見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

平成に続く廃仏毀釈の影響/仏教抹殺(鵜飼秀徳)

2019-10-30 23:02:26 | 読んだもの(書籍)

〇鵜飼秀徳『仏教抹殺:なぜ明治維新は寺院を破壊したのか』(文春新書) 文藝春秋 2018.12

 おどろおどろしいタイトルだが、オビには大きく「廃仏毀釈」の文字があって、面白そうかなと思って購入した。廃仏毀釈とは、1868(慶応4/明治元)年に出された一連の神仏分離令に伴う仏教への加害・破壊行為で、1870年頃ピークを迎え、断続的に1876年頃まで続いた。安丸良夫さんの名著『神々の明治維新』(岩波新書、1979)の印象が強いが、本書もなかなか面白かった。日本各地を訪ね歩いて「現在(平成)に続く影響」をルポルタージュしているのが本書の魅力である。

 廃仏毀釈の最初の騒動は比叡山のふもとの日吉大社で起きた。樹下茂国をはじめ、武装した神官の一党が、延暦寺僧侶の管理する日吉大社に乱入し、仏像・仏具を破却する狼藉を行った。この話は『神々の明治維新』でも読んだが、現在、参道に建つ巨大な常夜灯44基が、廃仏毀釈のときに日吉大社境内の外に放り出されたものだとは初めて知った。

 廃仏毀釈が厳しかった地域と言えば、まず鹿児島(薩摩)。江戸時代には県内に1000を超える寺院があったが、現在は487ヵ寺(宗教年鑑 平成27年版)。島津家の菩提寺も廃寺のままで復興していない。著者は戦国時代の島津四兄弟ゆかりの心岳寺跡や小松帯刀ゆかりの園林寺跡を訪ね、顔面が割られた地蔵像や首のない仁王像の写真を掲載している。日本国内とは思えない惨状だが、これが歴史の真実なのだ。鹿児島県には仏教由来の国宝、重要文化財が1つも存在しないというのも衝撃だった。

 隣りの宮崎(日向)は、強大な薩摩藩の意向を「忖度」した結果、薩摩に匹敵する破壊が行われた。現在の寺院数は鹿児島県よりも少ない。日南海岸の鵜戸神宮に付随し「西の高野」と呼ばれた仁王護国寺(門跡寺院!)も廃寺となった。私は47都道府県のうち、未だかつて足を踏み入れたことがないのが鹿児島と宮崎の2県なのだが、この仏教色の薄さを知って、納得できる気がした。

 信州・松本の知藩事・戸田光則は、新政府につくか幕府側につくか迷い抜いた末、最終的に新政府につくと、怒涛のように廃仏毀釈に邁進していく。人間の心理として、あるあるだなあと思う。しかし松本にあった寺院の8割が失われたと聞くと言葉を失う。一方で、廃寺帰農を迫る役人と戦い抜いた佐々木了綱や安達達淳など、気骨ある僧侶のエピソードも知ることができた。

 伊勢では、1869(明治2)年の明治天皇の伊勢神宮参拝に端を発して廃仏がおこなわれた。なお、話が脇道にそれるが、伊勢神宮を参拝した天皇は明治天皇が初で、歴代天皇が参拝しなかった理由は八咫鏡の霊威を畏れたから、というのが興味深かった。ちょうど令和の即位礼の前後に本書を読んでいたもので。さて、明治天皇の参拝にあたっては、渡会府の知事から、伊勢の神域に存在する寺院の撤去、仏教に関する商売の中止が通達された。悲喜劇のようだが、日本の近代の始まりが自由でも開放でもなく、圧政と暴挙であったことは忘れてはならないと思う。山中の菩提山神宮寺跡に転がる墓、石仏の写真が生々しい。ここはちょっと行きにくそうだが、おはらい町にあるという旧慶光院跡はいつか訪ねてみたい。

 ほか、隠岐、佐渡、東京(深大寺、高尾山)、奈良(興福寺)、京都などが取り上げられている。京都・北野天満宮本殿に収められていた十一面観音像(1対)は古美術商の手に渡り、1体は溶かされて失われたが、1体は東寺・観智院を経て、因幡薬師堂に遷座し、現在に至るという。ん?京都文博の『北野天満宮』展で見た十一面観音像かな?と思ったが、あちらは「曼殊院門跡所蔵」だった。違うものだろうか?

 京都の泉涌寺が天皇家の菩提寺であったことは知られているが、千本今出川に般舟院といって、天皇家の尊牌を祀る寺院があったことは知らなかった。なお、廃仏毀釈の趨勢に天皇家も逆らえなかった証左として、明治天皇が「即位式を仏教の大元帥の法によって出来なかったこと」を一生の心残りと語ったエピソードが紹介されている。ちょうど「今上天皇の即位を祝し、総本山金剛峯寺は2020年に、総本山醍醐寺は21年に大元帥御修法を勤める」(文化時報 2019/10/16)というニュースをネットで見たばかり。伝統主義者の私としては、天皇家がもっと仏教と仲良くしてくれると好ましいと思っている。

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伝来と影響の足跡/仏像 中国・日本(大阪市立美術館)

2019-10-29 23:23:11 | 行ったもの(美術館・見仏)

大阪市立美術館 特別展『仏像 中国・日本』(2019年10月12日~12月8日)

