることよ。

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鎌倉歴史文化交流館+鎌倉国宝館+義時法華堂

2022-05-16 00:13:16 | 行ったもの(美術館・見仏)

 今年の連休は、久しぶりに鎌倉も歩きに行った。残念ながら、流鏑馬など鎌倉まつりの主要行事は再開されなかったが、すっかり人出が戻って、どこも大賑わいだった。

鎌倉歴史文化交流館 企画展『北条氏展vol.2 鎌倉武士の時代-幕府草創を支えた宿老たち』(2022年4月9日~6月12日)

 今年は大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にちなみ、年間を通じて北条氏に焦点をあてるようだ。第1弾『北条氏展vol.1 伊豆から鎌倉へ-北条氏の軌跡をたどる-』(2022年1月4日~3月26日)は見逃してしまったが、第2弾から見に来ることができた。今季は、鎌倉殿・源頼朝を支えた人々を取り上げ、鎌倉幕府の成立に彼らがいかに寄与したのかを紹介するとともに、武士が持つ和歌や信仰などの「文」の側面にも注目する。

 「文」の側面だが、頼朝は勅撰集に10首入集しており、慈円とは77首の贈答をしたことが慈円の捨玉集に収録されているという。知らなかった。展示に詳細情報はなかったが、ネットで検索したら「頼朝と慈円の和歌の贈答について」(安齋貢、2007年) という論文が見つかったので、読んでしまった。ずいぶん恋歌ふうの贈答なのが面白い。『古今著聞集』には、頼朝と北条時政が連歌をする説話もあるそうだ。

 展示品は出土品が多く、次いで文書なので、全体的に地味だが、大河ドラマの登場人物と重ねることで、ずいぶんイメージがはっきりする。横須賀・満昌寺の木造三浦義明坐像(大きい!)が来ていた。あと、義経が、実は(軍事天才のみでなく)行政官僚としての能力も高かったと紹介されていたのが興味深く、印象に残っている。

鎌倉国宝館 特別展『北条氏展 vol.2 鎌倉武士の時代-武士の姿への憧憬-』(2022年年4月9日~6月12日)

 鎌倉国宝館と鎌倉歴史文化交流館は、この1年、北条氏に関わる展覧会を同一のテーマで開催することになっている。国宝館の1~2月は『肉筆浮世絵の美』、2~3月は『ひな人形』だと思っていたが、併設で北条氏関連の展示もあったようである。そして4月から、本格的にコラボ展示が始動した。

 まず常設展示(仏像)だが、藤沢・養命寺薬師如来坐像と脇侍の日光・月光菩薩立像(全て鎌倉時代)が珍しかった。薬師如来のお顔は横幅があり、光触寺の阿弥陀如来(頬焼阿弥陀)に似ている気がした。胸は肉厚で、どっしりと重量感がある。12年に一度、寅歳ご開帳の秘仏で、本展の会期中、初めて国宝館で展示されることになったそうだ。なお、もとは大庭薬師堂の本尊で、大庭景兼の守護仏であったと伝えられている。

 寿福寺の聖観音菩薩坐像も珍しい気がしたのだが、単に私が忘れていただけかもしれない。高い髷が宋風である。浄智寺の地蔵菩薩坐像は、むかしから私の好きな仏像の一つなのだが、2021年度、美術院で修理を施した結果、正中(頭頂から両目の間・鼻・口を通るライン)の継ぎ目が目立たなくなって、かなり印象が変わった。

 特別展エリアには、神奈川県立歴史博物館が所蔵する鎌倉時代の兜、鶴岡八幡宮が所蔵する『源平合戦図屏風』(江戸時代)など、珍しいものが出ていた。『騎馬図巻』(馬の博物館、鎌倉時代)は、6図が開いていたが、馬は後ろ足を跳ね上げたり、前足を上げたり、疾駆したり、どれも躍動的である。そして人に比べて、かなり大きいように感じた。ほかに、鎌倉武士を題材にした江戸の浮世絵(国芳、芳虎など)が多数出ていたが、知らない作品が多くて興味深かった。

■白旗神社(鎌倉市西御門)~頼朝墓所

 最後に白旗神社に寄り、石段を上がった高台にある頼朝公の墓所にも参拝してきた。たぶん2013年の初詣以来だと思う。ご無沙汰しておりました。そもそもは頼朝の持仏堂があり、頼朝没後には法華堂と呼ばれて崇敬を集めたという。

 墓所の右側の草地に「史跡法華堂跡(源頼朝墓・北条義時墓)」という看板が立っているので、多くの人が、北条義時墓(義時法華堂跡)はここか、と思ってしまうのだが、これはトラップである(私もまごついた)。

北条義時墓(義時法華堂跡)

 白旗神社前の、あまり人通りのない道を東に進むと、すぐに石段があり、上った先は開けた草地になる。ここが義時法華堂跡で、看板のQRコードを読み込み、「AR北条義時法華堂」を起動すると、実際の風景の中にCG法華堂が浮かび上がると聞いていた。

 しかし残念ながら、私の機種は対応していなかったので、期待したようには楽しめなかった。三々五々立ち止まってスマホを覗き込む人たちからも「見える?」「見えない」みたいな会話が聞こえていた。まあ、有料アプリではないので、仕方ないですかね。

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羽生結弦展2022(東京)+MUSE ON ICE(京都)

2022-05-15 21:26:08 | 行ったもの(美術館・見仏)

 連休中に見に行った展覧会のレポートが、まだ書き切れていない。まず、東京と京都で見たフィギュアスケート関連の展覧会から。

■日本橋高島屋S.C. 『羽生結弦展2022』(2022年4月20日~5月9日)

 読売新聞の報道写真を中心に、スポーツフォトグラファーの田中宣明さん、写真家の能登直さんの作品を加えた写真パネル約100点、さらに羽生選手の衣装や用具、メダルなどを展示し、最新シーズンまでの歩みを振り返る。

 2018年の『応援ありがとうございます!羽生結弦展』(4月~高島屋日本橋店ほか巡回)も見に行きたかったのだが、長蛇の列ができる大盛況と聞いてあきらめた記憶がある。今回は、事前予約制(入場無料)だったので、幸い、参観することができた。シニアに上がったばかりの頃の初々しい写真(ロミジュリの衣装!)に始まり、さまざまなプログラム、競技会、アイスショーの名場面の写真が並ぶ。たまに、このときは会場で生観戦していたかも、という写真があると、格別に嬉しかった。

 写真パネルは、だいたい時系列順になっており、スケート好きの童顔の少年が、闘志あふれるファイターにして稀代のエンターティナーに成長し、北京五輪で4Aという孤高の大技に挑むという、ひとつの「物語」が展開するので、その「物語」の魅力に没入していく感覚を味わった。北京五輪の競技中や競技直後の写真を見ると、まだ胸が騒ぐのを抑えられない。けれども、五輪エキシビ「春よ来い」の美しさ、全て終わったあとの穏やかな表情の写真もあって、最後は浄化された気持ちになった。

 衣装は4点。SEIMEI(内着は紫色ver.)、マスカレイド、LMEY、そして天と地。衣装デザイナーの伊藤聡美さんのデザイン画も興味深かった。ジャージとスケート靴には、生身の羽生くんを感じた。

 グッズはいろいろ目移りしたが「天と地」のハンドタオルとボールペンを購入。

 ■Gallery SUGATA(京都) 『MUSE ON ICE 伊藤聡美出版記念展』(2022年4月16日~5月8日)

 連休中に京都に行く計画で情報を収集していたら、羽生結弦選手をはじめ、国内外のフィギュアスケーターの衣装を手掛ける伊藤聡美さんの作品集出版を記念して、京都のGallery SUGATAで展覧会が開かれていることが分かったので、行ってきた。

 ギャラリーSUGATA(素形)は室町通二条下ル。観光地ではないので、あまり来たことのないエリアだった。表通りに面して「然花抄院」という町家ふうの和菓子屋さんとカフェがあり、その奥にギャラリーがある(ギャラリーを参観すると、和菓子屋さんの割引券をくれる)。

 展示は、11選手・組の23着の衣装と、伊藤聡美さんのデザイン画。ボツ案も展示されていて、試行錯誤の跡がうかがえるのが面白かった。羽生選手の「Origin」黒色ver. を間近に見ることができて眼福。伊藤聡美さんの「圧倒的魔王感の衣装」という表現は、的確すぎて笑ってしまった。

 このほか、紀平梨花ちゃん、樋口新葉ちゃん、三原舞依ちゃん、宇野昌磨くん、かなだい(村元哉中&高橋大輔)、メドベージェワなど、ああ、この衣装も、あの衣装も伊藤聡美さんのデザインだったのか!と再認識した。印象的だったのは、宮原知子さん。女性スケーターの場合、胸を広めに開ける(肌色の当て布で覆う)ものが多いが、宮原さんの場合、前身頃は胸をしっかり覆い、背中を大胆に見せる衣装が2点出ていた。小柄な彼女はこのタイプが似合う。あと、ボーヤンの北京五輪SP衣装も、大人っぽく上品で、さりげない中国テイストが私の好みだった。

