見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

NHK大河ドラマ『龍馬伝』を振り返る

2010-11-30 00:36:18 | 見たもの(Webサイト・TV)
NHK大河ドラマ『龍馬伝』第48回(最終回)「龍の魂」(2010年11月28日放送)

 『龍馬伝』が終わった。だいたい完走。見逃した回や、ダレて斜め視聴になった回もあったけど、9割は見たと思う。私は、72年の『新・平家物語』から大河の記憶がある世代だが、完走したのは07年の『風林火山』が初めて。このときは、録画をニ度三度見直すくらい夢中になったが、今回は、だいぶユルい完走である。もうちょっと面白くなるんじゃないか、と期待しているうちに、不完全燃焼で終わってしまった。

 『風林』のほうが文学的・演劇的で、意味深なセリフがたくさんあって、私には面白かった。『龍馬伝』は、音楽的・視覚的な要素を重視していて、画面の構図、色彩、光線などには凝っていたが、言葉はないがしろにされていたように思う。子どもの学芸会みたいな、底の浅いセリフの繰り返しに加えて、セリフの聴き取りにくい俳優が多くてイライラした。

 こういうと悪評だらけになってしまうが、セリフのない場面はけっこう心に残っている。第24回『愛の蛍』とかね。最終回、広い海辺にぽつんと佇むお龍の心細げな表情もよかった。女性キャラ以外でも、個人的にベスト回だと思っている第46回「土佐の大勝負」では、山内容堂が後藤象二郎に黙って杯を差し出すシーン。そのあと、大政奉還の建白書をしたためるべく机に向かって筆を取る容堂も終始無言で、カメラは俳優の表情をいとおしむように迫っていく。耳には音楽。ああいう撮り方は巧かったなあ。

 最終回の龍馬暗殺シーンも、暗殺者側にはセリフがほとんどなく、結果的に緊張感が高くて感心した。全編のクライマックスシーンに選挙速報テロップがかぶるという「奇跡」を見届けた感慨はおいておくとして。龍馬暗殺の黒幕(首謀者)については、むかしから諸説紛々あるらしいが、このドラマは京都見廻組の単独犯行説ということでいいのかな。突発的な右翼テロにやられたみたいで酷い、という感想をネットで読んだが、それでいいのだろう。「憎しみからは何も生まれん」というのは、このドラマのキーワードとなった龍馬のセリフ(もうちょっと工夫のある言い回しにはならんのか)であるが、まさに龍馬が退けた純粋な「憎悪」を具象化したような三人組だった。でも、「何も生み出さない」極限まで純粋な憎悪って逆に魅力的だなあと(これをニヒリズムという)一瞬だが思わせてしまったのは、今井信郎役の亀治郎が巧すぎた所為である。

 今年、私が何度も視聴を断念しかけながら、最後までついて来られたのは、ひとえに後藤様の魅力のおかげである。ドラマの中のキャラクターも、俳優・青木崇高氏も、史実・後藤象二郎も、まとめて好きになってしまった。来年あたり、私がルイヴィトン(ダミエ柄)のバッグを持ち始めたら、血迷ったわけではなく、後藤様リスペクトの表現と思っていただきたい。

 『風林』以来、私は気になるドラマがあると、掲示板でほかの視聴者の感想を読むことを楽しみにしてきたが、今年の『龍馬伝』の場合、掲示板の評価はいまいちなのに、Twitterでは評価が高いことに、終盤で気づいた。2ちゃんねるだけ読んでいると、最終回の視聴率が20%を超すなんて絶対にありえないと思っていたが、Twitterに流れる素直な賛辞の嵐を読んでいて、これはもしかしたら?と思ったら、なんと21.3%も取ってしまった。ふだん自分が見聞しているメディアだけを「世間」と思っていると、見誤ることが多いということを実感した。

 年末の総集編もきっと見ると思う。たぶん、いろいろと毒づきながら。
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出版文化を救うもの?/電子書籍の衝撃(佐々木俊尚)

2010-11-29 00:31:49 | 読んだもの(書籍)
○佐々木俊尚『電子書籍の衝撃:本はいかに崩壊し、いかに復活するか?』(ディスカバー携書) ディスカバー・トゥエンティワン 2010.4

 昨今、加速度的に目につくようになってきた「電子書籍」なるもの。本が電子化される世界は、私たちの「本を読む」「本を買う」「本を書く」という行為に、どのような新しい世界を作り出すかを描いている。

