見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2019師走・大和三寺巡礼

2019-12-09 22:02:24 | 行ったもの(美術館・見仏)

 この夏、東京国立博物館に安倍文殊院、長谷寺、岡寺、室生寺ゆかりの仏像や寺宝が集合する『奈良大和四寺のみほとけ』展が開催され、私は友達から譲ってもらったチケットで、仏像大使のみうらじゅん・いとうせいこうのトークショーを聴きに行った。四寺のうち、安倍文殊院だけは行ったことがなかったので、「この秋、本気で参拝したい」と書いていたら、このブログを読んでいる友人からお誘いがあって、初冬の大和古寺巡礼が実現した。

 土曜の朝、桜井駅集合だったので、私は金曜の仕事を終えてから京都まで移動して1泊。東京在住の友人は朝イチの新幹線で出てきた。もうひとりの友人は大阪から。9:50のバスに乗り、10分ほどで聖林寺前に到着。右手のなだらかな坂の途中に、こじんまりした瓦屋根が見えている。

 安倍文殊院に行くのなら、ぜひここも!とリクエストしたのだ。霊園山(りょうおんざん)聖林寺(桜井市)の本尊は、大きな地蔵菩薩坐像(江戸時代、石造彩色像)だが、なんといっても国宝・十一面観音立像(天平時代)が有名だ。私が初めて十一面を拝したのは、40年もむかしの高校の修学旅行で、その後も1、2回訪れている。しかし、寺外の展覧会などでお会いした記憶はない。ないよね?ということを友人たちとも確認し合った。

 この像は、フェノロサや和辻哲郎に激賞された一方で、天平末期の形式化した作という評価もあるそうだ。そうかもしれない。全身くまなく名作ではなくて、妙にぶっきらぼうで棒立ちなところと、優美で柔らかな表現が共存しているのが、この像の魅力だと思う。収蔵庫は、人が中に入ったら、入り口の扉を閉める形式になっていて、暗闇の中でひたすら十一面と向き合っていられる。この日は他のお客がいなかったので、30分くらい三人で貸し切り状態だった。贅沢!

 お寺のホームページを拝見すると、収蔵庫の耐震改修も必要になっており、経営に苦労なさっているのではないかと思うが、ぜひこれからも変わらぬ佇まいであってほしい。

 聖林寺から安倍文殊院(桜井市)までは、のどかな田舎道を30分ほど歩く。製材工場や杉玉を吊るした酒造所、古い自販機などの風景を楽しみながら。安倍文殊院に程近い「御門神社」は安倍晴明を祀る。この一帯は安倍(阿部)氏の本貫の地で、遣唐使の安倍仲麻呂、陰陽師の安倍晴明もここで生まれたという説がある。御門神社の名前は土御門家に由来するとのこと。

 安倍文殊院は、山号も安倍山。安倍(阿部)倉橋麻呂が建てた安倍寺に由来するそうで、近くに「安倍史跡公園」もあった。合格祈願とぼけ封じの祈祷寺として、善男善女の信仰を集めており、なんというか客あしらいがうまい。

 拝観をお願いすると、次の解説まで時間があったので、まず客殿でお抹茶の接待を受ける。五芒星のお干菓子つき。

 本堂は、外観からはそんなに大きい建物とは思わなかったが、中に入ると、拝殿の奥に新しい収蔵庫がつながっていて、広くて天井も高い。そして巨大な木造騎獅文殊菩薩の姿は、あたかも手を伸ばせばすぐそこにいらっしゃるかのように見える。拝殿でお寺の説明を聞いたあと、収蔵庫の入り口まで歩を進めて、あらためて騎獅文殊菩薩と一群のみなさん(渡海文殊群像)を拝する。善財童子が愛らしい。優填王はガタイがよくて、かなりこわもて。巨大な獅子を平然と威圧する文殊菩薩。怪物のようにデカいのに破綻なく美しいものをつくれるのが、仏師・快慶の趣味と力量である。素晴らしい。

 本堂には、このほか多様な仏像が集められていた。境内の西古墳(奈良時代)を覗き、池の上の金閣浮御堂で「七まいり」をして寺宝を拝観する。金谷の石仏の拓本があったのが興味深かった。

 バスで桜井駅に戻り、近鉄で大和西大寺へ。再びバスに乗って、最後の訪問地・秋篠寺へ向かう。今回の三寺の中では、秋篠寺だけはこのブログを書き始めて以降(2010年11月)に拝観した記録があった。9年ぶりの訪問だが、あまり雰囲気が変わっていなくてよかった。拝観券売り場のお姉さんは何かの原稿に朱を入れていて、美大や史学科の院生さんだろうか?と噂し合った。

