見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

大学は生き続ける/「文系学部廃止」の衝撃(吉見俊哉)

2016-02-29 23:55:16 | 読んだもの(書籍)
○吉見俊哉『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社新書) 集英社 2016.2

 タイトルだけ見ると、昨年夏の「文系学部廃止」通知騒ぎを論じたもののようだが、本書のパースペクティブはずっと広く深い。日本の大学が、この十数年、苦闘し続けている問題がみっちり詰まっている。大学のありかたに関心を持つ人は多くないのかもしれないが、ぜひ多くの人に心して読んでもらいたい。

 2015年6月8日に文科省が各国立大学法人学長に出した「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」という通知は、新聞報道を通じて広汎な社会的反応を引き起こした。6月後半には「文系学部廃止」という文脈の報道がエスカレートし、7月末から9月にかけて、文科省が批判の集中砲火を浴びる状況になった。

 「文系学部廃止」という不正確な報道が(批判を含めて)受け容れられた背景には、「理系=儲かる=役に立つ」「文系=儲からない=役に立たない」という共通理解が、国民一般に成立している状況がある。これこそ根本的な問題なのだと著者は指摘する。「文系は役に立たないが、価値がある」と反論する知識人もいたが、著者はこの立場を取らない。「文系」は「理系」のスパイスとして価値があるのではなく、全く別の次元で「役に立つ」ことを示す。概して理系は目的遂行型の知で短期的に答えを出すことができる。一方、文系は価値創造型の知で、長期的に変化する多元的な価値を捉え、新しい価値を生み出す可能性を持っている。

 ここで著者は、混同されることの多い「文系」「リベラルアーツ」「教養」等の用語を整理してくれている。これは分かりやすい! 中世の「リベラルアーツ」には文系も理系も含まれていたこと。神学は「有用の学」なのに、幾何や天文は「リベラルアーツ」だというのは面白い。「教養=文化」概念は、19世紀以降のドイツで国民国家の形成とともに生まれた。だから「グローバルな教養」というのは、そもそも矛盾を含んでいるというのも面白いなあ。そこで、グローバリゼーションの今日、「コンピテンス」のような概念が浮上している。これはスキル教育だから、教養よりも容易に国境を越えることができる。

 20世紀のアメリカでは、学部教育の指針として「一般教育(ゼネラル・エデュケーション)」という概念が生まれる。「教養」が過去の伝統との結びつきを重視したのに対し、「一般教育」は、人類の未来的な問題に立ち向かう能動的な知性を具えた市民の育成を目指した。これが日本の新制大学に入って「一般教養」科目になる。「教養」という名前を引きずっているけれど、中身はドイツ国民国家的「教養」ではないのだな。東大の南原繁総長が、旧制高校の教養主義の復活を退けて、この「一般教育」の導入に大きな役割を果たしたことは、初めて知った。けれども日本の大学に「一般教育(一般教養)」が定着することはなく、1991年「大学設置基準の大綱化」によって、教養教育は解体していく。「大綱化」というのは「大学のことは大学で決めてよい」という制度変更らしいが、この手の「規制緩和」「自由化」は、結局、最低レベルの保証を底抜けにするだけのことだ。近年は、コンピテンス(実践的な活用能力)を重視する「共通教育」にシフトしつつある。

 ここからは、文系・理系を問わず、日本の大学が直面している危機について考える。その要因は、マクロ的には人口減の中での大学数の継続的増加、世界規模での大学のカンブリア紀的大爆発。もうひとつは文科省に先導された大学政策の結果。中でも、大学院重点化政策が、その後の(とりわけトップクラスの)大学にもたらした帰結が、現場の目から簡潔にまとめられていて興味深い。

 では、誰が大学危機を打開できるのか。文科省の予算誘導型の大学政策には限界がある。産業界の人々は、企業と大学の違いを理解していない。と批判を重ねながら、著者は、大学改革のことは大学の自主性に任せればいい、という幻想もバッサリ斬って捨てている。欧米およびアジアの他の諸国と比べても、日本の大学の教授会の自治権の強さは特殊なのだそうだ。これでは「大学自治」ではなく「学部・研究科自治」で、官僚制的ですらなく、むしろ「封建的」(荘園がそれぞれ縄張りを持っている)だという比喩に笑ってしまった。

 そこで、一方では大学教授たちの学問的独立性と自由を認めながら、大学を柔軟で創造的な組織に変えていくための三つの方法として「ビジョンの共有」「インセンティブ」「アカデミック・アドミニストレーター(事務職)と教授陣の分業と均衡」を挙げる。詳細は本書に譲るが、特に最後の一項は耳が痛いなあ。教授陣が経営権を握り過ぎているから、事務職が「指示待ち」になり、その結果、教授陣の実務官僚化が進行する。ううむ。

