西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

東海、東南海、南海地震(南海トラフ地震)の被害予測

2012-08-30 | 地域居住学
今日の朝刊(『朝日』など)を見ると、有識者会議は、「南海トラフ」が動くM9.1の大地震が起こったら、最悪32万3千人が死亡するという予測を発表したようだ。

「風の強い冬の深夜に東海で甚大な被害が出ると、津波で23万人、建物倒壊で8万2千人、火災などで1万1千人の計32万3千人が死亡するという。

さらに、236万4千~238万6千棟が揺れや津波、火災に加え、液状化で全壊・焼失すると想定。

自力で逃げられなくなる「脱出困難者」は31万1千人に上がるとしている。」


まあ、東日本大震災の惨状から津波の影響予測が強く出ているが、この「南海トラフ大地震」では、名古屋から京都、大阪、神戸など西日本の主な都市を直撃するので、津波以外の火災もあなどれないだろう。

今後、自分たちの自治体、地域(けいはんな学研都市地域)にどう「落し込まれ」「対策が発動する」か、じっくりとみていきたい。

地震火災を甘くみるな、室崎益輝さん主張

2012-08-24 | 地域居住学
今日の『朝日新聞』大阪本社版の13ページの「インタビュー」欄で、室崎益輝さん(関西学院大学災害復興制度研究所長)がかなり詳しく「地震火災を甘くみるな」と主張している。尤もだと思う。

室崎さんは、灘高の出身、その後、京大工学部建築学科、同大学院に進み、京大助手から神戸大に転出、神戸大教授として阪神淡路大震災に遭遇、全力で対応、その後、消防庁消防研究センター所長を経て現職だ。実は室崎君(と言わして貰うの)は僕の京大での3年後輩である(からだ)。

研究室は、堀内研で計画系、堀内三郎先生は都市火災研究のパイオニア、その伝統を引き継いでいるので火災のメカニズムが分かっており「地震火災を甘くみるな」と主張しているのだ。

とにかく1頁弱の詳しいインタビュー、是非、図書館ででも読んだ頂きたい。

気に止まった主張:首都直下地震(将来30年で70%の確率で起こると言われている)が起こると火災で6200人しか死なないという政府等の予測に対して、データーの集め方、使い方を批判しつつ室崎さんは「10万人にも達するのでは・・・」と言っている。

また室崎さんは「東日本大震災で原発事故を引き起こした構図と同じです。『最悪の事態は起きてほしくない』という気持ちがリスクと正しく向き合わず、予測される被害実態から目をそらそうとしているのです。巨大津波など来るはずがないと片付けた原発のケースと同じという意味です。」とピシャリと言っている。 政府、東京都は、この批判に対して今後どう対応するのか見守りたい。

で、途中飛ばして、対応はどうするか、だが、いくつか提案している。
「地震の揺れを感じたらブレーカーが自動的に落ちて電気を消す仕組みが必要です」

「何よりも街の中に緑を増やすことが重要です。街路樹には火に強い樹種(それは何か?・・・僕の関心)を増やし、生け垣や敷地に木を植えて、緑の力で延焼速度を抑える。これからは人口も減るので、建て詰まりを減らし、延焼遮断帯をつくってはどうか。米国のシカゴ市で大火の後、グリーンベルト地帯を網の目のように市街地に張り巡らしました。こうしたシカゴの事例などに学んだ街づくりをするべきです。」

延焼遮断帯を、もう少し「発展」させて、延焼遮断空間兼復旧・復興空間として現状空間との対比で都市状況に応じて広狭様々な「市松模様」空間(紺色部が現状、白色部が延焼遮断空間兼復旧・復興空間)風の都市計画をしたらどうか。(私のアイデア

他に恐らくソフトな「逃げる」ということも取り入れ、場合によって皇居前広場だけでなく皇居内空間も活用すべきであろう、と彼は思っているのではないだろうか。

もしそうなら賛成である。具体的なありかたは更に持続的に追求していこう。

奈良女子大1982年(昭和57年)卒30周年記念同窓会に参加雑感

2012-08-20 | 奈良の思い出(助教授時代)
昨年から日航奈良ホテル(JR奈良駅裏)で行われている奈良女子大卒後30周年記念同窓会に昨日(8月第三日曜日)招待されて参加した。私は大学を定年退職した2005年から参加し、今年で8回目である。

