見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

風刺とファンタジー/折りたたみ北京(ケン・リュウ)

2019-09-11 22:50:16 | 読んだもの(書籍)

〇ケン・リュウ編;中原尚哉他訳『折りたたみ北京:現代中国SFアンソロジー』(新ハヤカワSFシリーズ) 早川書房 2018.2

 ほとんど小説を読まない私だが、「現代中国SF」というジャンルが話題らしいと聞いて、おそるおそる本書を買ってみた。アンソロジーなので、面白い作品が1つでもあれば御の字と思いつつ読み始めたら、あっという間に全部読んでしまった。

 本書は、現代中国を代表する7名の作家の13編の作品を、中国系アメリカ人作家ケン・リュウが英語に翻訳したアンソロジー「Invisible Planets」をさらに日本語に翻訳したもの。第50回星雲賞の海外短編部門(日本SF大会参加登録者の投票で選ばれる)を受賞したことで話題になっている。7人の作家とは、陳楸帆(チェン・チウファン)、夏笳(シア・ジア)、馬伯庸(マー・ボーヨン)、郝景芳(ハオ・ジンファン)、糖匪(タン・フェイ)、程婧波(チョン・ジンポー)、劉慈欣(リウ・ツーシン)。知っていたのは、ドラマ『三国機密』『長安十二時辰』の原作者・馬伯庸だけだった。

 馬伯庸の『沈黙都市』は、極度の検閲が敷かれた近未来の物語。全ての市民は、身分証明書カード番号=ウェブアクセス場号で管理されている。BBSフォーラムでも日常生活でも、市民の使える言葉は「健全語」に限られていて、健全語リストは少しずつ減っていく。あるとき主人公は、非合法の「会話クラブ」に誘われ、率直な交流の楽しみを覚えるが、突如、クラブは関係当局に潰されてしまう。愛と自由を失った主人公の胸の奥には、反政府の過激派に身を投ずる決意が芽生える。訳者は解説で、この物語を中国政府へのあからさまな風刺として読まずにいられないかもしれないが「その誘惑には耐えることをおすすめする」と書いている。理解が皮相になるからかしら。でも、政治風刺として読んでも、もっと哲学的に読んでも、どちらも面白いと思う。行動する主人公であるのが馬伯庸らしいと思った。巻末の解説で、作家・立原透耶氏が「日本でもかなり人気の出そうな作家」と評していたのも嬉しい。もっと作品が読みたい。

 陳楸帆の『鼠年』も現代中国への風刺として読みたくなる作品。就職難に悩むモラトリアム大学生の主人公は鼠駆除隊に志願する。鼠、いや遺伝子改造されたネオラットは、富裕層のペットとして工場で生産されていたが、逃げ出して大量繁殖してしまったのだ。「民を守り、鼠を殺そう」のスローガンの下、厳しい教官に統率されて、鼠との戦いに臨む学生たち。悪夢のようにシニカルで好きだ。

 夏笳の『百鬼夜行街』『童童の夏』『龍馬夜行』は、優しさと哀しさが沁みわたるファンタジー。かつて萩尾望都のマンガを読んだときの感じを思い出した。作者も女性である。『童童の夏』では、童童(トントン)のおじいちゃんは、自分の介護のために派遣されたロボット阿福(アーフー)の遠隔操作方法を覚えて、離れて暮らす老人友だちの介護や看病をすることになる。これ、実現したら嬉しいな!同じロボット活用でも、若者が高齢者を介護するためのロボットから発想を大転換するのだ。

 劉慈欣の『円』は話題の長編『三体』の一部を抜粋し改変したものだそうだ。舞台は古代中国で、秦の政王と蕭何が登場する。この発想はなかった!と思って大いに笑ったが、ネタバレはなしにしておく。

 全体として、こんなふうに多様で質の高いSF文学が次々に生まれているのは、やっぱり今の中国が豊かで力(勢い)があるからなんだろうなと思った。収録作家たちが、作家であると同時に、IT企業のプロダクトマーケティング部門のマネージャー(陳楸帆)とか、大学教員(夏笳)とか、シンクタンク(郝景芳)とか、華麗な別の職業を持っているのも今の中国っぽい。

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ソグド人とは何者か/シルクロードと唐帝国(森安孝夫)

2019-09-10 20:38:34 | 読んだもの(書籍)

〇森安孝夫『シルクロードと唐帝国』(興亡の世界史)(講談社学術文庫) 講談社 2016.3

 ドラマ『長安十二時辰』に触発された読書の2冊目。本書は2007年に「興亡の世界史」として刊行されたもの。10年後の文庫化にあたり、大幅な加筆修正は行っていない旨があとがきに記されているが、さらに3年経った今日でも、色褪せない魅力に満ちている。同じシリーズの『スキタイと匈奴 遊牧の文明』も面白かったが、本書も負けずに面白い。まあそれは、私が近年「中央ユーラシア」に熱い関心を向けているせいだろう。

 「中央ユーラシア」とは、大興安嶺の周辺以西の内外モンゴリアからカスピ海周辺までの内陸アジアに南ロシア(ウクライナ)から東ヨーロッパ中心部を加えた地域を言う。概して草原と砂漠の乾燥地域で、今から約3000年前、ここに遊牧騎馬民が誕生した(馬の原産種がいたから)。四大文明圏から発展する農耕民と、中央ユーラシアから発展する遊牧騎馬民の対立と協調が、アフロ=ユーラシアのダイナミックな歴史を生み出し、高度な文明を育んだというのが、著者の基本の歴史観で、ここから唐(漢民族)とシルクロードで興亡した遊牧騎馬民の歴史を追っていく。なお、著者はシルクロードを「面」で捉えており「(前近代)中央ユーラシア」と同義に用いている。