 著者は、書籍より一足先にインターネット配信が一般化した音楽の世界をモデルに、これから電子書籍が歩むであろう道を考察する。私は、音楽マーケットのことをよく知らないので、興味深く読んだ。また電子書籍についても、旬の話題ばかりでなく、90年代末に立ちあがり、失敗して今は忘れられた試み(たとえば、日本の150社の出版社と電機メーカーによる「電子書籍コンソーシアム」)に目配りし、「なぜ失敗したか」を検証している点も好ましく思った。さらに歴史をさかのぼって、日本の出版文化の問題の根本は「委託制」(売れ残り商品は返品してもいい)にあること、これは、いわば雑誌の流通プラットフォームに本も載せてしまったシステムであること(欧米では、雑誌と本は流通経路が全く別で、本は「買い切り制」が基本)、この慣行は、関東大震災後に現れたことなどが語られている点も面白かった。種本は村上信明著『出版流通とシステム』(新文化通信社、1984)らしい。

 「日本の出版文化はなぜダメになったのか」で引用されているのは、故山本夏彦さんの出版業界批判である(なつかしい!)。志ある編集者がじっくり仕事をすることができず、読者が読みたい本を見つけることができず、駄本ばかりがあふれ、ますます本は売れなくなるという出版業界の負のスパイラルは、インターネットやグーグルが原因で始まったわけはない。むしろ電子書籍が作り出す新しい生態系は、この不幸な時代を終わらせることができるのではないか、と著者は期待を込めて語る。
 
 「本の読者から見れば、電子ブックに不利益などひとつもありません」と著者は断言する。実際、そうだろうと思う。私は、とにかく本の中味検索が自在にできるようになったら、どんなに嬉しいかと思っているので(これからますます衰える自分の記録力に頼らなくてもいいのが嬉しい)電子書籍には全く反対しない。ただ、ものぐさな私は、携帯電話やデジカメの充電も面倒に思っているので、これ以上、充電の必要な日用機器が身のまわりに増えるのは、うっとおしい。

 それと、私は書店の棚で「面白い本」を嗅ぎわける自分の嗅覚には、けっこう自信を持っている。この嗅覚は、タイトルとか表紙の紙質とか帯のキャッチコピーのセンスとか、いわく言い難い、さまざまな要素によって成り立っている。しかも人間の能力とは不思議なもので、売り場に並んだものすごい数の書籍を視線で瞬時にスキャンしながら、ちゃんと気になる1冊にフォーカスすることができるのだ。はたして、この能力は、インターネット上の電子書籍ストアでも同じように発揮できるのか。そのことだけが、ちょっと気にかかる。
 
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文豪の長男/耄碌寸前(森於菟)

2010-11-27 23:52:16 | 読んだもの(書籍)
○森於菟著、池内紀解説『耄碌寸前』(大人の本棚) みすず書房 2010.5

 50歳を迎えると「老い」とか「晩年」という言葉に自然と目がとまる。未体験のワンダーランドの入口に立って、興味津々という心境である。それにしても「耄碌(モウロク)」ねえ。みんな嫌な顔をするけれど、きれいな漢字だなあ、と思いながら手に取った。

 森於菟さんの名前は、文豪・森鴎外の長男として認識していたが、才気煥発な妹たちに比べると、なんとなく影の薄い存在で、文筆家として意識したことはなかった。にもかかわらず、本書に手が伸びたのが、愛書家のエッセイスト・池内紀氏が解説を書いており、「老いをめぐって書かれた古今の文のうち、『耄碌寸前』はもっとも秀抜な一つにちがいない」という讃嘆の言葉がオビを飾っていたためである。

 ぱらぱらとめくって、私は池内さんの言葉が嘘でないことをすぐに理解した。本書には、数ページから十数ページの短いエッセイ、21編が収録されているが、いずれも書き出しが秀逸なのである。「私は自分でも自分が耄碌しかかっていることがわかる」という『耄碌寸前』、「拝啓。お嬢さん、わたしは死体屋です」という『死体置場への招待』、あるいは端的に「明代末葉のころらしい」で始まる『魂魄分離』。以下、無駄な愛想を見せない文体から、じわじわと沁み出してくるユーモアに、たちまち魅了されてしまった。これぞ大人のエッセイ。