 ポスターには「中国彫刻2000年と日本・北魏仏から遣唐使そしてマリア観音まで」という、情報ばかり多くてよく分からない文字列が添えられている。概要によれば、いつの時代も中国でつくられた多くの仏像や仏画が日本にもたらされ、日本の仏像のすがたに大きな影響を与えてきたことに鑑み、中国南北朝時代から明・清時代まで1000年をこえる仏像の移り変わりを、関連する日本の仏像と共に紹介する展覧会、と説明されている。とにかく中国と日本の仏像が見られるらしいと思って見に来た。

 冒頭には小さな銀製の男子立像。レスラーのように肩幅が広くて、裸足で丈の短い右衽(右前)の服を着ている(戦国時代、B.C.4-3世紀、永青文庫)。一目見て、見たことあると分かったが、いつどこでだったか、よく覚えていない。また、陶製の女子坐俑(前漢)や耳の大きい銅造鍍金銀の仙人坐像(後漢)などがあって、古代中国(プレ仏像時代)の人物表現が、すでに完成の域に達していたことを示す。ところが仏教が伝来すると(後漢頃)中国の仏像は、古代の写実的表現から一転し「ガンダーラなど西方の仏像をやや稚拙に模倣すること」から始まった。この指摘は、会場のパネルで読んで、面白いと思ったところ。

 そして、しばらく南北朝~隋・唐時代の石仏が並ぶ。ほとんどが大阪市立美術館の館蔵品(山口コレクション)。何度か見ているはずだが、何度見てもよい。基本的に360度どの方向からでも見られるようになっており、やわらかな照明で、特に黄花石という赤みを帯びた石の色を引き立てている。微笑みを浮かべた仏像が多いなあ。

 ところどころに混じる木造仏、金銅仏は、他館や寺院からの出陳が多かった。両手を失ったトルソー状態の木造観音菩薩立像(堺市博物館)は世界的に現存唯一の隋代の木造仏。わずかに残る瓔珞や宝冠、衣のひだは控えめで繊細。長い髪を頭の後ろで左右に分けて垂らしているのがかわいい。大阪・観心寺の金銅菩薩半跏像(白鳳時代)は三等身くらいか。マンガのキャラクターみたいでかわいい。三重・見徳寺の木造薬師如来坐像は田舎育ちの青年のような素朴な表情。白鳳時代に遡る貴重な木造仏だそうだ。

 山口・神福寺の木造十一面観音立像はなんと唐代の遺例。これは岩見博物館の『祈りの仏像』展はじめ、何度か見ている。大阪・長圓寺の極度に顔が横に広い木造十一面観音菩薩立像(平安時代)は、すぐに思い出せなかったが、三井記念美術館の『仏像の姿(かたち)』展で見ていた。異様な造形なのにバランスがとれていて美しい。

 さて中国では南宋時代前後に禅宗各派が成立し、韋駄天や伽藍神など新たな尊像が安置されるようになった。京都・泉涌寺は南宋時代の仏像、経典そして儀礼を伝えている。ということで、木造観音菩薩坐像(楊貴妃観音)!うれしい!! 私は10年以上前にもらった楊貴妃観音のお守りを今も手帳に入れて持ち歩いている(楊貴妃観音で良縁成就はないだろう、と思いつつ)。同じく泉涌寺の木造韋駄天立像と木造月蓋長者立像もよい。面長で薄口の顔、吊り上がった目、いかにも宋人の顔という感じがする。神奈川・清雲寺の木造観音菩薩坐像もいらしていた。右膝を立て、左足は踏み下げ、ややこわもてのポーズ。しかし、両手の長い指が貴族的で美しい。仁和寺の木造観音菩薩坐像も南宋時代の作で、白衣観音像を思わせる、静かな表情。

 会場では、確かこのあたりまでが展示室1(大階段の右側)で、最後に階段を横切った反対側に展示室2が設けてある。展示室2の入口に王者然としてあたりを睥睨しているのが、京都・萬福寺の木造韋駄天立像(清時代)。よくぞこの韋駄天像を!しかもこんなセンターポジションに!!と嬉しかった。「京劇俳優が見得を切るようなポーズ」とはよく言ったもの。しかし天衣のたなびきかたまで、カッコよく見せることに細心の注意が払われていて、特殊効果つき武侠ドラマの主人公みたいである。

 もうひとつ、企画者の目配りに微笑んでしまったのは、若狭歴史博物館の木造迦楼羅立像(烏将軍)(元~明時代)。小浜市の浜辺に漂着したもの。初めて見たのは、若狭歴史民俗資料館時代の『地域の秘仏』展だったが、その後、特に分かったことはないのかなあ。不思議な縁で日本の博物館の所蔵になった仏像なので、大事にされてほしい。

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絶望とユーモアの中国SF/三体(劉慈欣)

2019-10-28 01:53:22 | 読んだもの(書籍)

〇劉慈欣;大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳『三体』 早川書房 2019.7

 話題の長編SF小説『三体』を読んだ。中国のSF作家・劉慈欣(1963-)が2006年に発表し、2008年に出版した作品である。2014年に英語に翻訳され、英語圏でも多くの読者を獲得している。今年7月、ついに日本語訳が出版され、3か月後に私が購入した版には「11万部突破!」のオビが付いていた。まだまだ部数は伸びるだろう。私のように、ふだんSFを全く読まない読者をも夢中にさせてしまう面白さがある。

 SFが歴史を扱う類型には、歴史と全く無関係なファンタジー、架空世界の中に現実の歴史を反映した作品、現実の歴史にがっしり接続した作品があり得ると思う。本作は最後の類型にあたる。しかも中国の近現代史で最も悲惨で、最も分かりにくく、最も恥ずべき事件「文化大革命」が本作のストーリーの重要な鍵になっている。