 21世紀の大学は、あらゆる面でボーダーレス化、流動化が進む世界において、教育と研究の両面で高度な質を維持する「組織」をつくらなければならない。ここで著者の提案するビジョンは明確で、楽しくてわくわくする。大学は甲殻類から脊索動物、さらに脊椎動物へ進化しなければならない。異分野の専門知を複線的に組み合わせて学ぶ、宮本武蔵の二刀流の時代へ。人生で三回大学に入る時代へ。「アクティブ・ラーニング」という言葉が流通する以前、2000年前後から著者が始めたという授業改革「アタック・ミー」の実践。研究発表と討論を組み合わせた「ゼミナール」というメソッドの汎用性。「論文」の五つの基本要素。これは重要なので、ここにメモを取っておく。(1)問題意識ないしは研究目的の明確化 (2)研究対象の特定 (3)先行研究の批判的検討 (4)分析枠組み(仮説)の構築 (5)フィールドワーク、調査・実験、資料収集 (6)結論と評価。

 本書の前半では、日本の大学の疲弊を感じて暗い気持ちになるが、後半を読むと、現在の大学教育が、私の学生時代(30年前)とは比較にならないくらい、洗練され、高度化していることを感じる。これなら、もう一回入りなおして学び直すのも意味あることかもしれない。
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美しい国の美しいデザイン/ようこそ日本へ(国立近代美術館)

2016-02-26 23:38:14 | 行ったもの(美術館・見仏)
国立近代美術館 企画展『ようこそ日本へ:1920-30年代のツーリズムとデザイン』(2016年1月9日~2月28日)

 この展覧会が見たくて行ったのだが、ついでなので、もうひとつの企画展『恩地孝四郎展』(2016年1月13日~2月28日)も見た。版画の特集展で名前を見る人という程度の印象だったが、具象画から抽象画、商業デザインまで、また版画、油彩、水彩、写真など、幅広い活動をした作家であることがよく分かった。

 それから所蔵作品展(常設展)をざっと見た。気のせいか、社会性やメッセージ性の強い作品の比重が以前より増しているような気がした。私は嫌いじゃない。アーティスト集団「Chim↑Pom」(チンポム)の映像作品『REAL TIMES』は、カラスの剥製(?)を掲げてバイクに乗った女子が、カラスの鳴き声をスピーカーで流しながら、福島の被災地から、大坂の万博記念公園を経て、渋谷まで疾走する。スピーカーに引き付けられて、多くのカラスの群れが後を追いかけてくる。渋谷の風景の中に「東電」の文字が映る。彼らは、電力の道をたどってきたのだ。大阪が映るのは、1969年、国内初の軽水炉・敦賀1号炉が大阪万博に送電したことを踏まえている。それにしても太陽の塔の背中の黒い顔の、なんとも禍々しいこと。

 いろいろ物思いに沈みながら、最後に『ようこそ日本へ』の会場にたどりついた。鉄道や航路などの交通網の整備を背景に、第一次世界大戦後には世界的な海外旅行ブームの時代が到来する。日本政府は1930年に国際観光局を発足させ、海外からの観光客誘致キャンペーンを展開した(ホームページから要約)。

 私がこの時代のツーリズム・デザインの魅力を初めて知ったのは、2006年、川崎市民ミュージアムの『名取洋之助と日本工房』展だったように記憶していたが、ブログを検索したら、2005年、江戸東京博物館の『美しき日本-大正昭和の旅』展の記録が出て来た。前者は日本工房と雑誌「NIPPON」に特化した展覧会で、すごくとんがったデザインなのだが、今回の展覧会は、もう少し大衆路線のデザインが主で、後者(江戸博)に重なる内容が多かったかもしれない。

 外国人を引き付ける「日本」のイメージは、着物姿の美しい女性によって担われる。まあ例外的に相撲取りや武士の像もあるけど。日本ばかりでなく満洲旅行のポスターも、エキゾチックな女性像なんだな。一方で、最先端の列車や客船を実にカッコよく描いたものもある。南満洲鉄道のポスター(春日太治平)で、大きな車輪をアップで描き、その車軸越しに中国風の城壁と望楼を描いた構図は、完全に北斎である。杉浦非水の粋で人目を引く構図も、かなり浮世絵に学んでいるように思う。

 川瀬巴水、伊東深水、竹久夢二、吉田初三郎(このひとは鳥瞰図だけではないのか)など、日本人絵師の間に入って、ピーター・I(アーヴィン)・ブラウンという人が、メリハリの効いた木版画の「JAPAN」シリーズを作成している。Wikiによれば、オランダ人でアムステルダムの王立美術学校で絵画を学び、来日前、イギリスでポスター製作会社を設立し、「ブラウンが描いた鉄道ポスターはイギリス中の駅に貼られていた」という。面白い人がいたんだなあ。

 蛇足だが、最近、日本政府が観光誘致(?)のために「We are TOMODACHI」というウェブサイトを制作したことを知った。頭の痛くなるような出来だったので、敢えてリンクは貼らずにおく。こういうのは、今の官僚の文化程度を表しているようで、悲しい。
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安酒の虚しさ/ナショナリズムの誘惑(安田浩一他)

2016-02-25 23:12:04 | 読んだもの(書籍)
○安田浩一、園子温、木村元彦『ナショナリズムの誘惑』 ころから 2013.6

 私は寡聞にして初めて知ったが、2012年9月、村上春樹が朝日新聞に寄稿したエッセイで、領土問題が「国民感情」へと転化する状況を「安酒の酔い」に譬えていたのだそうだ。我々は、安酒の酔い、すなわち排外的なナショナリズムに飲まれているのだろうか?という問いから本書は始まる。

 はじめに、ジャーナリストの木村元彦氏、映画監督の園子温氏、在特会の取材で知られる安田浩一氏の鼎談があり、そのあと、木村氏と安田氏の寄稿、園氏のインタビューで構成されている。鼎談の主なテーマとなっているのは在特会。安田氏はいう。外国人に対する排外的な感情は、近代以降ずっと日本の中にあった。ただ、被害者意識に基づく「下からの差別」である点が、在特会は新しい。そして、過激な在特会が恐ろしいのではなく、それを受け入れてしまう日本の空気が恐ろしい。今の状況を「ナショナリズムという文脈で捉えていいのかどうか」という問題提起も重要だと思った。そう、歴史的にも、ナショナリズムとして語られている動きが、別の角度から見ると「経済格差」や「階層」の問題だったりすることはある。

 木村氏は、旧ユーゴスラビアの民族問題を取材した経験を持つ。本書には、同国の民族対立がどのように作られたかをまとめた短い論考が収められている。クロアチアの初代大統領フラーニョ・トゥジマンが、ユーゴからの独立を煽るために行った「神話」の創作から「民族浄化」の悲劇まで、わずか5年だった。次に木村氏は、何度も尖閣上陸を企てたことがある、石垣島の「札付き市議」仲間均に会いに行く。仲間は石垣の漁民の生活を守るために行動しているという。一方、東京都の石原慎太郎知事(当時)による尖閣購入宣言や、野田首相(当時)による国有化に対しては「スタンドプレー」と厳しい。「ステロタイプな右翼か左翼かという括り方で仲間を見ることの無意味さを感じた」という言葉が印象的で、私もこれまでの見方をかなりあらためた。
 
 園子温監督のインタビューは、1994~95年に撮影した『BAD FILM』という作品について。中央線沿線に住む中国人たちと日本人自警団を名乗る右翼の若者たちが暴走して、殺し合いを繰り広げるという、聞いただけで(よくも悪くも)めまいのしそうな問題作品。本書には、いまだ劇場公開は実現していないとある。その撮影裏話がものすごく面白い。ここは本書の白眉。90年代には「中国人 vs 日本人」の抗争というのはお笑いのネタだった。「けれど、お笑いじゃなくなるときがいつか必ず来ると僕は思っていた」という予測の確かさがすごいなあ。今このときも、混沌に惑わされず、正しい未来を見通している人が、社会のどこかにいるのだろうな。パフォーマンス集団「東京ガガガ」の存在も初めて知った。私、90年代の東京で生活していたのに…何を見て聞いていたのだろう。この巨大都市で、何かに出会うって難しいことなんだなあ。在特会の人たちについて、いい大人なのに服装がヘンという指摘も面白かった。見下しているのではなくて、服でも食でも、何か別の軸がないと「死ね」「出ていけ」みたいな強烈な標語に取り込まれてしまう、という分析に納得した。思想とは別の軸(楽しみ)を守って生きることは大切だと思う。

