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ひとり旅への憧憬

気ままに、憧れを自由に。
そしてあるがままに旅の思い出を書いてみたい。
愛する山、そしてちょっとだけサッカーも♪

雪の大谷へ「雪の大谷を歩く:往路」

2025年08月15日 11時07分55秒 | Weblog

いよいよ妻にとって念願の雪の大谷ウォークへと向かった。

自分は立山縦走へと向かうバスの車窓からであれば何度か見たことはあったが、この区間を歩くのは初めてである。

一旦ターミナルへと戻りバスの駐車場へと出た。

空を見上げる。

青い・・・

今日だけはほぼ快晴とのことで、ラッキーなことだと思った。

 

ここから見る限りでは混雑しているようには見えないが、この先果たして・・・と思う。

 

路面に残雪は無いことと乾いていたこともあり軽アイゼンは不要だった。

そう言えば室堂平をアイゼンを装着して歩くときに妻に歩行テクを教えるのを忘れてしまったことを思い出した。

まぁミクリガ温泉へ行くときに改めて言えばいいだろう。

 

自分たちの目の前を大きなザックを背負って歩いているグループがいた。

これから雷鳥平キャンプ場へ向かうか下山するかの一行であろうことは容易に推測できた。

「いいなぁ・・・」という言葉が思わず口に出てしまった。

 

まだそれほど混雑していないこともあり、写真を撮った。

題して「雪壁へのべた付き」

この程度の雪壁は特に珍しくもないが、妻にとっては感動ものだろう。

少し歩くと雪壁が削られ開けたポイントが右手にあった。

「おぉ~剱が見えるじゃないか!」

 

 

 

「復路でちょっと寄ってみたい。」と言ったが、要は剱を少しでも近くで見たいだけのことだ。

 

奥へと進むにつれ壁の高さが増してきているのがよくわかった。

同時に人も増えてきている。

垂直に削られている部分だけでも高さは十分に伝わってくるのだが、よく見れば更にその上にこれでもかという雪壁が目視できた。

しかしおそらくは全てが雪では無く、雪が溶けてくれば岩肌のような物が見えてくるのだろう。

それでも冬季は絶対に人を寄せ付けることの無い、一が入ることのできない豪雪地帯であることを改めて感じた。

言い方は悪いが、それを逆手にとって観光として利用している訳になる。

夏の緑と青い空とのコントラストもいいが、やはり青い空には白い雪がよく似合っている。

あぁ~やっぱり登りたい!

 

 

美女平方面からバスが来た。

これはチャンスだ。

壁との比較対象物があればその高さがよく分かる。

ちょうど雪壁の最高地点ということもあり、その高さに改めて凄さを感じた。

今年は昨年より2mほど高い16mということだが、優にバス2台分以上の高さだとういう事が分かる。

それにしても最高地点ということもあり最も人で溢れかえっている。

一緒に写真を撮りたいが、誰にシャッターをお願いすればいいのか迷った。

三脚は持ってきているが、あまり時間をかけたくはないし・・・。

周囲の人の顔を見れば日本人に見えても聞こえてくるのはけたたましい中国語ばかり。

本音を言えば「ここは日本なのに・・・」と思っていた。

はて、どうしたものかと考えていると、自分たちのすぐ後ろに並んでいる女性から声がかかった。

「あの~すみませんが私の番が来たらシャッターをお願いしてもいいですか・・・」

頼まれ事だがこれは逆に助かったと思った。

「はい、もちろんです。じゃぁ私たちの時もお願いしていいですか。」

ということでお互いウィンウィンとなった。

「お二人の声が日本語だったのでちょっと安心したんです。良かったです。(笑)」

「いや、自分たちも同じですよ。(笑)」

デジカメとスマホでたくさん撮っていただいた。感謝である。

確かに実際にここを歩きその高さに驚き感動はする。

だが、どうしても所詮は人工的に造られた構造物の様な感じがしてならない。

そのことを口に出すことはしなかったが、少しでも近くで剱が見たくて仕方が無かった。

 


雪の大谷へ「室堂平」

2025年08月12日 10時55分39秒 | Weblog

現在いる場所から階段を上り室堂平へと出る。

天候はまずまずであり、ガスのかかっていない一面の銀世界をこの目でみることができる・・・はずだ。

期待感に胸が膨らむ。

 

建物を一歩出るとそこには予想していたとおりの白銀の大自然が広がっていた。

毎年来ているはずなのだが、見慣れている風景のはずなのだが、季節が少し違っただけで目に映る色は大きく違っている。

そんなわかりきったことでも息をのむ銀世界だった。

「うわぁーすごい! 綺麗!広い!」

単純な言葉しか出てこない妻だったが、ここの銀世界は何度か見ている自分であっても久しぶりに見れば感動はひとしおだ。

「ねぇあの山はなんていう名前なの?」

目の前の山を指さし聞いてきた妻に対し「別山だよ」とだけ答えた。

「立山って聞いたことがあるだろう。でも立山って言う山は無いんだよ。」

あまり詳しく説明してもかえって煙たがられるだろうと思い、時計回りに「浄土山、(一ノ越)、雄山、大汝山、富士ノ折立、真砂岳、別山」と説明した。

しかし大汝山や富士ノ折立などはあまりピークが明瞭では無かったこともありわからないようだった。

左から浄土山、一ノ越(コル)、雄山、大汝山、左端の小さなピークが富士ノ折立。

「お父さんはあの山に登ったことがあるの?」

「夏は何回縦走したかは覚えていないけど、今の残雪期は三回しかない。」

「大丈夫だったの?」

「はっは、大丈夫だったから今ここにこうしているんだろ。(笑)」

(「本当は今すぐにでも取り付きたいんだよ~!」)