 シルクロード商業の主役といえば、まずソグド人。ソグディアナ(現ウズベキスタン)を故郷とし、中央ユーラシア全域にコロニーをつくり、商人、武人、外交使節、伝道者や通訳、芸能者としても活躍した。ソグド人コロニーは、草原の道・オアシスの道沿いだけでなく、北中国のほとんどの大都市にまで存在した。漢文資料には、商胡・賈胡・胡客などと記される。ああこの、漢人中心の中国史をくつがえす甘美なイメージ。ソグド人の姓、各地に残る足跡、従事した職業、社会構成(自由人と非自由人)、集落のリーダー「薩宝」など、たいへん詳しい。

 618年に建国された唐は多民族国家で、その中核的な担い手は北魏の武川鎮に由来する鮮卑系集団と匈奴の一部だった。唐の最大のライバルは中央ユーラシア東部を支配していた突厥第一帝国だったが、太宗・李世民は10年以上かけて東突厥の打倒に成功し、さらに西域経営に乗り出す。一方、突厥遺民は復興のための反乱を起こして突厥第二帝国(682-745?)を建てる。『長安十二時辰』の張小敬ら安西鉄軍第八団が戦ったのはこの突厥第二帝国と考えてよいのかな。

 しかし突厥第二帝国の最盛期は短く、8世紀後半からはウイグル帝国が隆盛となり、粛宗を助けて安史の乱の鎮圧にもめざましい働きを見せる。また、マニ教を通じてウイグル人と結びついたソグド人も、引き続きシルクロード貿易で活躍した。このあたりの、民族と宗教の関係には謎が多くて面白い。あと、唐代のウイグルと現代のウイグルは、言語も宗教も全く別物という説明も興味深かった。

 安史の乱によって、唐は帝国としての実質を失い、支配領土を極端に狭めるが、淮南・江南の農業経済の発展に支えられ、なお1世紀半近くの命脈を保つ。初唐・盛唐が武力帝国であったのに対し、中唐・晩唐はお金で平和を買う財政国家に変質してしまったため、安史の乱に「乱」というマイナス評価を与えるのが、中国史の視点である。これに対し、著者は安史の乱の背景に中央ユーラシア勢力の伸長(軍事力と経済力の蓄積)を見る。しかし、それだけでは遊牧民が農耕地帯を支配し続けることはできない。中央ユーラシア型「征服王朝」の出現には、文字文化と文書行政による、確固とした統治システムの構築が必要である。これを初めて成し遂げたのは10世紀の遼帝国だが、安史の乱(安史帝国)は「早すぎた征服王朝」と呼ぶべきものではないかという。

 終章では、8世紀末に起きたウイグルとチベットの北庭争奪戦、9世紀初めの唐・チベット(吐蕃)・ウイグルの三国会盟について語る。中央ユーラシアがほぼ三国鼎立状態になった興味深い地図を初めて見た。ラサに残るという「唐蕃会盟碑」を見てみたい。そして、8世紀以降、ソグディアナのイスラム化が進行するにつれて、ソグド人は宗教的・文化的独自性を失い、他の民族の中に融解していく。ソグド文字はほぼそのままウイグル文字となり、モンゴル文字→満州文字に変遷していくという結びに、そこはかとない郷愁と哀感を掻き立てられている。

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世界帝国の純愛カップル/楊貴妃(村山吉廣)

2019-08-27 23:16:47 | 読んだもの(書籍)

〇村山吉廣『楊貴妃:大唐帝国の栄華と滅亡』(講談社学術文庫) 講談社 2019.5

 ドラマ『長安十二時辰』の影響で、個人的に唐代ブームが来ている。むかしは私も人並みに、中国といえばシルクロード、シルクロードといえば唐代が興味の中心だった時期もあった。その後、漢、宋、明、清、さらには近現代まで、順不同でさまざまな時代に関心が広がると、唐代にはあまり魅力を見出せなくなっていた。

 それが、何十年ぶりかで唐代熱が高まり、1冊ならず関連書を買い求めてきた。1冊目は、比較的薄くて読みやすそうだった本書。今年5月の新刊だが、内容は1997年に中公新書に収められたもの。長らく絶版状態となり、古書店の棚でも見かけなくなっていたが、このたび学術文庫で新たに刊行されることになったという。そういえば、2018年公開の中国映画『空海 KU-KAI』にも楊貴妃は登場していた。「小さな楊貴妃ブーム」はつねに繰り返しあるのだろうな。

 本書は、玄宗の祖父である高宗の治世から始まり、則天武后による権力奪取、中宗の復位、后の専横など、玄宗登場に先立つ政治の混乱ぶりが簡単に紹介される。太平公主、安楽公主など、頭がよくて権力欲の強い女性がたくさんいて、はじめてこの時代の歴史を読んだときは、中国すげ~と口をあけて驚いたものだ。