 1967年、理論物理学者で大学教授の葉哲泰は、紅衛兵たちのつるしあげによって命を落とす。その娘で本作の重要な主人公となる葉文潔は、天体物理学を学ぶ大学院生だったが、文化大革命の混乱を逃れ、内モンゴルの大興安嶺山脈にある紅岸基地に辿りつく。そこは山頂に建つ巨大なパラボラアンテナ(電波望遠鏡)を擁し、地球外文明にメッセージを送信して、地球外知的生命体と交信することを目指す秘密プロジェクトが営まれていた。

 以下【ネタバレ】に入る。あるとき文潔は、送信メッセージの出力を極度に増幅する方法を思いつき、これを実行する。しかし、その直後には何も起こらなかった。彼女がそれを忘れかけた4年後、地球外の「平和主義者」を名乗る者からの返信を受け取る。そこには「応答するな!」という警告が繰り返されていた。もしこのメッセージに応答すれば、我々はただちに送信源の位置を特定し、あなたがたの惑星を侵略するだろう、というのだ。しかし文潔は「来て!」と返信する。私たちの文明は、もう自分で自分の問題を解決できない。だから、あなたたちに介入してもらう必要がある。この、地球の破滅を決定づける絶望的な言葉が、文化大革命の受難者から発せられるところに、冷酷なリアリティがあると思う。

 物語は、文化大革命以後の文潔の体験と、それから40数年後の現在(2010年前後)の物語が並行して進みながら、少しずつ謎解きがされていく。「現在」に生きるナノテク素材の研究者・汪淼は、世界的な科学者が次々に自殺している事実に直面し、その謎を解き明かすべく、人気のオンラインVRゲーム「三体」に挑む。それは、葉文潔のメッセージを受信した、アルファ・ケンタウリにある別の知的生命体の世界そのものだった。その惑星は3つの太陽を持ち、予測不能な昼と夜(恒紀と乱紀)を繰り返す苛酷な世界だった。永遠の春のような地球文明の存在を知った三体人たちは、地球移住を計画する。

 しかし懸念が1つあった。地球文明の技術的発展は早く、加速化している。三体文明の艦隊が地球に到着するのは約450万時間後(約500年後?)。そのとき地球文明は三体文明をはるかに凌駕しているかもしれない。そうさせないためには、地球文明の科学的発展を抑える必要がある。そこで、三体人は、地球文明において、大衆が科学に恐怖と嫌悪を感じたり、非科学的な思想や方法論が科学的思考を圧倒するよう、さまざまな工作を仕掛ける。なお、「科学全般の発展は基礎科学の進歩によってもたらされる」ので、基礎科学の進歩を妨げることが最重要と論じられている。この皮肉…。近年の我が国の基礎科学軽視は、三体人の陰謀なのではないかと思えてくる。

 各国の科学者、軍事関係者たちは、ようやく地球に向けられた三体文明の欲望に気づく。しかし彼我の科学技術力の差は圧倒的だった。「おまえたちは虫けらだ」という三体人からのメッセージに心折れる科学者たち。しかし、粗野な警察官の史強は、人類がいまだイナゴに勝てない事実に目を向けさせる。気概を取り戻した汪淼の「やることがいっぱいある」というつぶやきで本作は幕を閉じる。

 実は、本作は「地球往事」三部作の第一部に過ぎないのだ。第二部以降が早く読みたい! 早く翻訳してほしい!! しかし、やっぱり質の高い日本語で読みたいので、そこは我慢しようと思う。第一部の日本語は、翻訳小説にありがちなぎこちなさが全くなくて大変満足した。私が学生時代に中国近代文学史を習ったときは、文化大革命の悲劇に由来する「傷痕文学」がまだ新しいトレンドだった。本作を「傷痕文学」と見る見方はあるのかな?と思って検索したら、訳者の大森望さんのインタビューが見つかった。

※Real Sound ブックス:大森望が語る、『三体』世界的ヒットの背景と中国(2019/09/29)

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南蛮屏風と初期洋風画が多数/交流の軌跡(中之島香雪美術館)

2019-10-25 23:04:03 | 行ったもの(美術館・見仏)

中之島香雪美術館 特別展『交流の軌跡-初期洋風画から輸出漆器まで』(2019年10月12日~12月8日)

 よく晴れた日曜日は大阪でスタート。本展は、香雪美術館が所蔵する『レパント戦闘図・世界地図屏風』(重要文化財)を軸に、西洋製銅版画に典拠を求められる初期洋風画から輸出漆器までを展示し、近世の海外文化交流の軌跡を美術の世界からたどる。私の大好物のテーマなので、とても楽しみにしていた。

 会場に入ると、いきなり先頭に『レパント戦闘図・世界地図屏風』! 見ものの1点が後のほうにあると、疲れたり時間がなくなったりするので、こういうストレートな姿勢は好ましいと思う。この屏風を初めて見たのは、2006年、歴博の『鉄炮伝来』展。2007年のサントリー美術館『BIOMBO』展でも見ており、三度目だと思う。たぶん香雪美術館ではもう少し展示されているのではないかと思うが、なかなか見に行く機会がなかった。交通の便のよい大阪・中之島で、こうして展示してくれるのは本当にありがたい。いやーしかし「戦闘」というには、きらびやかでのどかで不思議な絵だ。いちおう流血して倒れている兵士もいるのだが目立たない。馬に乗ったローマ兵は、かなり颯爽としているが、トルコ軍の乗りものになっている象が、風船みたいに丸々して可愛らしすぎる。よく見るとローマ兵は多くの松明を掲げているが、これも赤いチューリップみたい。