  境内の石碑や樹木の名前も興味深く、のんびり過ごした。そのあとは大阪に出て、近鉄・難波の駅ナカの立ち呑みで打ち上げ。楽しい見仏旅行でした。私は翌日も大阪で観光。

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根強い通俗道徳/生きづらい明治社会(松沢裕作)

2019-12-05 21:30:33 | 読んだもの(書籍)

〇松沢裕作『生きづらい明治社会:不安と競争の時代』(岩波ジュニア新書) 岩波書店 2018.9

 明治が大きな変化の時代であったことは言うまでもない。変化をチャンスとしてとらえ、果敢に行動して成功をつかんだ人もいる一方、不安に怯えて生きた人々もいた。その一例は、困窮した農民、また農村から都市に流入して日雇いの肉体労働などに従事する都市下層民である。1881-1886年(明治14-19年)の「松方デフレ」は、それまでの経済政策を大転換し、日本の経済発展の基礎を築いたと言われるが、一方で多くの困窮農民、負債農民騒擾を生み出した。

 江戸時代には、貧困者の救済は大名や幕府の代官・奉行、あるいは地域の富裕者によって各地でまちまちに行われていたが、明治になって、内務省が貧困者の救済を担当することになった。内務省は「恤救規則」を制定したものの、できるだけ制度の利用を制限し、「何らかの仕事のできる者」や「これまで隣近所で面倒を見てきた者」は救済対象として認めなかった。その理由は、政府に「カネがなかったから」である。

 なぜカネがなかったかというと、新政府の成立後も、領民の納める年貢は各藩の収入になっていた。廃藩置県によって、ようやく年貢が政府の収入になり、地租改正が行われた。しかし士族の反乱、農民反乱が相次ぎ、政府は大幅な減税を容認せざるを得なかった。つまり、クーデターによって成立した明治政府は、人々に信頼されていなかったので高い税金をとることができず、政府の財政を通じて富の再分配をすることができなかったのだ。公的扶助が期待できない「小さい政府」の下で、貧しい人々にできるのは「ひたすら自分でがんばる」ことだけだった。

 1984-85年の日清戦争に勝利した日本は、多額の賠償金を手に入れたが、その臨時収入は次の戦争に備える軍備増強に使われた。1899年、念願の地租の増税が行われたが、その使いみちは、強い軍隊、産業インフラ、学校などで、貧困者の救済には使われなかった。

 その背景には「通俗道徳のわな」があると著者は説く。「通俗道徳」というのは歴史学の用語なのだそうだ。誰もが必死にがんばらなければならない社会の中で、一握りの成功者は「成功するためには努力しなければならない」「失敗した者は努力をしなかったダメ人間である」という通俗道徳を吹聴する。それが社会に行き渡ると、ダメ人間のために税金を使うことに賛同する人々はいなくなる。なんだか明治の話ではなく、今の日本の話を聞いているような気がした。しかし明治時代は財産による制限選挙だったから、政治家が貧困救済に関心を持たなくても仕方ないが、普通選挙の今日でも貧困対策に抵抗が強いのは、よほどこの通俗道徳の縛りが大きいのだと思う。

 歴史学者の安丸良夫氏は、こうした通俗道徳が人々に広まったのは、市場経済が広まった江戸時代の後半だと考えている。それでも江戸時代には、豊かな人が必然的に貧しい人を助ける仕組み(村請制)があったのだが、明治以降は、完全に通俗道徳のわなにはまってしまうという。前近代の集団責任制には、もちろん負の面もあるが、いろいろ考えさせられる。

 この弱者に冷たい明治社会で、無理を強いられた人々として、本書は「女性」と「若い男性」について、それぞれ章を設けている。女性については、芸娼妓解放令によってタテマエでは自由になりながら、実質的には人身売買状態が続いたことが述べられている。そうそう、これは横山百合子さんの『江戸東京の明治維新』でも読んだ。男性も、職人、工場労働者など都市下層民の若い男性は社会の弱者だった。東京で何かの政治集会が開かれると、それをきっかけに暴動を起こすのはつねに彼らだった。ただし藤野裕子氏は、彼らの対抗文化(社会の主流文化に対抗する価値観)は、結局、通俗道徳の補完でしかないと論じている。このへんも、現代の政治状況、安保法制やヘイトスピーチをめぐるデモとの類似や差異を考える材料として興味深い。

