見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2024年7月関西旅行:京博、龍谷ミュージアム、京都文博

2024-07-18 22:15:07 | 行ったもの(美術館・見仏)

京都国立博物館 常設展示

 三連休初日の土曜日は、まず京博へ。特別展の間(はざま)なので、常設展が見られると思うと楽しみでわくわくする。3階の「陶磁」は茶入がミニ特集らしかった。乾山の『色絵氷裂文角皿』を久しぶりに見た。隣りの「考古」には埴輪がたくさん。この秋、東博の特別展にも来てくれるのかな?と思って眺める。兵庫県たつの市出土の須恵器の壺には、小さな人物(相撲をとっている)や動物がたくさん貼り付けられていて、中国の土器みたいだった。

2階「絵巻」の『法然上人絵伝』は「あまり公開される機会のない巻をご紹介します」というだけあって、記憶にないものだった。巻2は出家のため上京した法然(勢至丸)が忠通の一行に出会って問答するところ。巻18は女人往生を説いた法然のもとに女性たちが集うところ。巻38は法然の死去に臨んで、ゆかりの人々が見た夢、法然は童子(聖徳太子?)に導かれて西へ向かう。最後は法然の廟に集う人々。鹿杖をつく法師、裹頭した僧侶などが見える。「仏画」は「日本の羅漢図」で滋賀・大練寺に伝わる、やまと絵風の温和な『十六羅漢像』12幅がメイン。比較として、奇怪な宋元風の『十六羅漢図屏風』も出ていた。

 「中世絵画」は「関東水墨画」で、雪村の『鍾馗図』を見られて嬉しかった。式部輝忠の『巌樹遊猿図屏風』はテナガザルの楽園の趣きあり。細い笹か竹につかまって、ゆらゆら揺れている子が可愛かった。「近世絵画」は「狩野山雪」特集。『蘭亭曲水図屏風』は、ちゃんとガチョウがいたり、お酒を盗み飲みしている童子がいたりで楽しい。金地墨画(わずかに彩色)の『洛外名所図屏風』は圧倒的な山の姿が目立つ。目ざとく「愛宕山や」とつぶやいていたのは、京都人のお客さんかな。「中国絵画」は「来舶清人の絵画」で、張莘筆『四季花卉図押絵貼屏風』が印象に残った。椿椿山を思わせる、繊細で上品な花の絵。

 1階の大展示室(彫刻)は、蘆山寺の如意輪観音半跏像が中央だったと思う。面白かったのは、左右の展示台をやや前に出して(ルンバみたい)、参観者が展示台の後ろにも回り込める配置になっていたこと。新しい試みだと思う。このほか1階では、豊臣秀次公430回忌・特集展示『豊臣秀次と瑞泉寺』(2024年6月18日~8月4日)が開催されていた。秀次公といえば私は『真田丸』の新納慎也さんのイメージである。三条河原で処刑された妻子たちを弔った品々(辞世和歌を表装した瑞泉寺裂)が展示されていたが、こんなに妻妾がいたのか~とあらためて驚いてしまった。

龍谷ミュージアム シリーズ展「仏教の思想と文化-インドから日本へ-」特集展示『阿弥陀さん七変化!』(2024年7月13日~8月18日)

 西方極楽浄土の教主で、浄土教の広がりとともにアジア各地で信仰されてきた阿弥陀如来。多彩に変身する阿弥陀さんの造形を紹介する。「これもアミダ!あれもアミダ?」とか「来迎でGOGO!」とか、龍谷ミュージアムだから許される(?)くすぐりの数々だけでなく、彫刻は滋賀・梵釈寺の木造宝冠阿弥陀如来坐像(平安前期)、絵画は京都・永観堂禅林寺の『阿弥陀三尊像』(南宋時代、張思恭)など名品揃い。文字の中にカラフルな図像をちりばめた『六字名号曼荼羅』(江戸時代)のデザインセンスも楽しかった。

京都文化博物館 特別展『日本の巨大ロボット群像-鉄人28号、ガンダム、ロボットアニメの浪漫-』(2024年7月6日~9月1日)

 日本のアニメーションにおける巨大ロボットのデザインとその映像表現の歴史を辿る。この展覧会、横須賀美術館でやっていたとき、気になりながら行き逃してしまったものである。私は巨大ロボットアニメ全盛期を体験した世代だが、なぜか巨大ロボットには惹かれなかった。おもしろいと思った作品は、初代ガンダムとダイターン3くらいである。なぜ自分が巨大ロボットに惹かれなかったのかを考えながら展示を見たが、結局、よくわからなかった。総合展示は『祇園祭-山鉾巡行の歴史と文化』(2024年6月5日~8月4日)と『天平の都 恭仁宮(くにきゅう) 最新の発掘調査成果から』(2024年6月8日~7月28日)。恭仁宮は、出土文物の展示が少なくて、拍子抜けだった。