 この絵の部分々々は、もとになった銅版画が推定されている。ジウリオ・ロマーノ原画の1枚ものの銅版画『ザマの戦い』(1602年)には、ハンニバル軍の戦象が敵兵に襲いかかる様子が描かれており、象の装備や兵士の姿勢は似ているものの、この阿鼻叫喚の図が、あの福々しいゾウさんになるのかと思うと可笑しかった。ローマ皇帝と馬車の図は、かなり銅版画に迫っていると思う。

 『レパント戦闘図・世界地図屏風』の左隻は17世紀初頭の世界地図。かなり海岸線が正確になってきている感じがする。その一方、内陸の色分けは大胆で、アメリカの北部に横から見た山々が描かれていたり、海洋に金色の帯みたいなものが流れていたり、よく分からないのも面白い。

 さらに貼交形式で6×2=12人の王侯を描いた『泰西王侯図屏風』(長崎歴史文化館)の右隻、『洋人奏楽図屏風』(MOA美術館)の右隻、洋装の美女を単独で描く『洋風女性図』(堺市博物館、初見)など、興味深い、めったに見られない作品が続いた。

 江戸時代の日本人の心をとらえた銅板画家、ヨーハン・エリアス・リーディンガー(1698-1767)という名前は初めて知った。動物や狩猟をテーマとした銅版画集を多数出版しており、司馬江漢、小田野直武、亜欧堂田善らに模写されている。初期洋風画(油彩)の若杉五十八『西洋人物図』、荒木如元『鷹匠図』もリーディンガーに倣ったもの。

 司馬江漢、石川大浪については、初めて見る資料が多くて楽しかった。二人とも習作的なスケッチがとても魅力的。石川大波の『素描集』は、イタリア人画家の素描集に倣って、肖像画の描き方を練習したもの。ペン画かと思ったら、墨筆の模写というのが信じられない。江漢は『銃を持つ人物』とか『西洋職人図』の訥々とした雰囲気が、江漢らしくなくて逆によい。淡彩の『異国風景図』も魅力的。これら、全て「個人蔵」らしいのだが、誰かのコレクションなのだろうか。

 なお、ところどころに配された輸出漆器も美しかった。日本風の意匠を凝らした南蛮漆器だけでなく、海上に西洋風の帆船が並んだ「海戦図」を蒔絵で表した一群の作品があることを初めて知った。18世紀末に制作されているから意外と古い。日本の伝統蒔絵では使用しない金属粉を用いるなど、工夫が見られるそうだ。また、19世紀(江戸~明治)には、写真を螺鈿で再現した『長崎風物図螺鈿箱』がつくられている。ピンクや紫など、色が豊富で華やかな長崎螺鈿(長崎漆器)は知っていたが、こんな冒険的な作品があったとは初めて知った。最近見る、写真をそのままプリントしたクッキーや煎餅くらいの衝撃である。

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仏像好きを惹きつける/大津南部の仏像(大津歴博)他

2019-10-23 22:53:17 | 行ったもの(美術館・見仏)

大津市歴史博物館 第79回企画展『大津南部の仏像-旧栗太郡の神仏-』(2019年10月12日~11月24日)

 大津市南部、膳所・石山を含む旧志賀郡と、瀬田川の東側、草津市、栗東市、守山市の一部を含む旧栗太郡(くりたぐん)に残る仏像・仏画等、展示替えを含め約40件を紹介する。ずいぶん狭い地域限定なので、そんなに見るべき文化財があるのかと思ったら、見どころ十分だった。さすが近江である。

 同館の仏像展は、仏像好きのためにあると言って過言ではない。展示品には必ず写真を添えて、「頂上面」「条」など矢印付きで部分の名前を示すほか、「このしわの形が江戸時代初期に多い」「少し耳たぶが外に開くのは9~10世紀頃」など注目ポイントを教えてくれている。裏に回れない展示ケースの仏像には、必ず背面の写真を添えてあるのもよかった。そのおかげで、建部神社の袖で口元を隠した女神像(平安時代)の背面が大きく彫り込まれており、左右の腕(袖)の部分を連結した寄木造であることがよく分かった。

 瀬田・若松神社の獅子・狛犬(大津最古、11世紀)は、直立する丸太そのもののような重量感あり。これ、ぬいぐるみにしたら抱き心地がよさそうだなと不謹慎なことを考えていた。顔のいかつい四天王立像(大石中・若王寺)、小顔で表情のおだやかな四天王立像(田上・安楽寺)など、古い時代の天王像は懐かしくてよい。

 整った美しさで出色なのは、黒津・正法寺の帝釈天立像(平安時代)。調べたら、一時期は琵琶湖文化館が所蔵していたようで、私は『つながる美・引き継ぐ心-琵琶湖文化館の足跡と新たな美術館』という展覧会でも見ている。まだ落ち着き先が決まらないのが悲しいなあ。大津京町・九品寺の聖観音立像は参考出陳で、撮影可だった。これも美麗で驚いた。

■大津市歴史博物館 第80回企画展『大津絵-ヨーロッパの視点から-』(2019年10月12日~11月24日)

 この秋は企画展示室を2つに分け、同時に2つの展覧会が行われている。本展は、今年4月24日から6月15日まで、パリ日本文化会館において開催された、ヨーロッパ初となる大規模な大津絵展「OTSU-E:Peintures populaires du Japon」を一部再現したもの。パリ展そのまま(たぶん)のバナーやキャプションに日本語訳を付加して会場をつくっている。作品は、なぜか日本民藝館で見たことがあるものを多く見つけた。ギメ東洋美術館附属デヌリー美術館所蔵の鬼念仏立像コレクションは完全にいまのフィギュアで面白かった。