 混乱のさなかに強い意志をもって即位したのが玄宗で、帝位についた手始めに叔母の太平公主一味を武力で制圧すると、有能な人材を重用し、山積していた政治課題に取り組み、制度改革によって社会を安定させ、国威を伸長させる。「開元の治」は単に空気の明るさをいうのでないことをあらためて認識する。勤勉で豪邁な天子であった玄宗だが、多能多芸で音律・暦象の学に通じていたというのが面白い。趣味に溺れる素地はあったのかもしれない。

 そして玄宗56歳のとき、22歳の楊貴妃に出会い、政務をなおざりにするようになる。しかし「愛欲に溺れて」というけれど、伝わっているのは、少年少女のような「ラブラブ」エピソードばかり。思わず著者が「勝手にしろ」と書いているのが可笑しかった。身分にも年齢にも不相応な「純愛」の悲劇が、大詩人・白楽天の心を動かし、今なお人々の関心と同情を誘うのだろう。あと、60歳近くなって、そろそろ役割に倦み疲れて、私生活に逃避したくなる気持ちは分かる。

 安禄山の素性(父はソグド人、母は突厥族の巫女なのか)、性格、乱の経緯も詳しく紹介されている。大乱勃発後、玄宗と別行動をとった粛宗が、現在の寧夏回族自治区霊武県を本拠とし、ウイグル族など西域諸民族の援兵を得て、長安・洛陽を回復したことは知らなかった。安史の乱を異民族の反乱みたいにいうことがあるが、そもそも唐王朝自体が多民族を基盤にしていることを見失ってはならない。

 李林甫、高力士、張九齢など、玄宗周辺の人々については、それぞれの人柄を彷彿とさせるエピソードが紹介されていた、特に高力士はむかしから好きだったので嬉しい。また本書は、盛唐時代の歴史・文化・社会を綿密に描こうとしたと著者がいうとおり、長安市街図、興慶宮の図(宋代の石刻図による)もあって、想像の助けになる。

 なお、巻末に楊貴妃に関する様々な情報がまとめてあって、その中に「日本渡来伝説」があるのには苦笑してしまった。日本海に面した山口県長門市には「楊貴妃の墓」があるそうだ。『曽我物語』には、玄宗の脅威から日本国を救うため、熱田明神は楊貴妃に、住吉明神は安禄山に、熊野権現は陽国忠に生まれ変わって唐土に渡ったという伝説もあるそうである。なぜ熱田?と思ったら、熱田大神は草薙神剣を神体とする天照大神を指すらしい。この伝説を知らないと、江戸の川柳「玄宗は尾張詞にたらされる」は分からないなあ。

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相克から協調と自律へ/アジア近現代史(岩崎育夫)

2019-08-22 21:29:15 | 読んだもの(書籍)

○岩崎育夫『アジア近現代史:「世界史の誕生」以降の800年』(中公新書) 中央公論新社 2019.4

 お盆の旅先で読む本が切れたので適当な書店に飛び込み、読みたい本が見つからない中で、やむをえず購入したもの。淡々とした文体が、最初はとっつきにくかったが、次第に引き込まれた。あまり類例のないユニークな本だと思う。

 本書は、アジアの特定地域や特定テーマについて書かれた研究書とは異なり、「アジアの歴史」を一体的に記述しようとする試みである。特に「内部勢力と外部勢力の相克と協同の観点」を重視する。アジアは、東アジア、東南アジア、南アジアという三つのサブ地域に区分される。各地域、またはその中の小地域(国家)や民族集団を内部勢力と呼び、ヨーロッパやアメリカを外部勢力と呼ぶ。なお、中央アジア勢力と中東勢力は、アジアの外部勢力と考える(ただし中国の北に住むモンゴル人は東アジアの一部として扱う)。

 本書の主たる関心はモンゴル帝国以降の時代であるが、はじめに「アジアの原型」として、三つのサブ地域の自然地理、主要民族、伝統的経済活動、宗教、言語、土着国家の誕生、統一国家(中国とインド)の登場などを概観し、モンゴル帝国(内部勢力)の形成と支配(13~14世紀)に進む。モンゴル帝国は、ユーラシア大陸を征服・支配し、世界的な貿易帝国を創り上げたが、その果実を得る前に崩壊してしまった。モンゴルは軍事帝国であっても文化帝国ではなかったので、征服地の人々に何の文化的・宗教的インパクトも残さなかったという指摘は興味深い。

 ヨーロッパ勢力(外部勢力)の関与は16世紀に始まり、18世紀後半の産業革命によって本格化する。それまで自律的な歴史を展開してきたアジア諸国・諸地域は、植民地化、政治・経済・社会の変容、貧困地域への転落という同じ道を歩むことになる(ただし日本のみ例外)。植民地化は単なる支配ではなく、土着国家の消滅、アジア人官僚の育成、植民都市の建設(特に沿岸部)、プランテーションにともなう資本主義の導入、モノカルチャー経済化、単一民族型社会から多民族型社会への転換など、アジア(特に南アジア、東南アジアの社会)に怒涛のような変化をもたらしたことが分かった。

 次に19世紀末に日本(内部勢力)の軍事進出があった。その目的は、モンゴル人やヨーロッパ勢力と同様、「日本を頂点にする経済圏の創出」にあったが、「モンゴル人が何の文化的痕跡も残さなかったように、文化的影響をほとんど残すことがなかった」という評価はとても腑に落ちた。日本がもたらした戦禍も功績も、世界史基準で見ればこんなものだろう。なお本書は、日本の支配がアジアに残した数少ない実績は、「結果的」にアジアの国々の独立意識を覚醒したことだとも述べている(日本がアジアを解放したという意味ではない)。