という言葉が喉まで出かかった。

雄山から別山方面。

別山から室堂乗越、そしてその後方に屹立しているのが剱岳だ。

すこしアップで写した剱岳。

「後ろに見えているのが剱岳だよ。」

「えー遠くてよくわかんない。」

胸に募る思いで言った言葉だったのだが、残念ながら妻には届かなかったようだ。

 

久しぶりということもあったのだが、何とここからミクリガ温泉の建物が見えた。

「なるほどね・・・」

とその理由に納得はしたが、この起伏を埋めてしまうほどの積雪量の凄さに改めて驚いた。

妻にも説明はしたのだが、あまり分かってもらえないようだった。

浄土山、雄山をバックに一枚。

そして剱岳をバックに一枚。

一面トレースだらけの雪面であったが、ほとんど人の手が入っていないこと、そして目の前には立山連峰と剱岳。

妻には申し訳ないが、人工的に作られた雪の大谷よりもこっちの方が遙かに胸に来るものがある。

積雪量によってここまで見える景色が夏とは違うということ。

室堂乗越に向けた登山者のトレースがはっきりと見て取れるということ。

今だけしか見ることのできない数知れぬ雪渓。

それだけでも見応えがある。

ただ致し方の無いこととはいえ、聞こえてくるのは日本語では無く中国語ばかりだった。

雪の大谷へ行けばこの程度では済まされないんだろうなぁ・・・

ましてやターミナルのお土産売り場などはとんでもないことになるんだろうなぁ・・・

いやいや、せっかくの旅行だ。

ネガティブなことはあまり考えないようにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


雪の大谷へ「いつもの立山黒部アルペンルート」

2025年08月09日 10時31分59秒 | Weblog

二年ほど前から妻より「雪の大谷に行ってみたい」と何度か言われてきた。

一緒に行きたくなかった訳ではないが、「雪の大谷=室堂」である自分にとって「雪の壁を見るためだけにわざわざ室堂かぁ・・・」という勝手ながらの思いがあった。

室堂へは最低でも年に一度は行っている。

もちろん剱岳に登るためなのだが、どこか「そのためだけに室堂か・・・」となるわけだ。

雪の大谷そのものを見たことも何度かあった。

GW明けの残雪の立山縦走だった。

あくまでも目的は登山であり、バスの車窓からしか見たことはなかったが確かに圧巻であった。

妻曰く「黒部ダムも見てみたい」との希望もあり「それなら行ってみよう」となった。

旅行そのものの計画として、一日目は室堂、黒部ダム。

松本に泊まって二日目は松本市内観光とした。

本音を言えば二日目の松本市内観光が楽しみである。

混雑をできるだけ避けるためにGW直前の四月末としたが、天候が心配となった。

幸いに予報では室堂当日だけが好天であり、その前後はやや荒れるようだった。

 

自宅で夕食を済ませ夜になって出発。

ルートはもう何度も利用しているいつものルートであり、途中休憩する場所も同じとした。

ほぼ予定していた時刻(深夜)に扇沢駐車場に到着し、そこで車中泊。

そして翌朝7:30に扇沢駅を出発する。

剱岳へ向かうときと全く同じ行程となった。

 

切符売り場は相当な混雑があるだろうと予測し、6時頃から売り場前に並んだ。

とは言っても並んだのは自分だけであり、妻には「7時頃になったら来ればいいよ」と伝えておいた。

四月末とはいえ標高から考えればそれなりに寒いだろうとダウンジャケットを着て売り場前に並んだ。

この時簡易的な折りたたみの小型椅子と本を一冊持参した。

切符販売開始までの約一時間をどのようにして過ごすかを考えてのことだった。

これが大正解!

他の登山者や観光客の人たちは皆立ったままで待機しており、何もすることが無い。

持ってきて良かったアイテムだった。

 

持ってきた書籍なのだが、自室の本棚にあったもので「まぁせっかく山岳地帯に行くのだから・・・」と最初に目に入った本を何気なく抜いてきたものだった。

書籍名「どくとるマンボウ 青春の山」(著 北杜夫)。

本当に何気なく棚から抜き取っただけであり、何も考えること無く持ってきただけのものなのだが、この一冊の本が翌日の松本観光において今回の旅行を感慨深いものとしてくれた。

そのことは後に綴りたい。

 

7時となり切符の販売開始となった。

かなり前の方に並んだおかげですぐに購入でき、乗り場へと向かった。

残念ながらお弁当売りの名物駅員であるNさんはいなかったが、また夏に剱に来るときに会えるだろうと期待した。

 

室堂往復であればもう何十回と利用している交通機関であって何ら慌てる必要は無いのだが、妻が「大丈夫なの? すごく混んでるみたいだけど。」と心配していた。

「混むのはいつも同じだよ。室堂まではうまく乗り継げれば1時間30分くらいだけど、あくまでもうまく乗り継げればの話。そのためには乗り継ぎの時にちょっと急がなきゃだめ。ロープウェイの時にいい雪景色を撮りたかったら尚更のこと。まぁだからといって慌てて転んだら元も子もないけどね。」