 話題は決して広くない。老い、父・鴎外のこと、家族、愛犬、そして解剖学。生前の父の思い出と、旧宅を相続した後の紆余曲折を記した『観潮楼始末記』はやや長文である。日露戦争から帰還した後、ロスケロスケと大声で語る父を見て「私は戦争の影響で繊細な父の感情が荒らされたように感じた」という、子どもながらに鋭敏な観察が興味深かった。また。鴎外の死後、貸家に出された観潮楼は、借主の質が次第に落ち、暴力団の抗争の舞台となって警官隊が踏み込んだりした挙句、著者が台湾に赴任中、借家人の過失で火を出し、全焼してしまったのだという。知らなかった。著者は憤ろしさに耐え切れず、夜の台北の街を咆哮して走り抜けたという、その「行動」を記すばかりで、複雑な内面の「感慨」には敢えて触れない。こういう抑制された筆づかいがとても好ましいと思う。

 日本の解剖学の黎明期の秘話もいろいろ。当時の学者、学生が、教材としての人骨を入手するために、どれだけ苦心惨憺したか。刑場に人骨を掘り出しに行くなど、法すれすれ(というか、はっきり違法)の行為も淡々と活写されていて、笑っていいのか、真面目くさって読むべきか、迷う。

 「家庭人鴎外の遺産というなら、第一に森於菟」という池内紀氏の言葉に、私は全面同意したい。森茉莉、小堀杏奴よりも、著者の枯れっぷりのほうが私の性分に合う。そして、こういう書物を、装いもあらたに世に出してくれた出版社(みすず書房)に深く感謝したい。造本も素敵。
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誰でも読める巡礼指南/百寺巡礼・奈良(五木寛之)

2010-11-25 23:23:12 | 読んだもの(書籍)
○五木寛之『百寺巡礼 第1巻:奈良』(講談社文庫) 講談社 2008.9

 学生の頃からずっと寺巡りが好きで、30年を経て今日に至る。当時、寺巡りの必携本といえば、和辻哲郎の『古寺巡礼』と亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』が二大定番で、高三の修学旅行の前後から、これらを読み始めた。私は圧倒的に和辻の愛読者だったが、まわりには、亀井のほうが好きという友人が多かったように思う。その後、1990年代に突如として登場した、みうらじゅん・いとうせいこうの『見仏記』も、私の好きな巡礼ガイド本である。

 という私の読書歴とは全く別に、2000年を過ぎた頃から、小説家・五木寛之が『百寺巡礼』というシリーズを書き始めたことには気づいていた。たまたま古寺で行き合った、私より少し上の世代の参拝客が「五木寛之さんの…」と熱く語っているのを聞いて、ブームなんだなあ、と実感したことも何度かある。私は、あまり読みたい気持ちが起きなかったが、先日、奈良に旅行中、読む本が切れたので、大和西大寺駅前の本屋で、たまたま目についた本書を買った。

 本書・奈良編は『百寺巡礼』の第1巻で、冒頭に、巡礼をはじめるに当たっての不安(はたして百寺のすべてを巡ることができるのか)と昂揚感が述べられている。訪ねたお寺は、室生寺、長谷寺、薬師寺、唐招提寺、秋篠寺、法隆寺、中宮寺、飛鳥寺、当麻寺、東大寺。まあ、順当なところだろう。文章は平易で、読むことにほとんど努力が要らない。著者が見聞した情景描写を主とし、自分の半生や日本の歴史に思いをめぐらすことはあっても、衒学的になり過ぎないよう、強く自制しているように思う。本書に比べると、和辻の『古寺巡礼』も、みうらじゅん・いとうせいこうの『見仏記』も、対極と言っていいくらい、マニアックである。

 文中には、寺の風景、仏像などの参考図版が挟まれており、その何点かには、さまざまなポーズで佇む著者の姿が配されている。ああ、五木寛之って、むかしからこういう販売戦略が平然とできる作家だった。これを笑わずに、あるいはドン引きせずに受容できる読者がいるんだよなあ…。私は駄目だ。見ているだけで恥ずかしくて、脂汗が出る。

 本書を読んでの収穫は、室生寺金堂の有名な十一面観音の影(左端)に、由来の知れない客仏の聖観音像があると教えられたこと。右手を胸の前に上げ、左手に蓮華のつぼみを持つ小さな像だ。(→室生寺公式サイトのTOPページには写っていない)

 京都に向かう近鉄急行の車内で本書を読んでいて、あっと思ったのは、ついさっき、秋篠寺の秘仏ご開帳で見てきたばかりの大元帥明王の写真が掲載されていたこと。西大寺駅前の本屋では、そんなことには全然気づかず、本書を書棚から抜き取ってきたのだから、これも仏縁である。五木氏は、秘仏・大元帥明王を拝しての感想を書かれているが、これは6月6日に行ったんだよね…有名作家と大手出版社の企画だからということで特別扱いされてたら、許さないぞ、と思った。
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武闘派大集合/薬師如来と十二神将(鎌倉国宝館)

