〇早尾貴紀『イスラエルについて知っておきたい30のこと』 平凡社 2025.2
パレスチナ・ガザ地区の状況は、断片的なニュースから推測しても本当に惨いらしい。しかし私はイスラエル・パレスチナ問題について、きちんと思考できるほどの知識がないので、一から勉強するつもりで読んでみた。本書は30の疑問と回答を通じて、十字軍とレコンキスタから今日に至るユダヤ人の歴史が分かるようになっている。
十字軍は、イスラーム統治下のエルサレムを奪回するための運動だったが、ヨーロッパでは、イスラーム教徒だけでなくユダヤ教徒への攻撃・迫害も強まった。1492年、グラナダが陥落し、レコンキスタが完成する。直後にスペインでは、ユダヤ教徒にキリスト教への改宗を迫る追放令が出された。同年8月に出港したコロンブス船団の乗組員の大半は、改宗と追放を逃れようとしたユダヤ教徒だったという。知らなかった。
改宗した元ユダヤ教徒は「血は変わらない」「本心ではない」と疑われ、苦難の道を歩んだ。19世紀、国民国家の思想が広まると、ユダヤ人種もユダヤ人の国家を持つべきだという主張が生まれる。これがシオニズムである。実はユダヤ人のシオニズム運動に先駆けて、福音派キリスト教徒による「キリスト教シオニズム」という思想があった。パレスチナをイギリスの保護領にしてユダヤ人を入植させ、西洋文明の防壁としようというもので、明確に植民地主義的な欲望と結びついていた。
第一次世界大戦でオスマン帝国が敗北すると、勝者のイギリスはパレスチナを委任統治領とし、ユダヤ人の入植を推進する。悪の帝国が滅びて、もっと悪い統治者がやってきたわけだ。ナチスの台頭によってユダヤ人の入植が急増し、アラブ人の抵抗が強まると、イギリスの委任統治は破綻する。第二次大戦後、ホロコーストを生き延びたユダヤ人難民を受け入れたくないヨーロッパ諸国は、パレスチナに彼らを受け入れることを「勧告」する。いや、どのツラ下げて、という感じ。1947年、国連でパレスチナ分割決議(56%の土地をユダヤ人国家、43%の土地をアラブ人国家)が採択されたが、分割案に不満のある双方によって戦闘が始まり、物量で優位に立つシオニスト軍は、アラブ人をガザ方面に追い込み、1948年5月、イスラエルの建国が宣言される。
イスラエルは建国宣言で「ユダヤ人の国」を明確に宣言している。移民受け入れが認められているのはユダヤ人のみなのだ。しかし「ユダヤ人とは誰か」という定義は曖昧である。なんだか最近の日本人が曖昧な基準で「日本人を大事に」を言いたがる態度と似ている。
実はイスラエル人口の20%程度は、イスラエル国籍の先住アラブ人だという。東欧や中国・アジアから流入した外国人労働者(永住権や市民権は与えられない)もいる。さらにガザ地区や西岸地区から出稼ぎにくる労働者もいる(いた)そうだ。つまり現実のイスラエル国家は、多民族化、多文化化が進行していたようで、そのへんが保守派の焦りになっているのかもしれない。
パレスチナ/イスラエルの和平には「一国解決」と「二国解決」の二つの考え方がある。前者は、アラブ・パレスチナ人とイスラエル・ユダヤ人が平等な市民として一国家を形成するもの、後者は、それぞれが別国家として併存するものである。1993年の「オスロ合意」は後者の路線だが、パレスチナにとっては全く不平等で欺瞞的な和平案だった。しかし抵抗するパレスチナ人は「和平の敵」「テロリスト」と見做されるようになってしまう。
2000年代、イスラエルは対話や交渉を捨てて「一方的政策」をとるようになる。パレスチナには交渉相手がいないというのが理由である。これは難しいな。パレスチナ人は「イスラエルの手先」となったPLOに失望していたが、彼らは欧米世界との交渉ルートは持っていたのかもしれない。現在、パレスチナで選挙に勝利したハマースをイスラエルは認めていない。
2025年現在「ハマース掃討」の名のもとにイスラエルの蛮行が続いているが、イスラエル国内では「パレスチナ人は集団懲罰されるべき(殺してもいい)」という言説が肯定的に共有されているという。溜息が出るが、その根底には、劣った民族に自決権や市民権を与える必要はないというヨーロッパ中心主義がある。これは宗教対立ではなくて、植民地主義やオリエンタリズムという、近代の醜悪な置き土産なのだ。だから遠い異国に住む我々にも無関係ではない。解決は容易でないが、まずは本書に紹介されている、エドワード・サイード、ハミッド・ダバシ、ジュディス・バトラーなど、哲学者の言葉を注意深く聞こう。