 第二次世界大戦後、多くの国が政治的自立を回復して現代国家の構図ができる。しかし、多民族型社会の国家統合と国民統合(民族紛争)や貧困からの脱却にどの国も苦しむ。民族紛争に関しては、インドとパキスタン、スリランカ、マレーシア、カンボジアなどの混乱を、概略ではあるが学ぶことができた。また、アメリカ(外部勢力)の関与によって三つの分断国家が誕生し(ベトナムは解消)、二つの大規模な戦争(朝鮮戦争、ベトナム戦争)も起きた。

 1960年代から70年代には、アジア特有の開発主義国家が登場し(ただし東アジアと東南アジアのみ)、一定の経済発展を遂げた。韓国、インドネシア、マレーシアの例が記述されている。1990年代には後発国も資本主義型開発に転換し、2000年代に中国とインドが飛躍的な発展を遂げる。このあたり、各国史としては多少の知識があったが、横並びの比較の視点を入れると格別に興味深い。

 経済発展により中間層が形成されたアジアでは、1980年代後半に民主化運動が起きた。台湾、ネパールのように、この時期に民主化を達成した国もあれば、中国のように失敗した国もある。また、民主体制に移行したものの、いまだ民主主義の定着が課題の国も少なくない。冷戦終結後はアジアの地域協調に向けた動きも活発化した。かつてはヨーロッパという外部勢力によって一つの「アジア号」たることを強いられたが、今日は自律的な「アジア共同体」を目指す動きがゆっくりとだが始まりつつある。

 難民やイスラーム過激派の動きなどの課題も指摘されているものの、全体として楽観的なムードで結ばれているのは、著者の専門地域の東南アジアでは、地域協調が比較的うまくいっているためではないかと思う。最近の東アジアを見ているともっと未来に悲観的になってしまう。近代日本はアジアの中でかなりユニークな存在だが、そのユニークさが地域協調の仇となっている感じがする。

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私たちの働き方/日本社会のしくみ(小熊英二)

2019-08-16 23:05:52 | 読んだもの(書籍)

○小熊英二『日本社会のしくみ:雇用・教育・福祉の歴史社会学』(講談社現代新書) 講談社 2019.7

 「日本社会のしくみ」の重要な構成要素として「学歴重視」と「勤続年数重視」がある。そもそもどんな経緯でこういうしくみが出来上がったのか。本書は、日本社会を規定している「しくみ」(=慣習の束)を歴史的に解き明かしていく。

 第1章は、日本社会での生き方に「大企業型」「地元型」「残余型」の3類型があることを確認する。日本型雇用のコア部分である「大企業型」(正社員として定年まで勤める)は有業者の3割弱で、この数字は昭和の時代からほとんど変わっていない。非正規雇用は増えているが正社員はさほど減少しておらず、非正規雇用の増加分は「地元型」に多い自営業の減少によるところが大きいという。

 第2章・第3章では、英米仏独など他国の働き方がどのような歴史的経緯で出来上がってきたかを概観する。欧米企業には、上級職員・下級職員・現場労働者の三層構造があり、企業横断的に採用や昇進が行われる。同じ職務なのに大きな賃金格差があれば労働者は他企業に移動してしまうから、あまり差はつけられない。だから職務による賃金差はあっても、企業規模による格差は意識されない。こうした慣行は中世の職種別組合に始まるという解釈もあるが、むしろ近代の労働運動、公民権運動、専門職団体の存在などの中で育ったという分析は新鮮だった。

 第4章以降は、いよいよ日本に焦点を絞る。明治期の官庁には「高等官」「判任官」「等外」の三層構造があり、高等教育を受けた者が任用される高等官(特に奏任官)の制度が日本型雇用の起源となった。当時の考え方として、官吏は国家に対して終生のコミットメントを誓うことで終身保障を約束されたこと、官吏の俸給は職務の対価ではなく身分給(威厳ある生活を保つためのもの)だったこと、「無定量勤務」が原則で勤務時間がなかったこと(勤務時間は極めて短かった)など非常に面白かった。

 明治期の日本では、欧米に比べて高等教育を受けた人材が不足していたことから、新卒一括採用、定期人事異動、年功昇進、「課」や「室」を単位とした大部屋主義など、日本独特の慣例が生まれた。一番面白かったのは、企業が大学に期待していたのが、一般的な知的能力や「人物」をスクリーニングする役割だったこと。確かに試験と面接だけで選抜するのはコストがかかるので、賢明な選択と言えなくもない。

 さて戦後である。戦争による一体感の高まりと戦後の生活苦による平準化から、戦後は「社員の平等」化が進み、年齢と家族数に応じた生活給のルールが確立された。戦後すぐの生活給は勤続年数とは連動していなかったが、さまざまな理由で、勤続年数(経験年数)を能力評価に含めた年功賃金ができあがっていく。経営側にとって長期雇用と年功賃金の広がりは重荷だったので、「同一労働同一賃金」の職務給が提唱されたこともあったという。しかし労働者はこれを支持しなかった。また経営者も、企業横断的な賃金基準ができることで、経営権が制約されることを嫌った。