2010-11-24 23:22:41 | 行ったもの(美術館・見仏)
鎌倉国宝館 特別展『薬師如来と十二神将~いやしのみほとけたち~』(2010年10月16日~11月23日)

 気がつけば、久しぶりの鎌倉である。隣りの逗子市に住んでいた頃は、毎週末の散歩コースだったのに。鶴岡八幡宮の鳥居の前に立つと、今年の秋から、大銀杏の姿を欠いた正面の石段がもの思わしい。

 お目当ての国宝館の展示室に入り、思わず、あっと声が出そうになった。本展は、辻薬師堂に伝来した薬師三尊像及び十二神将立像の修理完成を記念する展覧会。ということで、中央の「舞台」には薬師三尊像。その周囲(舞台の下)を、ほぼ等身大、全身鋼鉄のように黒光りし、玉眼ばかりが不気味に光る十二神将がぐるりと取り巻く。壁沿いの展示台上からは、これも魁偉な木造の神将像6体が、入館者を値踏みするように見下ろしている。さらに奥にも、小ぶりな神将像の列が続く。見渡す限り、甲冑に身をつつみ、武器を構えて睨みをきかす武闘派揃い。ちょっと待て。「いやしのみほとけたち」って、おかしいだろ…と苦笑する。

 今回、集まった神将像は、大小取り交ぜて76体にのぼる。

(1)鎌倉国宝館(辻薬師堂旧蔵) 鎌倉時代、12体(4体は江戸)、等身大
(2)覚園寺 室町時代、6体、等身大
(3)曹源寺 鎌倉時代、12体
(4)宝城坊 鎌倉~南北朝時代、2体、等身大
(5)宝城坊 平安時代、12体
(6)影向寺 南北朝時代、12体
(7)円覚寺 室町時代、4体
(8)海蔵寺 江戸時代、4体
(9)東福寺 江戸時代、12体

 はじめ、私は覚園寺の6体に見とれた。右端から、午神→未神→申神(実際の並びはこの逆)の3体が、高い台上から見下ろす視線を、ちょうど集中して受ける位置に立つと、ぞくぞくするほどいい。ただ、少し動きまわってみると、この神将像は、ある1点から見るにはいいが、視点を変えると、人体デッサンが崩れるように思った。その点、辻薬師堂の十二神将像は、いずれも、どの方向から眺めても破綻がない。12体のうち4体は江戸時代の作だというが、見分けがつかない。よくよく眺めて、未、申、亥までは当たりをつけたが、あと1体が分からなかった(正解は卯神)。そうかー。まだまだ眼力ないなあ。覚園寺像の「寅神の大きく腰をかがめる姿勢」「戌神の巻き毛」等の特徴は、鎌倉周辺に残るいくつかの十二神将像に(国宝館=辻薬師堂像にも)共通しており、その根本像として、覚園寺前身の大倉薬師堂が想像されるのだそうだ。

 横須賀・曹源寺の像は、何度か東博でお目にかかっている。巳神が、運慶の毘沙門天に似ているというが、確かに様子のいい若武者ふう。私はむしろ隣りの辰神が、目尻の皺までリアルな、壮年の武将の顔をしていることに驚いた。はじめの子、丑、寅神が、誇張の大きい仏像顔であるのに比べると、後半は人の顔をした神将像が多い。

 なお、「いやしのみほとけたち」は決してウソではなく、十二神将が仕える薬師如来も集合している。私の好みは、やや面長な、長楽寺像。どこのお寺から思ったら、八王子にあるらしい。この展覧会、県外者には聞きなれないお寺の名前がずいぶんあったので、展示図録に所在一覧(不完全でもいいから)を付けてくれればよかったのに、と思った。四季の花の美しい海蔵寺は私のお気入りのお寺で、立ち寄れば、薬師堂のご本尊には必ずご挨拶をしていくのだが、胸の中にこんな大きな仏頭を抱いていらっしゃるとは知らなかった。びっくりした。
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いくぶんの危惧/決闘 ネット「光の道」革命(孫正義、佐々木俊尚)