 このあと、三井寺の特別ご開帳に寄ろうと思っていたのだが、雨が強くなってきたのに音を上げ、京都駅に戻る。まだ1ヵ所くらい回れそうだったので、龍谷ミュージアムに向かう。

龍谷ミュージアム 秋季特別展『日本の素朴絵-ゆるい、かわいい、たのしい美術-』(2019年年9月21日11月17日)

 この夏、三井記念美術館で開催されていた展覧会の巡回展である。東京で2回か3回見ているのに「展示内容が少し違う」と聞いて、また来てしまった。京都会場のほうがファミリー向けの雰囲気で、展示ケースも整然と並んでいないし、床に投影するアニメーションや、ちょうちんのようなバナー、クイズなど、カジュアルな演出が楽しめた。東京展では、やや唐突に感じた円空仏や木喰仏、兵庫・満願寺の薬師如来坐像は、この空間にはぴたりと収まっていた。

 たぶん京都展だけの出陳と思われるのは埴輪の力士像。とにかく巨大でびっくりした。『仏鬼軍絵巻』(京都・十念寺)もなかった気がする。これは、むかし京博で見たことがあって懐かしかった。滋賀・宝蔵院の『地蔵十王六道絵巻』は、東京では2幅か3幅しか出ていなかったが、京都では6幅並んでいて圧倒された。実は21幅あるそうで、いつかまとめて見たい。キャラクター人気投票では、まさかの南天棒『雲水托鉢図』が圧倒的首位だった。

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佐竹本以外の見どころ/佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美(京都国立博物館)

2019-10-22 21:55:38 | 行ったもの(美術館・見仏)

京都国立博物館 特別展『流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美』(2019年10月12日~11月24日)

 別稿のとおり佐竹本三十六歌仙絵を堪能した後、あらためて3階の先頭から展示を見てゆく。第1室は古筆の名品。継色紙「いそのかみ」と升色紙「かみなゐの」(三井記念美術館)、寸松庵色紙「ちはやふる」が揃っていて、おお!と感心する。さらに高野切もあるし、大きな古筆帖が出ていると思ったら『藻塩草』だった! しかし誰の手跡であるとかの説明が全くついていなくて、わりと雑な扱いをされていて苦笑してしまった。西本願寺本三十六人家集は、継ぎの美しい「躬恒集」とキラ摺りの「興風集」。

 第2室は人麻呂影供につかわれた人麻呂像がずらり並んでいた。以前、出光美術館の人麻呂影供900年『歌仙と古筆』展でもずいぶん見たはずだが、意表を突かれたのは東博所蔵、伝・藤原信実筆の人麻呂像。紙と筆を持つ伝統的なポーズだが、妙にアクの強い顔立ち。一方、京博所蔵のだらんと脇息にもたれた人麻呂像は維摩居士の面影があるということで、同様のポーズの維摩居士を描いた南宋絵画が並んでいた。面白い。なお会期終盤に伝・兆殿司筆の風変わりな人麻呂像(冷泉家時雨亭文庫)が出るようだが、見られないなあ。残念。

 2階は並びの4室を使って佐竹本三十六歌仙絵を展示。1件ずつ床の間のような展示台をつくって、左右の情報を遮断した状態にしてあるのがとてもよい。ガラス面に大きな文字で和歌を添えたのも効果的。なお、階段の反対側の最初の1室は「絵巻切断」の経緯を解説する展示室になっていて、当時の収納箱(今は複製本を収める)や当時の籤棒(焼き鳥の串みたいに細い。小さく数字が記載されているらしいが見えず)、籤取りに使った竹筒(のち花入に仕立てた)などが展示されていた。

 東博・応挙館の襖絵が来ていて、え?何これ?と思ったら、絵巻分割の籤引きの場を飾っていたそうだ。2階ロビーには、競技かるたを題材にしたマンガ『ちはやふる』の複製原画も飾られているのでお見逃しなく。

 1階にも続くのかな?と下りていったら、彫刻室以外は全て和歌と歌仙絵の関連展示だった。「さまざまな歌仙絵」と題して、時代不同歌合絵(白描)とか同(著色)とか上畳本とか、初めて聞く釈教三十六歌仙絵とか、多様な歌仙絵を見ることができた。『治承三十六人歌合絵・藤原成範』は、歌合に歌人の肖像を添えた古例の転写本(鎌倉時代)とのことだが、鳥獣戯画みたいに軽妙な運筆が好き。五島美樹館の『歌仙絵・壬生忠峯』は初めて見るだろうか? 青い衣、白い袴、オレンジとターコイズブルーみたいな内衣が覗き、歌仙絵には珍しい濃厚な色彩。どういうセットなのかよく分からないそうだ。このセクションはとても興味深いのだが、展示替えが多くて、2回行っても全部網羅することは難しそうだ。ちょっと素朴絵の匂いがする『後鳥羽院本三十六歌仙絵・小大君、伊勢、中務』(三重・専修寺)見たいなあ。

 水無瀬神宮の『後鳥羽上皇像』が出ていたのは嬉しい驚き。『公家列影図』も嬉しかったが、説明がないので、平清盛くらいしか分からなかった。『西行物語絵巻』(徳川美術館、文化庁)や『紫式部日記絵巻断簡』(東博)もあり。図録を見ると、このあと『住吉物語絵巻』や『狭衣物語絵巻断簡』も出るらしい。すごい。「佐竹本三十六歌仙絵」以外の展示品で、もうひとつ別の特別展のボリュームがあると思う。