 高度成長期に入ると、高等教育の大衆化が進み、大卒者が急増して、企業は上級職員・下級職員・現場労働者の三層構造を維持できなくなった。代わりに導入されたのが「職能資格制度」で、職務ではなく「どんな職務に配置されても適応できる潜在能力」によって社内の等級を与える制度だった。現場労働者までを含む、すべての従業員が一元的な資格等級で序列化される(ただし企業間の互換性はない)制度が完成したわけである。なるほどね。私の働き方を決めてきた制度は、こうしてできたものだったかと初めて納得した。しかし、この制度を裏で支えたのが、女性従業員の早期退職制だったということは忘れないでおきたい。わずか数十年前のことなのだ。

 その後も企業は「日本型雇用」の重荷に苦しみ、出向・非正規・女性など「社員の平等」の外部を作り出していく。外国人労働者もその延長上にあるのだろう。年功で右肩上がりに賃金が上がる者を正社員と呼ぶなら、竹中平蔵の「正社員をなくせば非正規社員の待遇は上がる」という発言には一面の理があるのかもしれないとも思った。正しい(あるいは、少なくともよりよい)社会のしくみはどうあるべきか。雇用問題を雇用だけで考えるのではなく、社会保障との政策パッケージで考えるべき、という著者の提言はひとつの方向性を示している。

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素朴絵 meets へそまがり/雑誌・芸術新潮「ゆるかわアート万博」

2019-08-07 22:01:26 | 読んだもの(書籍)

〇雑誌『芸術新潮』2019年8月号「特集・ゆるかわアート万博」 新潮社 2019.8

 「ゆるかわアート誌上万博」と称して、日本・東洋・西洋の3つのパビリオンにふさわしい作品をそれぞれの分野の識者が選ぶ企画。その前に、近年、出雲・日御崎神社の宮司家邸内社から発見された木造神像7体(出雲文化伝承館)の写真を添えた「世界ゆるかわアート宣言」7ヵ条。「われわれは具象表現である」「われわれは本物そっくりではない」「われわれは偉そうではない」「われわれはゴージャスでもない」「テクニックのうまいへたは問わない」「『ゆるかわ』を狙っている、いないも問わない」「なにより、見る者をほっこりさせるものである」は、いちいち頷かせるなと思った。

 日本パビリオンの選考委員は、『日本の素朴絵』展の矢島新さんと『へそまがり日本美術』展の金子信久さん。そうだよね!今、このお二人の対談が読めることに心から感謝したい。2つの展覧会に出品された作品の図版がたくさん掲載されている。『かるかや』に『つきしま』、日本民藝館の『十王図屏風』、徳川家光の『鳳凰図』(ピヨピヨ鳳凰)や遠藤曰人『杉苗や』(ツル3兄弟)、風外本高『涅槃図』などが大きな図版で嬉しい。矢島先生がゼミ生に、どれが一番面白かったかと聞くと、『杉苗や』が圧勝だったそうだ。風外本高『涅槃図』も人気だった由。分かるな~。

 おふたりの「ゆるかわ」好みには少し異なるところがあって、金子先生は芦雪の子犬を推すけど、矢島先生は応挙の子犬のほうが好きだという。この例に限らず、私は金子先生に共感することが多いように思う。日本美術史の中で「素朴/ゆるかわ」をどのように着地させるかについては、示唆的な発言がいろいろされている。矢島先生の、日本絵画の歴史はいかにリアリズムから離れるかにあり、そのベクトルが素朴に向かう場合もあれば、琳派みたいなデザイン性に向かうこともある、という発言。江戸時代に花開いた「ゆるかわ」の価値に気づかず、明治はファイン・アートに突っ走ってしまったが、またゆるんでくるのが大正時代、とか。金子先生の、江戸時代は仏教がいろいろな創作を生み出す一つの母体だった、という指摘も聞き逃せない。

 あと立体作品について、『日本の素朴絵』展に出ていた埴輪『猪を抱える漁師』が「古墳時代のビートたけし」だという指摘には笑ってしまった。気づかなかった自分が信じられない。

 東洋パビリオンは板倉聖哲先生が選考。『安晩帖』には異議なし。明・沈周の『写生冊』(故宮博物院)はよいなあ。丸まったネコがかわいい。ちゃんと「太上皇帝」(乾隆帝?)の朱印があるのが微笑ましい。日本民藝館所蔵の『瀟湘八景図』「洞庭明月」は以前から好きな作品なのだが、画面右端に足から上がすぐ首のような、ヘンな人物がいるのが全然気づいていなかった。今度、よく見てこよう。全体として中国・朝鮮の民画には、素朴な表現はあっても、「ゆるかわ」あらため、日本的な「ふにゃかわ」は少ない気がする。

 西洋パビリオンは加藤磨珠枝さんと沼田英子さんが選考。まあ古代の造型や中世写本の挿絵は置いておいて、近代以降はアンリ・ルソーやパウル・クレーやマティス。やっぱり西洋美術と「ふにゃかわ」は、あまり相性がよくないようだ。

 第二特集は「李公麟《五馬図巻》が日中の絵画史を書き換える」で、橋本麻里さんが板倉聖哲先生に聞く。ページをめくったら、私の大好きな『随身庭騎絵巻』(大倉集古館)の写真があって、《五馬図巻》のエッセンスを受け継ぐ作品が日本にもたらされていたのではないか、との指摘にちょっとわくわくした。そして、昨年の『顔真卿展』に展示された《五馬図巻》であるが、なんと東京国立博物館に寄贈されていたという消息を初めて知った。え!マジか! 宣統帝溥儀の教育係だった陳宝琛が持ち出し、日本に渡り、1928年の昭和天皇御大典祝賀記念の展覧会に展示され、その後、行方が分からなくなっていたという来歴も小説のようだ。図巻はこれから修復作業に入り、数年後にあらためて我々の前に姿を現すだろうという。その日を静かに待っていよう。