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絵巻・古筆もあわせて/大蒔絵展(MOA美術館)

2022-05-14 23:56:00 | 行ったもの(美術館・見仏)

MOA美術館 『大蒔絵展 漆と金の千年物語』(2022年4月1日~5月8日) 

 MOA美術館で始まった『大蒔絵展』がすごい、という噂を聞いたので、必ず行こうと思っていた。会期末の週末に東京から出かけることを予定していたが、思い立って、関西旅行の帰りに途中で寄ってしまうことにした。私がMOA美術館を最後に訪ねたのは2014年で、2017年にリニューアルオープンした後も全く来ていなかったので、熱海駅に下りて、駅ビルがおしゃれになり、駅前のバス乗り場が整備されていることに驚いた。

 会場に来て初めて知ったのだが、本展は、MOA美術館、三井記念美術館、徳川美術館の3館が共同で開催するものだという。本展を皮切りに、2022年秋には三井記念美術館、2023年春には徳川美術館での開催が予定されており、3会場あわせて70点以上の名品を通して、平安時代から現代の漆芸家作品にいたるまで蒔絵の全貌に迫るという、壮大な企画である。

 久しぶりの「黄金の茶室」をチラリと覗き、『大蒔絵展』のエリアに入ったつもりだったが、第1室は参考展示だった模様。壁一面を使った、畳敷きの大きな展示ケースの中に、平安時代の阿弥陀如来と両脇侍(観音・勢至菩薩)坐像を安置する。来迎印の阿弥陀如来は温和な表情で、高く燃え上がるような透かし模様の光背には、化仏というか飛天(?)を配し、優美で華やかな印象。両脇侍は、簡素な放射光の光背で、膝頭を開けた大和座り。体にぴったりした衣で、腰のくびれが目立つ。さらに左右の外側には、全員立ち姿の『二十五菩薩来迎図』(鎌倉時代)2幅が並んでいた。関西旅行の最初に見た中之島香雪美術館『来迎』展の復習のようだった。

 次室には、本展の呼びもの『源氏物語絵巻・宿木一』(碁を打つ今上帝と薫)が出ており、蒔絵の調度品が描かれているという説明がついていた。徳川美術館の所蔵巻は(五島美術館の所蔵巻に比べて)見る機会が少ないのでありがたかったが、それ以上に珍しかったのは、同じく徳川美術館所蔵の『葉月物語絵巻・第三段』である。数名の男女が几帳越しに、あるいは几帳の中で、対面する様子が描かれていた。『源氏物語絵巻』につぐ物語絵巻の遺例だというが、物語の内容が明らかでないため、あまり関心を引かないのだろうか。私も実物を見たのは初めてだと思う。

 それから、古筆の名品。MOA美術館所蔵の『継色紙』『寸松庵色紙』と三井記念美術館の『升色紙』が出ていた。『継色紙』の「わたつみのかざしにさせるしろたへの なみもてゆへるあはぢしま山」は久しぶりに見たなあ。最後の「山」が一行になっているところ、可愛くて好き。三井の『高野切』第一種、MOAの『翰墨城』もよかった。

 続いて、ようやく本題の蒔絵の品々が登場する。平安時代の蒔絵は、神仏の荘厳のため、神社やお寺に伝わったものが多い。京都・東寺(教王護国寺)の『海賦蒔絵袈裟箱(かいふまきえけさばこ)』(午前中に東寺宝物館で見た犍陀穀糸袈裟(けんだこくしのけさ)を納めていた箱!)も、和歌山・金剛峯寺の『澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃(さわちどりらでんまきえしょうからびつ)』も、細かく描かれた鳥や魚が可愛い。

 鎌倉時代には、さまざまな手箱が作られた。時代は下って、室町時代・東山文化の蒔絵は優美で好き。桃山時代には、技術の進歩、権力者の嗜好や西洋との出会いによって、新しい華麗な蒔絵が誕生する。『秋草蒔絵折敷』は、四角いお盆の表面に菊や撫子、薄などの露を含んだ秋草を描く。いわゆる「高台寺蒔絵」の様式と言ってよいのだろうか。江戸時代は、やっぱり琳派が面白い。光悦の『樵夫蒔絵硯箱』、光琳の『住之江蒔絵硯箱』(静嘉堂文庫)など、名品をまとめて見ることができた。

