見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

女のネットワーク/義経の登場

2005-01-20 22:50:47 | 読んだもの(書籍)
○保立道久『義経の登場:王権論の視座から』(NHKブックス)日本放送出版協会 2004.12

 カバー裏の要約にいわく。母常盤(ときわ)、父義朝(よしとも)、義父一条長成(いちじょう ながなり)の生きた貴族社会の血縁・姻族関係を掘り起こし、兄頼朝(よりとも)と再会する以前の義経の人生環境を解き明かすことを目指す。九条院呈子(しめこ)、平泉姫宮(ひらいずみ ひめみや)、資隆(すけたか)入道の母をはじめとする武家貴族の世界における「女のネットワーク」を解きほぐし、内乱以前の平泉権力の動向と重ね合わせながら、青年貴族義経の政治的立場を問う。「頼朝中心史観」「鎌倉幕府中心史観」「武士発達中心史観」を打破する、まったく新しい義経論!

 まあ、最後の一文はちょっと筆が走り過ぎだが、かなり、本書の内容を言い得ていると思ったので、全文を引いてみた。

 やはり、いちばんインパクトがあると思われるのは、「女のネットワーク」の再評価である。平安王朝=女の時代から、源平の争乱=武士の時代=男の時代の始まりという図式が、なんとなく我々の頭には出来上がっていると思うのだが、当時の男たちが、厚い「女のネットワーク」に囲繞されており、それを利用して情報を得たり、栄達を図ったりしていたことが語られている。

 特に、些細に見えて重要なのは、義経の母・常盤(ときわ)の実体解明である。源氏の御大将に愛された「卑しい身分の雑仕女」であり、夫の敵・清盛の妾となって子供の命を救った「偉大な母」という類の、ステレオタイプな理解を退けるとともに、常盤の再婚相手・一条長成が、義経の青年期に与えた影響を重視するところがおもしろいと思った。

 そのほかにも、貴族化した平家の戦闘能力が源氏に比して著しく劣っていたとか、以仁王の反乱は突発的で拙いものだったとか、いくつかの通説的理解が覆されていて興味深い。ただし、複雑な系図をたどる、著者の周到な考察を追うには、かなり忍耐が必要であることを注記しておく。それから、著者は歴史家としては例外的なくらい、文学資料(特に和歌)をよく読み込んでいて嬉しい。あと、こう言ってはなんだが、保立先生って、フェミニストではないかもしれないけど、かなり「マッチョ嫌い」だと思うなー。

 それから、「平泉姫宮」「伯耆王子」というのは、当時の史料に見られる後白河法皇の落胤伝説である。初めて聞く話だった。こんな地方にまでご落胤伝説が生まれていたというのは、当時の地方社会における京文化の浸透が感じられて興味深い。

 でも、なんと言っても後白河の個性って強烈だよなあ。本書を読むと、貞女・常盤とか、純粋無垢な青年武将・義経のイメージは微妙に修正されるのだが、政治と性愛を(しかも対象は女も男もありだし)一緒くたにした、たぶん最後の”古代的帝王”後白河のイメージはあまり変わらない。私は、歴代天皇の中で、いちばん好きなのがこのひとなんだけどね。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする