日本裁判官ネットワークブログ

日本裁判官ネットワークのブログです。
ホームページhttp://www.j-j-n.com/も御覧下さい。

同じ釜の飯を食った仲(2)

2009年07月10日 | ムサシ
8 彼は麻雀に狂ったお陰で司法試験に合格できたと自慢している。こういう話を現在受験勉強をしている学生たちにすると有害無益以外の何物でもないだろう。実際彼は就職2年目に,ロクに勉強もせずに試験に合格してしまった。私もその年の最初の試験(短答式試験)は合格したが,論文試験で不合格となったものの,結構手応えはあったので,不合格なままに退職して試験勉強に専念する決意をするきっかけになったのであるが,彼は自分が余り勉強しなくても合格してしまったことが,私が退職という常識的に不可解な行動を選択した原因になったのではないかと,後日彼は私に謝罪したものである。

9 そしてその年の12月1日,冬のボーナス支給の基準日に二人で辞職願を出して,ボーナスを貰って辞職した。資料室で一緒に辞職願を書いた。彼は合格して前途洋々の辞職,私は不合格で無職という他人や親から見れば理解困難で気の狂ったような,全く明暗を分けた形の辞職であった。

10 その後私は,親に相談もせず勝手に退職したとして親から勘当され,その1年ないし2年後の未だ志を果たす前に,病気や交通事故で相次いで両親を亡くし,そのショックで勉強を頑張りきれないなど,予期せぬ不遇な青春の日々を過ごしたのであるが,その後婚約したり,婚約者と同時合格といういささかドラマ風な経過を経て,私も無事志を果たし,夫婦で裁判官になった。そして既にその協議会の前の段階で,様々な場面で彼とは裁判官としての再会を果たしていた。

11 その協議会の二次会の席上,私は長官に次のように言い付けたのである。「長官,○○君は,麻雀に狂ったお陰で試験に合格できたと自慢しているひどい奴なんですよ!」。この話にも,長官も同席していた裁判官も興味を示した。その理屈を彼はこう説明した。
 最近司法試験の制度は変わったので,旧司法試験ということになるが,当時は二次試験の論文試験が難関であった。論述式の問題が7科目につき各2題出題されて,1科目2時間で解答するのであるが,問題を見た彼の頭には書きたいことが泉の如く溢れ出して整理に手間取り,やっと1題目の問題に自信作の答案が書けた時には,既に1時間半以上が経過しているというのである。もう1題を30分足らずで書くので,1題目の答案がいかに優秀でも,2題併せると不合格になるという,主として時間配分の失敗で,これまで合格できなかったというのである。2題で3時間なら絶対に自信があったと彼は言った。

12 ところが就職して麻雀に狂って勉強をサボったお陰で(?),彼の頭は問題を見ても書きたいことが溢れなくなったというのである。そこでほどほどに筋を纏めて答案を書いたところ,時間も余り,書いた答案も見直しができた。そして定員約500人中,2桁の優秀な成績で合格したというのである。なるほど麻雀のお陰で合格できたと自慢するのも無理はないし,一応理屈はあっているということであろうか。しかしこれは一体頭がよいということなのか。一体こんな合格の仕方が許されてよいのだろうか。世の中には変な奴がいるものだなと感心した。しかし素直に納得しがたい話ではある。

13 この話を聞いて,長官も他の裁判官も一様に爆笑したが,納得しつつも釈然としない表情であった。彼は今,某地裁の所長として活躍している。司法試験は,その後内容も変化し,時間に関する事情も当時と同じではない。しかしこの話は,面白い話ではあるが,現在の新司法試験の受験生に話すのは有害無益ではないかと,いささか躊躇を覚えるのである。(ムサシ)