島原城のまわりをウロウロ歩き回っていると(完全に不審者)、写真の案内板に出会った。
場所は島原城のお堀まわりだ。
道標に導かれるままフラフラと中に入るとこれといって何もない。
何だ? 公園か旅行客のための休憩場所かな?
と思いつつ中をぐるっと見回してみると解説板があった。
この写真では流石に字が小さ過ぎて見えないが、要約すると以下のようなことらしい。
・佐久間家は郡方勘定奉行を歴任した。
・二代藩主 松平忠雄公の時代に佐久間太郎左衛門が島原藩家臣に召し抱えられ、知行百石と屋敷を下賜された(その屋敷跡地がここ)。
・佐久間家は代々 太郎左衛門の名前を世襲した。
今では公園ほどの広さの跡地が残っているだけですが、往時は約300坪あり、写真に写っている絵のような屋敷門を持つ見事な武家屋敷だったそうです。
水路のある武家屋敷の方は観光的にもかなり有名ですが、こちらの武家屋敷跡地は全然知りませんでした。
しかも案内板を読む限り、結構しっかりした案内ができそうな場所です。
島原城からも近く、歴史的な価値もありそうなのですが、ちょっと見公園的なのはもったいない気がしました。
場所は島原城のお堀まわりだ。
道標に導かれるままフラフラと中に入るとこれといって何もない。
何だ? 公園か旅行客のための休憩場所かな?
と思いつつ中をぐるっと見回してみると解説板があった。
この写真では流石に字が小さ過ぎて見えないが、要約すると以下のようなことらしい。
・佐久間家は郡方勘定奉行を歴任した。
・二代藩主 松平忠雄公の時代に佐久間太郎左衛門が島原藩家臣に召し抱えられ、知行百石と屋敷を下賜された(その屋敷跡地がここ)。
・佐久間家は代々 太郎左衛門の名前を世襲した。
今では公園ほどの広さの跡地が残っているだけですが、往時は約300坪あり、写真に写っている絵のような屋敷門を持つ見事な武家屋敷だったそうです。
水路のある武家屋敷の方は観光的にもかなり有名ですが、こちらの武家屋敷跡地は全然知りませんでした。
しかも案内板を読む限り、結構しっかりした案内ができそうな場所です。
島原城からも近く、歴史的な価値もありそうなのですが、ちょっと見公園的なのはもったいない気がしました。