 最後に安田氏は、なんと中国と韓国の「ナショナリスト」に会いに行ってしまう。尖閣問題について、ネットで日本を糾弾する書き込みを続ける中国の愛国者たち。ソウルの日本大使館の前で「独島死守」のプラカードを持って立つ活動家。彼らは、奪われたものを取り返すために、今日も孤独にしんどい戦いを続けている。彼らを理解できるのは、実は日本の「右翼」たちだけなのではないか。黒々した虚無の穴を覗いたような、でも納得できる結論だった。
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初めて見る煎茶道具/茶の湯の美、煎茶の美(静嘉堂文庫美術館)

2016-02-24 23:01:57 | 行ったもの(美術館・見仏)
静嘉堂文庫美術館 『茶の湯の美、煎茶の美』(2016年1月23日~3月21日)

 リニューアルオープン展の第2弾。文化財散歩みたいな中高年の団体客でにぎわっていた。静嘉堂の茶道具といえば、国宝『曜変天目』に重文『油滴天目』。これらはしっかり出ていた。前回、リニューアルオープン展の第1弾でも、サービス(?)でラウンジに展示されていたので、もしや第2弾の展覧会には出ないのではないかと心配したが、そんなことはなかった。曜変天目は、真横から見たショットも色が美しくて好きだ。

 唐物茄子茶入の「付藻茄子」と「松本茄子」は、今回あまり詳しい説明がついていなかったが、大坂夏の陣の焼け跡から発見され、奇跡の修復を施されたんだったなあ、と記憶をよびおこしながら鑑賞する。虚堂智愚の墨蹟『就明書懐偈』の軸と飛青磁の小ぶりな花生のとりあわせもよかった。ほかに茶碗は、黒楽、赤楽、御所丸、織部、井戸と、ひととおり揃っている。ここまでが「茶の湯の美」で、だいたい見たことのあるものが多かった。

 後半は「煎茶の美」。静嘉堂のホームページは「煎茶器の多数公開は15年ぶり(!) となります」と、自ら「!」マークをつけて紹介している。確かに、見たことのない、めずらしいものが多かった。まず、たくさんの茶銚(ちゃちょう)。急須のことだ。「紫泥」「梨皮泥」「朱泥」「松花泥」など材料の土によって、色と風合いが少しずつ異なる。てのひらに収まるほどのサイズで、丸くて、まっすぐで短い注ぎ口(鉄砲口)がついているのが標準形。磁器の急須とちがって、見た目や大きさにバラエティがないから、ひとつ持っていればよさそうなものだが、名品をコレクションするのが、愛好家の楽しみだったようだ。華やかな更紗を使った仕覆(外袋)が付随していたり、かたちの異なる茶銚八点を一括収納するケースも展示されていた。

 湯罐(とうかん)は、見た目は茶銚に似ているが、炉にかけて、お湯を沸かすための道具らしい。茶銚よりも少し大ぶりで、河豚のようにふくらんでいる。どこでも気軽に湯を沸かせそうな、細長い炉と湯罐のセット、いいなあ。煎茶茶碗は小さくて焼きが薄くて、きりっとしている。複数がセットになったものが多い。いまの中国茶の茶器の姿によく似ている。茶の湯が個人や1対1のコミュニケーションを基本にするのに対し、煎茶は「仲間」のものだったんだろうな。 

 ひとつの展示ケースに、各種の「敷物」と呼ばれる大きな布が、畳んで重ねられていた。中央アジア(ウズベキスタン)やインド由来のものは、ピンク色の草花模様が鮮やか。中国由来のものは、鳳凰や霊獣に加えて、果実や花模様で埋められている。文人たちは、こんなエスニックな敷物を部屋いっぱいに敷いて、煎茶を楽しんだというのだ。江戸の煎茶ブームを意識したのは、京博で特別展観『上田秋成』を見てからだが、こんなにたくさんの煎茶道具を見たのは初めてで、面白かった。

 静嘉堂の煎茶道具の蒐集経緯は明らかでないが、明治の実業家、奥蘭田(1836-1897)の旧蔵品が多く含まれるとのことである。「茶道具」と「煎茶道具」の2種類のパンフレット(各350円)を販売していて、後者のみを買ってきた。煎茶器の形と名称の解説もあって、初心者にはたいへん嬉しい。
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公共空間とマナー/NO!ヘイト:出版の製造責任を考える

2016-02-23 23:28:40 | 読んだもの(書籍)
○ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会編『NO! ヘイト:出版の製造責任を考える』 ころから 2014.11

 書店の棚が「嫌中嫌韓」本と「日本はすごい」という自画自賛本で埋まっている状況が、確かについ最近まであった。私は、比較的大きな書店と、小さくてもスジのいい書店を選んで回遊していたから、そんなにひどい光景には行きあたらなかったけれど、普通の地方書店の棚は、かなりひどかったのではないかと思う。