 そして、近代(明治・大正)の蒔絵を経て、東近美や京近美などが所蔵する現代の蒔絵までを一気に通観。盛りだくさんで疲れたけれど、貴重な経験ができた。客層の雰囲気が、都会を離れて「映える」風景を楽しむついでに、ちょっと展示も見ていくか、という感じで、漏れ聞こえる素直な感想や意外な蘊蓄が、けっこう面白かった。

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2022年5月関西旅行:東寺、六孫王神社

2022-05-11 19:48:57 | 行ったもの(美術館・見仏)

 関西旅行3日目。行きたかったところは2日目までに全て行けたのと、期待していた神護寺の宝物虫払いが今年も中止だったので、最終日をどう過ごすか考えた結果、予定より早めに京都を離れることにした。

 あさイチで東寺へ。すでに食堂の納経所に長い列ができていてびっくりした。久しぶりに見る光景だが、案内の方が、手際よく列を捌いていた。ご朱印をいただいたあとは、夜叉神堂にお参りするのが私の定番コース。すると、どちらのお堂も本物の夜叉神立像ではなく、等身大の写真パネルが飾られていた。おや?昨年7月には雄夜叉神だけが「御遷座」だったのに。「雄夜叉神立像は、修理を終えて宝物館に御遷座しています」の貼り紙。そして現在は、雌夜叉神が修理に入っているらしかった。

東寺宝物館 2022年春期特別展『東寺と後七日御修法-江戸時代の再興と二間観音-』(2022年3月20日〜5月25日)

 毎年正月8日から14日までの7日間に行われている後七日御修法(ごしちにちのみしほ)を特集する。弘法大師空海が承和2年(835)に宮中で勤修したのが始まりだが、戦国時代と明治初期に中断している。中断なく受け継がれてきたものも尊いが、このように、中断しては再興されてきた伝統も意義深いものだ。

 当初は空海が唐から持ち帰った法具類を用いていたが、戦国時代の中断を経て、元和9年(1623)の再興に際しては、使用不能になった『健陀穀子袈裟(けんだこくしのけさ)』を模倣した新たな袈裟を、御水尾天皇が寄進している。元禄時代には、両界曼荼羅図や五大尊十二天像も新調された。展覧会では、後世の模本が展示されているとガッカリしていたが、こういう努力がなければ、伝統の再興も継続も果たせなかっただろう。今回、2階の展示ホールに『五大尊十二天像(元禄本)』の一部が出ているのを、あらためて、ありがたく眺めた。

 2階ホールには、巨大な千手観音立像の膝元に、ほんとに雄夜叉神立像がいらっしゃっていた。腐朽菌などによる被害が確認されたため、令和3年度に修理を実施したとの説明あり。やんちゃな雄夜叉神を、隣りの地蔵菩薩立像がしっかり見張っているようにも見えた。

 1階には、江戸時代に御七日御修法の観音供の本尊として用いられた、二間観音立像(聖観音・梵天・帝釈天)が、六角厨子と一緒に展示されていた。おや、これは以前にも見たな、と思ったのは、2020年春の『東寺名宝展-重要文化財 二間観音と密教工芸-』のことだ。私は3月中に参観したのだが、4月に緊急事態宣言が出て展覧会が途中終了してしまったので、要望に応えて、再度公開になったのだという。

 館内には御七日御修法のさまざまな風景の写真パネルが飾られていたが、マスク姿の僧侶が目立っていたので、去年か今年の撮影なのだろう。1月14日の結願の日に雪がちらついたのは、今年だっただろうか。

六孫王神社(京都市南区)

 もう1か所、東寺の北側になる六孫王神社に寄っていく。清和源氏の始祖・源経基を祭神とすることで知られる神社である。前回の参拝は2012年で、大河ドラマ『平清盛』に影響されて、源平ゆかりの史跡を巡っていたときだ。私は元来、平家びいきなのだが、今年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を見ていると、源氏も大変だねえ、という気持ちになっている。

 前回は、社務所に人がいらっしゃらなくて、住所と名前を書いてお金と一緒に置いてきたら、後日、ご朱印を送ってくださった。今回は、その場で書いていただきながら、10年前のお礼を申し上げてきた。