 最後は江戸の歌仙図貼り交ぜ屏風で、歌仙の衣装やポーズがかなり定式化しているのが分かる。そこを少し崩した鈴木其一の『三十六歌仙図屏風』は、色とりどりの衣で、和気藹々とくつろぐ歌仙たちが微笑ましかった。

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佐竹本覚え書き/佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美(京都国立博物館)

2019-10-21 23:19:52 | 行ったもの(美術館・見仏)

京都国立博物館 特別展『流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美』(2019年10月12日~11月24日)

 かつて2巻の絵巻物だった『佐竹本三十六歌仙絵』が大正8年(1919)に分割されてから100年を迎えることを機に、断簡37件(36歌仙+住吉明神)のうち31件が一堂に会する特別展。これは!どんなに混んでいても見なくては!と一人で盛り上がって、土曜の朝イチで駆け付けたのだが、入館待ちは50人程度で少なかった。展示は3階から始まるが、佐竹本は2階に集中している様子(3階から様子が見えた)。そこで急いで2階に下り、念願の佐竹本から見始めた。どんどん人が増えるかと思ったら、一向に増えないので拍子抜けしてしまった。結局、最後までゆっくり見ることができた。

 以下、通し番号)展示リスト番号 歌人(所蔵者)の記録で、ひとこと感想を付す。会場の並び順は展示リスト番号の順とは異なる。【期間外】は展示替えのため見られなかったもの。

01) 37 柿本人麻呂(出光美術館)【期間外】
02) 38 大伴家持…黄土色の直衣。大きく折り返した袖と袴には丸文。右手を冠のあたりに翳す。
03) 39 在原業平(湯木美術館)…やや面長、若々しくさわやかな美男。右手に扇を持つ。表具は中回しに鴛鴦と草花を織り出した錦を使っていて華やか。
04) 40 素性法師…子どものような丸顔、ちんまりしたお坊さん。
05) 41 藤原兼輔…黒の束帯姿で笏を持って端座。後ろに下襲の裾を引く。典型的な男性貴族像。
06) 42 藤原敦忠【期間外】
07) 43 源公忠(相国寺)…兼輔像とよく似た典型的な男性貴族像だが、顔立ちがかなり個性的。三角の顎鬚で面長が強調されている。
08) 44 源宗于…典型的な男性貴族像。劣化と褪色で顔立ちが分かりにくい。
09) 45 藤原敏行…若草色の直衣、丸文の指貫袴。袴の口から赤い内衣がこぼれている。身体は右向きだが顔は左を振り向いたところ。動きがあり、華やかでおしゃれ。男性歌人としては人麻呂と並ぶ最高値がついたのも納得。
10) 46 藤原興風(メナード美術館)…身体を小さく固くして背を向け、わずかに左横顔を見せている。
11) 47 坂上是則(文化庁)…灰色の直衣、緑色の袴。めずらしく立烏帽子。目の下にほんのり紅を引く。袴の口から素足を見せているのも例外的。表具は金箔の雲がなびき、鹿の遊ぶ松山(雪山?)を描いた大和絵(紙なのか?)を全面に用いている。最初の所有者、益田英作の仕立て。
12) 48 小大君(大和文華館)【期間外】
13) 49 大中臣能宣(サンリツ服部美術館)…萌黄色の上下。折り返した袖に丸文。もの思わし気にうつむく。
14) 50 平兼盛(MOA美術館)…黒の束帯。福々しい丸顔だが、左手の笏をあごに当ててもの憂げにうつむく。このひとの歌風とよく合っている。
15) 51 住吉大明神(東京国立博物館)…いつ見ても微笑ましい、不思議な絵。
16) 52 紀貫之(耕三寺博物館)…黒の束帯。細面、困ったような下がり眉。扇を散らした表具の裂が華やか。
17) 53 山辺赤人【期間外】
18) 54 僧正遍照(出光美術館)【期間外】
19) 55 紀友則(野村美術館)…黒の束帯。右手に笏、左後方を振り返った姿に動きがあり、若々しい。
20) 58 小野小町…今期唯一の女性歌人像。左に小さな頭部の後ろ姿。右に向かって長い髪と豊かな衣をなびかせる。使われている色は赤と白と緑と灰色、わずかな青? 衣のふくらみ、波打ち、折れ曲がる様子を繊細かつ大胆に表現。黒髪の流れ、広がる様子も美しい。
21) 59 藤原朝忠…興風とは逆向きの後ろ姿。石帯、下襲の裾が目立つ。
22) 60 藤原高光(逸翁美術館)…ぽってりした公家眉。めずらしく髭がない。若くして出家しているので、官人姿で描けばこうなるのだろう。唐草文の下襲の裾が華やか。
23) 61 壬生忠峯(東京国立美術館)…冠に(おいかけ)を付け、武官であることを表す。しかし表情はうつむき加減でもの憂げ。黒一色の束帯の袖にちらりと赤色が覗く。
24) 62 大中臣頼基(遠山記念館)【期間外】
25) 63 源重之…曖昧な模様入りの直衣、無地の袴、めずらしい立烏帽子。細い眉、跳ね上がった三角髭という個性的な風貌。
26) 64 源信明(泉屋博古館)…黒い束帯、丸顔。笏を膝に置き、うつむいて斜め前を凝視する。
27) 67 源順(サントリー美術館)【期間外】
28) 68 清原元輔(五島美術館)…黒い束帯。うつむきつつ、やや上目遣い。
29) 69 藤原元真(文化庁)…色数は少ないが状態良好で鮮明。黒い束帯。温和な表情。
30) 70 藤原仲文(北村美術館)…黒い束帯。右の立膝をつき、手を添えて、立ち上がろうとするかに見える。
31) 72 壬生忠視…黒い束帯、冠に