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鳥、魚、動物再襲来/動物のかたち(五島美術館)

2019-08-05 22:37:53 | 読んだもの(書籍)

五島美術館 『館蔵 夏の優品展-動物のかたち-』(2019年6月22日~8月4日)

 これも昨日、炎暑の中を最終日に駆け込みで見てきた展覧会。館蔵品の中から、愛らしい鳥たちや小動物、ほのぼのとした牛・馬、水辺の生き物など動物の姿を表した絵画や工芸、約50点を展示する。何か珍しい作品が見られるかな?と期待して行ったら、なんとなく見覚えのある作品が多かった。あとで調べるまで忘れていたが、同館は2016年にも『館蔵 夏の優品展-動物襲来-』という展覧会を開催している。

 以前の自分のブログを読むと、展示品の一部は異なるようだが、やっぱり気になる作品は同じだった。白隠慧鶴の『猿図』とか橋本雅邦の『秋山秋水図』とか小林古径の『柳桜』とか。橋本雅邦の『秋山秋水図』を見てサルを2匹しか見つけられなかったり、小茂田青樹の『緑雨』をしばらく眺めて2匹目のカエルを見つけたところまで同じ。何をやっているんだか。

 2016年に出ていた、伝・徽宗皇帝筆『鴨図』や伝・馬麟筆『梅花小禽図』は見られなかったが(馬麟は前期のみ)、そのかわり、近代日本の多様な画家たちの作品を見ることができた。今尾景年の『真鶴図』は、芦雪を思わせる人間くさい表情で好き。西山翠嶂(すいしょう)の『新竹』は竹の枝で元気よくさえずるスズメたち。初めて見た名前Ⅾあったので、ネットで調べたら、いい感じの作品がたくさん出てきて気に入ってしまった。跡見花蹊、渡辺省亭なども有り。斉白石の『蝦図』にもまた出会った。

 絵画以外では冒頭に『玻璃握豚』(前漢~後漢時代)(死者に握らせる白玉の豚)や『犠首形彫玉』(商時代)など、貴重な考古文物があって苦笑してしまった。確かに動物だけど…。文具の中に魚形をした朝鮮と日本の水滴があった。朝鮮の『白磁辰砂魚形水滴』は、タイヤキみたいに魚が腹を上に向けたかたち。日本の『灰釉魚形水滴』2件は、サカナがヒレで立っているように見えて、怖いが面白かった。

 赤本(草双紙)や画稿も有り。橋本雅邦の『花鳥画稿』は、さまざまな姿態のカモを描いた箇所が開いていた。もちろんプロらしく巧いのだが、隣りの『蟹譜七十五品図』が美しくもあり毒々しくもあり、圧倒される。誰が描いたのか分からないのだそうだ。

 展示室2は、春から行われているシリーズ展示「大東急記念文庫創立七十周年記念特別展示」。こういう展示のしかたもありかなあ、私は期間を区切って全館「文庫」特集にして欲しかったのだが。現在は第3部「書誌学展I:経籍訪古志の名品を中心に」が行われている。『経籍訪古志』は、江戸時代末期に狩谷棭斎、渋江抽斎、森立之らが日本にある漢籍の古写本・刊本について調査し記録したもの。『経籍訪古志』第三稿本のほか、関連する漢籍などが展示されている。『古文真宝』(確か)に渋江抽斎の蔵書印を見つけて、懐かしかった。また『清客筆話』は森枳園(立之)が楊守敬と筆談を交わしたときのノート。清朝の学者と明治の文人はこんなことができたのだなあ。

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政治家、官僚、日銀/平成金融史(西野智彦)

2019-07-30 23:56:16 | 読んだもの(書籍)

〇西野智彦『平成金融史:バブル崩壊からアベノミクスまで』(中公新書) 中央公論新社 2019.4

 先だって吉見俊哉先生の新刊『平成時代』の「経済」の章がとても興味深かったので、たまたま目についた本書にトライしてみた。著者は時事通信社の記者やニュース番組の放送プロデューサーをつとめた経歴の持ち主。そのせいか、人物中心のドキュメンタリーの形式で書かれていて、経済オンチの私にも読みやすかった。それから「記録的な冷夏」とか「ワールドカップ初出場を決めた翌日」などの挿入句に触れるたび、このとき自分は何をしていたか、遠い記憶を揺さぶられながら読んだ。

 本書は平成の30年を4つのフェーズで記述する。(1)1989-1995:バブル崩壊の衝撃と問題の先送り。(2)1996-1998:金融危機の襲来、大型破綻の連鎖。(3)1998-2005:デフレ発生、竹中プランの出動。(4)2006-2018:脱デフレの果てしなき道、である。

 平成元年(1989)はバブルが最高潮に達した年。1990年は株価の暴落で幕を開け、日銀は金融の引き締めを開始する。しかし1991年には未曽有の不祥事が続発、1992年に土地バブルも崩壊し、株価の下落が止まらなくなり、銀行や信用組合の経営危機が表面化する。日銀は金融システムを安定させるため、公的資金を投入しようとするが、銀行の自助努力を重視する大蔵省銀行局に阻まれる。