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2024祇園祭・新町通曳き初め

2024-07-16 21:22:34 | 行ったもの(美術館・見仏)

 三連休は関西で遊んできた。初日の13日は京都の博物館巡りを予定していたが、調べたら新町通りで山鉾の惹き初めがあるというので行ってみた。少し早めに山鉾町エリアに入って、うろうろする。大きな鉾は既に姿を現しているが、まさに設営中の山も多かった。

 私の好きな蟷螂山。昨年、前祭の宵々山に訪ねたら、Tシャツも扇子も完売だったことを思い出して、今年こそはと期待して行ってみたら「祭礼授与品の頒布は14日10時からです」の貼り紙。うう、今年もご縁がなくて残念。

 四条通りの函谷鉾で「タペストリー」だか「ゴブラン織り」だかの文字を見つけて立ち止まる。そうだ、16世紀の西洋風の図柄の毛織物を懸装品に使っている鉾だったな、と思い出して、久しぶりに鉾に上がっていくことにする。見学料金1,000円は諸物価値上がりの折、かえってお手頃に感じられた。函谷鉾の小冊子と団扇付きで、この団扇、10年以上前(もしかして2008年?)に貰ったものと同じデザインだった。京都産業大学の札を付けた学生さんたちに手際よく案内されて、会所に上がる。

 これは旧約聖書のイサクの結婚の物語絵。中央の大きな画面では、心優しい女性リベカがイサクの老僕に水を与えている。この下段には、イサクがリベカに求婚のしるしとして腕輪を与える場面を描く。

 右隣りには、全く同じ図柄の複製品も飾られていた。16世紀半ばの作と見られた原本は、十数年前に一度、巡行で使われたことがあるとのこと。巡行当日、朝の6時頃にセットすると、褪色した淡い色合いが朝陽に照らされてとても美しかったそうだ。

 昨年の「前掛け」には、皆川泰蔵氏の『モン・サン・ミッシェル』が使われており、今年は『イサクの嫁選び』(複製)ではないかという。説明してくれた話好きのおじさんが「まあ当日、理事長の判断だけど」ともおっしゃっていた。理事長、そんな権限があるのか。

 「見送り」は弘法大師真蹟の『金剛界礼懺文』の予定と聞いた。これも複製品で、ほとんど文字の見えなくなった原本が併せて展示されていた。

 うろうろしているうちに曳き初めの時間(15:00)になってしまったので、慌てて新町通り南端の岩戸山を目指す。北に1ブロックくらい移動した山鉾が、人々に曳かれて戻ってくるところ。小学校低学年か幼稚園児くらいの子供たちがたくさん綱を握っていて楽しそうだった。調べたら、本番の巡行では、今でも搭乗者や曳き手は成人男子しか認められていないのだな。

 続いて北側の船鉾の曳き初めも見学。やっぱり1ブロックほど北に行って戻ってくる。山鉾は動いているところを見ると胸が躍る。

 曇り空を背景に鈍く光る金色の鷁(げき)。

 ちょっとだけど祇園祭の雰囲気が味わえてよかった。

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謎解きは半歩ずつ/中華ドラマ『慶余年2』

2024-07-15 21:58:33 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『慶余年』第2季:全36集(上海騰訊企鵝影視文化伝播有限公司他、2024年)

 2019年の第1季から待つこと5年、ようやく続編が公開された。私は配信開始から少し遅れて視聴を始めたので、第1季と比べて評価を受けていることは、漏れ聞こえていた。しかしそれは期待値が上がり過ぎた結果で、公平に見れば、十分おもしろかったと思う。

 南慶国の勅使として北斉国に送られた范閑は、その帰路、二皇子の使者・謝必安から二皇子の謀略の次第を聴かされ、同僚・言冰雲の刃を受けて倒れる(ここまでが第1季)。范閑死すの報せは、たちまち南慶国に伝わるが、これは范閑と言冰雲が仕組んだ芝居だった。范閑はひそかに南慶国に潜入し、二皇子に捕えられたと思しい、亡き滕梓荊の妻子を探すが見つからない。