 はじめは歌仙絵に集中し、次に表具や和歌を味わいながらもう一周した。百人一首に取られたものなど、現代人になじみの深い代表作もあれば、あれ?この人この歌なの?と意外に思う場合もあった。

 なお、今回出陳されなかったのは、躬恒、猿丸大夫、斎宮女御、藤原清正、伊勢、中務の6件。女性歌人の3件が出ていないのがちょっと寂しい。ちなみに斎宮女御は、2014年の根津美術館『名画を切り、名器を継ぐ』などで何度か見ている。中務はサンリツ服部美術館所蔵で、なぜ出さなかったのだろう?と思ったら、11月から特別展で展示予定(初公開?)らしい。うわー諏訪まで見に行くか。

 伊勢は個人蔵だが見た記憶がない。しかし、見たいと願っていたら、いつかその機会が来るかもしれないので、忘れないでおこう。佐竹本以外の展示品については別稿に続く。

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京都駅で栗ほうじ茶パフェ

2019-10-20 20:41:31 | 食べたもの(銘菓・名産)

土日で関西に出かけて、この時期どうしても見たかった展覧会巡りをしてきた。もともと三連休に予定していたのに台風で取りやめた旅行の、いわば「振り替え」である。

先週末だと大津祭りと大徳寺曝涼があったのだが、それがなくなった分、2日間に短縮しても、ゆっくりした旅行になった。記事はこれから。

ちょっと贅沢して、京都駅八条口の鶴屋吉信「IRODORI」カフェで栗ほうじ茶パフェ。季節限定なのかな? アイスクリームは少量で、たっぷりした栗のペースト、生クリーム、ババロアが上品な甘さ。美味~。

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歴史を語り始めた街/特集・台北 ディープ散歩(雑誌・東京人)

2019-10-17 23:44:56 | 読んだもの(書籍)

〇『東京人』2019年11月号「特集・台湾 ディープ散歩」 都市出版 2019.11

 先日、ジュンク堂某店の公式ツイッターが「女子旅ばかり意識して、つまらない台北特集ばかりだったが」という前置きで本誌を紹介したため、「女子旅を揶揄するのはどうか」「女性蔑視な雰囲気」などの非難を浴び、ツイートの削除謝罪に至った、その発端の1冊である。私自身はそのツイートを見て、おお!これは買い!と素直にガッツポーズをした。いわゆる「女子旅」的な、きれいな風景、かわいい雑貨、おいしいスイーツを紹介する台北ガイド本は枚挙に暇がないけれど、「Y字路、日式建築、暗渠、路上観察」等を堂々前面に押し出した(キーワードを表紙に並べた)ガイド本は稀少である。これに反応したジュンク堂某店さんの気持ちはよく分かるので、同情申し上げる。

 ようやく本誌を手に入れて一読した。初めて知ったことが多数あり、面白いので、蛍光ペンでマークをつけながら読んだ。まず、来栖ひかり氏おすすめの「Y字路」のひとつはMRT古亭駅の近く。古亭という地名は、一説に「孤壇」に由来するという。清朝の頃、台湾各地で地方政府によって行き倒れや無縁仏を祀る祭壇がつくられた。古亭駅の近くの路地には、資産家の家に仕えていて非業の死を遂げた侍女を祀る「古亭地府陰公廟」という廟が今も残っているという。ああーこんな民俗資料が街角に残っているんだ。行ってみたい。

 大稲埕(迪化街)は何度も行っている大好きな街。本誌に取り上げられている建築は全部見ているはずだが、次回は渡邉義孝氏の「日式建築めぐり」地図を携えていきたい。片倉佳史氏が紹介する中山北路は、高級ショッピングエリアのイメージしかなかったが、旧「勅使街道」と聞くと興味が湧く。高級ホテルの圓山飯店も台湾神社の跡地だと思うと一度は泊まってみたい。

 台湾のライター水瓶子(すいへいし)さんによる記事は、台北の歴史を知るのにとても有意義だった。台北で最初に発展したのは龍山寺周辺の艋舺萬華)地区(ここも私の好きな街)で、福建省泉州出身者が多かった。ところが、泉州出身者どうしの抗争が起こり、敗れた人々は大稲埕へ移住して商店を構えた。1860年に淡水港が開港すると、これが大稲埕の繁栄のきっかけとなる。1884年に清朝が台北城を築くにあたり、再び抗争が起こらぬよう、艋舺と大稲埕の間に城壁を築いた。なるほど~。しかし城壁は、日本統治時代の1900年半ばには取り壊され、地下水道や台北監獄、台北北警察署の壁などに転用されたそうだ。

 かつての台湾では、もっぱら中国大陸の地理や歴史が教えられていて、台湾の歴史を学ぶ機会がなかったが、戒厳令が解除され、民進党が政権を取ってから、まち歩きやまちづくりへ人々の関心が向くようになった。別の記事によれば、日本発祥(?)の「路上観察学会」が台北にもあり、年に一度の「観察会」を実施しているという。台北住民による街歩きガイドツアー(まいまい京都みたいな)が人気という耳寄り情報も得た。いいなー故宮博物院と夜市だけでない台北が楽しめそう。