 1996年、橋本龍太郎内閣が発足。国会で住専処理問題で野党の猛攻撃を受ける。まあたぶん私も「安易に公的資金を投入するな」という立場だったろうけど、日本の金融システム全体のために、どちらが正しい判断だったかは分からない。橋本は「日本版ビッグバン」と呼ばれた金融制度大改革を指示。しかし株価は低迷した。1997年、三洋証券の倒産が引き金となり、拓銀が破綻、山一証券が廃業する。

 このあたりの記述を読みながら、金融システムというのは、お互い、必要に応じて資金を融通し合うことで成り立っているという基本的なことを学んだ。だから疑心暗鬼で市場が委縮すると、弱い金融機関は資金がショートしてしまうのである。金融危機が極限に達する中、政府は公的資金投入を決断する。

 1998年、長銀危機の処理をめぐって金融監督庁と大蔵省が対立したが、官房長官の野中広務が「破綻認定」を決断した。続いて日債銀も破綻。組織防衛に走る銀行の貸し渋りによってデフレ圧力が強まる。株価は急落。円高・ドル安も加速した。そして景気対策として、政府の強い要求により日銀が実施したのが「ゼロ金利」だった。

 2000年、日銀はゼロ金利政策を解除したが、米国のITバブル崩壊などの影響で株価が下落し、2001年には実質的にゼロ金利に回帰する。2002年、小泉首相は経済財政担当相の竹中平蔵に対策を指示、不良債権処理を加速するための「金融再生プログラム」が公表される。2003年、日銀総裁に就任した福井俊彦は、政府と協調して、為替介入と量的緩和(金融市場に大量に資金供給をおこなう)政策を実施し、外需主導・輸出依存型の景気回復を後押しした。私は竹中平蔵が嫌いなのだが、不良債権処理と景気回復に一定の貢献をしたことは認めなければならないと思った。しかし、よく読み直すと、竹中よりも福井総裁の貢献のほうが大きい気もする。

 2006年、日銀は量的緩和政策の解除のタイミングを見計らっていた。しかし政府の強い反対で頓挫。2008年、米国でリーマン危機が発生し、世界経済を直撃する。さらに大震災、欧州危機と逆風が続く中、白川日銀総裁は「非伝統的手段」の政策を積極果敢に繰り出すが、円高に歯止めがかからず、批判がくすぶり続ける。2012年、自民党総裁に返り咲いた安倍晋三は「無制限の金融緩和もよるデフレ脱却」を掲げ、政権に復帰。円安・ドル高が加速し、株価も急上昇を始める。

 白川の「抗議」と見られる辞職後、後任・黒田の「異次元緩和」は、当初、上々の成果を上げる。しかし、黒田バズーカの神通力は次第に弱まり、史上初の「マイナス金利」の評判は散々で、その副作用を懸念する声が強まっているという。

 全体を通して、バブル崩壊の巨大なツケに苦しみながら、日本の金融マンはかなり頑張ってきたと思う。特に「日限」という専門家集団には、はじめて親近感と信頼を感じた。しかし気になるのは「日本の失敗パターン」が顕著にあることだ。一度うまくいったことを止める・変えるタイミングを逃して、気が付いたときには手遅れというもので、現在の金融緩和政策もそうなっていないか、よくよく考えてみる必要があると思う。

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札幌のせんべいと焼き饅頭/まち文化百貨店(まち文化研究所)

2019-07-23 22:09:39 | 読んだもの(書籍)

〇塚田敏信、まち文化研究所編集『まち文化百貨店』 まち文化研究所 2019.6

 先週、小樽市の小樽文学館を訪ねたとき、カウンターで500円で販売していたB6判(たぶん)の100ページほどの冊子。表紙の焼き菓子の写真がおいしそうだったので買ってしまった。表紙以外は白黒印刷だが、写真も多く、イラストもあり、私家版にしては凝っている(写真は残念ながら見つからなかった)。発行者は、札幌で「まち文化」をテーマにした展示・講演・参加型イベントなどを実施している団体らしい。単発のブックレットなのか雑誌なのか、よく分からないが、特集は「やっぱり、おやつが好き」。

 最初の特集は「せんべい」で、東京育ちの私は、せんべい=米菓=醤油味しか考えられないのだが、そういえば北海道には、麦(大麦、小麦)からできるせんべいが多かったように思う。千秋庵の銘菓「山親爺」は甘いほうの代表。甘くないほうには、ひねりあげの「横綱」がある。横綱?と不審に思ったが、かりんとうの老舗・オタル製菓の「Yokozuna」の写真を見て、あったあった、と思い出した。ゴマ入り、カボチャの種入りなど、さまざまなかわらせんべいを揃えた我国煎餅店の商品も、たぶん職場のおやつなどで食べたなあ。

 第二特集は「冨士屋のとうまん」。札幌の丸井今井デパートで、自動焼き機を使って実演販売をしているもの。小麦粉・卵・砂糖などのカステラ種で白餡を包んだお饅頭で、表に「とうまん」の焼印が押されている。「とうまん」の由来は唐饅頭らしい。同類のお饅頭は全国にあって、私は京都・新京極の「ロンドン焼」を最初に知ったが、東京・東海地区では「都まんじゅう」を名乗るものが多いみたい。本誌によると、小樽・赤岩の「メタルアート」は、さまざまな焼印を制作しており、「とうまん」のほか、和菓子「とらや」の焼印、築地名物の卵焼き(どこだろう?)の焼印も制作しているそうだ。