 そんな状況に違和感を覚えた出版関係者が、2014年3月中旬、Facebookを使って「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」を立ち上げた。何ができるか試行錯誤を繰り返しながら、予想外の反響にも励まされ、2014年7月、出版労連、出版の自由委員会と共催で行ったシンポジウム「『嫌中嫌韓』本とヘイトスピーチ-出版物の『製造責任』を考える」が、本書のもとになっている。

 まず、『九月、東京の路上で:1923年関東大震災ジェノサイドの残響』の著者である加藤直樹氏が「現代の『八月三一日』に生きる私たち」と題した基調講演を行った。東京のコリアンタウン大久保出身である加藤氏は、そこで繰り返される差別デモに衝撃を受け、90年前と現在の状況に共通の空気を見出す。関東大震災が起きるまで、混乱の中で罪もない大勢の人々が殺されると予想していた人はいなかった。けれども、メディアによって喚起され、蓄積されてきたレイシズムの言説が、9月1日の思わぬ事態に遭遇した日本人の判断を決定的に誤らせた。現代のわれわれが「8月31日以前」の状況にないとは誰も言えない。

 加藤氏がデータとして示した、2013年10月~2014年3月の「夕刊フジ」の見出し一覧と「嫌中嫌韓」本のタイトル一覧も本書に収録されている。しかし「夕刊フジ」はどこの国の新聞かと目を疑うほど、「嫌中嫌韓」ネタに徹しているんだなあ。ご苦労なことだ。逆にソウルの大型書店「教保文庫」(むかし行った!)の日本関連書の棚の写真もあるのだが、小熊英二さんの『社会を変えるには』の翻訳本があったりする。私は中国の書店でも、日本語からの翻訳本をたくさん見た記憶がある。

 次に、2014年5月~6月に書店員を対象に実施したアンケートが収録されている。回答数はわずか10件だから、業界の全体状況を示す材料にはならないが、現場の赤裸々で真剣な声が読み取れる。このアンケート結果を踏まえた、参加者のディスカッションも興味深かった。週刊誌の編集者だった方が、1995年のオウム事件で「何を書いてもオウム側から反論がなかった」という体験が、日本のマスメディアをゆがめた、と指摘している。何を書いても許される状況で、「記事の裏を取る」というタガが外れてしまった。オウムを社会の敵をみなし、異物を排除する感覚でバッシングする心理が、いまの嫌中嫌韓本に通ずるという指摘は重要だと思う。

 ジャーナリストの野間易通さんは、リベラルの側が上から目線で批判しつつ「3200円の良書」をつくっている間に、嫌中嫌韓カルチャーは、安価な新書や雑誌、無料ネットなどを通じて幅広く浸透している、と見ている。「リベラル側のコンテンツはまったく不足している」「単にリベラルの本を増やせばいいという話ではない」「出しても売れないからこうなっているわけで、別の切り口を探る必要がある」等々の意見は、ほんとに耳が痛かった。

 でも、このときの状況をかえりみると、昨年(特に後半)から、SEALDs本をはじめとして、リベラル側が、新しいタイプの魅力的なコンテンツを続々と供給し始めたことは、本当によかったと思う。「新しいタイプ」というのは、写真やレイアウトがおしゃれで、平易な口語体で読みやすく、机上の空論でなく現実社会と強くリンクしている、などの特徴をいう。あと安価であることは、本当に重要。「3200円の良書」ではアカデミアの住人しか読まない。

 ほかに論評が二本。弁護士の神原元氏による「表現の自由と出版関係者の責任」と、社会学者の明戸隆浩氏による「人種差別禁止法とヘイトスピーチ規制の関係を考える-『ゼロからの出発』のために」である。ヘイト規制と表現・言論の自由の間に相克があることは理解しているが、あとがきにいうとおり、個人が差別や偏見を表明することと、新聞やテレビ、そして出版が差別的な言説を流すことを同一には考えられないと思う。最後にたどりついた「書店は公共空間である」という、大きな活字の見出しが眩しかった。公共空間は万人に開かれていなければならない。それがマナーであると思う。
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青磁の魅力、赤絵の魅力/中国の陶芸展(五島美術館)

2016-02-22 21:42:35 | 行ったもの(美術館・見仏)
五島美術館『館蔵・中国の陶芸展』(2016年2月20日~3月27日)