 書籍の分野でも過去の時代を語ることが近年の流行りで、「新富市場の小売店とそれを営む人たち」や「台北屈指の本屋街としてにぎわった重慶南路の盛衰の物語」が出版されていることを、木下諄一氏が紹介している。最近、読みたいと思う中国語本の情報に多数接するのだが、日本語に翻訳される期待がほとんど持てないのが悲しい。

 作家・張維中さんと写真家・川島小鳥さんのインタビューは、台湾にとっての1990年代の意味を考えさせられる。「これから新しい時代がはじまる」という希望の時代で「経済的にも文化的にも一番よかった」と70年代生まれの張さんが振り返る。まだ若いのに、そんなことを言ってしまうのか。でも今の台湾も(日本人から見て)いいと思うけどなあ。

 最後に触れておきたい「直看板」。壁に直接、塗料で描かれた看板のことで、なぜか私も好きなのだ。沖縄でも見た記憶があり、南方地域に多い気がしている。しかし台北の直看板が「街角から消えゆく」状況なのは残念だ。

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多様な支持者の実態/ルポ トランプ王国2(金成隆一)

2019-10-15 21:33:58 | 読んだもの(書籍)

〇金成隆一『ルポ トランプ王国2:ラストベルト再訪』(岩波新書) 岩波書店 2019.9

 2016年のアメリカ大統領選を取材した『トランプ王国』の続編。トランプの大統領就任からほぼ2年が経過した、2017~19年のアメリカを取材する。前作で訪れた中西部の「ラストベルト(さびついた工業地帯)」に加え、深南部(ディープサウス)の「バイブルベルト(熱心なキリスト教徒が多い)」、民主党と共和党が票を奪い合う「郊外(レビットタウン)」などの取材から、重層的で多様なアメリカの姿が見えてくる。

 ラストベストのトランプ支持者たちは、相変わらず意気軒昂である。「雇用が全て戻ってくる」というトランプの言葉は実現していない。逆にオハイオ州ではゼネラル・モーターズの工場生産停止が決まり、トランプに投票したことを後悔する労働者も出現している。しかし大多数の支持者は、そもそもトランプの大言壮語に対して醒めていて「公約の1割でもやれば十分」と考えている。その前提には「政治家がやると言ってやらないことに慣れている」という長い失望の体験があるのだ。これはトランプの支持率が下がらない理由として重要だと思う。

 著者は、2018年の中間選挙においてトランプ支持に陰りが出るのであれば、共和党の強い「地方」と民主党の強い「都市」の中間にある「郊外」に現れると考え、ペンシルベニア州(ラストベルトの一部)のレビットタウンを取材対象に選んだ。「レビットタウン(Levittown)」という言葉を私は初めて知ったが、不動産開発者ウィリアム・レビット(1907-1994)が手がけた郊外住宅地のことで、ニューヨーク、ペンシルベニア、ニュージャージーなどに建てられた14万戸の住宅は、戦後アメリカのミドルクラスを大いに惹き付けた。著者が訪ねた郷土史家の自宅には、当時の雑誌や新聞広告、住民名簿、分譲展示会のカラー映像など、貴重な資料があふれていたという。本筋からは離れるが、私は住宅政策の文化史・社会史に非常に興味があるので、この章は拾い物だった。レビットタウンについて、ぜひもう少し詳しいことが知りたい。

 そして「郊外」では、確かに支持者のトランプ離れが観測された。60代女性の共和党員へのインタビューは興味深く、トランプ政権は「私たちの価値観を体現していない」と彼女は言う。アメリカは世界の恵まれない人々を支援することで国際社会から尊敬されなければならない。それなのにトランプが、独裁者に擦り寄り、礼節を忘れて他人を中傷し、不法移民の親子を引き離したことは受け入れがたいという。人道的で教養を感じさせる発言だ。しかし一方で、彼女は移民が英語を学ばず、アメリカ社会に同化しようとしないことには批判的だ。なるほど、アメリカの保守主義とはこういうものか、と少し理解した。

 南部のバイブルベルトでは、また別の人々に出会う。彼らは「自分たちが慣れ親しんだ、キリスト教の価値観が土台になったアメリカ社会」がリベラル派によって蹂躙されていることに、強い「文化的な不満」を抱いている。彼らは貧しい人々への支援を完全否定するわけではない。弱者を助けることは政府の仕事ではなく、教会を中心としたコミュニティの仕事だと思っている。

 ラストベルトの青年のひとりは、経済政策では「小さな政府」を志向し、厳しい国教管理を支持する点では共和党寄りだが、社会政策では性的少数者の権利を擁護する民主党に近い考え方も持っていた。このようにトランプ支持/不支持と言っても、当然だが、その実態は多様なのだ。

 日本の「リベラル」関係者にぜひ一読してもらいたいと思ったのは、2つのロングインタビュー(トマス・フランクとアーリー・ホックシールド)、特に『Listen, Liberal』(未邦訳)の著者トマス・フランクの分析である。民主党は、ベトナム戦争以降、長い自己変革を経て「労働者の党」であることを止め、裕福な専門職階級に支持される党になった。一方で白人の労働者階級は民主党を離れ、共和党支持になった。「共和党がポピュリストのスタイルで、労働者階級に歩み寄り、取り込もうとしているときに、民主党はそういう(不満に訴える)話し方をやめた」。これに尽きる。日本の政治状況にも通じる部分のある分析だと思う。

 また、帰還兵(70歳前後のベトナム戦争世代)のインタビューも興味深かった。これも本筋から外れるが、50年経ってもPTSDに悩まされる彼らの姿から、戦争の非人間性をあらためて感じた。そして、たとえ人気取りでも、シリアからの米軍撤退というトランプの決断を彼らが支持する気持ちは分かった。

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