2010-11-24 01:20:02 | 読んだもの(書籍)
○孫正義、佐々木俊尚『決闘 ネット「光の道」革命』(文春新書) 文藝春秋社 2010.10

 直前に読んだ『孫正義のデジタル教育が日本を救う』が、提灯持ちとまではいわないが、孫正義氏の意見を「ダダ漏れ」するだけみたいな本で、面白くなかったので、もう1冊と思って、本書を選んだ。佐々木俊尚氏は、『2011年 新聞・テレビ消滅』を面白く読んだ記憶があったので、建設的な議論をしてくれるのではないかと期待したのだ。

 テーマは、このところニュースを賑わせている「光の道」。2010年3月、原口総務大臣(当時)が打ち出した「ブロードバンドを2015年までに全世帯に普及させる」という構想の別名である。4月20日、「光の道」実現に向けたタスクフォースによる、通信会社へのヒヤリングが行われ、ソフトバンクの孫正義氏は「全面支持」のスピーチを行った。これに佐々木氏がツイッターで「全面不同意」を表明したのがきっかけで、5月13日、ユースト(Ustream)およびニコニコ動画で5時間にわたって中継配信された対談が、本書のもとになっている。

 私は本書を手に取るまで、政府の「光の道」構想を全く知らなかった。言いわけすると、今年の4~5月は、職場替え&転居で忙しかったのである。私は今回の引っ越しを機に、ADSLから光に乗り換えた。本書の対談が行われた5月13日といえば、ちょうど新居の賃貸マンションに光敷設工事が終わって、わくわくと光の威力を試していた頃ではないかと思う。使ってみると、やっぱり通信速度は速ければ速いほど快適である。こうなると、以前よりも、動画サイトを見る機会が増えた(海外の動画サイトにつなぐと、まだ100%満足ではない)。

 そんなわけで、孫氏が、光サービスの利用率が3割程度に留まっているのは、光に需要がないのではない、利用料金が今よりも高くなることと、初期費用が高い(家の外までは来ている光回線を、家の内壁に引き込む工事にお金がかかる)ことが原因である、というのは、理解できる。

 佐々木氏は、ブロードバンドの重要性は認めた上で、これだけ日本の国費が逼迫している状況では、最優先で財源を振り分けるべきは、違うところ(利活用のレベルアップ)ではないか、と主張し、孫氏は広帯域化と利活用の両方だという。孫氏は、自説の補強根拠として、第一に「国費ゼロで全家庭に光回線を引くことができる」という試算を説明する。ものすごく単純化すれば、メタル回線の保全費を光の敷設費に振り返る、という案だ。第二に「光の道」を前提とした利活用の例として、電子教科書と電子カルテを挙げる。どちらも総論としては文句がない。しかし、広帯域化は大前提であっても、それだけで国民生活を豊かにするサービスが実現できるのかは、やっぱり心もとない。教育改革も医療改革も、広帯域化の必要性を納得させるための「プレゼン材料」として用意されているだけのような気がする。

 私は、広帯域化の促進は、政府が一律に責任を持つ必要はなく、「先に豊かになれる者から豊かになれ」でいいと思っている。インターネットも携帯通話エリアもそうやって普及してきたのではなかったか?

 最後に佐々木氏は、「ソフトバンクは”モンゴル帝国軍”である」という一文を寄稿している。勇猛果敢な騎馬軍団を有したモンゴル帝国がユーラシア大陸を版図におさめた結果、治安と交通の便がよくなり、共通の経済・文明ルールができて、本当の意味での「世界史」がスタートした。ソフトバンクは乱暴な企業だけど、このパワーがないと、小国乱立みたいな日本は変わらないのではないか、という趣旨だ。言いたいことは分かるが、ちょっと苦笑したのは、「じっくり調整して…というような手法を採用していたら」強大な帝国は生まれなかった、という下り。最近読んだ、杉山正明『モンゴル帝国と長いその後』の描き出すモンゴル軍とはずいぶん違う。佐々木氏は、モンゴル軍は「残虐で強引」で、「ロシアやブルガリア、ハンガリーの人たちを殺戮しまくった」と書いているけど、これは、古いステレオタイプなのではないか。そして、若い世代がドラマチックなデジタル教材を中心に学ぶようになると、こういう印象の強いステレオタイプを抜け出すのに苦労することになるんじゃないかと、私は少し危惧を感じている。
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いくつかの疑問/孫正義のデジタル教育が日本を救う(中村東吾)

2010-11-23 21:21:27 | 読んだもの(書籍)
○中村東吾『孫正義のデジタル教育が日本を救う』(角川SSC新書) 角川書店 2010.11

 このところ電子書籍のことを考えていたので、先々週末くらいに書店で本書を見て、「デジタル教育/電子教科書」というキーワードに引かれて読んだ。毀誉褒貶の多い孫正義という経営者が気になっていたこともある。