 范閑は再び勅使の列に戻り、生きていたことを明らかにして堂々の帰国。皇帝を偽った罪は不問に付され、監査院一処の主務に任命される。さらに科挙の責任者の大役を果たして宮廷の重臣となり、林婉児との結婚も許される。この厚遇には理由があり、范閑が慶帝と葉軽眉(監査院の創設者)の間の子供だったことが本人に明かされ、周囲も知るところとなる。

 おもしろくないのは、范閑と敵対する二皇子。都を追放された長公主とのつながりも消えていない。一方、太子とその生母の皇后は、二皇子一派に対抗するため范閑との友好関係を保っていたが、范閑も皇子の一人と知って動揺する。慶帝は、范閑以外の臣下や皇族たちへの冷酷な振舞いを徐々に垣間見せる。

 林婉児と結婚した范閑は、南慶国の財力の根本である「内庫」を相続するが、その内庫には全く資産がないことが判明する。そこで南慶国の商人たちに投資を呼びかけ、当面の資金を調達するとともに、内庫の商品を製造している江南の実情を探りに出かける。江南で范閑を待ち受けていたのは、この地方を牛耳る明家の老婦人と息子の当主・明青達。范閑は旅立ち前に慶帝を狙った刺客と大立ち回りを演じて負傷し、まだ内力が回復していない。あわやの危機を救ったのは、北斉国から駆けつけた海棠朶朶。持つべきものは友人である。

 というのがだいたいの粗筋だが、問題は何ひとつ解決せず(むしろ雪だるま式に増えて)第三季に持ち越した印象である。まあ范閑の父親が明らかになり、林婉児と結婚したことが多少の「進展」と見做せないわけではないが。滕梓荊の妻子の安否は不明のまま。監査院院長の陳萍萍が何を考えているかは相変わらず謎(今季は妙に筋トレに励んでいたのと贅沢な私生活を送る自宅が出て来た)。范閑の守護者・五竹は、彼にそっくりの「神廟使者」との一戦があって、尋常の人間ではない(ロポットかアンドロイド?)ことだけは明らかになった。科挙の縁で范閑の門下生になった史闡立の活躍はこれからかな。彼の故郷・史家鎮は、長公主と二皇子が私腹を肥やすための密貿易の現場だったが、太子が捜査の手を伸ばしたときは、村ごと焼き滅ぼされていた。この真相究明も道半ば。

 北斉行で活躍した高達の出番が序盤だけだったのは残念。新たな登場人物では、辺境暮らしが長く、太子と二皇子の権力争いから一歩身を引いた大皇子に好感を持った。大皇子に嫁入り予定の北斉大公主は、美人なのにちょっとトロくて微笑ましい。演じる毛暁彤うまいなあ。監査院一処で范閑の下僚となった鄧子越を演じる余皑磊も好きな俳優さんなので嬉しい。陳萍萍や范閑らの収賄・蓄財を批判して慶帝に嫌われ、あっという前に消された硬骨の老臣・頼名成を畢彦君など、名優を贅沢に使うドラマである。明青達の寧理は第三季の活躍に期待していいのだろうか。

 第一季に比べるとアクション(武闘)シーンは少なめだったが、見せ場(范閑vs刺客、五竹vs神廟使者)はスリリングで手抜きがない。あと、若若がただの貞淑な女子ではなく、外科医の才能に目覚めるのも面白かった。

 本編が、大学生の長慶が葉教授に読ませる創作物語の形式を取っているのは第一季と同じ。ただ冒頭で葉教授が周りの人々に「范閑は死んだんですか?」と繰り返し聞かれていたり、第二季を読み終わったあと「また何年も待たされるの…」とため息をつくなど、メタ物語に念が入っている。第三季、配役をなるべく変えずに作ってほしいなあ。

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2024夏の花

2024-07-10 21:04:39 | なごみ写真帖

暑い暑い。東京の夏は長いが、夏の始まりの7月が一番暑い気がする。

先々週(かな?)東中野の黎明アートルームに行ったときに路地裏で見かけたノウゼンカズラ(凌霄花)。たぶん夏の花の中で、私がいちばん好きな品種。漢字表記も美しい。そういえば、途中まで見て中断してしまった中国ドラマ『以家人之名(家族の名において)』の男性主人公の名前が凌霄だった。「霄(そら)を凌(しの)ぐ」の意味になるのだな。

これは東中野の山手通りの歩道の道端に咲いていた芙蓉。こんな道端に堂々と咲いているのを見たのは初めてで、ちょっとびっくりした。

これは我が家の近くの小さな緑地で、毎年、花をつける大輪の黄色いユリ。詳しい名前はよく分からないのだが、コンカドール(イエローカサブランカ)だろうか?