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中国内部の異世界/さいはての中国(安田峰俊)

2019-12-04 23:25:28 | 読んだもの(書籍)

〇安田峰俊『さいはての中国』(小学館新書) 小学館 2018.10

 続編『もっとさいはての中国』が面白かったので、さかのぼって読んでみた。序章は、中国系住民の増加により新たなチャイナタウン化が進む埼玉県西川口。あとはカンボジアのプノンペンと、カナダのトロントへ歴史問題の活動家に取材に行く2編があるが、他の9編は中国国内のルポルタージュである。ただし、一般の中国案内では、まず話題にならないような取材対象であるところが本書の眼目。

  私は特に巻頭の2編が面白かった。第1章は広東省深圳市。職業安定所のある「三和」地区一帯には、20~30代の貧しい若者が、ネカフェや安宿で多数暮らしている。金があるときはネトゲやオンラインカジノで遊び、なくなればデジタルガジェット工場の短期労働で稼ぐ。その繰り返しだ。人生の大部分をデジタルに支配された「サイバー・ルンペンプロレタリアート」。家族や故郷とのつながりを失い、底辺生活から抜け出せる希望もない。「絶望の中で欲望に負け続ける」という形容が、残酷だが、彼らの状況をよく表している。

 日本にも同様の貧しい若者はいるだろうが、これほど絶望的な状況が、これほど大量には発生していないのではないか。中国では、贅沢も貧乏も、どっちの方向も極端に突き抜けている。一方で、彼らは似た境遇どうしのつながりを求め、独特の符丁や隠語を駆使して、ネットで活発なコミュニケーションを取っている。著者はそこに、前近代の中国に存在した「会党」や「幇」との類似性を見る。

  また、彼らは出稼ぎ農民の子弟が圧倒的に多い。鄧小平時代に社会主義市場経済が本格化すると、農民夫婦がそろって出稼ぎに出るようになり、祖父母や親類に預けられる「留守児童」が増えた。不幸にしてネグレクト(育児放棄)状態に置かれるなど、満足な教育を受けられなかった子供たちの成長の果てが、三和の若者たちなのである。これは読んでいてつらかった。人は生まれてくる時代も家庭も選べないのだ。

  第2章は広東省広州市。広州はアフリカ系外国人が極めて多いことで知られており、公的には2万人、不法滞在を含めると10万~30万人にのぼると言われているのだそうだ。私は15年くらい前に広州に行ったことがあるが、当時は全くそんな気配はなかったので、激しい変化に驚いた。著者はナイジェリア人の集まる瑶台西街と、さまざまな国のアフリカ人が集まる小北地区を訪ねている。

  カルチャーギャップによる摩擦や反目も起きているようで、路上でマリファナを吸うとか酔っ払って大声で騒ぐとか、アフリカ人の行動に眉をひそめる中国人も多い。「連中は声が大きくて態度が傲慢だ。文化的な水準も低い。自国のルールだけで生きていて、中国の文化を尊重しない。なのに数ばかり増えやがって」という証言を読んだときは、申し訳ないが大笑いしてしまった。日本人が、日本の街で出会う中国系住民や旅行者に漏らす不満と、あまりにも瓜二つなので。

  さらに、国内問題の改善よりもアフリカ諸国へのバラマキを優先しているかに見える中国政府の政策の評判が悪いというのも、日本社会にたいへんよく似ている。中国はもともと庶民レベルでは黒人やイスラム教徒への差別感情が強いこともあって「アフリカ人に中国の女性が大勢レイプされている」みたいなデマがネットで拡散されていたりもするそうだ。このへんも一部の日本人の周辺アジア諸国に対する差別・偏見と似たところがある。中国社会に、人種差別をタブー視する人権意識が育ち、定着することを強く望む。もちろん日本も同様に努力しなければね。

  このほかでは、湖北省武漢市の中国共産党テーマパークの取材に関連し、なぜ習近平政権が個人崇拝と大衆煽動的なプロパガンダを重視するかという問いに対し、彼らは多感な十代に文化大革命を味わった世代で、毛沢東式の手法こそ「政治」の本質だと刷り込まれているから、という顔伯鈞氏の説を紹介していて興味深く感じた。大連市のラブドール(ダッチワイフ)工場のルポも面白かった。日本の成人向けラブドールに学びつつ、もっと広い市場開拓に意欲を燃やしており、市政府からイノベーション産業支援として多額の補助を受けているというのがすごい。あと、内モンゴル自治区と漢化しつつあるモンゴル民族のルポはちょっと悲しい。