 「はじめに」を開いて、「デジタル教科書教材協議会」なる団体があり、孫正義氏がその発起人に名を連ねていることをはじめて知った。そういえば、2009年11月に行われた最初の事業仕分けで、デジタル教材の話題って出ていなかったっけ。当時の資料を探したら(→サイト)対象事業に文科省の「学校ICT活用推進事業」というのがある。でも議事録(11/11、第3会場)を読んだら、ほとんど電子黒板の話しかしていない。私の記憶違いかな、と思ったら、「英語教育改革総合プラン」という事業もいっしょに議論されていて、これは全国のモデル校に「英語ノート」という教材を配るというものだが、蓮舫議員に「デジタル化したらどうでしょう」と突っ込まれ、文部科学省の担当者は答えに窮している。私は身近に小さい子どもがいないので、いまの学校をよく知らないのだが、ああ、デジタル教材の初中等教育現場への浸透は、まだまだこんなものか、と複雑な感慨を覚えた。

 ところが、その翌月(2009年12月)、総務省の原口一博大臣は、ICTの活用による持続的な社会の実現を目指す「ICT維新ビジョン」を発表している。あらー全然知らなかった。普天間基地問題で鳩山政権が早くも行き詰まりを見せていた裏で、こんなビジョンが公表されていたのか。その中には「2015年までに電子教科書を小中学校の全生徒に配備する」という提言がある(→PDFファイル:スライド14枚目)。その後、上記の「デジタル教科書教材協議会」が2010年7月に発足し、田原総一朗氏がデジタル教育批判の書を刊行するなど、この問題は、少し世間の関心を引いているようだ。

 本書は、ジャーナリスト・中村東吾氏の著書ということになっているが、要するに、孫正義氏の主張を、ほぼ口伝えになぞっただけの本である。こういう本が世に出るのは、やっぱりソフトバンクが出版資金を提供しているのかな、と憶測するが、是非を問うべきは、主張の中味だろう。私は、初中等教育にデジタル教材をどんどん取り入れていくことに賛成である。だが、本書を読んでいると、ところどころ、え?と首をかしげたくなるところがある。

 たとえば、現在のリアルorアナログ授業は、わかる生徒に手をあげさせる「正解主義」だから、わからない生徒を置いていってしまうけれど、電子教科書なら生徒全員が書き込んだ答えを一斉に電子ボードに表示させ、一体感をもって授業を進めることができるという。しかし、そもそも発言をためらう生徒は、みんなに見られるボードにも答えを書かないような気がする…。また、理解に時間のかかる生徒でも、電子教科書なら、根気よく、わかるまで教えてくれるというけど、単に「同じ質問/問題を反復練習できる」というのと「わかるまで教えてくれる」って、イコールなんだろうか?

 電子教科書のコンテンツにNHKアーカイブスを活用するというのは、いい提案だ。孫氏は、著作権の問題をわざと無視して発言しているのかなと思うけど。それと、ドキュメンタリーやニュースはともかく、『龍馬伝』みたいな歴史(?)ドラマまで”教材”にするというのは、リップサービスと思っておきたい。私も学習マンガや歴史マンガを読んで育った世代なので、エンターテイメント教材の影響力が絶大なことはよく分かるけれど、教科書の役割は別でなければいけないと思う。トンデモ歴史を真実と誤る日本人をつくるのは、まずいのじゃないか。

 それから、裏サイトによるいじめ問題について、電子教科書デバイスでアクセスできる教育クラウドはクローズドの世界とすれば、「友だちや先生、親や地域の人とはいつでもコミュニケーションを取ることができますが、縁のない人との交流はできません」という発言にも、あれ?と思った。別のところでは、電子教科書はインターネットに接続し、世界中の知識に触れる機会を提供する、みたいなことを書いているのに。可能性と危険性は表裏一体なので、結局、どこかで線を引かなければならなくなるのだろう。

 ともかくデジタル化の趨勢はとまらないだろう。われわれ大人は、ゆっくりついていけばいいのだけど、次世代のために、将来を見通した教育プランを立て、実行しなければならない学校現場は大変だなあとしみじみ思った。
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書斎の秘仏/近江の祈りと美(寿福滋、高梨純次)