 展示室に入って、見渡す限り、陶芸だけなのを確認。参考展示の書画などが一切なく、シンプルですがすがしい風景だった。同じテーマのコレクション展は何度か見ているので、知っている作品ばかりじゃないかな、と思っていた。そうしたら、冒頭の『瓦胎黒漆量(がたいくろうるしりょう)』が記憶にないもので驚いた。「量」は計量のための容器で、思い切り胴の太いビアジョッキみたいなかたちをしており、使い古しの油のように、てらてらとチョコレート色に光っている。何この濡れたような釉薬、と思ったら、素焼きに黒漆を掛けているのだそうだ。同じ製法の「勺(しゃく)」が付随する。紀元前4~3世紀、中国戦国時代の品。「湖南省長沙出土」という説明を見て、ああ、漆の国だと思った。「民藝」の美を彷彿とさせる優品。

 壁面のケースは、ほぼ時代順に展示室をひとまわりする構成になっている。唐代は『白磁弁口水注』がかわいい。白磁と言ってもなクリーム色の釉薬が全体にかかる。丸く張り出した胴ときゅっと締まった首は、金属器を模した形とすぐに分かるが、柄の上部に、ぼんやりした唐子の頭部が付いているのが可愛い(※同じことを2010年にも書いていた)。

 宋代では、鈞窯の『月白釉水盤』がいいなあ。とろりと白濁した月白釉(澱青釉とも)が、晴れやかな天藍釉よりも私好みだ。地味な野草でも生けてみたい。青磁は、青みの強いものから緑の色味の強いものへ並んでいた。明代になると、俄然、様式がバラエティに富んで、にぎやかになる。青花、法花、鉄絵、五彩、赤絵…。文化の画期がここにあるのだなあ、ということを強く感じた。清代の陶芸は2件しか出ていなかった。『鉄絵牡丹壺(絵高麗)』は、磁州窯系とも言われ、華南産とも言われて、よく分からないらしい。牡丹の描写の闊達さは朝鮮陶芸っぽいとも思う。磁州窯の『白釉鉄絵牡丹文長頸瓶』は、ちょっと変わった形態。表と裏で文様が異なるらしく、裏側が気になった。

 入口からもう一回、中央の展示列を見てまわる。単立のケースには、特にピックアップされた名品が展示されていた。重要美術品の『白釉黒花牡丹文梅瓶』も磁州窯。これは文様がシンプルで、白黒の対比がはっきりして、力強いところがいいんだなあ。それから重要文化財の『青磁鳳凰耳花生』。典型的な龍泉窯の磁器に比べると、緑の色味に乏しい。青みがかった白色は「粉青色」というのだそうだ。つるつるで、しかも水気を含んだしっとりした質感は、中華民族が大好きな「玉(ぎょく)」を思わせる。いや、玉(ぎょく)でなくて、土と釉薬がこの質感を出しているということが、信じられない。

 中央列の低い展示ケースには、比較的、小ぶりな陶芸が並んでいた。磁州窯の『緑釉鉄絵牡丹文瓶』は20センチ足らずの小品なのに堂々としていて好き。あとは赤絵。古赤絵、南京赤絵、呉州赤絵などの区別があるが、どれもよい。赤い丸がぐりぐりと描かれた素朴な文様を見ていて、ふと伊万里の赤絵鉢を思い出した。おおらかな民窯の赤絵と、精緻で洗練をきわめた伊万里は、遠く隔たっているようで、似ている。

 展示室2は、同館にはめずらしく「中国の古鏡」を特集。守屋孝蔵氏の旧蔵コレクションである。直径10~15センチの小ぶりなもので、中心の丸いつまみ(後補?)を神獣や仙人の姿が囲み、周辺部には鋸歯紋などの幾何学模様を施すという、似たデザインのものが多かった。蒐集者の好みなのかなあと思った。
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小麦の至福/雑誌・別冊Discover Japan「ニッポンの美味しいパン」

2016-02-21 23:58:59 | 読んだもの(書籍)
○雑誌・別冊Discover Japan『ニッポンの美味しいパン』(エイムック) エイ出版社 2016.10

 重いテーマの硬い本を続けざまに読んでいるので、少し頭をほぐすために本書を買ってきて、眺めている。以前、海外経験の長い職場の上司(女性)が「アメリカには美味しいパンがないのよ! 日本のパンがほんとに恋しくなるのよ!」と力説していた。私は渡米・渡欧経験が乏しいので、比較でものを言うほどの材料は持たないが、確かに日本には美味しいパン屋さんが多いと思う。ただしそれも場所によりけりで、一時期、埼玉の東上線沿線に住んでいたときは、近所にパン屋さんがなくて、本当につらかった。現在は、まあまあ満足している。私が生活圏にほしいお店ベスト3は、本屋とパン屋とそば屋だな、たぶん。