2005年から2010年までは奈良ホテルで行われた。2011年、今年と日航奈良ホテルである。

又2006年までは8月の第一日曜日開催だったが2007年から今までは第三日曜日となった。

プログラムはおおむね毎年同じだが、13時に始まる前に記念撮影、2010年までの奈良ホテル時代は、3学部(文学部、理学部、家政学部)一緒に同窓生、教員全員(約250名前後)を写していたが各人の顔を識別しがたく、2011年の日航奈良ホテル時代からは、各学部別(学長、同窓会長のみ3回とも入る)に撮影となり、写真は見やすくなった。

次に開会の辞、そしてこの1年間に亡くなった同窓生や教員に対して黙とうする。

・学長が大学の現状等につき概略説明を兼ねた挨拶をされた。野口誠司さんが、法人化のイメージと以後の実情を話をされた。なにやかや業績上げろと言われ(書類書きが多くなり)、給料は下がっている・・・。(確かに国立大学時が良かった!)

・乾杯は、最年長の井上公正(91歳、哲学)さんが音頭を取られた。あと2回か3回「満期」までやられると良いと思う。(奈良女子大では63歳が定年、その30年後は93歳なので定年退職した教員にとっては、93歳(94歳?!)がこの卒後30周年記念同窓会の「満期」となる・・・) 井上さんが「今年91歳です」と言われたとき、期せずして拍手がおこった。(皆あやかりたい風情である)

それから奈良女子大管弦楽団アンサンブル演奏をバックにテーブルごとの歓談、カメラマンがスナップを撮って回っていた。

住居学科は卒業生10人、教員4人(年齢順に近藤公夫、疋田洋子、僕<以上名誉教授>、瀬渡章子教授)が2テーブルに分かれて飲みつつ食べつつ駄弁った。卒業生は、久し振りに会った人ばかりである。ただ一人、1980年代後半に『いい家みつけたーロンドン借家住まい日誌ー』(晶文社)を書いた後に、その印税で再度家族3人(妻に娘)でロンドンを訪れ、ピカデリー・サーカス近くの紅茶の「フォートナム&メイソン」の店に行ったこともあるのだが、そこで彼女に「ばったり会いましたね」、と話しかけられてびっくりした。私は彼女に後に『いい家みつけたーロンドン借家住まい日誌ー』を贈ったようだ。

そういえば、そいうことあったかな、とかすかに思い出した。彼女は今、国連職員の旦那とスイスに住んでいる。

・「恩師お言葉」は、毎回一人「実行委員会」で選んで依頼する「恩師」が近況・雑感などを話す。今回は家政学部の石川 実さんだった。彼は数年前にも話したのではないか。

僕も2010年に「けいはんな市民雑学大学」のことなど話した記憶がある。去年は松生 勝さんで3年連続家政学部である。

石川さんは社会学者らしく、高齢者の孤独死、孤立死と家族の問題を言われた。またご自身家族(妹や奥さん)の病気のことも言われた。(この話に触発された訳ではないが、帰りに本屋で『エンディングノート』(小学館刊)を買ってしまった。)

同窓会・佐保会の川崎和子理事長の挨拶・・・今回限りで理事長を辞められるので「挨拶」は最後、同窓会の社会的活動の活性化を訴えられていた。(実は、この理事長は洒落っ気があって、8月1日は佐保会の一般社団法人に「登記日(とうきび)」だったので祝いの会で正に「唐黍(とうきび)」を食べたようだ!!)