 これで関西旅行は切り上げ。お昼前の「ひかり」自由席で熱海に向かった。

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2022年5月関西旅行:細見美術館、龍谷ミュージアムほか

2022-05-11 07:27:10 | 行ったもの(美術館・見仏)

浄土宗総本山 知恩院(京都市東山区)

 「春の京都非公開文化財特別公開」の企画で、通常非公開の大方丈・小方丈が公開されているというので来てみた。狩野尚信、信政らによる襖絵が見どころ。特に大方丈・鶴の間の襖絵は、2005年から建物の修理工事の関係で佛教大学宗教文化ミュージアムに預けられていたが、本年2月に知恩院に戻ってきたもので、16年ぶりの公開となる。金地の背景に、黒と灰色の羽根をまとった鶴たち(マナヅルか?)が力強く描かれていて、華やかというより、厳粛な雰囲気だった。尚信って、江戸狩野の人だと思っていたが、京都や大阪での制作にもかかわっているのだな。

細見美術館 琳派展22『つながる琳派スピリット 神坂雪佳』(2022年4月23日~6月19日)

 近代京都において図案家・画家として活躍した神坂雪佳(1866-1942)の多彩な作品を紹介する。一度見たら忘れない『金魚玉』や、どれも楽しい『十二ヶ月草花図』など。図案集『百々世草』はデジタルで全頁を鑑賞することができる。鷹峯の光悦村を想像して描いた『光悦村図』も面白かった。

 関連する琳派作品では、宗達の『双犬図』(白犬と黒犬がじゃれあう)や中村芳中の『白梅小禽図屏風』(鳥の顔!)など、このへんの琳派はかわいい。

白峯神宮(京都市上京区)

 白峯神宮は「春の京都非公開文化財特別公開」に初参加。しかし、あまり文化財はないのではないか?と半信半疑で行ってみた。特別公開の拝観料を払って上がらせていただいたお部屋には『崇徳上皇像・附(つけたり)随身像』。ただし原本(鎌倉時代)は京博にあり、展示はかなり新しい(たぶん近代の)模写である。ほかに由来のよく分からない楽器、刀剣など。蹴鞠の装束・靴(鴨沓/かもぐつ)・鞠などは、同神宮を拠点に蹴鞠保存会が活動していることもあって、それなりに見る価値はあった。

 これで「文化財特別公開」の名目で1,000円取るのはどうかなあ、と思ったが、やがて話の上手いおばさんが登場して、同神宮の由緒やら蹴鞠の作法やらを熱心に解説してくれたので、まあ文句は言わないことにしておく。

龍谷ミュージアム 春季特別展『ブッダのお弟子さん-教えをつなぐ物語-』(2022年4月23日~ 6月19日)

 釈尊を支えた10人の直弟子(十大弟子)、釈尊の涅槃の時に後を任された16人の高弟(十六羅漢)をはじめ、絵画や彫刻に表わされた仏弟子や在家信者の姿を紹介する。2020年春に中止になった展覧会をあらためて開催するものである(出品作品は一部変更あり)。

 特に興味深かったのは羅漢図で、愛知・妙興寺(中国・元時代)の8幅、三重・津観音大宝院(中国・明時代、刺繍)の4幅、京都・永観堂禅林寺(鎌倉時代)の4幅の計16幅を使って、十六羅漢図の並べ方を再現したコーナーがあった。妙興寺の羅漢は、虎を懐かせたり、獅子に騎乗したり、摩竭魚に乗ったり、やることが派手でアニメっぽくて楽しかった。永観堂禅林寺の第十三尊者・因掲陀(いんかだ)だったと思うのだが、小さな魚か貝(?)の上に立って海を渡りながら、目から光線を発してる羅漢がいた。これは大和文華館で見た眉間寺旧蔵『羅漢図』とそっくり! 変わった図様だと思っていたが、類例があったのか。

 ほかにも大徳寺の五百羅漢図(中国・南宋時代)、清凉寺の十六羅漢図(中国・北宋時代)、東博でよく見る日本最古の十六羅漢図(平安時代)など、羅漢図の代表的な名品が、1~2幅ずつ来ていた。また、焼失した法隆寺金堂壁画には『山中羅漢図』があり、その模本(明治時代)が残っていることを初めて知った。

 十大弟子は、さらに「二大弟子」を取り出すことがあるのだが、東南アジア系統では舎利弗と目連、東アジアでは阿難と迦葉を指すことが多いという。なるほど。見たことのある舎利弗・目連像があると思ったら、神奈川・称名寺の十大弟子立像だった。また、妙にビビッドな彩色の羅漢像坐像は、延暦寺の宝物館で気になったもの(※写真)で懐かしかった。