昨年の様子

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政治的分断の構造/ネットはなぜいつも揉めているのか(津田正太郎)

2024-07-08 23:25:31 | 読んだもの(書籍)

〇津田正太郎『ネットはなぜいつも揉めているのか』(ちくまプリマ―新書) 筑摩書房 2024.5

 著者は、2020年9月、アニメ『銀河英雄伝説』のリメイクについて「男女役割分業の描き方は変更せざるをえない気がする」云々とツイートしたところ、批判的なリプライが次々に押し寄せる事態になってしまった。しかし、2、3日もすると次第に鎮静化した。

 この「炎上」体験談をマクラに、アニメや漫画の表現に対する批判と「表現の自由」をめぐる対立について、著者はメディア論の立場から考察する。広告などのメディアがそれを見た人にどのような影響をもたらすかは分からないし、誰か(たとえば女性、マイノリティ)が不安を引き起こす表現はないほうがよいとしても、万人が納得できるラインは存在しない。だが、これだけソーシャルメディアが普及した時代に「表現の自由」なのだから不快であっても我慢しなさい、でよいのか。自由の尊重が、かえって民主主義を危機に陥れる可能性がある、という問題提起には賛同する。

 実は、もう少し先まで読んだところで本書を放置していたのだが、昨日、2024年東京都知事選挙の結果を知ったあとで、米国の政治的分極化を扱った第3章を読み始めたら、いろいろ考えさせられてしまった。米国では、近年、二大政党の分極化が進んでいる。かつてはそれぞれの党が、多様な政治的立場の人を抱え込んでいたが、価値観やアイデンティティに基づく棲み分けが進み、政党のカラーが鮮明になってきた。要因の一つがメディアの変化で、規制緩和によって、一つの局がバランスのとれた報道を行う必要がなくなったことで、明確な党派性に訴えて特定層にアピールするメディアが増えたのである(アメリカの影響を受けた台湾の状況と同じ)。

 また、政治の分極化とともに「被害者政治」が進行している。これは、マイノリティの告発に対抗して、マジョリティが「我々こそ本当の被害者だ」と主張する動きをいう。米国では、民主党と共和党の双方が強い被害者感情を持ち、対立を深めている。ただし実態としては、双方の政党の支持者が、自分たちと相手側の違いを過大に見積もっている傾向がある。この認識ギャップの調査結果はとても興味深かった。結局、相手側が過激な意見を支持していると双方が「イメージすること」から「偽りの分極化」が生まれている。

 偽りの分極化は、怒りを増幅させ、「感情的分極化」に至る。感情的分極化は、ある政党や候補者を支持することよりも、嫌いな党派への「逆張り」「嫌がらせ」に向かう。著者は「日本社会の問題は、政治的分極化ではなく、むしろ政治的無関心の広がりだ」と書いているけれど、これはけっこう日本の状況にもあてはまるのではないかと思った。

 こうした分断を生み出すものとして、ネット上の「エコーチェンバー」や「フィルターバブル」という概念が語られてきた。しかし近年の研究は、こうした仮説を覆している。むしろマスメディアの時代には、人は自分の好みに合わせて新聞やラジオ番組を選択し、緩やかなエコーチェンバーを形成することができた。しかしメディアが多様化すると、自分とは異なる意見との接触機会が増加する。自らの価値観に反し、感情を逆なでする情報が入ってくる言論空間に身を置いた人は、もとの立場に執着するようになることが、実験的に確かめられているという。困った話だが、自分を含めて人間とはそういうものだと知っておくことは大事だと思う。

 かつてソーシャルメディアが民主主義を牽引すると考えられた時代があった。しかし今日、ソーシャルメディアに見られる「悪ふざけ」「シニシズム」によって、「代議制民主主義にとってきわめて重要な選挙をないがしろにする態度」が広がっている。まさに都知事選の日にこの下りを読みながら、胸が騒いだ。それでも著者は、ツイッターの可能性に希望を託す。ソーシャルメディアとは、世界をより単純にしようとする力と、より複雑な側面を見せようとする力がせめぎ合う場所だという。そう、この、世界の複雑さを垣間見る喜びは、説話文学に通じるところがあって、私もソーシャルメディアから離れられないのである。

