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「花泥棒」

2012年07月27日 | ムサシ

1 この6月,わがやの庭にキキョウが沢山咲いた。わが夫婦はキキョウが好きである。秋の七草であるキキョウがなぜ6月に咲くのか不思議である。 涼しい山奥には秋に咲くのであろうか。
2 そういえばコスモスも秋深く咲くものと,早咲きがある。私の好きなハギに早咲きはないようにも思う。
3 塀の内側にも沢山咲いたが,道路に面した塀の外側に狭い花壇があって,そこに沢山キキョウを植えていた。つぼみが沢山ついていて,もうすぐ花を開きそうになった。朝の出勤前に,しばしキキョウを眺めて夫婦で楽しんでいた。ここで一服たばこを吸えば美味しそうであるし,絵にもなる。しかし残念ながら私はたばこは吸わない。1日2箱のヘビースモーカーは30数年前にサヨナラした。
4 ある朝,キキョウを事務所の花瓶に飾ろうと,剪定バサミを持って,塀の外のキキョウを切り取ろうとした。「アレおかしいな。」。よく見るとキキョウの枝が3本なくなっていた。折ったものではなく,鋭利な刃物で切り取られていた。「花盗人(ぬすびと)か。いや花泥棒だ!」。私は驚くとともに激怒した。
5 これは窃盗罪で,10年以下の懲役または50万円以下の罰金である(刑法235条)。被害届を出すか。犯人は不明である。被疑者不詳で,被害品はキキョウ3本である。さすがに被害届を出すわけにもゆくまい。
6 まだ大学生で,法律を勉強していたころ,「一厘事件」というのがあり,これを思い出した。政府の委託を受けて葉煙草栽培していた被告人が,生産された葉煙草1枚を納入しなかったという事件である。窃盗事件ではなく,たばこ専売法違反事件であった。当時の価格で1厘だというのであるが,現在価格ではどの位になるのだろうか。当時の大審院(明治43年)は無罪を言い渡した。「軽微な違法行為は犯罪とするに当たらない」としたもので,可罰的違法性がないというのである。罰するに値いするだけの財産的価値がないとしたものであろう。生花約10本を窃取して,窃盗罪となった事件もあるようである。今回の「キキョウ3本窃盗事件」はきっと,数百円の財物を窃取した窃盗罪として,有罪であるに違いないが,検察官は不起訴処分にするに違いない。
7 この件では,自分の心(怒り)をどう鎮めるかということに過ぎない。熱心に花の手入れをしている妻は,それほど腹を立てていないようだ。こんなことはよくあることで,一々腹を立ててなどいられないということらしい。さすがというべきか。未熟な(?)私は暫く怒りが治まらず,心の整理に苦しんだ。そして結局犯人に対し,「あなたは花を盗んで得をしたと思っているかも知れないが,そのことによって,あなたにとってとても大切なものをなくしたのだと思います。あなたはキキョウを盗んだことで,とても大きな損をしたに違いないのですよ。」ということで,心の決着をつけた。
8 花泥棒も,きっとそのキキョウを見事だと思ったから盗んだに違いない。わが夫婦もその点は自慢に思ってよいのであろう。しかしだからといって,「お好きならどうぞ自由にキキョウをお持ち下さい。」などという聖人君子の心境には到底なれないが,来年は塀の外に,もっともっと多くのキキョウを植えることにした。(M)