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クリスマスリース2019

2019-11-30 21:32:46 | なごみ写真帖

今年もいつもの花屋さんでリースを買ってきて、玄関に飾った。

緑のヒイラギの葉、松ぼっくりなど、自然素材をそのまま使っていて、欲しかったタイプが買えたのでうれしい。茶色いかたまりはフェルトを丸めたのかと思ったが、綿の実に色をつけたものかもしれない。

あっという間に年末である。楽しいことも悲しいこともあった。永いお別れもあった。気がつけば、自分の現役時代も終わりに近づいていることに感慨を感じる。

昨年のリース

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さっぽろペンギンコロニー2019でお買い物

2019-11-29 21:35:09 | 北海道生活

2019フィギュアスケートNHK杯を満喫した札幌ステイ3日間。できれば達成したかったミッションが3つあった。

・さっぽろペンギンコロニー2019(11月13日~26日、丸井今井札幌本店一条館7階)に行く
・ミュンヘンクリスマス市 in Sapporo(大通り公園)に行く
・サッポロファクトリーのクリスマスツリーを見る

ミッションその1は、23日(土)の午前中、真駒内アイスアリーナへ向かう前、丸井今井を10:30開店と同時に訪ねて達成。ちなみに「さっぽろペンギンコロニー」というのは、北海道でペンギンをテーマにした器や小物を作っている工藤ちえ奈さんを中心とした、ペンギンづくしのクラフト作品の展示販売イベントである。2018年に東京・高円寺で開催されたこともある。

滞在可能時間が30分くらいしかなかったので、即断即決でお買いもの。旅先なので、軽くて荷物にならないトートバッグにした。

黒と白の配色がペンギンらしい!と思ったら、まさに黒と白を来た工藤ちえ奈さんに話しかけてもらって、思わず「私、東京から来たんです!」と言って驚かれた。

いまTwitterを見たら「さっぽろペンギンコロニーin東京2020」(仮)の情報がUPされていた。2020年3月20日〜29日【23日(月)24日(火)お休み】 会場: 自由帳ギャラリー (高円寺)だそうだ。忘れないよう、ここにメモしておく。

ミッションその2は、24日(日)のNHK杯終了後、30分くらいだが立ち寄ることができた。

ミッションその3は、残念ながら達成できなかった。またいつか。

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2019フィギュアスケートNHK杯 in 札幌(2)第3日

2019-11-28 23:46:51 | 行ったもの2(講演・公演)

2019NHK杯国際フィギュアスケート大会(11月22-24日、真駒内セキスイハイムアイスアリーナ)

・第3日(11/24)

 最終日はエキシビション公演。朝、ネットをチェックすると出演選手と滑走順の情報が上がっていた。各種目の1-3位のほか、日本人選手や人気選手が入っている。さらに日本のノービスやジュニア選手の出演もあって、全部で25組。12:00-15:00の3時間(3部構成)で第1-2日の競技会に比べると短いが、おちゃめで楽しいプログラム、芸術性の高いプログラムなど、個性豊かな表演が続き、濃縮された贅沢な時間を過ごすことができた。

 素晴らしかったのは、ゲストで登場した日本の若手選手たち。ノービスAランクの森本涼雅くん(12歳)、畑崎李果ちゃん(13歳)は、きれいなジャンプをぴょんぴょん飛んでいた。ジュニア・アイスダンスの吉田唄菜(15歳)と西山真瑚(しんご、17歳)組は、初々しいけどかなり大人の雰囲気。みんな頑張れ~。

 第1部は韓国のウンス・イムがFSの不調から立ち直った演技でよかった。第2部はやっぱりケビン・エイモズ。曲はUKのロックバンドAmber Runの「I found」で、彼の滑らかで情感たっぷりのスケートにぴったりだった。腕の動きが美しい。ザギトワの「Hurry Up, We're Dreaming」は、この世に生を受けてから亡くなるまでを表現するプログラムなのだそうだ。氷の上に寝そべって、胎児のように丸くなったポーズから始まり、起き上がって、ゆっくり歩み始め、怒り苦しみ、堂々と舞い、やがて再び横たわって静かに目を閉じる。伸ばした片手の先には、白い花のつぼみ(造花)が握られている。会場の大型スクリーンに花のつぼみがUPで映ったときは(知っていたはずなのに)胸を打たれた。ザギちゃん、体形も大人っぽくなったが、表現力も大人になったなあ。

