ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
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猛暑の劔岳:長治郎のコルへ「落石」

2018年09月17日 21時25分07秒 | Weblog
北方稜線へと一歩を踏み出した。
山頂から僅かに離れただけの距離であり、見慣れた岩稜地帯という風にしか捉えておらず、この先に待ち受けている危険地帯に対してはまだ鈍感な自分だった。


少し下ってから這い松が混じるフラット気味の稜線を進む。
トレースらしきルートが見えてはいるが、それでも今までの様な安心感は無かった。

出発前の事前打ち合わせの時に、「映画と同じポイントで写真を撮ろう!」とおバカな計画を立てた。
映画「劔岳 点の記」の中で、登頂直前のワンシーンと同じポイントに来たら俳優さん達と同じような設定で撮ってみようということだ。


「たぶんこのあたりだと思うよ。帰りにまたここを通るからやろうよ。」


「楽しみですよ!」
そんな楽しい、いや、暢気な会話だった。
まだこの時は・・・・・。

トラバース気味に進み、いよいよ岩稜地帯へと下って行く。
長治郎谷の佐俣へと落ちて行くように岩が切れ込んでいる。
「違う。今まで見た裏剱とは全く違う。」
当然である。
過去三回はコルから主峰を見上げながら登った。
今日はコルを見下ろしている初めての逆ルートだ。
本音を言えば「難しくなりそうだ・・・」と思った。


今いる場所からは佐俣は見えていない。
見えていないと言うことは、それだけ急な岩場を下らなければならないということ。
分かっていたことだが、初めての下りルートは慎重に行こう。


どこをどのように行けば比較的安全に下れるのか、下るべきルートを判断し決定する。
そして何度も何度も立ち止まってはルートを見つけ数m先までを確認した。
同時に振り返り、下りてきたルートを確認した。
「帰りも同じルートだからよく覚えておくこと」
なんの目印も指標も一切無いバリエーションルートならではの道迷い対策の一つだ。


長治郎の頭が一段と目の前に迫ってきた。
改めて見てみるとやはりでかい、高い、そして「どこを通って越えるか・・・」と不安になる。
去年の夏、反対側から越えたと思えるポイントがはっきりと目視できた。
「たぶんあのポイントだ。そこが違うならもう少し上のあのポイントか、それとももっと上か・・・」
頭の中でぐるぐるとルートファインディングが絡み合うように混沌としてきた。
いや、今はコルに下りることに専念すべきだ。

慎重に下ってきたはずであるにも関わらず、何度かごく小規模の落石を起こしてしまっている。
幸いに握り拳程度の岩だが、数十メートルの距離の落石ともなれば、かなりの数の石や岩を巻き込んでの落石となった。
だからこそ尚のこと慎重に下っているつもりだったのだが・・・。

とあるポイントで一抱えはあろうかと思える大きな岩に手をつき、その岩につかまって体を支えながら下りようと考えた。
手のひらが触れた時だった。
その岩が僅かにグラッと動いたことに気付いた。
「えっ、なんで。これってまさか置き石(浮き石)か?・・・」
ほんの一瞬の出来事で正確には覚えていない。

一抱えはあろうでかい岩が今将に落ちようとしていた。
「えっ、やばい!」と声を出す前に、何故か両腕で岩が落ちるのを防ごうとした。
普通に考えれば人間一人の力ではどうすることもできないくらいは分かりそうなものだが、あの時は何故か落とすまいと両腕で支えてしまった。

無駄な抵抗、あがきである。
今まで体感したことのないほどの凄い重さで上から押してくる。
唯一冷静であったこと。
それは「この岩は完全に落ちる。先ずは自分の足元に落ち、その後は佐俣の谷底へと落ちるだろう。自分の足が潰されないようにするには素早く両足を引っ込めるしかない。」
そう判断できたことだ。

両腕で支えていたのは本の数秒間だけ。
手を引くと同時に両足も引き、背中から斜面に倒れるように後方に避けた。
岩は推測通り自分の足元付近に「ドスン!」と鈍い音を立てて落ち、そのまま100m程谷底へと落ちていった。
とてつもない地響きの様な落石音だった。
当然落ちていったのはその岩だけではない。
大小かなりの岩を巻き込んでの落石だった。
自分とAM君は、ただ大声で「ラ~ク! ラ~ク!」と叫び続けるしか術はなかった。

こんな大規模の落石を見たのは初めてだった。
いや、正確には見たのではなく「起こしてしまった」だ。
背筋が凍る思いになった。
「俺がやってしまった・・・。下に登山者はいなかっただろうか。」
入山禁止の佐俣だから、登山者はいない・・・はずだ。
だが一抹の不安はあった。
そしてその不安は完全に下山するまで払拭されることはなかった。

体中の力が抜けてしまったようだった。
AM君が言ってきた。
「○○さんが本当に死んだかと思ってしまいました。よくあの時避けられましたね。」
「俺もよくわからない。ただ、自分の足の上にだけは落とせない。それだけしかなかったよ。」

気を落ち着かせなければと、ここで休憩をとった。
一服しながら北方稜線を眺めていたが、まだ鼓動が聞こえているようだった。

慎重に下ってきたつもりだったが、ルートファインディングのミスを恐れるばかりで、手元にまで注意が行っていなかった。
そう反省しながらも、自分のやっていることが怖くなってきた。

ここは北方稜線、裏剱。何が起きても不思議ではないバリエーションルート。
分かっていたつもりだったが、自分が起こしてしまったという事実が怖くなってしまった。
気持ちを切り替えよう。
反省の一つとしてポジティブに捉えよう。
そうでなければここから先へ進むことが一層困難になる。


実際に落石を起こしてしまったポイントはもっと上の方。
岩はこの下に見える谷底めがけて鈍い轟音と共に落ちていった。
凄まじい光景を目の当たりにした。


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