それ以上のことは言わなかったが、要するに「ここに来たら俺に任せておけ。俺の言うことを聞いていれば大丈夫。」と言いたかった。

みごとな青空と残雪。

これを見ただけでも妻は感動していた。

 

扇沢から電気バス一本でダム駅に到着。

長いトンネルを歩いて抜ければ黒部ダムが見えてくる。

真夏でもこのトンネルの中は肌寒く、ましてや今の時期ともなればダウンジャケットは欠かせない。

このトンネルの先にダム湖が見える。

歩き慣れた道とはいえ、この時期はかなりの寒さだった。

 

できればダムでゆっくりしたかったのだが、先ずは室堂へ行くことが先決だ。

このポイントは帰り際に観光することにしている。

だがせめて写真くらいはと、何枚か収めておいた。

黒部ダム湖。

思っていたよりも水量は無かった。

残念ながら放水の時期にはまだ早く、あの圧倒的放水量を誇る様子を見ることはできなかった。

それでも満足げな様子。(笑)

「さっ、急いでケーブルカーに乗るよ。」

のんびりとダムの上を歩きたかったようだが、乗り継ぎのためにはそうはいっていられない。

ケーブルカー駅へと急ぎ足で向かった。

 

ケーブルカーに乗るにもちょっとしたコツのようなものがあり、室堂に向かうためにはできるだけケーブルカーの先頭に乗った方が良い。

これは次のロープウェイの乗り継ぎのためで、ケーブルカーを降りた場所はかなり急な階段状となっており、その階段を上らなければならない。

時短と距離短、体への負担軽減を考えれば車輌の先頭付近がベストとなる。

ケーブルカーに乗り込むときに「なんですぐに乗らないの? ここを登って乗るの。」と妻から聞かれたが「降りればわかるよ」とだけ言っておいた。

おかげでロープウェイの乗車時は先頭で並ぶことができ、写真撮影に良い場所、しかも椅子に座ることができた。

ロープウェイ内の後部席に座り残雪の北アルプスを愛でた。

立山方面は復路に見ればいいだけだ。

 

聞き慣れなアナウンスは無視し、妻には「山の天気はとにかく変わりやすいから写真は撮れるときに撮っておいた方がいいよ。ガスったらホワイトアウトで何も見えないから。」と言った。

ダム湖駅が遠く小さくなってくる。

大観峰駅が近いことがわかる。

大観峰まで来てしまえば室堂はすぐで、最後の電気バスに乗り10分少々の乗車で着く。

天候は問題ないだろう。

雪の大谷も良いのだが、あの一面の大雪原を見せてあげたい。

 

やっと室堂ターミナルに到着した。

「ねっ、どこ? 雪の大谷って何処なの?」と迫るように妻が聞いてきた。

「大丈夫。慌てることはないよ。先ずはトイレ、でもって一服したいな。」

妻からすれば何を暢気なことばかり言ってと思われていることだろう。

「とにかく先ずはトイレだよ。山に来たら行けるときに行っておかないとね。」

ゆっくりと一服させてもらい階段を上がってゆく。

ターミナル内でふと思ったことがあった。

これだけ混雑しているにも関わらず、ほとんど日本語が聞こえてこないのだ。

聞こえてくるのは中国語らしき言葉ばかりだった。

しかもドデカい声ばかりが構内に響き渡っている。

「こりゃぁ想定以上だな。(苦笑)」

階段途中の踊り場にあるいつもの掲示板。

天候や事故の報告などが記されている。

今日に限っては天候だけを気にすれば良いのだが、どうしても山岳事故にも目が行く。

室堂平でも転倒による負傷事故があったようだ。

妻にも自分の持っている軽アイゼンを持たせておいたが、雪原とはいえ雪山にはまったく慣れていないだけに、歩く前にもう一度歩行テクを教えておくべきだと思った。

さて、ここを上がれば室堂平、立山連峰、そして剱岳が見えてくる。

雪の大谷は妻、自分は残雪の北アルプスを堪能したい。

 


駐屯地へ行ってみよう「徒手格闘術」

2025年08月07日 15時59分35秒 | Weblog

昼食を食べる前に,Tさんが「すみません。もう一度厚生センターへ行ってもいいですか」と申し訳なさそうに言ってきた。

「もちろんですよ。せっかくの駐屯地なんですから遠慮したら損しちゃいますよ。(笑)」と答えた。

Tさんは本当に申し訳なさそうだったが、決してそんなことはない。

むしろ誘って良かったと思っている。

今日しか買えない物、ここでしか買えない物であれば行くべきだ。

むしろ自分も「やっぱりあれを・・・」と思っているギアがあった。

 

店内であれこれと探していたが、ちょうど昼時とあって隊員の方たちも大勢来店していた。

当然ながら全員迷彩柄の戦闘服であり、その中に紛れるようにしながら商品を探す。

これはヲタクにとっては幸せなひとときであった。

すると偶然ではあったが、一人の隊員さんの右胸の名前が目に入った。

「E」さんという。

「この人ひょっとして・・・」

 