 以上、市バス1日乗車券を使い倒して予定を終了。最後に「Gallery SUGATA」に寄ったことは別記事とする。

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2022年5月関西旅行:最澄と天台宗のすべて(京都国立博物館)

2022-05-10 09:50:17 | 行ったもの(美術館・見仏)

京都国立博物館 伝教大師1200年大遠忌記念・特別展『最澄と天台宗のすべて』(2022年4月12日~5月22日)

 関西旅行2日目は京博からスタート。開館20分前くらいに行ってみたところ、まだ列はできておらず、10~15人くらいがパラパラと門前に立っていた。しばらくすると中の人が出てきて「博物館のフェンスに沿ってお並びください」とアナウンスする。結局、開門前には50人前後が並んだと思うが、いつもの特別展に比べると、少ないほうだと思う。

 ほぼ先頭で入館できたので、巡路どおり第1室から見ることにした。冒頭には兵庫・一乗寺の『聖徳太子及び天台高僧像』から「龍樹」と「善無畏」。善無畏像はいちばん好きなので、得をした気分。龍樹像も赤やピンクが基調で、華やかで美しい。東京では見られなかった兵庫・福祥寺の『天台四祖像』(南北朝時代)が並んでいた。左上の四租・灌頂が僧侶らしくない風貌で目につく。

 第1室は『伝教大師入唐牒』『弘法大師請来目録』(東寺、最澄筆)など、最澄の筆跡を中心に、国宝・重文級の文書がずらりと並ぶ。第2室には、朱塗・金の金具の勅封唐櫃とその納入品が展示されており、勅使を迎えて、勅封を解く儀式のビデオが流れていた。

 階下へ。2階は絵画中心だが、私の見たかった菩薩遊戯坐像(伝如意輪観音)(愛媛・等妙寺、鎌倉時代13世紀)を見つけて直行する。小さいが神経のゆきとどいた精巧な像だ。ゆったりした長い衣、華やかな瓔珞にもかかわらず、すぐに戦闘モードに入れそうな、男性的な印象である。ちょっと『陳情令』の含光君を思わせる。

 絵画は、京都・三千院の『阿弥陀聖衆来迎図』(鎌倉時代)が来ていて、ああ!と声が出てしまった。前日、中之島香雪美術館で、そっくりの模本(滋賀・金剛輪寺伝来)を見たばかりだったので。鎌倉時代には立像の来迎図が一般化するが、本作は、かなり古い来迎図を写したものと考えられている。三重・西来寺の『阿弥陀四尊来迎図』(鎌倉時代)は半跏坐の阿弥陀如来と観音・勢至、それに地蔵菩薩を加えたもの。みんな丸顔でかわいい。

 京博の『閻魔天曼荼羅図』、奈良博の『普賢菩薩像』などの名品に続いて、極めつけは『釈迦金棺出現図』。たぶん、2018年1月に東博の国宝室で見て以来である。みんな優しい顔で、特に釈迦如来が、母親に向き合う息子の顔なのが、なんとも言えない。

 1階の大展示室では、日吉山王金銅装神輿(樹下宮)(ひえさんのうこんどうそうみこし、じゅげぐう)の前で、しばらく足が止まってしまった。以前にも展覧会で古い神輿を見た記憶がある。おそらく、2013年の『大神社展』で見た、和歌山・鞆淵八幡神社の『沃懸地螺鈿金銅装神輿(いかけじらでんこんどうそうしんよ)』だろう。鞆淵八幡神社の神輿が、平安末期~鎌倉初期のものと推定されているのに対し、こちらは江戸時代の作。ぐるぐる巻かれた太い綱、厚みのある金具など、頑丈そうで、力強く、華やかである。基台の四方を囲む金色の飾り金具には、松の枝で群れ遊ぶサル(神猿)の群れが浮き彫りになっている(会場の巡路や出口を示すバナーにもこのサルが使われてて、可愛かった)。

 彫刻は、愛媛・浄土寺の空也上人像(六体の小仏を口から吐いている)、大阪・興善寺の釈迦如来坐像と薬師如来坐像など。びっくりしたのは、延暦寺横川の聖観音菩薩立像がおいでになっていたことだ。遠目に見つけた瞬間、もしや…と思って近づき、歓喜した。2005年の秋に、ここ京博(旧本館)の『最澄と天台の国宝』展でお会いしたときの感慨がよみがえった。