2010-11-21 23:01:13 | 読んだもの(書籍)
○寿福滋・写真、高梨純次・文『近江の祈りと美』 サンライズ出版 2010.10

 というわけで、33年に1度の「秘仏本尊ご開帳」を拝観に行った正明寺で、本書を衝動買いしてしまった顛末は報告のとおり。本書は、近江の仏像、神像200余点のカラー写真集成である(石仏、狛犬等も少し含む)。各像、正面からの全体写真1点が原則で、資料性が高いが、ものによっては別アングルや頭部拡大図も付いている。ごくまれに、美術写真を意識して撮っているものもあり、その1例が冒頭の石山寺の如意輪観音。2009年、横浜そごうの『石山寺の美』で見た覚えのある写真だった。

 厳密ではないが、年代順を意識した構成となっており、第1章「石山寺と奈良時代の仏像」では、同寺に伝わる金銅仏を多く紹介。第2章と第3章は「平安古像」、第7章「高僧を偲ぶ」あたりから鎌倉彫刻の比重が増す。ただし、最も著名な向源寺(渡岸寺)および石道寺の十一面観音は、終章で扱われている。先日、大津歴博で見たばかりの盛安寺の十一面観音や、町田の国際版画美術館にお出ましの福寿寺の千手観音も掲載されていた。櫟野寺の十一面観音坐像や比叡山・横川の聖観音は、すぐにそれと分かって、懐かしく眺めた。

 この写真集のすごいところは、ふだん公開されていない秘仏の写真も特別に掲載許可をもらっていること。彦根に社を置く地方出版ならではの快挙というか、役得かも。正明寺もその1例だが、衝撃だったのは金剛輪寺の秘仏本尊・聖観音立像。頼むからこういう写真は、知る人ぞ知るにとどめて、ネットに流出しないでほしい…。西明寺の十二神将立像の写真(特に亥神)もいいが、これはどこかで見た記憶がある。あと石仏は、見に行きたいけど、周囲の風景を見ると、いかにもアクセスが悪そうだなあ。

 巻末に「滋賀県文化財一覧・彫刻(国宝・重要文化財・滋賀県指定文化財)」という便利なリストが掲載されており、447件(工芸1件を含む)が挙げられているので、およそ半数が本書に掲載されていると分かる。また、高梨純次氏は「近江の彫像」という30ページほどの長大な概説を書かれているが、個別の像についての解説は、必ずしも十分でない。しかし、これだけ網羅的なカラー写真集を手元におけるだけでも、ありがたいと思う。

 なお、Amazonではなぜか中古品(定価より高い!)しかヒットしないが、サンライズ出版のサイトでは、現在「在庫あり」で定価購入可能。
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秘仏のたのしみ/正明寺(滋賀県蒲生郡日野町)

2010-11-21 11:49:32 | 行ったもの(美術館・見仏)
正明寺(滋賀県蒲生郡日野町):本尊・千手観音菩薩立像御開帳(2010年10月17日~11月23日)

 秘仏ご本尊は「33年に1度のご開帳」だという。10月に行ってきた友人からは「とにかく不便」と聞いていたが、覚悟を決めて行くことにした。近江八幡駅の南口から1時間に1本のバスに乗る。「横町(よこまち)」というバス停で下りるという情報しか持っていなかったので、バス停の名前を聴き逃してはいけないと思い、40分以上、ずっと緊張しっぱなしだった。バスを下りると、幸い、停留所に観光ルート図が貼ってあったので、これをデジカメに撮って、参照しながら15分ほど歩く。やがて、近江(滋賀県)らしい里山にひっそりと抱かれた古刹、正明寺に到着した。

 紅葉に彩られた、感じのよい参道を進み、山門をくぐると、低い植え込みできっちりと区分けし、白い砂利を敷きつめた境内が広がる。禅寺らしい清浄な雰囲気。桧皮葺の本堂は御所の一部を移した桃山建築だというが、威丈高な感じがなくて、すっきりしている。本堂と棟続きの方丈には、近在の方々(?)が集まってなごやかに談笑されていた。

 本堂に上がり、拝観。みやこぶりの、均整のとれた千手観音だった。お寺の方らしいおばあちゃんが「御所から持ってきはった観音さんやで」とおっしゃっていたのも、なるほどとうなずけた。脇侍は毘沙門天と不動明王。塔を掲げる毘沙門天が、また鎌倉彫刻らしい顔をしている。33年ぶりの開扉ということで、おばあちゃんがお連れの方に説明して「23日を過ぎたら、もう何があっても開けまへん」と強く断言したあと、「教育委員会の人に言われたら別やけどな」と言ってるのが聞こえて、可笑しかった。