自分の務めている店に若いスタッフがおり、彼の高校時代の友人がこの駐屯地にいることを以前から聞いてはいた。

名前も知っている。

しかしこれだけ大勢の隊員さんがいる中で、その彼を探し出すことはほぼ不可能だと思っていた。

思い切ってEさんに聞いてみた。

「はい、自分がそうです。」

お~なんというラッキーな出会いであろう。

まさかここで会えるとは考えてもいなかった。

少しだけ話をさせていただきお礼を言って別れた。

Eさんと一緒に一枚撮らせていただいた。

ありがとうございます。

満足した買い物が終わったが、Tさんは「いやぁもう財布のひもが緩みっぱなしですよ。せっかくだからと思うとあれもこれもって・・・(笑)」

「いやそれ分かります。なんだかんだで自分も同じですよ。(笑)」

 

空いた腹を満たすものはいくらでもあった。

青空の下、芝生の上に座り食べた。

さていよいよ徒手格闘術が始まる。

今年はどんな内容で見せて(魅せて)くれるのだろうか・・・楽しみだ。

 

全体の流れとしては、去年のような子供でも楽しめるようなTVアニメのキャラクターは出てこなかった。

本格的な真面目路線で、見ている方も緊張感が走った。

一対一による格闘術でも、相手が素手であったりナイフを所持していたりの様々なケースを想定したものだった。

対複数の状況もあった。

とにかく動きが素早く、一瞬の技であり何が起こっていたのかも分からない時もあった。

周囲の人たちからも拍手喝采だった。

一つ笑える事があった。

司会者の方から隊員さんの紹介があるのだが、紹介の最後に「好きな物はチーズケーキです♪」などと、真剣さの中に微笑ましい一言が付け加えられていた。

 

背後より襲ってきた不審者(敵)を投げ飛ばしている。

確かこの隊員さんがチーズケーキ大好きな人だった。(笑)

倒した敵に対して小銃を向け微動だにさせない。

とにかくあっという間に不審者を投げ飛ばしてしまう。

敵の脚部を羽交い締めし動きを封じてしまう早業。

小銃を奪われそうになってもその状況に応じた技で相手を投げ飛ばす。

敵が地面に倒れるときには「ドスン!」という鈍い音がした。

ナイフを持った敵に対して素手で立ち向かう。

複数の敵であっても決して慌てず確実に倒してゆく。

蹴りが敵の左脇腹に一発。

最後は全員が集まり敬礼。

自分たちの前に座っていた子供が敬礼で応えていた。

 

今年は天候に恵まれ何よりだった。

そして共通の趣味を持った仲間と来ることができ嬉しかった。

ミリタリー関係って、まったく興味や関心のない人からしてみれば「何がそんなに・・・」と思われているだろう。

まぁ趣味とは人それぞれであって然りなのだ。

自分も多趣味な方かもしれないが、もう一つやってみたい事がある。

子供の頃、確か小中学生の頃までは結構夢中でやっていた趣味なのだが、高校生になってからはピタリと止めてしまった。

お恥ずかしいことだがプラモデル作りである。

作る物と言えばミリタリー系の物ばかりで、特に機甲車輌が多かった。

他にはプロペラの戦闘機だったが、WWⅡの時の米独軍ばかりだった。

いい年をした年寄が今更と思われそうだが、もう一度機甲車輌を作ってみたい。

今の時代であれば陸自の車輌もあるはずだ。

まずは家に帰って今日の買い物の整理だ。

登山に使える物ばかりで袋から出すのが楽しみである。

 


駐屯地へ行ってみよう「状況開始!」

2025年08月03日 12時20分20秒 | Weblog

中央広場へと移動したがやはり良い場所は既に埋まっており、やや後方での観戦となった。

まぁギリで写真が撮れるポイントだったので良しとしなければなるまい。

 

見せるための模擬戦闘であり、その都度アナウンスが入った。

状況の説明だけで無く無線内容までもがアナウンスされており、どこか違和感があったことは歪めないが、初めて見る人にとってはわかりやすいのだろう。

自分から見て正面右手(2時くらいの方向)に位置している敵を想定した部隊。

ある程度の陣が既に構築されている状況となっている。

続いて「UH-1」が現れ、数名の隊員がリペリングした。

この降下した隊員が偵察なのか何なのかは忘れてしまった。

リペリング中の隊員。

もちろん敵を想定している部隊ではなく、これから敵を制圧する側の隊員だ。

 

次にオートバイによる偵察隊が到着し、小規模戦闘状態に突入した。

バイク自体を遮蔽物とし銃を構える隊員さん。

おそらくこの偵察部隊からの連絡により、後方に位置する特科連隊(第二大隊)によるFH70の攻撃が始まるのではないかと思っていると、その通りであった。

空包とはいえ155mm砲の音は半端じゃない。

体の芯へと響き渡るとてつもない轟音だ。

去年もこの音は聞いて、と言うより体感してはいたが一年ぶりともなればまた新鮮でもあった。

 

そしてラストは兵員(隊員)車両が到着し、軽機による一斉制圧となった。

この隊員による機関銃と小銃とが一斉に発射されている僅かな時間が楽しみだった。

実包では無いといえ、この連射音は実に心地よい響きだった。

まぁヲタクならではの好みなのだが・・・

「LAV」が到着し戦闘隊員が下車。

車輌上部には先ほど間近で見たminimiが目視できた。

こちらは「M2重機関銃」による射撃。

「見る」というよりminimiとの射撃音の違いを聞きたくて耳を澄ませた。

さすがに12.7mmともなればは射撃音も重い。自分でもはっきりと分かる違いだった。

部隊員が全員降車し、徐々に一列態勢となり敵制圧へと向かって距離を詰めてゆく。

これを見て戦争映画のラストシーンを思い出した。

「ロスアンゼルス決戦」という映画があり、米海兵隊とエイリアンとが戦うのだ。

そのほぼラストシーンにおいて、敵が退却をし始めたのをチャンスと見て分隊(小隊)全員が遮蔽物から身を乗り出し、一列になりながら一斉射撃をし敵を追い詰めてゆくシーンだ。