 第3部は、ヴォロノフ、紀平梨花ちゃんなどの後、各種目の1位が相次いで登場。そして1位に限っては、1プログラムのあとに拍手で再登場を促し、SPやFSのクライマックスなど短いアンコールを滑ってもらった。スイハンもコストルナヤも素敵。パパシゼの「Power over me」はアイスショーでも滑っていなかったかな。衣装に見覚えがあった。私は女性がクールに滑る演目が好きなので、NHK杯のペアとアイスダンスはほんとに気持ちよかった。

 大トリは羽生結弦くん。スケートカナダのエキシは「パリの散歩道」だったと聞いていたが、日本だし北海道だし「春よ、来い」だといいなと思っていたので、淡いピンクの天女のコスチュームで登場したときは嬉しかった。このプログラムは、悲壮でも哀れでもないのに、何度見ても泣ける。羽生くんは前日のインタビューで「(無事に優勝できたのは)みなさんがいろんなところで祈ってくれたおかげです」みたいなことを言っていたが、このプログラムこそ彼の「祈り」の表現のような気がする。氷にくちづけするような低い姿勢で回るハイドロブレーディングは、荒ぶる大地を鎮めて、いのちを育む存在に変えようとしているように見える。宗教的な儀礼や芸能に惹かれるのと同じような気持ちで、彼のスケートを見ていた。なお、アンコールは「Origin」のクライマックスを滑って会場を沸かせた。

 第1部と第2部、第2部と第3部の間には、キスクラで荒川静香さんが選手たちに質問する「静香の部屋」のコーナーもあって飽きなかった。キスクラが見えない席だったけど、大型スクリーンがあったのでOK。羽生くん、このインタビューの受け答えも、これまで以上に大人の感じがした。まあ「某ポケットに入るモンスターが飼いたい」なんてかわいいことも言っていたけど。「羽生結弦はどこに向かうのか」を聞かれて「みんなの期待の結晶」と答えていた。これも一種の「祈り」のありかたと思う。

 フィナーレも羽生くんはちょっと目立つポジションにいて、彼のショーみたいだった。着ぐるみのどーもくんチームと氷の上で打合せながら、息のあった演技を見せてくれた。全員での写真撮影、優勝者だけの写真撮影などがあり、最後の最後、退場前に羽生くんが何か叫んだ?と思ったら「来年は大阪」を発表したらしい。大阪かー。もちろん行ければ行きたいが。

 こうして人生初のフィギュアスケート競技会観戦3日間が終わった。会場の雰囲気は意外と淡々としていて、かえってテレビ観戦より緊張しないかもしれない。あと、競技会であっても、どの選手に対しても観客が暖かいので、フィギュアスケートはいいなと思う。

 余談。初日、オープニングセレモニーでNHK札幌放送局長の若泉久朗氏が挨拶に立った。実はこの方、2007年の大河ドラマ『風林火山』のチーフプロデューサーで、私は川中島古戦場のイベントでお見かけしている。不思議なご縁で懐かしかった。

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2019フィギュアスケートNHK杯 in 札幌(1)第1-2日

2019-11-26 21:51:28 | 行ったもの2(講演・公演)

2019NHK杯国際フィギュアスケート大会(11月22-24日、真駒内セキスイハイムアイスアリーナ)

 金土日の3日間、フィギュアスケートNHK杯を観戦してきた。私がフィギュアスケートって面白い!と思ったのは、2010年のバンクーバー冬季五輪で、同じ年の夏に初めてアイスショーというものを生観戦し、以後、年に数回、国内で開催されるアイスショーを見に行くことを楽しみとしてきた。しかし、真剣勝負の競技会はこれまで一度も観戦したことがなかった。なんとなくショーより敷居が高い気がして、相変わらずジャンプの種類も見分けられないような私が行っていいものかと気後れしていたのだ。

 だが、ようやく分かってきたこととして、現役選手が競技会で滑るプログラムとショーで滑るプログラムは異なる。私は幸運にも羽生結弦選手の「SEIMEI」と「バラード1番」はショーで見たことがあるが、このままだと「秋によせて(Otonal)」「Origin」は見る機会がないまま終わってしまうかもしれない。それはあまりにも残念なので、NHK杯のチケットを申し込むことにした。

 8月に販売された通し券(3日間)は外れ。9月に販売された単日券は、1日でも当たればラッキーと思って3日分申し込んでみたところ、全て当選の連絡が来た。幸運すぎて呆然とした。宝くじで1等が当たってもこれほど驚かないと思う。慌てて飛行機とホテルを抑え、あとは金曜に休暇が取れることをひたすら祈りながら当日を迎えた。