 ちなみに私は、けっこう前から著者のツイッターをフォローしている。実は何者かを全く存じ上げずに「時々、おもしろい意見をいう人(大学の先生らしい)」程度の認識でフォローしていたのだが、初めて著書を読ませていただいた。こういう関係もソーシャルメディアの楽しさではある。

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アメリカ式に学ぶ/台湾のデモクラシー(渡辺将人)

2024-07-06 23:50:59 | 読んだもの(書籍)

〇渡辺将人『台湾のデモクラシー:メディア、選挙、アメリカ』(中公新書) 中央公論新社 2024.5

 1996年に総統の直接選挙が始まり、2000年には国民党から民進党への政権交代を実現させた台湾は、英国エコノミスト誌の調査部門が主催する「民主主義指数(Democracy Index)」の2022年度版では、アジア首位の評価を得ているという。最近の台湾を見る限り、この評価に全く異論はない。しかしこの国では、戦後長きにわたって国民党統治による権威主義体制が続いていた。

 台湾の民主化の歩みは序章に簡単にまとめられているが、まず地方政治において非国民党の政治勢力が勃興し、野党・民進党が誕生し、国民党非主流派の李登輝がレールを敷いた民主的な選挙によって政権交代が起きた。民主化勢力が選挙キャンペーンに工夫を凝らすことで、国民党も有権者と向き合うようになる。選挙でリーダーが変わる体験をすることで、国民は政治や自由を深く考えるようになる。もっとも「同じことが他国で必ず起こるわけではない」と著者は書いている。台湾デモクラシーを考える上で外せない要因が「アメリカ」である。

 台湾にとって「アメリカ」の存在は特別で、学者も官僚も政治家(国民党、民進党問わず)も、英米特にアメリカの大学の博士号持ちが必須だという。これは台湾を「親日国」と考えている日本人には見えにくいところかもしれない。台湾の選挙文化には、日本由来と台湾オリジナルとアメリカ式が混在しているが、アメリカの大統領選挙を台湾に移植したのは許信良という人物である。また李濤は、台湾のテレビ界にアメリカ式放送ジャーナリズムを持ち込み、視聴者参加(コールイン)型ライブショーで人気を博した。

 このへんまでは、アメリカに学んだ台湾のデモクラシーうらやましい、という気持ちで読んでいたが、いいことばかりではない、という状況もよく分かった。台湾のテレビは国民党(藍)寄りか民進党(緑)寄りか旗幟を鮮明にしている(これもアメリカ式)。ただしこれは市場経済の競争原理に依るもので、視聴率獲得のため、差別化を図る傾向が強くなった。視聴者は中立を嫌うので、理知的・客観的な結論を説明する番組は(視聴率的に)「負け」なのだという。政党側は「政論番組」を世論誘導の場と割り切っており、優秀な「名嘴」(コメンテーター)にお金を払って政党が伝えたいことを喋らせる。あるいは政治家自身がテレビ局にお金を払って出演することもある。その仕組みが公けにされているのは、台湾なりのフェアネスではないかという著者の指摘には一理あるかもしれない。

 台湾アイデンティティと言語の問題も難しい。近年の台湾が多様性重視の政策を取っていることは感じているが、原住民(部族)にしても客家にしても、その下位分類はさらに多様なのだ。さらに現在は、タイ、ベトナム、ミャンマー等からの新移民も増えている。危機をはらんだ「むきだしの多様性」が台湾の現在であることを記憶しておきたい。

 台湾アイデンティティの問題は、在外タイワニーズについては、さらにややこしい。台湾では一度も暮らしたことのない「中華民国」生まれの移民とか。外省人と台湾人が結婚し、両親のルーツが半々の場合もある。2021年に初のアジア系ボストン市長となったミッシェル・ウーは父方が北京出身の外省人の移民二世とのこと。一方、2020年の大統領予備選で民主党候補だったアンドリュー・ヤンは「アジア系らしさの不足」を嫌われて失速した。また、中国政府が、インターネットメディアの「ソフトパワー」を積極的に駆使して、在外華人を囲い込もうとしている指摘にも考えさせられた。

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2024年6月展覧会拾遺

2024-07-03 23:19:07 | 行ったもの(美術館・見仏)

府中市美術館 『Beautiful Japan 吉田初三郎の世界』(2024年5月18日~7月7日)