「なるほどね、同じだ。」と思った。

こんなこと思い出しているのは自分くらいだろうとも思った。

 

さて、休憩を挟んで午後は徒手格闘技の実演がある。

これまた見逃してはもったいない。

 


駐屯地へ行ってみよう「戦闘準備良し!」

2025年08月01日 19時55分55秒 | Weblog

まもなくFH70による空砲実射や模擬戦闘が始まる。

ワクワク感がこみ上げてくるのだが、その迫力をできるだけ実感し、できできるだけ良い写真を撮ろうと思えばかなり事前に場所取りをしておかなければならない。

できることならそうしたいところであるのだが、おそらく今からでは良い場所取りは難しいだろう。

しかしである!

一服がてら休憩をし、そろそろ移動しようと思っていると一輌の「LAV」が目に入った。

いや、それだけではなかった。

明らかにドーランを塗り、しかもほぼ完全武装状態の集団がすぐ隣にいた。

おそらくはさっきの人と同じ模擬戦闘に参加する隊員さんたちだ。

と言うことは、「LAV」に乗車しここから移動するのだろう。

と言うことは、ひょっとして「LAV」にも武装がされているかもしれない・・・

 

何故か恐る恐る近づいた。

(「おっ、上に防御盾みたいなものが見えるぞ。」)

これはひょっとしたらひょっとするかも知れない。期待「大」である。

ビンゴであった。

明らかに銃口が覗いている。

LAVの上部に備えられている「minimi 5.56mm機関銃」。

しかも武装した隊員さんがいるではないか。

なんというラッキー!

間近で見る模擬戦闘も良いが、それよりも遙かに得をした気分だった。

いい年をしてちょっと興奮してしまった。

 これは自分にとってかなり貴重な一枚の写真だ。

隊員さんのテッパチの上部から覗いているminimiの銃口がおわかりだろうか。

弾帯をまだ装填していない状態のminimi。

 

ベルトを装填した状態のminimi。

もちろん弾頭を外した空包ではあるが、それでもこれほど間近で給弾ベルトを装填した状態のminimiを見たのは初めてのことだ。

じつはこの写真を撮ろうとしたとき、隊員さんが「自分が写ってしまっては申し訳ない」とでも思ったのか、体を車内に隠そうとしていた。

「あっ、どうぞそのままでお願いします。」と言うと「いいんですか・・・」と言われたので「その方が絶対に絵になります。」

自信を持って言ったのだがちょっと照れ気味の隊員さんだった。

感謝である。

 

Tさんにも言った。

「確かに模擬戦闘は近くで見れば迫力満点ですけど、これだけ間近で弾の一発一発まで見られるのはこの場所だけですし、とんでもなくラッキーですよ。いやぁ偶然とはいえとんでもなくラッキーです。」

「僕は初めて来た駐屯地なのに、ビギナーズラックですね。」

 

LAVの隣では隊員さんたちによるブリーフィングらしきことが行われていた。

内容は聞かない方が良いと思い、やや遠巻きに写真を撮らせていただいた。

模擬戦闘とは言え、武装した陸自隊員の集団を近くで見ることができたという幸せ感で一杯だった。(笑)

少しズームで一枚。

テッパチを装着し、あごひもを締めている。

そんななんでもない一つの動作を見ること自体が新鮮でならなかった。

状況開始に向けていよいよ行動する隊員さん。

20式小銃の右側には空薬莢を納めるための薬莢受けが取り付けられている。

これはたとえ一発の空薬莢であっても現場に残してはならないという鉄則があるからだ。

聞いた話だが、訓練時に実包であれ空包であれ撃った弾数と残った空薬莢との数が合わない場合、空薬莢が見つかるまで中隊や連隊全員で現場にとどまり探さなければならないらしい。

詳細は分からないが、実包の場合は100%、空包の場合は駐屯地内であれば100%、駐屯地外であれば90%らしい。

もし見つからなかった場合は処分もあると聞いた。

これは何よりも安全を第一とする考えの基から来ていることであり、生命にも関わる故であろう。

また、自衛隊そのものの信用問題にも関与しているのだと推測した。

 

さぁて、いよいよ模擬戦闘が始まる。

 


駐屯地へ行ってみよう「つい財布のひもが・・・」

2025年07月29日 15時39分16秒 | Weblog

広場にはかなりの数のテントが立ち並んでいた。

自分たちのようなミリヲタが涎を流しそうになってしまう店が多く、しかも陸自のみならず海自・空自のギアやウェアまでもが所狭しと並べられていた。

もちろんB級グルメの店も多かった。

あらかじめ買い物リストなるものをしたためてあるのだが、それでも実際に中を覗いてみれば「えっ、こんなものまで!」「これは初めて見るなぁ」と思わず感心してしまう自衛隊グッズがたくさんあった。

