事務職員へのこの1冊

市町村立小中学校事務職員のたえまない日常~ちょっとは仕事しろ。

「アフターダーク」 Afterdark 村上春樹著

2008-03-18 | 本と雑誌

Afterdark  村上春樹が人気があるのは何故だろうか。正確に言うと、村上春樹を読むと【生理的に気持ちがいい】のは何故だろう。

「風の歌を聴け」で、『翻訳調の日本語を駆使する新人』として騒がれてからもう三十年近くになる。「ノルウェイの森」の大ヒットや、地下鉄サリン事件への突然の関与を経ても、彼の小説は一貫して気持ちがいい。その気持ちよさに惹かれて、なにしろ全作読んでいるので信用してください。

 文体の問題、と片づけることは簡単だ。鏡面の上でトントンと揃えられた紙の束のような、正しい角度でセッティングされたバターナイフのような端正な文体。あるいはこのように強引なレトリックの連続とか(笑)。今回も“読者の視線”をカメラとして作中にすべり込ませ、地の文をすべて現在進行形で描くというとんでもないアクロバットを成功させている。

 しかしそれ以上に、損なわれてしまった誰かを、損なわれてしまった何かを「正しい形に引き戻したい」という倫理的な意志の存在が、読者に静謐な安息を与えてくれるからかもしれない。

 この作品は「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の影響ありあり。ホールデン・コールフィールドの“地獄巡り”を、眠り姫を姉にもつ女子大生が過ごす、長い渋谷の一夜として凝縮して見せている。意外なほどの面白さ。タイトルだけでなく、スコセッシの「アフターアワーズ」(ジャズ用語。セッションがはねた後の時間帯)を思わせる快作。こんな夜は、誰しも一度は経験している。

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