 大正から昭和にかけて、空高く飛ぶ鳥や飛行機から見下ろした視点による鳥瞰図のスタイルで数多くの名所案内を描いた吉田初三郎(よしだ はつさぶろう、1884-1955)の世界の魅力に迫る。吉田初三郎の名前は、2005年の江戸博『美しき日本』、2016年の近美『ようこそ日本へ』など、ツーリズムをテーマとした展覧会で何度か見てきた。本展は総合的な回顧展ということで、鹿子木孟郎に学んだ油彩の風景画なども展示されているが、本領はやはり鳥瞰図スタイルの名所案内図である。明るく楽しい雰囲気を演出するため、かなり大胆なデフォルメを施したものが多い。子供の頃の学習雑誌に載っていたSF的な未来都市図に通じるところもあるように思った。京王線の沿線観光図もあり。

東京ステーションギャラリー 『どうぶつ百景 江戸東京博物館コレクションより』(2024年4月27日~6月23日)

 大都市江戸・東京に暮らした人々が、どのように動物とかかわってきたかを物語る美術品や工芸品など約240件を、休館中の江戸東京博物館のコレクションから選りすぐって紹介する。2022年にパリ日本文化会館(フランス)で好評を博した「いきもの:江戸東京 動物たちとの暮らし」展を拡充した凱旋帰国展でもある。江戸博には何度も行っているのだが、初めて見るような作品が多くて楽しかった。歴博所蔵の『江戸図屏風』(複製)が出ていて、馬はたくさん描かれているが、牛は1頭しかいないという注釈が付いていて、黒田日出男先生の『江戸名所図屏風を読む』に書いてあったことを思い出した。東京の名産、今戸人形のウサギやキツネ、縮緬細工のひよこ、ブリキ玩具の金魚も可愛かった。

太田記念美術館 『国芳の団扇絵-猫と歌舞伎とチャキチャキ娘』(2024年6月1日~7月28日)

 国芳の団扇絵だけの展覧会。団扇は、江戸っ子にとって夏の暑さをしのぐための必需品であると同時にお洒落アイテムでもあり、歌舞伎ファンの推し活グッズでもあったという。国芳も積極的に団扇絵を手がけており、特に好んだ画題が「猫と歌舞伎とチャキチャキ娘」だった。国芳といえば、カッコいい武者絵、奇ッ怪な化け物など、魅力は尽きないが、江戸の人々にとっての最大公約数は、このサブタイトルだったかもしれない。団扇絵は消耗品で現存数が少ないこともあってか、初めて見る作品も多かった。

黎明アートルーム 『江戸琳派と磁州窯』(2024年5月21日〜2024年6月30日)

 磁州窯を目当てに見に行った。2階展示室の『白地黒掻落牡丹文瓶』と『緑釉鉄絵牡丹文瓶』は確かに磁州窯の優品だったが、それ以外は、あまり磁州窯らしい作品がなかった。金~元代の三彩や紅緑彩の磁州窯も好きではあるが。むしろ期待していなかった五彩(呉須赤絵、南京赤絵)が楽しかった。こういう民窯は、うつわの数だけ多種多様なデザインがあるのだな。琳派は鈴木其一の大作『四季花鳥図屏風』が印象に残った。

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東京都知事選挙2024

2024-07-01 21:08:36 | 日常生活

 東京都知事選挙が始まっている。今度こそ小池都政を終わらせたいので、投票するなら蓮舫候補だろうと思っていたが、1回くらい演説を聞いてから投票しようと思って、日曜日、銀座四丁目交差点の街頭演説を聴きに行った。

 はじめに立憲民主党の福山参議院議員、枝野衆議院議員が応援演説。福山さんも悪くないけど、枝野さんの演説には、いつも惚れ惚れする。滑舌がよくて聞きやすく、内容もある。枝野さん、大学卒業後は銀座四丁目の弁護士事務所で働いていたのか。

 枝野さんの演説中、曇り空から小雨がパラつき始め、傘を差すほどではなかったものの、壇を下りるとき、司会から「日本一の雨男とも言われています」と突っ込まれていた。

 蓮舫候補は、若者支援を政策の第一に掲げている。それは正しい判断だと思うけれど、「もう少し高齢者支援にも言及したほうがよい」という声があるのをSNSの書き込みで見た。枝野さんはそれを汲み取ったように、若者を支援することでぶ厚い中間層が生まれれば、高齢者の安心につながる、という論陣を張っていて、さすがだと思った。

 そうしたら、最後に登場した蓮舫候補も、演説の7割くらいまでは若者支援だったけれど、一人暮らしの高齢者が安心できる東京を目指すというのをちゃんと入れてきた。福祉や医療・介護に携わる若者の待遇を改善することで、若者の生活の安定だけでなく、高齢者の安心・安全を生み出すというのは全く正しい。若者の幸せと高齢者の幸せはバーターではないのだ。