ここはすぐには手を出さず、じっくりと時間をかけて見ることから始めた方が良さそうだとTさんと意見が一致した。

朝が早かったこともあってか、テントの中からいい匂いが・・・。

「ちょっと食べてから」とも思ったのだが、ギア・ウェア類はカラーやサイズがなくなってしまったらそれまでである。

やはり「花より団子」ならぬ「飯より陸自」と行こう。

 

同じようなギア・ウェアを販売している店も何店かあったが、現在自宅で使用しているアルミ製のカップ(オリーブドラブカラー)がもう一つ欲しかった。

一つは自宅で飲む珈琲用で、もう一つは山で使用するためのものだ。

やっと販売している店があったのでそのテントの位置を覚えておいた。

Tさんはと言うと、これがまたちょっと驚きであった。

自分ほどは興味は無いだろうと勝手に思っていたのだが、いやいやかなりじっくりと腰を据えている様子だった。

むしろ自分よりも目の色が変わってしまっている。(笑)

笑ってはいけないのだが、隣で見ていても思わず「おぉ~Tさんすごいなぁ」と声が出てしまいそうにもなった。

「どうですか、めぼしいものはありましたか?」と聞くと「いやぁこれほどとは思いませんでしたよ。(笑) 迷ってばかりで困っちゃいますよ。」との返事。

「時間はありますけど、厚生センター内にもたくさんありますからここは目星だけをつけておきましょう。」

財布をはじめとしたポーチのようなものを探しているTさん。

「迷っちゃうんですよね。日常使いでもいいし、登山でも使いたいし・・・」

いや、わかるなぁその気持ち。

ウェア一つにしても丈夫で速乾性があり登山にはもってこいである。

ただカラーや柄はかなり限定されてしまうが。(笑)

 

 

テントブースを一回りし、厚生センターへと向かった。

ここで売られている陸自ギア・ウェア類はまぎれもなく隊員さんたちが日頃の錬成活動において使用しているものばかりで決してまがい物では無い。

それだけについつい・・・(笑)

ここでのTさんはさっきのテントコーナーの時よりも真剣そのものだった。

じっくりと見て触れて確かめて、そして比べてもう一度使用する状況を想定しているのがよくわかった。

「登山だけじゃなくてキャンプもやりますからね、ホント迷っちゃうんですよ。すみません、もうちょっとじっくりと見て回ってもいいですか。」

と半ば申し訳なさそうでもあった。

「いやいや年に一度きりですから、ゆっくりじっくり行きましょう。」

ここでは戦闘糧食も売られていた。

隊員さんから言えば「強化食」と言われているもので、「味付きご飯」的なものがあった。

これは自分にとってもかなり貴重であり、朝食にも良し、小腹が空いたときにも良し、量が足りないときにも良し。

日持ちがして登山にはもってこいである。

他にもパッケージだけが一般販売用(民間用)で、中身は戦闘糧食と同じものが入っているハンバーグや厚切りハムもあった。

これは自分もたくさん購入した。

「すみません、もう一度中を見てきてもいいですか?」

「どうそどうぞ、自分なんかに遠慮しないで買ってきてください。」

Tさんにとっては初めての厚生センターであり、驚きもあったことだろう。

そしてある意味感動もあったのではないだろうか。

それだけ充実した買い物がしてもらえたことが自分も嬉しい。

 

一通り買い物を終えそろそろ昼食にと思いB級グルメのテントコーナーへと戻った。

その道すがらちょっと一服している時のことだった。

突然自分のすぐとなりに顔にドーランを塗り、戦闘服と予備マガジンポーチを装着した隊員さんが来た。

一瞬目が合い、出た言葉が何故か「ご苦労様です」だった。

すると「ありがとうございます」と返事があったので「これから模擬戦闘ですか?」と聞いてみた。

「はい、是非見に来てください」と嬉しい言葉。

なんでもない会話なのだが、ただの迷彩戦闘服ではなく、ドーランを塗りテッパチや30連マガジンポーチまで装着した隊員さんをこれほど間近で見たのは初めてであり得をした気分だった。

本当はもっと聞きたいことや確認したいことがあったのだがやめておいた。

これから始まる模擬戦闘に向けたつかの間の一息なのだろう。

それにしてもつい目が行ってしまうこの戦闘スタイル。

本物がそこにある。

ヲタクにとってはたまらないの一言だ。(笑)

 


駐屯地へ行ってみよう「災害支援活動」

2025年07月27日 19時48分35秒 | Weblog

災害支援コーナーへ行った。

ここは展示されている各コーナーの中でも自分が感心の強いエリアであり、活動内容の写真を見るだけでも価値のあるコーナーだと思う。

ついミリタリー的な部分だけが一人歩きしてしまいがちな記念行事だが、自衛隊活動の中で決して見落としてはならない部分だ。

 