 三尊をおさめた厨子の左側には中国服の小さな坐像。伽藍神かなと思ったが、むしろ宇治の万福寺の華光菩薩像を写したものではないかと思う。同じ黄檗宗だし。”伽藍菩薩”という札が立っていた。右側には剣を倒して合掌するかたちの韋駄天像。韋駄天像の前に「水陸一切男女孤魂等」と記した位牌が置かれていた。調べたら、同じ滋賀県の黄檗宗寺院・永明寺のサイトがヒットして、施餓鬼法要に用いると書いてあったが、大陸の水陸会の影響を残していると思う。たぶん。

 本堂の右の禅堂では、鎌倉時代の大日如来像などの文化財を展示。左の庫裏の土間(室内に大きな魚板が下がっている)、斉堂、台所などは開けっぱなしで立ち入り自由。参拝客のために、湯茶と一緒に、山盛りの煎餅が用意されていて、なごむ。拝観受付で、ご朱印はもちろんいただいたが、気になったのは『近江の祈りと美』という立派なハードカバーの図書が数冊、積まれていたこと。本堂内にも1冊置いてあって、自由に閲覧できるようになっていたが、なかなかいい。サンライズ出版って、聞いたことのない出版社だし、東京に戻ると入手できないかもしれない…と思い、値段も聞かずに、買い求めることを決意。税込み9,450円だった。これも御縁。内容はまた詳しく。

 再び近江八幡に戻ったときは、もう4時過ぎ。1箇所くらい札所に寄れるかと思ったが、あきらめる。大好きな秋の近江路の風景は、バスの車窓からたっぷり楽しんだのでいいとするか。もう1泊遊んできたかったんだけど、仕事が片付いてないので、今回は帰京。
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秘仏のたのしみ/秋篠寺(奈良):大元帥明王立像

2010-11-20 23:56:09 | 行ったもの(美術館・見仏)
○秋篠寺(奈良市秋篠町):大元帥明王立像ご開帳(2010年11月8日~11月21日)

 金曜日に奈良で仕事があったので、後泊して見仏してきた。お目当ては、遷都1300年祭(11/7で終了)を記念して、まだまだ続く秘仏・秘宝公開のひとつ、秋篠寺の大元帥明王立像(重文、鎌倉時代)のご開帳。ふだんは年1回、6月6日しか公開されない秘仏である。前日に仕事で会った京都の友人が「秋篠寺に行ってきた」というので「大元帥明王でしょ!」と言ったら「違います。帥は発音しないので、たいげんみょうおうと読むんです」と正された。

 翌日、大和西大寺駅からバスで秋篠寺へ直行。拝観券を求めて境内に入ると、すぐ左が大元堂だが、同じバスを降りた参拝客は、気づかずに正面の本堂へ流れていく人が多い。私は、まず目的の大元帥明王立像を拝観する。小さなお堂の正面の厨子の暗がりに、ぬっと大きな黒いお像が腰から上を覗かせている。なるほど、聞いたとおりで迫力満点。

 近寄っていいというので、厨子の前まで行って、中を覗き込むように拝観させていただく。お姿は六臂。向かって左には三鈷杵(かな? 右手の三鈷杵に比べると先が開いている)・剣・棒、右には三鈷杵と斧を持つ。胸の前に引きつけた右手は、はじめ独鈷杵を持っているのかと思ったら、人差指を高く反らせて、印を結んでいるらしい。筋骨隆々とした腕・足・腰・胸などに18匹の蛇を巻きつけており、おとなしくアクセサリー化した蛇もいれば、カッと口を開いた蛇もいる。裳(袴?)にはかなり彩色が残る。下半身が極端に短いが、迫力が減じているとは思わない。なお、「大元帥明王」でGoogle画像検索をかけると、秋篠寺の尊像を含む、迫力ある画像が多数上がってくる。

 それから本堂に行き、久しぶりに伎芸天にまみえる。秋篠寺の本堂は、こう言っては失礼だろうが、あまり荘厳もされておらず、全くタイプの異なる仏像がテキトーに寄り集まっている感じが好きだ。いつまでもこのゆるい雰囲気のままでいてほしいと思う。ところで、ご朱印をいただこうとしたら「当寺はご朱印はしておりません」とつれない返事。あれ?そうだっけ?と思って、前回拝観時(2004年11月)のご朱印帖を探したら、確かに貰っていない。むかし(学生時代)は貰ったような気がするんだけどな…。

 それから、いろいろ迷ったが、奈良と京都を捨てて、滋賀県の近江八幡に向かう。以下、明日。
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