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無抵抗主義

2009年07月17日 | ムサシ
1 離婚事件などの夫婦の紛争では,夫が家事・育児に殆ど協力しないという内容が少なくない。共働きかどうかに関わりなく,家事・育児の大半は妻の仕事とされている家庭が殆どであろう。夫が家事を頑張っている家庭もあるし,最近では夫が育児休暇を取ることもあるが,稀有な例である。わが家は共働きであり,他の家庭と同様に,これまで家事は主として妻の仕事であった。私は比較的家事を頑張る方ではあるが,客観的には補助的な家事労働の手伝い人に過ぎなかった。

2 ところで私どもは仕事上の理由で5年間別居生活を送り,昨年4月に別居が解消した。その5年間は私が自炊生活を送ったため,私の家事の腕前は自称「免許皆伝」の域に達した。洗濯などは言うに及ばず,料理なども結構本を買い込んで研究したので,「玄人はだし」とまでは言えないが,男の料理として結構本格的ではないかと思っている。

3 ところで妻は昨年4月に地元の大学の教壇に立つようになり,昨年8月には弁護士登録をして,この1年多忙な日々を送ってきた。そしてこの4月からは仕事で超多忙状態になっており,毎日いつ帰宅するのか甚だ不規則である。私も結構忙しい身であるが,妻の多忙という事態を前にして家事の大半を私が分担しようかと思うに至り,ここ暫く様子をみていた。そしてついに緊急事態として,「当分の間家事は全て私がする」ことを密かに決意した。勿論このことは妻には話していない。

4 そこで私は毎朝6時に起床することにし,妻が起床する前に家事の全てを片付けることにした。起床後すぐに風呂に点火し,週日2日は洗濯機を回す。その騒音を防ぐために,洗濯機がある場所のドアを閉めて,妻の睡眠を妨げないようにする。そして週2日のゴミ収集日,月各1回の資源ごみと埋め立てごみの日にはごみを出し,午前6時30分には約30分の犬の散歩に出かける。帰宅後は庭に出て,毎日約10分間水撒きや草取りなどの庭の手入れをする。

5 その後風呂に入って汗を流し,ついでに洗濯物を干し,その後で台所に立つ。そして主として私の昼食と夕食の2食分の弁当を作る。弁当は野菜と果物中心で,蛋白質は魚肉と豆腐,納豆などと,健康上の高度な工夫がなされている。弁当を作りながら朝食を済ませる。午前7時半過ぎ家事が終了したころ妻が台所に顔を出す。

6 ところで家事の殆どを私がこなしているのであるから,妻は当然に私に足を向けては寝られない筈である。日々当然にまず感謝の言葉が発せられるべき筈だ。ところが発せられたのは感謝の言葉ではなく,あれこれの苦情であった。さすがに私もこれには驚いてしまった。
 食器は洗ってあるが,洗った食器が山になったままで片付けていない。私が料理すると,ガスレンジが汚れたままで放置され,汚くなる。洗濯した後,洗濯物を干さないままに忘れて放置してあることがある。犬と猫の毛を梳いてやらないので,あちこち家中に抜けた毛が落ちていて汚い。妻の帰りが遅いので,遅くまで起きてテレビを見ながら待っていると,「あら何しているの?」と来る。まるでだらしない生活態度を非難されているかの如くである。

7 何を言うのか。心配して起きて待っているのが分からないというのか。「あら何しているの?」ではなく,「心配かけてごめんなさい。」だろう。
 「なるほどケチをつけようと思えば如何ようにもつけられるものだなあ。」と感心してしまった。

8 私も人の子。感謝されるべきときに感謝の言葉もなく,文句が来ると当然に腹が立つ。妻の大変さは事務員もよく承知している。私はしばしば「今日も家事は僕が全てこなした。ウウウ!できた亭主!」などと言って,自分に対して感動しているという泣き真似をして事務員を笑わせているのである。ところが感謝の言葉がない。腹も立つ。

9 普通なら夫婦喧嘩になるところであろうか。しかし講談調に言えば,「そこでムサシは考えた!ベンベン!」ということになるが,きっと毎日の大変さにイライラしているのだろう。私に感謝はしているが,感謝の言葉を素直に口にする気持ちの余裕がないのであろう。それならばニコニコしながら感謝の言葉が出るまでジット待つことにしよう。「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ほととぎす」。これは徳川家康の心境か。「鳴かせてみせよう」とはせず,怒りの表情も決して見せず,ジット笑顔で待つのである。

10 妻が文句を言えば,私の方に言い分があろうとも,私はすぐに謝ることにした。これを名付けて「奥義無抵抗土下座の術」という。これは良好な夫婦関係を維持するための高度な秘術である。「夫はいかなる場合にも,妻に優しくなければならない。」。この言葉は,家事事件の依頼者が男性の場合に私が常に言っている言葉である。

11 私のケースでは本気で妻に謝るわけではなく,単に妻から感謝の言葉が出るまでジット我慢して待つという作戦に過ぎない。より正確には,「奥義無抵抗土下座・舌ペロリの術」と言う。これはよほど修行を積んだ達人にしかできない高度な技である。
 今暫くは,自分に対して「お主できるな!」などと,マラソンの有森裕子さんのように,「自分で自分を褒めてあげる」という人生の達人の日々を過ごすことになりそうである。しかし間もなく大学は夏休みに入るし,妻にも余裕が生まれるだろう。待ちわびているその日もそう遠くない日にやって来そうな気配ではある。(ムサシ)