 1階の奥の部屋(特別展示室)には、延暦寺根本中堂の不滅の法灯が再現展示されていた。展示の灯りは電飾だと思うが、「不滅の法灯」の解説に「これは本当に最澄以来守り継がれてきたものです」とあって、念押しの強調に笑ってしまった。

 さて天台の名宝は、まだたくさん。絵画は、福井・國神神社の『白山参詣曼荼羅図』、愛知・密厳院の『兜率天曼荼羅図』など、初めて見たものも多い。美麗な『聖徳太子二侍者像(廟窟太子)』(鎌倉時代)には所蔵者情報がなかった。昨年は聖徳太子の御聖忌記念展で「廟窟太子」の図をいくつか見たが、これは初見だと思う。『阿弥陀聖衆来迎図』(滋賀・西教寺)は、雲のなびき方から「迅雲来迎」と呼ばれるもので、見ていた子供が「ほんとだ!速いね!」と感嘆していた。

 文書でおもしろいと思ったのは、後深草院の消息(正応5/1292年5月)で、興福寺及び延暦寺の強訴の動向を伏見天皇に尋ねたものだという。また花園天皇の消息(正慶2/1333年閏2月、尊円親王宛てか)には、延暦寺根本中堂に飛び込んだ鳩が常明灯を消した一件が綴られており、「常燈事鳩消」の文字が私にも読めた。

 楽しかった~。東博と京博を見たわけだが、京博のほうが演出や解説が少なめで(常設展示室を特別展に転用しているので、あまり凝った演出ができない事情もあるかもしれないが)超級のお宝を淡々と展示する態度が私の好みである。

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三省堂、神保町本店ビル建て替え

2022-05-09 20:48:19 | 街の本屋さん

 三省堂書店の神保町本店が、施設の老朽化に伴い建て替えられることになり、現在の建物で営業を5月8日で終了することになった。連休の谷間の5月6日(金)、仕事は休みを取ったので、久しぶりに神保町に行って、別れを惜しんできた。

 ちょうど買いたい新刊書があったのだが、仮店舗への引っ越し準備が始まっているのか、全体に品薄で、私の探している本もなかった。仕方ないので、2階の「UCCカフェ コンフォート」で、クラシックなプリンアラモードを食べてきた。

 近年、書籍の発行点数は減少気味で、私自身、リアルな書店に滞在して、じっくり面白そうな本を探索する機会は減ってしまった。だいたいネット等で目星をつけたものを、サッと買って帰ってしまう。なので、建て替え後の店舗が拡張される可能性は低いと思うが、せめて今くらいの棚数が残ることを祈っている。

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2022年5月関西旅行:大和文華館、大安寺のすべて(奈良博)

2022-05-08 18:23:02 | 行ったもの(美術館・見仏)

大和文華館 特別企画展『泰西王侯騎馬図屏風と松浦屏風-越境する美術-』( 2022年4月8日~ 5月15日)

 関西旅行、まだ初日のレポートである。大阪で中之島香雪美術館と大阪市立美術館を見たあと、奈良の大和文華館へ向かった。本展は、東西の文明圏の境界を越えて行き来し、それぞれの地に根付いた美術工芸の諸相を眺める特別企画展。冒頭には「越境」が生み出した3つのうつわが並ぶ。ひとつはドイツのマイセン窯でつくられた柿右衛門写し。次はオランダ製の逆三角形のワイングラスで、東インド会社(VOC)の旗を掲げた帆船と農夫を側面に刻む。口縁には「祖国に繁栄を」の文字あり。最後は大越国(ベトナム)の銘を持つ山水人物文の茶碗で、日本から注文を受けて焼かれたものだという。どれも興味深い。

 本展にはサントリー美術館所蔵の『泰西王侯騎馬図屏風』が出ているはずなのだが、入口から展示室内を見渡した限り、それらしい作品が見えなかった。あれ?と思って展示室に入ると、巡路の冒頭、ちょうど入口から見えないコーナーに展示されていた。何度見ても飽きない作品。「1580年代にはスペイン王(フェリペ2世?)が甲冑姿で馬に乗る自分の肖像画を中国・明の皇帝(→万暦帝だ)に献上しようとした」「宣教師の間では日本の大名には武装した人物画が喜ばれるという情報が共有されていた」などのミニ情報が面白かった。