 とても満足したので、今日は期日前投票を済ませてきた。この都知事選、民主主義の破壊を楽しむような、虚無的な状況もあるけれど、希望を失わず、投票に行こう。

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マイセン窯もあり/鍋島と金襴手(戸栗美術館)

2024-06-29 21:48:02 | 行ったもの(美術館・見仏)

戸栗美術館 『鍋島と金襴手-繰り返しの美-』展(2024年4月17日~6月30日)

 久しぶりに陶磁器が見たくなって渋谷に出かけたら、東急本店(2023年1月31日閉店)の建物がきれいに消えていて驚いた。むかしは渋谷区内に住んでいたので、このへんは徒歩圏だったのだが、私の知っている昭和の風景は、少しずつ消えていくんだなと感慨深かった。

 さて、本展は、鍋島焼と伊万里焼の金襴手に見られる「繰り返し」デザインに注目する。鍋島焼は、佐賀鍋島藩から徳川将軍への献上を目的に創出されたやきもの。洗練されたデザインが数多見られ、唐花文や更紗文などの「繰り返し」文様もそのひとつ。異国から持ち込まれた更紗の文様に影響を受けた、鍋島の『色絵更紗文皿』(数種類あり)はどれも愛らしかった。使われている色は、青、緑、黄、赤だが、青が基調であるものも、緑が目立つものもある。

 『染付桃文皿』は、同じ構図で描かれた桃を機械的に並べた結果、輪郭線の空白が、チェックのような効果を上げている。桃のひとつひとつはリアルなのに全体としてはデザイン的でおもしろい。『色絵唐花文猪口』など、どこかヨーロピアンな印象の草花文もあった。

 鍋島は「繰り返し」でない、ふつうのデザインも多数出ていて楽しかった。気に入ったのは『染付水仙文皿』(2件あり)で、たくさん花をつけた水仙を皿の表面いっぱいに描く。『色絵紫陽花文皿』は、染付らしい藍色の花に対して、鮮やかな水色の葉が美しかった。

 金襴手は、金彩を施した色絵磁器を言い、16世紀に景徳鎮窯で完成された後、17世紀末の日本でリバイバルブームが起きて、伊万里焼に取り入れられた。金襴手の色絵には紺と赤(オレンジ系の)がよく使われる。金と紺は対比が鮮烈だが、金と赤は意外と調和的な感じがする。

 ちょっと感心したのは、独特の展示具を使っているうつわがいくつかあったこと。15cmくらいの高さの展示台の上にうつわが伏せて置いてある。展示台の床には大きな穴が開いており、その下に斜めに鏡が仕込んであるので、観客は正面から、鏡に映った「うつわの中」を見ることができるのだ。小学生の理科の実験みたいな展示具だけど、おもしろい工夫だと思った。

 金襴手の中には生産地が「マイセン」になっているものが2件あった。『色絵花籠文皿』はかなり頑張った作品だと思う。言われなければヨーロッパ産とは気づかない。まあ柿右衛門様式などに比べれば、金襴手のほうが真似しやすいかな、とは思う。高台に交差する剣の文様(見えない)があることから、マイセンの窯と分かるそうだ。もう1件『色絵葡萄栗鼠文輪花皿』は個性的なデザイン。下側は色とりどりの幾何学文の組合せで、中央につる草のまつわる垣根とリスらしき小動物を描く(これが葡萄栗鼠?)。そして上部にあたる皿の周縁部には、赤い四つ足動物のシルエット。尻尾が三又に分かれている? これは「フライング・フォックス」と呼ばれ、マイセン磁器特有の文様であるとのこと。何か日本のやきものの動物が、このように解釈されて伝わったという話が聞いたことがある。もしかしたら「Firefox」の名称にもこのイメージが流れ込んでいる?と、ふと思ってしまった。

 『色絵琴高仙人鉢』は、見込みの部分にゆるい雰囲気の琴高仙人(鯉に乗った仙人)が描かれている。周囲を囲む赤玉瓔珞文、中央で波間に跳ねる魚は、ほかの作品と共通するデザインだが、鯉に仙人を載せてしまった発想が斬新。楽しかった。

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アイスショー"Fantasy on Ice 2024 静岡千秋楽"ライブビューイング

2024-06-26 22:15:45 | 行ったもの2(講演・公演)

Fantasy on Ice 2024ライブビューイング(静岡:2024年6月23日、13:00~、新宿ピカデリー)