・初日(11/22)

 羽田発の飛行機で札幌へ。荷物をロッカーに預け、手早くランチを済ませて真駒内へ向かう。会場に入ったのは14時半頃で、ペアの三浦璃来/木原龍一組は残念ながら見逃した。ペアの演技が続き、うわさのスイハン(ウェンジン・スイ/ツォン・ハン)組に目が覚めるような衝撃を食らう。小柄な身体を大きく見せる、大胆でスピード感にあふれた演技。身長差があまりないカップルでも、こんなに魅力的なペアスケーティングができるんだと驚く。

 女子は9番滑走のアリョーナ・コストルナヤが圧倒的だった。会場中が息を呑んでいるのが分かった。結果は世界最高得点。10番のザギトワはミスが多く、覇気が感じられなかった。ロシア女子は世代交代が早くてつらいなあ。紀平梨花はほぼノーミスの演技だったが第2位。梨花ちゃんダイナミックでよいなあ。今季のプログラムはSPもFSも好き。

 そして男子。期待していた島田高志郎くんと山本草太くんは成績が振るわず。でも失敗しても明るい高志郎くんとランビ先生が微笑ましかったので許す。ちなみに初日はキスクラの正面だったので、どうせ使わないだろうと思って双眼鏡を持ってこなかったことを後悔した。羽生くんは丁寧に滑って安定の第1位。いつもの闘争心を敢えて抑えている感じがした。

・第2日(11/23)

 今日はフルコース観戦の心構えで12:15の競技開始前に会場入り。アイスダンスを8組も続けて見るなんて初めての体験だが楽しかった。しかし、アイスショーでもおなじみのパパシゼ(ガブリエラ・パパダキス/ギヨーム・シゼロン)組がやっぱり頭抜けていた。高い芸術性。あとで実況を聞いたら、詩のことばを表現するプログラムだったのだそうだ。しかし、このカップル、初日は70年代のエアロビ衣装で会場を沸かせたことを知って、初日のリズムダンスを見逃したことを悔やんだ。

 ペアはやはりスイハン組。緩急自在で目が離せない。初めて見た三浦・木原組もよかった。まだまだ伸びしろがあると思うので頑張れ。そして、ペアとかアイスダンスとか、氷上に男女二人がいる競技は、シングルよりも変化も多くて面白いなあ、とつくづく思った。もっと日本の競技人口も増えるといいなあ。

 女子はコストルナヤのジャンプの高さ、滑りの速さと滑らかさに圧倒される。梨花ちゃんもよく頑張って笑顔で終わった。この精神力の強さ、好きだ。ザギトワがSPの不振を挽回できたのも嬉しかった! あと今大会で印象的だったのは韓国のイム・ウンス。彼女は逆にSPはよかったのにFSはミスが目立って順位を下げてしまった。

 男子。羽生結弦は10番目に登場。スタートポジションで低く屈み込み、両腕を水平に伸ばした姿勢を取ったとき、両腕が上下に揺れているのが分かって、なんだか奇異な感じがした。あとでSNSなどを読んでいたら、緊張で脚が震えて静止できなかったらしい(実は足元も少し流れていた)。あの羽生くんにして、そんなことがあるんだと驚いた。後半1本目のジャンプが2T単独になってしまったときは、私の隣りのお姉さんも「あっ」と小さく声を出していた。しかしその後の2本はきれいに成功。実は咄嗟に構成を組み替えて高得点をキープしたことをあとで知った。なんというか、大人の戦い方である。

 3位のローマン・サドフスキーは手足が長くて演技の見栄えがよい。しかしフィギュアスケートで長身はあまり得にならない気がするので頑張ってほしい。2位に入ったケビン・エイモズは小柄だが情感豊かな演技で印象に残る。フランス杯で知った選手で人柄も好き。ボロノフは台乗りしてほしかったなあ。いつも明るいジェイソン・ブラウン、ベテランのビチェンコさんも頑張っていた。

 ペアのあとに、ペアとアイスダンスの表彰式があり、中国の国歌「義勇軍行進曲」とフランス国家「ラ・マルセイエーズ」を続けて聴くことができて楽しかった。また男子のあとに、男子シングルと女子シングルの順で表彰式。「君が代」と「祖国は我らのために」を聴いた。表彰者として、パンツスーツ姿の荒川静香さん(日本スケート連盟副会長)が紹介されたときは、会場がどよめいた。全て終わったのは22時近くで、めったにないことだが肩が凝って、腰が痛くなってしまった。でも楽しかった。