 『松浦屏風』も何度か見ているが、右隻第三扇の鹿の子絞りの小袖の女性は、元来、ロザリオの十字架をつまむ仕草で描かれていたが、十字架が塗りつぶされ、ただの首飾りになっている、という解説が添えられており、初めて気づいた。特に意味のない、おしゃれアイテムのつもりだったのかもしれないが、キリシタンの祈りを連想させるため、抹消されたのだろうという。

 このほか絵画は、サントリー美術館から伝・狩野山楽筆『南蛮屏風』も来ており、大和文華館所蔵の初期洋風画『婦女弾琴図』、江戸後期の宋紫石、司馬江漢、亜欧堂田善らによる洋風画も多数出ていて楽しかった。初めて見たのは『西洋戦争図巻』(江戸・19世紀)で、ヨーロッパで1830年代に刊行された銅版画(?)15図を日本で模写して紙本着色の図巻に仕立てたもの。神戸市博にもあるという。フランスのアルジェリア侵攻(1830年)、ロシアとオスマントルコの戦争(第4次?)、ポーランド11月蜂起(1830年)など、主な画題は19世紀前半の戦争と分かっているが、中世ふうの甲冑を描いた図も交じる。

 工芸は、オランダ18世紀のワイン瓶だという「オニオンボトル」が可愛かった。復刻品でもいいから欲しい。東洋陶磁を模倣してヨーロッパでつくられたうつわには、独特の「ゆるさ」が味わいになっているものも多い。マイセン窯の柿右衛門写しの『梅竹虎文皿』には、なぜか大きな赤い舌を出したトラが描かれていた。また『梅竹虎文菱花形皿』には、竹に巻き付いて溶けかかったようなトラが描かれていて、笑ってしまった。

奈良国立博物館 特別展『大安寺のすべて-天平のみほとけと祈り-』(2022年4月23日~6月19日)

 続いて奈良博へ。ゴールデンウィーク中は午後7時まで開館なので余裕で参観。本展は、わが国最初の天皇発願の寺を原点とし、時代をリードする大寺院であった大安寺の歴史を様々な角度から紹介する。大安寺には、2年前の2020年3月に拝観に行っており、木彫の仏像群の素晴らしさが、まだ記憶に新しかった。会場には、同寺が保有する奈良時代の仏像9躯のうち、8躯がいらしていた。あ、馬頭観音はいらっしゃらないのか、と思ったら、後期(5/24-)は十一面観音がお帰りになり、交代するようだ。

 前半は文書や発掘資料が多くて、やや地味な展示だが、巨大な風鐸(大安寺旧境内出土)や鬼瓦(伝・大安寺出土)から、かつての大伽藍を想像すると楽しい。三彩などの釉薬を施した陶枕のかけらが約300点(復元すると50個体以上)が見つかっていることは初めて知った。大安寺は、菩提僊那や空海など外国僧や留学僧を含む、多数の僧侶が滞在・往来する国際的な仏教道場だった。

 後半には、意外な仏画や仏像の名品が出ていてびっくりした。大安寺の本尊・釈迦如来像(現存せず)は、かつて日本随一の釈迦像として讃嘆された記録が残っているのだ。その姿を想像すべく、多様な釈迦像が集められている。また大安寺僧の勤操は、空海に虚空蔵菩薩求聞持法を伝えたといわれることから、虚空蔵菩薩の画像・彫刻もあり。さらに大安寺僧の行教が、大安寺の鎮守として八幡神を勧請した縁で、奈良・薬師寺(休ヶ岡八幡宮)の八幡三神像も展示されていた。

 興福寺・北円堂の四天王像は、もと大安寺に伝来したものだという。え~ちょうど北円堂が春の特別開扉(4/23~5/8)をしていたのだが、素通りしてきてしまった。見てくればよかった。会場には、興福寺像の模刻だという大分・永興寺と香川・鷲峰寺の四天王像が出ていた。いちばん驚いたのは、京博でおなじみ、西住寺の宝誌和尚立像で、大安寺金堂にも「面を裂いた中から仏身が現れる」三尺の宝誌像があったそうだ。

 長い歴史を刻んできた大安寺、このたび、奈良時代の大伽藍をCGで復元する試みが行われた。展覧会の会場では、CGの映像が流れている。現地に行くと、自分でコントローラーを操作することも可能らしい。ちょっと触ってみたい。

※産経新聞:900人が居住 失われた大伽藍 大安寺がCG復元(2021/12/1)

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