 滝上町郷土館のルポも面白かった。筆者はこの郷土館で「ご家庭用煎餅の焼き型」を大量に見つけてびっくりする。しかし筆者が、自分の家にも、よく「今川焼」とか「おやき」などと呼ばれる菓子の型ならあった、と書いているのに私は驚いてしまった。しかし煎餅を家で焼くとは…と筆者は驚いているのだが、私にしたら、家庭で煎餅を焼くのも今川焼を焼くのも、同じくらい驚きである。この「何でも家庭でつくる」精神、北海道らしい。

 北海道神宮の献菓祭ルポも面白かった。札幌市内菓子販売店リストは労作。観光客の行く六花亭や石屋ばかりが菓子屋ではないのだな。

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革新者・曹操の魅力/三国志(渡邉義浩)

2019-07-17 23:18:02 | 読んだもの(書籍)

〇渡邊義浩『三国志:演義から正史、そして史実へ』(中公新書) 中央公論新社 2011.3

 著者の最新刊『漢帝国』(中公新書、2019)が面白かったので、旧著をさかのぼって読んでみることにした。はじめに日本と中国における「三国志」受容の違いが簡潔に示される。現代の日本人に最も大きな影響を与えた吉川英治の『三国志』は、湖南文山の『通俗三国志』(元禄年間)を下敷きにしており、その底本は明代の李卓吾本である。一方、中国では清代の毛宗崗本が決定版である。毛宗崗本の特徴は「義絶」関羽・「智絶」孔明・「奸絶」曹操を三大主役と捉える点にある。李卓吾本はまだそれほど関羽を熱く語らないし、曹操は毛宗崗本において虚構を交えて悪役ぶりを強調される。

 もともと陳寿の『三国志』は曹魏を正統としていたが、東晋の時代に(非漢民族に中原を追われるという国際関係を背景として)蜀漢正統論が芽生え、南宋の朱子によって完成される。清代の毛宗崗本は、官学であった朱子学が官学の影響を受け、蜀漢を正統とする歴史小説になったという。この千年を跨ぐ壮大な影響関係の見取り図に感服してしまった。

 本書は『演義』の虚構を出発点として、正史『三国志』と比較し、陳寿の『三国志』も所詮は曹魏の正史である(西晋の正統性を示すための)という限界を明らかにして、さらに史実に迫る。二袁(袁術・袁紹)、曹操、孫呉の人々(孫堅・孫策・孫権)、関羽、諸葛亮を中心に、その周辺の登場人物にも言及する。

 まず面白かったのは、有名な黄巾の乱の「蒼天已に死す、黄天当に立つべし」の解釈で、蒼天は儒教の天のことで、「儒教国家」後漢の終わりと、黄老思想に基づく新たな国家の建設の主張だという。曹操も同様に「儒教国家」に代わる新しい価値観を求めたので、儒教国家=漢の再建を求める荀彧とは対立せざるを得なかった。著者によれば、曹操が儒教の価値観を相対化するために選んだものは「文学」だった。この解釈はすごく面白い。「文学」が、国家の価値観の対立概念になり得るなんて、ちょっと考えられないけど、そこが曹操の天才なのだろう。

 諸葛亮について。劉備の遺言「君自ら取る可し」(我が子劉禅に才能がなければ、君が自ら君主の座を取れ)を陳寿の『三国志』は君臣の信頼関係の象徴として描くが、明の遺臣・王夫之はこれを「乱命」(出してはいけない命令)と評している。裏をかえせば、劉備は諸葛亮を全面的には信頼しておらず、諸葛亮の即位に「釘をさした」ものだという。意地の悪い読みだが、なるほどなあと思う。そして諸葛亮は、劉備の信頼を得られなかったことを当然知りつつ、一切の恨みを表に出さずに『出師表』を書いたのかと思うと、一層味わいが深まる。

 なお軍師としての諸葛亮の神格化は、元代の『三国志平話』で頂点を迎える。しかし、行き過ぎた神格化は空々しく、文学としての完成度は低い。これに対して『演義』毛宗崗本の諸葛亮は、志を捨てず、人智の限りを尽くして死後の準備をする。その人間らしさに読者は惹かれるのだ。神にならなくてよかったと思う。

 本書全体を通して、何度も確認されるのは、中国の「古典古代」の正統となる「漢」の規制力の強さである。同じ著者の『漢帝国』をすでに読んでいたこともあって、よく理解できた。そして、その強固な正統性を乗り越えた曹操の比類ない革新性も、あらためて認識できた。

 余談だが、私は、むかし吉川英治の『三国志』は読んだが、それほど熱心な「三国志」マニアではなかった。それが、近年中国で制作されたドラマ『軍師聯盟』や『三国機密』を見て、急に「三国志」に興味が高まりつつある。ドラマのおかげで、本書に出てくる人名の多くを、具体的にイメージすることができた。特に、司馬懿、司馬師、司馬昭の名前が出てくると嬉しかった。あと鄧艾、鍾会にも反応してしまった。冒頭に、日本人の「三国志」受容は李卓吾本、中国人は毛宗崗本、という紹介があったが、この違いは、現代の両国のドラマやマンガにも影響を及ぼしている気がする。

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