 3日目(エキシビション)レポートに続く。

NHK Online:2019NHK杯フィギュア(動画あり)

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2019札幌大通り・ミュンヘンクリスマス市

2019-11-24 23:56:21 | 北海道生活

2019フィギュアスケートNHK杯を観戦するために3日間、札幌に行って来た。1日でも当たったらラッキーと思ってチケットを申し込んだら、3日とも当たったのである。10年分くらいの運を使い果たした感がある。

それで、金土日と札幌にいたわけだが、ずっと真駒内アイスアリーナに詰めていて(夢のような時間だった!)ほぼ観光の時間は無し。今日、最後に30分くらい大通り公園のミュンヘンクリスマス市を歩いてきた。札幌に住んでいたとき(2013-2014年)以来だから5年ぶり。

マトリョーシカのお店は2軒出ていた。なつかしい。

小樽にあるガラス小物のお店。

ヨーロッパの本場のクリスマス市を持ってきました!というより、かわいい、手に取りやすい小物のお店が増えた印象。

大好きなローストアーモンド! 味見させてもらったら我慢できなくなって5年ぶりに購入!!

イルミネーションも華やか。これ午後4時過ぎなのだが、北国の冬は夜が早い。

まだ雪がなかったのは残念。雪の札幌にまた来たい。

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常陸・鎌倉・尾道浄土寺/聖徳太子信仰(神奈川県立金沢文庫)

2019-11-21 22:19:01 | 行ったもの(美術館・見仏)

神奈川県立金沢文庫 聖徳太子1400年遠忌特別展『聖徳太子信仰-鎌倉仏教の基層と尾道浄土寺の名宝-』(2019年9月21日~11月17日)

 先週末、最終日に駆け込みで行った展覧会。あまり期待しないで行ったら、展示室がぎっしり埋まっていて、しかも仏画や仏像など、バラエティに富んで華やかで驚いた。中世における聖徳太子信仰は、浄土系の各宗派によって宣揚されたことが知られているが、もう一つの見逃せない流れに真言律宗がある。中世東国では、聖徳太子信仰に関連する彫刻や絵画が、旧常陸国・下総国周辺に集中している。ここで注目されるのが、鎌倉時代後半にかけて常陸国や鎌倉に大きな力を持った真言律宗の存在である。

 ということで茨城県のお寺の寺宝が並ぶ。水戸市・善重寺の聖徳太子立像は、鮮やかな彩色(立体表現もあり)の衣と袈裟をまとう孝養像。切れ長で吊り上がった目。赤い唇を強く結び、厳しい表情をしている。坂東市・妙安寺の太子像も孝養像。色彩は明らかでないが、唐風の沓のつまさきが華やかさを添える。弓なりの眉、瞳の大きい印象的な目。この妙安寺には4幅からなる『聖徳太子絵伝』も伝わっている。素朴なタッチでかわいい。

 また那珂市・上宮寺には絵巻の『聖徳太子絵伝』が伝わる。ちょうど太子の生涯の最後の部分が開いていて、家の中で泣き伏しているのは刀自古郎女かと思ったが(日出処の天子マニア)、むしろ『天寿国曼荼羅繍帳』で知られる橘大郎女だろうか? と思って、図録の拡大写真をよく見たら、女性の隣りに太子らしき男性も横たわっている。Wikiを調べたら、妃の膳大郎女が没し、その後を追うように太子は亡くなったのだそうだ。そして、葬列、埋葬のあとに塔(五重塔)らしきものがあって、その先端部分から、色とりどりの衣をまとった小さな男の子が多数、昇天していく様子が描かれている。図録によれば「諸皇子、法隆寺五重塔より昇天す」という場面だそうだ。おもしろい。可愛いけど少し怖い。

 神奈川県関係では、龍華寺の善光寺式阿弥陀三尊像。へえ、横浜・龍華寺にも善光寺式阿弥陀三尊像があったんだ。中尊は丸顔でやさしい表情。光背の唐草文、様式化された雲文がきれい。東茨木郡・小松寺の如意輪観音像は、四角い板に半浮彫された小品。どこか異国風。平重盛の念持仏という伝承があるそうだ。

 ここから西国に飛んで、奈良・元興寺の聖徳太子立像(孝養像)が東国で見られるのは珍しいと思った。次に広島(尾道)・浄土寺の太子像(孝養像)。少し太め。みずらが小さいので単なるおかっぱ頭のようにも見える。超人的なところがあまりなくて、人間的。浄土寺には、もう1躯、みずら頭の太子像(摂政像)がある。これはさらにふっくらと身体が大きく貫禄がある。丸顔の中央に顔のパーツが集まっている感じ。衣と袈裟の、盛り上げ彩色の装飾が美しい。浄土寺には、上半身裸で赤い袴をつけ、合掌する二歳像もある。