・合唱「ありがとう」を聞く、歌詞が長いが良い、作詞作曲:水野良樹さん。最初の「”ありがとう”って伝えたくて あなたを見つめるけど 繋がれた右手は誰よりも優しく ほら この声を受けとめている」 人生の最後に愛する人と右手で握手しながら”ありがとう”って言いたいな、と思う。

実行委員長・柳林和美さん(食物学科卒)の挨拶、バランスのとれた気配りの挨拶だった、やはり卒業30年もすれば、こうなるのか、と感心した。

ほろ酔いで16時頃に散会、(3時間余の)いい同窓会だったなー。

久し振り、アルプスの少女ハイジを見る

2012-08-15 | 生活描写と読書・観劇等の文化
昨日、今日とBSTVで『アルプスの少女ハイジ』を久し振りに夏休みで来ている孫達と見た。再放送である。

アルプスのアルムの山々の辺りに住む少女ハイジとお祖父さん、近くに住む男の子ペーターそして犬のヨーゼフ。

都会の足の悪いクララと一緒に住むハイジ、「意地悪にみえる」ロッテンハイマーさん、フランクフルト(ドイツ)に住むハイジのお祖母さん、時々戻ってくるお父さん(パパ)などを通じるドラマ、だ。

最後に、足の悪かったクララがアルプスの自然とハイジ、ペーター等との交流を通じてついに自力で立ち上がり歩く。これは無垢なハイジの感動の物語である。

涙なくして見られない・・・。

キムチ食べて、きむちいい

2012-08-12 | 言語・字・言語遊戯
昨日、名古屋に住む娘と孫二人がやってきた。それ以前から8月2日から既に一人孫娘が来ているので、計3人の孫の世話をしなければならなくなった。

16歳(長孫・男)、11歳(次孫・女)、5歳(末孫・男)で、彼等がワイワイ言うので家中かしましい。

で、五歳の末孫に夕食のとき、キムチが出ていたので「キムチ食べて、きむちいい」という駄洒落を言ってみた。彼は一瞬「えー」という顔をしたが、やがて「きむちいいって気持ちいいということだね」と言った。

うーん、5歳の子供でも、こちらが本来言うべき言葉の近くの「雑音」を含んだ言葉を言っても、本来の言葉をきちんと抜き出せる能力がある、と思った。

子どもの脳の柔軟性の一側面を図らずも知った。

ロンドンオリンピックと日本のスポーツ

2012-08-09 | 時論、雑感
ロンドンオリンピックが終幕に向かっている。

これまでの各種競技の結果から日本のスポーツの現状と将来を考えてみたい。

日本のお家芸だった柔道は、ほぼ「壊滅」、指導ー訓練方式を抜本的に改める要があるだろう。「金」以外はメダルじゃない、みたいな態度も改めるべきだ。

どんなスポーツであろうと、オリンピックでは、先ず8位入賞を狙う所からスタートし、次に3位の銅メダル狙いに進化させるべきだろう。銅は「金と同じ」、銀は「金より良い」位の気持ちでやれば良い。

水泳などは一時は米国、豪州そして日本と三大国だったが、やがて日本は没落する。そのあと、日本は地道に立て直してきたようだ。

女子バレーや女子卓球も往時から地道に立て直してきたと言える。

今まで日本ではマイナーと考えられているアーチェリーやフェンシングなどでも一歩も二歩も前進があったと言える。

とにかく草の根で地道に盛り上げてきた結果である。

国民のベースでのスポーツ振興とトップでの世界的アスリート生み出しを地道に追求していこうよ。

ロンドンオリンピックのバドミントンのからくりより

2012-08-03 | 時論、雑感
ロンドンオリンピックの女子バドミントンで中国、韓国のチームがルール違反で失格となり、「おかげで」日本が決勝までいくことになった。

中国、韓国では複数のペアチームが出場しており、勝ち進む上で、同じ国のチームがはじめの方でぶつからないように考えられた方策がルール違反になったのだ。「わざと負けること」は、認められていないのだ。

これを見て、思ったのは、他のサッカーのゲーム運びでも、よく似たことがあるじゃないか、ということだ。問題なのは、予選リーグを戦っていて、予選リーグをパスすると分かった段階で、次に引き分けや場合によって「負け」に持ち込むことが決勝リーグで有利と分かった場合、陰に陽にそのように戦っているようにみえることだ。

こういうことが起こらず毎回最善を追求するような仕組みを作る必要がある。