 本書は全国の美味しいパン屋さんを写真満載で紹介したムック。フランス語やイタリア語のよく分からない名前のパンでなくて、「コッペパン」「食パン」「タマゴサンド」「カツサンド」「カレーパン」などの特集に大幅にページを割いているところが「ニッポンのパン」らしくて、たいへんよろしい。

 世間にはコッペパンの専門店がある、ということは聞いているが、まだ行ったことはない。東京・上野、京都・四条大宮、それに岩手・盛岡にもあるのか。むかしながらのジャム&マーガリンとか、抹茶&きなこが食べてみたいな。京都のタマゴサンドは、卵サラダではなく、ふわふわのオムレツを挟んだものだという話も聞いたことがある。私は、台湾でテイクアウトしたサンドイッチに焼きたてのオムレツが挟んであって、その美味しさに感激したことがあるのだが、どうやら、それに近いものが食べられそうなのは、寺町のスマート珈琲店。今度、行ってみよう。この項を書いてるのは柏井壽さん。フルーツサンドは子供の頃、好きだったが、実は大人のスイーツという気がする。

 カツサンドのページは「パンラボ」編集で、かなり力が入っている。写真がデカくて、文章もアツい。カツサンドの有名店が、どこの食パンを使っているかというデータが面白かった。煉瓦亭はセントル ザ・ベーカリーだったり、井泉は木村屋だったり。でも、まい泉のひれかつサンドが載っていないのが、個人的に残念。

 ご当地パンの特集も面白かった。そうそう、北海道といえば、チョコならぬようかんパン。セイコーマートのようかんツイストが取り上げられている。そして、岩手にもツイストようかんがあることを初めて知った。高知県のぼうしパンや岡山県のバナナクリームロールはなぜか知っている。しかし京都の京八ッ橋あんぱんは知らないなあ…。
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「閉店」友朋堂書店で最後のお買いもの

2016-02-20 22:42:04 | 街の本屋さん
今日(土曜日)の朝。閉店のニュースが流れて1週間なので、もう完全に閉まっているかなと思いながら、友朋堂書店(吾妻店)に行ってみた。シャッターが半分くらい開いていて、返品の図書(たぶん)を詰めた段ボール箱が表に積まれていた。



まだ店内に電気がついていたので、入ってみる。文具半額セールを継続中で、けっこう人が集まっている。



本の棚は、ほとんど空になっていたが、一部残っているものがあった。地方出版と岩波文庫、岩波現代文庫、それにミシマ社の本。取次への返品が難しいものが残っているのかな?と思った。買って来たもの、以下のとおり。



・倉田喜弘『文楽の歴史』(岩波現代文庫) 岩波書店
・中島岳志、若松英輔『現代の超克』 ミシマ社
・ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会編『NOヘイト! 出版の製造者責任を考える』 ころから
・木村元彦他『ナショナリズムの誘惑』 ころから
・金砂大田楽研究会 歴史の道グループ編『常陸の国 歴史の道を歩こう』 金砂大田楽研究会
(あと、ノート3冊)

あらためて、いい本扱ってる本屋さんだったなあ…。

朝は曇り空だったが、午後は雨が本降りになった。閉店作業のみなさん、ご苦労さまです。
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歴史学による検証/竹島-もうひとつの日韓関係史(池内敏)

2016-02-20 21:55:27 | 読んだもの(書籍)
○池内敏『竹島-もうひとつの日韓関係史』(中公新書) 中央公論新社 2016.1

 最近は、竹島・尖閣諸島などの領土問題が中高の教科書にも掲載されているそうだが、私はそうした教育を受けなかった。なので、2000年代になって、この問題が過熱し始めても、正直、島の位置さえ分かっていなかった。信頼できる研究者の(しかも手ごろな分量の)仕事で、きちんと歴史的経緯を学びたいと思ってきたが、ようやくその念願にかなう本に出会うことができた。

 まず名前がややこしい。朝鮮半島の東岸から約130km沖合いに鬱陵島があり、かつて竹島(磯竹島)と呼ばれた。明治以降は松島と呼ばれることが多いが、昔どおり竹島(磯竹島)とも呼ばれることもある。その鬱陵島から東に87.4Kmの距離にあるのが現在の竹島で、江戸時代までは松島と呼ばれ、明治以降はりゃんこ(リアンタール岩から)とも呼ばれた。韓国では、独島という名称が1904年の文献に現れるが、その前は石島とも呼ばれた。前近代の文献に于山島という名称も見えるが、これが全て現在の竹島(独島)を指すという見解は成り立たない。

