西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

奈良女子大学の現況観察

2005-10-06 | 2005年4月以降(平女、高槻、学研都市等)
非常勤で奈良女子大学に行き、「国立大学法人」としての現状を一寸観察した。久米健次学長に一寸会おうと思ったが、今日は自宅で「仕事」とのことだ。生活環境学部で聞くと、「地域貢献」関連の現代GP(教育関係)が生活環境学部で当たったのだが、それで奈良町の「奈良女子大学セミナーハウス」を整備するのに、使いにくい、備品など買えないと言う。文部科学省は、金の使い方でもっと柔軟になっても良いのでは、と思った。現在、内装をやりかえているようで、完成したら私も若干アイデアを提供した者としてオープニングに参加したいと言っておいた。増井正哉さんに会って聞くと、NPOの木原勝彬さんが大きな予算を取ってきて奈良町の空家を大々的に調査するようだ。
的場図書館長に会って聞くと、見つかった由緒あるピアノを記念館の整備に絡め、どう修復保存活用するかに情熱を注いでいると言う。(別に的場先生が副会長の家政学会の現状と課題について聞いた)
本部の裏に放送大学との「合築」(?)による建物が建設中で総務・企画課も2階から3階に一時移動のようだ。塚本教授(食物栄養学科主任)に会って聞くと、今年から管理栄養士課程が出来たこともあり夏のオープンキャンパスは千人を越す受験生等でにぎわったとのことだ。あやかりたいものだ、と思った。

ノルウエー(ベルゲン)における玄関での靴脱ぎ

2005-10-06 | 生活描写と読書・観劇等の文化
ブログ9月27日のノルウエー報告(15)でベルゲンの安達正興さんの家を訪問したことを書いた。訪問した時、私は玄関で靴を脱がない失態を演じた。私は、一般に、西洋社会では、靴は玄関で脱がずに、そのまま内部まで入るもの、と考えていたためだ。そこで、安達さんに靴を脱ぐようたしなめられたが、玄関で靴を脱ぐのはノルウエーの一般的慣習かどうか、別にメールで質問したところ、次のような回答があったので引用させてもらう。「靴を脱ぐ習慣はノルウェー一般、というより脱がない家に入った経験がないですね。200年前はどこでも靴のままでしたが、戦後になってほとんど内と外で履物を分けるようになったようです。もちろん公共の建物は幼稚園から病院まで土足です。ノルウェーの住宅はアパートもそうですが、玄関が板敷き、絨毯敷き、レンガ敷きのアントレーになっていて、そこで靴を脱ぎ、外套をかけるようになっています。スリッパはどこにもなく、これは履物とパンツを同レベルにかんがえているからでしょう。我が家でもスリッパは日本人にしか出さないのです。冬ですと家人は専用の柔らかい室内シューズを履く人もいます。
ただし、パーティーをするときは靴をはきます。改まった服装に靴下ではおかしいですから。ご婦人方はそのための靴を持参します。」と。
なるほど、と思った次第である。注:アントレー=エントランス、入り口



地域居住学Ⅱ講義要約1

2005-10-06 | 地域居住学
今日は、今後主には三つの視点で話すとした。第一に、人口減少(高齢化、少子化)を頭において、scrap and buildからmaintain and improveへの改修(Reform)中心の計画を、という視点、勿論、小規模の新たなコーポラティブ住宅やコレクティブ住宅等はありうる。第二に、実現するのに市場メカニズム、行政メカニズムに加えて市民・住民運動メカニズムを考慮する視点、それはNPO、ボランティア等である。第三に、単一機能を実現するというより、他の機能との「つながり」を重視し、そこに視点をあてる。例えば都市と農村の「つながり」、流域の山(森林)、上流(山村)、中流(田んぼ農村、都市)、下流(都市、漁村)、海といった「つながり」で考える視点である。後期は選択課目で、七人ほどの受講、「七人の女侍」だな、と思った。聞くと鹿児島から千葉まで広く出身が分布しているので、レポートなどで地域独特の問題が聞けて良い、と秘かに思った。

Koさんとの会話ー春日原生林と若草山、人口減少問題等

2005-10-06 | 2005年4月以降(平女、高槻、学研都市等)
今日から奈良女子大学後期の「地域居住学Ⅱ」の非常勤で出かける。近鉄電車で文学部の論客のKoさんに会って久しぶりに駄弁った。私はノルウエーやロンドンに行った話で、向こうでは森を育てようとしている、といった話をしたら、彼は、奈良の春日原生林と若草山は、保存と開発の両極を見せて「どうだ?」と問いかけているのでは、と言う。そうかな、と思った。前に書いたかもしれないが、若草山は戦前には三笠山と呼ばれていた。ところが昭和天皇の弟に三笠宮という宮様がいたので、それを踏んで上がるとはけしからん、となって山の名前が変えさせられたのだ。とにかく若草山(旧・三笠山)は人びとのハイキングコースであるが、春日大社の裏山は、若草山の「続き」とも言えるが原生林として厳重に保存されている。町でも、このようなメリハリが必要であろう。
次にノルウエーを含む北欧は人口が少ないがちゃんとやっているようだ、と私が言ったら、彼は「だから人口が減るといって無理に小手先を弄して増やそうとするのはどうか、江戸時代は3千万人でも十分やっていけた」と言う。確かに人口減少が無条件におかしいと言うのはおかしいだろう。今までの都市計画では、人口増を前提の計画だったが、今後は特に先進国では、人口減の時の都市づくり、リフォームを考える必要がある、と話しておいた。

杉花粉の良く出る杉ーOさんの話より

2005-10-06 | 色々な仮説や疑問
Oさんに杉花粉と杉の木の関係について質問した。すると私にとっては「目からうろこ」の話をされた。「杉の苗は昔は立派な杉を指定して、そこの花粉を受粉して出来た種から育てたものを使った」「しかし、1955年頃から全国的に杉の人工林を勢いよく増やすため、あまり良くない杉花粉が元になっている苗も使った、高槻でも多い」「そういう杉は、自分が「貧しく、弱く」何時枯れるかわからないので子孫を沢山残そうとして大量の花粉を撒き散らす」「盆栽でも個体をいじめると、子孫を残して種として生き延びようとするので花を咲かせ実をつけるのだ」「これは誤解を恐れず言えば貧乏人の子沢山ということだ・・」といった趣旨を言われた。大量生産するため止むを得ず「粗悪な杉」を母木としたため杉花粉が増えたということだ。
生物一般で言えば、個体が強ければ、種の保存は弱くなり、個体が弱ければ、種の保存が活発になるということのようだ。人間でも個体の栄養が良くなると、かえって子孫が少なくなる、最近の少子化につながるということか、と勝手に思ったが、・・。