日本裁判官ネットワークブログ

日本裁判官ネットワークのブログです。
ホームページhttp://www.j-j-n.com/も御覧下さい。

法律実務家として思うこと(その2)

2009年04月17日 | ムサシ
4 今度は逆に失敗したケ-スである。依頼者の父の後妻の遺産の相続に関する紛争である。父の後妻が多額の遺産を残して死亡した。依頼者は本来ならば父の後妻と養子縁組をしておくべきであったが,なされていなかった。「依頼者に遺産を相続させる」という遺言書も作成されていなかった。父は既に死亡していた。後妻の遺産の多くの部分は,依頼者の事業にからんで形成されたものであり,実質的には依頼者が遺産の殆どを取得するのが公平であるという事案であった。相続人は後妻の兄弟たちのみである。

5 後妻の死後,後妻の兄弟たちは,遺産形成の経過を承知していて,本心はともかくとして,遺産に対する権利を主張するつもりはないと述べていた。ただ遺産の内容を説明してほしいと求めてきた。その言葉を信じた依頼者は,必ず返してもらうという約束で,後妻の預貯金の通帳を全て相続人に渡してしまったところ,相続人が態度を豹変させて権利を主張し,通帳の返還を拒否した。依頼者はその段階で初めて弁護士に相談した。そして依頼者が原告となって民事訴訟を提起して完全に敗訴した。訴訟中に和解の話もあったが,和解は成立せず,事件は終了した。依頼者には大きな不満が残った。

6 このケ-スは弁護士の活用に失敗した典型的なケ-スであろう。依頼者はまず第一段として後妻の生前に養子縁組に関して弁護士に相談すべきであった。それがダメだった場合に,第二段として後妻の遺言書作成に関して弁護士に相談すべきであった。更に第三段として,通帳を交付した後ではなく,交付する前に,交付してよいかを弁護士に相談すべきであった。交付すればその後どうなるかは一目瞭然というべきであって,まるで絵に描いたような展開である。通帳を交付してよいという弁護士は一人もいない。通帳を交付した瞬間に強者と弱者の立場が逆転したのである。通帳を交付する前であれば,依頼者の立場は強いので,そこそこの金額を支払うという依頼者に有利な内容で和解を成立させることが可能であったと思われる。依頼者は億単位の金銭を失った。

7 自分に不利益な具体的な行動は慎重になすべきである。もしも大丈夫かどうか不安があるのであれば,行動する前に,法律実務の専門家に相談するのがよいと思う。契約書に署名押印した後で相談したのでは,殆どの場合遅すぎるのである。「チョット検討させて下さい。」と言って,決して即答してはならない。自分の権利や利益は,まず自分でしっかり守らなければならないのが原則である。そして他人を余り信用してはならない。日本人は案外お人好しで欺されやすいと言われている。大変なことになって大騒ぎする前に,軽率な行為は決してしないことを肝に銘じておくべきである。そのちょっとした心がけが,一生を台無しにする危険から自分を守ることもある。できれば信頼できる弁護士を早く見つけて,「私のホ-ムロイヤ-」などと,勝手に思っておればよいのである。後で後悔するのでは遅いのであるが,依頼者を見ていると,どうやら後で後悔する人の方が圧倒的に多いように思われる。「ちょっと待てよ。弁護士に相談してからにしようかな。」というほんのちょっとした頭の回転で悲劇を防止できることが多いと思う。わが国が「法化社会」の名に恥じない国になるためには,国民の一人ひとりが,「自分のことは自分で守る」という一層の自覚が必要なように感じるのである。(ムサシ)

コメントを投稿