 このへんで私はようやく、展覧会のサブタイトルの後半に「尾道浄土寺の名宝」という語句が入っていることに気づいた。いやー聖徳太子像以外の仏像や、涅槃図や、弘法大師絵伝、足利氏関係の古文書など面白いものがたくさん出ていた。声が出そうになったのは、行儀よく落ち着いた雰囲気の肖像『足利尊氏像』。九博の『室町将軍』展で初めて見て、存在を知ったものである。尊氏の念持仏という伝承のある『厨子入阿弥陀如来立像』も出ていた。蒔絵のコンパクトな厨子で、携帯に便利そう。

 尾道の浄土寺には、2016年のご開帳に訪ねていて、秘仏ご本尊・十一面観世音菩薩を拝観したことは覚えているが、宝物館にはあまり印象が残っていない。こんなにたくさんのお宝をお持ちだということを、あらためて認識した。東国に来てくれて感謝したい。

おまけ:図書閲覧室の案内が可愛かったので。左下は小さくて分かりにくいけど日出処の天子。


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台湾と日本の歴史遺産/台北・歴史建築探訪(片倉佳史)

2019-11-20 00:25:57 | 読んだもの(書籍)

〇片倉佳史(文・写真)『台北・歴史建築探訪:日本が遺した建築遺産を歩く:1895-1945』 ウェッジ 2019.3

 台北市内に残る歴史建築を大小200件ほど紹介する。オールカラーの写真が美しく、実に楽しい本。著者は、以前紹介した『東京人』2019年11月号「特集・台湾 ディープ散歩」にも寄稿している台湾在住の日本人作家である。

 台北には日本統治時代(1895-1945)に設けられた多数の建築物が残っている。これらは、日本が台湾の領有権を放棄した後、中華民国の国民党に接収され、日本統治時代の歴史が隠されたり、撤去や改築を受けたりもした。1990年代から民主化が進展し、人々が言論の自由を得たことによって、日本統治時代の半世紀についても、冷静で客観的な視点で評価し、研究が続けられるようになった。この簡潔な紹介は、前掲の雑誌『東京人』に書かれていたことと大体通じている。

 台湾に残る建築遺産を見ることは「日本」を知ることでもある。しかし、ノスタルジックに「日本」を懐かしむだけでなく、台湾の歴史を知り、台湾の今の姿、将来の姿を考える意味もある。本書はそうした視点で編集されているのが好ましい。

 台北市の中心部、つまり「総統府周辺」「国立台湾博物館周辺」「西門町・萬華周辺」の建物は有名なものが多く、どこかで見た記憶のあるものが多かった。しかし外観はともかく、貴重なのは、めったに見られない内部の写真も掲載されていることだ。台北賓館(旧台湾総督官邸)の白壁に金の唐草模様を配したヨーロッパ風の内装、とても東アジアの建築とは思えない。中山堂(旧台北公会堂)の玄関ホールの湾曲した天井も素敵。国立台湾博物館(※表紙写真)は、むかし入ったことがあるはずだが、こんな優美なステンドグラスがあったかしら。

 歴史建築のむかしと今を比べてみると、やっぱり博物館は博物館、学校は学校、郵便局は郵便局のように、用途が変わっていないものが多い。その一方、洋服店が酸梅湯の店になっていたり、女学校が立法院、小学校が内政部警政署など、思わぬ変遷をしていることもある。あと、カフェやレストラン、公設市場や展示空間にリノベーションされて、人々を引きつけている歴史建築も少なくないようだ。

 工場や倉庫、変電所、旧台北鉄道の職員用大浴場、旧台北水源地ポンプ室、送水管、水源地と水管橋など、産業遺産的な歴史建築もかなり収録されている。寺廟、個人商店など、とにかく目配りが広い。そして台北では、これら多数の歴史建築が、わりと狭い地域に密集しているので、その気になれば、短時間でかなりの数を実見することができると思う。

 今回、気づいたのは国立台湾大学や国立台湾師範大学のキャンパスに多数の歴史建築が残っていること。実はまだ行ったことがないので、次の機会には、ぜひ散歩してみたい。写真を見る限りでは、日本国内の旧帝国大学より、建築意匠がオシャレな感じがする。

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