日本裁判官ネットワークブログ

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同じ事件の判決二分(裁判員制度・全国の模擬裁判)

2008年10月25日 | 瑞月
 
10月24日の京都新聞朝刊に,タイトルの見出しの記事が載った。同じ事件について裁判員裁判の模擬裁判が全国11の裁判体(東京4,高知,松山,奈良,大津,山形,大阪,京都)で行われたが,有罪が5(懲役5年が3,同6年が2),無罪が6であったという。
 事件は,42歳の被告人が,一緒に飲酒していた大工仲間の39歳の男性を,路上で踏みつけて死亡させた,という傷害致死被告事件であり,被告人は,記憶がハッキリしないが,死亡させるような暴行はしていないと否認した。
 検察側は,二人がほぼ一緒に行動していたこと,被害者のシャツについた足跡が被告人の靴の形と類似していること,被告人が事件後,知人に対し「蹴ったかもしれない」と話したことなどを主張し,弁護人は,二人が別行動した時間が約10分あること,足跡鑑定は類似というだけで信用性がないこと,被告人に動機がないことなどを主張したという。
 同じ事件を扱いながら,結論が二分したことについて,読者は裁判員裁判の信頼性について不安を感じられたかも知れない。
 しかし,今回の事案は,もともと結論が別れるように微妙な証拠構造に設定されていたものであるうえ,11の裁判体が同じ事件の審理に望んで評議をしたとはいっても,模擬裁判ですから,それぞれの審理毎に,配役の演じ方に微妙な差が出たことは避けられず,11の裁判体が「全く同じ証拠」に基づいて判断したとはいえないのです。したがって,11の裁判体で結論が二分したことは当然であると思います。
 むしろ,結論が別れてもおかしくない事件で,無罪が有罪を上回ったということから,裁判員裁判の評議が適切に行われたものといえ,積極的に評価したいと思います。 瑞月

「京女(きょうおんな)殺人法廷」姉小路祐作

2008年10月08日 | 瑞月
 タイトルに記載の講談社から新刊のミステリーを読んだ。作者から寄贈を受けた本である。作者は司法界を題材にしたミステリー作家で,日本裁判官ネットワークの例会にも参加して下さったことがあり,そのとき同氏が私の出身大学法学部の後輩であることを知った。それ以来のお付き合いである。
 同書は,平成21年7月21日,京都地裁刑事部で開廷される裁判員裁判第1号事件の審理を,8人の裁判員(補充員2人を含む)及び3人の裁判官の立場から,裁判員裁判に対する批判や思い入れと共に,詳細に描いている。
 被告事件は殺人・現住建造物放火である。裁判員選任手続で,志願者が,裁判員に選任されなかったことに異議を述べるトラブルに始まり,第1回公判では,自首した被告人が否認に転じ,真犯人は夫であると暴露供述をする。検察官は,僅か2日後の第2回公判と第3回公判で多数の証人による立証をし,被告人の夫などの弁護人申請証人を尋問した時点で,裁判員・裁判官は有罪が多数であった。その間に,裁判員二人が順次,評議の秘密を漏らしたとことで解任され,補充員が昇格するというハプニングがあり,弁護人による被告人とその協力者らの完璧なアリバイ立証により,裁判員・裁判官は一人を除いて全員無罪に固まるが,京女である裁判員(補充員から最後に昇格した女性)ただ一人の意見に皆が折れ,検察官の共謀共同正犯への訴因変更と追加立証を許容し,被害者の異母妹が,被告人ら複数の京女と共謀して実行したと証言して,裁判員・裁判官は全員一致で有罪判決をするという,小説ならではのドラマティックな流れである。
 裁判員裁判が実施された場合に起こり得るあらゆる問題を提起し,多様な経歴の裁判員と裁判官の立場で考えさせ,対応させるとことを経糸とし,京の町屋という独特の建物や,よそ者に対し陰険な京女が,異質な存在の被害者(有婦の夫を次々と寝取る多情な女)を排除するために結束(共謀・実行)するという,京都の独自性を緯糸にしたミステリーである。
 小説なので非現実的な部分も少なくないが,裁判員裁判の実施を先読みして大いに参考になる内容であり,それがミステリーとして一気に読ませる面白さを持っているので,裁判員制度の広報誌として大きな影響力があると思う。
 裁判員たちが,刑事裁判に参加した経験から,人生を積極的に生きていこうとするフィナーレが嬉しい。   瑞月(新人です)