知ってはいたが、実際に初めて見ることができた設備があった。

「風呂」である。

災害に遭われてしまった人たちが避難生活の中において必要性を感じ、食事やトイレと同じくらい大切な設備に入浴設備がある。

自分はニュースやyou tubeでしか見たことはなかった。

「これがそうなんだ。」と感心しつつ、被災者の方々にとってはどれほどありがたいものであるか。

「生き返りました」「温かかったです」「さっぱりしました」

など多くの感謝の言葉をニュースで聞く。

これは実際に被害に遭われ利用した人でなければ出てはこない心からの言葉だろう。

入浴施設の入り口にある大きな暖簾。

「神流乃湯(かんなのゆ)」とは、それぞれの駐屯地がある地元にちなんだ名称なのだろう。

「こんな暖簾なんて不要じゃないのか」とか「意味がない」などとネガティブな意見を聞いたことがある。

しかし被災者の方たちにとって、この暖簾を見ただけでホッとするという言葉があったのは事実だ。

自分もそう思う。

入浴設備の全体的な画像。

左側が脱衣所で右側が浴槽となっている。

浴槽のアップ。

「こんなブルーシート程度で風呂なのか・・・」というあまりにも残念な意見を聞いたことがある。

だが現実としてこれだけの入浴設備を自立という形で実現できるのは自衛隊でしかない。「外野は黙っとれ!」と言いたい。

何処にでも移動し、水・ボイラー・シャワー・各道具類などすべてを完全自立し提供できる唯一無二の存在だ。

素晴らしいことである。

詳しく説明をしていただいたS二曹さん。

ありがとうございました。

 

次に活動中の写真が展示されているコーナーを見た。

台風災害時や山林火災における消火活動など、決して対岸の火事ではない写真だった。

災害支援活動中の写真。

頭の下がる思いだ。

そしてそのすぐ隣では救助活動の現場で使用される器具の説明をしていただいた。

「去年もこのコーナーでいろいろと説明をしてもらったなぁ」などとちょっと暢気に構えていたのだが、今回説明をしていただいた隊員の方の氏名を何気なく見たら・・・

(「あれっ、Mさんってそう言えば去年も・・・」)

自分の勘違いであったなら失礼であると思いつつ「Mさんは昨年このコーナーにいた方ですか?」と聞いてみた。

「はい、そうです。去年も来ていただいた方ですよね。ありがとうございます。」という驚きの言葉が・・・。

いや~まさかであった。

少し立ち寄っただけなのに覚えていただなんて、感謝したいのはこっちの方だった。

エアーの力で固いものなどを折り曲げるなどし救助する器具。

そのパワーに子供たちが驚いていた。

瓦礫などの隙間に管を通し、その先にいるかもしれない要救助者を探索するための器具。

Tさんも感心しながら覗き操作していた。

自分も覗かせていただいたが、この細い管によって助かる命がある。

人命に関わることであり、操作するだけに終わらない重圧もあるのだろうと推測した。

今年もありがとうございましたM三曹殿。

もし来年もこの駐屯地におられたら是非お会いしたいです。

 

さて、お次はショッピングタイムだ。

目の前に広がる数々のテントブースが自分たちを呼んでいた。(笑)

 


駐屯地へ行ってみよう「“SAM” なるもの・・・」

2025年07月24日 21時56分36秒 | Weblog

災害支援活動に関する展示説明の前にどうしても気になって仕方がなかった「もの」が展示されており、足は自ずとそっち方面へと向かった。

 

陸自車両が数台展示されており嘗て何度も目にしてきた車両もあったが、今日に関してはなんと言っても “SAM” だろう。

“SAM” とは一般人にとってはあまり聞き慣れない言葉だろうが、自分にとってはある意味なじみのある言葉である。

しかし詳細は分からない。

知っているのは “SAM” = surface to air missile の頭文字をとった略称で、所謂「地対空誘導弾」のこと。(で、いいのかな・・・)

その中にも射程距離によって違った名称がある。

記念行事の一般公開とはいえ、さすがに長距離誘導弾を持ってくることは叶わず、展示されていたのは「短SAM」と「近SAM」だった。

それでもこの二種が身近で見ることができたことに感謝したい。

車両の斜め前方から見た「短SAM」。

文字通り短距離地対空ミサイルである。

できれば模擬弾でもいいから装着していたらなぁと思う。残念!

短SAMの説明。

「81式」ともなればいい加減新式のものを配備しなければ対処できないだろうと勝手に思っている。

改良しつつの配備なのだろうが、これも国家予算の都合だ。

 

次に目を見張ったのが「近SAM」だ。

「短」よりは射程距離が短くなるのだろうが、移動がスムーズとなっているのがメリットだろうか。

斜め正面からの画像。

説明にも「展開や撤収を素早く行えるフットワークの良い装備」と書いてあった。

見てすぐ「これって移動が早いんですよね」とTさんに言ったのだが、説明をしていただいた隊員の方から「よくご存じですね。」と言われ嬉しかった。(笑)

「近SAM」の誘導装置の説明を受けているTさん。

顔は隠してはあるが真剣な表情だった。

自分も覗かせてもらったが、かなりの練度が必要なのだろうと容易に推測できた。

口では「なるほど・・・」と言ってはいるが、そう一朝一夕に覚えられるのもではないことは確かだ。

車両前方に「12高」とあったので、これも相馬原駐屯地の第12高射特科隊なのだろうか・・・

説明をしていただいた「M三曹」。

笑顔がとても爽やかな隊員さんだった。

ありがとうございました。

さて、いよいよ災害支援活動コーナーへの移動だ。

 


駐屯地へ行ってみよう「今年は一緒に!」

2025年07月22日 12時12分00秒 | Weblog

春になると全国の駐屯地で記念行事が行われる。

全ての駐屯地ではないが、主に陸自において開催されており自分のようなミリオタにとっては嬉しい季節となっている。

 