 日本と韓国は、より古い地図に竹島(独島)の記載を求めて競争しているように見えるが、「地域図が隣接する領域を描き込むのは当然のこと」と著者は冷淡である。そりゃあそうだ。彩色の有無にこだわる論者もいるが、著者は主要な古地図を丁寧に検証して、竹島(鬱陵島)・松島(竹島)のほか、沖ノ島、八丈島、鬼界島、朝鮮半島、蝦夷地などが、多くの地図で無彩色であることから、それらが「異域(異国)」と「境界領域」であると考える。これは納得できる。前近代の地図や文献を領土問題の根拠に使う人たちが、この「境界領域」という概念を、わざと忘れたような顔をしているのが、私はいつも腑に落ちない気持ちでいた。前近代において「日本」の領外であるということは、隣国「朝鮮」の領内であることに直結しないと思うのに。

 それでは、日本人が具体的にどのように竹島(独島)にかかわってきたか。具体的な史料に即した解説は、分かりやすく興味深かった。17世紀、鳥取藩米子の町人が竹島(鬱陵島)への定期的な渡海を幕府に願い出て許可され、途中の停泊地として松島(竹島)を自然に利用するようになった。この事実をもって、外務省は、我が国が「遅くとも江戸時代初期にあたる17世紀半ばには竹島の領有権を確立した」根拠としているが、渡海免許と称されている文書や、その後のできごと(元禄竹島渡海禁令、天保竹島渡海禁令)を、著者の分析をたどって読むと、やっぱり無理がある主張だと思う。

 明治10年(1877)に太政官が内務省に対し「竹島外一島の義、本邦関係これ無き義と相心得べきこと」という指令を出していることは初めて知った。「竹島(鬱陵島)外一島」の一島は、松島(竹島)を指したものではない、という反論もあるそうだが、両島の不即不離の関係を、史料に基づき検証するならば、それは「強弁」だという著者の主張に賛同する。日本側も韓国側も、竹島(独島)を己が固有の領土だと言いたい人たちは、その思いが強すぎて、史料の扱い方が粗雑にすぎ、かえって残念な感じがする。

 結局、前近代の史料や史実を論拠にする限り、竹島(独島)は日本領とも韓国領とも定めがたい。重要なのは、1900年をまたいだ約10年の動向である(その後、1911年8月29日に朝鮮半島は日本に併合されてしまう)。1900年前後には、日本人の鬱陵島(竹島・松島)定住が進み、200~500名を数えるようになり、一方、定住朝鮮人も1000名を超えたという。両国民が共存していたということ? 明治38年(1905)1月、竹島の日本領編入が閣議決定される。

 のちに、第二次世界大戦後、サンフランシスコ平和条約(1952年)において日本の領土を確定する過程で、「ラスク書簡」なるものが残されており、アメリカ国務次官補ラスクは、1905年の竹島日本領編入を問題なしと認めている。しかし著者は、手放しでラスクの認識を妥当と評価することには疑問を呈している。ここ(日露戦争期 1904-05 の竹島問題)について、本書の解説はやや物足りないと感じたが、その理由は「あとがき」に明かされている。近現代は堀和生氏が書く約束だった由。

 最後に、政府広報等で使われる「日本固有の領土」の正しい(?)意味を、私は本書で初めて知った。それは「むかしからずっと日本の領土であった」という意味ではなく、日本の領土であったとは言えないが「いまだかつて一度も外国の領土になったことがない」という意味で「日本固有の領土」と言えるのだそうだ。ええ~何その語法。だいたい、日本国自体が連合国軍占領下にあった経験との整合性は取れるんだろうか? こんな言葉遊びみたいな主張はやめたほうがいいと思う。「むかしからずっと日本の領土であった」という証明はできないにもかかわらず、「固有」を連呼することで、間違った歴史認識に国民を導いている気がする。
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つくばのチョコレート屋さん

2016-02-19 22:13:59 | 食べたもの(銘菓・名産)
先週はバレンタインデーだったので、つくば名産のチョコレートはないものかとネットなどで探した。そうしたら、つくばみらい市(みらい平駅)に「OPERA(オペラ)」というチョコレート専門店があることが分かって、買いに出かけた。



粒タイプのチョコレートは1つ500円前後。2つ食べると1000円!! でも確かに美味しい。

バレンタインデー間近の繁忙期で、カフェは休業中だったが、パンも作っており、ふだんはコーヒーやココアも飲めるらしい。また行ってみよう。
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