 アイスショーFaOI(ファンタジー・オン・アイス)、今年はBツアーに羽生結弦くんが出演しなかったので、Aツアーに比べるとSNS上は格段に静かだった。それでも神戸、静岡の6公演(土曜2公演+日曜1公演)は、しっかり客席が埋まっていてよかった。お子さんや年配の方が多くて、いつものFaOIと雰囲気が違うという声や、地元向けの招待枠があったのではないか、という推測も流れていたが、それもいいと思う。私が初めてFaOIを見たのは2010年の新潟で、トップスケーターのクールな演技を、おじいちゃんおばあちゃんが、家族と一緒にニコニコしながら見ていたのを覚えている。なるほど、地方開催のアイスショーって、こういう「ゆるい」イベントなんだ、というのを知った瞬間だった。

 近年、羽生くんの出演するショーは、全国どこでもチケット争奪戦になっているが、今年のBツアーは、むしろ原点回帰でよかったのではないかと思う。地元招待で親に連れて来られたちびっ子から、未来のスケート選手やスケートファンが生まれないとも限らない。

 私は現地に行きたい気持ちもあったのだが、節約志向でライビュ観戦にしてしまった。スケーターはAツアーから、羽生結弦、山本草太、中田璃士、青木祐奈、上薗恋奈、パイポ―がOUT。織田信成、友野一希、チャ・ジュンファン、坂本花織、三原舞依、ライラ・フィア―&ルイス・ギブソンがIN。アーティストは石井竜也、一青窈、家入レオ。

 Bツアーのほうがイケメン度が上がった気がしたのは、チャ・ジュンファンくんに影響されすぎかな。家入レオさんとのコラボ「ワルツ」(ドラマ主題曲なのね)も「Golden hour」も眼福だった。ライラ/ルイス組は、家入レオさん「Silly」でしっとりコラボしたあと、後半は「ロッキー」で楽しませてもらった。フィギュアスケートのカップル競技、すっかり定番になった感じ。一青窈さんは織田くんとのコラボ「もらい泣き」もよかったけど、友野くんとのコラボ「他人の関係」に悶絶。私は金井克子を知っている世代だが、一青窈さん、ドラマ用にカバーしていたのだな。赤いキンキラジャケットでキレッキレに踊りまくる友野くんも、ルンバに寝転んで、自由に歌う一青窈さんも最高。ライビュ会場も手拍子で盛り上がった。

 いつもかわいい三原舞依ちゃんがイメージチェンジした「Survivor」も、髪の色を変えた坂本花織ちゃんの「poison」もカッコよかった。花織ちゃんは、オープニングの主役ポジションも頑張っていた。

 Bツアー最大の見ものは、ステファン・ランビエールとギヨーム・シゼロンの共演。その前にガブリエラ・パパダキスとアンサンブル・ダンサーズのコラボもあったんだけど、ガブリエラさん、あなたは女子スケーターじゃないなあ、という感じがした。技術力や存在感が、女子スケーターの枠を完全に踏み越えていて、唯一無二なのである。

 続いて、上半身には紫の薄手の衣裳をまとったステファンとギヨームが登場。曲は Henryk Mikołaj Górecki(ヘンリク・グレツキ)というポーランドの現代音楽家による「Symphony No.3」だったらしい。私は2018年のFaOI静岡で、ステファンとデニス・バシリエフスのデュエットプロを見たことがある。あれは、両者が師弟でもあったし、適度な距離を保って滑る「デュエット」だった。ところが今回は、大人の男性どうしが、変な意味でなく、濃厚に「絡む」のである。まあパパシゼのアイスダンスの本領であるとも言える。濃厚に絡みながら、お互いに自立しているという、不思議な肉体関係。再演はないだろうなあと思うと、一期一会の宝物を見せてもらった。

 しかしライビュだと、二人の表情や細かい動作がよく分かるのはいいのだが、一人の演技にスポットが当たるとき、もう一人はどうしているのか、光の当たるリンクにいるのか、陰に退いているのか、よく分からないのがもどかしかった。やっぱり現地に行くべきだったかなあとちょっと悔いを感じた。

 群舞の衣裳は花柄のシャツやワンピース。オープニングはやや地味色、フィナーレは明るいリゾートカラー。米米クラブ、石井竜也さんの「君がいるだけで」「浪漫飛行」も懐かしかった。最後はステファンが4Tチャレンジも見せてくれてありがとう。Bツアーは「ありがとうございました」無しの退場だったけど、楽しかった。また来年!

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