今年も宇都宮にある南駐屯地記念行事に行ったのだが、昨年一緒に行きそびれてしまった職場の仲間であるTさんを事前に誘っておいた。

返事はもちろん「是非とも!」の即答。

朝7時に待ち合わせをし、車で一路南駐屯地へと向かった。

スムーズに走ってはいたのだが、駐屯地近くになると開始時間待ちによる渋滞となり全く進むことができなかった。

しかしこれは予想していたとおりのことで、記念行事の人気を伺わせるものだ。

去年の経験が生かされており、待機時間を見越して出発して正解だった。

とは言え待ったのは20分程度であり、しかも敷地内への入場はかなり早いほうだった。

駐屯地に初めて入るTさん、ウキウキ感が伝わってくるし、同じ趣味を有する仲間だからこその一体感がある。

年に一度きりだからこそ楽しまなけりゃ損だ。

 

駐車場へと誘導されるのだが、誘導する人も当然迷彩服の陸自隊員。

「ありがとうございます」の意味でお辞儀をしたのだが、思わず敬礼しそうになってしまった。(笑)

車を停止めてメイン会場へと向かう道すがら、厚生センターが目に入った。

「あそこでいろいろと買い物ができますよ。屋外にもたくさんの業者のテントブースがありますけど、日常的に隊員さんがギアなどの買い物をするのはあそこです。」

「いやぁまだ中に入ってもいないのにワクワクしてきましたよ。(笑)」

次に目に入ったのが集団で朝礼らしき事をしていた隊員さんたちだった。

おそらくは入隊間もない方たち、所謂「新隊員教育」の一環だろうと推測した。

すれ違った方に「あの人たちは?」と聞いたところやはり入隊間もない新隊員の人たちだった。

「おぉ~さすがですね○○さん、当たってましたね。」

なんでもないことだが自衛隊に関することだったのでちょっと嬉しかった。

新隊員の方たち。

今日一日は見学が主な課業となるのではないか。

腕の教育隊階級章を見てみたい。

 

メイン会場をぐるりと反時計回りで見た方が効率的と思い、会場の北西方面へと向かった。

確か去年は「FH70」が展示されていたポイントだ。

すると今年はどうであろう、なんと「16式機動戦闘車」が展示されているではないか。

いやこれには感動と感謝だった。

おそらくはどこかの駐屯地からわざわざ展示のために移動してきたのであろうが、初っぱなからのサプライズである。

詳しく説明をしていただいた隊員さん。

近くで車両に記されていた数字と文字を見ると「12偵戦一戦」と書かれていた。

詳しくは分からないが、ここの近くで16式を配置している駐屯地であれば群馬県にある相馬原駐屯地の「第12偵察戦闘大隊」なのではないかと推測した。

そうであれば数字と文字と地理的距離が一致する。

そんなたわいのない事が楽しくて仕方なかった。(笑)

隊員の方と一緒に記念写真。

「えっ、私が入ってもよろしいんですか?」と聞かれたが、一緒に写ってこその駐屯地であり、自分にとってはこの上ない思い出の一枚となってくえる。

 

そしてすぐ隣には「FH70155mm榴弾砲」が展示されていた。

イギリス、ドイツ、イタリアによる共同開発だが、その時代は1970年代でありいい加減新式の榴弾砲に換えなければと自分なりには思っている。

斜め後方より移したFH70。

牽引式であることから砲の先端からの長さが相当なものであることが分かる。

ミリタリーヲタクからしてみれば、実にうっとりする眺めだった。

16式やFH70を初めて見て触れたTさんの驚きと感動の顔が忘れられない。(笑)

 

次なる展示は個人携帯の小火器類だ。

今までにもいろんな場所で展示されているのを見ては来たが、今回最も目についたのは「89式5.56mm小銃」だった。

何を今更・・・と思われるかもしれないが、銃口部分に擲弾が装着されていたのだ。

確か「06式擲弾」という名前だったと思う。

もちろん89式に装着できることは知ってはいたが、展示用(模擬弾)とは言え擲弾を装着した状態で見たのは初めてである。

 

おなじみの89式5.56mm小銃。

銃口に装着されているのが「06式擲弾(06式ライフルグレネード)」。

詳細は分からないが、手榴弾よりも射程距離があり、より正確に狙える。(らしい)

06式擲弾のアップ。

マニアにはたまらない小火器である。

現在配備を進めている20式5.56mm小銃。

今回は上部のレールにアクセサリーが装着されていた。

よくは分からなかったのだが「夜間照準補助具(エイミングレーザー)」のようなものに見えた。

確かだったのは「フォアグリップ」だった。

伏せ撃ちの時に二脚として使用するもの。(で、いいのかな)

よく見ればライトも装着されていた。

様々なアクセサリーが装着できる20式だが、世界標準レベルでみればごく当たり前のことであり、日本が遅れているだけのことだと思う。

これも国家予算が大きく関与しているに他ならない。

訓練などで使用しているゴム製の5.56mm小銃。

重量もほぼ実物と同じで約3.5㎏(弾倉を除く)なので、そのズッシリ感は十分に伝わってくる。

Tさんもご満悦♪

真剣な表情をしてはいるがこの後ニンマリが止まらなかったようだった。(笑)

 

そして自分の大好きなminimi。

所謂マシンガンとなるのだろうが、89式や20式と同じ口径であり小型軽量化された個人携帯制圧火器である故に日本人の体格に向いているようにも感じる。

 

この後災害支援関係のコーナーへと向かったのだが、そこで思わぬ出会い(再会)があった。